【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百五十三話 怪物

影時間――海浜公園

 

 祭りがあった日の影時間、七歌たちは武器を手に持って走っていた。

 

「もうっ、明日からって言ったのに!」

 

 せっかく今日は楽しい気分のまま終われるはずだったのに、影時間に入るとアルカナシャドウを超える大きなシャドウ反応が観測された。

 あまりに大きな反応であったため、念のために風花にも探って貰えば、機器の故障ではなく港区とポートアイランドの中間ほどの位置、つまりは海上に何かがいるとの事だった。

 それほど大きな反応があったなら現場に行かない訳にはいかず、風花に頼んで湊のマンションに泊まっているチドリとラビリスを呼び、彼女たちにVIP区画にいるコロマルを連れてきて貰った。

 無事に全員が合流し、海上にいるのならポートアイランドに渡る必要はないだろうと、海沿いの道を走りながら左を見れば、遠く離れた場所からでも肉眼で確認出来る何かが確かに海に浮かんでいる。

 

「おい、流石にデカすぎるだろう!」

 

 もしも、遠目に見える巨大な物体がシャドウであるならば、今まで倒してきたアルカナシャドウなど小さいくらいだと真田が声をあげる。

 本土と人工島の中間地点である海上にいるため対象までは距離があるものの、小さく見積もっても学校の体育館より大きい。

 水中にある部分は見えないので不明だが、海上に見えている部分は饅頭のような楕円のドーム型をしており、その直径は下手をすれば五十メートルにも達しているのではと思われた。

 

「つか、今日はやたら棺桶見ますね」

「祭りがあったからだろう。この時間でも帰っていない者が大勢いるんだ」

 

 今日は祭りがあったからか零時頃でも象徴化した人間が多数いた。

 それらの横を通り過ぎながら順平が言えば、美鶴が褒められた事ではないが祭りで浮かれる気分は分かると答えた。

 けれど、規格外の大型シャドウがいるせいで、こんなに沢山の人がいると戦闘に巻き込まれる者が出るかもしれないと不安になる。

 一応、象徴化した状態で地面に倒されても、象徴化が解けたときに地面とぶつかった痛みが残る事はないと分かっている。

 攻撃を受けて吹き飛んでも象徴化が解けないことも分かってはいるが、もしも、象徴化の耐久限界を超えた攻撃を受けるとどうなるかは分かっていない。

 象徴化が解けるだけで済むのか、それとも象徴化が解けた上で本人の肉体にもダメージが伝わってしまうのか。

 流石にその辺りは恐ろしくてラボの方でも調べられていないが、一般人の攻撃がシャドウに通じないように、シャドウの攻撃が象徴化した人間には効かないと願うしかない。

 そんな事を考えながら七歌たちが走っていれば、海浜公園の端、陸地からでは最も敵に近い地点に複数の人影が見えて七歌が声をかけた。

 

「こっちに来てたんだね。八雲君は放置してて良いの?」

《目を覚ましたところで戦えぬさ。それに英恵と桜が指輪を付けて見てくれている。心配は無用だ》

 

 七歌たちよりも先に来て待っていたのは、湊の持つ自我持ちのペルソナたちであった。

 彼女たちは海に浮かぶ敵を見ながらただ立っていたが、人数を数えてみれば、なんと自我持ちたちは全員が来ているようで、湊の警護を考えると逆に心配になってくる。

 そんな七歌の考えを読んだのか、茨木童子はちゃんと保護者二人が簡易補整器の指輪を付けてみてくれていると言った。

 今の八雲はペルソナ能力を使えるのかは分からないが、適性はあるようで一度も象徴化していない。

 となれば、自我持ちたちがいつ消えてしまうか不明であるため、英恵たちは影時間でもちゃんと八雲を見ておけるよう用意していた訳だ。

 そんな風に、主を残して七歌たちよりも先にやって来ていた自我持ちたちに、美鶴は相手の正体が分かるのなら教えて欲しいと頼む。

 

「あの巨大な物体はシャドウでいいのか?」

《はい。ですが、普通のシャドウではありませぬ》

 

 近付いたことで海上に出ている部分に限られるが敵の姿がよく見える。

 それはまるで人の脳みそのような姿形をしており、血色の悪い黒ずんだ紫色をしていることも相まって余計にグロテスクに見える。

 シャドウの証である仮面がどこにあるのかも分からず、本当にシャドウであるならばこれではアルカナも分からない。

 そんな異形の敵の正体が分からぬ美鶴の質問に赫夜が答えれば、どう普通ではないかを見せるためにバアル・ペオル姿の鈴鹿御前が万能属性の光線を放った。

 影時間を照らすほどの光に七歌たちは思わず目を細め、しかし、真っ直ぐ敵まで伸びた攻撃の結果をじっと見続ける。

 すると、攻撃が敵の体表に触れた瞬間に余波で水柱があがり、水飛沫が光線の熱で蒸発して水蒸気が発生する。

 おかげで視界は少し悪くなってしまったけれど、攻撃の勢いが治まってくればどうにか見ることが出来た。

 血色が悪くなった人の肌のような黒ずんだ紫色の体表が黒く焦げ、一部が完全に燃え尽きて消滅しているように見える。

 身体は確かに大きいけれど、攻撃を放ったときもとくに動きを見せていなかったため、もしかすると相手は大きいだけで鈍いのかもしれない。これならば遠くからチマチマと削っていけば時間がかかっても倒せるかもしれない。

 そう思って僅かに気を弛めたメンバーたちの視線の先で、シャドウに信じられない変化が起こった。

 

「なっ、再生してるってのか!?」

 

 驚きの声をあげた荒垣は信じられないという表情で固まる。

 先ほど鈴鹿御前の一撃を受けたことで黒く炭化していたはずの身体が、急にボコボコと膨れあがって元通りになってゆく。

 欠損した部位の範囲を考えれば、敵の再生能力は明らかに湊をも超えていると言えるだろう。

 ただでさえ馬鹿げた巨体であるというのに、さらに驚異的な再生能力を有しているなど質が悪い。これは厄介な相手だなとメンバーらが苦い表情をしていると天田が口を開いた。

 

「全員でペルソナを呼び出して、そのまま接近させて近距離で一斉攻撃したら良いんじゃないですか?」

《まぁ、普通はそう考えるだろうな。しかし、あのデカブツは厄介な事に魔法スキルに耐性を持っている。普通に通るのは万能属性くらいだ》

「そ、そんなのどうやって倒せっていうんですか!」

 

 天田の叫びが影時間の空に響く。

 まぁ、思わず叫んだ彼の気持ちも分かる。万能属性は一部のペルソナしか使えぬ上位魔法とも言えるものであり、威力が高い分敵の耐性をほぼ無視できるが、代わりに他の魔法よりもエネルギーを多く消費する。

 この場でそのスキルが使えるのは七歌と自我持ちたちくらいだが、七歌に万能属性スキルを連発しまくるほどのエネルギーはなく、自我持ちたちは自分たちがいつ湊の中に戻るのか分からないので下手に力を消費できない。

 となると、残るは耐性とは関係ない物理攻撃でも仕掛けるしかなくなってくるが、試しにアイギスが対物ライフルを取り出して撃ってみると、着弾地点の肉が吹き飛んだものの、やはりすぐに再生して効果は薄かった。

 敵の再生能力が湊と同じようにエネルギー依存であるならば、エネルギーが切れるまで攻撃して肉を削ぎ続ける事も一つの手段だが、体長五十メートルを超える巨大脳みそ型シャドウのエネルギー量など底が知れない。

 かといって、集合に時間がかかったせいで影時間も残り少ないので、試せることから試してみようと風花が一つ提案した。

 

「あの、敵の傷口を氷結属性で凍らせてみてはどうですか?」

「ふむ、炭化していた部位が再生した以上、凍らせても効果があるとは考えづらいが、可能性のあることから試していくしかないか」

 

 風花の提案した作戦を試すことに決め、メンバーで氷結属性が使える美鶴と七歌がペンテシレアとロキを召喚する。

 自我持ちたちは赫夜比売、鈴鹿御前、座敷童子、アリスが氷結を担当し、茨木童子が万能属性を使うことに決め、それぞれが空へと飛び上がってシャドウを目指す。

 対象までの距離は七百から八百メートルほどだろう。全速力で飛べばすぐに到達でき、残り百メートルほどで先頭を行く茨木童子が攻撃を放とうとしたとき、敵シャドウに変化が現われた。

 

「美鶴さん、ペルソナを下げて!」

 

 変化にいち早く気付いた七歌が指示を飛ばせば、美鶴はすぐにペンテシレアを後退させる。

 すると、敵シャドウは傷を負ってもいないのに体表面をボコボコと膨れあがらせ、そこから大型トラックのタイヤの直径ほどもある太い触手をいくつも生やした。

 生やした触手は乱暴に振るわれ、ペンテシレアやロキが向かおうとしていた進路上を通過して海面を強く叩いている。

 茨木童子たちも変化に気付いて待避しており、少し離れた場所から触手に向かってスキルを放つ。

 攻撃を喰らった触手は簡単に千切れ飛ぶものの、本体同様の再生能力を有しているようで、千切れた傷口からすぐに生えてきて元通りになってしまう。

 ならばと赫夜たちが千切れた部位をすぐに凍らせてみるが、僅かに再生に時間がかかるようにはなったが、最後には氷が砕けて再び生えてしまっていた。

 これでは再生までの時間稼ぎすら難しい。そう判断して七歌と美鶴はペルソナを消し、敵に接近していた茨木童子たちも作戦の練り直しだと戻ってくる。

 

《ふむ、これは随分と難儀だぞ》

「……八雲さんの魔眼はどうでしょう? あれなら再生できなくなると思いますが」

 

 想像以上に厄介な敵に茨木童子が考え込めば、アイギスが八雲の“直死の魔眼”ならば敵の再生を封じた上で攻撃できるではと進言する。

 確かに、直死の魔眼で死の線を切られれば、その傷口は一生治らないし術などを使おうと回復もしない。

 傷口を塞ぐには傷口を焼いてくっつけるなどの荒技が必要であり、すぐに再生してしまう今回の敵にはまさに打って付けだ。

 けれど、彼の反則級の能力を何度も傍で見てきたチドリは、魔眼は確かに凶悪な能力をしているが相性が存在しそこまで万能ではないと返す。

 

「無理よ。アナライズして分かったけど、あのシャドウは普通のシャドウじゃない。複数のシャドウが集まって出来た群体のシャドウなの。八雲の魔眼は個に対しては有効だけど、群体だと数の分だけ攻撃する必要があるから難しいわ」

 

 一度に殺せるのは一つまで。続けて切ったり刺したりすれば連続でも殺せるし、自動蘇生が使えるなど複数の命を持っていたとしても一発で殺すことは出来るが、相手が群体ならば個別の命を持っているので死の点を突こうが一撃では殺せない。

 そも、直死は直接切ったり突いたりする必要があるので、百本以上の触手で接近を拒んでいる第二形態ともいえる状態に移行した敵が相手だと非常に面倒であった。

 その説明を受けたアイギスは残念そうにしながら再びライフルを構え、何もしないよりはマシだと敵の触手を撃ってゆく。

 

「しょうがない。徒労に終わる覚悟で消耗戦で行くよ」

『ペルソナッ!!』

 

 他の者たちも有効な作戦が思い浮かばないのなら、地道に削って相手のエネルギー切れを狙うしかないとペルソナを呼び出した。

 自我持ちたちと違って特別課外活動部のメンバーらは単独で触手を破壊出来ないため、二人から三人一組単位で触手を破壊する。

 ゆかりのイオが風の斬撃で切れ目をいれると、すかさず順平のヘルメスが同一ヶ所に斬撃を放って切り落とした。

 また、真田のポリデュークスが電撃で触手を焼くと、荒垣のカストールが切りつけ、さらに天田のネメシスが丸鋸のような刃で切断してからすぐに離脱する。

 そうやって七歌たちが一部の触手を相手にしている間、自我持ちたちも相手が耐性を持っていようと気にせず己の得意な術を放ちぶつけていく。

 風の刃で数本の触手を切り落とし、続けてサポートが切断面ごと相手の体表を凍らせて動きを鈍らせる。

 相手の動きが鈍れば氷ごと敵の身体を砕かんと一撃を見舞うが、何分大きさがあるので全体の数パーセント程度しか砕くことが出来ない。

 切った先から再生し、砕いても再び元通りになってゆく。

 サポートで普段から長時間ペルソナを出している風花と異なり、他の者たちはペルソナを長時間維持して戦わせる経験などほぼない。

 自分たちの攻撃の効果がまるで感じられず、ただただ自分たちだけが消耗していく事に全員の表情が曇ってゆく。

 

「皆、頑張って! ここが踏ん張りどころだよ!」

 

 しかし、そんな疲れてきた仲間たちに七歌が気合いを入れろと声をかけた。

 身体は動かしていないというのに汗を滲ませ、まだ敵の限界はこないのかと焦りを覚え始める。

 敵の本体を自我持ちたちが叩いてくれているが、まだか、まだなのかと、残っている力をかき集めてペルソナを十五分以上維持し続けた。

 そして、敵よりも先に仲間たちが限界を迎えようとしていたとき、戦況を見ていた風花が残念そうに口を開いた。

 

「……もうすぐ影時間が明けます。今回は残念ですが、また対策を練って対処しましょう」

「了解。皆、お疲れ様。今回は撤退しよう」

 

 大人と子どもで体力が違うように、身体が大きいほどスタミナを蓄えることが出来るとは言うが、桁外れの巨体を持つ今回の敵は七歌たちの想像を超えてタフ過ぎた。

 全力を出すことが出来ない状態とはいえ、湊のペルソナたちが力を貸してくれたというのに、七歌たちが攻撃をやめれば敵は元通りに戻っている。

 シャドウに体力回復する術があるのかは分からないが、今回与えたダメージが次の影時間にも持ち越されることを祈り、七歌たちが荷物をまとめて帰投しようとしたとき、港区の空が緑色から日常の色に戻った。

 だが、

 

「…………は?」

 

 敵がいた場所を見つめていた順平が思わず間抜けな声をあげる。

 既に影時間は終わっており、夏休みを過ごす者たちの象徴化も解けてしまっている。

 だからこそ、武器を持っている七歌たちはすぐにでも帰らなければならないのだが、自分たちの武器を擬装用のギターケースなどに仕舞い込もうと思っていたのに、海上にいてはならぬ存在の姿があって順平は叫んでいた。

 

「おい、影時間が明けたってのにあいつ消えてねーぞ!?」

 

 順平に言われて他の者たちも敵がいた場所をみれば、確かに巨大シャドウは影時間と同じ姿のままそこに存在していた。

 複数の触手で海面を叩く度に水柱があがっているせいで、周囲の注目を集めることになり海浜公園にいた者たちも海側の柵のところに集まってくる。

 

「なあ、あれ何だろ?」

「でけー、クジラじゃね?」

 

 時間は既に零時を過ぎているが、月明かりとムーンライトブリッジや海浜公園の明かりによって海に巨大な何かがいることは分かる。

 シャドウは今も触手で海面を叩いているため、一体何だろうかと野次馬が続々と集まっており、このままでは収集がつかなくなるぞと真田が叫んだ。

 

「おい、美鶴! 流石にこれはまずいぞ!」

「分かっている! だが、シャドウが何故現実世界でも実体を維持できているんだ!?」

 

 そも、どうして影時間が終わってもシャドウが残っているのかが分からない。

 普通のシャドウは影時間が終われば、例え目の前にいたとしても消えてしまう。

 だからこそ、巨大シャドウが今も海上にいる理由が分からず、美鶴は相手が朝までいるとすれば情報規制も不可能だと頭を抱えた。

 予想外の事態に弱い美鶴が悩んでいる間も野次馬は増え、海浜公園だけでこれではポートアイランド側でも大勢が見ていると思われる。

 敵を倒すだけの戦力はなく、情報規制も不可能に近い。これではシャドウの存在が世間にばれるのも時間の問題だ。

 その場にいる者たちが何か手はないかと考えていると、ジッと敵の方を見ていた荒垣が口を開いた。

 

「吉野、お前あいつは群体のシャドウって言ってたよな? てことは、何体かのシャドウが合体してるってことか?」

「詳しい事は分からない。ただ、そういう存在の可能性は十分考えられる」

「んじゃ、もしかすっと桐条グループの訓練用のやつが混ざった可能性もあるってことか」

 

 荒垣の言葉を聞いた美鶴はハッとした顔をする。

 確かに桐条グループには訓練用に調整したシャドウがおり、そのシャドウたちは自分の体表面に影時間の性質を持ったフィールドを展開することで影時間外でも存在を維持できていた。

 海上にいる巨大シャドウが複数のシャドウが寄り集まった存在ならば、逃げた訓練用シャドウが混じってフィールド展開能力を持った可能性は考えられる。

 まぁ、実際にそうだったならば、美鶴は何故訓練用シャドウが逃げたことを隠していたんだとラボの人間を問い詰めるところだが、今はそんな話をしている場合ではないだろうと焦った様子の順平が声をあげた。

 

「皆して冷静に言ってる場合かよ! マジやべーって、このままじゃニュースに取り上げられちまうぞ。神様、仏様、誰でも良いからどうにかしてくれよ! 影時間カムバーック!!」

 

 人間は焦っているときに自分以上に焦っている人間を見ると落ち着きやすい。

 この場にいる者たちも、顔の前で合せた両手を擦って祈っている順平を見て、ここまで来るといっそ哀れだなと急激に冷静さを取り戻した。

 だが、神に祈りたくなる気持ちも分からないでもないので、せめてシャドウを隠すことだけでも出来ないだろうかと全員が策を考えていたとき、ペルソナを召喚していなくても限定的に能力を使える風花が異変に気付いた。

 

「っ……何これ? 何かの力が急激に拡大しています!」

 

 ルキアを使っていないので詳細は分からない。

 ただ、遠くから何か得体の知れない力が広がってきている事は分かる。

 他の者たちは風花につられて彼女の見ている方角を見るが、一体何が来るんだと身構える暇もなく風花が来ますと告げた。

 

「ダメです、ここも飲み込まれます!」

 

 直後、メンバーたちは確かに何かの力が自分たちを覆ったことを理解する。

 けれど、それが何であるかを調べようとしたとき、先ほどまで騒いでいた野次馬の声が止んでいることに気付いた。

 一体どうしたのかとそちらを見れば、柵に寄りかかっている棺桶のオブジェがいくつも並んでいる。

 その周囲には血のような赤い水溜まりがあり、さらに空は不気味な緑色になっている。

 極めつけはポートアイランドに自分たちのよく知る異形の塔が出現していたことで、美鶴や他の者は自分たちを覆った力の効果を理解した。

 

「これは、影時間だと? 馬鹿な、既に零時は過ぎている」

「だが、おかげで時間稼ぎにはなるぞ」

 

 そう、理由は分からないが美鶴たちは零時を過ぎた状態で再び影時間に入っていた。

 順平の祈りが通じたのかとも考えたが、彼の祈りにそんな力がないことは分かっているため、おかげで助かったと思いつつ特別課外活動部の者たちは首を傾げる。

 すると、自分たちを覆った力が来た方角を見つめながら、茨木童子が悲しそうな表情を浮かべて小さく溢した。

 

《……戦いに呼ばれ、目覚めたのか》

 

 その声が聞こえた者たちは、何か知っているのかと彼女に尋ねようとする。

 だが、見ればチドリやラビリスも憂いを帯びた表情をしていたことで、七歌たちもこの現象を引き起こした存在が誰であるかを察した。

 直後、影時間に轟音が響く。そちらを見ればムーンライトブリッジの下を複数の極光が通り、そのまま巨大シャドウへと叩き込まれる。

 着弾した余波で海上に爆発が巻き起こり、腹の底に響く音を聞きながら七歌たちが視線を向ければ、青い天使を背後に控えさせあの日と同じボロボロの姿で飛んでいる湊がいた。

 鈴鹿御前たちの攻撃を遙かに超える威力、それらを連発して叩き込み続けることが可能な適性値も驚異的だが、彼がペルソナを使って本気で戦う姿を初めて見た者は、どうして飛んでいるのかと驚き疑問を感じる。

 

「ねぇ、なんで八雲君は飛べるの?」

《同調率の問題じゃ。八雲は貴様らよりペルソナと深く結び付いておる。つまり、ペルソナの力をより引き出せるのじゃ》

「んじゃ、私たちも強く結び付けるようになれば飛べるの?」

《ああ。じゃが、深く結び付けば己とペルソナの境界が曖昧になり、ペルソナの受けたダメージをより強く受けることになる。まぁ、一長一短じゃな》

 

 鈴鹿御前の言う通り、ペルソナとの同調率を上げることが出来れば、飛行能力を得たりスキルの威力が上がったりと良いことが沢山ある。しかし、代わりにフィードバックダメージが増えて、敵の攻撃に一層気を配らなければならなくなる。

 海上では前後左右に上下からと自分に襲いかかってくる触手を躱し続け、それと並行してスキルを叩き込んでいる湊がおり、あんな芸当は不可能だと思った者たちが素直に諦めれば、今まで触手で攻撃するしかなかったシャドウに変化が起こっていた。

 

「シャドウが光ってる……」

 

 七歌たちが戦闘を見ていれば、触手で湊に攻撃している間に脳みそに似た形状の本体が赤く発光し始める。

 一体何をする気だと思っていれば、輝きは目が眩むほどに高まり、最高潮に達したときシャドウの身体から無数の光線が放たれた。

 遠くから見ていた順平たちは、シャドウの体表から無数の光線が出ていることでまるでウニのようだと暢気に思っていたが、傍で戦っていた者にとっては逃げ場のない広範囲攻撃である。

 すぐに気を取り直して、あんな攻撃手段を持っていたのかと素直に驚いてみせる。

 

「おいおいおい、オレたちのときはあんな攻撃してこなかったぞ!?」

《それだけ八雲を脅威と判断したのか、もしくは蓄積したダメージで成長したのやもしれんな》

 

 順平の言葉に茨木童子が返していれば、他の者たちの視線の先では天使の翼で身体を覆ってガードしている青年がいた。

 敵の攻撃は徐々に範囲を絞って湊に集中しており、青年側も空中にいるせいで踏ん張りが効かずガードごと押されている。

 だが、なんとか攻撃には耐えられていると、シャドウは今まで振り回していた触手の先端からも同じ光線を放ち、背後や横からアザゼルに攻撃を仕掛けた。

 いくらタフなペルソナと言えど、その防御には限界が存在する。正面からの高火力を防いでいる隙を突かれ、背中や脇腹に被弾したアザゼルは正面に対するガードにも綻びが発生してしまう。

 怒濤のように押し寄せていた敵の攻撃はその綻びから徐々に浸食し、ついにはアザゼルのガードをこじ開けて青年に直撃する。

 触れた途端に光線は爆発し、その威力でアザゼルが消えた湊は空中で吹き飛ばされた。

 このままではまずいと新たなペルソナを呼ぼうとするも、吹き飛ばされ落下を始めていた青年に敵は触手を振り下ろし、触手は彼を表面に押さえつけたまま海面を強く叩いた。

 

「八雲さんっ」

 

 見ていたアイギスは柵から身体を乗り出すようにして青年の名を叫ぶ。

 身動きが取れない状態で触手と海面の間に挟まれたのだ。大型トラック同士の衝突より強い力が掛かった事は確実なので、生きていようと全身の骨が砕け散り、内臓も全て破裂している事だろう。

 シャドウは湊を海面に叩き付けた後も触手を海に向かって振り下ろしており、シャドウ周辺の海は波がかなり荒れている。

 瀕死の状態であんな波に揉まれては助かりようがない。今すぐに彼の許へ行かねばとアイギスが飛び込もうとすれば、今行くのは自殺行為だとゆかりや七歌が後ろから掴んで止める。

 

「アイギス、ちょっと待って!」

「行けば有里君を見つける前に貴女が死んじゃうって!」

「いいから離してください! 八雲さんが、八雲さんがっ!」

 

 自分の命などどうでもいい。今は彼を見つけて助ける方が重要だとアイギスは止める二人の拘束を解こうとする。

 けれど、そうはいかない二人は全力でアイギスにしがみつき、飛び出そうとしている少女を必死に抑えていると、ルキアを呼び出して反応を探っていた風花が見つけたと声をあげた。

 

「海中から強力な反応を確認! すごい、どんどん反応が大きくなってる」

 

 今、海中にいる者など彼以外にはあり得ない。反応が大きくなっているとすれば、それは即ち反撃のためだろう。

 この場に置いて巨大シャドウを屠れる可能性を持つのは湊だけ、故に、どうか頑張って欲しいと他の者たちが祈っていれば、突然、赤と黒の力の奔流が海から噴き上がった。

 轟々と燃える炎の様に奔流は天まで昇る。巨大シャドウの高さを超え、本土と人工島を結ぶムーンライトブリッジよりも高く昇っている。

 そして、どこまで昇ってゆくのかと思われた力の奔流が弾けるように消えると、巨大シャドウより尚巨大な存在が現われた。

 

《グオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――ッ!!》

 

 その咆吼に大気が震え、大地が揺れる。

 黒い肌に、関節や胴体を群青の色の鎧のような外殻で覆い、鮫を思わせるような鋭い牙と黄色の目をした頭部が空に向かって咆吼していた。

 柵に掴まって見ていた七歌たちも思わず吹き飛ばされそうになり、必死に柵に掴まりながら現われた巨人を見た順平と天田は、どちらもデカすぎるだろうと突っ込まずにはいられなかった。

 

「嘘だろっ、これが有里の適性値なのかよ!?」

「これじゃあ怪獣大戦ですよ!」

 

 巨人、正確に言えば巨大な龍人なのだが、湊の呼び出した永劫“セルピヌス”は、咆吼をやめると触手で襲いかかってきたシャドウに向けて拳を突き出した。

 セルピヌスは海底に足を着けて立っただけで、ムーンライトブリッジの最も高い橋柱よりも背が高くなる。

 そんな全長百メートルを超える巨体が人間のように鋭く拳を放てば、それだけでミサイルなど目ではない破壊力を生み出す。

 轟、と拳でその場の空気が押し退けられ、セルピヌスに向かって伸ばされていたシャドウの触手は拳圧だけで木っ端微塵にはじけ飛ぶ。

 しかし、それだけで拳の勢いが止まることはなく、殴られたシャドウは身体を陥没させながら水切りのように海上を滑って吹き飛んでゆく。

 吹き飛んだシャドウを追うためセルピヌスが踏み込んで走り出せば、一歩進む度に七歌たちの身体は振動で跳ね上がり、海沿いのブロックが敷かれた通りにはいくつもの亀裂が走った。

 

「吉野、あれは何というペルソナなんだ。蛇神ほどではないが規格外にもほどがあるぞ!」

「知らない。私はこんなペルソナ聞いてないっ」

 

 天田も言っていたがこれでは怪獣大戦だ。自分たちのような普通のペルソナ使いでは割り込むことも出来ない。何せ、相手が動いただけで立っていられなくなるのだから。

 しかし、美鶴たちが必死に柵に掴まりながら湊の戦いを見ていると、セルピヌスの移動で発生した波が迫ってきていることに真田が気付く。

 

「おい! でかい波が来るぞ!」

 

 このままでは自分たちは波に呑まれてしまう。だが、セルピヌスが走っているせいで地面が揺れており、普通の人間より優れた身体能力を持っているアイギスたちですら立つことすらままならない。

 自我持ちのペルソナたちはちゃっかりと宙に浮いて待避しており、それを見た七歌は自分たちも連れて行けと怒鳴りそうになる。

 もっとも、そんな事を言いかけている間に波が到達しようとしており、せめて流されないようにと柵に強くしがみつけば、大きな壁のように迫っていた波が半透明な蛇の身体で防がれていた。

 

「これって、有里君のペルソナだよね?」

《ふむ、どうやら蛇神を使って街を守っているようじゃな》

 

 見れば自分たちだけでなく、陸地に到達しようとしていた波はすべて不完全に顕現している蛇神の身体で防がれていた。

 離れた場所でシャドウを殴りつけた際、シャドウの身体の破片が陸地に落下しようとしたときも蛇神の身体が防いでいたので、セルピヌスを召喚すると決めたときには既に対策をしていたようだ。

 自分は瀕死の怪我を負っていたはずなのに、しっかりと街を守ることを考えてくれていた事には頭が下がる。

 そんな事を思っている間に、セルピヌスは巨大シャドウをまるでボールのように蹴り上げ、相手を空中に追いやって身動きを封じたまま、最後に口から吐いた赤い光線で敵を消滅させていた。

 恐るべき再生能力も丸ごと消滅させられては意味がない。まぁ、巨大な敵を完全に飲み込む規模の攻撃が出来る者など限られているのだが、人類にとっては幸運なことに今回は彼がいてくれた。

 

「敵の反応ありません。完全に消滅したようです」

 

 敵のことをずっと探っていた風花も反応の消滅を確認したと告げたため、他の者たちはどうにかなったと安堵の息を吐く。

 そして、後は湊の帰還を待つだけだと海に立つ巨人を見ていれば、敵を倒したセルピヌスはそのまま光になって消えてゆき、セルピヌスの頭部があった場所から一つの影が落下するのが見えた。

 それを確認した途端、自我持ちのペルソナたちは全速力で影の許まで飛んでいた。

 見ていると、足に自信のあったアタランテがどうにか影をキャッチすることに成功したようだが、戻ってきたその姿を見れば、彼女に抱えられた影の正体である青年はぐったりとしていて意識がない。

 心配して駆け寄ったアイギスは、湊は無事なのかと自我持ちたちに尋ねる。

 

「八雲さんはご無事なのですか?」

《かなり消耗している。すぐにでも病院に連れて行き休ませる必要があるだろう》

 

 血で汚れたボロボロの服を見れば、彼があの日のままである事が分かる。

 てっきり八雲に退行して回復を図っているんだと思っていた者にすれば、一ヶ月以上戦い続けてまだセルピヌスを出せたのかと驚くところだが、ここでいくら話していても湊の状態は悪化するだけだ。

 話している間に湊が維持していた影時間も解除され、再び野次馬たちが騒いでいる声が耳に届くと、自我持ちのペルソナたちが先に戻っていると言って湊を連れて去って行った。

 それを見送った他の者たちは、お見舞いは明日の朝になってから行こうと話し合い、今日はそのまま別れてそれぞれの家に帰るのだった。

 

 

 

 


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