【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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P4サイドのメンバーについて

 本章ではペルソナQの内容を取り扱っているが、ペルソナQでのP4サイドのメンバーはPS2版P4ではなくPSvita版P4Gの設定を基本としており。P4Gで追加されたキャラクターも登場している。
 ただし、本作で登場するP4サイドのメンバーはP4Gの原作通りではなく、もしも本作の続編を書くならばと作者が構想だけ練っているP4編の設定をベースにしているため、キャラクターの設定や関係性などが一部異なっており、さらに追加メンバーとしてメティスや中村あいか(P4Aに登場した中華料理屋の娘)も入っている。
 


第二百六十九話 月光館学園と八十神高校

――不思議な国のアナタ・最終章

 

 敵が全て消えると湊は八基の棺からマハブフを放って融解した床の熱を冷ます。

 おかげで蒸し暑さと熱せされた空気による息苦しさは消えたが、仕事を終えて彼がペルソナを消すなり援軍組にいた黒髪のハンマー女子が怒った様子で彼に駆け寄った。

 

「兄さん! もう、なんで来たんですか! こんな酷い怪我までしてっ。それに冥王の力を引き出すだなんて、どこまで無茶したら気が済むんですか!」

 

 彼がやって来てくれた事は嬉しいが、七歌たちにとっても彼の今の状態は好ましいものではない。

 どうやらここへやって来るまでに怪我を負ったらしいが、自分たちよりも怒った様子で心配する少女を見ていると声を掛けるタイミングを失い、それならばと七歌は援軍組のリーダーの少年に声を掛けた。

 

「んー、よく分かんないけど、とりあえず援軍感謝します。助けてくれてありがとう」

「いや、結局は有里が来るまでの時間稼ぎみたいになったし、そんなお礼を言われるほどじゃないさ」

 

 突然現われた謎のペルソナ使いたち。彼らもどうやら湊を知っているようで、七歌だけでなく美鶴たちも、一体どこで湊は彼らと知り合ったのだろうかと疑問に思う。

 だが、とりあえず怪我の治療をしようと七歌たちがお互いに回復スキルを使っていれば、歩く度にビチャビチャと血を吸った布の音をさせている青年が入口付近に立っていたマーガレットに声を掛けた。

 

「……マーガレット、俺たちは先に上へ行っておくぞ」

「あら、見ていかなくてもいいのかしら?」

「事情は把握したからな。ここにいる意味がない以上、着替えと野暮用を済ます」

 

 彼の言葉を聞いたマーガレットは僅かに驚いた顔をしているが、湊がそういうのならとマーガレットは先に部屋を出て校舎へと戻っていった。

 そして、それに続いて出て行こうとする湊は、先ほど彼に駆けよって行った少女を呼んで同じように部屋の入口へと向かってゆく。

 

「行くぞ、メティス。中村は鳴上たちと宝箱の中身を回収してから上に来い」

「あ、待ってください兄さん。えと、皆さんは宝箱の方をよろしくお願いします」

 

 中村と呼ばれた小柄な少女は湊の言葉に頷いて返し、鳴上と呼ばれていた援軍組のリーダーと共に宝箱への方へと進んだ。

 去って行く湊を見ていたチドリやアイギスは一緒に校舎へ戻りたそうにしていたが、今はハートの女王が何を守っていたのか知ることも重要なので、気持ちを切り替えると善と玲を伴って七歌たちも宝箱の許へ向かう。

 箱を縛っていた鎖は緩んで落ちており、これならば蓋を開けるだけで簡単に開けられるだろう。

 チドリのアナライズによって罠の類いがない事も分かり、一同を代表して善が宝箱を開けると、中からは黒いジレを着たウサギのぬいぐるみが出てきた。

 ウサギの足についたネームタグには“NIKO”と書かれおり、このウサギか持ち主の名前が“ニコ”だと思われた。

 

「フム、ニコか。恐らくこのウサギの名だろうが一体どういった意味なのやら」

「んー、たぶん、笑顔って意味だと思います!」

 

 考えている美鶴に玲が自分の予想を語る。子どもならばそういった安直な名前を付けることは考えられるので、美鶴としても彼女の予想はいい線を行っているのではと思う。

 ただ、ウサギの名と名の由来が分かったところで、この世界から出るヒントにはなり得ない。

 けれど、ダンジョンのボスが大事に守っていたアイテムではあるので、何かしら脱出のヒントではあるのだろう。

 他の者もウサギについて気付いた事がないか話し合っていれば、ウサギを持って考え込んでいた善が頭に手を当てて険しい表情で口を開いた。

 

「少し、思い出した……この世界には四つの迷宮があり、それぞれに隠された物を番人が守っている……そして、私には何か使命があった。だが、記憶を失い、忘れてしまったらしい」

「それはウサギを手に入れたら思い出したの?」

「ああ。本当に僅かだが、触れたときに思い出すことが出来た」

 

 完全には思い出せていない事を善が申し訳なさそうにするも、他の者にすればこの世界についての貴重な情報が手に入ったのだ。誰一人として怒っておらず、むしろ無理に思い出そうと焦る必要はないと彼を気遣った。

 彼が話した迷宮の一つはここだろう。だとすれば、残るは三つ。そこでボスの守るアイテムを手に入れれば、善たちの記憶も戻って元の世界に帰れるかもしれない。

 一応、記憶を奪われた善が宝箱の中身に触れて記憶が戻ったのなら、もしかすると玲も同じように思い出すかもしれないと試したが、結果は不発に終わったことで一同は校舎へ戻ることにする。

 先に上に戻った湊の状態も気になり、さらに言えば援軍としてやって来た者たちの紹介も必要。

 ただ、自分たちでそれをやるよりも共通の知り合いである湊からして貰った方が早いため、七歌が援軍組の者たちに自己紹介は校舎に戻ってからと告げ、手に入れたウサギは善に預けたままダンジョンを後にした。

 

――ヤソガミコウコウ

 

 メティスを連れて先に校舎へと戻ってきた湊は、ベルベットルームへ向かうマーガレットと別れて階段を下りてゆく。

 彼がどこへ向かっているか分からないまま隣を歩くメティスは、彼の歩いた後に血の汚れが残っている事から今も怪我を心配しているようだが、彼女のペルソナである法王“プシュケイ”には治療出来るスキルがない。

 故に、何も出来ない彼女は相手の大丈夫という言葉を信じ、先ほど戦った広間にいた者たちについて彼に尋ねた。

 

「あの、兄さん。さっきの場所にいた人たちの事なんですけど、覚えていますか?」

「……月光館学園の人間だろ」

「はい。でも、私たちのいる時代のではなく、どうやら戦っていた当時の方たちみたいです。姉さんも皆さんも少し若くて制服を着ていましたから」

 

 湊の隣を歩くメティスは七歌たちが自分たちとは異なる時間の存在だと気付いていた。

 何せ、元々はアイギスから生じた存在である彼女は、七歌たちから見て二年後の世界からやってきたのだから。

 終わらない三月を抜ける前に彼女は自分の正体に気付き、そこでアイギスとしての記憶も思い出した。

 だが、彼女はアイギスらと共に終わらない三月を戦う中で、“メティス”としての自我を得ていた。

 ここにいるメティスは集団無意識の中を漂っていたその自我が肉体を得た存在であり、その有り様としてはシャドウから一歩進んだ存在であるファルロスに近い。

 そんな彼女は援軍組のリーダーである鳴上悠たちと共にこの世界に来て、エリザベスたちから先に向かったペルソナ使いたちの援護に向かって欲しいと頼まれダンジョンに向かった。

 タイミング的には非常にギリギリだったが、なんとか間に合い、最後には湊という更なる援軍が駆けつけてくれた事で無事に敵を倒すことが出来た。

 けれど、二年後の世界から来たメティスとしては、“自分と同じ世界”から来た青年が月光館学園のメンバーと交流を持つことに不安を覚えている。

 何故なら、二年後の世界で目覚めた彼は過去の記憶を一切持っていないのだから。

 自分の姉やその仲間たちと会えた事を嬉しく思いつつも、兄の状態を考えると喜べないメティスは一階に到着したタイミングで湊の事を見上げ、不安に瞳を揺らしながら彼を呼ぶ。

 

「あの、兄さん。姉さんたちと、月光館学園の皆さんとあまり話さないでください」

「……それは別に構わないが」

「あと、ペルソナも使わないでください。戦うのは私がやりますから」

「……随分と過保護だな」

 

 自分の言葉に苦笑する兄に、メティスは本気で言っているのだと僅かに怒る。

 確かに彼の力は強力だ。タナトスを冥王まで覚醒させれば倒せない敵などいないとすら思える。

 けれど、その力の代償として彼は寿命を削ることになる。他の者が精神力、気力というものを消費して召喚するのに対し、ここにいる湊は影時間を消す戦い以前と異なり自然回復しなくなった生命力を使ってペルソナを使役しているのだ。

 

「自分の身体の事を考えてください。無理してこの世界まで渡ってきて、死んでしまったらどうするんですかっ」

 

 生命力が枯渇すれば生き物は死ぬ。本体が大丈夫でもバッテリーが切れた車が動かないように、生命力が枯渇すれば生き物も生命活動を停止する。

 本人もその事は分かっているはずなのに、彼は道がなかったからと僅かに残った痕跡を頼りに空間をぶち抜いてこの世界にやって来てしまった。

 終わらない三月で助けてくれた湊が未来に行けなかったように、他の世界へ渡ろうとした事でこの湊は身体を灼かれたのだろう。

 辿り着けば自分たちの時代のベルベットルームを経由して存在する事を認められるが、物理法則すら存在しないような世界の狭間を通り、よくも原型を保って辿り着けたものだとメティスも感心する。

 

「無事に辿り着けたから良かったものの、下手をすれば世界の狭間で迷って一生出られなかったかもしれないんですよ?」

「……まぁ、その時はその時だろう」

 

 真面目に話を聞いていないのか、湊は心配するメティスの言葉を聞き流し、保健室の隣にある職員室の向かいの教室前で足を止めた。

 扉の上にある表札には“生徒指導室”と書かれているが、彼が何故ここに来たのか分からないメティスは首を傾げる。

 すると、湊は扉に手をかざして目を閉じ、少し経ってから扉に手を掛けた。

 

「……な、何ですかこれ?」

 

 彼が扉を開けるとそこにはマンションの部屋と思われる玄関が存在していた。

 何故そんなものが生徒指導室の中にあるのか分からず、メティスは一度廊下に出てここが八十神高校に酷似したヤソガミコウコウだと確認し直すが、やはり扉の中にはマンションの部屋らしきものが広がっている。

 扉を開ける前の湊の行動によってこうなったのだと思われるが、事態が飲み込めないメティスは部屋の中に入る湊を追い、一応、扉の鍵を掛けてから玄関で靴を脱いで中に入る。

 

「ここ、どこなんですか?」

「……別にどこって事もない。この世界は存在がイメージに引っ張られるらしい。それを利用して作り替えただけだ」

 

 彼がこの世界に来てまだ三十分も経っていない。にもかかわらず、世界の有り様を解析し、干渉して作り替えるなど、記憶を失っている人間に出来るとは思えない。

 廊下を進んでリビングに到着したところで、まさかとメティスが彼の事を見れば、彼の目の前には囚人服のようなものを着た少年が立っていた。

 

「貴方は……綾時さん、ですよね?」

《君の世界ではそう名乗っていたのかい? でも、今の僕はまだ人としての名前を貰ってなくてね。ファルロスって名前なんだ》

 

 湊の前に立つ少年、幼いシャドウの王は優しい表情でメティスに微笑む。

 以前未来からメティスたちがやって来たとき、ファルロスも湊の中から見ていたので彼女のことは知っていた。

 だからこそ、彼女と出会っても平然としている訳だが、メティスにすれば自分の時代の兄の中にいるはずのない存在がいたことで、ここにいる湊が姉と同じ過去の人間だと理解していた。

 柔和に微笑む少年と戸惑い気味の少女が邂逅している中、傍に佇んでいた青年はというと、その手に死神のカードを具現化してファルロスの胸に投げ入れた。

 

「名前なら考えてある。メティスに先に言われたが、お前の名前は望月綾時だ」

 

 カードがファルロスの中に入ると少年の姿に変化が起こる。

 眩い光に包まれると身体が成長してゆき、小さかった背丈はメティスを超え、ここにはいない順平たちよりもさらに大きくなると、そこで光が治まり甘いマスクの美少年へと変化していた。

 名を与えられ、さらに裏技のような方法とはいえ一時的にでも成長した姿にして貰った少年は、首に巻かれた黄色いマフラーに触れながら青年に心からの笑顔を向ける。

 

「美しい名前をありがとう。けどまさか、君のペルソナを核にして限定的に顕現させるとはね」

「元の世界では難しいが、この世界は色々と特殊みたいでな。こちらの時間経過は元の世界にほぼ影響しない。封印が解けるのはまだ先だし、参加出来る学校行事が修学旅行だけってのも寂しいだろ?」

 

 成長したファルロス、望月綾時は封印が解けて外に出ている訳ではない。

 元々、本体は湊の中に残したまま、非常に存在の薄いペルソナのような状態で意識体が外に出ていたのだが、湊はそこに核となるペルソナを入れる事で存在を補強した。

 おかげで今の彼は自我持ちのペルソナのように確かな存在感を放っており、さらにペルソナを核に入れているので、湊が倒れようと込められたエネルギーが切れるまでは存在を維持できる。

 本体は湊の中にいるのでアナライズされようとシャドウだとバレる心配もない。

 綾時にこの世界で文化祭というものをただ楽しませるだけに具現化させたことは驚きだが、青年の優しさに触れた本人が喜んでいるので、血を洗い流してくると言って風呂に向かった兄を見送りながらメティスは綾時に話しかけた。

 

「兄さんは姉さんの時代の兄さんなんですよね? でも、だったらどうして鳴上さんたちの事を知ってたんですか?」

「彼は未来人の君がいるのを確認した時点で、他の人たちの記憶を軽く読んだのさ。おかげでそちらの事情もおおよそ把握していて、混乱が起きないよう異なる時代の存在だという事を伏せて接する事に決めたらしい」

「そうですか。それは、私もその方がいいと思います」

 

 綾時からの説明を聞いてなるほどとメティスも納得する。

 確かに全盛期の湊ならば心を読むだけでなく、さらに進んで他人の記憶を読むことも出来るだろう。

 この訳の分からない世界に引きずり込まれた事で、七歌たちも鳴上たちも同じように混乱しているため、自分たちの知り合いである強力な援軍が来たことに喜んでいる状況を壊す必要はない。

 その分、湊には全体の精神的支柱になるという負担を掛けることにはなるのだが、その点については事情を理解した綾時とメティスでフォローすれば良いだろう。

 十分に休息が取れそうな拠点も確保され、この世界の謎についてもおおよそ把握したらしい湊もいてくれている。

 その事に安堵したメティスは、彼が風呂から出てくるまで掃除でもしておこうと、雑巾を見つけると彼の血の跡がついたフローリングを拭いてまわった。

 

***

 

 ぬいぐるみを手に入れた七歌たちが校舎に戻ると、力の管理者三人と一緒に風花と知らない二人の少女が立っていた。

 一人はここ八十神高校の制服を着た茶髪の美少女。

 もう一人は青い帽子を被ったパンクファッションの美少女。

 どうやら援軍組とは知り合いのようで、茶髪の美少女がそちらのメンバーたちと楽しげに話しているが、そんな様子を眺めていると階段の方から湊と共に先ほど一緒に出て行った少女と知らない美男子がやってきた。

 湊の怪我は完全に完治しているようで、今は服もどこも血で汚れていない。

 トレードマークの黒いマフラーも首に巻かれ、彼が無事であった事を喜びつつ、助けて貰った礼を言おうとすれば、青い帽子の美少女が青年に話しかけた。

 

「あれ? なんで店長(テンチョー)までいるの?」

「……逆になんでバイトがここに来てるんだ?」

「だからバイトじゃないし。てか、別に来たくて来た訳でもない。マーガレットに巻き込まれただけだから」

「そうか。一階の生徒指導室に俺の拠点を用意した。向こうみたいに居候したいなら勝手にしていいぞ」

 

 言いながら彼は青い帽子の美少女に一つの鍵を投げ渡す。

 それはどうやら彼が自分用に用意した拠点の鍵のようだが、彼が自分の知らない者を拠点に住まわそうとしているのを見て、数人の女子が険しい目付きをしている。

 七歌たちは男女に分かれて拠点を用意しているのだ。当然、彼や新たに現われた援軍組もそこに合流することになると思っていた。

 けれど、よく考えれば彼が他の男子らと一緒に生活するはずがなかった。

 学校だけあって教室は沢山あるのだから、人数が増えた事もあり、話が纏まる前に自分の拠点を用意したのならそちらを利用して貰って構わないのだ。

 援軍組から反対意見が出るはずもなく、七歌たちも感情論で反対することは出来ないため、彼が自分の拠点を利用する事が自動で承認されると、青い帽子の美少女と話し終わった青年に一人の少女が話しかけた。

 

「あ、あの、わたしは玲、こっちは善です。えと、お近づきの印にどうぞ!」

 

 ポケットに手を入れて気怠そうな顔で立っている湊は威圧感がすごい。

 彼に近付いた少女、玲もその威圧感に怯えつつ挨拶をせねばと彼に友好の証のドーナッツを差し出した。

 それを見つめる青年の瞳は一切の関心を持っていないように見えるが、玲の隣にいる善が相手の動きに警戒していると、湊は「……ご丁寧にどうも」と言いながらドーナッツを受け取り食べた。

 見知らぬ他人から貰ったものを簡単に口にした事は驚きだが、よく考えれば彼は大量の血を流しながら現われたのだ。

 移動した後には血の汚れが残っていて、今現在は学校の生徒たちが掃除してくれているが、血を失っているなら彼も栄養補給が必要なのだろう。

 無事に受け取って貰えて喜んでいる玲とドーナッツを食べている青年を見ながら、七歌たちがファーストコンタクトが無事に済んだことに安堵していると、今度はドーナッツを食べ終えた湊が口を開いた。

 

「……甘いものは好きか?」

「っ、はい、大好きです!」

「シュークリームは?」

「ここでは食べたことないです!」

 

 この世界は学校の文化祭だけあって店のラインナップが偏っている。

 文化祭では一般的なクレープ屋に加え、和菓子屋やアイス屋とドーナッツ屋があるのも珍しいくらいで、ケーキやシュークリームといった一般的な洋菓子は存在しない。

 一番それに近い物で存在するのはパフェだが、そちらはアイスの延長のようなものなので、結局ここにずっといた玲はそういったものを食べられずにいた。

 しかし、彼がそんなシュークリームについて尋ねてきたという事は、きっと彼はこの世界に存在しないそれを所持しているのだろう。

 期待に瞳を輝かせながら玲が彼を見つめていれば、湊は玲に手を出せと言った。

 

「……そんな小さいもので良いのか?」

「え、えっと、こうですか?」

「随分と謙虚だな」

 

 彼の言葉に戸惑いつつ玲が手の側面をくっつけながら手を出せば、湊はそれでもまだ小さいだろうに苦笑する。

 玲はここにいる中でも小柄だ。彼女より小さいのは子どもである天田くらいなもので、メンバーの中では小柄な風花よりも小さいくらいだ。

 それ故に彼女が頑張って指を広げても元が小さい手だけに、それにシュークリームの大きさを合せればあまり大きな物にはならなかった。

 湊がその事を指摘すると、玲はくっつけていた手を離して自分の顔と同じくらいの大きさの物がそこにあるように構えてみせる。

 周りから見ていた者にすれば極端だなと笑うしかない。いくら何でもそんなサイズにはならないだろうと。

 だが、それを見た湊が「落とすなよ」と短く呟いて指を鳴らせば、彼女の手には顔と同じ大きさの巨大シュークリームが現われていた。

 

「すごい! 善、魔法だよ! 魔法のシュークリームだよ!」

「ああ、驚いた。アイギスから話は聞いていたが、君は本当に食糧物資を運搬する救難のプロフェッショナルなのだな」

「……そんなプロになった覚えはないが」

 

 自分たちが瞬きをしている一瞬のうちにシュークリームは現われていた。

 湊は一度指を鳴らしただけで他には何もしていない。

 まさに、玲の言った通り魔法で出したとしか思えないが、口の周りに粉砂糖とクリームを付けながらシュークリームを頬張る玲を見ていると、他の者たちもシュークリームが食べたくなってきた。

 そんな意味も込めて一同が彼のことを見れば、視線の意味を理解しているであろう青年は他の者の訴えを無視して口を開いた。

 

「さて、自己紹介やら挨拶は個人間でやればいいが、大まかにだけ説明してやる。とりあえず学校ごとに分かれろ。マリーはこっちに来い」

 

 マリーと呼ばれた青帽子の美少女が彼の傍に移動すると、言われた通りに他の者たちは学校ごとで分かれて立つ。

 援軍組の列に並んでいるクマの着ぐるみは相変わらず異彩を放っているが、その間も玲がシュークリームをハグハグ言いながら食べているので今更だと、着ぐるみや少女の事を無視して湊は説明を始めた。

 

「この学校と同じ制服を着ているのは現実世界の八十神高校の人間。グループ名は特別捜査隊で良いのか? まぁ、グループ名はあくまで自称だがリーダーはワイルド能力者で二年生の鳴上だ」

「どうぞよろしく」

 

 湊からの紹介を受け、援軍組であった八十神高校側のリーダーの鳴上が手を挙げて挨拶する。

 順平と同い年とは思えないほどの落ち着きを見せており、戦闘中に味方を鼓舞していた姿を目にしていた事もあって、普段から頼りになる存在なのだろうと七歌たちは考える。

 

「もう一方は東京の月光館学園の人間だ。部活の体を取っているため名は特別課外活動部、リーダーはワイルド能力者で二年生の九頭龍。ただ、リーダーは九頭龍だが、組織としての責任者は部長で三年の桐条美鶴になる」

「よろしく頼む」

 

 続けて湊が七歌たちの事を紹介すれば、八十神高校側の者たちが三年生がいる事に感心していた。

 別に年上だからどうこうという訳ではなく、単純に同じペルソナ使いのチームであってもチームごとに構成員の年齢が違うのだなと思っただけのようだ。

 それを眺めながら湊は「後は……」とどちらの学校にも属していない者たちを見て、ついでに紹介しておくかと残りのメンバーも皆に紹介する。

 

「その他のメンバーの説明も必要か……。ベルベットルームの住人は上からマーガレット、エリザベス、テオドア。そっちのブタの着ぐるみはクマ、ペットの犬、居候のマリー、妹のメティス。そして、援軍として呼んだ友達の望月綾時だ」

 

 一部おかしな紹介もあった気がするが、上下関係がハッキリしているようで着ぐるみは湊に何も反論できず落ち込んでいる。

 一方、コロマルは普段から犬と呼ばれているので、大して気にせず挨拶に一鳴きして尻尾を振っていた。

 この辺りの差は精神年齢によるものかも知れないが、両チームのマスコット的な存在が対照的な反応を見せている中、直前に紹介を受けたことで黄色いマフラーを巻いた少年が一歩前に出て爽やかな笑顔を浮かべた。

 

「やあ、どうも初めまして。君たちの事は湊から聞いていて、ずっと会うことを楽しみにしていたんだ。仲良くして貰えると嬉しいな」

「うっわ、有里とは別タイプな正統派なイケメンだ。爽やかな王子様タイプ……」

 

 キラキラと眩しい笑顔で挨拶され、新たな敵勢力(イケメン)の登場に順平がゲンナリした顔をする。

 どことなくミステリアスな雰囲気を纏っている部分は湊と通じるものがあるけれど、片や暗黒の王気(オーラ)を放つ魔王、片やどこぞの高貴な生まれと思われる王気(オーラ)を放つ爽やかイケメン。

 どちらも季節外れなマフラーがトレードマークな事といい、雰囲気は対照的ではあるが自然と並び立っている事もあって互いを認め合っている事が窺える。

 女性陣にすれば目の保養かもしれないが、男性陣にすればグループカーストの上位が新たに増えただけなので手放しに喜べる事ではない。

 八十神高校側にも順平と同じ思いの者がいたのか、クマの着ぐるみがパカッと開くと中から金髪碧眼の美少年が出てきて綾時に文句を言った。

 

「ちょっとー、師匠(マスター)のお友達か知らないけど、クマとキャラ被ってるクマよー」

「どこがだよ! お前は見た目だけだろうが! あー、馬鹿の言ったことは望月も気にしなくていいからな」

「ははっ、面白いね君たち」

 

 湊の事を師匠と呼ぶクマがキャラ被りを指摘すれば、すぐにヘッドフォンを付けた男子が黙れと言ってクマヘッドを押さえつけて中の人間を着ぐるみに押し込んでいる。

 個人個人の自己紹介は後で行なうのでまだ名前は分からないが、ヘッドフォンの男子とクマは普段からそういうノリらしく他の者は溜息を吐いている。

 だが、言われた綾時が気にしていない事で安心しているようでもあり、とりあえずこの場に二つの学校の生徒がいる事を他の者が理解したところで湊が話を続けた。

 

「さて……男子の拠点は実習棟一階の会議室、女子は二階の生物教室らしい。治療が必要ならエリザベスのいる保健室へ、武器や防具など装備が必要なら女子拠点の隣の美術室でテオドアに頼め」

「八雲さんの拠点はどこでありますか?」

「保健室の斜め向かいの生徒指導室だが?」

「なるほど。では、わたしはそちらにお引っ越しするであります」

 

 確かに彼はここへやって来る前に自分の拠点を用意したという話をしていたが、湊の拠点の場所を聞くなり自分も準備に携わった拠点を放棄する宣言はどうだろうか。

 アイギスに限らず湊と同じ拠点が良いと望む女子は何人もいる。

 七歌だってその一人であるため、自分だけ狡いぞとアイギスが行くなら自分も行きたいと言い出す者が現われようとすれば、話がややこしくなることを見越して湊が先に移動希望者を尋ねてきた。

 

「……俺の拠点を拠点にしたい者がいたら挙手しろ」

 

 彼に言われ両陣営とその他の者たちの中から次々に手が上がってゆく。

 月光館学園側からは七歌、チドリ、ラビリス、アイギス、そして控えめにゆかりと風花。一応、コロマルも鳴いたので、男子と美鶴を除く全員が希望したことになる。

 対して八十神高校側からはシュークリームを貰って懐いた玲、玲がいるならと善、女子がいるならとクマが挙手した。

 残るその他の者はというと、綾時、メティス、マリーが挙手し、ベルベットルームの住人たちは自分の部屋を拠点にするらしく手を挙げなかった。

 彼が拠点の主の時点で男子と同室である事が確定するというのに、月光館学園側の女子のほとんどが手を挙げた事に鳴上たちは驚いているが、質問した当人は大方予想通りらしく無慈悲に判定してゆく。

 

「とりあえず、綾時とクマは却下だ。なんで女子のいる場所に男を入れると思うんだ」

 

 善は玲がいなければ自動で抜けるので問題ない。そう判断して湊は真っ先に綾時とクマを切り捨てた。

 友達であるはずの自分が切り捨てられた事に綾時は驚愕していたが、家族であっても簡単に切り捨てる事のある青年が相手の時点で、友達という関係が無条件の優遇に繋がらない事は明白である。

 それに気付いても友達に捨てられたという事実が辛いのか綾時は肩を落とし、女子との夢の相部屋計画が崩れたクマと一緒に慰め合っていた。

 

「後は……鍵もやったしマリーとメティスは許可しよう。残りは自分たちの作った拠点を使え」

「なっ!? 何故でありますか、わたしと八雲さんが他の部屋などありえません!」

「……メティスに言われてな。月光館学園の者たちとあまり話さないで欲しいと」

「ちょっ、ちがっ、兄さん!!」

 

 確かにメティスは彼にそんな事を伝えていたが、本人たちの目の前でそれをバラすのは拙いだろうと、焦った顔で湊の口を押さえるメティス。

 しかし、時既に遅し。彼の拠点への居住権という特別枠から自分たちが落選したのが、独占欲に駆られたと思われる一人の少女の言葉が切っ掛けと知れば、落選した少女たちからの怒りの矛先を向けられる事は避けられない。

 実際は、メティスが話さないでくれと言ったのは記憶喪失だとバレることを恐れてであり、健康体の湊ならばその限りではない。

 ただ、メティスはその後に発言を撤回していなかったので、湊は言われた通りに月光館学園のメンバーとあまり話さずペルソナの使用も控えるつもりでいた。

 融通の利かない性格の青年に頼み事をするという事は、こういったリスクも考えて細心の注意を払う必要がある。

 落選した女子たちから冷たい視線を向けられた少女は、その事を改めて理解させられ、どうやってこの局面を乗り越えようかと脳をフル回転させていた。

 そうして、一部の者たちは修羅場を迎えつつも、最低限の紹介を終えたところで湊の指示により一同は解散した。

 後は、それぞれの自己紹介を済ませるもよし、自分たちの拠点を見に行くのもよし、と校内散策も兼ねて一時間の自由行動時間となるのだった。

 




補足説明・湊の各キャラからの呼ばれ方

 P4サイドのメンバーからの特殊な呼び方の理由については次話以降に本文にて説明するが、メンバー内で湊だけ呼ばれ方が多いため一覧として表記しておく。

八雲(さん、君、様):アイギス、チドリ、七歌、力の管理者三人
湊(君):ラビリス、綾時、善
若:コロマル(第二百十二話参照)
兄さん:メティス
プロデューサー:りせ
店長:マリー
師匠:クマ
はーちゃん:玲
有里(君、さん、先輩):その他のメンバー

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