【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百六十一話 美紀

――ポートアイランド

 

 くすんだ赤髪に黒い肌をした巨大なペルソナが豪腕を振るう。

 大木のような腕がその場の空気を押し退け、振るうだけでゴウッという音が鼓膜を震わせてくる。

 迫る敵の攻撃に対し、荒垣は呼び出していたカストールを盾にして時間を稼ごうとするが、タフネスに自信のあるカストールですら豪腕に捉えられると石畳に叩き付けられ弾けるように消えた。

 

「ぐあっ」

 

 敵の攻撃を受けたのはペルソナだけだったが、傍にいたことで攻撃の余波を受けて荒垣も吹き飛ばされる。

 あまりの衝撃に声をあげた荒垣は転がり全身に痛みが走るも、何とか歯を食いしばって耐えると斧を持っている手に力を籠めて敵を睨み立ち上がる。

 正面にいるのは一体の巨大なペルソナだけだ。ジンとタカヤはペルソナも呼び出さずに戦闘を眺めており、つまりは荒垣たち三人は眼鏡をかけた少女のペルソナ一体に押さえ込まれている。

 しかし、荒垣たちのペルソナが五メートルもないのに対して、敵のペルソナは優に三十メートルはあると思われる。

 そんな相手と戦っている荒垣は、海上に現われた超巨大シャドウのときにも思っていた事だが、やはり大きさというのはそれだけで強さに繋がりやすいと感じていた。

 

「クソがっ、有里といいこいつといい。デカいペルソナでも流行ってやがんのか!」

 

 悪態を吐きながら荒垣は巨大なペルソナについて考える。

 状況に合わせてペルソナを変えられるワイルドの湊は、そういったペルソナが必要になるかもしれないからと巨大ペルソナを用意した可能性があるが、目の前の少女は荒垣たちのように一体のペルソナしか持っていない。

 という事は、荒垣たちのような通常のペルソナ使いでも、常識外れにしか思えない巨大ペルソナを持つことは出来るのだ。

 ペルソナは己の心の有り様が姿として強く表れるため、地味な見た目の少女の中にもペルソナが巨大になる要因を持っているに違いない。

 巨大ペルソナに対抗するには同じ巨大ペルソナか圧倒的な実力差が必要だ。何か切っ掛けを得られれば、カストールを巨大化させることが出来るのではと戦いながら荒垣は考えた。

 すると、荒垣たちがテュポーン相手に必死に戦っている姿を見ていたタカヤが、酷く落胆した様子で口を開いてきた。

 

「やれやれ、この様子ではスミレ一人で十分に終わらせられそうですね。他のペルソナ使いとの戦いという事で楽しみにしていたのですが」

「こいつらの適性なんてたかが知れとったやろ。ぬるい環境におって群れな戦えへんやつらやで?」

「その様ですね。中には面白い方もいたようですが、ここに残った者たちはハズレのようだ」

 

 特別課外活動部はストレガと比べると僅かに人数が多い。

 それだけに個人の能力と実力に差があって、能力のバリエーションはともかくとしてタカヤに言わせれば当たり外れがあった。

 適性値だけでもストレガに並ぶ者や変わったスキルの使い方をする者など、そういった者が相手であればタカヤも直接戦ってみようという気持ちになれた。

 しかし、ここに残った三人はチームでの戦いは出来ているが、個人の能力は平凡で特別目立つ点もない。

 チームワークでテュポーンと対等にやり合えたならば見込みはあったけれど、現状、何とか耐えているだけでこのまま続けば確実にスミレが勝つ。

 そんな戦いを見続けても無駄でしかないため、もう終わらせるべきかとタカヤが溜息混じりに溢せば、話が聞こえていた真田たちは悔しさと怒りで立ち上がった。

 

「ポリデュークス、ジオンガ!」

 

 敵を睨んで立ち上がった真田がペルソナを召喚するなりスキルを放つ。

 眩い閃光が周囲を照らして太い電撃がテュポーンへと進んでゆくが、攻撃が迫っていると分かったスミレはペルソナに蛇の尻尾のような足を巻かせるとそれでガードした。

 これまでペルソナで殴りかかろうとほとんどガードせず、召喚者や傍にいるタカヤたちに攻撃の余波が届きそうなときにのみ防いでいたため、真田はその行動に僅かな違和感を覚えた。

 ガードに意味があるとするならば可能性として挙げられるのは二つ。一つは電撃スキルが弱点であること、二つ目は電撃に限らず魔法スキルに対する防御力が弱いことだ。

 もし、挙げた可能性のうち理由が前者であるならば、ここには真田と天田という電撃スキルを持つ者が二人いるので、僅かにだが勝てる可能性が見えてくる。

 逆に後者であっても荒垣以外は魔法スキルを持っているため、どちらにせよ有効な攻撃方法が判明したことはプラスに働く。

 今の攻撃で気付いた事を検証し、ここからどうにか逆転していこうと真田が口を開こうとすれば、

 

「――ところで、あなたはここで戦っていてもよいのですか?」

 

 突然、タカヤが真田のことを見ながら薄い笑みを浮かべてきた。

 その間もテュポーンが拳を振り上げてくるので、真田は距離を取ってペルソナで反撃しつつ言葉を返す。

 

「俺たちはお前らを足止めし、倒すのが目的だ!」

 

 ここで戦い足止めする事がチームのためになる。倒すこともまだ諦めていないぞと瞳に強い光を宿し、ポリデュークスはテュポーンの巨大な腕を躱して脇腹を殴りつけた。

 もっとも、耐久力の高いテュポーンは殴られても平気な顔をしており、召喚者も一切動じた様子もなく冷静に場の状況を見てペルソナを操っている。

 攻撃が通らないとなるとジリ貧になってくるものの、真田たちも徐々に敵の攻撃には慣れて躱せるようにはなっている。

 いつタカヤたちが参戦して来ても対処出来るよう気を配りながら、さらにテュポーンへ攻撃を当てていれば、後ろで見ていたタカヤが口元を歪め言葉を続けてきた。

 

「フフッ、聞き方を変えましょう。あなたは妹さんの許へ行かなくてもいいのですか?」

「っ、お前ら美紀に何かしたのか!?」

「さて。ですが、我々があなたの妹さんの存在を知っている事は先月の会話で分かっていたはず。だというのに、匿いもせず湊だけでなくチドリたちも護衛から外すとは、狙ってくれと言っているようなものです」

 

 相手の言う通り、タカヤたちは兄である真田も知らなかった美紀の適性について知っていた。

 彼女が湊たちに匿われていたことも把握しており、つまりはリアルタイムで特別課外活動部及びその関係者の居場所を把握する術を持っているのだろう。

 少し考えれば気付けたはずだ。幾月修司を殺されたばかりだというのに、湊の事で頭がいっぱいになっていたが故の失態。

 ここへ来る前にも湊から護衛がいないことを指摘されていたというのに、ストレガがやって来るとしてもアルカナシャドウのいるどちらかだと思い込んでいたのだ。

 タカヤの言葉が事実であれば別働隊が美紀を狙っている。一刻も早く彼女の許に向かう必要があるというのに、自分が抜ければ天田と荒垣が危険なため動くことが出来ない。

 苦虫を噛み潰した表情で真田が焦っていれば、カストールを呼び出した荒垣が叫んだ。

 

「アキ、すぐに美紀のところへ行け!」

「しかしっ」

「大丈夫です。七歌さんたちが来るまで粘ってみせます。それより先輩は美紀さんを!」

 

 カストールが敵の目の前まで行くと、ネメシスが横に回り込んで電撃を放つ。

 確かに相手は強いが指示を出しているのは一人の人間だ。多方向から同時に複数の敵へ対処するときには、どうしても反応が遅れてしまうのだろう。

 相手の動きに慣れてきたことで、そういった攻め方も出来るようになってきたため、荒垣だけでなく天田も真田に美紀の許へ向かうように言った。

 

「……すまん!」

 

 仲間に背中を押された真田は申し訳なさそうに表情を一瞬浮かべるも、すぐに真剣な表情になって走って行った。

 真田が背を向けた瞬間に撃ってくる可能性もあったので、荒垣たちは敵の動きに警戒していたが、タカヤたちは動くことなく、何故だか今まで戦っていたスミレがペルソナを消していた。

 長時間の召喚で疲れたのだろうかと考える。けれど、タカヤたちの許に下がってゆくスミレに疲労の色は見えない。

 では、今度はタカヤたちが代わりに戦うのだろうかと思って見ていれば、タカヤは楽しげに笑いながら拍手してきた。

 

「フフッ、仲間同士の美しい友情ですね。しかし、そちらの少年もここで戦っていてよいのですか?」

「動揺を誘おうたって無駄だぞ。僕に家族はいない」

 

 美紀に続けて誰かを人質に取ったような口ぶりで話す相手に、天田は自分には人質になる家族がいないと告げて槍を握り直す。

 もし、母親が生きていれ自分はここにいない。母が死んだ日に影時間を体験していたので、適性かペルソナも得ていたかもしれないが、それでも母をおいて危険な戦いに身を投じていたとは思えない。

 真田やその家族のことは知っていたようだが、自分のことは知らないようだと相手の持つ情報に穴があると判断した天田は、隙を突いて相手を無力化しようと考えながら機を待つ。

 すると、タカヤの隣に立っていたジンが、何やら拳ほどの大きさのボールらしきものを持って天田たちを睨んできた。

 どうやら動けばこちらも攻撃するという意思表示のようだが、仲間の反応を気にした様子もなくタカヤは一人言葉を続けた。

 

「ええ。ですが、あなたには我々より先に倒すべき者がいるはずです。そう、二年前に母親を殺した敵が」

 

 相手の言葉を聞いたとき、天田はカッと頭に血が昇ってくるのを感じた。

 確かに母が死んだのは二年前だ。そして、あれは飲酒運転のトラックが突っ込んできたのではなく、影時間に現われたシャドウによって建物が破壊されて起きた事故である。

 話した警察はその事を信じてくれなかったが、天田は影時間の存在を知った事であれが現実にあったことだと理解している。

 だが、どうしてそれを敵であるストレガが知っているのかと天田は乱れた心のままに叫んだ。

 

「何だよ。なんで、お前がそんな話を知ってるんだ?!」

「フフッ、我々の世界では様々な情報が集まるのですよ。まぁ、あなたの母親の件はまた別ですがね」

 

 裏社会の情報網は表の世界よりも様々な情報が手に入ると言われている。

 天田もテレビやアニメでそういった情報屋の存在を知っているし、実際にゆかりの案内で五代という情報屋とも会っていた。

 それを思えば完全に裏社会の住人であるストレガが、特別課外活動部のメンバーたちの情報を知っていても不思議ではない。

 ただ、彼の口ぶりからするとタカヤは天田の母親の仇について知っている節がある。

 同じ種類のシャドウについて知っているとか、相手の生死について知っているという訳ではなく、敵がどこにいるのかまでハッキリしていそうだ。

 母親の仇についての情報が手に入ると思った天田は、胸の奥で黒い感情が湧き上がるのを自覚しながらタカヤを問い質した。

 

「知ってるなら言え! 母さんを殺したシャドウはどこにいる!」

「そんなものはいません」

「嘘だ! 僕は見たんだ。黒い馬の化け物が暴れて、そのせいで母さんは死んだんだ!」

 

 自分が倒すべき相手がいると言ってきたくせに、尋ねられると存在しないなどと言われ、そんなはずがあるかとあの日見たことを話す。

 暴れる黒い馬、壊れる建物、降り注ぐ瓦礫に押し潰される母親、どれもハッキリと彼は覚えているのだ。

 あれが夢であるとすれば、自分の母親が死んだことも夢でなければならない。

 だが、母親は現実に死んでいる。当時、親戚が葬儀のためにやってきてくれたが、母親の遺体が入っている木棺の中は幼い天田は見せて貰えなかった。

 それはつまり、見せられるような状態ではなかったのだろう。何百キロか何トンかは分からないが、そんなものに押し潰された人間が原型を留めているはずがないのだから。

 

「ええ、そうです。あなたの母親は化け物のせいで死んだ。ただ、そんなシャドウはいません」

「馬鹿にしてるのか! 騎士型のシャドウなら何体も見てる。あいつらのどれかが母さんを殺したんだろ!」

「いいえ。何度も言いますが、あなたの母親を殺したのはシャドウではありません」

「じゃあ、一体何だって言うんだ!」

 

 自分たちは敵同士で先ほどまで戦っていた。

 天田も荒垣も服はボロボロで身体にも細かな傷が出来ている。

 にもかかわらず、天田は相手が母親の死について何か知っていると思い、真実かどうかも分からぬというのに言葉を聞こうとしていた。

 仲間であるのなら荒垣はここで天田を制しているべきであった。敵の言葉など真に受けるなと。

 仮に真田が残っていれば言っていたに違いない。だが、荒垣にはそれが出来ない理由があったことで、タカヤが真実の一歩手前まで話すことを許してしまう。

 

「少し考えれば分かるはずです。黒い馬の化け物は存在した。しかし、それはシャドウではない。あなたも知っているでしょう? シャドウ以外にも似たような超常の存在がいることを」

「なに、を……え?」

 

 シャドウに似た超常の存在などペルソナ以外にあり得ない。

 なら、自分の母親はペルソナに殺されたのかと考えたとき、天田は自分が見た特徴に当てはまるペルソナがいることに気付いてしまう。

 少し離れた場所で斧を持ったまま黙っている味方。敵の言葉を肯定も否定もせず、天田がそちらを見ても視線を僅かに俯かせたまま沈黙している。

 

「どうやらあなたが本当に倒すべき相手が理解出来たようですね。しかし、今日のところは時間のようだ。今回はこれで引きますが、次に会うまでにもう少し力を付けておいてください。次にまみえたときも同じ様であれば、我々も容赦なく処理させていただきます」

 

 それだけ告げるとタカヤたちはスミレが呼び出したテュポーンに掴まって飛び去っていった。

 その場に残された天田と荒垣の間には痛いほどの沈黙が流れるが、少しするとポロニアンモールの方から仲間たちが走ってきた。

 

「お前たち、無事か?!」

「……ああ、なんとかな。だが、どうやら美紀が狙われたらしい。アキは先に行ってるが、俺たちも急いだ方がいい」

「分かりました。風花、すぐ八雲君たちに連絡して。終わったらすぐに向かうから」

 

 きっと急いで敵を倒してきたのだろう。いつもよりボロボロになった格好で息を切らせて走ってきた美鶴は、真剣な様子で荒垣たちの身を案じてきた。

 タカヤに告げられた言葉によって動揺している天田はそれに答えられないが、荒垣が代わりに自分たちの方で何があったのかを話し、すぐに七歌が風花に連絡を取るよう指示をして美紀の許へ向かう準備をする。

 美紀と仲の良かったゆかりと風花は不安そうにしており、彼女たちの反応があったからか美鶴や七歌も天田の様子を特別気にする事はなかった。

 きっと、再び知り合いが狙われた事に動揺していると思ったに違いない。

 その勘違いは天田と荒垣双方に取ってありがたいものであったが、ここで天田に様子がおかしいことを尋ねていれば、後に起こる事件を未然に防げていた事を今の七歌たちは知る由もなかった。

 

 

――住宅街

 

 チドリ経由で湊の方へ連絡を終えた七歌たちは、すぐにポロニアンモールから離れると美紀の暮らす真田の実家を目指した。

 七歌や美鶴は詳しい住所を知らなかったが、家に行ったことのある荒垣やゆかりの案内により、一同は真っ直ぐ美紀の暮らす実家に辿り着くことが出来た。

 しかし、辿り着いて家の前までやってきた者たちは、道路に広がる血溜まりを見て言葉を失った。

 

「美紀っ、美紀っ、しっかりしろよ! 絶対に、絶対にまだ助かるからな!」

 

 血溜まりの中央には下腹部にナイフが刺さった美紀と、それを抱き起こして血だらけになって傷口に布を押し当てている真田がいた。

 彼のペルソナはかなり弱いが回復スキルを持っていたはず。彼の傍に召喚器が落ちているという事は、きっと精神力が枯渇するまで必死にスキルをかけたに違いない。

 だが、彼のペルソナでは傷を塞ぐことはおろか、十分に止血することも出来なかったようだ。

 見るからに取り乱しながらもナイフを抜かなかったのは、せき止めるものがなくなれば出血が激しくなると分かっていたからだろう。

 妹の事となれば冷静さを失い易いだけに、応急処置に関しては頭が働いてくれていた事はありがたい。

 真田が声をかけ続けていたことも関係あるのか、美紀はまだ意識を失っていないようだが、危険な状態にはかわりなく、ゆかりをはじめとした回復スキル持ちがすぐに駆け寄った。

 

「美紀っ、大丈夫!? まだ意識は保てる!?」

「ゆか、りさん……」

 

 弱々しい声で答える美紀を見ながら、ゆかりたちはペルソナを召喚して美紀に回復スキルをかける。

 かなりの力を籠めたというのに傷が塞がってゆく様子はなく、一回で足りないのなら二回、三回と続けて唱えつつ、美鶴や七歌は近付いて美紀の状態を確認した。

 彼女は顔に一発殴られたような痕があり、他の怪我は下腹部に刺さったナイフの傷だけのようだ。

 玄関の扉が鋭利な刃物で切られた形跡があるというのに、美紀の身体の傷はあまりに少なすぎた。

 真田がやって来るまでに殺す十分な時間はあっただろうし、刺したのが心臓のある胸ではなく下腹部というのも不自然。

 そこから考えられるのは、敵はわざと即死しないようにナイフで刺していったという事だ。きっと自分たちに美紀が死ぬ瞬間を見せるために。

 

「頼む、美紀を助けてくれ!!」

「分かっている。だが、この深い傷は私たちの力ではっ」

 

 何度も回復スキルを掛けたが効果が見られない。臓器にまで傷が達しているのか知らないが、傷が塞がらないのであれば、ナイフを残したまま布で傷口を押さえて出血を抑えるしか手段はない。

 道路に広がる血溜まりから考えると、失血性ショック死を起こすのも時間の問題だ。

 病院へ連れて行こうにも影時間が明けるまでは時間があり、仮に病院が開いていたとしても動かすのも危険。

 回復スキルは使い続けるが、効果がない以上は自分たちに出来る事はない。

 残る可能性は彼が辿り着いてくれることだけだと美鶴たちが焦りを覚えていると、上空から降りてくる者たちの声が聞こえてきた。

 

「美紀ちゃん!」

「七歌さん、状況はどうなっていますか?」

 

 タナトス本体から分離した棺桶に乗ってラビリスたちが降りてくる。

 地面に足が着くなりラビリスは心配して泣きそうな顔で美紀の許へ向かうが、アイギスとチドリはこちらの状況を把握しようと七歌の言葉を聞く。

 

「出血している傷は下腹部に刺された一箇所。でも、傷が深いのか私たちのスキルじゃ治せなくて」

「一つの傷でこんなに出血しているの?」

「うん。多分、私たちに見せるためにわざわざ外に連れ出して刺したんだと思う」

 

 家の中で刺し殺せばいいのに、わざわざ気付きやすい家の前で刺したまま放置する理由などそれしかない。

 実際、七歌たちでは助けられないのだ。このままならば何も出来ずに美紀は死に、それによって七歌たちは心に深い傷を負って無力感に苛まれる。

 幾月を殺されたときは既に遅かったが、今回は間に合っても何も出来ない苦しみを味わせるのが目的なら、確かに向こうの目的はほとんど達成されたと言っていい。

 メンバーで最も強い回復スキル持ちのゆかりですら、疲労困憊になるほど力を使っても美紀を助けられないのだから。

 

「有里君、お願い! 私たちの力じゃ美紀の傷を治せないの! あなたのペルソナの回復スキルで美紀を助けて!」

 

 大切な友達を助けられないのが悔しい。どれだけ頑張っても、どれだけ必死に力を使っても無駄だった。

 悔しさと美紀への申し訳なさに色が変わるほど拳を握り締め、ゆかりが必死に青年に助けを請えば、他の者たちより僅かに離れた場所にいた湊は普段通りの淡々とした口調で答えた。

 

「……やるだけ無駄だ」

『なっ!?』

 

 流石にこのタイミングで断りはしないだろうと思っていただけに、湊が予想外の返事をしてくると他の者たちは言葉を失った。

 何せ、美紀は兄と喧嘩してでも湊の味方でいる事を選んでいたのだ。

 敵か味方で判断する彼だからこそ、味方を選んだ美紀を助けるとばかり思っていたのに、また先月のように治療を拒んだ湊の胸ぐらをチドリが掴む。

 

「また、あなたはっ!」

「……可能、不可能の話だ。お前たち、ペルソナを持っていて知らなかったのか? 攻撃スキルと違い、回復スキルはペルソナ能力者にしか十分な効果を発揮しない。つまり、適性しか持たない真田を助けることは出来ないんだ」

「そんなっ……」

 

 そうでなければ湊は医者として働いてなどいない。どんな傷も病も治せるなら、湊は世界中の人間をペルソナの力で癒やしてまわっていたに違いない。

 しかし、ペルソナ使いならば切り落とされた腕を再び繋げることが出来ても、相手が適性しか持たないのであれば力は発揮されず、せいぜいが擦り傷や腫れを引かせる程度の力しかないのだ。

 これまで人前や一般人相手に使ったことがなかったからこそ、七歌たちはその事実を知らなかったようだが、こんな事で嘘を吐くはずがない青年が断言した事で、今度こそ美紀を助ける手段が失われてしまった。

 大切な家族が、友人が、今まさに死のうとしているというのに、傍にいるだけで見ている事しか出来ない。

 

「……お前、死ぬのか?」

「そう……ですね。このままだと、そう、なると思います……」

 

 他の者たちが絶望を感じていたとき、青年は美紀に近付くと傍に立ったまま一つ問いかけた。

 段々と死が近付いている者に、わざわざそんな質問をする意味が分からない。

 けれど、質問された少女は気を悪くした様子もなく、細々とした声ながら青年の質問に答えてゆく。

 

「でも、これは、きっと私への罰ですから……。兄さんたちは、私を心配してくれたのに、随分と失礼な態度を取ってしまいました。今日だって、言われたとおりに寮で保護されていれば、こんな事にはならなかったんです」

 

 こうなったのは自業自得だと美紀は微かに笑ってみせる。

 これまで何で守って貰っていたのかも考えず、気まずいからと寮で保護される事を拒んだ。

 もしかすると、寮に行っていれば栗原まで一緒に襲われていたかもしれないが、そんなもしもを考えていると切りがないので、美紀は自分を抱き起こしている兄と他の者に向かって謝罪を口にした。

 

「兄さん、皆さん、本当にゴメンなさい」

「馬鹿、お前が謝る必要なんてないだろうが!」

「でも、最近ずっと」

「気にしてない! 少しばかり反抗期が遅れてきただけだ!」

 

 徐々に美紀の身体から力が抜けていっている事で、真田は妹に残された時間が僅かであることを悟る。

 しかし、そんな事は認められない。あの火事のとき同様、自分には何も出来ないけれど、最後の一瞬まで妹が助かることを諦めることは出来なかった。

 

「頼む、誰でもいいっ。美紀を、俺の妹を助けてくれ!!」

 

 他の者の前だろうと構わず涙を流しながら、真田は妹を死なせたくない一心で助けを請う。

 傍にいる者たちだって分かっている。そんな都合の良い奇跡が起きるはずがないことは。

 自分たちは助けられなかった。大切な友人の命が敵によって奪われるのを防げなかった。その事実に様々な感情が渦巻き、別れが近付いている美紀を見て視界が歪んでゆく。

 すると、ここでまた美紀をジッと見ていた青年が口を開いた。

 

「真田、生きたいか?」

「……できれば、そうですね」

「助かる可能性はある。だが、代償が必要だ」

 

 その言葉を聞いて他の者たちは一斉に彼を見た。

 魔法で助けることは出来ないと言っておきながら、まだ助けられる可能性を持っていたとは頭が下がる。

 だが、この段階までそれを言わなかったという事は、彼が言った代償とやらが関係しているのだろう。

 一体それは何だと他の者たちが言葉を待っていれば、湊はあくまで美紀に向かって話し始めた。

 

「アベルの“楔の剣”を使ってお前から適性を奪って強制的に象徴化させる。その間は時間凍結と呼んでもいいが、真田の生命活動は一切が時を止める。それを利用して外で手術の準備を進め、象徴化を解くと同時に緊急手術で処置してゆく」

 

 重要なのは美紀の身体を今の状態で止めてしまう事だ。いくら湊は時間の加減速が出来ると言っても、他人の身体で部分的な加減速をして出血を止めたりは出来ない。

 そんな事をすれば時の流れを遅くした部位で血液が滞り、時の流れを戻したときに多量出血で大惨事を引き起こす。

 だからこそ、影時間中に適性を奪えば強制で象徴化させられる“楔の剣”を使い。美紀の身体の時を完全に停止させてから、必要なものを全て準備して、最後はスピード勝負で助けるしか方法はないと彼は言った。

 

「代償は、適性を失うだけですか?」

「いや、適性を失えば影時間に関わる記憶を全て失う。それが代償だ」

 

 適性を失えば影時間に関することは全て忘れる。風花をいじめていた森山夏紀のように、強く心に残った思いが残ることもあるかもしれないけれど、やはり記憶に関しては覚えておく事は出来ない。

 

「影時間の記憶を失ったら、皆さんのことも忘れてしまうんですか?」

「影時間に過ごした事とかはな。日常の中でも影時間について話した事とかは忘れるだろうが、チドリや岳羽と部活で過ごした事や、ラビリスや山岸と一緒に旅行した思い出は消えない」

 

 美紀が最も心配していることは友人たちとの思い出だった。

 代償として失う記憶がどこまでかが分からないと、大切な友人たちとの思い出まで消えてしまうのではと怖くなる。

 中学生の頃から一緒に過ごしてきたのだ。部活もしたし、学校行事に参加して、旅行にも行った。

 そんな宝物のような思い出がなくなるのは、美紀にとって身を引き裂かれるほどの辛さがあった。

 けれど、失う範囲は影時間に関わる部分だけ。大筋の記憶はちゃんと失われることなく美紀の中に残り続けると湊は保証した。

 さらに、代償のために踏ん切りがつかずにいる妹の背を兄も押す。

 

「美紀、どんな思い出だろうと失いたくないのは分かる。だがそれでも、俺はお前に生きていて欲しいっ」

 

 友達との思い出を失ってしまう辛さは真田には想像もつかない。

 自分が死にかけているというのに悩むほどだ。美紀にとっては何物にも代え難いものなのだろう。

 妹の様子でそれを分かっていても真田は美紀に生きて欲しいと泣きながら伝えた。

 それを聞いた美紀は影時間に関わる部分だけだろうと記憶を失う事を惜しいと思いつつも、最後は兄たちの願いを聞いて助かる可能性に賭けることにした。

 

「お願い、します……」

「……分かった」

 

 やると決めたなら出来るだけ早い方が良い。湊は他の者たちに離れるように告げると、審判のカードを砕いてアベルを呼び出した。

 

「皆さん、心配と迷惑をかけてごめんなさい。次に会ったときは忘れていると思うので、今のうちに謝罪を」

 

 現われたアベルは手に持っていた剣に赤い光を纏わせる。ただの鉄の剣にしか見えない武器が、これで適性やペルソナを奪うための魔法剣になったのだ。

 その様子を霞んできた視界で眺めていた美紀は、記憶があるうちに最近の自分の態度の悪さを謝罪しておいた。

 皆は気にしていないと言ってくれるが、これは美紀なりのケジメだ。記憶を失ってからでは意味がない。だからこそ、今のうちに伝えるべきことを青年にも伝えておく。

 

「有里君、あなたにも一つ伝えて、おきたい事があります……私は、きっと有里君の事が好きでした。何度も助けてくれ…………て、本当にありがとう、ございます。そして、そんなあなたにこんな事をさせてしまってごめんなさい。でも、私の持つ僅かな適性が、どうかあなたを守って……くれるよう願いを込めておきます」

 

 美紀の言葉が終わると同時にアベルはその剣を美紀に突き立てた。

 瞬間、美紀の身体から淡い光が漏れ出し、彼女はすぐに棺桶のオブジェに姿を変えた。

 しかし、その場に起きた変化は美紀だけではなかった。彼女から漏れ出した光が湊を包むと、その光が急に強く輝きだし蒼い炎になって頭上に飛び上がったのだ。

 

「綺麗……」

「これが、美紀の込めた想いか」

 

 彼の頭上に姿を現わしたのは蒼い炎の身体を持った鳥だった。

 星“フェニックス”、実体を持たず酷く不安定にも見えるが、生と死を繰り返す再生を司る霊鳥である。

 湊の頭上を優雅に飛ぶペルソナの姿に、ゆかりや美鶴だけなく他の者たちも思わず見とれるが、湊に触れて力が増幅されるだけでペルソナに昇華するほどの純粋な想いだったのだ。

 それを美紀から奪い、また奪わせてしまった湊に、他の者たちは申し訳なさを感じずにはいられなかった。

 

「有里、すまない…………美紀を頼む」

「……報酬は貰った。だから助けてみせる」

 

 “星”のカードを自分の中に入れると、湊は象徴化した美紀をタナトスに持たせて飛び上がる。

 他の者たちには行き先が久遠総合病院であるとだけ告げ、湊は彼女を助けるべく一人先にその場を去って行った。

 後に残った者たちは病院に向かう者と、道路の血溜まりや斬られた玄関の扉などの事後処理を桐条グループに伝える者に分かれ、事後処理を伝えるグループも自分たちの仕事を終えるとすぐに病院へと向かった。

 

 


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