【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第十章 -Shadow Of The Labyrinth -
第二百六十五話 嵐の夜に


9月20日(日)

影時間――タルタロス

 

 雨と風の音が外から聞こえてくる日の影時間。

 特別課外活動部のメンバーにチドリたち二人と一匹を加えたメンバーが、タルタロスのエントランスに集まっていた。

 実は今週の土曜日と日曜日は学校で文化祭が開催される予定だったのだが、運悪く台風がやって来てしまったことで中止になった。

 初めての文化祭を楽しみにしていたアイギスはとても残念そうにし、わざわざやりたくもない図書委員の掲示物を作った七歌は、片付けの際に無駄になったじゃねえかと元図書委員であった高橋に跳び蹴りを喰らわせていた。

 しかし、いくら高橋に報復しようと七歌の気は治まらず、こうして鬱憤を晴らすために他のメンバーを招集してタルタロスへとやって来た訳である。

 

「お、七歌っちはまたベルベルか?」

 

 ここへ来る度にエクスカリバーが抜けないか試している順平は、柄をしっかりと握って引っ張りながら姿の見えない七歌の行き先について尋ねる。

 残念ながらエクスカリバーは欠片も動いてくれないが、毎度のことで気にしていない順平が握っていた柄から手を離せば、顔をあげた彼に美鶴が答えてくれた。

 

「ああ、新しいペルソナを作ってくると言っていたぞ」

「便利そうで良いですよね。僕も七歌さんみたいに複数のペルソナが使えたらなぁ」

 

 他の者たちには見えないが、このエントランスにはベルベットルームと繋がる扉が存在し、七歌は探索前に新たなペルソナを得るべくそこを訪れていた。

 彼女がベルベットルームにいる間は他の者は待っておくしか出来ないが、改めて考えるとワイルドの能力はとても魅力的だと槍で素振りしていた天田が羨ましがる。

 天田も自分のペルソナは持っていて、それを使いこなそうと努力もしているが、弱点の関係でどうしても活躍できない場面が出てくる。

 ワイルドであればそんな状況もペルソナチェンジで解決できるので、どうにか自分も他のペルソナが持てないかと考えていれば、助っ人として同行していたチドリが湊から聞いていたワイルドについての情報を一つ伝えた。

 

「……湊が言うにはワイルドは誰でも目覚め得るらしいわ。才能よりも精神の在り方が重要なんだとか」

 

 実際のところ彼がそんな風に言っても一般人にしてみれば難しい事など多々ある。

 あくまで、“彼の基準にすれば”という発言ばかりなので、ワイルドについても目覚め得る可能性は誰もが持っている程度に受け止めるのが正解だろう。

 ただ、それでも十分に夢のある話ではあるので、天田たちが自分も鍛えていればワイルドになるのだろうかと考えていれば、シャドーボクシングをしていた真田が会話に参加してきた。

 

「俺はそんなに器用じゃない。だから、ワイルドよりも自分の力を一つ極めていく方が性に合ってる」

「確かに真田先輩の新しいペルソナはかなり力が上がっていましたね。僕のペルソナもカエサルみたいに進化すればいいのに」

 

 真田は美紀が襲われた一件でペルソナが進化し、現在は皇帝“カエサル”というペルソナを所持している。

 ペルソナが進化した事でスキル等の威力が上がったのは勿論、彼自身の適性も大きく跳ね上がって現在はワイルドの七歌よりも高いくらいだ。

 しかし、まだカエサルの実力を十全に発揮できているとは言えないため、彼は以前にも増してトレーニングと実戦に力を入れるようになっている。

 そんな真田の姿を見ていた天田は、最近やけに力を求めているようで、自分が中々強くならないことを悔しがっている。

 真田のペルソナが進化したときの事を思い出せば、そんな焦りを持っていてはダメだと分かるはずだが、分かっていても感情というのはコントロールが難しい。

 焦った様子でワイルドの覚醒やペルソナ進化を求めている少年に、他の者がアドバイスしようとしたとき、突然、タルタロスで不思議な鐘の音が響いた。

 

「え、なんやのこの音?」

「てか、タルタロスって鐘なんかあったっけ?」

 

 リンゴンと響く鐘の音にラビリスやゆかりが反応し、他の者はどこから聞こえるんだと身構える。

 こんな事は初めてで、周囲の状況を把握しようと風花が召喚器を手にしたとき、彼女は足下で何かが動いた気がして思わず短い悲鳴をあげた。

 

「きゃっ」

「どうした山岸?」

「い、いえ、今なんか蜘蛛がいたような気がして。すみません」

 

 影時間に虫などいるはずがない。周りを見ても何もいなかったことでそう思った風花は驚かせた事を謝罪する。

 それを聞いた他の者は特に気にせず、風花が無事ならば別にいいと再び周囲の警戒に戻る。

 だが、次の瞬間、彼らの視界は暗転した。

 

――ベルベットルーム

 

 今日は憂さ晴らしにシャドウを狩るぞと意気込んでやって来た七歌は、そろそろ新しいペルソナを入手しようとベルベットルームを訪れた。

 

「こんばんは!」

 

 扉を開けて中に入ると、いつものエレベーター特有の浮遊感を感じながら席に着く。

 今日はどの属性スキルを持ったペルソナを作ろうかと考え、そうして正面の席に目を向けるとそこには鼻の長い老人ではなく銀髪の女性が座っていた。

 

「あれ? 今日はエリザベスだけ?」

「はい。現在、主と姉上は別の用事で席を外しておりますので、今は私が一国一城の主でございます」

 

 マーガレットがいない事はたまにあるが、イゴールまでいないのは非常に珍しい。

 七歌の担当者はテオドアなので、普段の業務は彼がいれば良いのかもしれないけれど、今日はペルソナ合体を頼むつもりだったのでエリザベスにも出来るかが気になる。

 少し考え込む素振りを見せると七歌はとりあえず頼んでみるかと顔をあげて口を開いた。

 

「あの、ペルソナ合体って出来る?」

「はい。特殊合体は出来ませんが三身合体までならばなんとか」

 

 以前、七歌は湊との戦闘中に勝つための力を求め、四神による四身合体で黄龍を呼び出した。

 しかし、あれは鬼血丸を使って能力にブーストが掛かっていて初めて出来た事である。

 本来の七歌の適性値では黄龍を呼べるレベルに達しておらず、今もう一度同じ事をしてみろと言われても出来ない。

 ならば、三身合体ならば出来るのかと聞かれれば、そちらも鬼血丸のブーストがないと出来ないので、エリザベスが普通の合体ならば可能だった事は七歌にとって幸運であった。

 

「良かったぁ。自分じゃペルソナ合体なんて基本出来ないし、これで出来ないって言われてたら困ってたよ」

「それは何より。ところで話は変わりますが、本日は“レギオン”しか召喚出来ませんので、そちらで宜しいですね?」

「ん? いや、いらない」

 

 レギオンとは“愚者”のアルカナを持つ低級ペルソナの事だ。

 ペルソナ合体が出来るというのに、今日はレギオンしか作ってやらないと告げてきたエリザベスは、そのままレギオンの魅力について語ろうとするので七歌がすぐにいらないと切り捨てる。

 この辺りの塩対応は流石は湊の親戚という感じだが、言葉を遮られる形となったエリザベスはやや不満そうに七歌を見つめる。

 彼女はあくまで湊の担当者であるため七歌との繋がりは薄く、こういった状況での対応はどこか事務的になり易い。

 彼女の意思を尊重して好きに喋らせて置けばその限りではないが、言葉を遮られたことでエリザベスが僅かに不満そうにしていれば、ベルベットルーム内にある扉の一つが開いてテオドアが出てきた。

 

「姉上、あまり私のお客人を困らせないでください」

「テオ、私は本日のオススメを厚意で伝えたに過ぎません」

「力を求めてやってきた相手にレギオンはないでしょうに。七歌様、姉がどうもすみません」

 

 七歌の担当であるテオはやって来るなり姉を諫めて謝ってくる。

 エリザベスも別に悪気はないのだが、真面目に本人の感性で話しているだけあって質が悪い。

 もっとも、まだ何も被害は受けていなかったので、別に気にしていないよと返して七歌も口を開く。

 

「テオも留守番してたんだ?」

「ええ、まあ。主が不在のときはベルベットルームの存在が不安定になり易いので、こうして何人かの住人が残るようにしているのです」

「それに加え、現在、外の世界には嵐が来ているご様子。嵐というのは存在を揺らがせます。身体だけではなく、決心や葛藤と言った想いでさえ……」

 

 テオに続いてエリザベスもこの部屋の状態について説明してきたことで、七歌は不思議な空間だけあって外の環境の影響を受けやすいのかなと考える。

 そも、ここは客人の精神の在り方や立ち向かう試練への道のりで姿を変えるとも聞いている。

 七歌が来る前からこの内装だったという事は、これは湊の精神の在り方か試練への道のりに関係しているに違いないが、彼女も途中からでも影時間に関わっているので二人の道はきっと重なっているのだろう。

 そんな風に、複数の客人が同じベルベットルームを訪れる事もあるのだろうが、姿を変えるという事は元から変容しやすい性質を持っているという事でもある。

 主の不在、そして嵐、二つの条件が重なったことにより、不測の事態が起きてもおかしくはなかった。

 

「んあ? この警報なに?」

「分かりません。こんな事などこれまで……」

 

 話していると突然アラートが鳴り響き、さらに警告を促すように赤いランプまで明滅し始める。

 このエレベーターにそんな機能が付いているなど初耳だ。何のための機能なのだろうと七歌が考えていれば、テオドアが様子を見に行こうと動き出そうとして突然電気が消えた。

 

「……おや」

 

 予備電源でもあったのか停電はすぐに回復した。

 けれど、明かりが再びついて室内が見えるようになると、停電前にはいなかったはずの者たちが七歌の背後に現われていた。

 

「な、なんだここは?」

「これ、エレベーターか?」

 

 聞き慣れた声が聞こえた事で七歌が振り返る。そこには美鶴や順平といった特別課外活動部のメンバーとチドリたちがいた。

 何故彼女たちがここにいるのか。相手の様子からすると向こうの意思でやって来た訳ではないようだが、突然やって来た大勢の来客にはエリザベスたちも驚いている。

 

「こんなに大勢がここを訪れるとは、珍しい事もあるものですね」

「言っている場合ですか」

 

 エリザベスとテオがコントのようなやり取りをしていると、順平たちもそこにいる人物に気付いたようで声をかける。

 

「あれ? えーっと、そちらにいるのって前に有里と一緒にいた人ですよね?」

「ええ。その節はどうも」

「七歌もいると言うことは、ここが例のベルベットルームという場所なのか?」

「じゃあ、有里君って普段からペルソナに関わってる人と一緒にいたって事?」

 

 二年生組のほとんどはエリザベスたちと会った事がある。

 それはまだ湊とゆかりが付き合っていた頃、湊とエリザベスがデートしていた場面を目撃するという衝撃的なものであったため、彼女たちの記憶にも強く残っていた。

 ただ、その相手がまさか自分たちのリーダーである七歌にペルソナ合体等で力を貸してくれている者だとは思わず、そんな相手を平然と外に連れ出していた湊にも驚きを隠せない。

 けれど、いつまでも驚いていては話が進まないため、湊が普段訪れているベルベットルームの内装を頭に叩き込みつつチドリが尋ねた。

 

「それより何で私たちをここへ呼んだの?」

「いえ、チドリ様たちに特別用件はございませんので、全く欠片もこれっぽっちも呼んでおりません。むしろ、何用ですかとお尋ねしたいくらいでございます」

 

 テメェらなんぞ呼んでねえ。薄い笑みを浮かべてそんな事を言われればチドリの頭にも血が昇る。

 一人の青年について相手とはいくつか話し合わなくてはならない事もあるので、相手のホームではあるがここで話をつけても良いかもしれない。

 そう思ってチドリが一歩踏み出そうとしたとき、上昇を続けていたエレベーターが突然停止した。

 

「お、止まった。こんなの初めてだよね」

「な、なんか不気味やね。急に止まるとか落ちそうな気ぃするし……」

 

 暢気な七歌とは対照的にラビリスは不安そうに周囲を見渡している。

 だが、こういったアクシデントに遭ったときは七歌のような反応が正解だったりする。

 何故なら、ラビリスのように不吉な事をいうとそれが現実になるから。

 

『っ!?』

 

 ラビリスが落ちそうだと口にした直後、ガシャンと音がしてその場にいた者たちは浮遊感に包まれた。

 これは自分たちが上に昇っているのではなく、自分たちの足場であるエレベーターが急速に落下している事が原因だ。

 突然の事態に風花は悲鳴をあげ、天田やコロマルは床に掴まるように踏ん張ることで浮き上がりそうになるのを耐えている。

 

「おい、マジで落ち始めたぞ! このままだとやべぇだろ!」

「シンジ、それにお前らも、エレベーターが地面につく直前に飛ぶんだ!」

「明彦、それは迷信だ!」

 

 荒垣、真田、美鶴の三人が緊急事態だというのにコントを始める。

 本人たちにそのつもりはないのだろうが、周りで聞かされている方からすれば遊んでいる場合かと怒りたくなる。

 そも、この状況でどうやって地面までの距離が測れよう。

 探知能力持ちの二人ならば分かるのかも知れないが、そんな事をするくらいならペルソナに掴まって飛んだ方がマシだろう。

 この状況をどうやって打開するか。自分たちはこのままどうなるのか。混乱する頭でそんな事を考えている間に、エレベーターは落下の衝撃に包まれた。

 

――???

 

 急に落下を始めたベルベットルームにいた七歌たちは、どうにか怪我もなく生きていた。

 強い衝撃を感じたものの、そのまま落下した衝撃に潰れて死ぬという事もなく、突然開いた出口から外に出ればそこは知らない学校に繋がっていた。

 随分と年季の入った古臭い校舎、見慣れぬ制服、校舎内の様子からすると文化祭の最中のようだが、そこにいる生徒たちは話しかけても決まった言葉を返してくるだけで会話が成立しない。

 ならば、ここは自分たちで情報を集めるしかないと分かれて行動していたのだが、戻ってきた者たちの情報を集めて分かったのは、ここが“ヤソガミコウコウ”という場所であり、どうやっても学校の敷地から外へは出られないという事だけだった。

 

「携帯も使えないとなると、ここは現実世界とは異なる法則を持った世界と判断するべきだろう」

「そうですね。ルキアで探ってみましたが敷地内を覆うように何かの力が張られていて外の様子は分かりませんでした」

 

 今のところは特に危険などは感じないが、それでも自分たちがこの空間に閉じ込められているという事実は変わらない。

 風花の力でも外の様子が分からないとなれば、美鶴たちに出来る事はこの学校内での調査に限られるのだ。

 しかし、生徒たちは本物の人間ではないらしく言葉は通じず、さてどうしたものかと美鶴も頭を悩ませていると風花が何かを思い出したように声をあげた。

 

「あ、そういえば、この階にシャドウの反応を感じる場所があるんです」

「何だと? ……なら、そこを調べてみるか」

 

 こんな場所でシャドウの反応があるなど見るからに怪しい。

 自分たちがどういった状況にあるかも分からないというのに、そんな危険に飛び込んで良いものかと美鶴は悩む。

 だが、エリザベスが言うにはベルベットルームは客人の運命と非可分な存在であるため、他のメンバーも一緒にここへ来たという事は、七歌たちにはここでやるべき事があるらしい。

 現状、他に手かがりがある訳でもなく、校舎内にはシャドウがいないと風花も言っているので、一同は一先ずそのシャドウがいる場所の前まで行くことにした。

 

***

 

 エリザベスとテオドアは内装の変化したベルベットルームの調査をすると残り、他の者たちだけでフロアを移動してとある教室の前までやってきた。

 そこは『不思議な国のアナタ』と書かれた看板と共に可愛らしいデザインの装飾がなされており、傍に置かれているチラシに「アナタも手軽にアリス体験!」書かれていることから、どうやら役になりきって遊ぶロールプレイ型の催しらしい。

 

「フフッ、やっぱりアリスって女の子の憧れだよね」

「え、そう? 私は別にそうでもないけど」

 

 アリス体験に興味があるのか楽しそうに話す風花に対し、ゆかりはあんまり興味ないかなとさばさばとした反応を見せた。

 二人の会話を聞いていた順平は、近くにいた天田に小声で「あれが女子力の差だぜ」と余計な事を吹き込んでおり、聞こえていたゆかりから即座に睨まれている。

 デリカシーのない発言をして順平が睨まれるのは最早様式美と化しているため、他の者はそれを流してアリスで思い出したとラビリスが口を開く。

 

「そういや、湊君のペルソナにもアリスがおったよ」

「へぇ、そういうの好きなのかな?」

「んー、別に普通に可愛がってたけど、アリス自体は人工ペルソナやから湊君の好みは関係ないと思うわ」

 

 アリスという童話には興味がないが湊の情報ならば知りたいとゆかりに訊かれ、ラビリスが思い出すのは湊の後ろや隣を嬉しそうに歩く金髪の少女の姿。

 人工ペルソナとはいうが現在では他の自我持ちと同じように湊のペルソナとして活動しており、彼女の固有スキル“死んでくれる?”は雑魚を一掃するには便利な凶悪スキルだったと記憶している。

 まぁ、そんなスキルを使いこなすには使役する側にも十分な実力が求められるのだが、ラビリスが家事も得意で良い子やでと説明していれば、彼女の言葉に引っかかる部分のあった美鶴が口を挿んできた。

 

「待ってくれ。人工ペルソナ使いならば聞いたことがあるが、人工ペルソナとはどういう事だ?」

「え? どういうって別にそのまんまやで。こう、人工的に生み出されたペルソナやねん」

 

 桐条グループではラビリスやアイギスのような、ペルソナ獲得を目的とした人格を人工的に生み出していたはずだ。

 ラビリスはマザーの人格のコピー、アイギスは複数の被験者たちの人格をモデルにして作られたという差異はあるが、作られた人格がペルソナを生み出すというのは段階を踏んで人工的にペルソナを作っていると言えなくもない。

 それなのに何をそんなに驚いているのか不思議に思いつつ、ラビリスは湊がアリスを手に入れるに至った経緯を説明した。

 

「シャロンさんの助手に武多さんっておるんやけど、その人が容姿からプロフィールまで考えはってん。元は湊君のジャック・ザ・リッパーがナイフに憑いた怨念の集合体って聞いて思い付いたらしいけど、人の強い想いを込めればペルソナが生まれるんちゃうかなって思ったみたい」

 

 作品には作り手の魂が宿ると言われたりもするが、武多が行なったのは結局はそういう事になる。

 身長やスリーサイズといった肉体の情報に加え、性格や彼女の得意な事など武多は本が出せそうなくらい本当に細かく設定していた。

 彼女が宿ったカードが握り潰せないくらい愛情を持ち、夢を現実にしてしまうほどの強さを持っていた彼の想いはまさしく本物だった。

 持ち主こそ湊になってしまっているが、外に出て彼女が自由にしているときなど、武多が娘を見るような優しい視線で彼女を見つめている事をラビリスは知っている。

 だからこそ、本当に強い想いが必要ではあるが、人工ペルソナを生み出す事自体は実例もあるため不可能ではないと語れば、話を聞いた美鶴は難しい表情をしていた。

 

「君たちが人間になった時点でEP社の技術は我々の先を行っていると思っていたが、まさかそんな技術まで確立していたとはな」

「ああ、流石にそんなん武多さんのアリスだけやで。そもそも、湊君が言うには怨念級に強い想いの受け皿になってそれをペルソナに変換できる人間が必要らしいし。再構築するには十万や二十万程度の適性じゃ足りひんみたいやわ」

 

 苦笑気味のラビリスから追加の情報を貰った事で、美鶴は美紀の見舞い時に湊が言っていた高過ぎる適性値の影響力のことを思い出していた。

 そも、シャドウやペルソナのように具現化出来るレベルに至っていないとはいえ、怨念級の強い想いの受け皿になるというのも難しいと思われるが、それが出来たとしても新たに怨念をペルソナという一つの存在に作り替えるのだ。一般人がやろうとしても途中で力尽きて存在の確立まで至らぬのだろう。

 人工ペルソナの核となる部分を生み出し、それを取り込み存在の固定化まで為せる者がいる。

 やはりEP社の進めている研究は既に自分たちの遙か先だなと美鶴は認識しつつ、頭を切り換えると他の者たちに号令をかけた。

 

「よし。では、実際に入ってみるぞ。現場の指揮はいつも通り七歌に頼む。何名かはこちらに残って校舎内の散策と山岸の護衛を頼む」

 

 校舎内はきっと安全だと思われるが、それでも警戒しておいて損はない。

 実際に中に入って様子を見てくる前線メンバーの選抜はリーダーの七歌に任せ、彼女がメンバーの決定を終え次第ダンジョンに入ることにする。

 美鶴が説明を終えると真田が俺を連れて行けと七歌に直談判を始めたが、そうしてメンバーを決めて中に向かおうとしていたとき、背後から知らない少年の声が聞こえてきた。

 

「待て、その中は危険だ」

 

 突然声をかけられた事で一同は驚きながら振り返る。

 そこにはこの学校の制服を着た男子と女子が立っていた。

 一人は制服の上から黒いボロ布をマントのように纏った色黒の天然パーマ男子。

 もう一人は制服に薄黄色のカーディガンを着た肌も髪も色素の薄い小柄な少女。

 少女の方は知らない人間に怯えているのか男子の影にやや隠れているが、心配そうに七歌たちの事を見ながら忠告してきた。

 

「入っちゃダメ……その中、怖いのがいるよ」

 

 怖いの、とはシャドウの事だろうか。

 何故少女たちがシャドウの事を知っているのかは分からないが、自分たちから話しかけてきた彼女たちは会話も成立しており、文化祭で出し物をしている他の生徒とは明らかに違う。

 見知らぬ学校、シャドウの気配のするダンジョン、突然現われた会話の成立する生徒。

 七歌たちも自分たちの現状を把握することに忙しいが、この出会いは少なくとも悪い物ではないはずだと考え、現われた少女たちに笑顔を向けて挨拶をすると話をする事にした。

 

 

 

 


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