【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百五十六話 鬼と龍の邂逅

8月21日(金)

夜――桐条宗家・迎賓館

 

 美紀に化けた玉藻の前から、いい加減自分たちの立場をはっきりさせろと言われた四日後。

 特別課外活動部のメンバーとチドリたちは、英恵からの招待を受けて桐条宗家へとやって来ていた。

 本日、八月二十一日は英恵の誕生日。毎年、桐条宗家の迎賓館にて誕生日のパーティーを開いており、各界の著名人や重鎮もやってくるパーティーに一般庶民の順平などは萎縮していた。

 男子たちは桐条グループから借りたフォーマルなスーツ姿、女性陣はチドリと桜は自前の着物を着ているが、他は全員が自前であったり借りたドレスを着ている。

 もっとも、食品を扱う場にペットはNGという事で、コロマルは隣の家の羽入に預かって貰っており、飼い主であるラビリスは上が黒で腰から下が暗いオレンジ色のドレスを着て、初めて参加するパーティーにただただ目を丸くしていた。

 

「ほあー……皆すっごい豪華な感じやなぁ」

「だよな。オレたちみたいな庶民には眩しい世界だぜ」

 

 普段被っている帽子もなく、さらに少し生えていたヒゲも不衛生だからと剃らされた順平が、会場の中央から視線を逸らしつつぼそりと答える。

 白いフリフリのついたピンクのドレスのゆかり、暗いグリーンに黒い模様の入ったドレスの風花、バラのように真っ赤なドレスで肩を出している七歌、黒い模様と縁取りのされたシルバーのドレスを着たアイギス。

 野郎は全員が衣装に着られているようで似たような感じだが、普段は見ることの出来ない女性陣の姿が眩しく感じる。

 だが、いくら女性陣のドレス姿を素晴らしく感じても、このように慣れない場では何をして良いかも分からず、順平はいつもの調子はどうしたと心配になるくらい大人しかった。

 グラスを片手に談笑する恰幅のいい男や、高級食材の使われた料理を皿に盛って美味しそうに食べている女性、この場で様々なパイプを作ろうと会場中を挨拶して回る男性など、何も知らなくてもこの場が一般人の考えるお誕生日会の会場でないことは空気で分かる。

 何度も参加している七歌やゆかり、そして似たような物に参加したことのあるチドリと桜は特に気にしていないが、他のメンバーが動けずにいることで一緒にかたまっていると、ブライダルかと思ってしまうほど見事なクリーム色のドレスを身に纏った美鶴がやってきて笑顔で声をかけてきた。

 

「君たち、こんな隅の方でどうしたんだ? 慣れない空気で疲れてしまったのなら部屋を用意させるが?」

「いやぁ、一般ピーポーな順平らが動かないんで一緒にいただけですよ。てか、みちゅるー、今日のドレスは随分と大胆ですなぁ」

 

 言いながら七歌は美鶴の後ろに回り込むと、がばっと開いている背中に指で触れる。

 七歌も七歌で肩が出ているが、美鶴はさらに背中もオープンになっている事で、彼女のドレス姿を見た男性陣たちは全員が見とれてしまっていた。

 ただ、そんな男性陣の反応に気付いていない美鶴は、急に背中に触れられたことで頬を赤くしながら後輩を叱った。

 

「こら、やめろ! これは別に自分で選んだ訳じゃない。菊乃が今年はこういったものが流行っていると選んだんだ」

「別にそういう流行はなかった気もしますけど、まぁ似合ってるならいいと思いますぜ!」

 

 似合っていて綺麗なら何でもいい。そう言って七歌は笑って美鶴と腕を組む。

 周りに彼女のように積極的にスキンシップを図ってくる者がいないため、どうしていいか分からず困っている美鶴も、別に腕を組むこと自体は嫌ではないようで、そのまま男子たちにも声をかけた。

 

「お前たち、お腹は空いてないのか? 今日は立食パーティーだから、どのテーブルからでも好きに取ってきていいんだぞ。食べたい物があれば出来る範囲なら注文を付けることも可能だが」

「い、いや、今はまだいい」

「ああ、俺も後で適当に摘まむくらいでいい」

 

 普段ならば肉があるだけで嬉しそうにする真田も、こんな場所では肉肉言ってられないようで、ドレス姿の美鶴から僅かに視線を逸らしながら答えた。

 そして、幼馴染みである荒垣はというと、普段通りを装ってはいるが、視線が彼女の顔や肩にと定まっておらず、明らかに緊張しながら話しているのが丸わかりだ。

 けれど、美鶴は彼らが自分に対して緊張しているとは気付かず、慣れぬ雰囲気に戸惑っているのだろうと微笑ましく思いながら小さく笑みを浮かべた。

 

「そうか。まぁ、ソフトドリンクも用意しているから、何か欲しいものがあれば伝えるといい。お父様とお母様はもうしばらく挨拶があるので一緒にいられないが、皆、どうか自由に楽しんでくれ」

 

 例年通りに身体が丈夫でない英恵のために席が用意され、美鶴の両親はそちらの方で来場者と挨拶をしている。

 美鶴も最初はそこにいたのだが、いつまでも仕事の付き合いをさせるのも悪いからと、桐条が飲み物を取ってきなさいと理由を付けて退席させたのだ。

 話を聞いてそちらに視線を向けた七歌は、ドリンクを持っていたボーイからジンジャーエールを受け取り、美鶴と腕を組んだまま口を付けると大変そうだなと苦笑する。

 

「いやぁ、今日も大量にいますなぁ」

「まぁ、お母様は普段は別邸にいるからな。会う機会のない者にすれば、こういったときにでも顔を覚えて貰おうと必死なんだろう」

「うーん、黒い陰謀の臭いが……おっと、急に騒がしくなってきた」

 

 美鶴も大人たちの見え透いた魂胆には気付いているが、そういった付き合いも含めての繋がりだ。

 七歌は旧家なのでそれほど繋がりを重要視しておらず、家の立場の違いからその辺りの感じ方が異なるのはしょうがないと美鶴も小さく笑う。

 しかし、そんな風に二人が話していると入り口の方が何やら騒がしくなっていた。

 一体どうしたのだろうかと他の者も視線を向ければ、突然、入り口から英恵たちのいる最奥まで会場の中央に真っ直ぐの道が出来ていた。

 人でごった返していたはずの会場で、そんな風に人が分かれて道が出来るなど通常あり得ない。

 周辺にいる他の出席者たちも何が起きているのか分かっていないようで、その場に立ち止まって入り口の方へ視線を向けると、新たに会場に入ってくる者たちの姿が見えた。

 

「……完全にマフィアの若頭ね」

 

 会場に入ってきた者の姿を見たチドリが思わず呟く。

 黒いスーツに紺色のシャツ、赤いネクタイにスカーフのように垂らした黒いマフラー、そんなファッションでやって来たのは両眼が金色に輝いた有里湊だ。

 長い髪を結い上げ、ピンクのバラの花束を持って悠々と歩く姿は実に様になっており、“本物”という物を知っている上流階級のご令嬢たちも思わず熱い視線で見つめている。

 だがそれだけでなく、会場の中央を真っ直ぐ歩いている彼の両脇にはドレスアップしたソフィアと美紀が左右それぞれで腕を組んでおり、彼らの後ろを同じくドレスアップした自我持ちのペルソナたちが歩いていた。

 ドレスアップした女性陣に対しては会場中から男性の視線が集まっており、会場の人間の反応を見れば、彼らが入ってくる時点で道を開けた意味も納得がいった。

 自分の前に真っ直ぐ伸びる道を進んだ青年は、そのまま英恵の正面までやってくると立ち上がって彼を迎えた英恵に花束を渡す。

 

「……誕生日おめでとう。慣れてないから、花を贈ることにしてみた」

「ありがとう、八雲君。とても綺麗ね。嬉しいわ」

 

 ソフィアと美紀に腕を放すように言ってから、湊は英恵に花束を渡すと頬に軽いキスを落とした。

 それらは明らかに海外の風習なのだが、花束を貰った英恵も嬉しそうに頬へお返しのキスをしていたので、本人たちにすれば西洋の文化だろうと気にしないらしい。

 ただ、会場に来ていた者たちにすれば、総帥夫人とそれほど親しい間柄の彼は一体何者なんだという疑問が生じる。

 日本にいてテレビで彼の事を見ていた者たちは、今日は眼帯がないけれど“皇子”として知られている有里湊だろうと思っていたのだが、英恵の口から出たのは“八雲君”という聞き慣れない名前だ。

 よく似ている別人なのかと一瞬考えるも、彼のような目を惹く容姿の人間が何人もいる訳がないとその考えを切り捨てる。

 では、どうして名前が異なるのかという話になり、招待客について知っているであろう従事の者を呼んで、今挨拶している青年と一緒に来た者たちは誰だという質問が会場中でなされた。

 

「あいつ、勝手に美紀をっ」

 

 周りでは謎の美人集団という話題で盛り上がっている中、唯一人、真田だけは湊が自分の妹と腕を組んで会場に入ってきたことで怒りを感じていた。

 濃紫の暗い色のドレスを着たソフィアに対し、美紀は明るいゴールドのドレスを着ている。

 首の辺りまでしっかりと生地はあるが、袖はなく代わりにレースのグローブをしていて兄としても誇らしくなるような見事な着こなしだ。

 しかし、そんな美しい姿をした妹が何故湊と腕を組んでやって来たのか。

 堂々としているソフィアに対し、美紀は少し恥ずかしそうに照れていたものの、女二人が男を引き立てている形になっており、自分の妹が湊のおまけのように扱われているのが我慢ならない。

 そうして、最初の萎縮していた姿から一転し、普段通りの状態になった真田が妹を連れ戻そうと一歩踏み出したとき、彼は背中に氷の柱を入れられたかのような悪寒を感じ、何が起きたと振り返った。

 するとそこには、

 

「申し訳ありませんが、坊ちゃまへの接近はご遠慮願います」

 

 女中の正装たるヴィクトリアンメイド服に身を包み恭しく礼をする、英恵のお側御用である和邇(かじ)八尋(やひろ)がいた。

 会場には桐条宗家の女中の他に、和邇と同じ桐条宗家の女中とは僅かに異なるデザインのメイド服を着た者たちがいる。

 彼女たちは全員が英恵付きの女中たちであり、彼女たちは自分たちの主である英恵を何よりも優先し、さらには彼女が大切に想っている美鶴と八雲を次点で優先する。

 従者にとっては主が第一であるため、何か起きればグループ総帥の桐条よりも英恵と二人の子どもを優先する訳だが、中でもお側御用を務める和邇は英恵の精神の安定を考えて子ども二人の間にも序列を付けている。

 本来は従者が主の子どもに序列を付ける事など許されることではないが、英恵自身のことを考えての行動であり、彼女の中の序列を誰かに話すこともないので問題にはなっていない。

 だが、今ここにいる真田は明確な敵意を持って湊を見ていた。ならば、従者として見過ごせる訳もなく、忠告に従わなければ実力での排除もあり得るぞと暗に告げた。

 

「お嬢様方“S.E.E.S.”の皆様は坊ちゃまとの敵対を選んだと聞いております。本日は英恵様がお招きしたお客人としておもてなしさせて頂きますが、坊ちゃまに対し会場内であろうと接近や接触はご遠慮ください」

「俺が用があるのは妹の美紀の方だ。美紀があいつから離れれば用などない」

 

 後ろに立たれたときには悪寒に襲われたが、面と向かって話せば先ほどの気配を感じなかったことで真田ははっきりと答える。自分の目的はあくまで妹が湊から離れることであると。

 先日、美紀に化けた玉藻の前が他の者たちに今後の立場について尋ねると、特別課外活動部のメンバーは全員が港区への残留を望み結果的に敵対を選ぶ事になり、桜・英恵・チドリ・アイギス・ラビリス・コロマルといったメンバーは再び湊が去ることを恐れて彼の意見に賛同する立場となったのだ。

 よって、和邇からすれば特別課外活動部のメンバーは大切な主の子どもへ刃を向ける不逞の輩であり、招待客でなければ即座に排除しているのだが、その事を一切表に出さず淡々と言葉を返す。

 

「美紀様が坊ちゃまのお側にいるのはご本人の意思です。兄である真田様よりも坊ちゃまと共にいる事を選ばれた。その事実をお受け止めください」

 

 冷静な大人からはっきりと妹はお前より他の男を選んだと言われ、真田はショックのあまり固まってしまった。

 そんな相手の様子を気にせず和邇は言うだけ言って去ってしまい。見ていた他の者たちは、美人だけあって厳しい言葉を吐くと切れ味が半端ではないなと改めて相手の恐ろしさを認識した。

 まぁ、グループ総帥夫人のお側御用を務めるのだ。並みの神経や胆力では、権力を持って勘違いした者に舐められてしまう事もあるので、しっかりと自分の役割をこなすには彼女のような強さが必要なのだろう。

 言葉の刃を突き立てられた真田には悪いが、美鶴や七歌が英恵の側近が彼女のような強い女性で良かったと思っていると、湊が挨拶を終えて食事の置かれたテーブルの方へ移動していた。

 自我持ちたちはそれなりに自由に食事を楽しんでおり、湊の方も今日のパーティーに招待されていたベレスフォード家の者たちと一緒に話をしている。

 ベレスフォード財閥のトップである貿易王アドルフ・ベレスフォード、医療と軍事で世界トップシェアを誇る複合企業EP社トップのソフィア・ミカエラ・ヴォルケンシュタイン、そしてそんな二人と対等に話している日本で今最も勢いのある俳優である有里湊。

 彼らとのコネクションを得たい者たちは、どうにかして会話に参加してお近づきになれないだろうかと画策するも、何故だか一定の距離から近付く気になれず周りから見ている事しか出来ない。

 

「あ、お父さんとお爺ちゃんだ」

 

 だが、中には青年が気を放つことで作っていた簡易結界を突破出来る者もおり、それが自分の父と祖父である事に気付いた七歌は、一体何を話すつもりなのだろうかと美鶴と組んでいた腕をそのままにぐんぐんと彼らの方へ近付いてゆく。

 七歌に引っ張られる形になった美鶴は困り顔を浮かべつつ制止の声をかけるも、残念なことに美鶴よりも七歌の筋力の方が上だったことで、そのまま湊たちの会話が聞こえる辺りまで接近した。

 

「君は……本当に八雲君なんだね」

「この目で見るまでは信じることなど出来なかった……。だが、何故だ。どうして、あの事故で死んだお前が生きている!?」

 

 湊を見て明らかに動揺している二人は七歌と同じで龍の血を引いている。

 だからこそ、湊を傍で眺めていただけで気付くことが出来たのだろう。彼が鬼の血を引いている百鬼八雲本人であると。

 

「また、生まれた日のように鬼の力で蘇ったのか。今度は雅と菖蒲さんという両親の命を喰らって!」

 

 今日、彼らがここへやって来たのは七歌から八雲がやって来ると聞いたからだ。

 直接自分の目で見て、相手が本当に百鬼八雲であるかを確かめる。そのために、わざわざ隠居していた七歌の祖父まで七歌の父である九頭龍恭介と共にやって来た。

 結果、事故で死んだはずの彼が生きていた事は真実だと分かった訳だが、一体どのような手段で生き返りこの場に現われる事が出来たのかという疑問が残る。

 それを彼らが真剣に問いただし湊を睨めば、尋ねられた方は急に何の話だと不思議そうに相手を見ながらスペアリブにかぶりついた。

 まぁ、湊にすれば二人は一応は血の繋がりがあるだけの他人だ。祖父であり伯父ではあるが、抱き上げられたことも、頭を撫でられたことも一度もない。

 そんな者たちが急に偉そうに質問してきても答える気にはならず、ベレスフォードの話が気になっていたので食べながら続きを聞こうとすれば、湊の許に戻ってきた茨木童子が恭介らに向かって言葉を発した。

 

《貴様ら場を弁えろ。今日は英恵の生誕を祝う催しだぞ?》

「貴様はあの日の化生かっ」

 

 やってきた茨木童子を見るなり、祖父も恭介も僅かに怯えた色を宿しながらも必死に彼女を睨み付ける。

 どうやら両者には何かしらの因縁があるようだが、彼女にそんな話など聞いていない湊は相変わらず興味なさそうに両者の話を聞いていた。

 すると、今度は美鶴と腕を組んだままの七歌が怒った様子でやってくるなり、自分の父と祖父に向かって冷たく言い放った。

 

「二人とも、おばさまの誕生日パーティーをメチャクチャにするんなら出て行って」

「七歌、お前はまだその鬼に魅入られているのか?」

「二級程度の力で偉そうに八雲君を鬼呼ばわりしないでくれる?」

 

 確かに湊は鬼の血を引く者だが、七歌の父が言い放った言葉は明らかに蔑称としての意味を含んでいた。

 七歌は龍の中では珍しく鬼たちのことを尊敬していたので、龍の血にも目覚めている湊の事を格下が莫迦にするなと彼女は憤慨した。

 娘のそんな言葉を受けた恭介は、何も鬼の一族が悪い訳ではないと弁解する。

 

「違う。違うんだ、七歌。鬼の一族が悪いんじゃない。私だって菖蒲さんの事は認めていたからこそ雅との結婚も祝福した。だが、その鬼だけは、百鬼八雲だけは生きていちゃいけないんだ」

 

 叫ぶように恭介が言えば、その場の空気が数度冷たくなるような錯覚を覚えた。

 見れば、いつの間にか恭介らを囲うように自我持ちたちが立っており、全員が恭介らに明確な敵意を抱いて睨んでいる。

 だが、人間の方でも同じように今の言葉に怒りを覚えた者たちがおり、最も近くにいた七歌は瞳孔の開いた真紅の魔眼で親を見ながら言い放った。

 

「……いくら親でも、それ以上言うならただじゃ済まさないよ?」

「七歌、お前はこの鬼の出生を知らぬからその様なことを言えるのだ」

 

 口を開いた祖父に対して、七歌はまだ言うかと気をぶつけて黙らせようとする。

 けれど、相手もそれなりの覚悟を持ってやって来たらしく、二人は七歌の気を受け止めた上でさらに言葉を続けた。

 

「あの日、私たちは菖蒲さんの出産が始まったからと病院に行ったんだ。雅も落ち着きがなくて、廊下で声をかけて落ち着かせながらずっと待っていた」

「だが、分娩室に入ってから二時間後。赤子の泣き声は聞こえることなく、暗い表情で医師たちが出てきたのだ」

「確かに彼は菖蒲さんから産まれた。だが、この世に生まれ出ることは出来なかった。雅と菖蒲さんの子どもは死産だったんだ」

 

 彼が口にした言葉がはっきりとその場に響く。会場に溢れた人々の声である程度はかき消えたが、それでもその場にいた七歌や美鶴の耳にはしっかりと届いた。

 祖父も恭介も嘘を言っている雰囲気ではないが、だからこそ、七歌はそんなはずはないと震えた事で言い返す。

 

「待ってよ。そんなはずないでしょ。だって、現に八雲君は今も生きてて」

「ああ、私たちだって信じられなかった。だが、病院の個室に戻り、亡骸と共にいた菖蒲さんの前にそこの女が現われると、自分の右腕を亡骸に与えて命を吹き込んだんだ」

 

 言いながら恭介は湊の傍に立っていた茨木童子を指さした。その女があの日起きたことの元凶であると。

 見れば確かに茨木童子の右腕は、上腕の中頃から真っ白な陶器製の義手になっている。

 父親たちの言葉が真実であれば、ペルソナになっている彼女の右腕が失われていることも説明が付く。

 

「分かったか、七歌。そやつは鬼の外法で命を吹き込まれた存在。あってはならぬ命だ」

 

 しかし、まだ七歌が信じ切れずにいると、彼女の祖父は憎しみの籠もった瞳で湊を射貫きながら告げてきた。

 そこに立っているのは呪術により蘇生された忌み子、親の命を喰らって再び生き返った呪われた子であると。

 

《愚かな龍よ、控えなさい》

 

 けれど、祖父の言葉が七歌の心に染み込む前に、彼らの言葉を聞いていた赫夜比売が言葉を発し、呆れを含んだ冷ややかな視線で二人を捉えながら告げる。

 

《お前が外法と呼んだ御業は我が母より賜った龍の権能です。矛盾すら内包する八雲に生と死の概念を教えるため、生まれ出る前に姉様に八雲の魂を預け、生まれ出てから再び返しただけのこと》

《まぁ、鬼の肉体と龍の御業があって初めて出来る事だからな。力を継いでいないお前らには出来ぬだろうさ》

 

 確かに結果だけを見れば八雲が死産であったことは事実。

 けれど、それは別に八雲が生まれることなく一生を終えていた訳ではなく、完全なるモノになるために必要な手順として一時的に魂と肉体を分けていただけだった。

 おかげで湊は生きたまま“デス()”を内包出来ており、死を概念としても理解出来るようになっている。

 それを為したのは彼らが忌避している鬼の力ではなく、彼らも本来ならば受け継ぐ可能性のあった龍の力であった。

 ただ、二人は彼女たちが誰なのかを知らない。よって、七歌がこのまま無知から無礼な言葉を重ねないようにと茨木童子と赫夜比売を紹介した。

 

「この二人は八雲君に憑いてる両家の始祖だよ。八雲君の誕生は始祖二人にも祝福されたものだったの。だから、二人が何を言おうと百鬼八雲は龍にも望まれた存在だってこと」

「そんな馬鹿な。龍の始祖が鬼に憑くなどっ」

《莫迦はお前だ。鬼が龍を守っていたのは、姉が妹の一族を案じた故だ。龍が鬼の主などというのは冗長した龍の子孫が勘違いを起こし抜かした戯れ言に過ぎん》

 

 鬼を従える龍の話を聞いて育っていた恭介にとって、自分たちの祖が忌み子と呼んでいた鬼に憑いていることは認められる事ではなかった。

 龍の正統な当主は娘の七歌であると信じてきたというのに、二つの一族の関係からして龍の思い込みだと言われては自分の信じてきた物が崩れ去っていく感覚を覚えてしまう。

 しかし、七歌の言葉が真実で、鬼の方はともかく湊の傍にいる女性が龍の祖である事は血で理解出来てしまった。

 もしものことがあれば、雅と菖蒲の命を喰らった忌み子を自分たちの手で冥府に送り還そうと思っていた二人は、愕然としながらその場に立ちすくんでいると、勝手に盛り上がっていた七歌たちを冷めた目で見ていた湊が口を開いた。

 

「……話は終わったか? お前ら、他所の誕生日パーティーで問題を起こすなよ」

 

 それだけ言うと湊は料理を取りに別のテーブルへと行ってしまう。

 龍に伝わる退魔の宝具を持って決死の覚悟をしてやってきたというのに、歯牙にもかけられていなかったという事実は、二人の男の心を折るのには十分だった。

 

 

 


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