【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百五十九話 不穏

――都内・某所

 

 前回の満月からおよそ一ヶ月、幾月が秘密裏に作った研究所の一室にストレガたちの姿があった。

 普段はここへ来ていないマリアも今日は来ているが、幾月と一緒にいる結城理の事をジッと睨んでおり、彼女は彼らとは一切言葉を交わしていない。

 他のメンバーたちも理と会ったときにはよく知った人物にそっくりで驚いたが、彼の正体が有里湊の元になったオリジナルだと聞かされた際、湊のことを同じ遺伝子を持つだけの劣化品と称したことでマリアは理を敵と認識したのだ。

 そんな少女の反応を見た理や玖美奈は、戦闘のスイッチが入らぬ限り相手が幼稚な事から、子どもの反抗などどうでもいいと切り捨てていた。

 もっとも、理と玖美奈は相応の時期になるまで動く事が出来ない。それは理が湊とそっくりな事が原因だが、それまではどうしてもストレガに実働部隊として動いて貰う必要がある。

 故に、マリアの事はどうでもいいと見なしつつも、理や玖美奈だけでなく世間では死んだことになっている幾月も、ストレガたちがこれから特別課外活動部を相手にどう動くつもりなのかを現在尋ねていた。

 

「人数が増えた事で戦力が増したようだが、君たちはどうやって対処するつもりなんだい?」

 

 巌戸台分寮が拠点だと分かっていれば、特別課外活動部の戦力を調べるのはそれほど難しいことではない。

 幾月が調べたところ、最近になってチドリ、ラビリス、コロマルといった三名が巌戸台分寮に出入りしているらしい。

 ペルソナの索敵能力を使ってしまうと相手に気付かれる恐れがあるため、一緒に影時間の戦いに出ているかまでは分からないが、お互いに影時間に関わっていると知ったなら活動している可能性は高い。

 無論、それは一人の青年を除いての話になるが。

 

「今度の戦いでは彼らの戦力が分散されます。片方は先月のアルカナシャドウへ、残りは今回のアルカナシャドウの許へ向かうでしょう。数で勝っている者たちが自ら己の利点を潰してくれるのです。ならば、我々は分散した敵のどちらかに戦力を集中させればいい」

「ふむ、それは確かにそうだが、エヴィデンス側のペルソナ使いが合流したなら、例え分散しても簡単にはいかないんじゃないか?」

 

 顎に手を当てて思案するように話す幾月は、ストレガと変わらぬ実力を持つチドリたちの存在は無視できないのではと尋ねる。

 元からペルソナを扱うように作られていたラビリスは勿論、ペットとはいえ弱肉強食を本能で知っているコロマルや、研究所時代に使っていた制御剤で寿命が縮んでいるチドリなど、湊の傍にいる者たちは通常よりも高い適性値を持っている。

 それは制御剤で今も寿命を縮めて死に近付いているストレガも同様で、彼らは七歌やアイギスを除けば、一人で特別課外活動部のメンバー二人を相手する事が出来た。

 今現在、特別課外活動部の戦力は八人。これは戦闘力を持たぬ風花を除いた人数だが、そこにチドリたちが加わっても十一人にしかならない。

 人数をほぼ均等にしようすれば六人と五人。もしも、少数精鋭を目指して少人数の方を七歌、アイギス、チドリ、ラビリス、コロマルというメンバーで固めてくれば面倒だが、戦力のバランスを考えるとその五人はばらけるはずだ。

 ならば、大した力を持たない本来の特別課外活動部のメンバーなど恐れる必要はない。主力たる先に挙げた五人の誰かを狙うか、チームの弱所たる残りのメンバーを狙っていくか、どちらにせよ敵が分散したところを突けばストレガには十分な勝算があった。

 その事を考えながらタカヤは、確かにチドリたちの合流は自分たちにとってマイナスではあると肯定した上で、もう一つ忘れてはならない存在も実は計算に入れていないのだと自嘲気味に話す。

 

「ええ。それに私の読みにはミナトの存在が考慮されていません。理由は、彼が桐条に力を貸すとは思い難いからですが」

 

 最も警戒すべき相手が敵戦力に数えられていない。そんな前提の作戦など机上の空論にもならぬ都合の良い妄想でしかない。

 けれど、タカヤたちは湊の内に燃える憎しみと怒りの炎の片鱗を見ている。

 研究所で出会ったばかりの頃はそれほどではなかったが、脱走する日に豹変した彼を見て、人としてあるための境界を完全に踏み越えた事を理解した。

 周りの人間がどれだけ尽くそうと彼の中から黒い感情が消えることはない。

 だからこそ、今の時点で利用価値を持たぬ特別課外活動部と湊が手を結ぶことはない確信があったが、湊のことを知らぬ理は呆れ気味に雑な作戦だと問題を指摘した。

 

「そうなると、あいつが一人出てくるだけで戦況は随分変わるんじゃないか? 僕と姉さんならともかく、お前たちじゃアレを止めきれないだろ?」

「ええ、確かに。ですが、彼が力を貸すとすれば混成メンバーにはなりづらく、片方はミナトをリーダーとした第二部隊になるでしょう」

 

 力を貸すと言うよりは作業の分担。敵が二体いるのだから、互いに不干渉という前提の元で別々の敵に当たることは考えられる。

 そのときのチーム分けはチドリたちだけが湊側につくと思われ、元の特別課外活動部で一つのチームになるに違いない。

 

「ミナトがリーダーでいてくれるなら、そちらには誰か一人をメッセンジャーとして送れば合流させる事は防げるかと」

「彼が助けに向かうとは思わないのかい?」

「ミナトが桐条側に仲間意識を持つとは思えませんので」

「なるほどね。じゃあ、君たちは本来の特別課外活動部のメンバーを相手に戦うのか」

 

 合流すれば厄介な追加戦力を湊が連れて行ってくれるのならば、人数で囮ながらも個人の強さで勝るストレガたちにも勝機はある。

 何せ相手にはアルカナシャドウを狩るという目的があるのだ。

 普通にぶつかっても厄介な相手と戦おうというのに、背後から邪魔されれば目的達成のために一部の者をストレガの足止めに割かねばならない。

 

「もし我々と相手が遭遇すれば、主戦力はアルカナシャドウを倒すため先に進み、何人かが足止めとして残ると思われます。その段階になればこちらの作戦は成功と言って良いでしょう。日常に浸りきった相手は弱点も多く、正々堂々と戦わずとも戦力を削ぐことは出来るのですから」

 

 アルカナシャドウは誰かが倒す必要があるので、役目を負って貰うためにもストレガはここで全力を出して相手を狩ろうとは思っていない。

 だが、天然のペルソナ使いだけあって相手の成長速度は目を見張るものがある。

 このまま成長されると次の段階に移る際に障害となり得る可能性があるため、出来れば一人か二人は数を減らしておきたかった。

 いくら湊と接触したと言っても相手は学生でしかない。裏の仕事をしている者たちの怖さを知る訳もないので、タカヤはさして難しい仕事ではないだろうと薄く笑った。

 

 

9月5日(土)

影時間――巌戸台分寮・作戦室

 

 一ヶ月ぶりの満月がやって来た。前回はストレガの妨害があってアルカナシャドウを倒せず、この一ヶ月でかなりの無気力症患者が生まれてしまっていた。

 今回も敵を漏らせば病院に収容できない数の無気力症患者が生まれる恐れがあり、さらに言えば先月倒す予定だったアルカナシャドウの被害者が完全には回復しなくなるかもしれない。

 無気力症になっても一、二ヶ月ならば完治すると見られているが、それも確かではないので、七歌たちは先月倒す予定だった方を優先的に倒すと決め、美鶴と七歌が中心となって改めて今日の作戦の確認を行なっていた。

 

「湾岸部側は反応の大きさから二体、ポロニアンモール側は一体だと思われる。先月討ち逃した方はさらに人の心を食べて成長しているだろう」

「敵の数と強さから湾岸部側に戦力を多く割きます。チドリたちも今回は参加してくれるから、私と先輩たち以外は全員そっちに向かってもらう」

 

 事前に軽くは打ち合わせをしていたものの、やはり四人でアルカナシャドウを倒しに向かうと聞いて一部の者たちは心配そうな顔をする。

 確かに四月や五月の敵は実質四人以下で戦い勝ってはいるが、アルカナシャドウは段々と強くなっているのだ。

 いくら戦い慣れているメンバーで固めているといっても、心配になってしまうのは無理もなかった。

 

「あー、七歌っちさぁ。もし、そっちにストレガが出たらどうするんだ?」

「そのときはストレガの相手をするよ。こっちは一体だし一月目だから猶予はあるからね。まぁ、だからこそ逆にそっちに現われたときが大変なんだけどさ」

 

 確かにアルカナシャドウを倒すことは重要だが、それで自分たちがやられてしまっては意味がない。

 ストレガが妨害に現われればシャドウを諦めて応戦し、来月にでも倒すことにするよと七歌は素直に答えた。

 彼女のこういった臨機応変さは、目的に拘りがちなメンバーの多いこのチームにとって稀少であり、だからこそ彼女が全体の指揮を任されている理由と言えた。

 事前に対応を考えている彼女が一緒に行くのであれば、人数が少なくても問題はなさそうだと順平も納得した顔になり、続けてもし湾岸部の方にストレガが現われたらどうするかという話に移る。

 

「問題はこっちに来たときだよな。一応、指揮は風花が執ってくれる予定だけど、流石に足止めとシャドウ討伐の二ヶ所をリアルタイムは難しいだろうし」

 

 リーダーである七歌が美鶴たちと一緒に行ってしまうので、もう一つの現場指揮官にはバックアップを普段から担当している風花が選ばれた。

 彼女は戦闘には参加しないので、慣れない部分があっても余裕を持って指示を飛ばす事が出来るだろうと七歌と美鶴が判断しての人選である。

 まぁ、瞬間的な指示は戦闘慣れしているチドリやラビリスも出来るため、そういった者が複数いるのなら戦闘自体は行えるものと思われる。

 だが、実際の戦闘員が七人しかいない状態で、もしもストレガが現われれば状況はかなり厳しくなる。

 ストレガは全員が戦闘力を有するチームだ。普段は活動に参加しないマリアのような者もいるが、彼女を除いても人数は五人とそれほど差がない。

 対人戦闘どころか殺人にも慣れている者たちを相手に、たらふく人の心を食べて強化されたアルカナシャドウ二体を倒しに向かう余裕などないだろう。

 シャドウの居場所は変わっておらず、それはつまりストレガにも所在がバレているということ。

 本当に邪魔をするつもりならば、彼らは迷いなく湾岸部の方に戦力を集中させて来るに違いない。

 ストレガたちは風花やチドリと同じように索敵能力を持った者が反応を消していて見つからず、本当に現場に行ってみない事にはいるかどうかも分からないため、改めて考えてみると不安になってきた。

 

「うーむ、ストレガがいなけりゃ簡単なんだけどなぁ。ポロニアンモールの方は捨てて私たちも湾岸部に向かうべきか」

「ああ、流石に今回を逃せば甚大な被害が出る可能性がある。もしもを考えるとそちらの方が良いかもしれないな……」

 

 今日の作戦において、湾岸部のシャドウを倒すことは絶対条件であり、敵が来たとしても成し遂げなければならないことだ。

 それを思えば七歌は当初の予定を変更し、湾岸部の方へ戦力を集中させた方が良いかもしれないと考え直した。

 敵がいながらそれを見過ごす事になると聞いた真田は複雑そうな顔をしたが、彼も優先順位は把握しているので文句は言わない。

 ただ、それでもやはり完全には納得がいかないのか、真田以外の者もどうするか悩んでいると、話し合っている子どもたちを後ろから眺めていた栗原が何かに気付いたように入口の方を向いた。

 

「良いタイミングで来てくれたね」

 

 栗原の言葉に反応して他の者たちも入口の方へと振り返る。

 すると、そこには両眼を金色に輝かせた湊が立っていた。

 今まで散々連絡しようとしても一切繋がらなかった相手の突然の登場にメンバーたちは驚く。

 ここは桐条側のペルソナ使いたちの拠点だ。正体がばれる前ならばともかく、この地への残留を望んだことで七歌たちが明確に敵対を選んでから、彼がわざわざここへ足を運ぶ理由が分からない。

 もしや、湊の主張を肯定し味方になると言っておきながら、今も七歌たちに協力しようとしているチドリたちを連れ戻しに来たのか。

 そうなれば、ただでさえ人数が足りていない戦力がさらに減ることになる。

 彼がここへやってきた目的が分からず、静かに場を緊張が包んでゆくと、部屋の中央のテーブルまでやってきた湊がチドリたちを見て口を開いた。

 

「……チドリ、真田はどうした?」

「今日は自分の家にいるわ。私たちが戦闘に参加するから桔梗組に預けることも出来なかったし」

「それならそれでここへ連れてきたら良かっただろ」

「本人が自宅でいいって言ったのよ。敵に襲われたならここのセキュリティも信用出来ないからって」

 

 本来、チドリやラビリスには満月で凶暴化するシャドウから美紀を守るという仕事がある。

 湊はここ最近連絡もつかず行方不明になっていたが、彼女たちが友人と結んだ約束を守っていると思っていただけに、ここに美紀の姿がなかったことが意外だったようだ。

 ただ、湊と特別課外活動部の対立以降、彼女は自分の兄を含めた特別課外活動部のメンバーらと少し気まずくなっていたので、巌戸台分寮のセキュリティが信用出来ないというのは、会うのを避けるための嘘の可能性もあった。

 チドリからそういった話を聞いた湊は呆れた様子で短く嘆息すると、チドリやラビリスのことを見つめて言葉を続ける。

 

「危険だから護衛していたんだろうに。一人もつかずにいさせるなんて無責任なやつらだ」

「っ、そもそも八雲と連絡がつかないから、こうやって不足してる戦力を補うために戦おうとしてるんじゃない!」

 

 今度の満月は計三体のアルカナシャドウを相手に二ヶ所で作戦行動を取る必要があった。

 さらにタカヤたちストレガが出てきて妨害してくる可能性もあるので、どうやっても特別課外活動部だけでは手が足りない。

 そこでチドリたちは、影時間を消すという目的は一緒だからと助っ人契約を延長して、今日も一緒に作戦に参加するつもりでいたのだ。

 おかげで美紀の護衛につけなくなってしまったが、相手も護衛につけない理由には納得していたので、急に現われた者に好き勝手言われる筋合いはないとチドリは言い返す。

 けれど、声を荒げて主張してきたチドリを冷めた目で見ていた湊は、そんなに連絡が取りたければあらゆる手段を試せば良かっただろうにと漏らす。

 

「仕事用のメールアドレスに連絡してくれば読んださ。栗原さんにもそれで呼ばれたから話を聞きにきたしな」

「まぁ、縁を切っててもビジネスの付き合いは可能かと思ってね。半分賭けだったが上手くいってよかったよ」

 

 チドリたちはプライベートの連絡先やEP社の人間を通じて湊と連絡を取ろうとしていた。

 だが、本人がプライベートで呼ばれても反応しないのであれば、部下たちが勝手に伝言するなど出来るはずがなかった。

 その辺りを理解して栗原は仕事用のアドレスにメールを送り、今日の影時間にチドリたちを含めたメンバーがどう動くか話し合うだろうから来るといいと伝えた訳だが、どうして家族にそんな方法で連絡しないといけないのかとチドリは不満げだ。

 だが、そんな個人の感情など知ったことではないとばかりに、湊はアイギスに視線を向けると話し合いの結果を尋ねた。

 

「アイギス、お前たちがどう動く予定なのか教えてくれ」

「はい。当初の予定ではポロニアンモールに七歌さんを含めた四名が赴き、残りのメンバーで湾岸部の二体を叩くつもりでした。ですが、湾岸部はストレガが妨害に現われる可能性が高く、足止めをしながらシャドウを倒すのは困難ではと話していたところです」

 

 味方とも言えない相手に自分たちの作戦をバラして良いはずがない。

 そう思って美鶴などがアイギスを止めようとするも、アイギスは一切躊躇うことなく全て湊に話してしまった。

 まぁ、彼が敵対するつもりで掛かってくれば止められないので、どちらにせよ隠す意味も薄かったことで諦めるが、七歌たちの動きを把握した彼がどう反応するか見ていれば、湊はポケットに手を入れたまま背を向け入口の方へ進んでゆく。

 

「あ、湊君ってばどこ行くんよ?」

 

 話を聞いておいて無反応とはどういう事なのか。そういった意味も込めつつラビリスがどこへ行くのか尋ねれば、湊は普段通りの何にも興味のない無表情で言葉を返してきた。

 

「……お前らの動きは把握したから、こっちはこっちで勝手に動くだけだ。湾岸部には来なくていい。あの程度ならすぐ終わる」

 

 既に影時間になっている以上、ここでいつまでも時間を浪費してはいられない。

 そう言いたげに歩き出した湊は、このまま一人で湾岸部の敵を仕留めてくるとだけ言い残して出て行こうとする。

 確かに彼の実力を持ってすれば余裕かもしれないが、自分たちが悩んでいたことをあっさりと解決されると複雑な気分になる。

 彼は別に助けてくれる訳でも、共闘してくれる訳でもない。ただそこに邪魔な敵がいるから相手を殺しに向かうだけだ。

 突然やってきて蹂躙して去って行く。そんな天災のような存在に狙われた者には同情を禁じ得ないが、今回は七歌たちにとってプラスに働くので無問題。

 出て行く彼を追いながら、七歌は彼に着いていきたい者は自由にしろと告げた結果、チドリたちにアイギスを加えたメンバーだけが湊の方へ向かい。残りメンバーでポロニアンモールへ向かうことが決まった。

 厄介な方に湊が向かう以上そちらに関しての心配は消える。

 あとは自分たちは自分たちの仕事をするだけだと、七歌たちは急いでポロニアンモールへと向かった。

 

 

――港区巌戸台

 

 七歌たちがそれぞれの目的を目指して寮を出た頃、巌戸台のとある住宅街に一人の男の姿があった。

 まだ夏の暑さの残る時期だというのに、ダボダボのパーカーとカーゴパンツを身に着けた男は、暇そうに手元でナイフを遊ばせながら連絡を待っていた。

 

《カズキ、動いたよ》

「ちっ、やっとか……」

 

 突然聞こえてきた仲間からの通信に、どれだけ待たせるんだと舌打ちしながら彼は文句を言う。

 自分もペルソナ使いの敵と戦いたかったというのに、適材適所というやつで裏方へと回されたのが大層不満だったようだ。

 だが、確かにタカヤやジンに同じ事が出来るとは思えず、敵戦力を減らすという目的がある以上はカズキも仕事をしなければならない。

 生き物の気配がしない静かな住宅街で移動を始めた彼に、メノウが通信で湊が湾岸部の方へ向かい、特別課外活動部がポロニアンモールにそれぞれ向かったことを伝えた

 

「そうか。ンじゃ、こっちの仕事も無駄にならねェなら待った甲斐もあったな」

《うん。ミナト君が来たのは予想外だったけど、タカヤの読み通りに別行動みたい。ボクらはこのまま桐条の方へ行くからそっちもよろしく》

「おう、分かった」

 

 通信が切れるとカズキは再び手に持ったナイフを投げて遊びながら進んでゆく。

 先月はタカヤたちが特別課外活動部へ挨拶をしている間に、裏で幾月殺しの偽装工作をしていたし。今回もそれと同じ要領でやるだけだ。

 彼が進む先には一軒の民家が見えてきて、表札に書かれた“真田”の文字を確認した彼は口元を歪める。

 本当なら彼らが去った後に巌戸台分寮へ向かい。今度は栗原を刺し殺してくる予定だったのだが、今日はどういう訳か適性だけ持っているメンバーの妹が自宅にいた。

 住所も相手が適性だけは持っているという事も、全て幾月から教えて貰ったことだが、気付くのが遅れるであろうそちらを狙う方が容易く、またメンバーたちにも精神的なダメージを与えられるのではと標的が変更された。

 

「ちっ、やっぱ鍵掛かってンな」

 

 玄関の扉に手をかけても扉は開かず、ピッキングスキルなど持っていないカズキは面倒臭いなと頭を掻く。

 相手がいるのは分かっている。そこは索敵能力を持っているメノウにも確認して貰ったので確実だ。

 ならば、この扉さえ突破すれば適性しか持たない相手などどうにでもなるので、すぐに突破してしまおうと召喚器を抜いた。

 

「ぶっ壊せ、モーモス」

 

 カズキが引き金を引けば、その場にボロ布を纏った痩せぎすな男性型ペルソナが現われる。

 召喚されたモーモスは手に持った鎌を大きく振りかぶると、玄関の扉に向かってそれを振り下ろした。

 

「よーし、土足で邪魔すンぞ」

 

 音を立てて崩れた扉の残骸を踏みながら侵入してゆくカズキ。

 上で物音がした事から相手も扉が壊れる音で目覚めているのだろう。

 別に抵抗しても構わないが、走って逃げようと考えているのなら無謀にもほどがある。

 そんな事を考えながら、カズキは美紀のいる二階への階段をのぼっていった。

 

 


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