【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二十六話 もう一人の住人

???――ベルベットルーム

 

 湊は目を覚ますと、ベルベットルームの椅子に座っていた。

 上昇するエレベーター特有の浮遊感を感じながら、テーブルを挟んだ向かいで不気味な笑顔を見せて座っているイゴールに視線を向ける。

 だが、基本的に湊がイゴールと言葉を交わすことは少ない。

 ここベルベットルームの主で、ペルソナの融合など従者の二人には出来ない技術を持っているようだが、湊は現在の所持ペルソナたちでメンバーを固定しているため、新たなペルソナを生み出す以外の仕事をしていないイゴールとの接点はほぼ皆無となる。

 そうなってくると、来たときには挨拶をするものの、鍛錬を受けているというのもあり、主に接するのはイゴールの後ろに控えている従者の二人になってしまうのだ。

 けれど、いつも従者が立っている場所に視線を向けた湊は、普段とは違う者がそこに加わっていることに気付く。

 

「……?」

 

 己から見て、イゴールの左側にテオドアが立ち、右側にはエリザベスがいるのが常だった。

 しかし、今日はエリザベスだけでなく、青いスカートタイプのスーツを身に付けた銀髪の女性もその隣に立っていた。

 ヒールを履いているのもあるのだろうが、エリザベスよりも背が高く、雰囲気からして年上に見える。

 そこまで考えたところで、そう言えば三人姉弟だと言っていたなと思い出し、湊はスーツの女性が二人の姉だと気付いた。

 

「はじめまして、俺は有里湊」

「お初にお目にかかります。私はマーガレット、エリザベスとテオドアの姉です。お客様のお話は二人から聞いておりました。別件の仕事で出ておりましたが、これより私もお客様のサポートに就きますので、どうぞよろしくお願い致します」

 

 挨拶を交わしたマーガレットは丁寧に礼をして、湊に微笑を向けてくる。

 エリザベスとはまた違った妖艶な雰囲気を漂わせているが、人ではあり得ぬ気配も同時に纏っている事で、マーガレットもまた力を司る者の一人であることを湊は本能でも理解する。

 彼女の瞳は他二人や湊と同じ、人ならざる者の証である金色。

 年齢が上の分、妹弟よりもまともな知識や常識を持ち合わせているのだろうが、最も危険なのはマーガレットだと思う事にして、湊は会話を続けてゆく。

 

「サポートって、今後は二人で俺の担当をするってこと?」

「はい。お客様があの箱庭よりお出になったことで、夢を介さずとも現実からここへお越しいただけるようになりました。ここへ訪れるための扉は、契約者の鍵をお持ちの方のみ視認が可能となりますが、現在用意しましたのはタルタロスのエントランスとポロニアンモールの裏路地の二ヶ所のみ。ですが、お客様は諸事情によりなかなかどちらにも近付けないようですので、私も担当に就くことで特例で三つ目の扉をご用意することになったのです」

 

 それは湊にとって非常にありがたい決定だった。桔梗組本部からタルタロスまでは、タナトスで普通に飛べば三十分ほど掛かる。

 全速力ならばもう少し短縮出来るだろうが、ベルベットルームに来るためとはいえ、桐条に対する警戒をした状態で、そんな往復を続けていればいつかとんでもない失態を犯すだろう。

 客側の事情など本来ならば無視しても構わないというのに、サポートが増える上に特例まで認めて貰えるとは至れり尽くせりだ。

 そうして、少々気を良くした湊は、今でも鍛錬で世話になっているテオドアだけ担当になっていないことを僅かに気にしながらも、三つ目の扉の場所と、担当者が増えることでのサービスの変更点を尋ねることにした。

 

「特例を認めてくれてありがとう。それで、扉の場所と担当が増えることで何が変わるのか教えてくれる?」

「フフッ、その説明は私がいたしましょう」

 

 湊が尋ねると、そういって今まで楽しそうに見ていただけのイゴールが話に加わる。

 説明は基本的に従者に任せている場面しか見てこなかっただけに、珍しいと思いながら湊も耳を傾ける。

 

「まず、扉の場所ですが、それは未だ決まっておりません。と言いますのも、お客様が今後為される活動を考えれば、行動範囲があまりに広過ぎるため、特定の場所に用意してもご利用して頂けない可能性があるからでございます」

 

 確かにイゴールの言う通り、裏の仕事を始めればどこかに何泊かして仕事に当たることも考えられる。

 湊は今も基本的にチドリの傍にいようと思っているが、これまでのように自分の傍に置くことは安全だとはもう思っていない。

 むしろ、自分たちのいる場所を嗅ぎ付かれないよう、日中以外は単独ないし裏稼業の人間と活動して家から離れるつもりでいる。

 そうなると、活動範囲から行動パターンまで何もかもが未定で、仮に三つ目の扉が桔梗組本部の敷地内に用意されようが、帰宅自体が不定期で無駄になり得ることが容易に想像できた。

 

「それゆえ、三つ目の扉はお客様にお渡しした鍵に少々手を加えさせて頂き、悪魔召喚のゲートのように展開して頂くことにさせていただきます」

「八雲様、契約者の鍵を此方へ」

 

 イゴールが説明を終えると、心なしどこか普段よりも冷たい無表情なエリザベスがペルソナ全書を開いて持ってきた。

 開かれたページには鍵を納める窪みがあり、その周りには見たこともない文字と紋様が描かれている。

 たったこれだけで鍵の機能を追加できるとは、やはりベルベットルームの技術は現実とはかけ離れていると思い知らされつつ、湊は素直に鍵を具現化して窪みに納めた。

 

「確かに……では、失礼致します」

 

 しっかりと鍵が納まったことを確認してエリザベスが本を閉じると、途端に本が淡い光を纏いだす。

 白けた青、若葉のような緑、夕焼けを思わせるような赤、そんな風に次々と色が変化し光が増してゆく。薄暗いベルベットルームが本の放つ極光に照らされると、最後に一度強烈な真っ白い光を発して本は沈黙した。

 

「…………」

 

 見た限りでは本の装丁には何も変化はない。テオドアやマーガレットの持っている物と全く同一のデザインのままだ。

 あれだけの光を纏いながら本自体に変化がないのであれば、鍵に効果を追加するのはそれほど複雑な技術を必要としたのだろう。

 エリザベスが本のページを開くと、今までペルソナカードの裏面と同じ仮面が描かれていたキーヘッドが、新たにペルソナ全書と同じ六芒星に絵柄を変えてそこにあった。

 自分で手に取れとばかりに本を差し出され、若干いつもと違う様子のエリザベスを不思議に思うが、湊は素直に鍵を窪みから取り出した。

 

「……使い方は?」

 

 機能を追加した事で変化したことは分かるが、その新機能を使う方法が分からない。

 まさか鍵を使って空間を切り裂くなどという事はないだろうし、手元の鍵とエリザベスへ交互に視線を送りながら尋ねる。

 すると、ポンッ、と音を立ててペルソナ全書を光に変化させ栞に仕舞い。背後から椅子の背もたれを越え、頭の上に覆いかぶさるような形でエリザベスは湊の鍵を持った右手に自身の右手を重ねた。

 

「実際の扉の場合は現実の鍵と同じ使用法で構いません。そして、八雲様専用の扉を開くときには、このように手に力を纏ったまま十字を切り、その中心に鍵を差し込み右に回します」

 

 ペルソナのカードを出すときと同じ要領で、鍵を持ったまま青白い光を手に纏い、エリザベスは素早く十字を切る。

 普通ならば空中で十字を切ってもどこが中心か分からないだろうが、手に纏った力に鍵が反応したのか、空中に十字の光が残り、はっきりと中心がどこであるか視認できる。

 そして、そのまま丁度交差している部分に鍵を挿し右にまわすと、ガチャリ、という鍵の開く音が頭の中で響いた。

 その直後、まばたきをした一瞬の間に、目の前に青い大きな扉が現れていた。金色の蝶のような模様が描かれており、初めて見るがこれがベルベットルームへと通じる扉なのかと湊は把握した。

 

「開いてみても?」

「モノクロチェックの床をした境道を通り、あちらの扉から出てくるだけでございます」

「……今日はどうしかしたのか?」

 

 現れた扉を実際に開けてみてもいいのか尋ねると、エリザベスは壁際にある扉を指差し淡々と答えるだけで、まるで素っ気ない態度を取る。

 いままでこんなことは一度もなく、むしろ、一歩引いた態度でありながら助言をするなど、エリザベスの方から控えめに関わってくることが多かったくらいだ。

 そのため、今日の態度は怒っているようにしか思えず、鍵を消したことで一緒に扉も消えるのを見てから席を立ってエリザベスと向き合う。

 ここ数ヶ月で身長も少しは伸びた。まだエリザベスの肩にも届かぬ背丈だが、来たばかりの頃は普通に抱き上げられていたので、それが難しくなってきたのは大きな変化だと湊は思っている。

 そうして、縮まってきた身長差を実感しつつ湊が真剣な表情で見つめていると、完璧に作られた微笑を貼り付けていたエリザベスは、小さく溜め息を吐いて無表情になった。

 現実離れした美しさをしているだけに、表情が完全に消えると人形のような不気味さも感じてしまう。だが、その無表情の奥に何かしらの感情が隠されているのは分かっているため、見続けていると、エリザベスは右手を振り上げ、高速で振り抜いた。

 

「っ!?」

 

 急なことで状況は分からないが、湊は反射神経をフルに使って上体を逸らし、死神の鎌とも言える攻撃を何とか躱す。

 目の前を通り過ぎる腕は、あまりの速さに一条の青い曲線と化し、その威力からゴオッ、というあり得ないスイングの音を湊の耳に届けた。

 上体を逸らしそのままバク転で距離を取ると、攻撃してきた理由を湊は問い詰めた。

 

「……何も言わずに急に攻撃とは、随分だな」

「先日の夜の事を思い出して頂ければ、私がこうした意図もお気付き頂けると存じます」

「先日の夜?」

 

 言われて思い出そうにも、最近はエリザベスと会っていなかった。

 脱走の日から一週間ほど寝込み、その後も魔眼のオンオフが使えなくなっていたので、鍛錬が出来ずにいたのだ。

 もしこれで、「ずっと心配してたんだから!」や「何で会いに来ないの!」という恋人的な発想であれば湊も悩む事はない。勿論、本当にそうであったなら、今とは別の悩みを持つ事になるが、言われても全く覚えの無い湊は、正直に白状する事にした。

 

「ごめん、言われても覚えがない」

「では、私と結んだ契約の内容は覚えておいででしょうか?」

 

 湊が覚えがないと言った途端に、エリザベスは普段よりも僅かに目を大きく開いて、再び無表情に戻ると、底冷えするような冷淡な声色で湊に尋ね返す。

 先ほどの話は全く思い出せなかったが、今度の方は大丈夫だと顔を上げて答えた。

 

「契約を果たすまで死なない、だろ?」

「結構です。では、それを踏まえた上で、現実時間で一昨日の夜、八雲様ご自身の身に起きた事をお聞かせ願えますか?」

「……そういう事か」

 

 一昨日の夜と言えば、湊とチドリが桔梗組の本部に乗り込んだ日であり、その日の最後に湊の身に何が起こったのかを考えると、渡瀬との戦闘で敗北し殺された、というのが思い出された。

 エリザベスは契約不履行の場合には、相応の処罰を受けて貰うと湊に告げてある。

 よって、先ほどの攻撃は、何故契約を果たす前に一度死んだのかという、問い詰め兼罰則だったのだろう。

 生物は死ねばそこで終わり。湊はデスを宿していたから蘇生されただけで、その力だって頭部を一撃で飛ばされれば使えず死んでしまう。

 自分の命に対する認識の甘さと、契約を意識していなかったことを反省し、湊は未だ冷たい視線を送り続けている女性に謝った。

 

「ごめん、一回死んだ」

「見事正解でございます。では、私との契約を反故にした罰則を受ける覚悟は出来ておいででしょうか?」

「いや、出来てないよ。俺はまだ生きてる。その契約における死の定義は“完全な生命活動の停止”だ。だから、罰則を受ける事は出来ない」

 

 湊がそう答えると、エリザベスは僅かにムスッとした表情になる。

 別に罰則を与える事を嬉々として楽しみにしていた訳ではない筈なのだが、生き返ったからノーカウントだと躱されるのは、少々詭弁ではないかと思ったのだ。

 だが、湊も簡単に認めて、あんな喰らえば頭が飛びそうな平手打ちを受けたくはない。

 そうして、お互いに譲らず、徐々に闘気のようなものを纏いだすと、第三者がそれを止めた。

 

「エリザベス、話の途中よ。下がりなさい」

「……姉上、これは契約を交わした者同士の問題です。例え姉上であっても、干渉はご遠慮ください」

 

 向かい合っていた両者の間に立ったマーガレットがエリザベスを下がらせようとするが、エリザベスは背筋がゾクリとするような微笑を見せ、「関係ないやつは引っ込んでろ」と遠回しに返す。

 妹にそんな事を言われ、口元を僅かに引き攣らせ、直ぐに目だけが笑っていない微笑みを作ったマーガレットもエリザベスのように闘気を放出し始めるが、大人の対応か、急に戦いを始めたりはせず、持っていたペルソナ全書を開いて湊に歩み寄った。

 

「失礼致しました。先ほどまでの話の続きをさせていただきますが、先ずはお客様に私との契約を結んで頂きたいのです。契約には責任が伴いますが、お客様ならば果たす事が出来るかと」

 

 マーガレットとの契約は鍵に機能を追加する条件として含まれているので、鍵に機能を追加してしまった以上、はっきり言えば事後承諾のような形である。

 しかしながら、相手が同意を得ようとしている事から、先に鍵への機能追加をしたのはイゴールかエリザベスが先走っただけで、マーガレット自身は誠意を持った対応を心掛けているように思えた。

 ならば、邪険になどするはずがなく、湊は自分と同じ色をした相貌を見つめながら返す。

 

「……内容は? 契約内容によっては、結べないものもあるから、聞かないことには答えられない」

「お客様が私と結ぶのは、『命のこたえをみつける』という契約でございます。“命のこたえ”とは本来明確な答えなどなく、常人ならば末期にようやく至るようなものでございますが、いかがでしょうか?」

 

 小さく首をかしげて尋ねてくる相手に湊は何も返さず、自分の中でその契約内容の意味を考える。

 思えば、これまで自分が結んできた契約は全て“命”や“死”に関わる内容になっていた。

 第一の契約はアイギスと結んだ、地球に存在する全ての生命の滅びを回避するため、デス()を倒すことに力を貸すというもの。

 デスの存在理由を知った今となっては果たす事は出来ないが、滅びの回避に主点を置くのであれば、シャドウの母たる存在であるニュクスを倒すことに力を貸せば良いのだろう。

 続いてエリザベスと結んだ第二の契約は、契約を果たすまで死なないという、まるで湊が死ぬことが前提であるような内容だ。

 もっとも、確かにエリザベスの推測は当たっており、湊は既に臨死体験を一度と、生命活動の停止を一度経験している。

 これが近所の主婦同士による井戸端会議のノリならば、「まったくよく死ぬわねぇ」と笑い話で済んだのだろうが、先ほどの反応を見る限りエリザベスはかなり本気で怒っているようだった。

 契約における死の定義を、“完全な生命活動の停止”としなければ、もう既に一度反故にしているため、湊はアイギスの契約を果たすまで先の定義という詭弁を掲げてこれを乗り切るつもりだ。

 そして、第三のチドリと結んだ契約は、最期までチドリを守り続けるというものだ。

 これは、生命活動が完全に停止し事切れる瞬間までチドリを守るという、湊が自分に課した誓約でもある。

 故に、手足がもがれれば這いずってでも、その胴体を地面に縫いつけられれば、首だけになっても動けなくなるその瞬間まで、湊は敵を殺そうとするだろう。そう、例えチドリが望まなかったとしても。

 そのように三つの契約を結び、新たに結ぶ契約内容が“命のこたえ”などという、非常に曖昧な概念であり、死に触れ続けている湊には相応しくないものを見つけろという課題なのは、一体誰の趣向によるものだろうか。

 死と戦い、戦いが終わるまで死ねず、死ぬまで守り続け、その人生の意味を知る。

 矛盾を孕みながらも、全ての契約を果たす事も可能だと結論付けた湊は、考えている間ずっと自分を見続けていた力を司る者が長女に承諾で返した。

 

「その契約内容で問題ない」

「ありがとうございます。では、こちらに御署名をお願いします」

 

 契約内容が一文で書かれたページ。それを見ていると初めてベルベットルームに迷い込んだ日の事を思い出す。

 挿んでいた栞から羽ペンを取り出し湊に渡したマーガレットは、綺麗な細く長い指で右下にある署名欄を指し示し。湊も受け取ったペンで今の自分の名を署名する。

 だが、

 

「……ん? これインク付いてないのか?」

「いえ、そんな事はありませんが……?」

 

 何度、署名しようとしても文字が書けない。

 インクが付いていないことが原因かと思ったが、マーガレットは不思議そうにしながら、そんなことはないと否定する。

 しかし、実際に書けないので、マーガレットの話しが勘違いではないとすれば、何が原因なのか分からない。

 試しに自分の手の甲にペン先を当て、一本の線を引いてみる。すると、確かに黒いインクで細い線が書けた。どうやら、問題はペンではないようだ。

 そうして、ペンと契約のページを交互に見ながら湊が考え続けていると、書けない理由に思い当たったのか、他の者が気付かないほど僅かな時間、形の整った眉を顰めてからマーガレットが口を開いた。

 

「ねぇ、貴方もしかして名前を偽ってない?」

「え?」

 

 先ほどまでと打って変わって、どこか高圧的に思える雰囲気と口調でマーガレットが尋ねてきたことで、湊は面食らったような顔で面をあげる。

 

「その契約はね、本来の名前でないと結べないの。過去にそんなお客様はいなかったけど、結婚や離婚で姓が変わったのならば、表記を後で変更することも可能よ。けれど、貴方はそういった対象には含まれない。だから、他の名前では署名が出来ないの」

 

 悪戯をした子どもに言い聞かせるように、どこか呆れを含んだ声色でマーガレットはさらに続けた。

 

「“名は体を表す”と言うけれど、実際に存在そのものを示すものなのよ。それを偽るというのは、その存在が偽りであると認めるようなもの。いくら周囲を騙せても、誰も本当の自分からは逃げられないわ」

「……いまの俺は有里湊だ」

「そうね。でも、有里湊は小狼と同様にナギリヤクモの仮面の一つでしかないわ。ナギリヤクモが有里湊に為れても、有里湊はナギリヤクモには為れない。虚像は実像にはなり得ないのよ」

 

 マーガレットは感情の籠もらない冷たい瞳で、淡々と事実を突きつける。例え、チドリと再会した日に生まれ変わったのだと言っても、それは八雲が外界に対する新たなペルソナを被っただけだ。

 どれだけ周囲が湊を“有里湊”という存在として認知しても、湊本人が本当の自分は別に在ることを知っている。

 今まで結んできた契約も全て八雲の名義だ。故に、契約を果たそうとしているのは、契約を結んだナギリヤクモという人間であり、有里湊という人間ではない。

 契約を結ぶのであれば真実の名を記せ、目の前に立ち、見つめ続けている者は湊を逃がす気はなかった。

 客の事情や内面を一切考慮しない、残酷な公平さを持った者に怒り覚え湊は怨嗟の言葉を吐く。

 

「……地獄に堕ちろ」

「そのときは貴方も一緒よ。契約は双方を繋ぐ呪いの鎖だから」

 

 名を書き、蒼い瞳で睨みながら相手の胸に向かってペンと本を湊が投げ返すと、サディスティックな笑みを浮かべて涼しい顔のマーガレットは片手でそれを受け取った。

 署名を終え契約が成立してからも、椅子に座って相手を睨み続け、先に鍵へ機能を追加させたのも実はこいつが黒幕ではないのかと、湊は疑っていた。

 人の皮を被った悪魔の長女、真顔で無茶な要求をしてくる次女、そんな姉たちにこき使われている不憫な末弟。

 力の管理者は、年齢が上がり知識と常識を得るのと比例して、人格に歪みが生じていくのだと、今回の件で確信した。

 騙された上に精神的苦痛を強いられたことで、マーガレットに向かって口汚く“糞ババァ”や“行き遅れ”と罵ってやりたかったが、チドリが現実世界でおばさん呼ばわりしたことを、何故か知っていたエリザベスにより折檻を受けたのも記憶に新しい。

 あんな目にもう一度遭うのは御免だと我慢することにして、思考を切り替えると表情を戻し、口を開いた。

 

「……それで、マーガレットは俺に何をしてくれるんだ?」

 

 表情は普段の冷めたものに戻ったが、言葉には若干の棘が残っている。ペルソナを制御することは出来ても、感情を完全にコントロールするにはまだ経験が足りていない。

 そんな契約者を内心で微笑ましく思いながら、尋ねられた者は仕事モードに切り替え答えた。

 

「私が担当しますのは、コミュニティの管理とスキルカードの管理と複製でございます。ペルソナの管理は今後もエリザベスが担当致しますので、COMPでの呼び出しの際は担当者へとご連絡くださいますようお願い致します」

「俺、エリザベスとテオドアの番号とアドレスしか知らないけど?」

「既に追加してありますのでご安心ください」

 

 綺麗な笑みを見せて言っているが、完全にクラッキング行為である。

 エリザベスかテオドア経由で情報を送ってくれば、いくら好ましくない相手のデータだろうと湊だって登録くらいはする。

 それを無断で行っていながら、まったく悪びれた様子もない辺り、大した面の皮の厚さだと湊は冷ややかな視線で返した。

 

「さて、私とも契約を結んだ事で、時期が来ましたらエリザベスだけでなく、私からもいくつか依頼をさせていただきます。担当者が増えたことで依頼数も大幅に増加しておりますが、どうか御受けくださりますようお願い申し上げます。本日はありがとうございました」

 

 マーガレットのその言葉を聞くと、湊は急激な眠気に襲われ意識を保っていられなくなる。

 そうして、意識を失い完全に光となって消えてゆく客人を見つめ終わると、マーガレットはエリザベスらの元に戻って自分の持っている本を開いた。

 書かれているのは、湊が築いたコミュニティの一覧。

 現在、湊が築いたコミュニティは『魔術師・女帝・皇帝・刑死者・死神・悪魔・永劫』の全部で七つ。

 その内、“魔術師”は相手が湊を実の息子のように思っていた事で絆がほぼ極まっていたのだが、極まる前に対象が死んだ事によって消失している。

 そう、湊の“魔術師”のコミュニティは飛騨との間に築かれたものだ。

 先の僅かな時間のやり取りで、湊のパーソナリティを少しばかり理解したマーガレットは、あの様子でコミュニティを築けていることに関心しつつ、視線を下げていったところで口元を引き攣らせながら停止した。

 

「……普段からあの様子で、よくコミュニティが築けたわね。というか、何で私が“悪魔”なのかしら?」

 

 一覧の下の方に書かれた“悪魔”のコミュニティ、そこに書かれていたのはマーガレットの名だった。

 大アルカナで十五番に位置する“悪魔”は正位置では『裏切り』など負の意味を、逆位置ならば『回復』など正の意味を示すというカード。

 尤も、カードを使う占いの場面を基準にコミュニティに選ばれた意味を考えるのであれば、警告や転機の訪れを象徴している存在として認識されているといった方が正しいのだが。

 やはり、素直に悪魔のように思われているのではと、納得がいかないのかマーガレットは複雑な表情で本を眺めている。

 すると、そんな姉を気遣ってか、湊の“女帝”のコミュニティに選ばれているエリザベスが自論を述べる。

 

「“悪魔”は中々に淫靡な解釈が含まれますから、姉上に対し八雲様の雄として本能が何かしら反応されたのでは?」

「それだったら貴女の“女帝”の方がかなり直接的でしょう。“女帝”はそのまま女性を象徴するアルカナですもの」

「八雲様とはご両親を亡くされた直後に出会い、当時は年相応に幼い人格でしたから、傍にいる大人の女性という存在に母性か何かを見出したのではないでしょうか?」

 

 二人は自分たちに割り振られたアルカナに対し真顔で考察しているが、表情とは裏腹にあまり真剣には考えていない。

 湊のコミュニティは、魔術師は飛騨(消失)、女帝はエリザベス、皇帝はテオドア、刑死者はチドリ、死神はファルロス、悪魔はマーガレット、永劫はアイギスがそれぞれ対応している。

 この通り、唯一例外だった魔術師が消失したことで、湊のコミュニティはベルベットルームの住人と契約者と共生者しかいないのだ。

 今後のコミュニティの成立具合で、湊がどういった傾向で対象を選ぶのか分かってくるだろうが、今のところはカードの解釈を直感で対象の人物に見出して決まっているようにしか見えない。

 一蓮托生の関係であるファルロスは例外だとして、他のコミュニティがほぼ女性ばかりだというのは若干気になるが、そもそも湊のまわりは関係性はともかくとして常に女性で溢れていた。

 選んでいるのかというくらい、それぞれ別種の魅力を持った整った顔立ちをしている者ばかりだ。

 研究所時代に髪を切っていなかったこともあって、肩甲骨よりも髪の伸びている湊は、異性からは凛々しく、同性からは美人に見える若干危険な中性的な顔立ちをしており、憂いを帯びた神秘的な印象と相まって周囲を魅了するのだろう。

 このまま成長すれば、将来は女泣かせになるだろうと思いながら、マーガレットは静かに本を閉じたのだった。

 

 

 

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