【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百五十一話 夏祭りの楽しみ方

――都内・某所

 

 都内の外れに作られた地下研究室。

 そこで幾月はパソコンに向き合い、新たに作ろうとしているシャドウの組み合わせについて考えていた。

 湊にデスを奪われたことで新たな宣告者を生み出そうと始めた研究だが、研究を進めるうちにアルカナごとの特性なども理解出来、これはこれで面白い研究内容だと密かに気に入っていたりもする。

 しかし、今取り組んでいるのは敵陣営の動きを測るための実験体。

 あまり弱く作るとすぐに倒されてしまって参考にならず、かといって今現在出来る最高のシャドウを作ると、今後も作ろうと考えている複合シャドウのデータを取りづらくなる。

 さてどうしたものかと一息入れるためコーヒーに口を付けると、幾月は研究室のソファーに座って依頼書に目を通していた男に声をかけた。

 

「突然だが、君にとって最も厄介な敵とはなんだい?」

「本当に突然ですね。最も厄介となると悩みますが、シャドウに限って言えば複数の耐性を持つタフな個体でしょうか」

 

 声をかけられたことで書類から顔をあげ、タカヤは少し悩んでから正直に答えた。

 影時間を終わらせないようにと特別課外活動部と敵対する事を選んだストレガだが、彼らもシャドウを倒すことはあったし、出会って襲いかかってくれば今後も倒そうと考えている。

 通常のシャドウなら倒したところで問題はなく、アルカナシャドウに関しても幾月からどういった存在なのか聞いたので暇なら自分たちで倒してもいいとすら思っているのだ。

 そんな彼らの実力は平均値で言えば特別課外活動部を超えており、リーダーを務めているタカヤが厄介だと思うのなら、それは特別課外活動部にとっても脅威になり得る。

 まぁ、もしも湊たちと手を組んでいれば湊一人に討伐される可能性もあるが、幾月は湊が特別課外活動部に手を貸す可能性は低いと見ている。

 既に二つの陣営は邂逅した後なので、今後は特別課外活動部にばれることを気にせず湊も動くと思われるが、同じ敵を相手に戦う事があったとしても連携もせず湊は単独で攻めるはずだ。

 突出した強さを持つからこそ、彼は共闘することに向いていない。

 そんな考えを持つ幾月は、タカヤの言葉を聞いてなるほどねとパソコン上でいくつかのファイルを開いた。

 

「実はシャドウの耐性というのはアルカナごとにある程度決まっているんだ。だが、以前私が作った失敗作は完全に融合しないからこそ複数のアルカナの特徴を併せ持っていた」

「ほう……複合シャドウではなくキメラシャドウと言ったところですか。通常より多くの耐性を獲得出来るのなら興味深い存在ですね」

 

 幾月たちが複合シャドウと呼ぶ個体は、ペルソナ合体のように複数の個体を融合して姿やアルカナが変化して生まれる個体だ。

 スキルなどは融合させたシャドウの力を一部引き継ぐけれど、基本的には新たな姿のアルカナに準じるため、個体スペックの向上や能力の変化を思えばまさにペルソナ合体のシャドウ版と言えた。

 対して、幾月が以前作ったある実験体は、アルカナの組み合わせが悪かったのか姿はグチャグチャに混ぜたようなものになり、スキルと耐性が素材になったシャドウを足したものになっていた。

 強いかと聞かれると、複合シャドウと違って能力値が大幅に上がった訳ではないので微妙だが、耐性の豊富さで言えば成功体の複合シャドウより勝っているため、防御に関してならばキメラシャドウに分があった。

 今まで失敗作と呼んでいた幾月はタカヤの呼び方が気に入り、今後はそういった失敗作をキメラシャドウと呼ぶことにしながら話を続ける。

 

「そのキメラシャドウの面白いところは、一度キメラシャドウになってしまうと複合シャドウに出来ないところなんだ。キメラシャドウより強いシャドウに喰わせても、どういう訳か喰ったシャドウが新たなキメラシャドウになってしまう」

「なるほど、なら逆を言えばキメラシャドウにシャドウを喰わせれば、さらに豊富な耐性を持った個体に強化されるという事ですね」

 

 自分が食べたシャドウの力を吸収して洗練されてゆくのが複合シャドウなら、キメラシャドウは食べた分だけブクブクと肥え太ってゆく。

 これまで強さにばかり注目していたので気付かなかったが、特別課外活動部や湊たちの動きを見るのなら倒されづらいキメラシャドウはうってつけである。

 色々な能力を付加させられるからこそ、どのような力を持った個体にしようか悩み。少年のような純粋な瞳でパソコンの画面を見つめながら、幾月は愉しそうにキメラシャドウの配合を考え続けた。

 

 

8月16日(日)

午前――久遠総合病院

 

 湊が肉体ごと退行してから三日が経った。

 三日経った現在も彼の身体は縮んだままで、一体どうすれば元の状態に戻るのかも分かっていない。

 自我持ちのペルソナたちも時期に関係なく出入りが自由な鈴鹿御前が中心となり、精神内部と外側から同時に色々と調べて彼の状態を把握しようと試みてはいるが、有里湊と名乗って過ごしていた青年の精神がどこにも見当たらないらしくお手上げ状態とのことだ。

 もっとも、彼の状態が分からなくとも幼くなった八雲は未だに存在する訳で、彼を一人にはしておけないからと、英恵や桜が部屋の余っているVIP区画に泊まって今日まで面倒を見ていた。

 

「うー!」

 

 そして日曜日の朝、八雲はリビングに置かれた低いテーブルに手を突き、テレビを見ながら興奮した様子でピョンピョンと小さく跳ねていた。

 彼の見つめる先では四人の女の子が悪者と闘っており、女子向けのアニメながら戦い方は肉弾戦がメインで中々に迫力がある。

 

「はい、八雲君。お口あーん」

 

 そんなテレビに夢中になっている彼の隣に座り、タイミングを計って桜がヨーグルトを混ぜたシリアルを乗せたスプーンを出せば、八雲はテレビを見たまま素直に口を開けてスプーンを咥えた。

 彼が口から溢してしまわぬようゆっくりとスプーンを引き抜き、もぐもぐとよく噛んでいるかを確認しつつ、桜はストロー付きのお茶のボトルを彼の傍に置きながら次の一口の用意をする。

 朝の子ども向け番組を見ながらの食事なので、タイミングを計っていることもあってペースは非常にゆっくりだ。

 しかし、桜たちは一人が食事の世話をしていても、もう一人や自我持ちのペルソナが他の家事やら自分の食事を済ませられるので、ちゃんとよく噛んで食べている分には食事が遅くても気にしていなかった。

 

「うー! うー!」

「や、八雲君。ゴハン中は踊っちゃダメよ」

 

 ただ、本編が終了してエンディングに入ると、四人の少女が踊っているのを真似て八雲も踊り出した事で、流石にそれはダメだとシリアルの入った器を置いてから桜は止めた。

 彼はこのアニメを今日初めて見たはずなのだが、湊だったときの反射神経が生きているのか、見てから反応してすぐに大雑把には真似ることが出来ていた。

 恐竜の着ぐるみパジャマを着て踊る姿は愛らしいので、本当ならば最後まで見ていたかったが躾の方が大切だ。

 そう思って桜が彼を捕まえて膝の上に乗せれば、彼は踊るのを邪魔されたというのに気にした様子もなく、桜の膝の上に収まったまま置かれていたお茶のボトルに手を伸ばし、ストローを咥えてテレビを見続ける。

 てっきり邪魔されたことを怒ると思っていたのだが、本人が大人しくしているのなら今がチャンス、彼がボトルから口を離すとそれをテーブルに置いてやり、桜は先ほどよりも短い間隔で彼の口にスプーンを運ぶことが出来た。

 

「はい、ごちそうさま。お腹いっぱいになったねー」

「うー」

 

 朝の子ども向け番組も終了し、朝ご飯を食べさせ終わったことで桜は八雲を解放してやり、自分は空になった器を持ってキッチンに向かう。

 桜は移動中、暇になった八雲が次に何をするかと視線で追っていれば、彼は寝室の方へと走っていきオモチャ箱から刀を持って戻ってきた。

 その武器を使って何をするというのか。先に食事をしていた英恵や茨木童子たちが眺めていれば、八雲はソファーの近くで寝転がっていたコロマルの許に行き、彼を揺すって起こしている。

 動物NGのはずの病院内にどうして彼がいるかというと、仲良くなった八雲が一緒にいると聞かなかったからだ。

 VIP区画はそもそも各国の要人など極限られた人間にしか使わせないエリアであり、この病院が始まってから使われたのも今回が初めてである。

 故に、どうせ使い終われば完璧にハウスクリーニングするので、直接外と行き来できる扉もあるVIP区画内であればOKだと特別に許可されていた。

 

「うー」

「わん!」

 

 八雲に起こされたコロマルが立ち上がれば、刀を持った八雲とコロマルが少しの距離を開けて対峙する。

 どうやら二人で戦いごっこをするようで、ちゃんと付き合ってやるコロマルの利口さに感心しながら、保護者たちはどんな風に戦うのかと興味深く眺める。

 すると、刀を両手で掴んだ八雲が動き出すよりも早くコロマルが横に逃げた。

 直後、正面に向かって八雲が刀を振り下ろし、その勢いで鞘だけが飛んでコロマルがいた場所を通過してゆく。

 歴戦の勘から相手の動きを先読みして避けたコロマルもすごいが、刀を使った戦いごっこで不意打ちの飛び道具を放つ八雲も恐ろしいセンスである。

 攻撃を避けられた八雲は嬉しそうに跳んではしゃぎ、今度は普通に刀を持ってコロマルを追いかけ始めた。

 刀を貰った日に突きは危ないからダメだと教えておいたので、戦いごっこをする八雲は刀を振ってしか使わない。

 だからこそ、食事をしながら保護者たちも安心してごっこ遊びをする子どもを見ていたのだが、英恵たちが食事を続けていると、病院の面会許可時間になっていたことで、病院側の入り口からやってきた者たちが部屋に入ってきた。

 

『おはようございます』

 

 廊下を抜けてダイニングにやってきた者たちは、朝食を食べている英恵や桜を見つけしっかりと挨拶した。

 メンバーは先日ここにやってきた女子メンバー全員で、その手には夏休みの課題と浴衣が入った鞄がある。

 彼女たちは、今日も一日八雲の様子を眺めつつ夏休みの課題をこなして過ごす予定だが、日が暮れてからは持ってきた浴衣に着替えて出掛けるつもりであった。

 というのも、今日はコロマルの実家である長鳴神社で夏祭りが開催されており、日が暮れてから全員で行くことになっていた。

 男子らは八雲にそれほど関心がないためここには来ず、祭りも現地集合ということで女子だけが集まった訳だが、英恵たちに挨拶してからリビングの方へ視線を向けると、恐竜の着ぐるみパジャマを着た八雲が刀を持って立っていた。

 その傍にはコロマルも控えており、どうやら二人で遊んでいたらしいとすぐに察する。

 ちゃんと面倒を見てくれていたコロマルに感謝しようと、飼い主であるラビリスが妹のアイギスと共に近付こうとすれば、笑顔になった八雲がコロマルに何かを伝えて彼の背中に乗った。

 

「うー!」

「アオーン!」

 

 ライドオン、人馬一体とばかりに誇らしげにする二人。

 そして、他の者たちが驚いている間にコロマルが発進し、他の者たちの近くを通る際に八雲が全員を切りつけてゆく。

 ラビリス、アイギス、チドリ、風花、美紀、ゆかり、美鶴、順番に次々と斬られていき八雲もあと一人だと最後の標的に狙いを定める。

 それがコロマルにも伝わったのか彼も八雲の八人斬りを達成させるべく七歌へ接近するが、他の者たちが斬られている間に七歌は鞄から三十センチ定規を取り出していた。

 

「うー!」

「あまし!」

 

 八雲が切り捨て御免と刀を振れば、それでは死んでやれぬと七歌が定規で刀を受け流す。

 阻まれた八雲は悔しそうな顔をするが、すぐに馬から飛び降りて振り返ると再び七歌に斬りかかった。

 

「ううー!」

「来い!」

 

 刀を床に擦りながら迫る八雲に、七歌は受けて立つと返す。

 馬の機動力を失って勝ち目があるのか。他の者が見守る中、八雲が刀を振り始め、七歌もそれに合せて定規の刀を振り始めたことで両者が衝突する。

 だが、互いの刀がまさに衝突すると思われた瞬間、八雲は刀を捨てて大きく後ろに跳躍していた。

 相手の攻撃に合せて武器を振っていたため七歌の刀は当然のように空を切る。しかし、何故八雲は直前になって武器を捨てたのだと思っていれば、後ろに跳躍した八雲はパジャマのポケットから赤いゴムボールを取りだし、口の高さに持ってきてから投げていた。

 彼の手を離れたゴムボールは綺麗な放物線を描いて飛び、空振りしていた七歌の腕に当たった。

 見ていた者たちは、刀同士の戦いでそんな奥の手はありなのかと思ったが、何故彼は赤いゴムボールなんて用意していたのだろうかと考えたとき、彼の服装を見て思わず納得してしまった。

 

「ああ、今のは怪獣の炎攻撃なんやね」

「そのようだな。わざわざ口の高さに持ってきて投げていたあたり、よく考えられている」

 

 そう。他の者たちは恐竜のパジャマだと思っていたが、八雲は自分を怪獣だと考えてちゃんと攻撃手段を用意していたのだ。

 まぁ、そのボールはコロマルと遊べるように元々用意していたものだが、怪獣の格好をして炎攻撃として放ったなら認めなければならない。

 攻撃を受けた七歌は小さく笑いながら膝をつき、定規を手放すと壁に寄りかかるように倒れた。

 

「くっ、見事なり……」

 

 七歌が倒れるのを見た八雲はフンスと胸を張って勝ち誇る。

 手放した刀とボールを回収し、ボールを再びお腹のポケットに仕舞いつつ通り過ぎる際にはついでに刀で切ってゆく。

 倒した相手を再び切る辺り容赦ないが、今の八雲はアニメの戦闘シーンを見て気分が高揚していた。

 故に、刀を持ったままソファーに登ると、ソファーの上で立ち上がって刀を掲げて勝ち鬨をあげた。

 

「うー!」

「わん!」

 

 将である八雲に続いてコロマルも自分たちの勝利を声高に叫ぶ。

 八雲がソファーの上にいて自分はフローリングにいるのは、きっと八雲を立てているからに違いない。

 ごっこ遊びの相手になったり、八雲の乗る馬になったり、主君を立てる部下にもなったりとコロマルの役割は目まぐるしく変わってゆく。

 けれど、コロマルは嫌な顔一つせずにしっかりと八雲の面倒を見ており、シャドウから救われたことで彼に忠義を尽くしているのがよく分かる。

 本当に犬なのが勿体ないナイスガイだなと思いつつ、やってきた女子たちはテーブルの方へ移動し、それぞれ持ってきた夏休みの課題に取り組んで夜までの時間を過ごした。

 

夜――長鳴神社

 

 カランと下駄の音をさせながら浴衣姿の女子たちが歩いて行く。

 それぞれが自身に合った色と模様の浴衣を着ており、そんな女子たちが一団になって歩けば自然と異性の目を惹いた。

 けれど、保護者たちを含めると十人という大所帯。そんな集団に声をかける勇気は誰一人としてないようで、とくにトラブルもなく彼女たちは神社の傍で待っていた男子たちと合流することが出来た。

 

「おっすおっす! 全員ショボい服装だな!」

「いや、七歌っちたちが気合い入りすぎなだけっしょ。有里じゃないんだから、普通の男子は浴衣も着物も着ないって」

 

 合流するなり服装を貶されても順平は気にした様子もなく言葉を返す。

 待っていた男子たちは全員が普段と変わらぬ私服で、確かに夏祭りという状況を考えると粋とは言い難いかもしれない。

 しかし、周りを見れば浴衣を着ている男子などほとんどおらず、着ているのはファミリーで訪れた者や彼女に合せたと思われるカップルの男くらいである。

 それなら自分たちが着ていなくても問題ないだろうと言えば、七歌は道を開けて私服姿の英恵に抱っこされていた八雲を見せた。

 その格好は、藍色の生地に様々な風鈴の模様が描かれた甚平を着ており、髪の毛は誰かがやってあげたのだろう、長い髪を結って星の飾りがついた簪をしていた。

 普段着るような服やパジャマは必要だからと分かるが、お祭り用の服まで買っている辺りに保護者たちの本気が感じられる。

 当の本人は賑やかな周りの様子にキョロキョロとしているが、女子たちはそんな様子も可愛いと思っているのか見て和んでいる。

 彼が今の姿になった経緯を思うと男子たちは何も言えないが、子どもだろうと成長してからだろうと女子に囲まれている事は変わらないんだなと、そういう星の下に生まれたことに僅かな嫉妬を覚えた。

 

「まーた随分と可愛くしちゃって。元に戻ってから本人に怒られるかもしれねーぞ?」

「八雲君は呆れるだけで別に何も言わないと思うよ」

「そんでも、服を買い過ぎだって言うかもしれないだろ?」

「八雲さんのマフラーに入れておけば服も劣化しませんし、誰かのお子さんが生まれたときに再利用可能です。抜かりはありません」

 

 買い物などで無駄を嫌う湊ならば確かに言いそうな事ではあるが、残しておけば使い道があるので無駄にはならないとアイギスは自信たっぷりに話す。

 八雲の服を買ってきたのは桜と英恵だ。病院から少し離れた場所にEP社のものであるショッピングモールがあり、そこに入っている海外の有名子どもブランドの服をいくつも買ったのだ。

 もしかすると一日で元の姿に戻ってしまうかもという恐れもあったが、三日経っても未だに戻る気配はなく、言葉を覚えさせようとしても「うー」としか話せていない。

 小児科の医者によると二歳どころか一歳半になったくらいだろうとのことで、そのくらいならば言葉を覚えなくともおかしくはないらしい。

 ただ、それがこのまま続くと、今度は元に戻る兆候が全く見られないということにも繋がってくるので、英恵たちとしては少しずつ成長が見られた方が良いと思っている。

 けれど、それはそれこれはこれというやつで、可愛い子どもに愛情を注ぐのは当然のことであり、せっかく小さな八雲がいるのに可愛い格好をさせないなんて勿体ないと今回も親馬鹿が発揮された。

 外見が幼女であるため髪を結っている時点で言い訳がきくはずもないが、一応、服装は男女どちらでもいける柄の甚平にしてある。

 これまで着せた服も女子っぽいだけでズボンを選んでいたので、着せられている八雲も褒められて得意気になっている事もあり、英恵たちには一切後ろめたいところなどなかった。

 そんな事情をある程度察していた順平は、これ以上言えば擁護派の風花や美紀も一緒になって怒ってくると分かっているため、集まったなら行こうかと話を切り上げる。

 

「んじゃ、ここで止まっててもしょうがねぇし。そろそろ行きますか。誰か何かみたいもんある?」

「あ、私たこやき食べたい。お祭りだと定番だし」

「ウチはかき氷やけど溶けてまうから後でええかな」

 

 順平に聞かれてゆかりやラビリスが答えつつ一同は境内に向かってゆく。

 人の流れに乗りながら石段を登り、鳥居を潜ればそこから先は様々な屋台とそこを訪れる人たちで溢れかえっていた。

 抱っこされている八雲は最初は人の多さに驚いていたが、会場に取り付けられたスピーカーから聞こえてくる音楽や人々の笑い声につられてはしゃぎだし、道行く人の持っているお面や景品を欲しがって手を伸ばす。

 けれど、身体を乗り出したところで英恵が抱っこし直し、後で一緒に買いましょうねと近場の屋台から見てゆく。

 この辺りは桔梗組の縄張りであるため、チドリや桜が顔を見せれば屋台を出している組員らも挨拶をしてくる。

 中学から付き合いがある者たちはそれにも慣れているが、高校から参加した者や天田は初めて見るため、遊ぶなら一回分の値段で複数人やっていいと言われ驚いている。

 

「お、シンジ。久しぶりにこれで勝負と行こう」

「……テメェ、前は卑怯な手で勝ってただろ。撃って倒したやつだけカウントがルールだ」

 

 今年もチドリたちのおかげで存分に遊べることになり、ならば早速一つやろうと真田が以前来たことのある射的屋で止まった。

 女子たちは傍の別の屋台に向かったので、挑戦する真田と荒垣だけではつまらないだろうと、順平と天田も一緒になって足を止めて彼らの勝負を見届ける事にした。

 コルクの数は十発。まぁ、とても軽いので一つでも倒すのは難しいのだが、真田は以前の経験を活かして最初から狙いをフェザーマンのソフビ人形に決めていた。

 頭、肩、腕、当てるとすればこの辺りだろう。身体を乗り出してギリギリまで銃口を近づけ、しっかりと狙いを付ける。

 撃つときには呼吸を止めてブレを無くし、集中力が高まったところで引き金を引いた。

 一発目、二発目は外れ、三発目は足に当たるも不発、四発目から八発目までは連続で外し、残り二発になったところで真田の集中力は頂点に達した。

 パンッ、と甲高い軽い音が響き放たれるコルク、銃身が曲がっていたのか狙いがやや左に逸れてゆくが、ギリギリのところで腕に当たって人形は肩を引くようにして後ろに倒れる。

 たった一つの景品を取るために九発も使ったのは痛いが、それでも真田は見事に景品を手に入れることが出来た。

 最後の一発は適当に倒れやすそうなキャラメルを狙ってみるも外し、結局、真田は一つしか取ることが出来なかったけれど、屋台のオヤジから受け取った人形を手に勝ち誇る。

 

「見ろ、シンジ! 前とは別の色だ!」

「ハッ、お前が一体倒す間にこっちは二体だ」

「なんだとっ!?」

 

 言われ真田が荒垣の手を見れば、確かに彼も二体のフェザーマンを持っていた。

 昔取ったのは赤と黒、今回は真田が黄色で荒垣は青とピンクを倒している。

 過去の分も含めて色が被らなかったのは良かったが、しかし、今回は敗北を認めるしかない真田は悔しそうな表情を浮かべる。

 

「くっ……まだ祭りは始まったばかりだ。次は別の種目で勝負するぞ」

「雑なお前じゃ勝てねえよ。順平とでもやっとけ」

 

 この中で最も器用なのは荒垣だ。それだけに彼はコツを掴めば大概のことは出来る。

 真田は自分のやり方で突っ走るタイプなので、そんな方法しか出来ないなら似たタイプの順平と争っていろと返し、荒垣は取ったばかりの景品をジッと見ていた少年の方へ振り返った。

 

「ほら、やるよ」

「え、でも」

「なんだ。欲しいなら俺のもやろう」

 

 荒垣から二体の人形を貰った天田は目を丸くする。そこへ俺のもやるぞと真田も渡してきたことで、天田の元には三体の人形が集まった。

 高校生ならば無用な物であっても、小学生ならば喜ぶかもしれない。相手はフェザーマン好きであったし、貰ってどんな反応をするだろうかと見ていれば、天田はどこか懐かしそうに貰った人形を見ながら笑い出した。

 

「あはは、前にもこんな事あったな。お母さんと一緒にお祭りに来たんですけど、そのときに知らないお兄さんにフェザーマンの人形を貰ったんです。先輩たちにも貰ったおかげで、最初の五人が揃っちゃいました」

 

 フェザーマンの初期の五人は赤、青、黄色、ピンク、黒。

 そして、天田の話を聞いたときに、真田も荒垣も昔自分たちが人形をあげた少年が彼であったと気付いた。

 天田親子も巌戸台に住んでいたので、地元の祭りに来ていてもおかしくはない。だが、世間のあまりの狭さにとても不思議な縁を感じ、人形をあげた二人は彼がここにいる原因を思いながら、せめて今日は楽しく過ごせるようにと順平を交えながら彼を色々な屋台へ誘っていった。

 

***

 

 集合して一緒に回る予定が男子だけ別行動になっていた頃、女子たちは八雲が泳いでいる金魚に興味津々になっていたことで、金魚すくいの屋台で足を止めていた。

 エアーポンプの付いた水色のプラスチックプールの中を、赤や黒に斑といった鮮やかな色の金魚たちが泳ぎ回っている。

 ここの店では色だけでなく形も何種か用意しており、大きなデメキンもいて見ているだけで楽しむことが出来た。

 

「うー」

「八雲君もやりたいの? じゃあ、お姉ちゃんが先にやるからやり方みててね」

 

 プールの縁に掴まってジッと見ている八雲が落ちないよう、英恵が後ろから身体を支えていると、やるならやり方を見せるねと風花が店員からポイと器を貰って実践してみせる。

 道具を貰ったことで何かが始まると分かったらしく、八雲の視線が風花に向けば、言った手前頑張らないとと風花も気合いを入れて金魚すくいに挑んでゆく。

 ここの金魚はどれも色が綺麗なので、後はサイズか形で選んでゆく事になるが、風花は失敗しない事を優先して少し小さな赤い金魚に狙いを定めた。

 泳ぐ金魚の向かう先にポイを入れ、そのまま金魚を追いつつ、水を切るように斜めに水から抜くと水の抵抗で破れないらしい。

 事前のリサーチでそれを聞いていた風花が集中し、いざ勝負と小さな金魚をすくって見事器に入れれば、目を輝かせた八雲は拍手していた。

 

「うー!」

「ねー、お姉ちゃん上手ねー」

「ふふっ、こんな感じでお魚さんをすくうの。分かったかな?」

 

 どうやらしっかりとお手本を見せることが出来たようだと風花は安堵する。

 ならば、次はいよいよ八雲の番だと店員から道具を受け取り、英恵が器に少し水を入れて水面に浮かべてやれば、八雲は気合いと共にポイを水につけた。

 

「あー、いきなり全部濡らしちゃったかぁ」

「ふふっ、確かに子どもには分かりづらい遊びかもしれませんね」

 

 いきなり全部を水に入れると、八雲はそのまま腕を左右に振って水の中で紙を破いてしまう。

 本人は金魚を追いかけて楽しんでいるのかもしれないが、見ていたゆかりと美紀はこれではすくうことは出来ないなと苦笑した。

 しかし、少しすると八雲は腕を振るのをやめ、ジッと魚を目で追ってから紙のなくなったポイで水を切るような動きをし始めた。

 その動きに何の意味があるのだろうかと見ていれば、彼がポイを水中から浮上させ離水したタイミングで金魚が飛び出し、そのまま浮かべていた器に入ってゆく。

 一匹だけならば偶然だと思うところだが、最初に赤い金魚が入ると、続いて斑が入り、赤いデメキンが入り、黒いデメキンが入りと種類の異なる金魚が次々と器に増えてゆく。

 これは明らかに狙ってやっているとしか思えず、真剣に素早く手を動かし水を切り続ける幼児にゆかりたちは戦慄した。

 

「え、すごっ。ポイの縁で弾いてるって事だよね?」

「ああ、凄まじい動体視力と反射神経だな……」

「私は幼少期からこれを傍で見ていたんだぜ。歪まずに育って良かったと思うだろ?」

 

 退行した八雲に出来るのならば、きっと元々の彼も幼い頃から同じ事が出来たと思われる。

 自分が相手と同い年でこんな大人でも出来ない超絶技巧を傍で見せられれば、確かに劣等感から性格が歪んでもおかしくない。

 それを思うと七歌は変わってはいるがまともではあるため、本当にまともに育って良かったねとゆかりたちも同情せずにはいられなかった。

 彼女たちが八雲を見てそんな事を考えている間に、八雲の方は全種類をコンプリートしたのか、いらなくなったポイを風花に預けて自分の戦果の入った器を嬉しそうに持っていた。

 ここは組員の屋台なので言えば金魚は全て貰えるので、帰るときまで八雲が取った分だけ別にしておいてもらおうと思ったとき、八雲は口を開けて金魚の入った器を顔に近づけていた。

 

「ダメダメダメ! それは食べられないお魚だから!」

「ほら、八雲君。あっちでゴハン食べようねー」

 

 瞬間、ゆかりが彼の手から器を奪い、すかさず英恵が抱き上げて食べ物の屋台の方へ連れて行く。

 ペット欲しさに捕まえていたのではなく、どうやら食糧確保に捕まえていたようだと悟った一同は複雑な気分になった。

 だが、すくった金魚はちゃんと分けて残しておいてくれることになったので、彼もお腹がいっぱいになればちゃんと子どもらしく金魚を愛でるに違いない。

 祭りに来て早々、子どもの予想外な行動に僅かな疲労を覚えつつ、しかし、アメリカンドッグを買って貰って頬張っている姿に癒やされながら女性陣も様々な屋台をひやかして回る。

 

「あ、コロマルさんのお面が売ってます」

「ホンマや。流石、人気者やね」

 

 元々はここに住んでいたことでコロマルも名が知られている。おかげで毎年屋台を出しているようなお面屋では、コロマルをモチーフにしたお面も販売されていた。

 これは記念になると思ったのかアイギスら姉妹は揃って購入し、八雲も欲しがったことで三人とも同じコロマルのお面を頭に被った。

 しっかりと顔に着けるのではなく、少し斜めに頭に被るのがポイントだと七歌が調節してやれば、被せて貰った八雲もご満悦になって地面に降りて綿菓子屋へと向かってゆく。

 人が多いのではぐれると大変だが、八雲が進むとコロマルが後を追いかけてくれることもあって、数件隣への移動ならば英恵たちも焦ったりはしない。

 キャラクターが印刷された大きな袋に入った綿菓子を前に瞳を輝かせている八雲に追いつき、どれが欲しいのかと聞けば、八雲は今朝見ていた女子向けアニメのキャラクターが描かれた袋を指さした。

 女の子っぽい格好をさせていた英恵と桜は、彼が女の子っぽい物を初めて選んだことで僅かに感動を覚える。

 ただ、それに浸って待たせると可哀想なので、普通に売っている物よりも沢山詰めてもらった特別製の袋を貰い、英恵は早く早くと期待の視線を向ける八雲にそれを渡す。

 

「はい、八雲君。大きくて良いのもらえたわねぇ」

「うー! うー!」

 

 貰った八雲は全身で喜びを表わすようにピョンピョンと跳んではしゃぎ回る。

 子どもにすれば大きい物はそれだけですごいのだ。だというのに、八雲はさらに特別な一番大きい物を貰えたのだから喜ぶのも無理はない。

 彼がはしゃいでいる今のうちに他の者たちは集まって次の予定を話し合う。今日は花火もあるのである程度の時間になれば移動することになるのだが、流石に参拝もせずに行くのは罰当たりだろう。

 だからこそ、花火を見ながら食べる物を買い集めることも含め、少し決めておこうと話していれば、ふと八雲の方へ視線を向けたアイギスが彼がいないことに気付く。

 

「っ、八雲さんがいません!」

「えっ、いまそこでピョンピョンしてたじゃん?!」

「動いているうちに人の流れに流されてしまったのかも……」

 

 本当につい先ほどまで八雲は飛び跳ねていた。目を離した時間など一分にも満たないだろう。

 だというのに、周りを見ても八雲の姿が見えず、彼を心配した者たちは名前を呼んで周囲を見渡す。

 けれど、当然のように反応はなく。もしや可愛いから攫われたのではと不安が過ぎったことで、風花がカッと真剣な表情になってとんでもない事を言い出した。

 

「ペルソナを使います!」

「ちょ、待って風花! 流石にここじゃ無理だから!」

 

 これだけ人が多い場所でペルソナを呼び出せば大騒ぎだ。

 今は召喚器も持ってきていないので、ゆかりや七歌が彼女に落ち着くよう言っている間に、顎に手を当てて考えていたチドリが口を開いた。

 

「……桜、会場にいる組員全員に八雲を探させて。この通りから外れてなければ屋台から見てても見つかるはずだから」

「うん、分かった」

「あ、多分、コロマルさんが追ってはるわ。探して貰うんならコロマルさんも目印になるかも」

 

 見ればコロマルも一緒に消えていた。八雲一人ならば心配だが、コロマルがちゃんと追って行ってくれているのなら少しは安心だ。

 人の多い場所で小さい子どもから目を離してしまった己の迂闊さを猛省しつつ、桜はすぐに会場に来ている組員全員に八雲の写真を送って捜索を依頼し、それが終わると自分たちも八雲を探すべく移動を始めた。

 

 

 


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