【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二十五話 二振りの刀剣

午前――広間

 

 桜が作った朝食は、湊の希望した通り和食だった。食事の場には昨日の組員らはおらず、鵜飼・渡瀬・桜の三人に湊とチドリを足した五人だけで食事をした。

 この家に住んでいるのは鵜飼・渡瀬・桜の三人だけで、他の組員はタケという組員に中央区のマンションから立ち退くよう連絡をして、そのままそれぞれの家に帰ったのだという。

 そうして、朝食を済ませ、使った食器も洗い終えて食後のお茶を用意すると、鵜飼と湊は向かい合って座っていた。

 湊の右後ろにチドリが控え、左後ろには桜がいる。対して、鵜飼の左後方では渡瀬が静かに座っていた。

 

「……さて、まずは自己紹介といこうか。わしは桔梗組六代目組長の鵜飼清十郎だ。妻は桜が十歳のときに病気で死んじまったから、今は二人家族でやってる。そんで、こいつは渡瀬伸晃。組内での肩書きは最高顧問だ。外国で拾って来た元傭兵でな。他のはみだしもんだったやつらと違って、こいつだけ本物の修羅場潜って来てんだ。そんなやつが相手で災難だったな坊主」

「……有里湊。この子は吉野千鳥。桐条傘下の研究施設にいた被験体で、追われているのは俺たちの異能と施設を破壊して脱走してきた事が原因。ここ連日ニュースでやってる製薬会社地下のガス管破裂による爆発事故。あれを起こしたのが俺なんだ」

 

 隠しても意味はない。それを示すように、しっかりと相手の目を見て湊は真実を述べる。

 桜だけは湊たちが研究施設の被験体だといったときに肩を揺らしたが、鵜飼らは後半の爆発事故を起こしたのが湊だという部分に少々驚いている様子だ。

 だが、直ぐに表情を戻すと、鵜飼が湊に尋ねた。

 

「そうかい。それで、昨日のアレは一体どういった類のもんなんだ? 守護霊とか、そういったもんじゃねえんだろ?」

「人間の精神が具現化したものだと思ってくれていい。ただ抜け出たものが“シャドウ”で、それをコントロールしたのが“ペルソナ”と呼ばれてる。俺たちはペルソナに目覚めたからシャドウと戦えて、その力を持ってるから桐条の研究所にいたんだ」

「へぇ、おめぇらも難儀なもんに関わっちまったんだな。力は争いを生み、争いは災いを招く、ってなぁ先代の言葉だが、望むにしろ望まざるにしろ、力を持ったなら一つ覚悟を決めねえとな」

 

 言って、お互いの自己紹介はこれで良いとばかりに鵜飼は小さく笑う。

 湊たちの事情を軽視している訳ではなく、ここで必要以上に話しても無意味だと経験で分かっているからこそ話を切り上げたのだ。

 湊もそれを理解して返さずにいると、再び鵜飼が口を開いた。

 

「んで? おめぇらをここに置くって言ったのはわしだからな。一ヶ月と言わず、自分らで生きていける目途が立つまで居てもらって構わねえ。だが、ただダラダラと居候するだけってんなら他所に行ってもらう。だからこそ聞くが、坊主はこれからどうするつもりだ?」

 

 尋ねられた湊は考え込む様に暫し視線を伏せる。

 道場から桜の私室に戻ってから今後の方針はある程度固めた。だが、それはチドリには話していない。

 相手の意思を無視して決めた方針に、チドリから反対の言葉が出るかもしれず、湊は本当にこれで良いのかと考えるが、結局、全ては未来に続くためと思うことにした。

 そして、伏せていた視線を戻し、正面から鵜飼を見つめ返事をする。

 

「……俺は、裏の仕事をしていこうと思う。事態が動くのは2009年って分かってるんだ。それまでは情報も集まるし、何より力をつけることが出来る。だから、情報屋と仲介屋で仕事を貰って備える」

「そいつぁ、嬢ちゃんも一緒にか?」

「チドリにはそんな事はさせない。学校は中学になってから通おうと思ってるから、それまでは桜さんが勉強を見てあげてくれないかな?」

「それは構わないけど……」

 

 振り返り声をかけられ、桜は湊の言葉に了承で返すが表情は困惑の色を浮かべている。桜の隣に座っているチドリが湊の話しを聞いて驚き、怒っているように見えるからだ。

 口には出していないものの、チドリの表情から察した桜は、あくまで遠回しに湊に意見をする。

 

「その、みーくんはちーちゃんとお話した? ちーちゃんは、初めて聞いたみたいだけど」

「してないよ。けど、今のチドリは知識も実力も不足してる。それらを最低限のレベルまで備えていない状態で、一緒に仕事に連れていこうとは思わない。だから、反論は聞いても聞き入れはしないし。言いたい事があるなら、言えるだけの立場になれって先に言っておく」

「……最低限のレベルって?」

「現在の俺と同程度。今の俺はリーチもパワーも子どもの物だし、チドリなら鍛錬しつつ身体が成長していけば普通にこのレベルにはなれる筈だよ」

 

 尋ねたチドリは湊の答えを聞いて、理解は出来るが納得は出来ないとばかりに眉根を寄せて不機嫌な表情を作る。

 確かに、依頼を受ける仕事屋をしていくのであれば、何か一芸に秀でてもいない限り、総合的に高い能力が求められるだろう。

 知識と知恵がなければ計画を立てられず、緊急時に活路を見出すことも出来ない。実力が不足していれば、どんなに素晴らしい案であっても実行に移す事が出来ない。

 仕事を受けるからには、子どもだから、という言い訳は利かないとイリスも言っていた。

 それだけに、小さな身体でも大人ともやり合うことのできる湊の実力が基準となるのは、果てしなく遠く思えるがしょうがないと認めざるを得なかった。

 

「……約束。今の湊くらい強くなったら、私も一緒に行く」

「いいよ。仮面舞踏会(バル・マスケ)は俺たち“二人”のチームだから、ね」

「……うん」

 

 湊がいうと、チドリは少し嬉しそうに笑って頷いた。

 別行動は自身を邪魔に思っているとか、意地悪でしている訳ではない。ちゃんと追い付くまで、湊は隣を空けて待っていてくれる。

 それを理解し、今後の活力を得てチドリが納得した表情になると、話を終えた湊は再び正面の鵜飼と向き合った。

 

「話は決まったよ」

「そうかい。んじゃまぁ、わしらにして欲しいことがあったら先に言っとけ。ガキの我儘を聞くのも大人の仕事だからな」

「……近接戦闘を教えて欲しい。銃の扱いとかは、知ってそうな当てがあるけど、格闘は我流だから」

 

 我儘を聞くといった鵜飼に湊は早速一つ頼みこむ。これは桜の私室でも考えていたことだ。

 ベルベットルームで習ったのは、最低限の戦いの心得。そして、技術云々よりも、自分自身の肉体性能(スペック)を知り、そこから繰り出す事の出来る力はどういった物であるかを把握するという事。

 体運びや、間合いの取り方、死角の突き方は、エリザベスが教えるまでもなく、あのムーンライトブリッジの戦いの時点で何故だか既に知っていた。

 武の道に進んだ者たちが長い年月をかけて身に付けるものを、湊は誰に教えられるでもなく理解していたのだ。

 今朝の道場での事を思い出し、鵜飼も湊がどれだけ普通でないかは分かっている。それだけに、湊の目指す未来に辿り着くために、必要な才を持って生まれたのは運命かと感じた。

 

「いいぜ。坊主は得物も使うんだったな? だったら、剣はわしが教えてやる。ステゴロは渡瀬に習いな。まぁ、わしらもずっと教えてる訳にはいかねえから、おめぇの都合ばっかには合わせれねえけど、その間は自分でやってられるだろ?」

「ああ、問題ない。宜しくお願いします」

「へへっ、そう畏まらなくていい。わしも同じように先代から仕込まれただけだからな。とりあえず今朝言ってたもん渡しておくから、坊主は蔵にいくぞ。嬢ちゃんと桜は別に待ってて良いから、好きにしな」

 

 言いながら立ち上がる鵜飼に合わせて渡瀬と湊が立ち上がると、チドリと桜の二人も一緒に来る気らしく、部屋を出た鵜飼を追う湊の後ろをついてきた。

 そうして、一行は部屋を出て、玄関で靴を履くと、敷地内にある大きな蔵へと向かった。

 

――土蔵

 

 広い敷地内の端にある大きな土蔵。外壁の板には漆喰が塗られているが、その馴染んだ色合いから推測するに相当に古いものだ。

 その前までやってくると、戸に掛けられた重厚で頑丈そうな大きな錠を鵜飼が外し、薄暗い土蔵の中へと進んでゆく。

 

「悪ぃな。ここには電灯はつけてねえんだ。いま外の光を入れて見えるようにすっから待っといてくれ」

 

 中に入り壁沿いに進んで鵜飼がそういうと、何かをいじったのかゆっくりと雨戸が開き、外の光が土蔵の中へと射し込んでくる。

 それにより視界の確保された湊とチドリは中に置かれている物を見て驚いた。

 壺や掛け軸、反ものなどきっと価値がある物なのだろうと思える物品の他、奥の壁際の棚には刀を保管する桐箱や甲冑などが置かれていた。

 驚いている二人の様子に満足気な顔をしながら鵜飼が笑うが、チドリと湊では驚きの意味が違っていた。

 チドリは価値を知らない自身でも分かるような、高価そうな物が多数置かれていたことによる素直な驚き。

 だが、湊はいくつかの桐箱に黒い靄のようなものが視えていたことによる驚きだ。

 今の瞳の色は、シャドウの証である金色。魔眼でもない瞳で、常世のモノと思われる存在が視えている。

 チドリはキョロキョロと置かれている物に視線を送っているので、視えていないのだろう。

 

「おし、それじゃあ好きに得物を選びな。ここにあんのは業物ばっかりだからよ、鈍らはねえから安心しな。保存状態はどれも良いし。わりかし、新しいのはここらへんの」

 

 説明しながら鵜飼の手が黒いもやのかかった桐箱の一つに伸ばされる。

 普通の人間があんなモノに触れてはいけない。そう思い、湊は咄嗟に叫んでいた。

 

「触れちゃ駄目だっ!!」

「っ、……んあ? どうしたってんだい?」

 

 湊が叫んだことで手を止め、怪訝そうな顔つきで頭を掻きながら尋ね返してくる鵜飼。

 同様に、急にどうしたのかと不思議そうにチドリと渡瀬も湊を見つめている。やはり、自分以外には視えていない。そう思った、その時、

 

「お父さん、それの中身は駄目よ。あと、上の棚にある茶色の紐で箱を縛っているやつ、それに壁にかけてある紫の飾りのついた槍も」

 

 後ろから優しく湊の肩に桜は手を置き、しかし、真剣な瞳で湊が黒いもやの視えていたものと同じ武器類を言い当てた。

 自分以外にも視えている者がいた。それが信じられず、湊は瞳を揺らしながら振り返って桜を見上げる。

 すると、肩に置いていた手の片方で頭を優しく撫で付けながら、自身を見やる少年を落ち着かせるため、穏やかな声色で桜は語りかけた。

 

「大丈夫よ、みーくん。大丈夫。貴方以外にも視える人はちゃんと居るから。そんなに怖がらなくて良いの」

「“アレ”が……視えるの?」

「同じようにかは分からないけど、同じモノは視えてると思うわ。だから、大丈夫よ。ああいったものを視るのは初めて?」

 

 その問いに湊が小さく頷くと、桜は「そっか」と呟き、再度落ち着かせるように抱きしめて背中を優しく叩きながら頭を撫でる。

 すると、桜と湊、両者だけが分かり合っていることが面白くないチドリが、若干の苛立ちを含んだ声色で尋ねた。

 

「……何が見えるの?」

「ん? ふふっ、ちーちゃんは視えないのね。けど、それが普通だから拗ねちゃ駄目よ。みーくんがさっき大きな声を出したのは、お父さんが触ろうとした箱によくないモノが視えたからなの。みーくんが部屋で言っていたシャドウやペルソナにニュアンスは似ているかも知れないけど、実際はきっと別のモノね。誰かの想いや魂と言えば良いのかしら? 簡単に言えば幽霊のようなものよ」

 

 幼いチドリにもちゃんと分かるように桜は“幽霊”と言ったが、湊に視えていたのは所謂、“怨念”の類い。

 言った桜自身もよくないモノと感じているようなので、湊と同様に人の魂である“幽霊”ではなく、邪気の籠った想いの塊として視えているのだろう。

 それらを視認出来る能力の名は“霊視”。殺すための存在の綻びが視える“直死の魔眼”とは全く別の系統であり、魔眼と違い強弱はあれど一般人でもこの力を持っている者はそれなりにいる。

 桜もその一人で、どうやら湊と違い、力を持ってから長いようだ。

 

「お父さん、何度も言ってるけどちゃんとお祓いをして貰った方が良いわ。武器なんて曰くありげな物もいっぱいあるんだから」

「つっても、わしらには分からねえしな。お祓いに来てもらっても、ちゃんと出来てるか確かめようがねえぜ」

 

 娘に言われ、鵜飼は困ったように顔を顰めて頭の後ろを掻く。

 今までの話しに特に口を挿んだりしなかったことから、鵜飼は自分の娘に霊感があることを知っており、尚且つ、それが真実であると信じてもいるようだ。

 出まかせを述べて、霊感商法などというあくどい詐欺商売をしている者もいるというのに、自分は視えなくとも娘の言う事をしっかりと信じている辺り、この親子の絆はかなりのものだと湊は感じた。

 だからこそ、その者たちの世話になるのであれば、自分も少しでも役に立とうと思い、桜から身体を離すとマフラーから黒い短刀を取り出し口を開いた。

 

「……じゃあ、俺が()るよ」

 

 言いながら湊は黒い靄に覆われた箱や武器の元へと歩を進める。

 その瞳は“蒼”。シャドウですら傷付けるだけでなく、存在ごと殺すことも出来るようになる瞳ならば、例え実体の無い怨念であっても、その存在を殺すための綻びが視えるだろうと思った。

 事実、他のモノよりも視え辛くはあるが、黒い靄にも薄っすらと線が視える。

 しかし、今までは黒いひび割れのように視えていた線が、赤い光の線のようになっていた。霊視が出来るようになったからか、再び死んだからかは分からないが若干変化した現在の眼の方が殺し易いと湊は思った。

 そして、まわりの者が動向を見守っている中、湊は本人も気付かぬほど無意識に“何かを殺せる”という事に悦楽を感じながら小さく口元を吊り上げ、

 

「――――シネ」

 

 綻びに刃を通し、刀を何度か振るった。

 チドリ・鵜飼・渡瀬の目からは、湊は何も無い空間で短刀を振りまわしたようにしか見えない。

 だが、纏わり憑いていた怨念が視えていた桜には、湊が刀を振るう度に黒い靄が霧散していく様子が鮮明に視えていた。

 その光景が信じられず大きく目を見開き、口を手で覆い驚いている桜の方に振り返り湊は告げる。

 

「これでもう二度と現れない」

「そんな、清めも祓いせずどうやって……」

 

 桜は湊の目の力を知らない。話を聞いているチドリもはっきりと把握出来ていないため、説明されても他の者も完全に理解することは出来ないだろう。

 だが、湊の瞳が変わっていることが関係している事は分かる。あの瞳が普通ではない事は誰が見ても明らかなのだから。

 

「みーくん、その眼は何?」

「これは魔眼。死の概念を視覚として捉えられる。だから、傷付けるだけでなく、存在そのものの死を齎す事も出来る。ペルソナの方が目覚めたのは先だけど、この力の方が俺の身体によく馴染んでいるんだ。まぁ、何度も死んでいるからだろうけど、むしろ段々と使い易くなってるから気にはしてない」

 

 会ったばかりだが、今までで一番饒舌に話す湊は違和感に溢れていた。何がおかしいのかは分からないが、近寄りがたい雰囲気。

 怨念を払うのに使った短刀を仕舞い、眼を元の金色に戻したことでそれらは消えたが、桜はどうにも先ほどの違和感を忘れられそうになかった。

 しかし、これで武器選びが自由に出来るようになった。

 改めて鵜飼は湊に置かれている武器の説明を始める。

 

「さて、おめぇは刀か剣の方が良いだろうな。先は分からねえが、力よりも技術で殺り合いそうだし。槍や鉾じゃ狭い場所で使えねえ。だから、よく考えて選びな。テメェの命預けるものなんだからよ」

 

 言われて湊は置かれている桐箱を下に下ろし、刀身の状態や柄などを実際に手にとって見てゆく。

 長さ、重さ、柄の握り易さなど、刀身自体よりも振り回し易いかどうかで判断しているという、切れ味は関係ないとばかりの選び方に、これで剣術と剣道を習う気があるのかと鵜飼は思ってしまうが、素人なら逆に切れ味よりも自分が使い易いかどうか選ぶもあり得るかと納得することにした。

 そうして、数分経って湊が手に取ったのは一つの桐箱と一振りの剣だった。

 桐箱に入った刀は組んだ際の全長約百センチ、黒い柄で鍔はなく、波打つような美しい刃文の刀身と暗い紫の鞘に並んで収まっている。

 剣は見た目からすると中国剣と呼ばれるもので、全長約一二〇センチ、柄自体と鞘の大部分は黒だが、剣首や鍔、鞘に金色の金具の装飾がなされており、さらに剣首には赤い長穂がついていた。

 選んだ刀剣を道具を置いておく簀の上に並べ鵜飼に見せる。すると、鵜飼は興味深そうに顎に手をやりながら笑った。

 

「ほう、珍しいもん選んだな。そいつは“姫鶴一文字(ひめつるいちもんじ)”と“星噛(ほしがみ)”って言ってな。短刀使ってたなら鍔迫り合いなんてしねえだろうから、姫鶴一文字でも問題ねえだろうし。星噛は製作者も分からんもんだが、造りは確かだ。俺が教えるのは刀が前提の使い方だが、自分で鍛錬するなら剣も勝手に使ってて良いぜ。別に型が多少崩れても気にしねえしな。それと、刀の方は後で組んでおいてやるよ」

「わかった。それじゃあ、先にこっちだけ貰っておく」

 

 言われて桐箱をそのままにして、新たな武器である星噛を湊はマフラーに仕舞う。

 そんな様子を眺めていた桜は、昨夜から思っていた疑問を一つ口にした。

 

「ねぇ、みーくん。そのマフラーって一体どうなっているの? さっきも短刀を取り出していたし、いまも武器を仕舞っちゃったわよね?」

「一応は無限収納だよ。生物以外は何でも仕舞えて便利だから、いつも身に着けてる」

「無限収納って、入れても重くならないの?」

「時間経過の無い専用の異空間に放りこんでるだけだから、別に重量に変化はない」

 

 質問に答えた湊はマフラーを首からはずし桜に手渡す。

 それを受け取って重さを確かめるが確かに普通の衣服とそれほど重量は変わらないと思った。

 刀は長尺でもない限り一振りが大体一キロ前後で、重い物でも二キロにも届かない。

 そんな物を入れても軽いと感じたことで、確かにマフラー自体に入れているわけではなく、マフラーは一種のゲート的な役割を果たしているだけなのだろうと当たりをつけた。

 そうして桜は、アンクレットに変化する靴もそうだが、湊の持ち物はあまりに現代の技術とかけ離れていると思いつつ、湊にマフラーを返す事にした。

 

「はい、どうもありがとう」

「別に良い。それで、この後はどうするの?」

 

 返して貰ったマフラーを巻きなおしながら湊は視線を鵜飼に向ける。

 本音を言えば、この後直ぐにでもどちらかに見てもらって鍛錬したいが、急にきた自分らと違い予定があるだろう。

 現役の組長と最高顧問だ。大きく動くことは稀だろうが、暇な時間の方が少ないとみて良い。

 ジッと見ながら湊が待つと、鵜飼ではなく黙って着き従っていた渡瀬が口を開いた。

 

「本日は他の組との会合があるため鍛錬は出来ません。昼前に出て、戻ってくるのは八時ごろになりますから、今日は身体を休めるなり、素振りで武器の重さに慣れるなどしておいてください」

「まぁ、そういうこった。悪ぃな、坊主。また明日の朝になら時間作れるから、今日は桜と一緒に出かけてこい。生活するのに必要なもんもあるだろ?」

 

 いま湊が持っているので日常で使えるのは研究所から持ってきた本と昨日のうちに買い足したチドリの遊具を除けば、栗原が買ってきた五日分程度の服と鞄だけだ。

 制御剤のデータ、対シャドウ兵装シリーズのデータ、内容の分からない一枚のCD-ROMなど、当分は使うこともないだろう。

 となれば、鵜飼の言う通りもう少し日用品を買ってくる必要がある。

 幸いなことに、金銭的な余裕はそれなりにある。シャドウを倒すことで手に入れた金銭は、そのままマフラーの中にある袋に放りこんでいたので、殆どが小銭だが貯まりに貯まって現在では四十万ほどになっているのだ。

 

「……今日は買い物にする。今は五日分くらいの服と、本とかしか持ってないから、もう少し衣類を買いに行きたい。でも、巌戸台の方は桐条がいるから駄目だ」

「わかったわ。それじゃあ、お出かけの準備をして車で出かけましょ。久しぶりだわ、自分で運転してお出かけできるなんて」

 

 そういった桜はとても嬉しそうな笑顔をしており、手を引かれて一緒に蔵を出ていくチドリは不思議そうに見つめていた。

 後に続くように湊が蔵を出るとき桐箱を運びながらそっと耳打ちしてきた渡瀬が言うには、桜は病弱で尚且つ箱入りで育ったのだが、元々の性格は茶目っ気に富んだ活発なものらしく。自分の身体に負担のかからない車の運転は嬉々としてスピードを出すという事だった。

 例え事故を起こしても、今の湊であればペルソナを使って二人を守るくらいは可能だが、そんな事は起こらないに越したことはない。

 そうして、準備をして桜の愛車の一台である黒のメルセデス・ベンツS55 AMGに乗り込むと、子どもを乗せているのだから安全運転で頼むと湊が伝えて、桜の贔屓にしている服屋へと向かった。

 

昼――呉服屋“染川”

 

 車で一時間ほどドライブしてやってきたのは、桜がよく着物を仕立てて貰っている呉服屋“染川(せんかわ)”。

 店の外観はとても古い見世蔵で、まわりにある他の店も似たような雰囲気であることから、ここら一帯がそういった老舗の集まる場所なのだろう。

 車から降りてまわりを見ていた湊はそんな風に思うと、続けて降りてきたチドリに手を貸す。

 

「……気持ち悪い。あの人、車の運転荒い」

 

 乗ったばかりのときは桜も湊の言いつけ通りに安全運転をしていた。しかし、山道の方までやってくると徐々に速度が上がり、搭乗者の身に多大な負担のかかる運転技術を披露した。

 それにより、着いたころにはチドリはぐったりしており、歩くのも大変そうなので湊がお姫様抱っこで店内まで運んでゆく。

 

「呉服屋なら畳があるから、そこで少し休んだらいい。どうしても駄目そうなら、マフラーに車を入れて、帰りはペルソナで飛ぶことにするし」

「車もいれれるの?」

「最大面積は知らないけど、六畳くらいまでなら広げたこともあるよ。だから、車くらいは大丈夫」

 

 そう言われても、チドリは六畳がどれくらいの大きさなのか分からない。けれど、湊に抱かれながら空を飛ぶのは好きだった。

 なので、帰りは少し駄々をこねて、どうにかしてペルソナで帰れるようにしようと密かに決め、降りたときのチドリの様子を見て、桜が申し訳なさそうに「ごめんなさいね」と言っていたが、それを頷いて返すに止め、スルーした。

 

「あらあら、桜さん。いらっしゃい。今日はどうしたの?」

 

 店に入って最初に聞こえてきたのは少し高めの女性の声。その主は、上品な雰囲気を纏い、花の柄の描かれた黒い着物を着た六十を過ぎた年頃の白髪の女性で、店に入って来た桜と、その後ろに続いてやってきた湊とチドリに視線を送り。何やら興味を持ったらしい。

 

「こんにちは、染川さん。今日はこの子たちの着物を仕立てて貰いに来た。何着かお願いしたいんだけど、大丈夫かしら?」

 

 答える桜の横を通り過ぎて、湊がチドリを畳の上に寝かせていると、染川と呼ばれた女性は、人数分の湯呑みを用意して、急須にお湯を注ぎお茶の用意をしている。

 

「ええ、いまは仕立ての仕事は入ってないから大丈夫だけど。御親戚のお子さん?」

「いいえ、昨日うちにやってきた新しい家族よ。湊くんと千鳥ちゃんっていうの」

 

 楽しそうに話すに桜に対し、湊とチドリは僅かに驚いて視線を上げる。

 出会ったばかりで、素性も分からぬ人間を家族として紹介するなど普通ではない。馴染みの店ならば多少の冗談を言い合うことも出来るだろうが、それもあまりに突飛では不審がられるだろう。

 そうして、相手の反応にも目を向けると、女性は二人の想像の斜め上をいく対応を見せた。

 

「そうなの。それじゃあ桜さんはお姉さん? それとも、お母さんかしら? ふふっ、私は染川 芳ゑ(せんかわ よしえ)っていうの。旦那が死んでから一人でお店をやってるのよ。仕立ては職人さんがやってくれるから、二週間くらいで出来ると思うわ」

 

 なんと、染川はそういってくすくすと笑っていた。特別怪訝そうな表情も見せず、桜の言葉をそのまま受け取っているような反応。

 本当にどうなっているのかと、湊は染川に疑心を募らせ、口を開いた。

 

「……何故、何も訊かない?」

 

 おかしい。自分が会って来た人間と何か違う。

 研究所を出てから会った人間の何人かに覚えた違和感だが、それが顕著に感じられた染川に対し、今朝からは抑えられていた湊の警戒心が剥き出しになり、ピリピリとした緊張感が店内を包む。

 だが、湊がそんな様子を見せても、染川は穏やかに笑ってお茶を湯呑みに注いでいた。

 

「ふふっ、血の繋がりだけが家族じゃないでしょう? だから、桜さんが貴方たちを自分の家族だっていうなら、私もそれで良いと思うの」

 

 お茶を注ぎ終えた湯呑みをそれぞれの前に置き、染川はゆっくりと立ち上がる。表情は優しげで上品な笑顔のままだ。

 

「さぁ、そんな怖い顔をしてないで、生地を選びましょう? 貴方たちは瞳や髪が綺麗な色だから、他の人よりもずっと沢山の物が似合うと思うわ」

 

 そんな風に、純粋な善意のみしか感じられない対応をされては、湊も警戒心を出していても意味がないと、一度短く嘆息してから放っていた気を収めた。

 その後、先に湊の採寸を取り、何種類かの生地を選び。時間が経って回復したチドリも、同じように採寸をしてから生地を選び、最終的に二人で十一着ほど注文した。

 着物を買うつもりはなかったが、自分たちの物だからと湊が支払いをしようとしたのだが、支払いは全て桜がカードで済ましてしまい。僅かに見えた請求書にはゼロが六つほど付いていたため、どちらにせよ所持金の足りていなかった湊は素直に諦めることになった。

 当初の予定よりも多く注文したため、全て出来上がるには七週間は掛かることになったので、二着ずつの計四着が出来上がったら一先ず取りに来て、残りの七着は全部出来上がってからという事になり。

 そうして、店を出ると、今度こそ湊たちの日用品を買うために大型のショッピングセンターに行き、桜がチドリに勉強を教えるための教材や、湊が鍛錬のときに着る服などを買い揃えてから帰宅したのだった。

 

 

 


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