【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百六十三話 裏の住人同士で

――巌戸台分寮・屋上

 

「こんなとこにいたのか、アキ」

 

 美紀の手術が無事成功した日の夜。幼馴染みの姿が見えなかったことで、寮の中を探し回っていた荒垣は屋上で相手を見つけた。

 影時間まであと僅かだ。そんな時間に屋上で何をしていたのかと思えば、傍にダンベルが置かれていたことで、どうやらトレーニングをしていたのだと分かった。

 美紀のことを今度こそ守れるようになる。それを実現するため、妹の手術が成功したその日のうちからトレーニングを始めるとは恐れ入る。

 ただ、昨日もストレガ相手に激しい戦いをしたばかりなのだ。

 その後も手術を終えた美紀が目覚めるのをずっと待っていて休めず、寮に帰ってから寝ていた他の者と違って、皆が部屋に戻る中、最後までラウンジにいた彼はあまり眠ってもいないはず。

 荒垣だって先ほどまでは眠っていたというのに、一体いつから起きてトレーニングしていたんだと呆れ気味に幼馴染みへ尋ねる。

 

「お前、ちゃんと寝たのか? いつからトレーニングしてた?」

「覚えてないな。妙に目が冴えて、どうせなら鍛えておこうと思ってずっとしていた」

 

 自分が寝ていたせいでいつから起きているのかは分からないが、十一時には起きていたらしい七歌や美鶴は真田を見ていないと言っていた。

 だとすれば、彼はそれよりももっと前、下手をすると二時間か三時間はトレーニングをしていた事になる。

 普段の彼ならばあり得ない行動だ。いくら身体を鍛えるのが好きだと言っても、真田は頭は良いので怪我をしない範囲で効率的に負荷を掛けてトレーニングを行なっている。

 けれど、今の真田は全身にビッショリと汗を掻いており、着ているトレーニングウェアで濡れていない部分を探す方が難しい。

 こんなオーバーワークなど昔湊に試合で負けたとき以来だろう。

 彼がこんな状態になっている理由など考えなくても分かる。妹を殺そうとした者への怒りが原因だ。

 

「俺にもっと力があれば美紀を守れたとは言わない。だが、新たに手に入れた力で、美紀の仇は取らせて貰う」

「テメェ、滅多なこと考えてんじゃねえだろうな?」

「……殺してやりたいほど憎い。だが、それじゃあいつらと同じだ」

 

 もしや、真田は妹を殺されそうになった復讐を考えているのではないか。

 それを危惧した荒垣が真剣な表情で彼を問い詰めれば、真田はそうしたい気持ちはあると本心を語りつつも、しかし、相手と同じところに落ちるつもりはないと断言する。

 

「殺そうとしてくる者を殺さずに完膚なきまで打ちのめす。それには圧倒的な実力差が必要だろ?」

「そのためのトレーニングか。まぁ、分かってるなら強くは言わねぇが、今日と明日くらいは休んでおけ。自分じゃ大丈夫と思ってるだろうが酷い顔だぞ」

 

 荒垣と話している間もシャドーボクシングをしていた真田だが、動きにはキレがなく、頬も僅かに痩けていて不健康に見える。

 このまま続ければ間違いなく倒れるに違いないので、荒垣はポケットを探してゼリーパックを取り出すと真田に投げ渡した。

 受け取った真田はずっと動いていて気付かなかったか、今になって自分が空腹だと気付いたらしく大人しくゼリーを飲んでいる。

 十秒もかからずに飲み終えた真田は一息吐くと、既にトレーニングを続ける空気ではないのでダンベル等を持って下に戻る準備を始めた。

 それを見ていた荒垣ももう僅かで影時間になるので丁度良いと、真田の支度が終わるまで戻るのを待つ。

 

「では、降りるか」

「ああ。もう影時間になるが、明けたら風呂入って飯食って寝ろ」

 

 屋上の入口に向かって歩きながらそう話していると、時間が来てしまい空が緑色に塗り潰される。

 遠く離れた場所に僅かに欠けた巨大な月を見た直後、

 

『っ!?』

 

 荒垣たちはこれまで経験した事のない感覚を覚え、全身から嫌な汗が噴き出るのを感じた。

 次の瞬間、遠く離れた遙か上空から街の一画に向けて蒼い光線が放たれる。

 ここからでは落ちた場所は見えないが、上空から放たれた謎の攻撃は間違いなく街を襲った。

 先ほど感じた嫌な気配の正体も含め、何が起きたのか理解出来ずに戸惑っていれば、屋上の扉が開いて七歌と美鶴が焦った様子で屋上に出てきた。

 

「荒垣、明彦! お前たちも今の気配を感じたか?!」

 

 普段冷静な彼女がここまで動揺するのは珍しい。

 寮の中にいた彼女たちも自分たちと同じものを感じたことも驚きだが、けれど、感じ取ったからこそ焦っているのだろうと考え、荒垣も頭の中を整理しながら返事をする。

 

「ああ。そしたら次の瞬間には空から街に向かって光が落ちた。ありゃ、誰がどう見ても攻撃だぞ」

「……先輩たちも気付きましたよね。影時間になった途端、八雲君が殺気を放ったの」

 

 先ほどの嫌な気配の正体。それは欠片も隠すことなく放たれた青年の殺気だった。

 今までも、特定の対象や一定の範囲内に放つことはあったが、一切隠すことなく全方位に向けて殺気を飛ばすことなど初めてだ。

 そも、湊は感情と思考を切り離せるので殺気など漏らさずに敵を討てる。その彼が殺気を飛ばすなど、牽制であったり、雑魚を蹴散らすためでしかなかった。

 そんな彼がここまで届くほどの殺気を放ってから攻撃を仕掛けるなど異常事態でしかない。

 何があったのかは分からないが、湊が何を目的として先ほどの行動を取ったかは理解出来る。

 美鶴同様、七歌も焦りを見せながらも情報を共有するため荒垣たちの方を見て口を開いた。

 

「さっきのは、八雲君がストレガを挑発したんだと思います。今から殺しに行くから待ってろって」

 

 先ほどの攻撃は色が普通とは異なっているが火炎属性だ。

 一撃で殺すのなら耐性の存在しない万能属性を撃てば良いはずだが、湊は抑えられる殺気を飛ばして火炎属性攻撃を放った。

 これは敵に対する宣戦布告のメッセージであり、攻撃の着弾地点にはストレガたちがいるものと思われる。

 湊とストレガは昔からの知り合いであり、仲間ではないが対立もしていなかった。それがここに来て明確に敵対行動に移ったからには何か変化があったに違いない。

 考えなくともすぐに気付いていた真田が、どこか苦々しげにその原因について口にした。

 

「……美紀のことが原因なのか?」

「彼は自分のまわりにいる者の日常を冒される事を嫌っていた。美紀のためか、それとも吉野たちのためかは分からない。しかし、発端はそこだろうな」

 

 その怒りは誰のためか。普段から読めない彼の心情など予想出来るはずもないが、全てはストレガが美紀を殺そうとしたことが発端だ。

 こうやって話している間に彼らは戦闘に突入しているに違いない。

 昨日、アルカナシャドウを倒したばかりで疲れているだろうが、七歌たちは他の者にも声を掛けてすぐに現場に向けて出発した。

 

――港区

 

 依頼の仕事をこなすために街中に来ていたストレガたちは、影時間になった直後に放たれた殺気によって彼の存在に気付き、攻撃の予兆を捉えたジンがモロスを召喚することで直撃を回避した。

 しかし、なんとか攻撃から身を守れたストレガたちと違い、周辺の建物や道路は酷い有様だ。

 この辺りは古い建物の多い地域だったが、おかげでいくつかのビルは倒壊し、なんとか形は保っている建物も炎が燃え移ってしまっている。

 今まで街中での戦闘では刀や素手で敵を倒し、周囲への被害を最小限に留めていた青年がしたとは思えない惨状。

 けれど、今のタカヤたちにそんなものを気にしている余裕はない。

 今日の依頼に出てきていた四人のメンバーであるタカヤ、ジン、スミレ、カズキは上空より高速で近付いてくる気配に冷や汗を滲ませながら戦う準備をする。

 すると、彼らから三十メートルほど離れた道路に何かが降ってきて地面が爆発した。

 飛んでくるアスファルトの欠片から腕で顔を守りつつ、そちらに視線を送れば巻き上がった砂埃の中に周囲の火災で照らされ一つの影が見える。

 だが、その影の傍に存在したあまりに巨大な鉄の塊が武器だとは最初信じられなかった。

 

「――――真田は助けたぞ」

「敵の戦力を減らすために弱所を突いただけなので、助かったというのなら素直に良かったですねと言っておきましょうか」

 

 右眼を失っていたはずが暗く沈んだ金色の双眸を妖しく輝かせ、砕けて陥没した道路の中心に佇む青年の持っている武器は一体何なのか。

 見た目からすると打撃武器らしいが、ハンマーなのかメイスなのか判断がつかない。

 ただ、もしも見た目通りの鉄の塊だとすれば、いくら影時間で肉体の耐久力があがっていたとしても喰らえば無事では済まない。

 本当にソレを十全に扱うことが出来るのか。他の武器と同様に持ったまま走り回って振るえるのか。

 警戒を最大まで引き上げながらタカヤは腰の銃を抜き、他の者たちも武器や召喚器をその手に持ちながら青年の言葉を聞く。

 

「お前たちには以前言ったはずだ。俺が戦っているのはチドリの世界を守るためだと。なのに、お前たちはチドリの世界を壊そうとした」

 

 青年を中心とした場の空気が張り詰めてゆく。周りが燃えていることだけが原因ではなく、視線の先にいる人物の放つ殺気によって口内が乾く。

 研究所時代には彼が研究員を脅すために重圧を放っていたのを見たことがあったが、施設を脱走してからは一度も見たことがなかった。

 それは湊とタカヤたちがお互いに敵対の意思を見せていなかったからだが、手合わせとして戦っていたときも彼は戦意というものを見せていなかった。

 いくら相手が殺すつもりで来ようが、機械のように感情を消して人を殺めることが可能性な青年にとって、タカヤたちとの模擬戦など相手に望まれたから力を貸していただけに過ぎない。

 よく言えば稽古や指導であり、事実として言えば単なる作業でしかなかったのだ。

 そんな相手が今は明確に自分たちを敵として見ている。自分の姿が彼の瞳に映っているという喜びもあるが、自分たちが生命の危機にあるという現状を無視するほどではない。

 

「ほう。では、弔い合戦ではなくただの報復ですか?」

「いや、チドリの世界を壊そうとしたやつらを潰しにきただけだ。さっきは挨拶代わりに攻撃したが、ここからは同じ世界の住人である仮面舞踏会の小狼として――――殺してやる」

 

 言い終わると同時に湊がマフラーから金色の装飾が為された漆黒の銃を抜いて発砲した。

 銃声は三発、けれど飛んでくる銃弾の速度が並みの拳銃よりも遙かに速い。

 掴んでいる巨大な打撃武器を使うと思っていた事で、不意打ち気味の早撃ちへの対処が僅かに遅れる。

 自分たちが回避しようとする間に、普段からの癖でスミレが巨大ペルソナのテュポーンを呼び出し、その蛇の尾のような足で銃弾を全てガードする。

 

「っ、スミレ、ペルソナを消しなさい!」

 

 回避しようとしたタカヤたちよりも、普段通りの行動を取って対処したスミレの方が速かったのはある意味当然だった。

 しかし、敵がそれを予想して攻撃していたとすればどうなるだろう。

 現在、攻撃を防ぐためにテュポーンは自分たちを蛇の尾によって囲んでいる。

 おかげでカスタム銃と思われる敵の銃弾から身を守ることは出来たが、代わりにタカヤたちは相手の姿だけでなく周囲の状況を見ることが出来なくなった。

 これは拙い。このままでは援軍の見込めない籠城戦を強いられることになってしまう。

 そう思ったタカヤがすぐにペルソナを消すようスミレに指示を飛ばした瞬間、目の前の視界が開けて頭上を巨大な何かが吹き飛んでいった。

 何が起こったのか一瞬理解出来ず、巨大な何かが吹き飛んだ方へ振り返る途中、タカヤはスミレが胸を押さえて呻くのが見えた。

 そして、タカヤが振り返るのと同じタイミングでジンとカズキも振り返れば、巨大な鉄の塊を両手で掴み、それによって体長三十メートルを超すテュポーンを近くのビルに叩き付けている青年がいた。

 普段、胸部に向かって突撃されたところでテュポーンが吹き飛ぶことなどない

 意識していない方向から攻撃が来ても蹌踉ける程度で、召喚者を守るために呼び出されたテュポーンはスミレの傍に居続けるのだ。

 それがどういう訳か今は近くのビルに倒れ込み、崩れた瓦礫に埋まってしまっている。

 テュポーンの正面には十分の一以下の身長しかない青年が立っているが、彼はペルソナや異能らしきものは使っておらず、ただ淡い青色の光を纏った鉄の塊を手にしているだけだ。

 

「なるほど、あくまで裏の住人同士のいざこざ。そうやってペルソナを使わず、武器と己の力だけで我々を殺そうと言うのですかっ」

 

 舐められたものだ。冷静でいようと思っていたタカヤの頭に思わず血が昇る。

 ペルソナを使うまでもない。異能など使わずとも殺せる。それだけの実力差が存在すると言いたげな彼の振る舞いが勘に障る。

 

「来なさい、ヒュプノス!」

 

 テュポーンの受けたダメージが返ってきた事で怯んだスミレを連れてジンが離れると同時に、タカヤはヒュプノスを召喚して湊に向けてメギドラを放つ。

 青年に向かって地面をなぞりそのまま上に振り上げるように放たれた極光は、道路を焼き削りながら進むと最後にテュポーンが倒れ込んでいたビルを焼いた。

 巨大ペルソナの衝突で脆くなっていたビルは、ヒュプノスの追撃を受けると限界に達して崩れてゆく。

 すると、自分に向かって迫る攻撃を横に避けて回避した青年へ瓦礫が降り注いでいき、流石の彼も回避行動に移らされている。

 

「モーモス、ジオンガ!」

 

 そんな回避行動に移った瞬間を狙ってカズキの召喚したモーモスが電撃を飛ばす。

 速度の速い電撃ならば彼を捉えられるなどと楽観的に考えてはいないが、それでも他の攻撃よりも速いので相手の体勢を崩すくらいは出来るはず。

 

「ンなっ!?」

 

 そう考えていたのに、湊は迫り来る電撃に向かって持っていた鉄の塊を投げてきた。

 弾丸のようなスパイラル回転をしながら真っ直ぐ飛んでくる超重量の鉄塊など恐怖でしかない。

 飛ばした電撃は鉄塊に当たると弾けており、相手の勢いを殺しきれないと判断したカズキは射線上から逃げる。

 

「カズキ、避けなさい!」

 

 すると、僅かに離れた場所からタカヤの声が聞こえ、カズキは一体何だと視線の端で湊のことを見た。

 そこには両手が空いて銃を持った湊が向かってきており、鉄塊は防御と同時に目眩ましが目的であったと悟る。

 飛んでくる鉄塊を受けないようモーモスを消し、湊の攻撃を察知していたカズキは受け身を考えずに瓦礫の影に飛び込んだ。

 背後では数発の銃声と射線上にいた者が消えて通過してゆく鉄塊が存在したが、その鉄塊は重力に従って地面に落ちると、進行方向にあった瓦礫を押し退け粉砕しながら滑っていた。

 もしも、飛んできた鉄塊を喰らっていれば、カズキは走ってきたトラックに轢かれたようになっていた事だろう。

 とんでもない重量物を簡単に投げてくる相手を改めて脅威と認識し、タカヤが攻撃している間に起き上がったカズキは、絶対に殺されてなるものかと自分も銃を抜いて発砲した。

 

***

 

 寮で彼の存在を感じた七歌たちのように、マンションにいて湊の殺気に気付いたチドリたちはすぐに現場へと急行した。

 途中、ペルソナを用いた通信によって七歌たちも現場に向かっている事が分かり、両者は安全のことも考えて合流してからやって来たが、現場近くに来た時点で街の惨状に言葉を失っていた。

 この辺りには古いながらも現役でオフィスや店舗として利用されているビルが並び、道路に面した一階にはカフェや雑貨屋などが入っていたことで、チドリやゆかりも訪れたことのある店も存在した。

 しかし、彼女たちの知っている街の景色は最早どこにもない。

 砕けて陥没した道路。ショーウインドウが割れて燃えている店。倒壊して瓦礫の山と化したビル。

 大通りから少し奥に入っただけで、自分たちの知っていた景色が荒廃した世界に変貌している。

 

「これ、完全に街への被害なんて無視してるよね……」

「ええ、それはお互いにでしょうけど」

 

 全力ではないにしろ湊の戦いを見たことがあった事で、普段の彼ならばこんな街を破壊するような事はないと理解出来る。

 そんな七歌にチドリも同意で返し、けれど、この被害規模はストレガも同じように周囲への影響を無視して戦っているためだろうと答える。

 割れて歩きづらくなった道路を構わず進み、燃えている炎の熱気と煙を鬱陶しく感じながらも未だに存在している気配の方へ向かってゆく。

 彼女たちの向かう先からは未だに爆発音や建物が大きく壊れるような音がしている。

 ストレガとも戦ったことのある真田たちは、自分たちより遙かに強い者同士がぶつかればこうなるのかと、自分たちの持っている異能の危険度を再認識する。

 それは他の者たちも同じようで、ペルソナ同士が本気で殺し合えば街がこうなってしまうという事実に少なからずショックを受けていた。

 

「反応、近いです。でも、有里君がストレガと交戦していた場合、私たちはどうすればいいんですか?」

 

 大きなビルが横たわっていた道路を塞いでいたことで、七歌たちが迂回しながら先を目指していると風花が心配そうに尋ねた。

 この先で両者は間違いなく戦っている。そんな事は風花だって分かっているのだろうが、現場に到着したときに自分たちはどうすればいいのかが分からない。

 湊を止めるのか、それとも協力してストレガをここで倒してしまうのか。

 一人で戦う事を選んでやって来た彼なら、もしかすると手伝おうとする者も一緒に排除しようとしてくるかもしれない。

 その辺りが読めないのが非常に厄介だが、そもそもの前提として自分たちでは介入することも出来ないレベルの戦いが行なわれている可能性がある。

 だからこそ、風花は現場に到着する前に対処の仕方を決めておいた方が良いのではと尋ねたのだが、それに普段よりもどこか余裕のない様子の美鶴がすぐ答えた。

 

「出来れば有里を止めたい。今の彼は間違いなくストレガを殺すために戦っている。私はそんな事を彼にして欲しくない」

「だが、美鶴。有里の事は止められても、同じくあいつを殺すつもりで戦っているストレガはどうするつもりだ?」

 

 目的のためなら大切な少女たちの制止の声も無視する青年を簡単に止められるとは思えない。

 しかし、仮にそれが上手くいったとしても、湊が止まれば相手も止まってくれる訳ではない。

 戦闘を止めれば一番危険なのは敵の前にいる湊になるため、美鶴の気持ちは分かるが単純にはいかないと真田が言えば、今度は沈痛な面持ちのアイギスが口を開いた。

 

「……わたしが敵を銃で牽制します。その間に八雲さんが後退してくれれば、撤退も可能かと」

「無理よ。私たちが何を言おうと八雲は絶対に戦いを止めない。だって、八雲は知り合いを殺されそうになった復讐で動いている訳じゃないもの」

 

 傍で彼を見ていたからこそチドリには理解出来る。

 今、湊が戦っているのは、単純に自分にとって邪魔な存在だとストレガを認識したからだ。

 そう考える経緯に美紀のことは間違いなく絡んでいても、復讐ではなく目的意識で動いているので、いくら他の者が「美紀はそんな事は望まない」と叫ぼうが関係ないと主張を切り捨てられてしまう。

 家族ながら本当に厄介で面倒臭いと思ってしまうが、そんな彼だからこそ自分たちが現場に到着することが重要になってくる。

 何故なら、

 

「ただ、八雲は私たちの前では人を殺さない。どんなに自分が危険な状態になろうと、八雲は自分の決めたルールは確実に守る」

 

 そう。チドリやアイギスを平和で温かな光のあたる世界にいさせたいと願う青年は、彼女たちの前で人を殺したりは絶対にしない。

 他の者が彼女たちの目の前で人を殺めようとするならそれも止めるし、既に死んでいるなら気にせず放置もするけれど、温かな世界と対極にある殺人だけは彼は彼女たちの目に触れさせないのだ。

 だからこそ、自分たちが彼の許にいけば状況は確実に変化する。

 そう断言してチドリたちが音の激しい方へ近付いてゆくと、角を曲がったところでついに湊とストレガの姿を発見した。

 

「…………っ」

 

 しかし、戦う彼らの姿を見て思わず言葉を失う。

 身体の所々に切り傷と撃たれた痕を残しながら走る青年が、巨大な鉄塊を持って跳躍すると拳を振り上げたテュポーンと正面から衝突する。

 殴られた青年はそのまま吹き飛んでビルの壁面に激突し、代わりに彼の鉄塊に拳で挑んだテュポーンが殴った拳が弾け飛んで仰向けに倒れる。

 確かに彼が持っていた武器は人間用とは思えないサイズであったが、一体どれだけの体格差があると思っているのか。

 テュポーンが倒れると傍にいたタカヤがペルソナを呼び出し、湊が激突したビルに向かって縦一閃にメギドラを放つ。

 頭から血を流しているタカヤも体中に銃創や切り傷に打撲痕があるけれど、今はアドレナリンが全開になっているのか痛がる素振りはない。

 だが、これまで七歌たちの目の前に現われるときは余裕のある態度を崩していなかったというのに、今は必死に目の前の敵を倒すことに集中して余裕がない。

 それは他のメンバーたちも同じで、左腕が折れ曲がり紫色になっているカズキも、無事な手で召喚器を抜いてペルソナを呼ぶなり湊に仕掛けている。

 

「さっさとくたばれよ、テメェッ!!」

 

 これまでジオンガを放っていたカズキだったが、感情の昂ぶりに呼応するように威力の増した電撃が放たれる。

 戦場を焼きながら湊へと迫る攻撃は既にジオダインへと変化していた。

 そんなヒュプノスの放つ極光とモーモスの放つ電撃が壁に埋まった湊へ迫る。

 すると、壁に埋まっていた湊が動き出し、不安定な体勢ながらかなりの勢いをつけて鉄塊を投擲した。

 投げられた鉄塊はそのままタカヤたちの近くに着弾し、衝突した道路を爆発させて傍にいたタカヤたちにアスファルトの飛礫をぶつける。

 それによって意識が僅かに削がれた隙を狙って湊が地上に降りてビルから離れると、湊が直前までいたビルは二体のペルソナの攻撃を受けて崩れていった。

 

「こんな……こんなのが、ペルソナ使い同士の戦いだって言うんですか?」

 

 両者の戦いを見ていた天田が誰にでもなく尋ねる。

 再び一つのビルが瓦礫と化したにもかかわらず、二丁拳銃を抜いた湊とタカヤとカズキが銃で撃ち合い、新たな傷を互いに作っている。

 普段の湊であれば蛇神の影を使って防ぐことも出来たはず。けれど、湊は蛇神の影どころかペルソナも召喚していない。

 腹を押さえながら吐血しているジンが手榴弾を投げてきても、湊はそれを撃ち抜いて爆発させるだけで、飛んできた破片からは身体をほとんど守っていない。

 新しい傷が出来ても構わず引き金を引き、ただ目の前の敵を殺そうと獣のような獰猛さで戦い続けている。

 そんな普段の彼からは遠い様子で湊が銃を撃ち続けていれば、先ほど片手を失って転倒させられたテュポーンが起き上がり、落ちていた湊の武器を掴んだと思えばそれを振り上げ、上空に一度跳び上がって振り下ろした。

 間一髪で青年はそれを避けるも、巨人に振るわれたことで威力が上乗せされ、鉄塊が衝突したときには道路が激しい爆発を起こす。

 

「な、なぁ、流石に止めないとマズくないか?」

 

 互いに血塗れになりながらも、目の前の敵を殺さなければならないという本能に従い戦っている。

 あまりの迫力に怯みながらも順平が「どうにかして戦いをやめさせないと」と言えば、目の前で繰り広げられる戦いに飲まれていた少女たちの瞳に力が宿る。

 このまま見ていてもどうにもならない。本当に止めたいのであれば介入するしかない。

 止めるのなら湊の傍に行かなければダメだ。そう考えて七歌やアイギス、そしてチドリたちはお互いに目配せをすると、青年の方へと向かって駆け出そうとする。

 戦いをやめさせたい。青年の事を止めたい。そう考えていたからこそ少女たちは気付かなかった。

 戦闘の渦中にいながらやって来た者たちの存在に気付いていた者がいたことに。

 タカヤとカズキが銃とペルソナを駆使して前線で戦い、スミレがテュポーンで湊を抑えていた。

 そんな状況でチドリたちが近付いてくれば、味方の援護をしながら敵の隙を窺っていた者はチャンスだと考えて当然だ。

 もしものときのとっておき。召喚器とは別に腰に付けていた拳銃を抜くと、ジンは口元を吊り上げチドリに向けて発砲した。

 

「死に晒せぇっ」

 

 それほど大きくない発砲音が響くと拳銃から青白い弾丸が飛び出す。

 戦っていた仲間たちは彼の行動に気付いていなかったし、それはチドリたちも同じだった。この戦場においてジン以外の全員が湊に意識が向いていたのだ。

 だからこそ、発砲音がしてからようやく気付く。ジンの放った弾丸が自分の方へ向かっていることに。

 音が鳴ってから気付いても遅い。拳銃の射程距離はそれほど長くないと言っても、飛ばそうと思えば五十メートルまで届くこともあるのだ。

 狙いだってチドリたちはほとんど一塊になって移動していた。これならば、狙い通りにチドリに当たらずとも、他の誰かには当たってくれる。

 蹴られて折れた肋骨が痛むけれど、ジンはようやく目的通りに敵戦力を一人排除できるのが嬉しかった。

 気付いていなかったチドリたちでは反応出来ない。反応出来ない以上は当たる。

 そんな風に確信していたからこそ、ジンもまた気付くことが出来なかった。

 自分と同じようにチドリたちの接近に気付き、さらにはジンが攻撃しようとしている事に気付いている者がいたことに。

 そう、この戦場においてジン以外の全員の意識が一人に向いていたが、その意識を向けられていた本人は、四人を一度に相手にしていたために広い視点で見ていたのだ。

 あと僅かで凶弾がチドリに届く。そのタイミングで影が射線上に割り込み、自分の身体で凶弾を受け止めた。

 

「な、んで、八雲が……」

 

 青年が自分の身体を使って銃弾を受け止めたことにチドリが目を見開く。

 少し離れた場所で戦っていたはずが、ジンの動きを見て発砲される前に動き出して間に合ったようだが、彼は銃弾を心臓の辺りで受けてしまっていた。

 チドリたちが来るまでにも何発かは喰らっていたようだが、今受けたものほど急所に喰らっているものはない。

 彼が突然自分たちの前から消えたことにはタカヤたちも驚いていたが、口から血を吐きつつ湊が何かに耐えるように胸を押さえて膝を突いたとき、銃弾を放った本人が僅かに焦った様子で叫んだ。

 

「タカヤ! いますぐ撤退や!」

「撤退? 面白いのはこれからでしょう」

 

 偶然とは言えようやく湊に明確なダメージを与える事が出来たのだ。

 何やら苦しんでいるようなので、このまま上手くいけば殺すことも可能かもしれない。

 そんな状況で撤退などあり得ないとタカヤが言えば、誰よりも焦った様子でジンが再び撤退を進言した。

 

「アカン! わしが撃ったんはあの弾や。ミナトが喰らうなんて想定しとらんかってん!」

 

 その話が聞こえていたチドリたちは、彼が撃った銃弾が何か特殊なものであったと理解する。

 ただ、もしも毒などであれば湊には効かないはず。全ての毒に耐性があるとは言わないが、彼は幼少期の実験と覚醒した名切りの血によって数多の免疫を持っている。

 それによって致死量の毒を摂取してもほんの僅かに動きが鈍るだけで、短時間のうちに元通りになるはずなのだ。

 しかし、チドリたちの視線の先で、湊は今の胸を押さえて膝を突いている。

 ジンの言葉を聞いたタカヤも真剣な表情でそれを見ており、考える素振りを見せると他の仲間たちを呼んだ。

 

「カズキ、スミレ、すぐにこの場を離れますよ」

「ちっ、しゃーねェか」

「むぅ、もう少しミナト君と遊びたかったのです」

 

 他の者たちも先ほどの銃弾が何かを知っているようで大人しく指示に従っている。

 全員が集まるとスミレが召喚し直したテュポーンに掴まり、タカヤたちが空へと飛び上がってゆく。

 だが、一体湊に何をしたんだとチドリらが問い質そうとすれば、去る直前に楽しげに口元を歪めたタカヤが親切に正体を教えてくれた。

 

「去る前に先ほどの銃弾の正体を教えてあげましょう。通称は狂騒弾。効果は制御剤の逆。シャドウの欠片を用いてペルソナを強制的に暴走状態にするのです。暴走の規模は適性に依存します。貴方たちも逃げるつもりなら早めにどうぞ」

 

 それだけを言い残すと彼らは空を飛んでどこかへ去って行った。

 しかし、最後に教えてくれたおかげで湊が苦しんでいることにも納得が出来た。

 タカヤの説明が真実であれば狂騒弾は薬品由来のものではない。シャドウの欠片という異物を植え付け、それによって本来シビアなバランスで存在するペルソナを暴走させるらしい。

 現に苦しそうにしている湊からは力が漏れ出してきており、蛇神が出てきたときほどではないが重苦しい気が充満し始めている。

 こんな街中で湊の力が暴走すれば、首都圏は軽く吹き飛ぶと思われる。

 原因となっているシャドウの欠片とやらを取り出せば問題も解決しそうだが、それが可能であれば湊は真っ先に行なっているはずなので、美紀の適性を吸収したときのように既に湊の一部になっているのだろう。

 

「ぐ、がっ……」

「八雲さん、大丈夫です。気持ちを鎮めてくださいっ」

 

 他の者たちがどうすべき考えている間にアイギスが近付いて湊に声を掛けていた。

 そんな言葉で精神を落ち着かせる事が可能ならば苦労はしない。

 案の定、特に何が変わった様子もなく、湊からあふれ出る力の濃度が上がっている事だけは理解出来る。

 この場に満ちている力の片鱗だけで既に他のペルソナ使いの適性を超えているようだが。確かにこのままでは大変な事になる。

 危険は承知の上で湊をどこかへ移動させるか。それとも上空に向けて力を解き放って地上への被害を最小に抑えられないかやってみるか。

 どうするべきかと他の者が悩んでいれば、己の限界が近いことを感じ取ったのか湊は強行策に出た。

 

「があぁぁぁぁぁっ!!」

 

 叫び湊の右腕が黒い影に覆われる。鬼の力を宿した状態で何をするつもりなのかと見ていれば、湊はそのまま黒い右腕で自分の胸を貫いた。

 貫通して背中側から出てきた腕には心臓が握られており、湊の胸と背中からは鮮血が噴き出す。

 あまりに突然の行動に他の者が驚いていると、湊はそのまま地面に倒れ込み動かなくなった。

 

「八雲さん!! 八雲さんっ!!」

 

 心臓を失って倒れた湊の呼吸は止まっていた。死んだ人間に心の動きが起こるはずもなく、暴走しかけていた力は無事に止まったが、周囲へ被害を出さないために自害するなど意味が分からない。

 目の前で大切な人が死んだ事でアイギスが取り乱しながら名を呼んでも返事はなく、心臓を失った以上は美紀のように助かることもないと分かっている七歌や美鶴が悲痛な表情で俯いた。

 

「馬鹿野郎っ」

 

 妹が助かったばかりだというのに、その恩人が仇討ちが原因で帰らぬ人となりやりきれない気持ちになる。

 まだ礼も謝罪も言い足りなかったというのに、これでは何も伝えられないではないかと真田は悔しさに拳を握り締める。

 ゆかりと風花は突然のことに声も出さずに涙を流し、順平や荒垣はまたストレガのせいで犠牲者が出たことに強い憤りを感じていた。

 だが、そうやって特別課外活動部のメンバーたちが、街に被害を出さぬよう自決した青年の死を嘆いていると、アイギスに抱かれている彼の死体を見ていた少女たちが静かに口を開いた。

 

「なあ、湊君まだ起きへんの?」

「さっさと蘇生しなさいよ」

 

 死んだばかりの相手に対し、少女たちの反応はあまりに冷たい。

 しかし、彼女たちの言葉に反応するように彼の指先が動くと、彼の身体を白い光が包んだ。

 

「やれやれ、虫共を殺す方法など何でも構わぬだろうに。“私”にも困ったものだ」

 

 白い光が治まると湊だったはずの肉体は性別と容姿が変わっていた。

 地面に届くほど長い白髪、氷のように冷たい銀の瞳、雪のように白い肌など、それらは湊と全く異なっている。

 

「あなたは……ベアトリーチェさんですか?」

「如何にもそれは私が“私”から貰った名だ」

 

 湊の肉体が別の姿に変化したことで、以前聞いていた彼に宿る神の人格が出てきたのかとアイギスは予想した。

 すると、相手は予想通りの人物だったことで、肉体の蘇生が完了したのなら肉体の持ち主である湊も無事なのかと続けて尋ねた。

 

「あの、八雲さんは無事なんですか?」

「蘇生自体は私たちはどちらでも可能だ。だが、“私”はいま私の中で植え付けられたシャドウの欠片を排除している。故に、その間の肉体の管理を任されて出てきたという訳だ」

 

 湊が自決したのは死ねば心の力など使えなくなると判断してのことだが、原因となったシャドウの欠片を排除するまでは蘇生しても安心できない。

 だからこそ、一時的にベアトに肉体の制御を預け、現在彼は暴走を引き起こそうとした原因を取り除きに向かっているとのことだが、心臓を穿った傷が塞がっていても無事に蘇生されたなど簡単には信じられない。

 本当に無事なのかと改めて確認を取っても、ベアトは自信満々に頷くだけでいつまでもその人格は元に戻らず。

 やることがなくなったので帰るという彼女を見送っても、七歌たちの不安が晴れることは最後までなかった。

 

 

 


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