【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百五十五話 取るべき立場

午前――久遠総合病院

 

 湊が立ち去った後、VIP区画を訪れた七歌たちは英恵たちと共にリビングに集まっていた。

 彼が置いていった自我持ちのペルソナたちは、彼の使った食器を洗い終えると去って行ったため、この場所に今の湊側に属する人間はいない。

 勿論、彼側に着きたいと思っている者はいる。けれど、湊は契約を結んでいるアイギスたちをも見限っているのだ。

 幼い八雲が自分たちに懐いてくれていたことで、彼も同じように機嫌が直っていると無意識に考えてしまい。今までと同じ態度で話しかけてしまった者は、どれだけ呆れられてしまったのだろうかと深く落ち込む。

 

「きっと、図々しいやつだと思われたであります……」

「あー……ドンマイ、アイちゃん。つか、この対策会議も何回目だって話だけどな」

 

 あの日、桔梗組へ襲撃をかけた七歌たちの処分を話し合ったとき、湊は今後二度と襲撃されないためにと転校と港区と六徳市への接近禁止を要求したのだ。

 襲われた本人がそれを望み、要求が通らないのであれば自分が去るとも言っていた。

 にもかかわらず、チドリたちは七歌たちの残留を望み、彼の要求を不当であると言ったからこそ宣言通りの状況になっている。

 チドリたちは七歌たちの残留は望んでも、彼が去ることを望んだ訳ではないのだが、湊と特別課外活動部の対立においてチドリたちは第三者でしかなかった。

 そんな者たちがあれこれと話に入ってきた上、さらに自分たちの要求を通そうなど、当事者からすれば鬱陶しいことこの上なかったに違いない。

 彼をよく知る者にとって、彼は一度でも自分の輪の内側に入れた者には甘いくらいに優しい反面、興味のない他人にはどこまでも冷たくなれる性格だと分かっている。

 まさか、あの甘い彼が一度内側に入れた者を見限る事が出来るとは思わなかったが、彼も心を持った人間なので我慢に限度があったという事なのだろう。

 他の者ならば十分に考えられる事だというのに、彼に対しては可能性を頭から排除していたのは、やはり一方的に甘えてしまっていたからだろうと自嘲気味にチドリが呟いた。

 

「前に本人も言ってたけど、八雲にすれば私たちといることに一切のメリットはないのよね。むしろ、行動に制限が出来る点でデメリットしかないし」

「そんな……家族と一緒にいるのをメリットやデメリットで考えたりしないでしょ?」

 

 チドリの言葉を聞いたゆかりが驚き、家族との繋がりにそんなものを持ち込む事はないだろうと否定する。

 だが、その家族というフィルターを除いて考えてみれば、確かに湊側には一切のメリットがない。

 戦闘面に置いては誰も彼を助けることは出来ないし、彼にそんな事はして欲しくないと言って行動を制限することすらある。

 何もしてくれないくせに、口だけは出されたらどんな風に思うだろう。

 湊は基本的には我慢強く、他の者の意見を聞いて呆れながらも自分を曲げることも多々ある。

 しかし、そんな彼でも絶対に曲げられない部分はあるし、干渉が過ぎればいい加減にしろとうんざりもするのだ。

 今回の事はそういった事が複数重なって起きたと分析し、ショックを受けている者たちに代って美鶴が一度整理しようと口を開いた。

 

「状況を整理しよう。お母様たちから聞いた情報もまとめると、有里自体にこちらと敵対する意思はない。だが、我々が彼の行動を邪魔すれば排除してくると思われる」

「邪魔をすればと言うが、あいつの判定なんて俺たちには分からんぞ」

 

 美鶴に言われ、湊の気まぐれで変わりそうな判断基準など分からないと真田が返す。

 それを聞いた他の者たちも同意して頷くが、確かに湊の判断基準は状況によって変動しそうなのだ。

 機嫌が良ければ多少の邪魔をしても見逃し、さらには不利な状況に陥っていれば助けてくれる可能性すらある。

 しかし、彼の機嫌がすこぶる悪ければ、真田たちがいようと一切気にせず敵のいるエリアを焼き払うかもしれない。

 気をつけろと言われればそれぐらいはとメンバーたちも考えるけれど、判断基準が状況によって変動するのならばやはり難しい。

 相手のでたらめな実力を知っているからこそ、出来ることなら彼と事を構えたくないメンバーたちが悩んでいれば、紅茶のカップに視線を落としていた美紀が顔をあげて呟いた。

 

「……やっぱり、ちゃんと謝罪した上で有里君の要求を呑んだ方が良いんじゃないですか?」

「美紀、それは俺たちにこの街から去れという事だぞ?」

「分かっています。でも、別に死ぬ訳じゃありません」

 

 湊が桐条側に出した要求は大きく分けて二つ。

 一つは特別課外活動部のメンバーたちの転校。

 そして、もう一つはメンバーたちの港区と六徳市への接近禁止である。

 これらを要求したのは、知り合いであるはずのメンバーたちに襲われたため、今後も同じ学校に通い続けるのは怖いといった理由だ。

 当然、それらは建前でしかなく、湊にすればメンバーが突然攻撃を仕掛けてこようと相手の攻撃が届く前に敵の命を奪える。

 そんな青年が相手だからこそ、自分の言っている事が分かっているのかと真田が尋ねれば、美紀はしっかりと見返して頷いた。

 

「改めて言っておきますと、私はペルソナも持っていませんし。影時間の戦いで出来る事もないので、言ってしまえば無関係な第三者です。ですが、自分の立ち位置を別にすれば、助けられた恩もあって有里君の要求を肯定的に捉えています」

 

 一方的な湊の要求を肯定的に捉える。それは自分の兄も含めた友人たちが転校してもいいという意味にも取れる。

 ゆかりと風花は美紀の言葉を聞いて僅かに悲しげな表情を見せたが、美紀は彼女たちの反応に構うことなく言葉を続ける。

 

「皆さんが彼の要求に不満を抱くことは分かりますし、危害を加えられた事で一方的に加害者扱いを受けることを不服に思うことも理解出来ます。でも、皆さんは有里君にそんな事を言えない立場だと思います」

 

 真田たちの主張は理解出来る。けれど、そんな事を言える立場なのかと美紀は一同を非難する。

 これまでの美紀を知っている者たちは、彼女はこんなにもはっきりと自分の意見を口にする者だっただろうかという違和感を覚えた。

 真田や荒垣は特に強く衝撃を受けているようだが、やはり湊が去って行ったことが原因なのだろうと、美鶴は美紀の変化に戸惑いつつ自分たちが抜ける事で発生する問題点をあげる。

 

「影時間の戦いは無関係な人々をシャドウの脅威から守る戦いだ。ストレガという影時間の存続を願う者たちの存在や、イレギュラーシャドウのことを思えば常に戦力が十分とは言えない。それでも君は私たちに戦いから手を引けと言うのか?」

「有里君の助力を願うのならば、“はい”と答えます」

 

 シャドウには通常兵器が効かない。彼らにダメージを与えるには、ペルソナ使いとして覚醒するか、もしくは貴重な黄昏の羽根を搭載した武器や弾丸を使う必要がある。

 前者はもちろんのこと、後者においても保有する貴重な羽根を無駄には出来ないとして開発はほとんど行なわれていない。

 おかげでシャドウが街中に現われても特別課外活動部のメンバーらに任せるしかないのだが、ただでさえ少ない戦力が減ることになろうとも、美紀は湊に助力を願えるならば安い対価だろうと話す。

 

「実力差やこれまでの事を聞いて思ったんです。多分、皆さんの存在は有里君にとって邪魔でしかないと。自分の身も守れない人たちが戦闘エリアを彷徨いていたら、有里君も全力を出せませんよね? 皆さんが集まっても有里君一人に及ばないなら、邪魔をしないことが一番なんじゃないですか?」

「一日に複数箇所で敵が出現したらどうすんだ?」

「自我を持っているペルソナたちに対処させたら問題ないと思います。本人が意識を失っても込めたエネルギーが切れるまでは動けますから」

 

 湊が一人で戦うようになれば街全域をカバー出来なくなる。そういった意味で荒垣が複数箇所に敵が現われた場合の話をすれば、美紀はこれにも冷静に淡々と答えた。

 現に昨夜の湊は意識を失った状態でアタランテたちに運ばれている。

 湊本人の意識がどこにあるかも分からなかった幼い八雲の状態でも、茨木童子たち全員が顕現状態を維持できたことを思えば、どれだけ湊本人と離れようがペルソナたちは自由に行動できるだろう。

 召喚者は確かに一人だけだが、ペルソナ自身に自我が存在するならば集団で動いているのと変わりはなく、他の者と違って召喚者の意識の有無が問われない自我持ちの方が優れている部分すらある。

 美紀がその事を静かに伝えれば、他の者たちは理屈では言い返せなくなり黙ってしまう。

 何せ、メンバーたちも昨夜の巨大シャドウと湊の戦いを見て、自分たちなどいなくても彼に全てを任せていれば良いのではと感じていたから。

 

「……皆さんは納得していませんが、大人の人たちは私と同じ考えだと思います。先日来られた桐条グループの方たちも、皆さんが残るよりも有里君の要求を呑んだ方が人々のためになるから、あの場で相手の要求を呑もうとしたようですし」

 

 止めとばかりに美紀が言えば兄である真田すらも俯くように黙ってしまった。

 お前たちは必要ない。中途半端な力など持っていても意味がない。邪魔をするくらいならば身を引け。

 守るべき者からそう言われた彼らの胸中は複雑だ。自分たちが相手のためと思っていた事が真逆の意味を持つことになったのだから。

 普段は静かで人の和を大切にする美紀がここまで厳しい事を口にするなど初めてで、それだけに彼女が先日のやり取りで湊が去ってしまったことをどれだけ悩んでいたかが窺える。

 しかし、このままでは美紀までも他の者と袂を分かつことになりそうなので、今まで黙っていた英恵が子どもたちを思って口を挟んだ。

 

「皆、少し落ち着きましょう。八雲君は話が決裂した時点で以降の事は何も言っていないわ。美鶴たちに解散しろとも、港区から出て行けとも。だから、不干渉を前提にすれば現状維持で良いはずよ」

「失礼ですが、現状維持では何も解決しないかと。このまま有里君と決別したままで良いのならなにも言いませんが」

「ちょっと美紀、熱くなりすぎだって。あなたまで他の人と険悪になる必要ないでしょ」

 

 英恵が口にしたのは自分の希望が混じった都合の良い解釈であり、それでは問題が先送りされるだけで何も解決しない。美紀にそう指摘されてしまうと英恵は何も言えなくなる。

 彼女は実の娘である美鶴と親友の息子である八雲の間で揺れていた。

 出来ることならば一緒にいて仲良くして貰いたいが、被害者と加害者という立場が邪魔をして望む関係にはなり得ない。

 だからこそ、美紀があなたは結局どちらの味方なんですかと言外に問えば、ゆかりが思わずもう少し冷静にならないと話し合いも出来ないと彼女を諫めた。

 すると、これまでは冷静な口調で話していた美紀が、そこに不快さと熱を込めるように言葉を返す。

 

「逆に何故皆さんが冷静なのか不思議です。自分たちの行動の責任について何も考えていないんですか?」

「僕たちの行動の責任って有里先輩がいなくなった事でしょう? だから、どうすればいいかを話し合ってる訳で」

 

 責任について考えるも何も、今そのために集まって話しているんだろうと天田が答える。

 天田も彼のおかげで瀕死の重傷を負ったが、その傷は完璧に治療されて後遺症どころか傷跡すら残っていない。

 だからこそ、時間が開いて今は冷静に話す余裕があるのだが、そんな天田の言葉に美紀はやはり何も分かっていないと首を振った。

 

「あの夜に皆さんの取った行動、それを庇ったチドリさんたちの許から有里君が去ったんです。自分たちが原因で一つの家族を壊してよく平気でいられますね。それにチドリさんたちもチドリさんたちです。どうして家族の側に立とうとしないんですか。もう庇わない、有里君の要求を呑ませるから帰って来て欲しい。そう言えば良いじゃないですか」

 

 本当は帰ってきて欲しいくせに、どうしてチドリたちはそのために行動しないのだと美紀は強く責める。

 チドリたちは湊が他の者たちと険悪にならぬよう、今後の事を考えて許してやれと言っていた。

 しかし、チドリたちに危害が及ばぬように敵を倒してきた湊にすれば、そんな者たちと仲良くする事など出来る訳がない。

 なら、チドリたちは当初の甘い考えを捨てて、彼の意を汲んでやらなければならないはず。

 本当に彼とのことを解決したいのであれば、ここで今自分がどういった立場を取るのかハッキリさせるべきだと美紀は主張する。

 

「皆さん、立場をはっきりしてください。兄さんたちは要求を呑むか、呑まずに彼の敵となるか。チドリさんたちは要求を呑んで関係修復を図るか、呑まずに絶縁するかです。要求を呑まずに彼が帰ってくるなんて有里君が言い出してこない限りあり得ません」

 

 夏休みも残り半分を切っている。退学届を出した事だって保留のままになっているのだ。

 その事も含め、彼に戻ってきて欲しいのならすぐにでも自分たちの意思を伝える必要がある。

 家族たちは今度こそ彼の味方でいるのか。特別課外活動部のメンバーたちは我を通して敵となるのか。

 鋭く言い放つ彼女の雰囲気に呑まれ、他の者たちはしばらく口を開くことが出来なかった。

 

 

――EP社

 

 他の者たちが集まって話し合いをしている頃、病院を出た湊はソフィアと共にEP社のオフィスにやってきていた。

 桔梗組を去ってから自分はタルタロスに籠もり、仕事は全て自分の姿になった玉藻の前に任せていたので、久しぶりのデスクワークをちゃんとこなせるか心配していたが、報告書に目を通していくうちにやり方を思い出すことが出来た。

 久慈川りせと柴田さやかの野外フェスのステージ設営についての連絡も来ており、良いタイミングで目覚める事が出来たと心の中で思いつつ湊は承認の判を押す。

 そんな風に湊がデスクで仕事をしていると、ソファーに座って夏休みの課題をしていた“美紀”が遠慮気味に話しかけてきた。

 

「あの、本当に良かったんですか? こんな皆さんを騙すような形で……」

「別に誰も傷つけてないだろ」

 

 同じ人間が二つの場所に同時に存在することなど出来る訳がない。

 つまり、本物の美紀がここにいるということは、今現在、チドリたちと一緒に話をしている美紀は贋物という訳だ。

 今日、病院へ向かう途中に話を聞いてこちらにきた美紀にすれば、去って行ったはずの湊と再び普通に会話出来る事は嬉しいが、今頃友人たちが自分の姿をした玉藻の前から厳しい言葉をぶつけられていると思うと心苦しくなる。

 入れ替わりを提案したのは湊側なので別に美紀が気にする必要はないのだが、彼女がそうやって複雑な表情を浮かべていると、簡易キッチンの方からお茶を持って出てきたソフィアが美紀の前にカップを置いた。

 

「湊様が言われた通り、あなたが気に病む必要はありません。全て、自分たちの立場を明確にしていない者たちが悪いのですから」

 

 他にも湊の事を心配するメンバーが揃っていた中で、何故美紀だけがここに呼ばれたのか。

 それは本物の彼女も湊の要求の正当性を理解し、皆で集まる前に彼にその事を伝えていたからである。

 あの日、美紀は隣の部屋で話を聞いていたが、湊が桐条に要求した真田たちの転校は、自分も同じ立場であったなら同じようにするだろうと素直に納得することが出来た。

 敵であれば殺すというのが当然の世界で生きながら、湊はチドリたちに言われれば不服そうにしながらでも治療を施し、翌日には自分の前から消えれば追ったりもしないと断言したのだ。

 転校しなければならない事は美紀にとっても残念ではあったが、平日なら放課後にでも待ち合わせておけば会うことも出来、転校した者とは港区では一緒にいられないという事は大したデメリットではない。

 まぁ、桐条グループからするとせっかく集まったペルソナ使いが、一度に全員作戦から外れるという事で、湊の要求を呑むことはかなり厳しかったに違いない。

 それでも桐条武治が湊の要求を呑もうと思ったのは、単に影時間の謎解明よりも美鶴たちの命の方が大切だと思ったからだろう。

 特別課外活動部のメンバーたちはその事に気付いていないだろうが、反省も不十分であった者たちに対し、このままなぁなぁで済ませる訳にはいかないからと湊は今回の行動を取った。

 

「皆さんが有里君との敵対を選んだときはどうするんですか?」

「……別にどうもしない。今回の話し合いは中途半端な態度を取る人間に責任を自覚させるためのものだ。選ぶ内容に興味はない」

 

 他の者たちを見限って桔梗組を出た湊ではあるが、彼は自分の事に関する怒りは長続きせず冷めやすい。

 大切な者や弱者が理不尽な理由で傷つけられれば、その怒りは十年経とうと消えたりはしないが、やはり自分の事となると二、三日もすればどうでも良くなるのだ。

 今回のことも、そのどうでもよくなった案件であり、美紀と共謀していなければ見限った演技などせず普通に会話していたに違いない。

 それを理解した美紀は、やはり彼らには少しの反省が必要だと思ったので、あの日の事について自分の素直な気持ちをメールで伝えておいて良かったと思った。

 ネタばらしをいつ行なうかも決めていないが、話し合いが終われば玉藻の前から連絡が入る。

 それまでは自分は自分のすべきことをしようと美紀は課題に取り組み、湊とソフィアは溜まっている仕事をテキパキと消化してゆくのだった。

 

 

 


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