【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

27 / 504
第二十七話 フェルメールでの会談

9月9日(土)

朝――桜私室

 

 土曜日の朝、朝食を終えた桜が自室で軽く化粧を済ませると、部屋で本を読んでいた湊と、絵を描いていたチドリに声をかける。

 

「お待たせ。準備が出来たからいきましょうか」

 

 化粧台から立ち上がり、ピンクに花柄の模様の着物に合うよう、落ち着いた色合いのバッグを持つ。

 すると、声をかけられた二人も、立ち上がり桜の私室から廊下へと出た。

 玄関で靴を履き、表の山門ではなく裏門の方へと敷地内を歩いてゆく。三人が門を出ると、横から落ち着いた男性の声で話しかけられた。

 

「どうぞ、お乗りください」

 

 話しかけてきたのは、黒のスーツに身を包んだ渡瀬で、彼は車のドアを開け、子どもたち二人を後部座席に乗るように勧める。

 

「ありがとう、渡瀬さん」

 

 ドアを開けてくれた事に湊が礼をいうと、チドリも一緒になって乗り込みドアを閉める。その間に助手席に回っていた桜も乗ると、最後に渡瀬が運転席に座った。

 今日の車は桜の愛車ではなく、鵜飼や桜が出かける際に使用しているBMWのL7リムジンである。

 先に冷房をかけていた涼しい車内で、湊らは寛ぐと、渡瀬の運転で一同は巌戸台へと向かった。

 

午前――喫茶店“フェルメール”

 

 巌戸台港区のはずれの裏路地を入った場所にある、喫茶店“フェルメール”。

 今日もまた昼前だというのにお客はイリスとロゼッタしかおらず、経営が心配になるような客の入りだった。

 前に湊らが来たときと違いカウンター席に座っていたイリスは、英語で書かれた紙の束に目を通しながら紅茶を呑み、ロゼッタに話しかける。

 

「それで、依頼人から報酬は?」

 

 イリスが尋ねたのは、湊が受けた依頼のことだ。前払いで十万、成功報酬で残りの四十万が仲介人には支払われる。

 湊が依頼を受けて既に二週間経っており、本部へ子どもだけで乗り込んだというのなら、依頼の成否は既に分かっている頃だろう。

 そうして、それを報酬が支払われたかどうかという、遠回しな尋ね方をしたことで、カウンターの中でグラスを磨いていた五代は素直じゃないなと笑みをこぼし。聞かれたロゼッタは少々気の抜けた返事をする。

 

「報酬は支払われたわ。四十万しっかりね。でも、あの子たちあそこに住んでないみたいなのよ。三日後にヤクザは引っ越して、次の日の夜に小狼君が一人で来たと思ったら、そのままお金を受け取って去って行ったんだって」

「ん? 依頼自体の成功報酬はいくらだったんだい? 流石にマンション一部屋並みに高いなんて事はないだろう?」

 

 やってきた湊たちが家を必要としていた事は知っている。そして、自分たちでは未成年で保証人もいないため契約が出来ず、所持金に関係なく家を買う事など出来ないから依頼を頼ったことも。

 だというのに、湊はお金だけを受け取って帰って行った。

 後で報酬を変えて欲しいなどというのはルール違反の為、金だけを持っていったのなら、推測出来る理由はおおよそ二つ。

 一つは部屋を買うくらい報酬が良かった場合。もう一つは既に住む場所を手に入れたという場合だ。

 興味を持った五代に対し、ロゼッタは当たり前でしょうと呆れを含んだ瞳で返した。

 

「報酬は現金なら六百万よ。子どもが持つにはあまりに大金だけど、逃げながらの生活なら足りないくらいね」

 

 約一ヶ月経った今でも、エルゴ研での事故の報道はニュースで取り上げられていて、桐条武治も会見を行っていることから、事後処理に追われて桐条の追手はまだ放たれてはいないだろう。

 しかし、時間が経ち、事態が落ち着いてくれば、どれだけの人数が追手として湊たちを捜索するようになるか分からない。

 エルゴ研にいた黒服たちは最低限の体術の資格を持ち、訓練を受けて採用されただけの実戦経験皆無の素人であったが、影時間の湊がそれ以上の戦闘力を有していると分かった以上、捜索部隊は軍人あがりや裏の仕事している者たちの可能性も出てくる。

 ここにいる三人はそんな事情までは知らないが、追手が大企業の桐条グループならば、逃走資金は六百万程度では全く足りないであろう事は分かっていた。

 そうして、三人が湊たちについて話しているとドアが開き、来客を知らせるベルの音と共にお客がやってきた。

 

「あ、いらっしゃいませ」

 

 客に挨拶をする五代だが、入って来た人物はサングラスをかけた明らかに堅気に見えない黒スーツの男で、その男はドアを開けたまま脇に避けて後ろに続いてやってきた者を先に通す。

 男だけならば裏稼業の者かと思うところだったが、次に入ってきたのはピンクの着物を着た若い女性、そして、黒い着流しを着た湊と白地に桔梗柄の着物を着たチドリの二人だった。

 二週間ずっと音沙汰無しだった二人が、今度は大人と一緒にやってきた事を不思議に思いながらも、とりあえず無事で良かったと安堵の笑みで三人は迎えた。

 

「やあ、二人とも久しぶり。元気だったかい? 今日は大人の人と一緒に来たんだね」

「今日はイリスたちに依頼があってきた。あと、桜さんが話しをしたいって」

 

 やってきた理由を答えた際に名を呼ばれ、桜は丁寧な仕草で礼をして自己紹介をする。

 

「初めまして、鵜飼桜と申します。裏のお仕事の方なら、桔梗組組長の娘と言った方が分かり易いでしょうか?」

「なっ!? 桔梗組のって、小狼君、立ち退かせた側の相手をここに連れてきたの!?」

「いえ、別に報復とかそういった理由で来たわけではないで大丈夫ですよ。今のわたしはこの子たちの保護者ですから」

 

 焦った様子のロゼッタに苦笑で返し、直ぐににっこりと朗らかな笑みを浮かべて答える桜は、嘘を吐いているようには見えない。何より、二人とも上等な着物を身に付け、尚且つ湊が否定しないことが、それが真実であると物語っている。

 さらに、女性が組長の娘だと分かれば、左目に刀傷の痕があるスーツ姿の男の正体にも気付く。中東の辺りで傭兵として活動し、壊し屋として名の知られた男、現在は“桔梗の虎”こと渡瀬伸晃であると。

 

「私は渡瀬と申します。今日は御三方の護衛として付き添っていますので、どうぞご安心を」

「ご丁寧にどうも。まぁ、立ち話もなんですから、お好きな席にどうぞ」

「はい。では、失礼します」

 

 言いながら店内を進み、桜たち三人はカウンター席へ、渡瀬はその後ろにある二人掛けのテーブルについた。

 何やら大切な話のようなので、五代は扉の小窓のカーテンを閉め、かけてあるプレートを『closed』にして、水と御手拭きを用意する。

 チドリはその間にメニューを眺めているが、隣に座った湊にイリスが声をかけてきた。

 

「小狼、オマエよく壊し屋相手に無事で済んだな。普通に話し合いで解決したのか?」

「普通に戦ったよ。他のやつには勝ったけど、渡瀬さんには心臓潰されて負けた。だけど、その後に鵜飼さんが来て、立ち退きの約束と俺たちを家に置いてくれるって言ったんだ」

「いや、ちょっと待て。心臓を潰された? オマエ、普通に生きてるじゃないか」

「俺は身体をいじってるんだ。流石に一瞬で蒸発させられたり、頭部をまるごと吹き飛ばされたら死ぬけど。内臓をいくつか潰されたくらいなら、治療や再生も出来る」

 

 本人はなんて事はないように答えるが、先に店内にいた三人は湊の言葉に驚いていた。

 一緒にやってきた三人は、心臓や肺が破裂した状態で、胸骨含めて蘇生と再生が為されたのは確かに見ている。

 しかし、蘇生場面を見た者ですら未だに信じられないのだから、それすら見たことの無い三人は、口を半分開け目を丸くするしかなかった。

 けれど、イリスは直ぐに復活すると、反対側で固まっていたロゼッタに対し声を荒げて怒鳴りつけた。

 

「おい、ロゼッタ! オマエ、壊し屋がいること小狼に伝えてなかっただろ! そんなこっち側の化け物がいるなら、アタシだって止めてたぞ!」

「え、えーっと……うーん、ちょっと覚えてないかなぁ、なんて」

「仲介するなら、ちゃんと相手側の情報を教えておくのがルールだろうが。情報提供の不備で仲介した相手を死なせるとか、違約金どころじゃないぞ、まったく」

 

 プロとして中途半端な仕事をした相手を怒り、とりあえず無事で良かったとイリスは少し乱暴に湊の頭を撫でた。

 前にもやられているので、湊はそれを黙って受けているが、チドリが注文を決めたようなので、聞くときになって止めさせた。

 

「今日はホットケーキ、ジュースはリンゴ」

「俺はアイスコーヒーだけでいい」

「わたしはホットアップルティーでお願いします。それと、渡瀬さんにはホットのブレンドとワッフルを」

「いえ、桜さん、私はコーヒーだけで……」

「あ、パフェとかの方が良かったですか? けど、後で買い物をしてから食事にも行きますから、これくらいにしておいてください」

 

 腰を上げて言った渡瀬の言葉を笑顔で流し、結局、渡瀬はコーヒーとワッフルを注文される。

 というのも、渡瀬は実は甘い物が好きで、仕事で出たときには、桜へのお土産という名目で自分も食べたいケーキなどを買ってくる。

 桜はそれを知っていたため、あまり食べる機会の無い喫茶店のワッフルを注文してやったのだ。

 注文を受けた五代は本当に良いのかと思いつつ飲み物とワッフル、ホットケーキの準備を始めつつ、湊の話しを聞くようにする。

 

「それで、小狼君は依頼があるって言っていたけど、一体どんな内容なんだい?」

「銃火器の扱いと、仕事の仕方を教えて欲しい。住む場所は出来たけど、俺は仕事を続ける。だから、そっちの世界での生き方を知りたいんだ。報酬は、俺が自由に出来るのは手元の三百万しかないから、今後の仕事で得た報酬から追加で払っていく」

 

 先日マンションの依頼で得た報酬は六百万だが、湊はそれをチドリと自分の半分ずつにした。

 チドリは自分は何もしていないと、戦った湊に全額を渡そうとしたが、チームである仮面舞踏会(バル・マスケ)の名義で受けた仕事だからと押し切り。結局、報酬は半分ずつにして、チドリの分は桜がチドリ用に開設した口座に貯金された。

 一応、湊の口座も一緒に開設されたのだが、開設の際に桜がこっそりいれた十万円しか中にはなく、湊の分はマフラーに直接入れられていた。

 その報酬の現金を着物状態でも巻いているマフラーから取り出し、カウンターの上に置いて湊はジッとイリスの目を見つめた。

 

「っ…………」

 

 目を合わせたことで、イリスは前に会ったときと湊の目の色が変わっている事に気付く。だが、嫌な気配を感じたのは蒼い瞳の方だったと、いまの金色の瞳の方が自然だと思えた。

 そんな事を思いながら、次に依頼について真剣に考えてもみる。

 弟子と言っていいのかは分からないが、技術等をレクチャーするのはほぼ未経験だ。最低限の取り扱いの注意点や、メンテナンスの仕方などでよれば問題なく教えられる。

 だが、実際の取り回しになってくると、軍など公的組織で教えるモノとは違い、長年の仕事の中で癖がついてしまった自己流のものしか指導する事は出来ない。

 前に湊の動きを見たときには、真っ白なキャンパスのような印象を受け、本当に何の癖も付いていないため、“体術”ではなく“身体操作”といった方が正しいのではと思ってしまったくらいだ。

 そんな稀有な存在を自分が教えれば、確実に湊はその色に染まってしまう。どちらに転ぶか分からないが、一つの才能とも言えるモノを上から塗りつぶしてしまっていいのか悩む。

 最終的な決定をするより前に、戦闘自体の経験はそれなりにありそうだというのに、一体どうやればあそこまで何にも染まらずいられるのか、イリスは本人に尋ねようと思った。

 

「いくつか訊いても良いか? オマエ、格闘の経験があるようだったけど、師はいたのか?」

「技術的なものは教わってないけど、戦闘の心得っていうか、実戦がどんなものかを教えては貰っていた。最近は鵜飼さんと渡瀬さんに剣と体術を習いながら、そっちの人とも実戦形式でまたやるようになった」

「ってことは、あの時は我流でやってたのか。……オマエ、自分がどれだけ異端か自覚は持ってるのか? 我流で長くやってたのに癖がないって矛盾してるぞ。型通りに習ったって微妙な癖は出るって言うのにさ」

 

 言いながら、本人にとってはもはや癖なのか、肩を越えて肩甲骨近くまで伸ばされた湊の髪を指で梳いてから頭を撫でる。

 実は、湊以外の被験体は水曜までに申し出をしていれば、外部から招いた美容師に毎週金曜に髪を切ってもらえていた。

 だが、湊はほぼ単独で研究所内を徘徊していたので、本人が切る必要性を感じなかったこともあり、ずっと切らずにいて今ではチドリと変わらないくらい長くなってしまっていた。

 尤も、周りは男性で髪が長いことにも理解があって別に何も言っていないが、評価としてはむしろ似合っていると好評で、桜はお風呂上がりの二人の髪を梳くのが日課であったりする。

 その成果か、以前触ったときの傷みが髪から消えて、柔らかくなった髪の触り心地を楽しみながらイリスは依頼を受託すると笑って答えた。

 

「いいよ。仕事の仕方も、武器の扱いも、実際の依頼をこなしながらで良いなら教えてやる。ただし、金はこんなにはいらない。せいぜい武器や弾薬を調達する分だけあればいい。あとはビジネスパートナーとして、一緒に依頼をこなすだけだ」

「……そう。じゃあ、あとで掛かった経費をその都度教えて」

 

 笑っているイリスと対照的に、湊は冷めた表情のままカウンターの上に載せた三つの札束をマフラーに仕舞った。

 話している途中で置かれたコーヒーのグラスを掴み、ストローで苦みの強い黒い液体を体内にいれる。

 髪も、着物も、マフラーも全て黒。同じ黒でも、髪は青みがかっていたり、マフラーには若干光沢があったり、着物は濃いグレーとも言えたりと違っている。だが、飲み物という形でさらに黒を取り入れるなど、いったいどれだけ黒に拘りがあるのだと思ってしまう。

 隣に座ってホットケーキを頬張っている少女は、髪は緋色、着物は地の白と紫色の桔梗柄と色彩に富んでいる。

 対比すれば、これほどはっきり分かれていると笑えてくるが、この場合は少女が自然で、態々自分から裏の世界でさらに深みに嵌ろうとする少年の方がずれているのだろう。

 これではまるで葬式の――とそんな風に考えたところで、イリスは抱いたくだらぬ考えを途中で捨てた。

 恨み辛みはあっても、それらで殺す権利や、裁かれる義務など発生したりはしない。湊が一体どんな考えで“死”を象徴する衣服を纏っているのか分からないが、決してプラスに働く事ではないだろう。

 ならば、気付いても気付かぬふりをして、精々一人でも依頼をこなせるように鍛えてやるのが自分の役目だと思うことにした。

 

「それで、桜だっけ? 話ってのは、一体誰にだ?」

「貴女方の全員が仕事に関わるのでしたら皆さんに、ということになりますね。出来れば大人だけでお話したいのですが、お部屋か何かはないでしょうか?」

 

 浮かべていた柔らかい笑みに、しっかりとした芯のようなものが宿る。

 桜は“大人だけ”と言ったが、子どもに聞かせられないというよりは、二人の事情を話したいように見えた。

 立ち退きを要求しにいった相手の家に、二人が転がり込んでいることも疑問に思っていたため、相手が説明をしてくれるというのであれば拒否する理由はない。

 イリスが五代に視線を送ると、五代は小さく頷いて、トレーの上にケーキや飲み物を準備し始めた。そして、それを持って店の奥側カウンターのすぐ隣にある階段に向かうと、桜たちではなく子どもたちを呼ぶ。

 

「小狼君、小猫ちゃん、ちょっと付いて来てくれるかな。桜さんは大事な話をしたいみたいだから、上の事務室で少し待っていて欲しいんだ」

「……それ食べてて良いの?」

「ああ、良いとも。さ、階段は暗いから気をつけてね」

 

 湊と一緒に椅子から降りて、チドリが五代に尋ねながら後ろをついてゆく。

 階段へと消えていく前に、湊が蒼い目で一瞬流し目を送って来たが、それの意味するところを汲み取れなかった桜は、あれが自分たちの事を話すなという警告なのかも知れないと、ここへ来て話そうと思っていたことが本当に良い事なのかと気持ちが揺らいだ。

 しかし、少しして五代が戻って来た事で、話す状況が整ってしまう。

 渡瀬が目を光らせているため、録音などをされている心配はない。

 だとすれば、自分が湊に恨まれるだけで、彼の今後の活動がより安全になるのならと、やはり話す事にした。

 

「皆さんのお名前は先に彼に聞いているので、改めての自己紹介は省かせていただきます。まず、先ほど言った通り、あの二人はいま家で暮らしています。色々と必要になるだろうからと、みーくんとお父さんが話し合った結果、未成年後継人という形でわたしたちが後ろ盾になっています」

 

 桜がそういうと、テーブルにいた渡瀬がカウンターにやってきて、それを証明する書類を三人に見せる。

 そこには二人の本名がしっかりと書かれており、仕事用の名前で呼んでいた五代は、自分たちのような者にそれを見せていいのかと問い返す。

 

「我々は、彼らの本名を知りません。彼らが追われている立場だと聞いておりましたので、敢えて前回は愛称で呼んでいたんです。それをいま保護者になったとはいえ、他人であった筈の貴女方が勝手に見せてもよいのですか?」

「それは貴方たちを信用してとしか言えません。ですが、みーくんに関しては過去の一切が存在しません。ちーちゃんはこれが元々の本名ですが、みーくんはこれすらも新たに作られた名前ですから、桐条グループでも辿り着くのは難しいでしょう」

 

 飛騨の用意した戸籍は、チドリは抹消されたものを復元して用意した物だが、湊は新たに一人の人間の情報を作り出した形になっている。

 誕生日も、両親も、生まれた土地すらも全くのデタラメ。湊という名は被験体たちが呼んでいた事でばれているだろうが、表記も分からなければまず辿り着くことは出来ない。

 最近になって急に作られた戸籍という形で情報を探っても、過去の情報にまで遡って改竄が為されているため、情報のプロフェッショナルを何十人も雇って見つかるかどうかという念の入れようだ。

 これには、二人の過去を洗わせて結局分からなかった鵜飼も驚いたが、それだけ飛騨が二人を守ろうとしたのだろうと、戸籍を用意した者の想いを改めて認識させられ、鵜飼も細心の注意を払って保護者となった。

 会ってたった二週間という短い期間の筈だが、力を持った大人たちの手により二人を守るための布陣が形成されつつある。他人である二人に対し桔梗組はどうしてそこまで危ない橋を渡りながら守ろうとしているか、イリスは最もそこが気になり尋ねることにした。

 

「アンタたちは二人に何を見てる? 桐条の研究の被害者、確かにそれは同情するだけの理由にはなる。あんな子どもが、人を殺してまで逃げだしたっていうんだからね。だけど、保護者になったのだって、多分だが真っ当なルートで通したんじゃないだろう? そんな危ない橋を渡ってまで助けるメリットはあるのか?」

「理屈じゃない、って言えれば格好良いんでしょうけど。そうですね、二人をただ放っておけなかった以外にも理由はあります」

 

 そこで桜は紅茶を一口飲み、喉の調子を整えてから、笑みを消し、凛と引き締めた真剣な表情で続きを話し始める。

 

「まだそれほど話題にはなっていませんが、“無気力症”と呼ばれる精神病を発症する者が現れてきているのはご存知でしょうか? あれは正確には病気ではなく、心の一部が喪失して起こるらしいんです。いえ、喪失という言い方も正しくないですね。実際は、心の一部がシャドウという存在となって抜け出てしまった状態を“無気力症”と呼んでいるんです」

「シャドウ? それに、抜け出るってどうやって?」

 

 耳慣れぬ単語を口にした桜にロゼッタが尋ねる。

 それに桜は視線を合わせて簡潔に答えた。

 

「自分の心の暗部を見つめる力が弱まったとき、わたし達のような普通の人間では認識できない“影時間”というものが存在して、そこで弱った心がシャドウという形で勝手に抜け出るんです。にわかには信じがたい事ですが、証明するためにその時間に入る直前にビデオカメラを回し始め、終わったときには二人が一瞬で別の場所にいたという事があり、その特殊な時間について信じることが出来ました」

 

 影時間に入る前にテーブルの上に『二人を撮り続けて』と直筆で書いたメモとビデオカメラを置いておき、桜が自分の声で正面にいる二人を撮っているという証言を残す。

 その後、影時間に入ってから移動して庭に出ていた二人を、メモを見た桜がカメラを動かして撮影すると、補正のかかった桜の記憶とは別に、二人が一瞬で消えて別の場所に現れたという映像記録が出来る。

 その時には、自分の記憶と映像記録の齟齬に桜は僅かな混乱を見せたが、湊から改めて説明を受けるうちに、自分は認識していないが確かに“影時間”は存在するのだと思えるようになった。

 それをこの場にいる者にも教えるため、渡瀬が持って来ていたビデオカメラをカウンターの上に置いて映像を流し、確かに湊たちが急に消えて別の場所に現れたという映像を見る事が出来た。

 けれど、昨今の技術なら、この程度の映像は容易に作ることが出来る。

 現場で実体験をした者と違い、他の三人は「はい、分かりました」と素直に信じる事は出来なかった。

 

「悪いけど、これだけじゃ簡単には信じられない。わざわざそうする理由もないが、アンタらが映像に細工したって可能性もあるからね」

「はい、それは分かっています。ですが、そんな物が存在するという前提で話を進めさせてもらいます」

 

 怪訝そうに見やるイリスに、桜は真っ向から言葉を受けとめて、自分たちの行動理由も説明してゆく。

 

「その影時間は、桐条の研究が原因で発生するようになりました。その時間帯に現れるシャドウには、通常兵器は効きません。ですが、ペルソナというシャドウによく似た力に目覚めた者なら、シャドウと戦う事が出来ます。みーくんはそれを自然に発現させた第一号、ちーちゃんは人工的に発現させられた被験体の一人だったそうです」

「だから、桐条は二人や似たような子どもたちを、シャドウに対抗するための駒として管理していた。そして、その場所は今月初めに事故のあった桐条傘下の製薬工場、とそういう事ですか?」

「はい。ただし、みーくんはご両親が亡くなられた事故から半年間昏睡状態だったので、途中からの合流だったそうです。さらに、初めから力を完全に制御出来ていたので、研究者たちを脅して被験体を守っていたとちーちゃんからは聞いています」

 

 力がいくらあろうが湊は子どもだ。だというのに、大人たちを脅してまで他の者を守るというのは、親を失ったばかりの子どもがやろうと思って出来る事ではない。

 辛い現実から心を守るため、脳が無意識に感情にプロテクトをかけている可能性もあるが、時折感情的になりながらもチドリを守り続けていることを考えると、単純に逃避を起こしているとは思えない。

 精神の成熟度も高いため、感情の制限ではなく、人格形成に異常をきたしている。どちらかと言えば、そちらの方が的を射ているように思える。

 仕事柄多くの人間を見てきた五代はそのように考えた。

 しかし、湊たちの事情は分かったが、それだけで桜たちが二人を危険を冒してまで守るには理由が弱い。

 何故なら、桐条は一般人への被害を防ぐために、新たな駒を作る技術を持っているのだから。

 

「……それで、彼らを守る最大の理由はなんですか? 彼らが力を持っていることは分かった。けれど、桐条は人工的に力を得る方法を知っている。なら、誰かが犠牲になったとしても、桐条が駒を新たに用意して被害拡大を防ぐでしょう。ならば、素性の知れない子どもを匿う意味はない」

「戦う力を持つ者ならばそうですね。ですが、みーくんは代替が利かないんです。彼にだけは特別な役割がある。いまそれまで話しても、きっと皆さんは自分の中で消化しきれないでしょうから、みーくんの役割はまた後日話したいと思います」

「彼だけって、小猫ちゃんは違うんですか? 彼の様子を見ていると、むしろ彼女の方が大切に守られているように見えますが?」

「みーくんだけです。将来的な可能性は分かりませんが、現時点でみーくん以外は誰も同じ役目を果たせません。そして、桐条側はそれを知らない。だから、わたし達は自分のためにも彼と、彼が最も大切にしている彼女を守るんです」

 

 それは、意識が表に出てきたファルロスが語った事だった。

 湊自身は自分が寝ている間の事なので知らないが、湊は本当にギリギリまで死に近付いた状態で寝ている。呼吸も脈拍もかなりゆるやかになり、体温も三十二度まで低下する。

 眠りは死に最も近いと言われるが、体調までもがここまで変化する者など滅多にいないだろう。

 そして、湊が寝ている間は、極稀にだがファルロスの意識が浮上してくることもある。

 脳と身体を休める時間に別の人間が操っていれば、翌日まで疲れを残す事になり得るので、基本的に出来てもファルロスは肉体の支配権を奪ったりはしない。

 しかし、湊の事情を桜に話すため、自分の役割と、湊が現在も起こしている奇跡について一度だけ語った。

 瞳の色と口調の変化で湊ではないことは信じて貰えたが、湊が封印の器になっていなければ地球の全生命が滅んでいたと言ったときには、流石の桜も半信半疑といった態度を見せた。

 けれど、湊が完全に死ねば封印が解けるというのに、わざわざ蘇生させて自分が封じられたままでいる意味を考えたとき、湊を生かし続けるだけの理由としてそれらは納得出来た。

 

「……ちーちゃんはわたし達が隠し通し守ります。ですから、みーくんをどうか宜しくお願いします。彼に、生きるだけの力を与えてあげてください」

 

 そういって最後に桜は立ち上がり頭を下げた。

 自分のためでもある、そんな風に言っていたが、この人物は自分のことなど欠片も考えていないだろう。

 不幸にも力に目覚め特別な役割を与えられてしまった少年と、不幸にも素質を持っていたが故に力を目覚めさせられた少女、その二人をあまりに不憫に思い。何かをしてあげずにはいられなかった。

 深く頭を下げ続けている様子から、そんな想いが痛いほど伝わり、イリスは先ほどの話しよりもまずは桜個人を信じてみようを思った。

 

「とりあえず、頭上げな。それで、仕事をするときは、子どもだからなんて言い訳は利かない。だから、アイツを何度も死ぬような目に遭わせると思う。けど、ああいう奴は放っておくと危ないからね。見える部分で手綱握って、ちゃんとアンタの家に帰してやるよ」

「というか、裏の世界って言ってもいる人間にも幅がありますからね。仕事も殺しはむしろ少ない方で、情報を手に入れるだとか、荷物の運搬だったりと危険の低いものの方が多いです。当然、他のチームからの妨害もあり得ますが、初めは安全性の高いものを回すようにしますから、ご安心ください」

 

 頭を上げた桜に、イリスとロゼッタが安心させるように笑顔で返す。

 ロゼッタとしては、情報伝達が不十分で湊を死ぬ目に遭わせた負い目があるだけに、ここで保護者からの信頼を回復し、ポイントを稼いでおかなくてはいけない。

 湊のような他の同業者の唾のついていない将来有望なルーキーは、仲介屋としては仕事をコンスタントに回せるので、非常に大きな収入口になるのだ。

 湊はイリスと共に仕事をするので、仲介時に変な真似はできないが、自分の利益に繋がるように考えている辺り、ロゼッタは実にプロらしい強かな考えの持ち主だった。

 その後、話し合いが終わったとして、二人に降りてくるよう告げると、イリスたちと連絡先を交換してから湊らは帰って行った。

 

夜――巌戸台・港区

 

 フェルメールから出た後、周囲に気を付けながら買い物をして回り、夕食を終えてから車で帰っている頃、後部座席に乗った湊は、寄りかかって眠るチドリの重さを肩に感じながら、窓から外の景色を眺めていた。

 流れていく景色の中に知っている風景がまざり、両親と暮らしていたときの事を思い出す。

 あの事故からまだ一年も経っていないが、思い出として残っている両親の声も顔も記憶が薄れてきており、薄情なやつだと自分の事ながらどこか他人事のように思っていた。

 しかし、そうして昔のことを思い出していると、急に聞こえてきた消防車のサイレンの音で意識を現実に戻される。

 

「火事みたいね。遠いのかしら?」

「音からすると、それほど遠くないようです。一応、迂回しておきますか?」

 

 サイレンの音というものは、その種類に関係なくどこか人を不安にさせる。桜が心配そうな顔で呟くと、渡瀬が巻き込まれないよう先に遠回りしておくか尋ねた。

 その間、湊は音の大きさと方向から場所を推測し、カグヤを使って現場の状況を探る。

 まるで模型を上から眺めているかのような感覚で、この街で起こっている事を知覚していくと、十キロも離れていない場所で、消防車が消火活動をしていた。

 まわりには近所の住民が集まっているのか人だかりができている。

 だが、それにしては子どもの数が多過ぎることが気になり、燃えている建物に意識を集中させた。

 

(火災が起きてるのは、児童養護施設か。避難状況は……完全には逃げきれてない?)

 

 燃えている建物の中に、まだ人の気配を感じる。

 火災が起きてからまだ時間が経っていないのか、火はその部屋まで届いていないが、煙が充満すれば一酸化炭素中毒で死んでしまう。

 なにより、密閉された空間で壁などが加熱されれば室内の温度が上昇し、熱中症や蒸し焼きになることも考えられる。

 消防隊が中へと入れていないのであれば、救出は絶望的だろう。

 

(……助ける、ことは可能かもしれない。けど、知りもしないやつのために危険を冒すのか? 馬鹿馬鹿しい)

 

 助けたところで何が得られるのだろうか。チドリを守ることすら満足に出来ていない自分が、そんな一時の正義感で動いても碌なことにはならない。

 歳不相応に冷めた思考で考えた湊は、湧きあがった莫迦な考えを切って捨てた。

 

――だけど

 

 そう、切って捨てた後、湊はある別の想いを持って、自分にもたれ掛かって寝ていたチドリを席にそっと横たわらせ、窓を開けると、身を乗り出して桜たちに言い残してゆく。

 

「ここから四キロほど進んで、左に真っ直ぐ進むと、いくつもの路地のある場所に着く。そこが火事の現場近くだから、俺はそこへ行ってくる。先に帰ってて貰って良いから」

「えっ、ちょっと、みーくんっ!?」

 

 驚いている桜に答えず、湊は窓から車の屋根に移ると、タナトスを呼び出し飛んでいってしまった。

 すぐに見えなくなってしまった事と、突然の事で事態が呑み込めず少々呆気に囚われるが、正気を取り戻すと桜は渡瀬に言った。

 

「渡瀬さん、いま直ぐみーくんが言ってた場所に向かってください」

「宜しいので?」

「お願いします。……もう、なんで走ってる車の屋根に乗るだなんて、危ないことするのかしら。あとでちゃんと叱らなきゃ!」

 

 フンスと叱る決意を固めると、桜は湊の向かった方向を見続ける。速度を上げて言われた場所へと向かう渡瀬は、桜のそんな母親らしい様子に小さく口元を綻ばせていた。

 

***

 

 轟々と燃え盛り天高くまで上がる炎、自分たちの暮らしていた施設のそんな姿に泣いている子どももいる。

 そんな中、一人の少年が大人たちに後ろから引き留められ、何やら喚いていた。

 

「離せっ、離してくれ、まだ中に妹がいるんだ!」

「危ないから駄目だ! 妹さんは私たちが助けるから、君はここでジッとしててくれ!」

 

 大人に腕を掴まれている少年は暴れるが、力の違いから、止める大人の腕を振り払えずにいる。

 しかし、目の前ではパチパチと時折爆ぜる音をさせながら、施設が燃え続けているため、このままでは妹が死んでしまうと涙を流していた。

 

「美紀っ、美紀ぃぃぃぃ!!」

 

 そうして、何度も妹の名を叫んでいるとき、空から“黒い物体”が降って来た。

 

『なっ!?』

 

 急に降って来た物体に大人たちが唖然としていると、その正体である湊は、まわりの様子に構わず短刀を抜き放ち、扉を斬りつけて中へと飛び込んでいった。

 扉が崩れたことで酸素が供給され、爆発したように炎が噴き出したが、そんな物は関係ないとばかりに短刀で切り裂き霧散させるという、普通ではあり得ない光景に一同は何が起こったのだと理解が追い付かない。

 しかし、子どもが中に入って行ってしまった事で、消防士らはさらに被害者が増えるやもしれぬと、焦りながら消火活動を進めた。

 子どもを助けるために火を消そうとするが、火の勢いは一向に治まらない。どうにか無事でいてくれと祈り続けたそのとき、上の窓ガラスの割れる音が聞こえた。

 その方向を見ると、先ほど飛び込んでいった湊が、少女を背負い飛びおりてきていた。

 危ないっ、そう思って少年が受けとめようと駆け出そうとしたが、未だに大人が腕を掴んでいて駆け寄ることも出来ない。

 けれど、その心配は杞憂で、子どもを背負ったままの湊は、まるで猫のように何事もなく着地をして見せ。さらに、他の者のいる方へ歩いてきた。

 

「……意識はあるけど、多少、煙を吸って喘息になりかけてる。それと熱中症も起こしかけてるから、直ぐに病院に搬送を。中にはもう誰もいないから、救助に関しては安心して良い」

「美紀っ!!」

 

 背負っていた少女を道路に寝かせて消防隊に症状を伝えると、今まで大人に押さえられていた少年が少女に駆け寄り、泣きながら抱きしめた。

 そんな光景を見て、周りの者は近くまで来ていた救急隊を呼びながら、誰一人死人が出なかったことに安堵の表情を見せている。

 だが、無事で済んだから良かったものの、湊がしたのは危険な行為にかわりはない。

 一人の警官が湊に近付くと険しい表情で注意した。

 

「君は一体何を考えてるんだ! 無事だから良かったものの、普通だったら死んでいたんだぞ!」

 

 近付いて注意したことで、警官は初めて湊が男であることに気付いた。

 着ている着物は確かに男性用だが、髪も長く、アンニュイな表情の顔はどちらかと言えば美人に分類される。

 普通に考えれば、女子が同じくらいの背丈の女子を背負って二階から飛び降りることなど出来ないのだが、それを言ってしまうと男子であっても無理という話しになる。

 そうして、叱りつけた警官が湊の反応を見ていると、湊は気だるげなまま冷めた表情で呟いた。

 

「……泣くほど大切なら自分の手で守れ。周りの制止を振り切ってでも、ボロボロになりながらで良いから助けろ。守る者にとって弱さは罪だ。そんなことじゃ、簡単に零れ落ちていくぞ」

 

 湊が言葉を向けたのは、少女を抱きしめ泣いている少年に対してだった。

 その声が聞こえたのか、少年は身体を起こし涙を流したまま湊に返す。

 

「ああ、俺は強くなるっ。二度と、二度と美紀をこんな目に遭わせないように、自分の手で助けられるように、強くなってみせる!」

「……精々頑張りな」

 

 それだけ言い残し、湊はふらふらと人ごみを避けて去って行ってしまった。

 何人かの警官が事情を聞くため追おうとするが、集まった野次馬の中を湊のように抜ける事が出来ず、誰一人追えずに見失ってしまった。

 妹を抱きしめ泣いていた、後に兄妹とも真田夫妻に引き取られ真田 明彦(さなだ あきひこ)という名になる少年は、湊の去って行った方を見ながら涙を拭うと決意の炎を目に宿し、妹を助けた少年に言った言葉を嘘にしないよう、強くなる事を誓った。

 

***

 

「みーくん、何か言う事は?」

 

 野次馬の中を抜けて、路地を出たところで湊は待っていた車に乗り込むと、中で桜に声をかけられた。見ると、形の良い眉が若干つり上がり、どうやら怒っているようである。

 けれど、無言で重圧を放ちながら見下してくるエリザベスに比べると、獅子とハムスターくらいに迫力差があるため、湊は気にした様子もなく返した。

 

「一人助けた。後遺症もなさそうだった」

「そうなの? じゃあ、もしかしたら新聞に載っちゃうかもね。写真は撮られなかった?」

「警官を盾にしてたから大丈夫。そういうの把握するのは得意だから」

 

 人の視線だけでなく、カメラにだって気付くことが出来る。故に、何人かいた記者のような男たちに撮られぬようにしながら、ここまでやってきた。

 既に車は発進しているので追う事が出来ず、記者たちは『少女を助けた着物少女』というスクープを逃す事になり、いまはさぞかし悔しがっているだろう。

 もっとも、見出しの時点で性別を間違っているのだが、長い髪のせいで近くで見なければ正確に判断できないので、それも無理の無い事である。

 

「危ない事しないでって前にも言った」

 

 戻って来た時点で目覚めていた少女が心配そうに言う。

 起きてみると、遠くの空が赤く燃えていたので、すぐ近くで火事が起きていることは分かった。

 けれど、まさか湊がそこに行っているとは思わず、探知で居場所を把握しながらも気が気でない状態で待っていたのである。

 

「……ごめん、拾える命は拾いたかったんだ」

 

 少女の言葉に少年はそういって返し、相手の肩を抱き寄せて頭を優しく撫でた。

 そんな光景を見せられてはこれ以上怒ることも出来ず、桜は深く溜め息を吐くと、寄り添いあう二人をバックミラー越しに笑顔で眺め続けた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。