【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百四十二話 月下の戦い

影時間――巌戸台分寮

 

 巌戸台分寮の裏にある駐車場、普段はほとんど使われる事はないが、寮がまだホテルだった時代から存在するものだ。

 その入り口にはストレガの構成員であるカズキが面倒臭そうに立っており、彼は駐車場の中央で燃えている炎を見ながら通信機に話しかける。

 

「おう、終わったぞ。今、裏の駐車場で死体焼いてるとこだ」

《ご苦労様です。こちらも上手くミナトの方へ誘導出来ました》

 

 特別課外活動部のメンバーを湊の方へ誘導する際、どうすれば効果的に相手を敵として見てもらえるかをタカヤは考えていた。

 メンバーたちのプロフィールについては事前に入手しており、男子メンバーと湊は付き合いはあっても仲が良いとは言い難かった。

 今回はそれを利用することで彼らを湊の許へ送り出せたが、実際、彼らが戦闘になるかどうかは微妙なところだ。

 現在、湊と一緒にチドリやラビリスもいるので、彼女たちが彼を止めれば戦闘は起きない。仮に彼女たちが止めなくても、特別課外活動部のメンバーが真田を止めれば湊も何もしないだろう。

 

「ンなことやって意味あンのか?」

《さぁ? ですが、これでミナトも自由に活動出来ます。彼が出てきた方が愉しめることは間違いないので、両者が戦うかどうかはついでに過ぎません》

「ハッ、もう何もねェならオレは戻るぞ」

《ええ、では指定していた場所で》

 

 意味があるか分からないことのために相手を煽ったのかと聞かれ、タカヤは湊を表に引き出すことが目的だったと語る。

 そんなことなど気にせず、時期が来れば彼に戦いを挑めば良かっただろうとカズキは思ったが、もしこれで湊に特別課外活動部という枷が出来れば相手をしやすくなる。

 既にチドリという弱みを抱えているので、さらに増えれば彼に勝つ手段も増えるだろう。

 そう考えれば悪い策とは言えず、自分が済ませたばかりの仕事の結果を聞いた敵の反応も含め、これから少しは面白くなりそうだと口元を歪めてその場を後にした。

 

――六徳市

 

 幾月からの連絡を受けて七歌たちを迎えに行ったマイクロバスは、現在田舎道を走って港区から内陸側に向かった場所に位置する六徳市にいた。

 桔梗組があるのがこの市なのだが、バスの中の雰囲気は暗い。

 妹が極道の家に連れて行かれていると聞いた真田は荒垣と共に先頭に座り苛ついた様子で拳を握り締めているし、湊が人殺しだと聞いた順平や天田はその後ろで状況が飲み込めず困惑している。

 彼の事情を少しは知っているゆかりや美鶴は通路を挟んだ反対側に座りただ黙っており、二人の後ろの列に風花と並んで座る七歌は何を思っているのか首から下げて服の中に入れているネックレスを握り締めていた。

 だが、もう少しすれば目的地に到着するということで、相手側の情報を少しでも得ようと考えた真田が湊への敵意を剥き出しにしたまま七歌たちの後ろに座っていたアイギスに話しかけた。

 

「おい、アイギス。お前、何故有里のことを俺たちに黙っていた?」

「わたしは皆さんがあの方と知り合いだとは知りませんでした。知らないことは話しようがありません」

 

 アイギスが湊たちの家に来たとき、来訪した美鶴とは会っているが、他の者までが彼と知り合いとは聞いていなかった。

 訓練したときに出会った赫夜から湊と七歌が親戚であることも聞いてはいたが、だからといって寮生全員と面識があるとは考えないので、聞かれていないことをベラベラ話す必要は無いはずだとアイギスは返す。

 それを聞いた真田は事実だというのに余計に苛ついた様子を見せ、今度は話を聞いたときに他の者と僅かに違った反応を見せていた美鶴に質問をぶつけた。

 

「美鶴、お前は学生の適性値を知っていたはずだ。なら、美紀に適性があることも、有里がペルソナ使いだという可能性にも気付いていたんじゃないのか?」

「……美紀に関しては確認不足だった。だが、有里については気付いていたし、ペルソナ使いだとも知っていた」

「なら、どうして言わなかった!?」

 

 彼の周辺にいる者たちは適性が上がりやすい傾向にあった。そのせいで美紀もただ適性が高くなっているだけだと認識され、しかし、ゆかりや風花のようにペルソナを獲得するほどではないと見逃された。

 彼女が適性に目覚めていたと分かっていれば、その時は当然保護していただろうが、知らなかった以上はどうすることも出来ない。

 ただ、湊のことに気付いていたなら、風花のときのように仲間に伝えなかったのはどうしてだと聞かれ、美鶴は腕を組んだまま顔を上げて答えた。

 

「彼は私たちの仲間になり得ない。交渉の余地すらない相手を当てには出来ない以上、余計な混乱を招く情報は伏せておくさ」

 

 桐条グループの被害者である湊が、どうやれば桐条グループに協力するというのか。

 そも、美鶴は彼と言葉を交わすことも出来ないので、他のグループの人間も同じように相手にされることはないと思われる。

 交渉することすら出来ないのなら、最初から候補から外れてしまうため、そんなものを仲間に伝えて聞いたメンバーが彼をしつこく勧誘するという事態が起きないよう配慮するのは当然と言えた。

 しかし、真田は適性の件を知っていたなら、彼の裏の顔についても知っていたはずだと美鶴を糾弾する。

 

「人殺しだぞ! あいつがそんな人間だと知っていれば、美紀に近づけることなどなかった!」

「先輩、苛ついてるからって人に当たらないでくださいよ。自分だって知らないでずっと過ごしてたんでしょ?」

「なんだとっ」

 

 真田のあまりの言い方にゆかりが冷めた視線を向け、知らなかったくせに知った途端に騒ぐなと切り捨てる。

 彼女の言っていることは正しいが、怒っているときに図星を突かれると余計に激昂する。

 そして、今度はゆかりに怒りの矛先が向こうとしたとき、美鶴が静かに口を開いて湊はただの人殺しではないと説明し始めた。

 

「……彼が最初に人を殺したのは被験体の子供たちを助けるためだ。研究所にいても未来はない。だから、制御剤を奪い。逃げるときに妨害してきた研究員たちを殺したんだ」

「それがどうした。最初は助けるためだったかもしれない。だが、二万人だぞ。それだけの人間を殺して平然としているやつのどこを信用出来るっ?!」

 

 人助けのために手を汚しただけならまだ分かる。けれど、二万という数の命を奪っておいて、平気な顔で学校に通いテレビにも出ているようなやつがまともな神経をしているはずがない。

 そんな人間を簡単に信用するなど正気かと真田が返せば、興奮して立ち上がっていた彼の肩を掴み、無理矢理に座らせてから隣に座っていた荒垣が声を発した。

 

「アキ、しばらく黙ってろ。有里のことなら俺も知ってた。こいつらほど事情は知らねぇが隠してたって意味じゃ同罪だ。だが、あいつがただ悪戯に人を殺すような人間じゃねぇことは俺でも分かる。苛ついてるのは分かるがあと少しで着くんだ。ちっとは頭冷やせ」

 

 幼馴染みまでが彼がペルソナ使いだと知っていた事に真田は驚いた様子だが、荒垣の言った通りバスは桔梗組の傍まで来ていた。

 そこからさらに走ること三分、バスは桔梗組のある山から三百メートルほど離れた空き地に停車する。

 適性を持っているだけの運転手はバスで待機して貰う事になるが、他の者たちは一応の警戒として全員が武器と召喚器を持ったままバスを降りた。

 

「……こっちだ。明彦、絶対に手を出すなよ」

「それはあいつの出方次第だ。俺は美紀を取り返すだけだからな」

 

 事前に場所を把握していた美鶴が先導して案内すれば、忠告を受けた真田は既に臨戦態勢といった感じでナックルを付けた拳を握り締めている。

 そんな敵意剥き出しの人間が近付けば、当然、チドリやラビリスを守ろうとする彼は排除行動に移るはずなので、戦闘に入る前に止めなければと美鶴や荒垣が警戒していると、メンバーたちは山の麓に着いた。

 見上げれば何段あるんだと思ってしまう石段が山頂まで続き、その先には大きくて立派な山門が聳えている。

 しかし、そんな長い石段や山門よりも、やってきた一同は頂上の石段に腰掛けている青年に視線を奪われた。

 今はまだ影時間だ。だというのに彼は以前のように象徴化もせず、ただ静かに石段に座っている。

 それを見た瞬間真田は駆け出し、他の者たちも遅れて後を追うと、先に昇っていた真田が中腹の踊り場で立ち止まって頂上にいる青年を睨んだ。

 

「有里、美紀を返せ」

「……急に大勢で来たかと思えば第一声がそれか」

 

 呆れた様子で立ち上がった青年は、酷く冷たい瞳で他の者たちも見回し、再び真田に視線を向けると静かに返す。

 

「こんな時間に迷惑だろ。お前らを家に入れるつもりはない。さっさと帰れ」

「黙れ、美紀は無事なんだろうな?」

「真田なら奥で寝てるんじゃないか? まぁ、これから帰る人間にはだからどうしたって話だが」

 

 妹が無事と聞いて真田は少し安心したようだが、まだ美紀が相手側に囚われている状況は変わっていない。

 そして、青年は真田らを家に入れる気はないようなので、押し退けてでも通ろうと戦闘状態に切り替えつつあるとき、

 

「八雲さん、ゴメンなさい……」

 

 真田たちがここに来ることを止められなかったことをアイギスが謝罪した。

 彼女の口にした名前が“有里湊”ではないことに他の者は驚いたようだが、十年前に二人が出会っていたことを考えれば何もおかしくはない。

 なにせ当時の彼は“百鬼八雲”だったのだから。

 少女が申し訳なさそうに謝れば、それを聞いた青年は小さく微笑んで一瞬で消える。

 そして、他の者が驚いている暇もなく、少女の目の前に現われて彼女の肩に手を置いた。

 

「別に君のせいじゃない。気にするな」

 

 口にした直後再び彼は消える。今度は彼が肩に手を置いていたアイギスも一緒に姿を消し、次の瞬間には最初に彼がいた頂上に一緒に現われた。

 誰一人として視認出来ない速度、一緒に移動したアイギスですら驚いた顔で振り返り、自分が移動したことに気付いた様子だ。

 ペルソナを使ったのだとしてもいつ召喚したのか分からず、そもそもどんなスキルを使えば瞬間移動出来るのかも美鶴たちには分からない。

 

「なっ、は、え? 今、瞬間移動したのか?」

「……全く目で追えなかった。速過ぎるっ」

 

 順平はそんなスキルありかよと狼狽え、美鶴はこれほどまで差があるのかと移動速度のみで実力差を実感し苦い顔をする。

 彼がアイギスだけを連れて行ったのは彼女のみ入ることを許すという事だろう。

 ならば、美紀の無事はアイギスに確認して貰えばいい。彼女は湊から携帯を渡されており、美鶴たちもその携帯と連絡先は交換している。

 だからここは大人しく言う通りにしようと美鶴が声をかけようとしたとき、偉そうに選別するなど何様なんだと拳を握り締めた真田が駆け出した。

 

「貴様の言うことなどどうでもいい。俺は力尽くでも妹を返してもらうっ」

 

 真田が飛び出して向かってくると、湊はアイギスを山門の方へと突き飛ばした。

 体勢を崩した彼女が倒れかけると、何もなかった空間から片腕が陶器の義手になった女性が突然現われアイギスを受け止める。

 続けて女性の隣に純白の髪を背中に垂らした女性も現われ、それが先日会った赫夜だと認識している間に、赫夜は山門に手をかざして凍らせてしまう。

 仮に山門に辿り着いても簡単には門を開けられないようにしたようだが、それを見た真田はそうまでして中に入れたくない理由があると考え、すぐにでも妹を助け出さなければと頂上にいた湊に殴りかかった。

 

「はあっ!!」

 

 階段というただでさえ戦いづらい場所で、自分より高い位置にいる人間を攻撃するのは非常に難しい。

 しかし、真田の武器は拳だ。自分のリーチを完璧に把握していた彼は、ギリギリの距離まで接近して確実に当てられる距離で拳を放った。

 金属製のナックルを装備した拳で殴られれば普通骨折するが、攻撃が当たる前に青年はマフラーから錆びた剣を出してそれで受け止めた。

 後ろから見ていた七歌たちは青年の持つ剣の名を知っている。だからこそ、素材でしかない“無の小剣”で真田の拳を完璧に受け止められたことに驚きが隠せない。

 

「……さっさと帰れ。これ以上やると言うならお前たちを敵と判断し殺す」

「美紀を取り戻すまで帰る気はないっ」

「……そうか」

 

 受け止められた拳を引き、真田が右で牽制のジャブを数発放つ。脇腹、胸、丹田、肩と時折左のフックも混ぜながら連続で拳が繰り出される。

 青年はそれらを全て剣で受け止め、真田が再び拳を放とうとしたタイミングで足払いをかけ、避けようとした真田がバランスを崩し階段から落ちる。

 しかし、美紀を守るためにボクシング以外の格闘技も少しは囓っていたため、すぐに受け身を取って止まると立ち上がった。

 

「美紀を、返せぇぇぇぇぇっ!!」

 

 いくら登りで勢いをつけづらいとはいえ、足に自信のある真田ならば階段でも助走の勢いを拳に乗せる事が出来た。

 これまでで一番速い。これならば届くかもしれないと見ていた者たちが思えば、真田の向かう先にいた青年の瞳が“蒼く”なっていた。

 

「ダメ、真田先輩っ!!」

 

 青年の瞳を見た瞬間、七歌はゾワリと全身を走る悪寒を感じた。

 思わず彼女も魔眼を発動してしまい。数瞬後の真田と湊の未来を視てしまう。

 だからこそ、彼女はそうならないよう真田を止めたのだが、妹のことで頭に血が上っている者に声が届く訳もない。

 真田は湊の顔に向かって拳を突き出し、相手の青年はそれを受け止め、伸びきった腕の肘に膝蹴りを繰り出して腕をへし折った。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 利き腕の肘を逆折りされた真田は右手で肘を押さえ絶叫する。

 しかし、その程度で敵が済ます訳もなく、その場に座り込もうとした真田の顎を蹴り上げ、浮いた身体を袈裟切りに斬りつけ階段から落とした。

 

「――――何やってんだっ、テメェッ!!」

 

 あまりの事に一瞬呆然としかけたが、幼馴染みがやられたことで斧を持った荒垣が駆け出す。

 

「行くな、荒垣!」

 

 青年へと向かっていく荒垣に美鶴がやめろと叫ぶが止まらない。

 さらに続くように相手を明確に敵と認識した様子の順平と天田も彼を追い。階段を転がり落ちてきた真田を受け止めた七歌と美鶴は、チームの回復役であるゆかりと一緒にペルソナを召喚して彼に回復スキルをかける。

 残った風花は湊の戦闘力を測ろうと考えたのかペルソナを呼び出すが、栗原に貰った適性測定器の数値を目にして思わず飛び出した男子に制止の声をかけた。

 

「ダメです、有里君と戦っては!」

 

 必死な様子の少女の声がその場に響くが、仲間がやられた以上は彼らも黙っていられない。

 ストレガの言うことなど半信半疑だったが、ボクサーの腕を容赦なくへし折り、さらに追い打ちで斬りつけるほどの非情さを見れば信じるしかない。

 自分たちの敵は人を殺すことに躊躇いを覚えない殺人鬼。普段見せていた姿はどうあれ、今の彼はそういう存在だ。

 

「痛ぇじゃすまねぇぞ!」

 

 真っ先に突っ込んだ荒垣は正面から斧を振るい、それを青年が剣で受け止めたタイミングで天田と順平が左右から攻撃を仕掛ける。

 

「おらぁぁぁっ!!」

「はあっ!!」

 

 順平は湊の左肩を、天田は右脇腹を狙って切りつける。

 殺す気など勿論ないが、回復スキルの使い手がいるので重傷くらいは負ってもらう。

 

「やめてください、皆さん!」

 

 邪魔をせぬよう茨木童子に拘束され動けないアイギスは、必死に拘束を解こうと藻掻きながらメンバーたちと湊が戦うのをやめるよう説得する。

 けれど、順平と天田は既に武器を振り始めてしまった。今更勢いをつけた武器を止められるはずもなく、そのまま青年が斬りつけられようとしたとき、湊が片手で剣を持つと空いた手で荒垣の斧に触れた。

 

「なっ!?」

 

 すると、荒垣の斧は一瞬で砕け散り、湊は自由になった剣を横薙ぎに振るって荒垣と攻撃途中の天田を斬りつける。

 切られて階段を落ちてゆく二人からすぐに視線を外した青年は、横薙ぎの勢いのまま身体を回転させ振った剣を順平の大剣に当てた。

 一瞬で仲間二人が切られ、さらに当たるはずの自分の攻撃が防がれ順平は驚愕する。

 その驚愕した数瞬が絶対的な隙となり、相手の攻撃を弾いてバランスを崩させると、湊は腰に差していたナイフを順平の脇腹に向かって投げた。

 

「がぁぁぁっ!?」

 

 胸を切られた荒垣、脇腹を切られた天田、そして脇腹を刺された順平は血を流しながら倒れてゆく。

 自分たちの知っている普段の彼とは全く異なり、今の湊からは一切の感情が読み取れない。

 ただ淡々と敵を処理しているだけといった様子で、相手が知り合いだろうと構わず武器を振るい続けている。

 これがストレガの言っていた殺人鬼としての顔なのか。相手は湊で間違いないというのに、知らない人間を見ているような気がして、アイギスだけでなく美鶴やゆかりもどう対処すればいいのか迷ってしまう。

 いや、正直に言えば何の感情も抱かず、一切の躊躇いもなく刃を振るってしまえる相手が怖かった。

 そんな風に、少女たちが戦いを止めたいと思いながらも動けずにいれば、回復スキルによって切られた傷をある程度塞げた真田が、よろよろと身体を起こして無事な右手で召喚器を握っていた。

 まさか人間に向かってペルソナを使うのか。それはダメだと美鶴が手を伸ばすも間に合わず、口から血を垂らしながら真田は引き金を引いた。

 

「ぐっ……ペルソナァ!!」

 

 青い光の中から呼び出されたポリデュークスは、真田の想いに呼応して全力の電撃を放つ。

 そんなものを喰らえば人間など一発で感電死するという威力にゆかりたちの血の気が引く。

 空を走った電撃は真っ直ぐに青年へと向かい。あと僅かというところで青年の振り上げた剣がぶつかるとその瞬間に弾けて消えた。

 

「なっ……スキルを切り払ったのかっ」

 

 彼が無事だった事は嬉しい。しかし、電撃という実体を持たない攻撃を、まさか錆びた剣一つで破壊するとは思わず美鶴は驚いてしまった。

 ただ、真田がペルソナを使ったことで状況は完全に変わった。これまで向かってきた敵を追い払っていただけの湊は、相手が自分を殺しに来たことでスイッチが入ったのだ。

 先ほど斬りつけた際に天田が落としていった槍を拾い上げると、湊はそのまま真田に向けて投擲する。

 

「八雲君、ダメ!」

 

 真っ直ぐ真田の胸に向かって放たれた槍は、咄嗟にカバーに入った七歌が薙刀で払い落とす。

 弾いた槍は石段の脇の林に飛んでいったが、これ以上槍のような大きな武器が投げられる事はないと思えば気にならない。

 しかし、真田が本気で狙われた事を受け、先ほど切られた男子たちも今湊を仕留めないと拙いと思ったのか、真田と同じように召喚器に手をかけていた。

 

「ぐ……ヘルメス!」

「カストール!」

 

 呼び出された二体のペルソナは、一体が火炎弾を放ち、もう一体が騎馬の角で突進を仕掛けた。

 どちらか一方が防がれても、もう一方が間を置かずに相手に襲いかかる。一緒に戦い始めてあまり経っていないが、それでも彼らのコンビネーションはフロアボスにも通用した。

 防御するでも回避するでも、湊は迫る攻撃への対処で一手遅れることになる。

 本命はその瞬間だと荒垣たちが動向を見守れば、湊の姿が一瞬ぶれ、次の瞬間その手には荒垣の傍に倒れていたはずの天田が首を掴まれた状態でいた。

 

「やめて有里君!」

 

 彼が何をしようとしているのか分かったゆかりが叫ぶ。

 しかし、気付いた荒垣と順平が攻撃を中止しようとする暇もなく、天田の身体は火炎弾に向かって放り投げられ、湊はカストールの角を正面から片手で受け止めた。

 轟々と燃える球体の炎は少年を照らし、そのままぶつかると空中で爆発を起こす。

 防御することも出来ずに直撃を喰らった少年は林へと吹き飛ばされ、斜面を転がると木の根元で止まった。

 僅かに呻き声が聞こえたことで生きてはいるようだが、その場から動くこともなく重傷なのは間違いない。

 怪我を負った仲間を助けに行こうとゆかりが立ち上がれば、突然、彼女の前に湊が現われた。

 

「――――お前たちは邪魔だ」

 

 そう呟いた彼の手には赤い光を宿した西洋剣が握られていた。

 これまで使っていた無の小剣と違いその西洋剣には鋭い刃が存在する。それを使って何をしようというのか。

 そんな事を思っている間にゆかりは剣で切られ、続けてルキアの中に入っていた風花もペルソナごと切られた。

 まさか自分たちが攻撃されると思っていなかった二人は驚きとともに悲しみを感じるが、一切の痛みを感じていないことを不思議に思っていると、急に景色が変わって二人はアイギスのいる頂上に移動していた。

 

『……え?』

「そこで黙って見てろ。あいつらが諦めて帰れば解放してやる」

 

 そう言った湊は女教皇のカードを砕き、ルキアを呼び出すと風花とゆかりを中に閉じ込める。

 突然移動したことに加え、自分たちがルキアの中に閉じ込められたことで二人は混乱した様子だが、天田を助けに行こうと思っていたゆかりは風花にペルソナを消すように言った。

 

「風花、すぐにルキアを消して! 今助けないと天田君がっ」

「ち、違うの。私はルキアを出してない。このルキアは有里君のペルソナみたいなのっ」

 

 自分のペルソナのはずが風花はルキアとの繋がりを感じられないでいた。

 必死に消えるように呼びかけてもみるが、一切反応はなく今のルキアは二人を閉じ込める檻と化している。

 それを聞いたゆかりは何を馬鹿なと考えるが、ならば自分のペルソナで無理矢理に突破しようと思ったとき、自分の中からイオの存在が感じられなくなっている事に気付く。

 切られても無事である事、切られた二人共がペルソナを失っている事、そこから考えられる一つの予想をゆかりは背を向けている青年にぶつけた。

 

「まさか、私たちのペルソナを奪ったの?」

「……ああ、回復手段を奪うのは当然だろ?」

 

 特別課外活動部で最も強い回復スキルの使い手はゆかりだ。ワイルドで回復スキルを覚えたペルソナを使える七歌でも、その威力はゆかりのイオに及ばない。

 だからこそ、湊はその回復手段を断つことで相手の継戦能力を奪うことにしたのだ。

 

「八雲さん、お願いします! やめてください!」

「それはあいつらに言ってくれ。素直に帰れば追ったりしない。ここへ来ようと向かってくるから追い払っているだけなんだから」

 

 彼らと戦って欲しくないアイギスが懇願しても湊は背を向けて石段に向かう。

 天田はもう戦えないし、他の男子も全員手負いだ。真田は切られた傷をゆかりたちに治療してもらったようだが、それも完全とは言い難く利き腕の骨折もあってほぼ戦えないだろう。

 ならば、片付けるのにそう時間は取らない。自分を殺そうとしてきた者には同じように死を与えようと、青年はゆっくり石段を降りて倒れている荒垣や順平の許へ向かい始めた。

 

「くっ、ペンテシレア!」

 

 このままでは仲間が殺される。そう考えた美鶴も覚悟を決めてペルソナを呼び出し、足止め目的で彼を氷に閉じ込めようと考えた。

 けれど、湊はそのスキルの着弾地点を読み切ると跳躍で回避し、そのまま美鶴の正面に着地する。

 

「なっ!?」

 

 正面に来られたことで驚いた美鶴は咄嗟にレイピアを抜き、それを振り抜いて彼が距離を取ってくれることを期待する。

 だが、そんな彼女の期待も空しく、美鶴がレイピアを振り抜く途中で湊は腰から新たなナイフを抜いたかと思えば、それを振り上げてレイピアを持っていた美鶴の腕を手首と肘の中程から切り飛ばした。

 

「あああああああっ!?」

 

 鋭い切れ味のおかげで痛みは腕を切り飛ばされてからやってきた。

 無事な方の腕で切られた部位を思わず掴んだが、骨ごと切られた痛みが和らぐことはない。

 あまりの痛みに気を失いそうになり、脂汗を流してその場に蹲ろうとしていた美鶴に向け、黙って見ていた湊は彼女が取り落としたレイピアを拾ってその腹を刺した。

 

「――――あ」

 

 腹を刺された美鶴は仰向けのまま階段を落ちてゆく。

 咄嗟に駆け出した七歌が頭をぶつける前に抱きとめることが出来たが、利き腕を折られた真田以上の重傷に七歌は思わず顔を顰めた。

 

「美鶴さん……っ」

 

 絶対に彼女は助ける。だが、その前にこの場を切り抜けなければならない。

 顔を上げた七歌は傍にいた真田に彼女を預けると薙刀を持って立ち上がり、服の中に入れていたネックレスを取り出す。そして、開閉式になっていたネックレスを開けると、中に数粒入っていた赤黒い丸薬を一つ飲んだ。

 直後、七歌は全身が熱くなるのを感じる。身体の内側で何かが暴れているような、細胞そのものが変化しているような感覚を感じながら、身内だからと戦う事を拒んでしまっていた自分の情けなさと、大切な仲間を傷つけた敵への怒りで叫んだ。

 

「百鬼八雲っ!!」

 

 叫んで七歌は石段を強く蹴って駆け出す。今日まで見せてきた戦いの比ではない加速、オルギアモードを使用しているアイギスすら超えていると思わせる速度で接近した七歌は、両手で持った薙刀を振り抜き、再び無の小剣を手にしていた湊をガードごと吹き飛ばす。

 ペルソナの一撃を受け止めた相手を一人の少女が吹き飛ばした事が信じられず、仲間たちは林の木に叩き付けられた青年と吹き飛ばした少女を交互に見て言葉を失った。

 だが、少女の攻撃はそれだけでは止まらない。

 

「はあっ!!」

 

 吹き飛ばした青年の許へ向かうと追撃を繰り出す。刃を回転させながら繰り出された突きは、青年が飛び上がりさらに木を蹴って回避していなければ、確実に胸を貫き心臓を破壊していた。

 木の幹を大きく抉った一撃を見舞った七歌は、反転して逃げた湊を追ってゆく。

 相手の動きが明らかに普段と違うと認識した湊も、相応の対処をする必要があると感じたようで、他の者を相手していたときよりも動きが変わった。

 再び石段の上で両者が交差し、七歌の突きを弾いた湊は首を狙って横薙ぎに剣を振るう。

 その攻撃を薄皮一枚で回避した少女は、手首を返して持ち替えると石突きで青年の顎をかち上げようとする。

 しかし、その攻撃は仰け反ることで回避され、面倒に思った少女は自分の身体を地面に対して平行になるように跳ぶと、そのまま横薙ぎに武器を振るって相手から見て縦に斬り上げた。

 ただ斬り上げなかったのは次の一手までの速さの問題で、七歌の方法だと七歌も一緒に回るので着地すればすぐに動ける利点がある。

 一見無駄に思える動きも、出来る限り速く連続で相手に攻撃を浴びせるための策だ。

 

「はあっ!!」

 

 斬り上げを武器でガードして後ろに飛んだ湊に対し、着地した七歌は短く武器を持って連続で斬りつけてゆく。

 今の少女の瞳は真紅に染まっており、肉体が相手の動きについて行けるようになった事もあって、未来が視える七歌の攻撃は徐々に当たるようになり、僅かにではあるが相手を追い詰めている状況にあった。

 躱そうと身体を捻った瞬間に刃を跳ね上げ頬を掠め、追撃を避けるために柄を弾きに来た右腕を引いた刃で僅かに斬る。そこからさらに脇腹、左足と少しずつ湊の身体に傷を作るが相手の動きは一向に落ちない。

 そも、肉体のスペックがほぼ同じならば、相手の次の動きが視える七歌の方が圧倒的に有利になるはず。

 それを徐々に追い詰めることしか出来ないのだから、相手の動きが視えていようと七歌も一切油断が出来る状況ではない。

 袈裟切りを放った七歌の薙刀を湊がいなし、空いた胴へと蹴りを放ってくるので少女は跳んで回避する。

 数瞬先の未来が視えていても、何度かに一回彼は別の攻撃を仕掛けてくるから危険だ。

 そんな事を思いながら片手のハンドスプリングで跳んで着地し、攻撃を受けていないのに口の中に血の味が滲み出したことで、七歌は自分の活動限界が近付いていることを悟って勝負に出る。

 

「白虎っ!」

 

 今の集中力なら行けるだろうと召喚器を使わずペルソナを呼び出す。

 近接格闘で戦っていた相手は、突然ペルソナが出てきて攻撃を仕掛けてきたことに眉を顰めたが、突進を受けて剣のガードごと吹き飛ばされており、距離が開いたタイミングを狙って次のペルソナを呼ぶ。

 

「朱雀!」

 

 完全に足を止めた七歌は手の痺れを感じていた。本来の限界を超えた動きを引き出した代償だ。

 しかし、身体が動かなくともペルソナの召喚に影響はない。赤い羽根に七色の尾羽を持った鳥は、舞い上がると湊に向けて炎を吐いて辺りを照らす。

 ヘルメスの放ったような炎弾ではなく火炎放射器のような連続で襲い来る炎は、白虎の一撃で復帰しきれていない青年を捕らえるだろう。

 そう思って七歌が朱雀のスキルを放てば、吹き飛ばされながらも炎をジッと見ていた湊が節制のカードを砕いた。

 

「スーツェー!」

 

 青年に迫った炎が突然現われた煌びやかな羽根の朱い鳥に阻まれる。

 相手もワイルドならば火炎無効のペルソナを所持しているかもしれないと思っていたが、まさか自分と同じ四神のペルソナを出してくるとは思わず七歌は僅かに驚く。

 けれど、同じペルソナならばその弱点も知っている。朱雀の弱点である氷結スキルを持つ四神はこいつだと七歌はペルソナを変えた。

 

「玄武!」

「シェンウー!」

 

 七歌がペルソナを変えるのとほぼ同時、相手の行動を読んでいたように湊も玄武を呼び出した。

 黒い甲羅の亀と赤い鱗の蛇という七歌の玄武に対し、湊のシェンウーは亀も蛇もどちらも全身が黒い。

 現われた二体は同時に冷気を放ち、それは両者の中間地点で衝突する。

 だが、同じペルソナでも見た目に違いがあるのなら、呼び出す者の実力によって能力に差が生じるのも当然だ。

 最初は拮抗していた攻撃は、徐々に七歌が押し負けてゆく。玄武に氷結スキルは効かないので彼女にダメージはないが、七歌の後ろにいる荒垣や真田たちは余波を受けて苦しい表情をしているため、これではダメだと次のペルソナを呼び出す。

 

青龍(チンロン)!』

 

 飲んだ丸薬の副作用で立っているのも辛くなり、薙刀を杖代わりに身体を支えて呼び出せば、今度は全くの同時に湊も青龍を呼び出してきた。

 七歌の青い龍と湊の緑の龍は同時に疾風属性のスキルを放つが結果は同じ。湊のチンロンのブレスで青龍の攻撃が飲まれ、石段に倒れている順平や重傷の美鶴が飛ばされそうになっていた。

 適性測定器を見ていた風花が静止の声を掛けていたのは、きっと相手がとんでもない適性値を持っていたからに違いない。

 力負けしている状況からそんな事を考えていた七歌は、吹き荒れる風で暴れる髪を手で押さえ、自分より高い位置から無表情で見ている青年を見つめながら打開策を考えた。

 

「同じペルソナじゃ勝てないっ。おじいちゃん、おばあちゃん、お願い力を貸して!」

 

 今の手札では相手に勝てない。トランプのスートに優劣があるようなもので、同じカードでも性能が違うのだ。

 ならば、それらを融合させて相手のペルソナを超えるペルソナを生み出せば良い。

 そう考えた七歌は、イゴールが普段行なってくれているペルソナ合体を思い出し、古本屋の老夫婦との絆で召喚可能となったペルソナを呼び出すべく、自分の中に存在する四神の力を一つに纏めてゆく。

 

「……なら俺も力を束ねよう」

 

 すると、ただ見ているだけで青年は彼女が何をしようとしているのか理解したのか、四枚のカードを具現化すると十字に配置して力を束ねる。

 力を持ったペルソナを融合させ、さらに力を持った存在を生み出そうとする影響か、二人の周りには青い光の粒と金色の風が渦巻く。

 これほどの力が衝突して大丈夫なのか。普通ならばそう思うのだろうが、他の者たちにすれば自分たちのリーダーが最凶の敵と対峙している今そんな事を考えている余裕はない。

 それぞれを包む風の輝きは増し続け、十字に配置されていた湊のカードが光になって一つのカードに生まれ変わったとき、七歌も力を一つにすることが出来たのか顔を上げて新たな力を呼んだ。

 

「来て、黄龍!」

「来い、麒麟(チーリン)!」

 

 現われたのは七歌たちの頭上を覆い尽くすほどの大きさをした金色の龍、法王“黄龍”。

 対して、青年の方は大型の馬よりさらに一回り大きな白銀の毛並みを持つ古代中国の聖獣、審判“麒麟”。

 同じペルソナを融合させたというのに、姿も大きさも全く異なる二体のペルソナは、対峙するだけで周囲の空気を震わせる。

 黄龍が身体の周りでバチバチと青白い雷を爆ぜさせれば、麒麟は静かに白光を纏って輝いてゆく。

 

「黄龍、ジオダイン!!」

 

 真紅の魔眼で青年を真っ直ぐ見つめた少女が手を横薙ぎに払えば、上空にいる黄龍が青年目掛けて雷を落とす。

 ポリデュークスの電撃など比ではない。まさしく自然の猛威という強大な力が敵を討ち滅ぼすために落とされた。

 

「麒麟、九天応元雷声普化天尊!」

《――――――ッ》

 

 だが、青年が迫りくる雷に向かって手をかざせば、麒麟が声高く嘶き、主に降り注ごうとする厄災を討ち払わんと雷帝の名を冠す白雷で迎え撃った。

 大地へと落とされる龍の雷に、天を昇る雷帝の雷。その衝突の余波は凄まじく、七歌もその場に立っていられなくなる。

 

「くっ……」

 

 ぶつかり合った雷が閃光で辺りを灼き一時拮抗する。

 しかし、その直後に黄龍の雷が弾け消え、天に昇る雷が暴風を巻き起こしながら金色の龍を飲み込んだ。

 

***

 

「あ、ぐ……」

 

 黄龍の一撃を撥ね除けて葬れば、その場に立っているのは湊と彼が呼び出した麒麟だけになっていた。

 直前まで戦っていた七歌は肉体の限界が来たのか暴風が巻き起こった際に吹き飛ばされており、黄龍が受けたダメージのフィードバックで石段に倒れたまま動けなくなっている。

 

「……鬼の血で作った丸薬か。一時的に始祖の力を得ようと、人間の肉体ではその程度が限界だったな」

 

 七歌が先ほど飲んだ丸薬は百鬼の血で作ったものだ。龍の一族がそれを飲めば一時的に龍と鬼の混血になり、人を超え始祖であるキサラとユーリに近付く事が出来る。

 しかし、いくら龍の正統血統だろうとその身は人のそれ、最初から神の器として作られた湊と違って力を使えば十分も保たない。

 それが分かっていたからこそ湊は本気を出さずに時間切れを狙ったのだが、時間切れが来る前にペルソナで片を付けようとした点は評価する。

 故に、麒麟を消して再び頂上まで戻ると、倒れている者たちに冷たい瞳を向けて口を開いた。

 

「時間切れだ。赫夜」

《……はい》

 

 今まで黙って戦いを見守っていた女性が湊の傍までやってくると、湊は彼女をカードにしてマフラーから取り出した無の大剣と融合させる。

 錆び付いた大剣はカードに触れると光に包まれ、それが治まると龍が巻き付いた燃える金色の剣が現われていた。

 智恵の利剣“倶利伽羅剣(クリカラケン)”。それが彼の持つ剣の名だ。

 

「座敷童子」

 

 続けて湊が座敷童子を呼び出せば、その少女の姿を見て特別課外活動部のメンバーたちが目を見開く。

 その姿は紛れもなく自分たちを守って消えたかつての仲間だったから。

 

「ヒー、ホー君……お願い、皆を助けて……」

 

 再会出来た喜びよりも、今は仲間を助けることの方が優先だ。

 倒れていた七歌は少女に向かって弱々しく手を伸ばし、自分は置いていって構わないから、どうか仲間たちを連れて逃げて欲しいと頼む。

 しかし、そんな彼女の言葉を受けた小さな少女は、石段を挟むように左右の林に氷壁を造りながら言葉を返した。

 

《私の……名前、百鬼雪菜……八雲を苛める人は、嫌い》

 

 かつて一緒に戦った仲間であろうと、自分の可愛い子どもを苛めるような者を助ける義理はない。

 左右に広がる林の方へ逃げられないよう氷の壁を作り、完全に相手の逃げ道を封じてから座敷童子は茨木童子の隣に立ち湊に道をあける。

 仕事を終えた少女に短く礼を言った青年は前へと進み、頂上から石段を見つめるがその手に持つ剣は出した時よりも輝きを増しており、金色だった刀身は灼いた鉄のように真っ赤になっている。

 アイギスは初めて見るものであるため剣の能力は知らないが、逃げ道を封じて頂上に立ったからにはそこから眼下にいる者たちを焼き払えるのだろうと推測する。

 そして、その予想が正しければ彼は今から七歌たちを殺そうとしているという事だ。彼にそんなことをして欲しくないアイギスは暴れて茨木童子の拘束を解こうとするもビクともせず、せめて言葉だけでもと必死に湊を引き止める。

 

「待ってください八雲さん、お願いします!」

「……もう十分に待った。何度も帰れと言った。これ以上来るなら殺すとも忠告したが、それを聞かずにこいつらは俺を殺そうと必死になった。倒れている仲間を連れ帰ろうともせずにな」

 

 怒りの宿った蒼い瞳で倒れる者たちを睨む青年にアイギスの声は届かない。

 なにせ、湊は何度も帰るように言っていたし、少しの猶予を与えてからこれ以上くれば殺すと警告していたのだ。

 それを聞かず反対に殺そうとしてきたのだから、ここで湊が殺してもそれは自業自得でしかない。

 けれど、そんな理屈など関係なく、仲間に死んで欲しくないし、青年にも人殺しをして欲しくないゆかりがルキアの中から叫ぶように声をあげた。

 

「やめて有里君! 言う通りにするから、全員連れて帰るからっ!」

「もう遅い。大丈夫だ。こいつらは灰一つ残さず消してやる」

 

 その身の一片たりとも残しはしない。目の前で灰一つ残さずに消えれば、相手が死んだという実感は湧きづらいだろう。

 自分を止めようと叫んでいる少女たちにそんな無駄な気遣いをしながら、青年はあまりの高温に刀身が眩い金色になった剣を上段に構えた。

 石段の方では順平や荒垣が諦めずに地を這って逃げようとしているが、さらに下の方では既に焦った表情の真田が氷壁に阻まれている。

 無事な右腕で殴りつけているが効果はなく、そんな無駄な足掻きを感情の籠もらない瞳で見ながら青年は別れの言葉を吐く。

 

「――――じゃあな」

 

 そう口にした直後、彼の持っていた剣が巨大な炎の柱と化した。

 周辺の空気に含まれる水分が一瞬で蒸発し、赫夜や座敷童子の作った氷も徐々に溶け出している。

 そんなものを振り下ろせば逃げ場のない七歌たちは炎に灼かれ、青年の言った通り灰すら残らず消えるだろう。

 青年は狙いを外さぬようゆっくり剣を振り下ろし始め、やめてという少女たちの叫びが響いたとき、

 

『ペルソナっ!!』

「アオーーン!」

 

 山門の上から声が響き、三体のペルソナが降ってきた。

 二体のペルソナが攻撃の射線上に入り、残りの一体が糸を使って青年を拘束する。

 拘束されたことで湊は剣を途中までしか振る事が出来ず、剣に溜められた炎は影時間の空を灼いて終わる。

 そして、七歌たちの方へ僅かに飛びかけた炎は、射線上に入った火炎無効の耐性を持つ二体のペルソナが防いだため、剣に残った炎が全て消えたときには全員が剣を振るう前と同じ状態で生き残っていた。

 

 


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