【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百三十八話 訓練と出会いと

7月27日(月)

午前――EP社・第三演習場

 

 体育館ほどの広さの空間の中、高さの異なる金属製の柱が六、七メートルほど離されランダムに並ぶここは、EP社の工場区画地下に存在する第三演習場だ。

 対シャドウ兵器の暴走にも耐えうる特殊素材で出来ているため、ここならば彼女たちがフルパワーで戦闘訓練を行なっても問題ない。

 もっとも、ペルソナのスキルを何発も打ち込めば流石に壊れてしまうが、今日ここへやって来ているアイギスは、不慣れな近接武器と“E.X.O.”こと“エクストリーム・オルギアモード”に慣れる訓練に来ているのでペルソナを使う事はない。

 慣れず腰の浮いた状態で日本刀を持っていた彼女は、柱から柱へ飛び移っている者を目で追いながら動き出すタイミングを計る。

 機械だった頃と違い、人の足になったことで足首を手に入れた彼女は、フットワークの自由度が上がった。

 その分、オーバーヒートのように体力という活動限界も出来てしまったが、自由に動き回れるようになったということは、今現在彼女の視界に映っている者のように三次元的な動きをより高度に出来るようになったといえる。

 ならば、敵を攪乱しながら接近して短期決戦に持ち込んでしまえばいい。

 

「起動、エクストリーム・オルギアモード!!」

 

 相手が新たな柱に着地しようという瞬間、アイギスはペルソナ召喚のエネルギーを胸部にあるパピヨンハートに送り込み、黄昏の羽根の特性を利用して増幅させた心的エネルギーで全身を覆い強化した。

 直後、ガンッ、と十分な強度のある床がヘコむのではないかという脚力で踏み出し、ほぼ一瞬で自身の最高速度に達して柱の側面に着地する相手の許へ突っ込んだ。

 

「はぁっ!!」

「――――っ」

 

 突進の威力を刀に乗せてぶつかっていたアイギスの刃を、湊は柱に着地したまま持っていた刀でいなして別の柱の方へと逸らす。

 力の向きを逸らされたアイギスは別の柱に突っ込む事になるが、空中で身体を捻ると湊のように柱の側面に着地して別の柱に飛び移って再び湊の元を目指してゆく。

 片や何度も攻撃のために突っ込んでは逸らされ柱に着地し再び飛ぶ少女、片やどうやって柱に着地して止まるのかという妙技を見せながら攻撃を容易くいなす青年。

 二階の展望室から訓練の様子を眺めている研究員たちにすれば、どうやれば人間がこんな三次元的な動きを出来るのだろうかと呆然としているだろう。

 しかし、いくら凄まじい動きを見せてもアイギスの攻撃は通らない。柱の側面という本来不安定になるべき場所で、相手が僅かな間でも停止出来てしまうことが原因だ。

 アイギスは柱に着地すると重力に従って落ちる前に蹴って飛んでいた。これはすぐにでも移動しなければ柱を足場に出来ないことを意味している。

 よって、アイギスは空中で身体を捻って軌道を僅かに変えることは出来ても、基本的には動きは柱同士を直線的に移動するだけということだ。

 再び攻撃をいなされたアイギスは完全に動きが読まれていることに歯噛みする。こんな状態では地上に降りて縦横無尽に走った方がマシだと。

 そして、そう思ったアイギスの行動は早かった。

 使いこなせない刀をリストバンドの中に戻すとキャリコを取り出し。複数の柱を蹴って上を目指す。

 そのまま最も高い柱の上に到着するなり、彼女は身体を屈めてから全身のバネをフルに使って天井に向かって跳躍した。

 勿論、跳んだところで高い天井には届かないが彼女の狙いはそこではない。完全に制空権を取ったところで眼下を見つめ銃口を対象に向ける。

 近接武器に慣れるために始めた訓練で銃を使うことは反則に近い。それでも青年に勝つには武器に拘ってはいられないのだ。

 

「これで決めます!」

 

 指を掛けた引き金を引き続ければ、銃口が火を噴き連続で銃弾が地上に向けて放たれる。

 柱の陰に隠れようにも制空権を取っていることで上から撃たれるだけだ。

 これならば簡単には防げまいと銃弾が彼に迫れば、湊は地上に降りて腰からナイフを抜き、刀とナイフを構えて真っ直ぐ銃弾を見つめる。

 その行動をアイギスは不思議に思いながらもさらに狙いを付け、弾倉が空になるまで銃弾を放てばもう当たると思われた最初の一発が湊から逸れて床にぶつかった。

 銃弾が床に当たると、キュインッ、と甲高い音が響いてそのまま跳弾となり彼方へと飛んでゆく。

 耳にそんな音が届いたアイギスは一瞬何が起きているのか理解出来なかった。

 しかし、続けて二発、三発と連続で銃弾が彼を避けるように軌道を変えて床にぶつかっている。

 普通ではあり得ない現象を目撃したアイギスは、その中心にいる青年の動向に注目して銃弾が彼に迫った瞬間の動きを見て驚愕した。

 

「そんなっ!?」

 

 距離のある物は右手で持った刀で銃弾の側面を撫でて軌道を逸らし、かなり近距離まで近付いてきた物はナイフで側面を弾いて強制的に軌道を変える。

 右手が仕事をすればそのまま無駄のない動きで左手でも仕事をこなし。左手を使い終わればそのまま流れるように再び右手を使う。

 そんな風にして青年は常人では目で追えない速度の銃弾を全て対処しきってしまった。

 これで相手の動きをいくらか制限して流れを変えようと思っていたアイギスにすれば完全に予想外で、落下しながら弾のなくなったキャリコを消してすぐにガバメントを持ち直して次の作戦を考える。

 だが、空中で身動きの取れない相手を大人しく地上に降ろすほど青年は優しくはなかった。

 銃弾の雨が止むなり刀の剣先をアイギスに向けたまま右腕を引き、まるで狙いを定めているようだと思ったところで何もない空間に向かって鋭い突きを放った。

 そして、数瞬後にアイギスは左脇腹に激痛が走ったことで彼の行動の意味を理解する。

 

「あぐぅっ」

 

 痛みに表情を歪め空中でバランスを崩しながら落下する。彼女が痛みを感じた部位から真っ赤な鮮血が流れ出し、着ている衣服には刺し傷が出来ていた。

 先ほどの湊の攻撃、それは名切りの血に覚醒した事で完全に使えるようになった“不視ノ太刀・真打ち”の応用だ。

 彼は徒手空拳でも熊を斬り殺す事が出来るが、刃のある武器を持っていれば攻撃範囲がさらに伸び、斬撃を飛ばすという離れ業も可能になる。

 先ほどの突きはアイギスに向かって切っ先分だけ斬撃を飛ばしたが、切るよりも刺した方が傷の深さが増すように、刀を振るって斬撃を飛ばしたときよりも速さと威力が増すという効果があった。

 他にも線ではなく点で攻撃出来るので、周囲への被害も含めてダメージを調整しやすいなどの利点もあるが、持っていた武器も手放し落下してくる少女を見て駆け出した青年は、そのまま速度を上げて飛ぶと落ちてくる彼女に向かって跳躍し、わざわざ傷口につま先が当たるようにして空中で蹴り飛ばした。

 

「――――っ」

 

 ナイフで刺されたような傷がある部位を蹴られた事で、アイギスは一瞬視界がホワイトアウトする。

 だが、焼けるような痛みの後に蹴られた鈍い痛みで感覚を強制的に戻され、蹴られた衝撃によって横に吹き飛ばされると、今度は金属製の柱に背中をぶつけて肺の中に残っていた空気を全て吐き出して今度こそ床に落ちた。

 これまで体験したことのないような痛みを連続で知ったことで、アイギスは目に涙を滲ませながら脂汗を掻いて荒い呼吸を繰り返す。

 血を失って身体に力は入らないし、そもそも全身が痛むので動くことも出来ない。

 以前、ドイツで戦ったときにはほぼ互角で、アイギスの方がやや優勢だったくらいだが、それは彼の方が今にも倒れそうな満身創痍だからこその結果だ。

 肉体が成長し、さらに筋力やリーチが伸びて万全な彼を相手にすれば実力差は歴然。

 やはり自分が彼に勝つことなど出来る訳がなかったと、俯せで倒れ顔だけ横に向けてそんな事を考えていた彼女の視界には、自分を蹴り飛ばしてから綺麗に着地した青年が映った。

 

「ゴホッ、ゴホッ……やくも、さん……」

 

 ゆっくりと近付いてくる相手を見ながらアイギスは弱々しく声を出す。

 今の彼は、右眼は眼帯に覆われたままだが、左眼は戦闘状態を表わす蒼い魔眼になっている。大切な少女が相手だからと手を抜かなかった証拠だ。

 ボロボロにされておきながら彼女はそれを見て、真剣に相手をしてくれてありがとうと感謝していたが、近付いて来た彼の次の行動で彼女のそんな考えは吹き飛ぶ。

 

「――――っ」

 

 声にならぬ叫びを上げる少女、右肩に焼けるような痛み、そして突き刺さるナイフ。

 感情の籠もらない冷たい瞳をした青年が左手に持っていたナイフを彼女に向かって投げたのだ。

 完全に決着はついており、見学している研究者の中にシャロンがいたようでスピーカー越しに訓練の終了を告げているが、そんな事は関係ないとばかりに青年は空いた左手で寝ている少女の首を掴んで持ち上げた。

 

「うぐっ、ああっ」

 

 強い力で首を掴まれ呼吸が出来ない。反射的に唯一動く左手で首を絞めている彼の手を弱々しく掴むが、彼の手はビクともせずアイギスは痛みと苦しさで意識が朦朧としてきていた。

 

「やく、も、さんっ」

 

 意識が途切れそうになるとき、このまま自分は彼に殺されるのだろうかという考えが彼女の頭を過ぎる。

 思えば彼が自分に好意的に接する理由などない。命を救って貰ったと言っていたが、そもそも彼の両親を殺して、さらに彼を危険な戦いに巻き込んだ張本人なのだ。

 桐条グループの人間を殺したいほど憎んでいるというのなら、自分こそ最も残忍な手段を用いて殺したい相手だろう。

 そう思うと彼に嫌われるのはとても悲しいが、これはしょうがないことなのだと受け入れる事が出来た。

 大好きな人の手に掛かって死ぬことが出来る。人となって数日だが悪くない終わり方だと思ったとき、彼女は死ぬ寸前だというのに彼に向かって笑いかけていた。

 

「――――赫夜っ」

 

 直後、首を掴んでいた手が離され、落下する彼女の身体を抱き留めながら彼はペルソナを呼び出していた。

 現われたのは、くノ一のようにも見える丈の短い紫の着物に身を包んだ白髪の女性。普段はウサ耳型のレーダーユニットのある“カグヤ”の姿で呼び出されているが、スキルの威力で勝る本来の姿である“赫夜比売”として呼び出したのだ。

 刺さっていたナイフは影の腕で引き抜いており、現われた赫夜がやや心配そうな顔でアイギスに回復スキルをかければ傷は瞬く間に塞がる。

 失血による倦怠感と酸欠気味で少しぼーっとしているが、痛みから解放されて青年に優しく抱き留められていることで、アイギスは安心しきった顔で笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます。八雲さん」

「ごめん。君に少しでも生身の身体の弱さを知って欲しかったんだ。簡単に傷つくし、首を絞められたくらいで死にそうになるって」

 

 最後まで冷徹な仮面を被っていたのは、全てアイギスに人間の身体の脆弱性を教えるためだった。

 怪我をすれば動きと思考は鈍り、酸素がなければ意識を保つことが出来ず、機械の頃には出来たことでも生身では十全に出来ないことが多々ある。

 それを理解して貰うために敢えて彼女を傷つけた訳だが、アルカナシャドウたちとの戦いを前に小狼時代の自分に戻るため感情のリセットをかけたにも関わらず、今の湊は明らかにアイギスを心配して申し訳なさそうにしていた。

 傍からそれを見ていた赫夜比売は我が子ながら難儀な性格をしていると心の中で苦笑しつつ、少女が傷つくことで本人以上に傷つく青年のためを思い、今回のような訓練はなるべく避けるよう忠告する。

 

《八雲、わたしの術も完璧ではありません。傷によっては痕が残ることもありましょう。その娘を思うのであれば、そういった事も頭の隅に置いて鍛錬なさい》

「……わかった」

 

 実際のところ、赫夜比売のスキルを使えば部位の欠損でもなければ骨折だろうと治る。

 ただ、それを過信して怪我に無頓着になっては困るため、そもそも怪我をしないように見ておくべきだと彼女は伝えたのだ。

 基本的に八雲至上主義な名切りのペルソナと異なり、赫夜比売は八雲が他の者たちとも良好な関係を築くことにも重点を置いて接している。

 どちらも過保護な事には変わりないが、湊はこういったタイプの大人のいう事の方がよく聞くため、彼があっさり頷いて返すと二人のやり取りを見ていたアイギスが驚いた顔をしていた。

 

「ペルソナが喋っているであります」

《わたしは八雲に宿りペルソナの力を得た亡霊です。当時、姓というものはありませんが、名乗るのであれば九頭龍ユーリと名乗った方が分かり易いでしょう》

「九頭龍は七歌さんと同じ名字であります」

《ええ、あの子も八雲同様わたしの子孫です》

 

 アイギスはドイツで鈴鹿御前と会って話もしていたが、あのときは緊急事態だったので深く考える余裕がなかった。

 けれど、今は話している相手の容姿などもじっくりと観察出来る余裕があるので、確かに八雲とも七歌とも似ているところがあるなと両者が血縁関係にあることに彼女も納得する。

 

《龍神であった母様より力を受け継ぎ、姉様は鬼の一族に、わたしは龍の一族になりました。そして、鬼は研鑽を重ね、龍はわたしが力の大部分を持ったまま過ごし、数千年経ってようやく八雲という両家の力を継いだ愛子が生まれたのです》

「なるほど、ではあなたは八雲さんのお婆様でしたか。ご家族の方とは知らずペルソナとお呼びして申し訳ありません」

 

 七歌と八雲が親戚であるという情報も地味に更新しつつ、アイギスは改めて彼の遠い祖母にあたる赫夜比売に挨拶をした。

 愛子と親しくしている少女が、亡霊となっている己にそんな風に接してきた事がおかしいのか赫夜比売は手を口元に当ててクスクスと笑い。そこまでの気遣いは不要であると告げる。

 

《ふふっ、所詮この身は八雲に憑いた亡霊。何を無礼なことがありましょうか》

「いえ、その辺りはキチンとする必要があります。先日拝見したワイドショーでは姑との関係が夫婦関係に大きく響くと仰っていましたので」

 

 旦那の祖母は姑とは呼ばない。しかし、アイギスは彼の親族に初めて会ったので、細かいことは気にせず良好な関係を築こうと考えた。

 だが、それを聞いて驚いた青年は、どこから夫婦関係などという話が出てきたのだと彼女に問いかけた。

 

「アイギス、それは関係ない。というか夫婦関係ってどっから出た話だ?」

「八雲さんはわたしを好きと言いました。そして、わたしも八雲さんが大好きです。ならこれはもう結婚するしかないかと」

「いや、それはおかしい。第一俺は結婚出来る年齢じゃない」

 

 それはドイツで戦った後のことだ。アイギスから自分の事が好きか嫌いか二択で選べと言われ、湊は選択肢が卑怯だと思いつつも素直に好きだと言った。

 彼女にすればそれで言質は取れており、自分も彼のことが大好きなのでもはや二人の愛を阻む物は存在しないという訳である。

 ただ、湊はそういう意味で言った訳ではないし、そもそも少女を自分という呪われた存在に固執させたくもない。

 故に、なんとか正しい知識を与えて、相応しい友人や男性と関わるようにならないかと考えていれば、子供たちの微笑ましいやり取りに和んでいた赫夜比売が老婆心からアイギスに一つ助言した。

 

《ふふっ。アイギス、八雲にはわたしの他にも元は人間だった者たちが憑いています。中々に気難しくあなたのことを快く思わない者もいるでしょう。ですが、大切なのはあなたと八雲の心です。お互いに信頼し合えるなら心を強く持って共に歩みなさい》

「はい。お婆様のお言葉、しっかりとこの胸に刻むであります」

 

 迷いのない真っ直ぐな瞳。そして、自分の心に従っての正直な言葉。

 それらを確認した赫夜比売は少女ならば大丈夫だろうと満足げに頷き、それではまた、と言って湊の中に戻っていった。

 青年の家族に挨拶する事が出来たアイギスの方も嬉しそうに彼女を見送り、話が厄介な方へ進んでいることを自覚した青年だけが疲れた顔をしている。

 展望室から見ていた者は先ほどまでの彼の行動で彼以上に疲れているだろうが、既にアイギスも自分で立てる程度には回復しているので、二人はここを出るため扉へと向かってゆく。

 

「この後は姉さんとの対面ですね。初めて会うので楽しみであります」

「そうか。まぁ、似ているかどうかで言うと別に似てはいないが」

「腹違いの姉妹というやつだと聞いているであります」

 

 今日、ラビリスはテニス部で午前中は抜けていた。それが終わるなりこちらに向かうということで、アイギスは近接武器の訓練を受けていたのだ。

 そして、ようやく姉妹が対面することになり、説明を受けていた本人も会うのを楽しみにしていた訳だが、扉が開くなりアイギスのはしゃぐ様子を見て小さく笑っていた青年が後方へ吹き飛んだ。

 

「八雲さんっ!?」

 

 扉が開いた瞬間、彼の顔面に赤い拳が叩き込まれるのを見てアイギスは驚いた。

 すぐに倒れた彼の許に駆け寄り、心配して抱き起こしてから彼を殴り飛ばした下手人を睨み付ける。

 

「一体どういった了見でありますか。ことと次第によっては実力行使も辞さない覚悟であります」

「うん。まぁ、アイギスの気持ちも分かるけど、今は少し待っといて貰えるかな? ウチはちょっとばかし人の妹をボコボコにした外道にお仕置きせなアカンのよ」

 

 現われたのは銀髪赤眼の少女。その彼女の手には特殊合金製の真紅のガントレットが装備されている。

 その拳同士をぶつけて臨戦態勢に入っている彼女は、先ほどの訓練の様子を上で見ていたようで、アイギスを殺しかけたクズに天誅を下そうと考えていた。

 しかし、近付いてくる相手を視線で牽制しながら、アイギスは起こしている湊の頭を胸に抱き、庇うように相手から遠ざけて言葉を返す。

 

「妹さんを傷つけられた事はお悔やみ申し上げます。ですが、それにはきっと理由があったはずです。それでも八雲さんに暴力を振るおうとするのであれば、わたしが相手をします」

「ちょ、待ちって。ウチが言った妹はアイギスのことやから。ウチはラビリス、桐条の方やと五式ラビリス呼ばれとったアンタの姉やよ」

 

 妹がやるなら相手するぞと言ってきた事でラビリスはおおいに焦った。

 彼女の方はアイギスの写真を見て姿を知っていたが、アイギスは姉の姿を一切知らなかったことで食い違いが起きたらしい。

 ただ、改めて説明を受けても、アイギスにすれば大切な青年を傷つけた闖入者でしかないので、実の姉だと聞いても敵意剥き出しのままキッと鋭い視線で相手を射貫く。

 

「そうですか。ですが、八雲さんに危害を加えたあなたはわたしの敵です。受けて立ちます」

「いや、だから今のはアイギスを傷つけた相手にお仕置きしただけで」

「わたしはそんな事はされていません。あなたは嘘つきです」

「ちが、あーもう、どう説明すればええんよぉ……」

 

 楽しみにしていた出会いがこんな形になり、おまけに妹にも嫌われたことでラビリスは泣きそうになりながらどうすればいいんだと頭を抱える。

 傍から見れば湊が加害者でアイギスが被害者としか思えないが、アイギス本人が彼は自分の事を考えて厳しい訓練をしてくれたと考えているため話が合わない。

 こうなってくるともう後は青年が仲を取り持つしかないというのに、アイギスに支えられながら立ち上がった青年は口元を小さく歪めながらラビリスを見た。

 

「妹に嫌われたな」

「なっ!? この下衆、誰のせいやと思てんのよ!」

「やめてください! あなたは八雲さんに近付いてはダメな人です」

 

 元を正せばやり過ぎた青年のせいだというのに、急に殴られた腹いせに湊は仲を取り持つことを拒否した。

 加えて小馬鹿にしたように煽ってまで来たので、ラビリスがふざけるなといつものように掴みかかろうとすれば、アイギスが間に入って邪魔をして彼に近付くことを阻んだ。

 姉にすればずっと会うのを楽しみにしていた可愛い妹だというのに、妹にすれば大切な人を傷つける危険な姉と認識され、感動的なものになるはずの出会いは一人の下衆のせいで最悪な形でスタートを切るのだった。

 

夜――巌戸台分寮

 

 アイギスがラビリスと出会った日の夜、寮生たちはとくに予定もないので一階に集まりながらも、女子たちはキッチン側のテーブルでお茶をして過ごし、男子らはテレビに近いソファー側でそれぞれの時間を過ごしていた。

 しかし、カップ麺を食べていた順平は暇だったのか、夏休みの自由研究を何にしようか考えていた天田に話しかける。

 

「そういや、天田少年は武器は決めたのかい?」

「武器ですか? えっと、一応候補は考えてますけど、どれが良いのかよく分からなくて決まってはいません」

 

 少年もこれからはシャドウと戦うために武器を手にする必要がある。

 サッカーくらいしかしてこなかった彼はどれも素人という事になるが、だからこそ簡単に決めると危ないぞとコーヒーを飲みながらバイク雑誌を読んでいた荒垣が忠告した。

 

「成長途中の身体じゃ重い得物持って長時間移動するのもキツいだろ。そこらを考えて選ばねぇといざってときに危ねえぞ」

「はい。気をつけます」

 

 出戻りではあるがシャドウとの戦いを経験している先輩の言葉に天田は素直に頷いて答える。

 彼は荒垣が自分の親の敵だとは知らない。それ故の素直な態度という訳だが、逆に忠告した方が少年の反応に戸惑い気味なようで「ならいい」と短く返すと再び雑誌に視線を戻した。

 そんな荒垣の隣でグローブを磨いていた真田は、幼馴染みの細かな様子には気付かず、新しい後輩に先輩として助言出来る部分もあるぞと少年に声をかける。

 

「候補ってのはどんなやつだ? 俺たちの中で似ている物を使っている者がいればアドバイスも出来るが?」

「あ、その……双剣とか使ってみたいなぁって少し思ってて」

『双剣?』

 

 双剣とは所謂二刀流のことだ。片手で持っているため攻撃力は下がるが、それぞれの手で攻撃を捌く事も出来るので防御には向いている。

 ただ、どうしても高い技量が要求され、さらに言えば非力な子どもではろくにダメージが通らない可能性もある。

 だというのに、どうして彼がそんな武器を選んだのだろうと三人が尋ねようとすれば、点けっぱなしのテレビであるCMが流れた。

 

《守るために戦う――――『劇場版フェザーマンR-時空を超えた戦い-』大ヒット上映中!》

 

 そこには両手に持った刀で必死に戦うシムルグの姿が映っていた。夜のニュースなどでも歴代最高の客入りとして大きく取り上げられ、既に今年の邦画ランキングでトップになるのではと見られている。

 かつてヒーローに憧れていた時代のあった彼らも、そんな人気で一般客も入っているというのなら久しぶりに観てみようかなと興味を持っていたため、フェザーマン好きの少年なら既に押さえていてもおかしくはないなと彼を見てみれば、案の定、気まずそうに視線を逸らしていた。

 その反応から双剣を選んだ理由も丸わかりであり、普段はふざけている順平ですら珍しくお兄さんぶって彼を諫めた。

 

「あー……やめとけ、天田。ちゃんと選ぼうぜ」

「な、何がですか? 僕はちゃんと考えて選んでますよ。というか、まだあくまで候補の一つですし」

「いや、丸わかりだから。オレたちもそんな時代はあったけど、これ本当の戦いだからな。そういう選び方はマジでやめとけ」

 

 順平が真剣な様子で話すということは珍しい。それだけに、これは真面目な話だという事が天田にも伝わった。

 これでまだ未練があるなら真田と荒垣も諭そうと思っていたが、普段とのギャップのおかげで順平の言葉だけで天田はもう少し考えてみることにしたらしい。

 大人びてはいるがやはり子どもだ。シャドウとの戦いに臨むと決意したのは母親の敵討ちが理由だろうが、戦い自体はヒーローへの憧れが見て取れる。

 やはりそういった危なっかしい部分は自分たちが注意しておく必要があるなと考え、それぞれがまた自分の時間に戻ろうとしたとき、入り口の扉が開いてアイギスが帰ってきた。

 

「ただいま帰ったであります」

「お、アイちゃんおかえりー」

「順平さん、ただいまです。皆さんお揃いでちょうど良かったであります。こちら、お寿司のお土産です」

 

 帰ってきたアイギスは手に包みを持っていてそれを順平らの前に置いた。

 お土産と聞いてお茶をしていた女子たちも見に来たが、包みを広げると十人前はありそうな寿司が並んでいた。

 容器は持ち帰りと処分がしやすい軽くて柔らかい合成樹脂製。しかし、並んでいる寿司は先ほど握ったばかりという新鮮さで、高級寿司を食べ慣れている美鶴ですら見事なものだと感心する。

 

「かなり上等な寿司だな。アイギス、夕食で食べてきたのか?」

「はい。あの方に連れて行っていただきました。とても美味しかったので皆さんにもお裾分けです」

 

 順平などにすれば初めて見る高級寿司に大興奮する。ゆかりや風花も少しつまもうかなと温かいお茶と取り皿の準備にキッチンへ向かえば、どこの寿司屋か見ていた七歌が驚きの声をあげた。

 

「え、これ虎膳じゃん」

「お、なになに? 七歌っちの知ってるお店?」

「行ったことはないけどね。信用出来る客しか入れないことで有名な超VIP向けの老舗だよ」

 

 江戸前寿司“虎膳”。一見さんお断りで有名で、気難しい店主に気に入られなければ入ることが出来ないが、味は抜群で各界の著名人が一度は行ってみたいと挙げる店だ。

 一時期などは総理大臣も並ぶ店などのように取り上げられ、別に並んだからといって入れる訳ではないが、いくら様々なパイプや権力を持っていようと信用されなければ入店お断りとして知られている。

 だが、そんな店が持ち帰りサービスをしているはずもない。にもかかわらず、目の前にはしっかりとした江戸前寿司が存在している。

 美鶴も虎膳の寿司は初めて食べるので、どうやって持ち帰れるようになったかを尋ねた。

 

「アイギス、持ち帰りはどうやって頼んだんだ?」

「わたしが皆さんにもお裾分けしたいと言ったら、あの方が持ち帰りたいからおまかせで握って欲しいと頼まれたんです。最初は店主さんも渋っていましたが、容器は自分で用意しますと見せれば笑ってしょうがないなと握ってくださいました」

 

 通常はやっていないサービスを認められるほどの繋がり。ただの常連では二度と来るなと言われて終わるだろうに、“あの方”とやらはユーモアのセンスも含め随分と気に入られているようだ。

 そんな事を話している間にゆかりと風花がお茶と取り皿を持ってきたため、他の者たちも食べるという事で全員がソファーに詰めて座る。

 ネタは旬のネタから定番まで十数種あり、それぞれに皿と箸が行き渡るとアイギスに頂きますと言ってから食べ始めた。

 すると、

 

「う、うんめー!! んだこれ、シャリからして回転寿司とは別もんだろ!」

「本当に美味しい。ネタが解けるようってこういうのを言うんですね」

 

 順平と風花が満面の笑みを見せれば、他の者たちも同意して頷きながら箸を動かす。

 簡単に噛みきれる柔らかいネタ、ほのかに甘いピカピカのシャリ、お茶との相性も抜群で、既に夕食を済ませているとは思えない勢いで寿司は減っていった。

 自分が美味しいと思ってお土産にして貰ったアイギスはそれを眺め満足しているが、こんな上等な寿司屋に簡単に連れて行く人物に興味を持った七歌が再び相手のことを知りたがり尋ねた。

 

「アイギス、ご飯はその人と二人で行ったの?」

「いえ、今日は姉さんもいました。ですが、個人的に良好な関係を築くのは難しいとも感じたので、今後のお付き合いは不明です」

「え、アイギスってお姉さんいたの?」

「そのようです。初めて会いましたが、あの方に暴力を振るうので悪い人でした」

 

 食事をしていた者たちはムスッとした顔のアイギスに姉の事を聞かされ驚いて手を止めた。

 天田は知らされていないが他の者たちは彼女がロボットだったと知っている。その姉ということは相手もロボットのはずだが、真田が美鶴を見れば彼女は首を横に振ったので詳細は不明らしい。

 その事については美鶴が桐条グループに問い合わせる事にして、他の者たちはアイギスの姉がどんな人物なのだろうかと想像を巡らせる。

 もっとも、アイギス自身も相手のことをよく思っていないようなので、彼女からどんな人なのか詳しく聞くことは出来ないだろう。

 約一名は彼と一緒にいる少女のことを思い出し、そういえば名前も似ているなと考えたりしていたが、とりあえず考えても分からない事は置いておき、今は新鮮な寿司を食べてしまおうと一同は再び箸を動かして寿司を堪能するのだった。

 

 

 




漫画版ペルソナ3最終11巻、2月27日より絶賛発売中。

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