【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

239 / 504
第二百三十九話 少女たちの夏休み

7月30日(木)

昼――巌戸台分寮

 

 夏休みに入って約一週間。まさに夏真っ盛りという晴れ日の昼頃に、寮の扉が開いて七歌が帰ってきた。

 何やらニコニコとしている彼女の手には熟していない緑色の柿の実が握られており、彼女の帰宅を待ちながらソファーで雑誌を読んでいたゆかりはどうしたんだと尋ねた。

 

「おかえりー。ってか、それどうしたの?」

「これ? 商店街にある古本屋のおじいちゃんとおばあちゃんに貰ったの」

 

 出掛けていた彼女が行っていたのは古本屋“本の虫”といって、老夫婦が営んでいる小さなお店だ。

 こちらに来てから近場の本屋として利用しているうちに夫婦と仲良くなり、イゴールたちの言っていた絆が芽生えたのか“法王コミュ”を結んでいた。

 そして、今日は老夫婦から渡したいものがあると言われて行ってきたのだが、そのときに貰ったのが熟れていない若い柿の実だった。

 これは教師をしていた老夫婦の一人息子の教え子が植えた木についた実で、校舎の増築計画の中で邪魔な木として切られそうになっていたという裏話がある。

 その計画は木を植えた卒業生たちの反対署名運動に加え、美鶴に誘われて生徒会に所属している七歌の活躍によって阻止されたが、結果は木を別の場所に植え替えるという折衷案に終わった。

 けれど、老夫婦はその結果に満足しており、色々と駆け回ってくれたお礼として数冊の本と思い出の柿の実をくれたのだ。

 

「夏にも柿の実ってあるんですね。秋になって実がついて熟れていくんだと思ってました」

「うんにゃ、夏にはほぼ大きさが完成してるよ。熟れていくのは夏の終わり頃からだけどね」

 

 ゆかりと一緒に待っていた風花は夏休みの宿題をしていたノートから顔を上げ、秋を代表する作物とも言える柿を夏に見るのは不思議な感じだと微笑む。

 七歌もそれに笑い返して夏には既に実は出来ているんだぞと伝え、どうやって保存しようかなと考えながらラップに包んで冷凍室に入れた。

 熟れていれば食べられたかもしれないが、残念ながら貰った実はまだ早いという段階にもなっておらず、かといって生モノをインテリアとして扱うには勇気がいる。

 そうして悩んだ末に、しばらくはコールドスリープさせておこうと決めて、柿を入れた冷蔵庫の前で二礼二拍手一礼してから七歌はゆかりと風花の前に戻ってきた。

 

「おっすー。んじゃ、準備出来てるなら出掛けよっか」

「あ、じゃあ、ちょっとノート類を部屋に置いてくるので少し待っててください」

 

 満月まで残り一週間。そのため、次の戦いに向けて少し準備をしようと今日は三人で少し出掛ける話になっており、老夫婦に呼ばれていた七歌が用事を済ませたら出発することになっていた。

 他の者たちもほとんど準備は出来ているが、ノート類を部屋に置いていきたいと言って風花が部屋に向かったので、彼女が戻ってくるのを待ってから七歌たちは寮を出た。

 

「あー、今日もあっついねー」

「たるんでますぞゆかり選手。私はこの暑い中を往復済みなのだから」

「それ商店街まででしょ。ポロニアンモールまでどれだけかかると思ってんのよ」

 

 外に出てあまりの日差しの強さにゆかりは手をかざして目元に影を作る。

 そんなことをしても暑さは変わらないが、眩しさは軽減するので全くの無意味という訳ではない。

 けれど、外に出るなり暑さでゲンナリしている様を見て、七歌がそんな事じゃやっていけないよと言ってくるものだから、ここから目的地までどれだけあると思っているんだとゆかりも反論した。

 二人の少女のやり取りを傍らで見ていた風花は日傘を差して笑い。三人の少女は暑さに文句を言いながらも姦しく目的地へと向かった。

 

――ラボ

 

 七歌たちがポロニアンモールに向かっているとき、朝から用事があると言って出掛けていた美鶴は桐条グループのラボに来ていた。

 ここを訪れたのは先日のアイギスの言葉に気になる点があったからだ。

 

「お嬢様、こちらが対シャドウ兵器の資料になります」

「ありがとうございます」

 

 美鶴がラボ内にある会議室で待っていると、白衣を着た眼鏡の中年男性が古いファイルを持ってやってきた。

 相手からそれを受け取った美鶴は礼を言ってから中身に目を通してゆくが、資料を読んでいる美鶴に男が声をかけてくる。

 

「現在ラボに残っている資料の中で最も詳しく書かれているのはそれです。ただ、七式アイギスを除く過去の機体に関しての資料は、どうやら十年前の事故で失われてしまったようで見つかりませんでした」

「……そうですか」

 

 申し訳なさそうに伝えてくる男に美鶴はないものはしょうがないと微笑んで返す。

 心の中では資料が失われていることを残念に思っているが、それを相手に言ったところでどうにもならない。

 ポートアイランドインパクトと呼ばれる十年前の事故、それに加えて九年前に起きた桐条傘下の製薬会社に偽装したエルゴ研のガス管破裂事故、この二つの事故によって研究のデータはほとんど失われてしまった。

 おかげでポートアイランドインパクト後の十年の内数年は、失われた貴重なデータの復旧に追われていることになっていた。

 今でこそ新たな研究も出来るようになっているが、対シャドウ兵器に関しては天然のペルソナ獲得者が見つかったことで研究自体が凍結され、アイギスが目覚めるまでは資料の整理すら行なわれていない。

 それを美鶴が見たいと言ってからたった数日でまとめてくれたのだから、美鶴としてはここに目的の資料がなくても研究員らを責める気など毛頭無かった。

 そうして、そのまま資料に目を通していくとラストナンバーであるアイギスの資料が最も多く、人間になった彼女が対シャドウ兵器のロボットだったという事実を再確認する。

 今日も彼女は朝から出掛けているが、他の者たちも既に彼女を人間として扱っておりロボットだったということを忘れている節すらある。

 それが良いことかどうかは分からないが、彼女のことを情報としては知っている研究員は寮での様子などを美鶴に尋ねた。

 

「七式アイギスの様子はいかがでしょう? 日常生活も問題なく送れていますか?」

「ええ、今日もあの方とやらのところへ出掛けて行きました」

「そうですか。ロボットを生き物にしてしまうほどの技術。研究者として一度は会ってみたいものです」

 

 研究員たちもアイギスの人間化を聞き、どうすれば機械を人間に出来るのかと議論がなされた。

 結果だけを言えば何をどうすれば良いのか欠片も分からなかったが、ラボに配属されてから長い者たちと違い、ラボに入ってから三年にも満たない研究員から器を作ってコアを移植したのではという意見が出された。

 これは長年勤めている者たちはアイギスを高度なAIを積んだロボットとして認識していたが、入ってから日の浅い者はアイギスはコアに自我や魂が宿っていると認識していたため、コアさえ移植すれば彼女のまま別の肉体になれるのではと考えたのだ。

 真相はアイギスに尋ねても教えてくれないので謎のままだが、長年研究していた者ほど先入観で気付けないというのは少し面白い。

 研究員がアイギスを人間にした人物に会ってみたいものだと言ったところで、美鶴は目的の情報であるアイギス以前の対シャドウ兵器について書かれた項目を発見した。

 

「一式から三式までは車輌型……四式以降が人型で、黄昏の羽根を積んだのは五式からか……」

 

 彼女が見つけた資料に書かれていたのは、対シャドウ兵器開発がどのように発展していったかというもので、そこには七式アイギスに至るまでの対シャドウ兵器開発の系譜が載っていた。

 目を通していた美鶴にすれば、どうして車輌型をやめて人型にしようと思ったのか不思議でならないが、続きを読めばその頃にペルソナが実在する可能性が現実味を帯び、ならば対シャドウ兵器にも搭載する事が出来ないかとなったらしい。

 つまり、最初に人型で作られた四式は、あくまで人型ロボットが製作可能かそして実用可能かを調べるためのプロトタイプ。

 次に開発された五式が黄昏の羽根と人格を与えた場合の反応を見るテストベッドで、五式で採ったデータに加え銃火器など新たな仕様の実験機として作られたのが六式、そして六式までに得られた全てのデータを使って作られた正式採用機がラストナンバー・七式アイギスというわけだ。

 これを読むとラストナンバーである彼女はかなりの性能を有していた事が窺える。それを言い方は悪いが人間にしてしまって大丈夫なのかという不安も感じるが、先日共にタルタロスへ訪れたときには七歌以上の身体能力を見せて戦っていた。

 それを考えると“あの方”とやらは、アイギスが人間になっても戦闘力が変わらないようにしたのだろう。恐るべき科学力だ。

 

「これは……」

 

 そして、さらに美鶴が読み進めたとき、テストベッドである五式の実験について書かれた項目を発見する。

 それは読んでいて思わず眉を顰めるほど非道な内容だった。

 黄昏の羽根に人格をインストールしたことで彼女たちは人間のように経験を積んで成長出来る。勿論、身体は機械なので成長はしないが、経験から肉体の運用や戦術面での成長が期待され、“五式”になる可能性を持った機体を何十体と作り、最も性能で優れた機体を“五式”として運用していこうと考えられた。

 だが、彼女たちは対シャドウ兵器、つまりは戦うための機械だ。そんな存在が己の性能を示すことが出来るのは戦場しかない。

 けれど、当時は影時間も限定的な発現しかせず、敵となるシャドウも簡単には遭遇すら出来なかったので戦う相手はいない。

 ならどうやって戦いの中で性能を見せるのかと思えば、当時の研究者たちは近い性能を持った“姉妹たち”を戦わせれば良いと判断した。

 

「なんと非道な。彼女たちにも意思はあっただろうにっ」

 

 あまりの内容に美鶴はファイルを持つ手に力を籠めて声を荒げる。

 急に大きな声を出されて研究員は肩をビクリとさせているが、書かれている内容を思えば美鶴が激昂するのも無理はなかった。

 性能を知るために姉妹を殺し合わせ、負けた方のデータを勝った方にインストールすることで全ての経験を勝者に獲得させる。

 そんなことを繰り返して残った最後の一体が正式に“五式”として採用されようと、そのまま少女が精神的に成長していけば、いつか姉妹殺しを罪として背負うことになるかもしれない。

 研究者がその可能性に気付かなかったはずがない。そう思って美鶴は怒りを露わにしたが、研究者の男は何故そんな実験が行なわれたのか理解出来るとして理由を説明した。

 

「お嬢様、残念ながら研究者は彼女たちを一つの個として認識していません。自我を持っている、心があると言われても、高性能なAIを積んだロボットだと認識しているのです」

「馬鹿な。それではペルソナの獲得をどのように考えているんだ?」

「実験の産物。人工的な方法でもペルソナを獲得し得ると分かった程度でしょう」

 

 男の言葉に美鶴は絶句した。心があって、大切な人が死んだと思って涙を流せた彼女を、研究員らはあくまで“ロボット”としか見ていない。

 ペルソナは高度な精神、つまり心を持っていなければ獲得出来ないというのに、作られた存在だからという一点によって彼らは相手をモノとして認識しているのだ。

 そんな馬鹿な話があるかと怒鳴りたい気持ちになる。だが、目の前の相手を罵倒しようと既に行なわれた非道な実験がなかったことになる訳ではない。

 研究員らの考え方を知った今となっては、アイギスが人間になったのはむしろ良かったと感じながら資料の続きを読み、実験の最終的な勝者に与えられた名前を見たとき美鶴は頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

 

「そ、そんな、これが彼女の姉の名前なのですか?」

「はい。容姿については詳しく書かれていませんが、複数の資料から同じ名前が出ました。よって、五式の名称は“ラビリス”で間違いないかと」

 

 美鶴はその名前を知っている。ムーンライトブリッジで湊の様子がおかしくなったときに突如現われたのが最初の出会いだったが、それから時間が経って再会し、今では普通に話すことも出来る学校の先輩後輩という関係だ。

 湊と一緒にいることから何かしら訳ありなのだろうとは思っていたが、資料に書かれている彼女の末路は暴走したことで封印凍結されたとある。

 その後、彼女が再稼働されたという話は何も書かれていないので、考えられるのは彼女の存在を知った青年が連れ出したのだろうという事だった。

 まさか湊とチドリだけでなくラビリスまでもが桐条グループの被害者だとは思わず、被害者であるはずの湊が他の被害者を救い続けている事実に美鶴は申し訳なく思えてくる。

 

「どうもありがとうございました」

「もう良いのですか?」

「はい。知りたかった事は分かったので」

 

 アイギスの姉の情報を得たいと思ってやってきたが、それを知ったことで新たな悩みが生まれてしまった。

 ファイルを返した美鶴はすぐに会議室を出ると、アイギスは今日彼の家にいるのだろうと当たりを付けて表に車を呼ぶ。

 外に出れば正面玄関に車は到着していたので、駅に向かってくれと告げると彼女は移動中ずっと外を眺めていた。

 

昼――マンション“テラ・エメリタ”

 

 時刻は十二時半をやや過ぎた頃、湊たちの部屋では料理の良い匂いがしており、キッチンではラビリスが鼻歌交じりで料理を作っていた。

 一方その頃、リビングの方ではアイギスがコロマルと羽入かすみと一緒にDVDを見ており、全員の視線がテレビに釘付けになっている。

 

《ぼくだけの力で君に勝たないと、ドラえもんが安心して、未来へ帰れないんだぁ!》

 

 ひ弱そうな眼鏡をかけた少年がガキ大将の少年に掴みかかり挑んでいる。それを見て羽入は目に涙を浮かべているが、アイギスはやや不思議そうな顔で見ているだけだ。

 遅れてきた青ダヌキが公園に到着したときには眼鏡の少年が相手のギブアップで勝利していたが、同じタイミングで料理の皿を持ってラビリスがやって来たことで他の者たちは食事の準備を手伝う。

 

「ラビちゃん、コップ持ってくるね」

「うん、ありがとう。アイギスはキッチンにある皿を持ってきてくれへんかな?」

「了解しました」

 

 一時停止をかけて羽入とアイギスがキッチンに向かう。ラビリスはコロマルの食事のため、フローリングに食事用のマットを敷いてから彼の器を置いた。

 そして、コップとお茶を持った羽入と料理の盛られた皿を持ったアイギスが戻ってきたので、入れ替わりでラビリスは箸やフォークを取りに行く。

 別に三人が一斉にワチャワチャとなっても動けるだけの広さはあるが、あまり人が多いと危ないと言うことでラビリスはキッチンから二人がいなくなるのを待ったのだ。

 そうして、ラビリスが再び食器を持って戻ってくると、全員の前に皿と料理が並べられ、ウキウキ顔の羽入が手を合わせたことで他の者も続いた。

 

「いただきます!」

『いただきます』

「わふ!」

 

 今日のお昼は塩焼きそばに中華丼。見た目の派手さはないが中々に手間の掛かる料理だ。

 食べ慣れている羽入はラビリスに美味しいよと笑顔で告げ、姉の料理を初めて食べるアイギスはジッと料理を見てから箸で口に運んだ。

 

「……美味しいです。姉さんは料理が出来たのですね」

「いや、だから普段作ってるのはウチや言うたやん。アイギスもそれで普段食べてる味を知りたいって残ったんやし」

 

 実は今日、アイギスは湊から家に呼ばれてやってきたのだが、実際にやってくると家にはラビリス、コロマル、宿題をしにきた羽入の三人しかいなかった。

 青年をどこに隠したのかと怒ったアイギスにラビリスが仕事でいないと説明し宥めるも、ならここに用はないと帰ろうとしたので、彼が普段食べている料理を食べたくはないかと引き止めることに成功したのだ。

 第一印象が最悪でスタートしたアイギスにとって、彼のいない場所で彼に危害を加える人物と共にいるのは不満でしかない。

 それでも彼のことを知りたいからと素直に残る辺り、なんだかんだ子どもで扱いやすいのだなとラビリスは思っていたりする。

 今日彼が仕事なのは前から分かっていたことで、それでもアイギスを家に呼んだのは姉妹の仲を改善させるためだろう。

 湊がいない間の緩衝材として羽入を呼んでくれている点もありがたく、ラビリスとしては何とか話をするくらいは出来そうだと安堵の息を心の中で吐きながら彼女に話しかける。

 

「アイギス、興味あるんなら料理教えたるよ? 湊君が好んで食べる料理とかも知っとるから、そういうのなら覚えて損はないと思うし」

「良いのですか?」

「そりゃ、ウチから言い出したんやしええよ。まぁ、最初はカレーとかで具材の切り方に慣れていく必要はあるけど、慣れてきたら次は湊君の好きな料理にチャレンジやで」

 

 湊をだしにするのは狡いかとも思ったが、おかげでアイギスは目を輝かせてよろしくお願いしますと言ってきた。

 妹に慕われるのはなんと気分が良いのだろう。ある意味不幸な事故によって相手には嫌われてしまったが、こういう関係を自分は夢見ていたんだと感動しながらラビリスは食事を続ける。

 

「あのね、ラビちゃんは料理がとっても上手なんだよ。でも、湊君はもっと上手なの。食べたらビックリするよ」

「お褒めにあずかり光栄であります。そのように言って頂けるとわたしも鼻が高いです」

「いや、かすみちゃんが褒めたんは湊君であってアイギスは関係ないやん」

 

 どうして湊のことを褒められてアイギスが自慢げにするのかは分からない。

 ただ、アイギスがそういうと羽入も「やったー」と口の周りにご飯粒をつけながら喜んでいるので、本人同士の間では何かしら通じるものがあったのだろうとラビリスが口の周りを拭いて世話をしつつ流すことにした。

 因みに、アイギスは湊のことを百鬼八雲と認識しているが、他の者たちは基本的に有里湊という呼び方で統一されている。そのためアイギスに湊の話をしても通じない可能性があったので、彼女には湊が本名ではなく偽名で普段は生活していることは説明済みだ。

 おかげで七歌と他の者が話すときのように、アイギスだけが八雲と呼んで他は湊や湊君と呼ぶ変な会話が行なわれたりもしているが、ラビリスが料理の先生になることでアイギスからの尊敬も取り戻せたようなので、ラビリスも細かい点は気にせずアイギスからの質問に答えながら食事を続けた。

 そして、全員が食事を終えて、お茶の用意をしつつラビリスがキッチンで洗い物をしていると、インターフォンが鳴ったことでDVDの続きを見ていたアイギスがキッチンに呼びかけた。

 

「姉さん誰かが来ました」

「ん、分かったー。はいはい、どちら様ですか?」

《急にすまない。桐条美鶴だ。一人で来たんだが、今こちらに有里とアイギスはいるか?》

 

 美鶴は以前ここに来たことがあるらしいのでやってきても驚かない。

 だが、湊とアイギスがいるかと聞かれたことで、既に二人がどういった関わりを持っているのかバレているのだろうと察する。

 

「……湊君は仕事でおらんよ。アイギスはかすみちゃんとテレビ見とるけど」

《そうか。少し、君と話がしたいんだが時間を貰えないか?》

「わかった。開けるから中に入って」

 

 外で話すより家の中の方が安心出来る。ここに湊とラビリスが住んでいるという情報は桐条グループも掴んでいるのだろうが、湊は隠れているパパラッチすら完全に看破して名刺を受け取るほど警戒心が強い。

 そんな相手を監視していれば会社に抗議が行くため、登下校中に軽く監視する以外、桐条グループもこのマンションや周辺地域では何もしていないのだ。

 よって、家の中なら自由に気にせず話せるからと美鶴を中に入れれば、リビングのソファーに座っていたアイギスはやってきた美鶴に挨拶をした。

 

「あ、美鶴さん、こんにちはであります」

「こんにちは。というより、君は随分と寛いでいるな」

「はい。あの方のお家なので」

 

 髪の長い綺麗な女性という情報からラビリスがそうかと一瞬考えるも、彼女は姉にも会ったとあの方と姉を別人として説明していた。

 羽入の髪の毛は肩に掛かるくらいの長さなので除外され、残るは今は仕事に行っている家の主しかいないだろうと美鶴は溜息を吐いた。

 

「やれやれ、アイギスからはあの方は女性だと聞いていたんだがな」

「ああ、湊君は遺伝子キメラで両性なんよ。だから女性でも間違ってないで」

 

 その話は初耳だと美鶴は思わずラビリスを見る。彼女がそんな冗談をいう意味が無いので、改めて訂正しない辺り事実なのだろう。

 この事を他の者たちは知っているのだろうと考えたりもしたが、両性であっても彼は女性を抱いているので、遺伝子的には両性であろうと結局メインは男になると思われる。

 リビングの入り口に立ったまま美鶴がそんな事を考えていれば、キッチンに向かっていたラビリスがお盆にケーキと紅茶を乗せてやってきて、テーブルにそれらを置くと二人に声をかけてゆく。

 

「アイギス、かすみちゃん、お茶とケーキ出しとくから食べて待っといてくれるかな?」

「いいよー。いってらっしゃーい」

「ゴメンな。コロマルさん、二人のこと見とってな」

「わん!」

 

 任せとけと一鳴きするコロマルの頭を撫で、ラビリスはついて来てと言って美鶴をキッチンに案内する。

 そこにはアイギスたちに出したものと同じ紅茶とケーキがあり、それをお盆に乗せるとラビリスはキッチンから扉一枚で繋がるバルコニーの方へ出て、そこにあるパラソル付きのテーブルへ美鶴を案内した。

 

「ほんで、アイギスのことも分かったならウチの事も分かって来たんやろ?」

「ああ。五式ラビリス、桐条グループに作られた対シャドウ兵装で黄昏の羽根を初めて搭載されたモデル。それが君の経歴で間違いないんだな?」

「うん。って言っても、もう人間の身体になってしもてるから、今更桐条グループになに言われても戻る気はないわ」

 

 信じられないような話であったが、本人が認めた以上は美鶴も事実として受け取るしかない。

 ケーキを食べながら笑う彼女に暗い部分は見られないが、彼女は桐条グループから姉妹殺しを命令されていたに違いない。

 それをここで聞いても良いものだろうかと悩みつつ、美鶴はまず先に桐条グループが今更君を連れ戻す事はないと断言する。

 

「安心してくれ。ここへは個人として来ているし、グループが何かしようとすれば全力で止める。何より、お父様も彼の平穏を二度と壊したくはないだろう。そのためにアイギスもそのまま残していたようだしな」

 

 十年前に壊れた機体など破棄されてもおかしくない。それを大改修とも言える修理をしてまで残していたのは、桐条武治が湊とアイギスの関係を知って敢えて残していたとしか思えない。

 それを考えればグループの人間はともかく“桐条宗家”は全員が湊の味方と言えた。

 仮に桐条武治が彼に不利益となる何かをしようとすれば、気付いた時点で妻と娘が敵となって青年側に立つことになる。流石の桐条もそれだけは避けたいはずだ。

 

「あ、寮の皆には湊君のこと話してしまうん?」

「いや、当分は話す気は無い。岳羽や荒垣は気付いている節もあるが、何も言わないところを見ると私と同じように時期が来るまでは何も話さないのだろう」

 

 荒垣は湊が能力者だと知っているし、ゆかりもその辺りの話をぼかして聞かされているので何となくは察している様子だ。

 後はアイギスと彼を繋ぐ何かを見つければ、アイギスが女性だと言っている相手が湊だと気付くはずだが、実をいうと湊は中学二年生のチドリの誕生日会で美紀に絵の女性がエリザベスかと聞かれ、彼女の名はアイギスだと言っていたりする。

 そんな昔の何気ない一言を覚えているはずもないが、当面、美鶴から他の者にアイギスと湊の関係がバラされることがないと分かると、二人の間に漂っていた緊張した雰囲気は霧散し、ただのお茶会となる。

 

「あ、それと、これは少々お節介かもしれないが、その、君は大丈夫なのか?」

「ん? 大丈夫って何の話?」

「いや、アイギスは有里に強く執着しているだろ。そして君は彼と深い関係のはずだ。そうなると将来的に姉妹で一人の男性を取り合うことになるはずだが……」

 

 アイギスは姉が大切な人と身体の関係を持っている事は知らない。

 だが、ラビリスはアイギスが彼の事を大好きだと知っているはずだ。

 そうなると将来的に泥沼な未来しか見えないのだが、言われたラビリスはカラカラと笑って大丈夫だと断言した。

 

「あぁ、そういう事な。まぁ、ウチは別にアイギスがしたいようにしたらええと思うとるよ。別にシェアでも独占でも何でもな」

「シェ、シェア? それは秘密裏に一夫多妻制を取るということか?」

「今も似たようなもんやろ。聞いてると思うけど、ウチとチドリちゃんと風花ちゃんと湊君でした事もあるし」

「は、初耳だぞ!?」

 

 衝撃の事実に美鶴は紅茶を噴きそうになる。名前の挙がった三人とゆかりが彼と深い仲なのは知っていた。チドリに関しては予想していただけだが確信に近い物があったので構わない。

 けれど、いくら何でもその三人が同時に青年と寝ていたと聞いては、何が起こってそんなアブノーマルなプレイをすることになったのだと驚くのが当然だ。

 

「待て、三人と一人でどうやってするんだ。まさか、内二人は女性同士でか?」

「あー、湊君に言われてキスとかはしたけど、基本は湊君が一人に挿れて他の二人に手とか使って来る感じやね。後は能力で影みたいなの出して、それでまぁ色々としてきたりやわ」

「や、やめろ! 生々しいことは言うな!」

 

 自分で聞いておきながら耳まで真っ赤にして美鶴は相手の言葉を遮る。

 男女二人で行なうそういった行為すら想像が付かないというのに、女性が三人に男が一人でどうやれば出来るんだと美鶴はキャパシティオーバーで目を回しそうになる。

 しかし、話した本人はこれくらいでと美鶴の様子を苦笑して涼しい顔をしており、純粋だった少女も彼に抱かれて随分と精神的に大人になっている事が窺えた。

 

「別に何も具体的なことは言ってへんて。そんなん言うたら二人きりのときも大概アブノーマルやで?」

「そ、それは、いわゆるSMというやつか?」

「んー、首締められたりとかはあったけど、別に叩いたりはされんかな。けど、ウチらを気持ちよくさせたいらしくて、お尻とかもいじってくるから最初はビックリしたわ」

「それは撫でたりという話か?」

「んな訳ないやん。お尻に挿れてくるんよ。多分、みんなやられとるよ?」

 

 何故そんなところに挿れるのか。箱入りで育った美鶴は未知の領域に恐怖すら感じる。

 しかも、目の前で話している少女だけでなく、彼と関係を持っている者はほぼ全員が同様の経験をしているらしい。

 そこまでして何か得られる物があるのだろうか。自分の知らない世界の話に衝撃を受けた美鶴は、呆然としながら紅茶とケーキを完食すると、今日は帰ると言ってトボトボと帰って行った。

 

 

――古美術“眞宵堂”

 

 ポロニアンモールにやってきた七歌たちは、新たなアイテムを手に入れるべく眞宵堂へとやって来ていた。

 今日は店には店主の栗原しかいないが、影時間に関わる話をするなら丁度良いとして、預けていた端緒の薙刀を受け取りつつ栗原に話しかけた。

 

「栗原さん、なんか良い物おーくれ!」

「……ちっ、ほら飴玉だよ」

 

 タダで物をあげるのが嫌なのか、栗原は舌打ちをしてから葡萄味の飴を七歌に一つ手渡す。

 貰った本人はそれで喜んでいるので、後ろで見ていたゆかりたちも気にしないことにするが、あと一週間で満月と言うことで交わされる雑談は自然と自分たちの強さについての話題になってくる。

 

「あと一週間だけど天田君とか大丈夫かな?」

「そうですね。まだペルソナに目覚めたばかりだし、先輩たちも気にはしてるけど戦闘中じゃそうずっとは見ていられないもんね」

 

 天田の武器は結局槍に決まった。最初は敵の乱獅子と一緒は嫌だと渋っていたが、薙刀を使っている七歌が長物は女性や子どもでも戦える優れた武器だと説明し、様々なメリットを伝えた事で納得して貰うことが出来た。

 

「正直、私たちってどれくらい強くなってるのか分かりづらいしね」

 

 だが、いくら武器が決まって戦い始めても、満月までの残り日数を考えると天田に経験を積ませるには時間が短すぎる。

 加えて、確かに強くはなっているはずだが、自分たちの強さは数値など具体的には分からない事で、ゆかりはどれくらい強くなっているんだか分からないと肩をすくめる。

 しかし、その話を聞いていて少々気になったようで、栗原はアレは持っていないのかと三人に尋ねた。

 

「なんだ。あんたら適性測定器も貰ってないのかい?」

「適性測定器って何ですか?」

「そのままだよ。アナライズが使える人間が相手を調べると、その適性を数値にして出してくれるんだ。適性の高さはほぼ強さに直結してる。つまり、それで強さが分かるって話さ」

 

 言いながら栗原はカウンターの内側にある棚の奥をゴソゴソと探すと、ようやく見つけたようで携帯より二回り大きな機械を出してきた。

 

「ほら、こいつはサービスしておいてやる。バックアップの人間が持っておきな」

「あ、どうもありがとうございます」

 

 元を辿ればこれは湊がくれた物だが、別に人にあげたところで彼は文句を言ったりはしないだろう。

 傷薬と武器の調達だけでなく、風花が使える新たなアイテムが手に入ったのはありがたい。

 早速使ってみようとして栗原に店の中で召喚するなと怒られ、結局寮に帰ってから使ってみることになった。

 結果だけを言えば先輩組を抜いて七歌がトップ、反対に目覚めたばかりの天田が最下位だった。

 自分たちの強さを数値で確認出来るようになった事で、順平辺りは「余計にRPGっぽいよな」と笑ったりもしていたが、この数値まで強くなろうと目標を立てることも出来ようになった。

 真田にしてみればそちらの使い方の方が良いらしく、栗原に貰った適性測定器は非常に重宝するものとなった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。