【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百六十六話 記憶のない二人

――ヤソガミコウコウ

 

 シャドウの気配があるダンジョンへ向かおうとしたとき、突然後ろから話しかけられた事で振り返ると、そこには色黒の少年と色白の少女が立っていた。

 二人はダンジョンの中が危険だと知っていて、だからこそ、そこへは入らない方が良いと忠告してくれたのだが、それを知っている二人は何者なのかという疑問が湧くのは当然のことだろう。

 一同を代表して美鶴が二人に話しかければ、相手は特に警戒した様子もなく自己紹介で返してきた。

 

「私は善、彼女は玲。君たちは何者だ? どこからやって来た?」

「私は桐条美鶴。我々は月光館学園に在籍する特別課外活動部、通称“S.E.E.S.”と呼ばれるチームの者たちだ」

 

 少年の名は善、少女は玲という名らしい。それを聞いて美鶴が自分たちは東京都港区辰巳ポートアイランドに存在する月光館学園の生徒だと返せば、彼らは月光館学園の名を聞いたことがないのか首を傾げた。

 一応、月光館学園の名は湊の評判もあって日本中で知られているはずだが、聞いたこともないのであれば詳しく説明しようと意味がない。

 そう判断して頭を切り換えると、美鶴に代わって七歌が笑顔を向けて二人に話しかけた。

 

「私は九頭龍七歌。それで、善君と玲ちゃんって見た感じここの生徒だよね? ここって一体どこなのかな?」

「ここ……? その、やそがみこうこう……です」

「あ、うん。えっとぉ、都道府県とかの所在地は?」

 

 詳しい情報が知りたかったのだが、改めてここがどこに存在するのかを尋ねると玲は黙ってしまった。

 その様子は教えたくないという七歌たちを警戒したものではなく、自分では上手く説明出来ないという申し訳ない雰囲気が感じられる。

 もしかすると、相手はここの制服を着てはいるが、自分たちと同じでここにやって来た存在なのかも知れない。

 そんな風に考えて無理に聞いたことを謝ろうとすれば、玲に代わって善が口を開いた。

 

「私たちは気がついたらここにいた。その前のことは思い出せない」

「思い出せないって、それじゃあここからどう帰るのかも分からないの?」

 

 状況が同じかは分からないが、どうやら二人も七歌たちのように気付いたらここに辿り着いていたらしい。

 何かここから出るヒントがあればと思ったが、記憶がないなら帰る方法も分からないかとゆかりが溢せば、その言葉を聞いた玲が目を大きく開いて顔をあげた。

 

「ここから、帰れるの?」

「え? んー、来たからには何かしら帰る方法はあると思うけど」

 

 自分たちもその方法を探している最中なので断言は出来ないが、まさか一生ここに閉じ込められてもいられないだろう。

 ゆかりにとっては父の意志を継いだ影時間の事もあるし、元の世界には大切な人を残してきてしまっている。

 相手からも同じように思って貰えていないのは複雑だが、彼が大切にしている少女がこちらには三人もいるのだ。

 なら、何が何でも帰らないといけないし、彼がまた無茶をする前にアイギスたちを元の世界に帰さないといけない。

 そんな意味も込めて改めて絶対に帰るつもりだと口に出せば、出会ったときよりも瞳に力が宿った様子で玲が自分も帰りたいと告げてきた。

 

「わたしも、かえる。善、わたしも帰る!」

「帰るってどこへ?」

「んー、どこだろう?」

 

 記憶がないのなら帰る場所が分からないのも無理はない。

 だが、彼女もここを出て自分が元いた場所に帰りたいという思いはしっかりと伝わった。

 同じ閉じ込められた者同士、どうにか協力して脱出を試みようと七歌は二人に提案する。

 

「私たちもここから出る方法を探すからさ。よければ二人も一緒にいこ?」

「うん。おねがいします!」

 

 七歌から誘われ、これまでで一番の笑顔を見せて玲がペコリと頭を下げてくる。

 その幼く愛らしい仕草に一同は和みながら、そういえば学年を聞いていなかった事を思い出した。

 もっとも、二人がともに記憶を失っている事は先ほど聞いたとおりだ。

 さらに詳しく聞けば本人たち曰く記憶は誰かに奪われてしまったらしいが、そんな存在がいるのであれば、ここに自分たちを閉じ込めてきた黒幕はそいつだと思われるものの、話を玲たちの学年についてへ戻すと、二人はとりあえず一年生として扱うことに決まった。

 記憶がないことはやはり不安だったのか、ここを出て元の居場所に帰るという目的。そして、自分たちの所属する学年が決まったことで、玲は嬉しそうに笑ってコロマルの頭を撫でている。

 それを横目で見ながら七歌たちの方を向いた善は、先ほどは危険だと忠告するため呼び止めたが話題をダンジョンへ移した。

 

「それで、君たちはこの迷宮に入るつもりだったのか?」

「ああ。山岸が言うには部屋の中はダンジョンが広がっていて、その中にはシャドウ、君たちが恐ろしいものと呼ぶ存在がいる。校舎内には存在せず、ダンジョンの中にはいるとなると何かあると考えた方が自然だ」

「そうか。だが、私も鐘の音を聞いてから迷宮に入るべきだと感じていた。良ければ私たちも連れて行って欲しい」

 

 美鶴たちがタルタロスで鐘の音を聞いたとき、こちらの世界でも校庭に建っている時計塔の鐘が鳴ったらしい。

 つまり、その時点で美鶴たちはこの世界の干渉を受けていたという事だが、シャドウのいる危険なダンジョンへ同行させてくれと頼んできた善に、順平はそれは玲も一緒という意味だよなと確認を取った。

 

「あー、私たちってことは玲ちゃんも一緒だよな?」

「ああ。だが迷惑は掛けない。私は玲を守り、君たちがシャドウと呼ぶ怪物と戦える」

「え、君らペルソナ使えんの?」

「ぺるそな? それは知らない」

 

 シャドウと戦えると言って背中に手を回した善は、その手にボーガンを持って見せてきた。

 ゆかりの矢や美鶴の突剣でもシャドウにダメージを与えられる以上、ボーガンでも敵を攻撃出来て不思議ではない。

 しかし、シャドウは適性値の低い一般人が攻撃してもほとんど効果はなく、倒そうというのならペルソナを融合させた無の武器か、黄昏の羽根を組み込んだ対シャドウ兵装などが必要であった。

 やけに自信ありげに話すのでもしかすると経験談なのかもしれないが、実際に戦っているところを見ていない以上は判断が難しいだろうと美鶴も渋い顔をする。

 

「現状、二人に対する情報が少なすぎる。対シャドウ兵装があれば一般人でもシャドウ相手に戦えるが、耐性など防御に関しては無力だ。それが二人となると守るのも厳しいだろう」

「でも、本当に戦えるのなら戦力と見なせるんですよね。んー、じゃあ、軽い偵察に連れて行って判断します。二人もそれでいいかな?」

「ああ、感謝する」

「よろしくお願いします!」

 

 とりあえずは偵察への同行を認め、そこでの動きや活躍から今後について判断することに決める。

 二人の実力についてもそうだが、いくらタルタロスを探索してきた七歌たちでも、こちらの世界のダンジョンも同じように探索していけるかは分からない。

 自分たちの状態や敵の強さを把握する意味も込めて偵察はするつもりだったので、そこへ二人を連れて行くくらいは問題なかった。

 同行を認められると善もどことなく肩の力を抜き、玲は玲でホッとした顔をして背中の方からドーナツを取り出して食べている。

 

「えへへ、安心したらお腹すいちゃった」

「へえ、玲ちゃんも湊君みたいな事できるんやね」

「みな? えっと、誰ですか?」

「ああ、ウチらの知り合いの男の子やで。その人も玲ちゃんみたいに何もないとこからお菓子とか食べ物出したり出来るんよ」

 

 何も持っていないように見えた玲がドーナツを取り出した事で、まるで湊のようだと思ったラビリスが向こうの世界に残してきた青年について説明した。

 すると、玲はそんな人がいるのかと尊敬の眼差しになり、隣にいた善のマントをクイクイと引っ張り興奮気味にしゃべり出す。

 

「すごい。善、すごい人がいるんだって!」

「……玲も同じ事をしているじゃないか」

「ちがうよ! その人はケーキもアイスもプリンもドーナツもスキヤキも天ぷらもハンバーグも好きなだけ魔法で出しちゃうんだよ!」

「……それはすごいな」

 

 湊の場合はではなく正式名称“夜天の棺”と呼ばれるマフラーに収納しているだけだ。

 既製品のお菓子や調味料だけでなく、加工前の食材であったり出来たての料理を入れていたりもするのだが、本人以外はお菓子も少し入れている程度の認識なので詳しい事は分からない。

 けれど、大興奮の玲の話を聞いて、善もすごい人物なのだなと認識したのを眺めていたアイギスは、このような場所でも尊敬を集めるとはやはり湊は素晴らしい人物だと鼻高々になっていた。

 

「会った事のない方にも尊敬されるとは、流石は八雲さんであります」

「やく? えっと、誰ですか?」

「八雲さんは数字の八に空に浮かぶ雲という字を書きますが、わたしの一番の大切な方であります。現在、ある意味で遭難中と言える我々ですが、それに気付いた八雲さんがきっと助けに来てくださるので玲さんたちもご安心ください」

 

 新たに出てきた人物名に玲は首を傾げ、直前のラビリスと同じやり取りを繰り返した。

 だが、詳しい名前を教えて貰うと、彼女の中で湊と八雲を一人の人物の名前と認識したのか、多分こちらが名前だろうという方を選んであだ名で呼んだ。

 

「へー。善、はーちゃんってすごい人なんだって」

「ああ。どうやら食糧などの物資を運ぶ救難のエキスパートのようだな」

 

 魔法のように食べ物を出し、こんな訳の分からない場所まで助けに来る。

 そんな存在がいれば確かに救難のプロと言っても過言ではない。

 だが、彼は確かに人助けもするけども、そこまで大規模な救助活動などは行なっていないはずなので、二人の中のイメージはどうだろうかとゆかりが頭を抱えた。

 

「どうしよう。二人というか主に玲ちゃんの中で有里君のイメージがすごく偏っていってる。てか、呼び方もはーちゃんて数字の八だから?」

「アイギスはああ言ったが多分だが彼はここには来られない。我々はベルベットルームごと移動してしまったんだからな」

 

 普段ならば湊は直通の専用の扉でベルベットルームへと向かえる。

 しかし、先ほど様子の変わったベルベットルームを見たところ扉は二枚だけになり、それも隣り合う扉を七五三縄(しめなわ)や鎖でグルグル巻きにするように四つの鍵が付いていた。

 エリザベスたちが言うには彼の扉とは別物らしいので、仮に湊が鍵を使って扉を抜けてもこちらには来ない。むしろ、無人になっている本来のベルベットルームに行く可能性があるとの事だった。

 七歌や美鶴にチドリといった面々はその情報を共有しているが、アイギスの中では助けに来ることは決定事項らしく、何も知らない玲たちに如何に湊がすごい人物であり、そんな相手と自分が深い絆で結ばれているかを語り聞かせている。

 素直な二人は話を聞く度に驚き、また尊敬の念を強めているが、もし本人と出会えば二人もイメージは所詮イメージでしかないと気付くことだろう。

 なにせ、相手は興味のない相手にはどこまでも無関心でドライなのだから。

 

「まぁいい。では、七歌。改めて偵察に向かうメンバーを決めてくれ」

「了解でーす」

 

 このままだとアイギスが延々と話し続け、善たち二人の中の湊のイメージがとんでもない事になる。

 本人と会うことはないので最悪の事態は避けられるが、助けに来なかった場合もまたイメージを損なうことになるので、知らぬところで自分の株が下げられていては気分が悪いだろうと美鶴が話を進めた。

 そして、善たちが来る前に既に偵察メンバーを決めていた七歌が構成を発表し、それに善たち二人を加えたメンバーがダンジョンへと足を踏み入れた。

 

***

 

 七歌たちがダンジョンに足を踏み入れると、風花に聞いていた通り中にはシャドウがいた。

 バランスボールに口が付いたようなシャドウ、虚言のアブルリーのようにタルタロスでは見たことのないタイプもいたが、今は風花に加えてチドリもアナライズで補助してくれる。

 そのおかげで敵の攻撃属性や弱点を素早く解析し、七歌たちは順調に進むことが出来ていた。

 

「どうやらタルタロスと比べると一つのフロアが大きいようだな」

「ああ。完全に中は異空間になっているようで、明らかに教室の広さを超えているしな」

「おう、敵だぞ」

 

 真田と美鶴が話していると虚言のアブルリーが二体と臆病のマーヤが一体現われた事で、荒垣の言葉を受けて全員が戦闘態勢に入る。

 雑魚にしか見えない相手にしては耐久力があるものの、幸いなことに敵の強さは風花の加入前に攻略していたタルタロスのフロア程度の強さだった。

 横並び一列に現われた敵に対し、美鶴の召喚したペンテシレアが敵同士の間に氷壁を出現させ分断すると、七歌のエウリュディケと真田のカエサルが疾風と電撃で両脇の敵を葬る。

 残る正面の一体は荒垣のカストールが迎え撃つが、援護のために善がボーガンの矢を射ると敵は僅かに動きを止め、その隙を突いてカストールが敵を叩き潰した。

 

「みんな、お疲れさまです」

 

 戦闘を終えた者たちを玲が労う。他の者たちは彼女に向かって手を挙げて、これくらいは大したことないと笑いかけた。

 偵察にやって来た中で既に同じ敵を何度も倒していたことで、彼女たちはアナライズ結果を聞かずとも自分たちで敵の弱点を覚えて対処している。

 善と玲も最初はかなり周囲を警戒していたが、七歌たちの実力を目にしたことで必要以上に警戒する事はないと思ったのか、今は無駄に入っていた肩の力を抜いてたまに会話をする程度の余裕を見せていた。

 

「君たちの力はすごいな。それがペルソナか」

「ああ。ペルソナは私たち自身の心の力を具現化して使う能力だ。生身で戦うよりも強い反面、疲労や精神状態がモロに影響してくるので過信は出来ないがな」

 

 今倒した敵のいた場所を見てみると白紙のタロットカードが落ちていた。

 倒したシャドウがアイテムを落とすことはたまにあるので、美鶴は一応持っていこうとそれを拾い上げながら善にペルソナについて説明する。

 七歌たちが最初にペルソナを呼び出す際、頭に拳銃を突きつけて引き金を引いたときには、善も玲も共に驚いていたが、自分たちよりも大きなペルソナが現われると言葉を失っていた。

 だが、何度も見ているうちに慣れたようで、コントロールが難しい力だと説明を受けてもシャドウと対等に戦う事の出来る異能には素直に感心した様子だ。

 

「私や玲もペルソナが使えればもっと安全に迷宮を進めるのだが……」

「うん。七ちゃんも真ちゃんも格好良かったよ!」

「フフッ、ありがとう。でも、能力の獲得に関しては謎が多いし、こればっかりは私たちではどうしようもないんだよね」

 

 玲は人の名前を呼ぶときには、名前を短くもじったものに“ちゃん”付けで呼ぶらしい。

 順平は順ちゃん、アイギスはアイちゃん、風花やチドリは名前にちゃん付けだったが、基本的には誰が相手でも同じように愛称で呼ぶ。

 それは彼女が自分たちを信頼してくれている証だろうと七歌たちも好きにさせているが、善や玲が迷宮攻略において七歌たちのペルソナを羨む気持ちは分かる。

 ボーガンで戦う善のように、玲もどういう訳かペルソナの補助スキルのようなものを使って仲間を援護していたが、その力は微々たるもので“現時点”では使えているに過ぎない。

 そもそも、生身の人間がスキルを使えることも不思議だが、人間の中には湊やチドリのようにペルソナとは別に個人の力で生命力を放出出来る者もいる。

 玲の力もきっとその類いだろうと見られているが、もしも二人がペルソナに目覚めれば確かに迷宮攻略の効率は上昇するように思われた。

 だが、七歌たちは勿論のことエリザベスたちでさえ能力に目覚める切っ掛けは分かっていない。

 精神の変化であったり、影時間などの非日常の中で命の危機に陥った場合に目覚める事が多いとされているが、そのために二人を強いシャドウと戦わせたりは出来ないので、今のところは現状維持で行くしかなかった。

 それを聞いた二人は残念そうにしているが、他の者がその反応に小さく笑いつつそれなりに奥まで来たとき、扉の向こうに大きなシャドウがいるのを発見して全員が足を止める。

 

《あのシャドウはとても強い力を持っています。アルカナシャドウやフロアボス級ですね。他にも同じような個体がフロア内に数体確認出来ますが、危険なので戦闘は避けてください》

「厄介なやつがいたものだな。ダンジョンを守る役割を持った敵といったところか。他のシャドウとは別の呼称をすべきか」

 

 トランプのカードのような顔を持ち、ピエロのような格好をしているせいで強そうには見えない。

 しかし、明らかに他のシャドウよりも大きく雰囲気も異なっている。

 風花が強いと言うからには、自分たちも十分に準備をした上で挑まねば勝てない相手なのだろう。

 ならば、上位シャドウとでも呼べる存在として、彷徨いている迷宮の番人には何かしらの特別な呼称を付けるべきだと美鶴が提案すれば、顎に手を当てて考えていた善が口を開いた。

 

「フューシス・オイケイン・エイドロンだ」

「お、ギリシャ語ですな。でも面倒だから“F.O.E”と呼称しよう! 風花たちもそれでよろしく」

《了解しました。では、今後はああいった強大なシャドウは全てF.O.Eと呼びますね》

 

 突然の横文字に真田や荒垣が首を傾げていたが、全体としての言葉の意味はともかく、それがギリシャ語であることは理解出来た七歌が略して呼ぶことに決める。

 自分の付けた名前が勝手に略された事を善がどう思うかと見ていれば、彼は気にした様子もなく玲と一緒にF.O.Eの動きを扉に隠れながら観察していた。

 本人に異論がないなら呼び方はそれで正式に決定することにし、迷宮の中にF.O.Eのような存在がいる事も確認出来たので、一度学校の方へ帰ろうと七歌たちは来た道を戻る事にした。

 

***

 

 迷宮に行っていた七歌たちが戻ってくると、他の者たちも自分たちが調べたこの学校の事を色々と報告してきた。

 しかし、やはり外に出られそうなものはベルベットルームの扉しかないようで、しばらくは学校の空き教室などを拠点として利用しつつ迷宮を攻略するしかないらしい。

 

「コロマルが校庭の地面掘ったりもしてくれたんだけどさ。やっぱこの敷地内からは出られないっぽいぜ」

「そっか。じゃあ、やっぱダンジョンを攻略するまではここに滞在する事になりそうだね」

「分館の方ですけど、机置き場としてしか使ってない教室がありました。鍵は掛かってませんし、机を出して軽く掃除すれば使えると思います」

 

 校舎に残っていた順平が改めて脱出出来そうな場所が見つからなかったと報告してきたことで、七歌は当初より考えていた拠点作りをしなければとならないなと溜息を吐く。

 この世界に昼夜の概念があるかは分からないが、玲たちが言うには放課後のように夕方にはなるらしく、それならばある程度は昼夜のサイクルに沿って行動を決められる。

 となれば、寝て休むことも考える必要が出てくるので、天田が見つけてくれた空き教室を使うというのは非常に良い案と言えた。

 

「じゃあ、とりあえず拠点っていうか寝て休める場所を作ろうか」

「あ、そや。寝て休めるとこで思い出したけど、エリザベスさんがウチらの治療のために保健室を使うて言ってはったよ」

「……テオドアの方は同じ一階にある工芸室で装備とアイテムの製作とかを担当するらしいわ」

 

 七歌たちがいない間にベルベットルームの住人たちも動いていたようで、こちらでの活動が長期化すると考えて必要な施設を作ってくれていた。

 それなら探索に付き合ってくれれば良いのにと思うだろうが、二人が出来るのはあくまで“手助け”のみ。

 湊が暴走したときのように世界規模の影響が出たときには、暴走を止める程度の力添えはするが、客人の旅路の行く末を左右するような場面では彼らも傍観するだけなので、今回もそういった理由で手助けしかしてくれないのだろう。

 だが、迷宮で拾った素材などを使ってアイテムを作ってくれるのであればありがたい。こちらの世界では物資の補給が出来ないので、滞在期間が長くなればいずれ限界を迎えていたはずだ。

 治療場所としての保健室も同様で、探索から疲れて戻ったときに仲間を回復させる余力が残っているかなど分からない。

 治療が遅くなればその分疲労や負担が蓄積するため、対価を払うことで彼女から治療が受けられるのならば安心して探索を進める事ができる。

 自分たちがいない間にそんな準備をしてくれていた二人に感謝しつつ、それでは自分たちの寝床を兼ねた拠点を作ろうと七歌は実習棟の方へ移動することにした。

 

「やっぱり、男子は一階で女子は二階って感じでいいよね?」

 

 教室棟から出て渡り廊下を歩きながら実習棟へ向かう途中で七歌が話す。

 三階建ての教室棟に対し、実習棟は二階建てとなっている。

 それぞれへの移動は一階からでも二階からでも可能だが、いくら大勢いると言っても流石に年頃の男女が同じ部屋で雑魚寝という訳にはいかない。

 故に、修学旅行などの感覚でフロアを分けようと七歌が提案すれば、順平が驚いた顔をして分ける理由を問うてきた。

 

「ちょっ、こんな訳分かんねぇとこで別行動とか危ないっしょ! 教室の中で仕切り作ってもいいから部屋は同じにしようぜ?」

「んー、最もらしいこと言ってるけど、その裏に不純な動機のニオイがするから却下で」

 

 順平のいう事にも一理あると思ったが、校舎側にシャドウが出ないことは分かっている。

 もしもの可能性もなくはないが、そのときは探知能力を持った風花とチドリがいち早く気付くので問題ない。

 よって、どうせ厭らしい事しか考えていないのだろうと意見を切り捨てれば、七歌の指摘は正しかったようで彼は肩を落としてガッカリしていた。

 そんな順平のあまりに欲望に素直すぎる態度に美鶴は思わず嘆息する。このような状況でも自分の欲望に素直になれる余裕があるのは逆に尊敬するが、その下衆な思考は集団生活をする以上は頂けない。

 やはり七歌の言うとおりにフロア自体を別にした方が良いと判断し、美鶴も男女それぞれで部屋を片付けようと指示した。

 

「女子は二階の空き教室を、男子は一階の空き教室をそれぞれ片付けよう。部屋に置く物など内装は自由にするといい。何かあればコロマルを伝令に送ってくれ」

 

 一階の奥にある男子部屋になる予定の空き教室前に着くと、女子たちは男子とコロマルを置いて階段で二階へ向かおうとする。

 しかし、美鶴たちと一緒に玲も二階へ向かおうとしたとき、男子と共に残された善がしっかりと顔をあげて女子たちを呼び止めた。

 

「待って欲しい。拠点というのなら私は玲と一緒が好ましい」

 

 突然の彼の言葉に風花は頬を染め、ゆかりは気まずそうに「……大胆だね」と溢す。

 無論、彼にそういった男女の仲として発言した意図はなく、一緒が良いと言われた玲も少し嬉しそうにしているので、二人がお互いを信頼しているのがよく伝わってきた。

 けれど、だからといって善の意見を聞けるかと言えばノーだ。こちらの実習棟にはまだ空き教室が残っているが、あまりに拠点を分けすぎると有事の際に全体の統率が取りづらくなる。

 何より、今のままでは二人は依存した関係となり、個々の精神の成長にも繋がらないので、美鶴は二人のためにもある程度の距離感は必要だと善を諭す。

 

「ずっと共にいた事で、二人でいる事が当たり前になっているのは分かる。だが、君は男子であり玲は女子だ。流石の君も彼女がお手洗いに行くときなどは同行しないだろう?」

「……ああ」

「なら、寝るときも同じだと分かってくれ。拠点で休んでいるときは私たちが彼女の傍にいて何かあっても守ってみせる。君も君でこれから共にダンジョンを攻略する仲間である男子と交流を深めるといい」

「……そうか。わかった」

 

 完全には納得し切れていないようだが、彼も美鶴たちの実力と人柄は認めてくれていた。

 だからこそ、彼も玲を美鶴たちに任せる事を了承し、離れている間にそれぞれの交友関係を築いてゆく事も考えるようになった。

 最初は慣れないだろうが次第にそういう物だと受け入れられるようになるはず。そう考えて他の男子たちに善を任せると、美鶴たちは男子部屋の真上の空き教室を片付け、寝具はないもののとりあえずの拠点を築くのだった。

 

 




ヤソガミコウコウ・施設説明

 教室自体は四組まであるが、実際の八十神高校では四組の教室は存在せず、生徒がいるのも各学年三クラスとなっている。
 ペルソナQ・設定資料集の見取り図を参考にしているが、そこに書かれていないアイス屋であったりドーナッツ屋にヨーヨー釣りなどもあるので、あくまで各フロアに何があるかという程度の情報として記載する。

『実習棟一階』
左最奥の会議室(P4での演劇部部室)に男子部屋

『実習棟二階』
左最奥の生物教室に女子部屋
右隣の美術室にテオドアの“てづくりこ~ぼ~”

『教室棟一階』
生徒玄関右側にエリゼベスの“保健室”
1-1~1-4の教室は出店について記載無し

『教室棟二階・出し物ロード』
2-1“わくわく豪遊らんど”
2-2“ごーこんきっさ”
2-3“アカンヌ映画祭”
2-4“放課後悪霊クラブ”

『教室棟三階・もぎてん通り』
現在のベルベットルーム“占いの館 THE長鼻”
3-1“キッチンなまやけ”
3-2“不思議な国のアナタ”
3-3“あまあま地獄”
3-4“稲羽郷土展”

『屋上・フードコート』
各教室と同じ並び順に
“揚げ揚げ”
“イカ焼き げっそり”
“チョコバナナ”
“アメリカンドッグ”

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