【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百五十四話 目覚めた彼

8月17日(月)

朝――久遠総合病院

 

 病院に乗り付けた黒い高級車から一人の女が降りてくる。

 女は降りるなり駆け出すと、自動ドアが開く時間すら惜しいとばかりに身体を無理矢理に割り込ませて中に入る。

 目的地は入り口よりも上のフロアだ。手に持っていた小さなポーチからカードキーを取り出しながら、エスカレーターを駆け上り廊下を走る。

 ここが病院など知ったことかと言わんばかりに急ぐ彼女を、ナースステーションにいた看護師たちが驚いた顔で見ていたが、朝の静かな病院内を走る女にとって他人から向けられる感情などどうでも良かった。

 都内でもトップクラスの大型病院であるため、部屋数も自然と多くなり、その分だけ施設も広くなっている。

 開発計画には女もしっかりと参加していたのだが、目的地までの距離が遠いこともあって、女は誰だこんな馬鹿みたいに広い病院を建てたのはと憤りを感じていた。

 今の時間帯はまだ面会が許可されていないため人は少ないが、出歩いている入院患者やスタッフはいるので廊下を走る彼女とすれ違う。

 すれ違った者たちは美人が必死な表情で走るものだから、恋人や家族が事故にでも遭ったのだろうかと気の毒そうな表情で彼女の背中を見つめた。

 そして、周りがそんな風に気を遣ってくれていることなど一切知らぬ彼女は、通路の最奥にあった目的地が見えていたことで、手に持っていたカードキーを使って強化ガラスで出来た扉を開けた。

 中に入った彼女は三和土で靴を脱いでスリッパに履き替えると奥を目指す。

 シャロンから受けた連絡が嘘であって欲しい。そう思いながら廊下を進んでリビングに到着すれば、

 

「ああっ……あああっ……」

 

 彼女は愛しい者の変わり果てた姿を目にして、涙を流しながら崩れ落ちた。

 何故だ。どうしてこんな事になってしまったのだ。ソフィアは溢れてくる涙を拭いながら残酷な神を恨む。

 もう少し、せめてあと一日でも早く到着していればこんな事にはならなかった。

 グループのトップになった事で仕事が立て込み、彼が倒れたと聞いてもすぐに日本にこれなかったソフィアは、その後さらに多忙になったとしても無理をして日本に来るべきだったと激しく後悔していた。

 

「何故、何故ですか……どうしてわたくしの到着を待たずにこんな…………」

 

 赤い瞳から涙をポロポロと溢しながらソフィアは手で顔を覆う。

 こんな結末などあんまりだと、彼女は心のままに彼に向かって叫んだ。

 

「わたくしだって小さい湊様にお会いしたかったのにっ」

「……俺の身体を先に心配しろよ」

 

 自分の欲望に素直な彼女に呆れながら、湊は箸を動かして食事を口に運ぶ。

 巨大シャドウを倒した翌日、湊は既に起きて食事を取っていた。

 身体のサイズは縮んでおらず、意識もハッキリしており、ならば後は食事で体力や生命力を回復させるだけだと、自我持ちのペルソナたちがせかせかと料理をしては湊の許に運んでいた。

 本当にどれだけ食べるのかという量を既に食べているため、ダイニングのテーブルに座って彼を見ている英恵と桜も唖然としている。

 まぁ、食べれば食べた分だけ回復するというのならば止めはしないが、せっかく小さくなった湊を楽しみにしていたソフィアはハンカチで涙を拭い、どうしてこのタイミングで戻ってしまったのかと尋ねた。

 

「ぐす……何故、もうしばらく小さいままでおられなかったのですか?」

「別に自分の意思で小さくなっていた訳じゃないし。切っ掛けがなくて戻れていなかっただけだ」

 

 湊は自分が小さくなったときの事をあまり覚えていない。

 あの時は疲労やら心労やらで精神的におかしくなっていて、肉体ごと退行したのもその影響だろうとは分かっている。

 けれど、正確に何があったのかを把握しようとは思わず、別にこうして元に戻れているので、本人としては玉藻に任せてしまっていた仕事に復帰することしか考えていなかった。

 ただ、一ついう事があるとすれば、自分が目覚める事になった理由についてだ。

 あのとき、敵が現われたことでラビリスたちがコロマルを迎えに来たことで、簡易補整器の指輪をつけた英恵と桜は影時間だが目を覚まして寝たままの八雲を見ていた。

 どうか無事に敵を倒して来て欲しい。そう思って二人は見送ったのだが、影時間が明けて現実の時間になったとき、パチリと目を覚ました八雲が黒い炎に包まれたのだ。

 一体何が起きているのか二人は分からなかったが、炎が段々と大きくなると中からボロボロの姿の湊が出てくる。

 何故このタイミングで戻ったのか。それを尋ねる暇もなく直死の魔眼を輝かせた湊は影時間を展開し、外に出るとそのまま飛んでいってしまった。

 後に、気を失った彼を連れて戻った茨木童子たちに事情を聞いたが、現実世界への適性を持った巨大シャドウなど普通のペルソナ使いに対処出来る訳がない。

 それに気付いて彼は目覚めたのだろうが、その敵を討った本人は赫夜の置いた熱いお茶に口を付けてから口元を歪ませ吐き捨てるように言った。

 

「ああ、本当に……あれだけの数が集まってもシャドウ一匹まともに倒せないとは恐れ入る」

「湊様が出るまでは桐条側のペルソナ使いが?」

「対処しようとはしたらしいな。茨木童子たちも手伝ったらしいが、俺の目覚めがいつになるか分からないせいで全力を出せなかったみたいだ」

 

 時期に関係なく出入りが可能な鈴鹿御前を除けば、他の者たちは新月が終わるまでは出てこられなくなる。

 もしも、小さくなった八雲に何かあればと思うと、流石にいくら脅威が現われようと八雲に直接の被害が及ばなければ、消える危険を冒してまで全力を出すことは出来ない。

 湊もそういった事情は理解しているので、自分のペルソナたちが敵を屠れなかったと聞いても何も思わなかったが、シャドウ掃討を目的に活動している者たちも同じでは困ると話す。

 

「別に遊び半分というか、あくまで清掃ボランティアとしてやっているなら構わないが、デカいことを言っておきながらの現状は滑稽を通り越して不快ですらある」

「なるほど、素人に自分の領分を荒らされるのは確かに我慢なりませんものね」

 

 湊と話ながらソフィアが正面の席に座れば、アリスが紅茶を淹れて彼女の前に置いてゆく。

 ありがとうございますと感謝の言葉を返し、置かれた紅茶に口を付ける。

 アリスは自我持ちの中では新米なのだが、自我持ちたちが湊の経験等を逆にフィードバックできることもあって、彼女の淹れてくれた紅茶は舌の肥えたソフィアを十分に満足させていた。

 急いでやってきた事もあって少し疲れていたソフィアは、紅茶の香りと味を楽しみながら、目の前で食事を続けている男を見つめ再び話しかける。

 

「それで湊様は相手に対して何か働き掛けるおつもりですか?」

「……特にはなにも。まぁ、邪魔をしてくれば対処もするが」

 

 二人は平然と物騒な会話をしているが、この場には自我持ちのペルソナの他に英恵と桜とコロマルもいる、

 英恵たちにすれば、邪魔してくればその娘や友人たちを殺す、という話を保護者たちの目の前でしないで欲しいと思っているに違いない。

 そも、湊にそんな事をして欲しくないというのもあるのだが、目覚めた湊の瞳は桔梗組を去った日と同じように家族であった者たちへも一切の関心を失っていた。

 酷く冷たいどころではない、本当にまるで何の興味も持っていないのだ。

 そんな瞳を見るくらいならば、憎しみや怒りという負の感情を向けられた方が存在を認識されているだけマシにすら感じる。

 以前から、娘より湊について相談を受けていた英恵は、娘はこんなにも辛い境遇を味わっていたのかと、彼に見てもらえなくなって初めて本当の辛さを理解した。

 自我持ちたちと話しているときも、目の前に座っているソフィアを見る目も以前と同じ僅かな情が感じられる。

 つまり、八雲の世話をしていた英恵たちが、勝手に彼が帰ってきてくれたと思っていただけで、退行時の記憶がない彼にすれば、桔梗組や家族であった者たちに見切りをつけたままなのだ。

 そんな現状を正確に把握した英恵たちがショックを受けていれば、最初から彼女たちを相手にしていなかったソフィアがそういえばと鞄から一冊のファイルを取り出した。

 

「そうですわ。以前、言われていた黄昏の羽根について分かった事があったのです。ベレスフォードの力も借りましたが、世界中を探していくつかの羽根が見つかりました」

「やっぱりあったか。それで量は?」

「枚数にすれば二百枚もありません。いくつかは霊鳥や神獣の羽根として信仰の対象にもなっていたので譲っていただくのに苦労もしましたが、これで地球に存在する羽根の八割は占有できたかと」

 

 黄昏の羽根はあればあるだけ使える便利なオーパーツだ。新たに地球に落ちてくる事は非常に珍しく、そんな事を期待するのなら巨額を投じて現存する羽根を世界中から探した方が速い。

 桐条グループも同じように世界中で羽根を探していたのだろう。けれど、物流の最大手と様々な業界に強いコネクションのある者同士が手を組めば、密林の奥地で暮らす少数民族の許にある物だって見つける事が出来た。

 ソフィアが見せてきたファイルには、EP社で手に入れた羽根の写真と共にどこで見つけたのかを簡潔にまとめられている。

 地域ごとの偏りはあまり見られず、自転と公転の影響をほとんど受けていないのだなと湊も興味深そうに眺めながら食事を続ける。

 だが、目が覚めるなり人に作らせておいて、他の事をしながらついでのように食べているのを見た赫夜たちは少し不満そうにしている。

 ソフィアはそういった使用人の気持ちなど一切考えない人間のため気付いていないが、今の湊には血肉になるためのエネルギーが必要であり、それらは最終的に赫夜たち自身の顕現のためにも必要になってくるので結局は強くは言えなかった。

 ページをパラパラとめくりながら全体に目を通し、書かれていた情報を頭に入れ終わったのか湊はファイルを返却する。

 それを受け取ったソフィアは今回は中々に苦労したと小さく笑って、今後集めた羽根はどうするのかを尋ねた。

 

「現在、病院と工場には必要な数の羽根を配備しております。予備の発電機も数機用意出来ていますので、新たに施設を作らなければ十分に足りていますが、集めた羽根はどのようにしましょう?」

 

 病院は無気力症患者の受け入れをメインに想定して作られたものであるため、当然、影時間にも十分な処置が行えるよう発電機などは用意されている。

 医者も簡易補整器の指輪を付ければ問題ないので、湊から見ても病院は今の状態で十分に対応可能だと思えた。

 ならば、大量に集められた羽根はどう使えばいいのかと言えば、いくつかはソフィアも利用するような海外の施設に発電機を作れば良いだろう。

 彼女も影時間の不便さにはうんざりしており、その事を湊は聞いていたのでちょっとしたお返しのつもりだった。

 

「お前が普段利用する施設にいくつか使って良い。電気がないと何をするにも不便だろうからな」

「あら、お気持ちは嬉しいのですが、せっかく集めた物を使ってもよいのですか?」

「使うために集めて貰ったからな」

 

 湊に言われたソフィアは確かにそうだと笑い。鞄から手帳を取り出すと発電機を取り付ける施設をいくつか見繕ってゆく。

 主な活動拠点はヨーロッパの方だが、今はベレスフォード家と協力して北米やアジアにも様々なパイプを形成している。

 アジア方面に向けた拠点はこのジャパンEP社で十分だが、北米滞在時の拠点とヨーロッパのいくつかの拠点にも発電機は置いておきたい。

 だが、あまりに遣い過ぎると迷惑をかけることになるので、施設全体をカバーする規模ではなく、施設内でもソフィアが使う部屋など限定規模での運用を考えて必要な数を計算した。

 

「んー……およそこれくらいですかね」

「随分と少ないな。それで足りるのか?」

「拠点とは言っても使う部屋は限られておりますので、己が利用する部屋さえ使えれば十分なのです」

 

 施設全体をカバーするにはあまりに少ない量を提示され、これでは全く足りないのではと湊は首を傾げた。

 だが、必要なのは自室の分だけだと少女が補足すれば、確かにこれで十分足りそうだなと湊も頷いて納得する。

 

「そうか。なら、残りは俺の方で預かろう。いくつか試したいものがあるからな」

「あぁ、前に仰っていた対シャドウ武装ですか? 素手で屠れる湊様には不要に思いますが」

 

 ソフィアは湊の協力者であるため、チドリやラビリスにも話していない事を色々と伝えている。

 その中に、退魔刀のようにシャドウを屠れる武器を作るという計画があり、適性のブーストやシャドウやペルソナへの高い干渉力を持った黄昏の羽根を原料に使えば、湊も満足できるレベルの対シャドウ武装が製作可能だと思われた。

 ただ、物理無効の耐性を持っているシャドウすらも素手で殴り殺せる男が、今更新たな武器を手にしたところで戦果に影響はないだろう。

 素直に思ったことをソフィアが尋ねれば、様々な種類の武器を蒐集している青年は食べ終えた食器を重ねながら答えた。

 

「……確かに俺は退魔刀も持っているし、九尾切り丸なんて魔剣や妖刀と呼ばれる類いのものだ。どちらもシャドウを殺すのに向いている」

 

 重ねた食器はジャック・ザ・リッパーたちが持って行ってくれたので、改めて湊は熱いお茶で一服しながら言葉を続けた。

 

「けど、対シャドウ武装は俺が使うとは限らない。武器自体の効果でシャドウたちに干渉出来るんだ。もしものときの備えに準備できるなら用意しておいて損はない」

 

 対シャドウ武装を使うとすれば、それは自分ではなく適性しか持たぬ一般職員かもしれない。

 協力してくれている者たちの安全確保は最優先、湊も何かあればすぐに駆けつけるつもりではいるが、どうしても遅れるときには自力で対応して貰わなければならない。

 銃タイプの武装で牽制しながら逃げるにしても、追いつかれた時のことを考えて近接用の武器も必要になるだろう。

 そうやって色々と考えていけば、これでいいという正解が存在しないだけに、出来る限り使う者に負担の掛からないものを目指してゆくしかない。

 彼から武装の開発コンセプトを聞いたソフィアは、あまりに慎重過ぎてお優しい事だとも思ったが、以前、湊と久遠の安寧とで戦争をしているときも、彼は無関係の者を庇ってひたすら自分が不利な状況になっていた。

 となると、もはや彼のこれはそういった困った性分であると受け入れるしかない。

 相手の妙な人間くささは慕われる理由の一つであり、同時に開発する部下泣かせな部分でもあるが、ソフィアとしては美点の一つとして捉えて小さく微笑んだ。

 

「……さて、じゃあそろそろ行くか」

「ええ、分かりました」

 

 すると、食事を終えた湊が立ち上がってここ出る準備を始めたので、移動するというのならついていこうとソフィアも席を立つ。

 出て行こうとする子どもらに英恵たちは何か言いたそうだが、既に見切りを付けた者と湊がまともに会話するはずもなく、彼は片付けをしている自我持ちを残したまま、黙ってVIP区画を出て行ってしまうのだった。

 

***

 

 昨夜、湊が元の姿に戻ってから気を失ったことで、もしかすると目が覚める頃には再び小さくなっているのではとアイギスたちは不安を感じていた。

 別に小さい八雲が悪い訳ではない。むしろ、愛らしい姿に癒やされるとして受け入れられている部分もあるくらいだ。

 けれど、今重要なのはそういった事ではなく、もし彼がちゃんと湊のままであったなら、どうやって先日の事を謝罪しようか一同は悩んでいた。

 

「つっても、謝ってそれで許してって事にはならねえと思うけどな」

 

 謝って許し合って円満解決。そんな風になればどれだけ良いかと順平が思わず溜息を溢す。

 彼とは明確に命を狙って殺し合ったのだ。激昂した順平たちにそういった冷静な判断力は残っていなかったが、客観的に見ればいつでも殺せたのに見逃し続けた青年に対し、仲間の敵を取るため最後まで殺そうとしていた順平たちに分かれる。

 別にどちらの責任であったかなど今更話す気はないが、相手にとっては先日終わった話を再び出されるのだ。

 余計に気分を害してしまうのでないかと恐れるのも無理はなく、そうなったときにはどうするかと美鶴が他の者に意見を求める。

 

「先日の相手の要求は、我々の転校とポートアイランドを含む港区への接近禁止だ。事実上、桐条グループに影時間から手を引けと言っているようなものだろう」

「有里の言いたいことは分かるが、流石にそれは呑めないだろ。俺の初期対応が拙かったことは認めるし反省もするが、向こうも正当防衛とは言い難い対応だった」

 

 もはや双方にあの日の傷は残っていない。七歌たちは戦闘後には治療されていたし、湊は一ヶ月以上モナドに籠もっていたとき、怪我をする度に自動治癒で治していたらしい。

 となれば、あの日の交渉で使っていた七歌に切られた傷があるというカードは使えず、前回よりはいくらかマシな着地点で話を終わらせることが出来るのではないかという期待が膨らむ。

 ただ、美鶴や真田がそんな話をしていれば、

 

「どうして兄さんたちは素直に反省して謝ろうとしないんですか? 相手に対して悪いことをした。だから、誠意を持って謝罪する。これが大前提なのに、相手にどれだけ譲歩させるかから話し合うなんておかしいですよ」

 

 前回は第三者に徹していたことで何もすることが出来なかった美紀が、その考えはおかしいと少々怒った様子で口を挟んだ。

 美鶴や真田の考えも理解出来なくはないのだ。どうにかして丁度良い落とし所に持っていきたいと思って、そのための会話を事前に考えておくのも分かる。

 ただ、あまりにも本題の謝罪が蔑ろにされているようで、美紀としては二人の態度は非常に気分が悪かった。

 そんな風に、自分たちよりも年下の美紀に言われた者たちは、確かに先ほどの会話は謝罪する者の会話ではなかったと反省して視線を落としながら廊下を進む。

 すると、前方から歩いてくる男女に気付いたアイギスが、自分のよく知る青年がしっかりとした足取りで歩いていた事で嬉しそうに声をかけた。

 

「八雲さん、体調はよろしいのですか?」

「……まぁな」

「今から八雲さんの許に御見舞いに窺うところだったんです」

「……そうか。なら、用事は済んだな」

 

 目的がお見舞いだったなら、こうやって外に出ている本人と出会えた時点で目的が達成されたと言って良いだろう。

 話が終わったのなら自分は行くぞと進み始めれば。その背中に向かってラビリスが声をかけた。

 

「湊君、病み上がりにどこ行くん?」

「仕事だ」

 

 足を止めることもなくただ一言告げて湊が行ってしまう。その斜め後方にはソフィアも追従しており、この二人は話しかけられても止まる気がないのかと慌てて美鶴は呼び止めた。

 

「待ってくれ有里! 我々は改めて先日の事で謝罪をしたくて来たんだ」

 

 先日は気も立っていて喧嘩腰の会話になったが、今日は最初から謝るために来た。

 だから、どうか少しだけで良いから時間をくれないか。

 そう言って美鶴が湊を呼び止めれば、呼ばれた本人はただただ面倒臭そうにして、追従している少女に短く指示を伝えていた。

 

「ソフィア、適当に話を聞いておけ。言うだけ言えば満足して帰るだろう」

 

 彼のそんな言葉が耳に届くと他の者はムッとする。

 今日、最初に会ったときから彼は一度として他の者をまともに見ていない。

 そして、さらに仕事だからと早々に会話を切り上げて立ち去ろうとしている。

 お見舞いに来て先日の謝罪をしようとする者に対し、どうしてそんなにも冷たい態度を取るのか。少々怒った様子で追ったゆかりは彼の腕を掴んで呼び止めた。

 

「ちょっと待ってよ! そんな言い方って!」

 

 直後、彼の腕を掴んでいた手は鬱陶しそうにする彼によって振り払われる。

 これまで湊からそんな扱いを受けたことないゆかりは呆然とし、そして他の者と同じように腕を振り払うためこちらを向いた彼の顔を見た。

 そこにあったのは綺麗な色をしている彼の瞳。ただ、色は綺麗だがその瞳は何も映していない。

 目の前に人がいるというのに、それを視界には納めても視認することはなく。まるで何もなかったかのように自然と振り返って去ってしまった。

 

「人はあんなにも冷たい目をすることが出来るのか……」

「もう、本当にどうしようもない感じでしたね」

 

 ゆかりと同じように彼の瞳を見た美鶴と七歌が溜息混じりに溢す。

 あんな目をしている者とどうやって会話すれば良いというのか。

 彼が怒っているなら時間が解決してくれる事もあるかもしれないが、見切りを付けて関心を失ったのならどうしようもない。

 何かしらの解決策がないだろうかと悩みながら、七歌たちはとりあえず英恵らとの合流を測ってVIP区画へと向かうのだった。

 

 


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