【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百五十二話 迷い子と犬

夜――長鳴神社

 

 スピーカーから流れてくる音楽と、人々の声で騒々しくも賑わう境内。

 石畳の脇に開かれた屋台の一つに、湊の公認ファンクラブである『プリンス・ミナト』の出店があった。

 すぐ隣には会長同士が友人という関係で、真田のファンクラブである『真田王国』も一緒に店を出している。

 そこで足を止めて商品を眺めているのは、湊の隣の部屋に住む羽入かすみたちであった。

 羽入の友人である宇津木、その宇津木の妹である千佳、千佳の友人である桃井雛というメンバーで祭りにやってきた四人は良い物がないかと色々を眺め、しかし、置かれているラインナップに不満があったのか雛が眉を寄せて店員に質問した。

 

「少々お尋ねしますわ。みーちゃまが演じたシムルグの商品は既に売り切れてしまいましたの?」

「申し訳ありません。わたくし達もそういった商品を揃えたかったのですが、残念なことにシムルグはフェザーマンの製作会社に権利があるのです。そのため、いくら皇子の公認組織と言えど自由に販売出来ないのです」

 

 シムルグとは劇場版フェザーマンで湊が演じたキャラだ。

 特撮の歴代興行収入を大きく塗り替え、今のペースならば百億円を超えるのではとも見られている。

 今回の映画一本で今後何本かの分の制作費が既に確保出来るレベルで、製作会社の方も喜んでおり、グッズ販売もかなり力を注いでいた。

 しかし、それだけに劇場版のゲストキャラではあるが、メインキャストとして扱われたシムルグの関連商品は製作会社が厳しく管理しており、湊の公認組織であるため見本は送られて来ているが、それを販売するならば相応の額を払って許可を得なければならない。

 こんな屋台でそんな事をすることは出来ないので、プリンス・ミナトの会長である雪広繭子は、本当に残念だけど申し訳ないと雛に謝罪した。

 そういった理由があって売られていないのなら、彼女の方も納得したのか今度は別の物を見てゆく。

 別に本人と知り合いで一緒に写真を撮ることも出来るというのに、小学生がわざわざ貯めたお小遣いをお祭りで売っているアイドルグッズに使う必要はないと思うが、本人は一切気にしていないのか友人の千佳と一緒に見続ける。

 すると、後ろでリンゴ飴を食べながら見ていた羽入が、視界の端に映った白い物に気付いてそちらを向いた。

 

「あー、コロマルさんだー!」

 

 見れば、人の流れに合わせてコロマルがトコトコと歩いていた。

 けれど、今の彼は一人ではなく、その背中には大きな綿菓子の袋を大事そうに持った幼児が乗っている。

 頭にコロマルのお面を被った幼児は元気に拳を突き出し、コロマルに前進するよう命じている。

 周りの人間もその様子を微笑ましそうに見ているが、知り合いである羽入に気付いたコロマルは、羽入の許までやって来ると嬉しそうに一声鳴いた。

 

「ワン!」

「わぁ、すごいねー。湊君それどうやってるの? 小さくてかわいー!」

 

 やってきた二人を見るなり、羽入は縮んだ湊を可愛いと言って抱き上げた。

 急に知らない人に抱き上げられて八雲は驚いたようだが、相手が悪意のない存在だとすぐに分かったようで、不思議そうに相手を見ながら抱き上げられたままでいる。

 その足下ではコロマルも安心した顔で待ての状態で待機しており、幼児を乗せてやってきた犬に子どもたちも興味津々だ。

 

「わぁ、白いわんちゃんだ! ねぇねぇ、かすみちゃん。このわんちゃんってコロマルさんっていうの?」

「そうだよぉ。あのね、コロマルさんは湊君が拾った犬なの。元々はこの神社に住んでたんだって」

「では、ここはコロマルさんのご実家ですのね。お祭りの日にちゃんと見回るなんてえらいですわ」

 

 小学生の少女達がコロマルに近付き頭を撫でれば、コロマルの方は気持ちよさそうに目を細めている。

 そんな光景を眺めていたプリミナ会長の雪広は、商品の置かれた棚越しではあるが、話を聞いていたため湊の飼い犬であるコロマルに触れたそうにしていた。

 けれど、彼女には店主としての仕事があり、さらに言えばペットの犬よりも羽入が湊と呼んだ子どもの方に興味を惹かれる。

 雪広は中等部時代にチドリとの交渉の末に湊の幼少期の写真をデータで貰っている。それは彼の小学一年生頃の姿でイリスとの仕事のために女装もしていた。

 いま羽入に抱かれている子どもと比較すると、瞳の色こそ黒と金で違いはあれど、さらに幼くしたような感じという点で酷似しており、流石に本人だとは思わないがかなり近しい血縁と思われた。

 そして、ここにいる子どもが血縁であるならば、こんな大人でもはぐれそうな混雑した場所に、とても小さな子どもを犬と一緒に出掛けさせるとは考えづらい。

 となると、湊本人が探しにやってくるのではと考えていれば、八雲をたかいたかいしてあやしていた羽入が笑顔で八雲に尋ねた。

 

「ねぇ、湊君。どうして小さくなっちゃったの?」

「うー」

「そっか。分かんないんだ。じゃあ、しょうがないねぇ」

 

 質問された八雲はジッと羽入の目を見て言葉を返しただけだ。

 それで何が伝わったのかと他の者たちは突っ込みたい。突っ込みたいけれど、不思議と彼女なら言葉を理解しているように思えてしまう。

 ただ、それでもとりあえず、何点かは言っておかねばならないと宇津木が口を開いた。

 

「あの、羽入さん。人は縮んだりしないから、その、その子は会長とは別人よ。それに性別からして違うし」

「えー? でも、ほら湊君だよ?」

 

 普通の人間は肉体ごと幼児退行したりはしない。誰だってそう思うし、そんな事は常識である。

 まぁ、宇津木は八雲の服装や髪型で性別を勘違いしたものの、そこを除けば彼女の言葉は非常に正しい。

 けれど、友人から言われた羽入は首を傾げ、どう見てもこの子は湊であると顔を見せた。

 見れば確かに日本人どころか世界でも珍しい輝くような金色の瞳をしており、湊の不思議な輝きを持つ瞳の色が好きだった宇津木は、確かにこれは同じ瞳であると認識する。

 もっとも、瞳の色がいくら同じであったとしても、百歩譲って兄弟か親戚だろうと考えていれば、その間に羽入は八雲を抱っこしたまま屈んでコロマルに話しかけていた。

 

「コロマルさん、湊君と一緒にお祭り回ってたの?」

「わふ!」

「へぇー、じゃあラビちゃんに連絡しないとだね。ちょっと待っててね」

 

 コロマルの返事を聞くと羽入は片手で八雲を抱きながら携帯を取り出し、そのままどこかに電話をかけている。

 そんな幼児に続いて犬とも会話し始めた彼女を、宇津木や雪広は本当にこの天然ちゃんは大丈夫だろうかと心配そうに見つめていれば、相手と通話が繋がったのか羽入は笑顔のまま話し出した。

 

「あ、ラビちゃん? うん。あのね、今お祭りに来ててね。湊君を乗せたコロマルさんと会ったの。でね、今はえっと、湊君のファンクラブのお店の前にいるから、コロマルさんが来て欲しいんだって」

 

 どうやらここに飼い主を呼んだようで、電話が終わると羽入はコロマルに「呼んだからね」と笑いかけている。

 それにお礼を言うようにコロマルも「ワン!」と鳴き返しており、本当に会話が成立しているのではと思ってしまう。

 だが、やはり常識という物が邪魔をして信じ切れずにいれば、高校生よりも純粋な心を持っている小学生が瞳を輝かせて直球で尋ねていた。

 

「ねぇ、かすみちゃん! かすみちゃん、コロマルさんとお話できるの?」

「うん。コロマルさんはね、とっても頭が良いからできるんだよぉ。今もね、湊君と二人で来たのって聞いたら、“ちょいとはぐれちまってな”って」

「わぁ、コロマルさんあったまいい! すごいね!」

 

 見た目の愛らしさに反して、やけに江戸っ子な口調の犬だなと高校生達は心の中で突っ込む。

 実際に口に出して突っ込めば多分負けなので、犬の言葉を理解する人間よりも、人間の言葉を理解できる犬に感心している小学生を眺めつつ宇津木たちが待っていると、人混みをかき分けるように金髪碧眼の女性が走ってきた。

 

「八雲さん!」

 

 走ってきた女性であるアイギスは、羽入に抱っこされている八雲を見て安堵の息を吐く。

 さらに、彼女に続いて普段湊と一緒にいる女性陣も集まってきて、羽入と違ってアイギスと初対面な者たちは本当に知り合いだったのだなと改めて理解した。

 

「もうっ、本当にご無事で良かったです。羽入さん、ありがとうございます」

「全然いいよぉ。ほら、湊君。アイちゃんが来てくれたよぉ」

 

 八雲を保護してくれていた羽入に深々と頭を下げると、羽入は気にしなくて良いと笑顔のまま八雲をアイギスに手渡した。

 無事に戻ってきた八雲を抱っこするなり、アイギスはその存在を確かめるように強く抱きしめ、大きな綿菓子の袋を持ったまま八雲は不思議そうにキョトンとしている。

 そんな感動の再会を果たしている傍では、ちゃんと子どもを見てくれていた忠犬をチドリたちが労っており、どうやらはぐれた子どもをコロマルが追って見つけてくれていたのだと他の者たちは察した。

 そして、アイギスの腕から一緒にいた英恵の手に八雲が渡れば、話しかけるならば今しかないと、雪広がチドリにその幼子は一体誰ですかと尋ねた。

 

「あのぉ、吉野さん? その愛らしいお子様は、羽入さんの言う通り、本当に皇子なのですか?」

「この子は八雲。湊と血の繋がりはあるけど、湊の兄弟でも子どもでもないわ」

「なるほど、ご親戚という訳ですね。ですが、幼くとも纏う気品たるや天界の御使いの如し。さすがは皇子の御血族です。夏の夜空の下でも輝いておりますわ」

 

 この時、相手も八雲の保護に一役買ってくれていたという事で、雪広の質問にチドリは一切の嘘なく答えていた。

 本人なのだから当然血の繋がりは存在するし、兄弟や子どもという事もあり得ない。もっと言えば、一言も本人ではないとも言っていない。

 ただ、その辺りのことは脳内補完したらしく、勝手に親戚だと勘違いしてくれた雪広は、やはり湊の親戚は幼くともオーラが違うと眩しそうに見つめていた。

 

***

 

 羽入達の協力もあり、女性陣は無事に八雲との合流を果たした。

 彼女たちはそのまま参拝所に向かい、遅れてやってきた男子達と合流してから参拝し、色々と屋台を回りつつ食糧を確保すると神社の近くにある山にやって来ていた。

 現在の時刻は八時少し前、あともう少しで花火が上がるので、穴場の展望スポットまで移動してきたのだ。

 今回も組員達の屋台で色々とサービスして貰え、おかげでそれぞれがお腹いっぱいになるほどの食べ物が用意されている。

 コロマルもシロップ抜きのかき氷を貰っており、食べやすいようフランクフルト用の平たい容器に貰って、今はそれを嬉しそうに尻尾を振りながら食べていた。

 それを見ていた順平は、やけにがっついているなと感じて、犬にとっては今の気温は暑く感じるのだろうかと首を捻った。

 

「やっぱり、毛皮着てるとオレらよりも暑く感じるんかね」

「まぁ、犬って全身に汗腺がある訳じゃないらしいしね。体温調節のために水とか氷を摂取できるようにしてあげないといけないらしいよ」

 

 順平の言葉に返しつつゆかりは可愛らしいサイズのリンゴ飴を囓る。

 まだ中に到達していないようでチビチビと食べているが、彼女は既にお好み焼きを食べているので、今は食後のデザートタイムなのだろう。

 そんなすぐ傍で話していた二人の会話を聞いていたアイギスは、犬と人間の身体機能の違いに僅かな興味を抱き、ラムネを飲みつつ実際に犬を飼っている姉にコロマルの飼育で気をつけている点を尋ねた。

 

「姉さんは普段どのようにしているのですか?」

「うちはバルコニーに水道の蛇口があるんよ。コロマルさんが好きなときに使えるようにって、スイッチ式やから大丈夫やで」

 

 ペット可であるマンションに住んでいるラビリスだが、コロマルの寝床はバルコニーに設置されている。

 雨の日や冬の間は家の中に入れていたりもするが、冷暖房で人間にとって快適な温度で一定に保たれている室内よりも、風もある屋外の方がコロマルも過ごしやすいだろうという判断だ。

 彼の小屋はレールに乗せた可動式なので、日向か日陰かはコロマルの判断で変えられる。

 さらに水も自由に飲めるようスイッチ式にしており、それらの使い方はちゃんと教えているので、夏場の屋外であろうとコロマルは快適に過ごせていた。

 ちゃんと相手の事を考えて快適な環境を用意している姉を尊敬しつつ、アイギスは道具の使い方を覚えて実行できるコロマルもすごいと思いながら、桜にタコ焼きを食べさせて貰っている八雲の様子を見に移動する。

 

「八雲さん、タコ焼きは美味しいですか?」

「うー」

 

 買ってから少し時間が経っているので、まだ温かくはあるが火傷するほどではない。

 それをさらに桜は半分サイズにしてから食べさせており、すぐにパクパク食べられて八雲の方も夢中になって頬張っている。

 食べさせている桜も、与えれば与えるだけ食べる八雲に苦笑しているが、食べるペースが早いという事は気に入ったという事なのだろう。

 八雲が沢山食べている姿が好きなアイギスは、相手が小さくなっている事もあり自然とお姉さんっぽさを出しながら良い食べっぷりだと笑う。

 

「沢山食べてすくすく育つと良いですね」

「……赤ん坊にしては食べ過ぎだし、元に戻った方が早いわよ」

 

 アイギスは今の八雲の状態でも良いと考えているようだが、チドリとしては可愛い事と今のままでも良いというのは別問題らしく、好きなだけ食べさせている桜たちを窘めつつ、彼には元の姿に戻って欲しいと話す。

 子どもになってからの彼の食事を見ていると、下手をすれば男子達と同じくらい食べているのではないかという時がある。

 先日食べた“よくばりお子様プレート”は、大人でも満足できるだけの量があった。

 八雲はそれを桜と英恵に食べさせて貰いながら完食し、さらには注文時に瞳を輝かせていた特大パフェまで注文してしっかりと食べきった。

 このときに他の者たちは昔から大食いだったのかと理解した訳だが、そんな彼のオムツ事情はというと実は一日に一枚しか消費していなかったりする。

 というのも、何度保護者たちがオムツを外して確認してみても、彼は一切の排泄行動をしていないのだ。

 子どもにはお通じが悪い子もいるので、もしやと医者に診せてもみたが、別に彼の下腹はぽっこりともなっていなかった。

 では、食べた物はどこに消えているのだろうかという謎が発生し、彼の身体の状態について何か分かることがないかを自我持ちのペルソナに尋ねれば、単純に消化しきっているだけだろうとの答えが返ってきた。

 これは一緒に生活していたチドリやラビリスも意識したことのなかった事だが、湊は基本的にトイレに行かない。

 都合の悪い話になったときにエスケープするために行くことはあるが、基本的に用を足しに行ったりはしないのだ。

 その理由が、名切りは食べた物をほとんどロスなく消化して吸収できるからというもので、食べれば食べた分だけエネルギーとして身体に蓄えられるのだ。

 だからこそ、一度は血に目覚めた現在の八雲も、同じように食べた物をしっかりと消化してエネルギーに変換しているのだろうという話だった。

 

「ほら、八雲君。もうすぐで花火があがるからねー」

「うー?」

「お空に大きなお花が咲くのよ。ヒュー……バーンって」

 

 八雲がタコ焼きを一パック食べ終わると、桜は彼の口の周りをウェットシートで拭いて綺麗にしてやる。

 沢山食べてお腹も満たされ、顔を拭いて貰いスッキリした八雲は笑顔になる。

 桜の説明を聞くとはしゃいだ様子で空を見上げ、他の者たちも同じように眺めていれば、遠くで甲高い音が鳴り、夏の夜空に鮮やかな大輪の花が咲いた。

 

「……すごい」

 

 赤、白、青、オレンジ、緑と様々な色を組み合わせた花火が次々とあがってゆく。

 初めて花火を見たアイギスは、知識としてはそれらが金属を燃やすことで起きる化学反応だと理解している。

 しかし、実際にそれを見て体験してみると、感動のあまり上手く言葉が出なくなり、こんな時間を大切な人たちと一緒に過ごせている事を思うと胸がいっぱいになった。

 

「花火、綺麗やね」

「はい、とても」

 

 アイギスが感動して何も言えなくなっていると、隣にいたラビリスがアイギスの手を握って笑いかけてきた。

 きっと彼女も初めて見たときは同じ気持ちになったのだろう。

 繋がれた手からそれが伝わってきたアイギスも笑顔で返し、静かに夜空を彩る花火を眺める。

 ロボットのままだったなら同じように感じたのだろうか。人になったからこそ味わえている感動ではないのか。

 そんな事を小さく思わなくもなかったが、知らないことに触れる感動に違いなどないはず。

 姉がいて、仲間がいて、そして大切な人が一緒にいて思い出を作っている。

 ならば、きっとロボットのままでも同じように心が温かくなったに違いない。

 自分がロボットだったときからよくしてくれた優しい者たちと一緒にいられる幸福、それにアイギスは強く感謝した。

 

「来年もまた皆さんと一緒に見られるといいですね」

「そやね。影時間とかもなくなって、何にも気にせず遊べるとええね」

 

 先日はストレガの妨害にあったせいで、目的に辿り着けずアルカナシャドウと戦う事が出来なかったが、それでも残りの数が変わる訳ではない。

 遅くとも今年中には全てのアルカナシャドウを倒し、そのまま影時間が終わることになるだろう。

 影時間がなくなれば、ここにいる者たちも年相応にはしゃぎ回って、馬鹿騒ぎだって出来るようになるに違いない。

 なら、そのためにも頑張らなければと真田は瞳の奥で闘志を燃やしながら、残りのアルカナシャドウを倒すぞとやる気を見せる。

 

「なら、俺たちはもうひと頑張りしないといけないな」

「ああ、無事に影時間が終わっても、我々三年生には受験も控えているしな」

『……そうだな』

 

 せっかく真田がこれからのアルカナシャドウとの戦いにやる気を見せたというのに、美鶴の一言で一気に現実に戻されてしまう。

 ずっと休学していたせいで大量の課題を出されている荒垣もそれは同様で、祭りに来てまで進路について悩むとは思ってもみなかった。

 予想外のフレンドリーファイヤを受けた三年生男子二人が沈んでいれば、三年生の会話を聞いていた順平が、自分たちにとってもそう他人事ではないとショックを受ける。

 

「うわー、そう考えるとオレたちも半年後には三年かぁ。シャドウと戦ったりもしてるからか、今年はなんかあっという間に過ぎていくなぁ」

「無駄に日々を過ごすよりは良いでしょ。そんだけ濃い一年って事だし」

 

 ゆかりに言われて順平はそうだけどさと納得しきれない顔をする。

 ただ、順平にはそう言ったがゆかり自身も今年は本当に濃い年だと思っていた。

 影時間に関わり、父の死の真相も見えてきて、今は父のしてしまったことの後始末は自分が着けると頑張っている。

 父の死の真相を知るため、どうやってか桐条グループに潜入する方法はないかと考えていた去年とはえらい違いだ。

 

「確かにそうですね。僕なんかは去年ならこうやって大勢でお祭りに行くこともなかったですし」

「へへっ、なら今年は去年よりもいい年という事ですな!」

 

 夏休み前からの参加ではあるが、ゆかりが濃い一年だと感じているように、天田も去年の自分と比べると今年はすごい差だと苦笑した。

 母親以外の人間とお祭りに来るなど初めてで、こうやって誰かと花火を見るなんて去年は考えもしなかった。

 それが、仲間が出来て一緒にいるようになり、こうやってお祭りを満喫してから花火まで一緒に見ている。

 去年よりもいい年という事だろうという七歌の発言はまさにその通りで、普段は変に大人ぶっている天田もそれには素直に頷いて答えた。

 

「シャドウとの戦いは怖いけど、皆と深く関わることが出来たって意味では良かったのかも」

「そうですね。それがなければきっと私はこうやってここにいないと思います」

「くーん」

 

 自分の居場所を見つける事が出来た風花。

 もし影時間がなければ湊が助けに来ることもなかったであろう美紀。

 影時間がなければ元の飼い主を失うこともなかったが、同時に湊という恩人やよくしてくれるラビリスとの出会いもなかったコロマル。

 彼女たちは影時間のせいで生まれた不幸を知っているが、反対に影時間のおかげで縁が結ばれたことも理解している。

 故に、既に事が起きている以上、あまり悪い点にばかり目を向けていてはダメだと気持ちを切り替え、自分たちもそろそろ再スタートを切ろうと七歌が宣言した。

 

「今日で一区切りつけよう。明日から、またタルタロスにも行って上を目指す。次の満月は二ヶ所に分かれなきゃいけないだろうし、このまま八雲君が戻らない事も視野に入れて、全員もっと強くなろう」

 

 湊はまだ戻ることが出来ない。けれど、彼が八雲に戻ってしまうまでにシャドウを倒してくれていたおかげで、病院で入院していた無気力症患者の約半数は回復する事が出来た。

 一人でそれだけの戦果を挙げてくれた以上、後は自分たちが引き継いで彼が守ろうとした人々を守るだけだ。

 本人は一刻も早く元の身体に戻りたいと思っているかもしれない。

 だが、影時間のことなど何も知らず、桜に抱っこされ花火を見てただ楽しそうにしている彼をみると、どうか少しでも彼の平和な時間が続きますようにと願わずにはいられなかった。

 故に、七歌の言葉に仲間たちは頷いて返す。臨時メンバーであるチドリたちも一緒に頷き、明日の影時間には一緒にタルタロスへ向かうことが決まった。

 

 


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