【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百七十一話 二つ目の迷宮

――屋上・フードコート

 

 この世界に来てから二日目の朝。

 といっても、この世界には放課後のような夕暮れは存在しても、明確な夜というものは存在せず、気付いたら日中の明るさになっているのだが。

 一組五百円という格安で布団セットをレンタルし、それぞれの拠点で無事に安眠を得た一同は、朝食を摂るためにそれぞれ好きな店の料理を買ってきてフードコートで食べていた。

 男子はそれぞれ好きにお好み焼きやら焼きそばやらを食べているが、女性陣は朝から味の濃いソース系の食べ物はちょっとという事で、この世界にある中では比較的軽いホットドッグを食べている。

 だが、朝食に何を食べるかという話になった時点で、彼女たちはこの世界に長期滞在する事になった場合の問題点に既に気付き、真剣に話し合っていた。

 紙コップに入ったウーロン茶を飲みつつ、小さな口でホットドッグにかぶりついたりせは、しっかりと咀嚼して飲み込んでから真面目な顔で話す。

 

「文化祭の食べ物にクオリティ求めるのは間違いってのは分かるけど、それでもフレッシュ野菜がホットドッグのレタスくらいしかないってあり得なくない?」

 

 心の底から信じられないという顔で話すりせだが、確かにこの世界には文化祭の店しか食べ物がない。

 店がなくて餓死するよりはマシだが、それでも味の濃いジャンクフードが主流であり、野菜は焼きそばやお好み焼きに入っているものや、今彼女が食べているホットドッグのレタスくらいしかないのだ。

 昼食のみであったり、一日や二日ならば我慢できる。

 けれど、これから何日滞在することになるかは分からないが、少なくとも残り三つのダンジョンを攻略する必要があるのだ。

 休息日を考えると攻略できても三日に一つだと思われるので、一週間以上この食生活が続くとなると絶対に体調にも影響が出ると思われた。

 りせの言葉を聞いた他の女子たちは、よく分かっていない様子の玲とアイギスを除き頷いて返すが、一応、他にも食料を手に入れる方法はなくはないとどこか暗い表情で直斗がその方法を皆に伝える。

 

「昨日、有里先輩の通販サイトを見ていたら、玲さんが頼んだお取り寄せグルメ以外にも普通の食べ物も見つかりました。ですが、その……通常価格百円ほどのカップ麺が千円になっていたり、みかん一つが五百円だったりとかなり高額に設定されています」

「……なるほど、生活必需品の寝具や着替えが良心的な価格だった事への反動なのか、彼にとってこの世界でも獲得可能な食料品は嗜好品扱いなのかもしれないな」

 

 直斗の言葉に美鶴は難しい問題だと頭を悩ませる。

 確かに外から補給することが出来ないこの世界において、彼の所持している物品は数に限りのある稀少品だ。

 物の価値というのは希少性で変動するため、いくら元の世界の価値を基準に考えようと、条件の異なるこの世界では一つしかないカップ麺が元の世界における宝石ほどの価値を持ち得る。

 ただ、この緊急事態にそれはおかしいのではとゆかりが反論する。

 

「でも、今の食事事情を考えると絶対に数日で体調に影響出ますよね? チーム全体のことを考えたらもっと歩み寄るとか譲歩するのが普通じゃないですか?」

「……だから、お金を出せば売ってくれるんでしょ」

「そうじゃなくって、こう、有里君だって私らが倒れたら困るでしょ?」

「んー、湊君にしたらウチらって基本戦力に数えへんし、別に倒れたとこで気にせんのちゃう?」

 

 他の者たちはこの世界で出会った者たちも含め、共にこの世界からの脱出を目指す仲間だと認識している。

 ただ、湊もそんな風に考えているかというと、彼をよく知るラビリスなどからすれば可能性は低いと思えた。

 何せ、自分たちが危険な状態になれば彼に助けて貰えるが、彼が危険な状態になっても他の者では助けることが出来ないのだ。

 これは他の者たちが彼を助けることを嫌がるという訳ではなく、ただ単に実力差から来る問題でしかない。

 自分たちより遙かに強い青年が危機的状況に追い込まれるほどの敵を相手に、実力で大きく劣る者たちが集まったところで何が出来るというのか。

 彼と一緒にタルタロスを訪れていたラビリスたちはそれを十分に理解しているので、湊が自分たちを対等な立場である“仲間”として認識する事はまずないだろうと告げれば、他の者たちもそれを理解すると僅かに暗くなった雰囲気の中で食事を続けた。

 

――三階

 

 七歌たちが朝食を食べ終えて三階へ向かうと、既に湊がベルベットルームの三人に加え、メティス、マリー、あいかの三人と一緒に集まっていた。

 別に何時に集合という風に話し合っていた訳でもないが、彼らが先にいた事で遅れた気分になった者たちは短く謝罪して彼の傍に集まる。

 それぞれの自己紹介は昨日のうちに終わらせ、自分たちがどんな風にペルソナで戦ってきたのかもそれぞれの拠点で話し合ったようなので、改めてのお互いの立場を話し合う必要はないが、これから新たなダンジョンに向かうにはいくつか決めておくことがある。

 全員が話を聞ける状態になったことを確認した美鶴は、最上級学年として代表して口を開いた。

 

「さて、まだ一つ目のダンジョンを突破したばかりだが、残る三つのダンジョンを攻略していくため、事前に次の目的地などを話しておかねばならない。山岸、既に次のダンジョンは分かっているか?」

「はい。一つ目のダンジョンを攻略した事で分かるようになりました。次のダンジョンは二年二組の教室です」

 

 不思議な国のアナタを攻略し、元の世界に帰るための扉に掛かった鍵が一つ解除されると、これまでなかったはずの反応が生まれていた。

 風花だけでなくりせの方も同じように気付いたらしく、四つあると言われているダンジョンは順番に攻略していく事で新しく発生する事が分かった。

 これは、一つずつ順番に攻略する必要があり、もし仮に、どこかで行き詰まっても別のダンジョンを先に攻略するという事が出来ないという事でもある。

 ただ、この場にいる者たちは、順番があるならその通りに攻略していこうという素直な考え方を持った者ばかりだったことで、同時に攻略を進められない事に不満を持ったのは効率を考える湊一人だけであった。

 そして、湊が顔には出さずに順に攻略していく事を面倒に思っているとき、風花から次のダンジョンの場所を聞くなり花村がとても嫌そうな顔をして声をあげた。

 

「げっ、ウチってことは、まさか“合コン喫茶”はやってないよな?」

 

 花村たちは現実世界のこの学校の生徒だけに、現実世界の学校基準ではあるがクラスごとの出し物はある程度知っていた。

 自分のクラスならば当然完璧に把握しており、トラウマの記憶に幾人かがブルーになっていると、初めて聞く出し物だった事で美鶴がその内容を尋ねる。

 

「なんだそれは?」

「その、クラスの出し物で、合コンをやるんです……ちなみに発案者は花村君です」

「天城、おまっ、そういう裏話は言わなくていいだろ!」

 

 学校の文化祭で生徒が合コンを主催するなど前代未聞だ。

 合コンの詳しい内容については知らずとも、美鶴も“若者が出会い目的に行なう飲み会”という程度ながら知識としては知っていた。

 もしも自分たちの学校でそれを出し物にしようとするクラスがあれば、問答無用に却下になるだろうと断言出来る。

 学校公認で合コンが出来ると聞いて羨ましがっている順平や綾時は放置し、美鶴を含めた女子ら数名が呆れ気味に溜息を吐いていれば、食後のおやつにアメリカンドッグを頬張っていた玲が不思議そうに他の者たちに質問した。

 

「あの、ごーこんってなに?」

「合コン、それは運命の交差点……この広大な宇宙の中で、赤い糸で繋がるたった一人の相手を探し求め、億千万もの愛の狩人が集う場所……」

 

 玲の質問に答えたのはクマ皮を脱いで気取ったポーズを決めたクマだった。

 彼の言っている事はあながち間違いではないのだが、そんな高尚なものではない事は確かなので、すごいと言って瞳を輝かせている玲を見かねた千枝が嘘を教えるなとクマを叱っている。

 もっとも、クマ皮を着直したクマは叱られても気にした様子はなく、むしろ開き直って玲を放っておけないのだとのたまっている。

 彼は昨日の時点で何やら玲を気に掛けている節があったが、同じように彼女の事が気になっていたアイギスやラビリスも彼の言葉には同意していた。

 

「確かに、クマさんの言うことは分かる気がします」

「でしょでしょ! でもクマはー、アイチャンも放っとかない! だから、逆ナ――――」

 

 話している途中で彼の声が途切れる。

 一体どうしたと彼がいた場所を見れば、両脚に黒い炎を纏って立っている湊がいた。

 湊の脚の炎はすぐに消えていたが、一瞬のうちにクマと湊が入れ替わった理由が分からない。

 そも、元々立っていたクマはどこに消えたのかと思っていれば、離れた場所、正確に言えば十数メートル離れた廊下の最奥にある非常階段の入口の方から“ドゴンッ”と何かが扉にぶつかった音が響いた。

 他の者たちが音のした方へ視線を向ければ、そこには腹部に黒く焦げた靴跡をつけたクマが泡を吹いて倒れている。

 一瞬で場所が入れ替わった二人、脚が燃えていた湊、クマの腹部に残る焦げた靴跡。

 導かれる答えは一つだと、探偵が複雑そうな表情で今起きた一連の出来事を語った。

 

「先ほど、クマ君はアイギスさんに逆ナンの許可を求めようとしていました。そして、それにいち早く気付いた人物は彼に接近し、その腹部を蹴りつけることで強引に言葉を遮った。そうですね……有里先輩?」

 

 実際は確認するまでもないのだが、いつものふざけた調子で“逆ナン”という名の普通のナンパをしようとしたばっかりに、クマが彼の逆鱗に触れたという情報を共有するため直斗は改めて本人に確認を取っていた。

 たかがナンパの声かけをしようとしただけ。それだけで十数メートル蹴り飛ばされるなど、クマでなければ死んでいるところだ。

 こんなにも大勢の女子がいるのだから、少しくらいお近づきになっても良いよねと密かに考えていた男子もおり、そんな男子にとっては湊の逆鱗判定がアイギス限定なのかが気になる。

 そうして一同が緊張した面持ちで彼の言葉を待っていれば、ポケットに手を入れて気怠そうな表情で元いた位置に戻った彼は静かに告げた。

 

「……止まっていた虫を潰しただけだ」

『ダウト!』

 

 その時、皆の心は一つになった。

 彼の嘘はあからさま過ぎるので、むしろ隠す気はないようだが、今の反応をみるとアイギス限定のように思える。

 という事は、他の女子はOKなのかと淡い希望を抱く者もいる中、先ほどナンパされ掛かったアイギスが湊に近付くなり、彼の左手を取って両手で包むように握った。

 

「大丈夫です、八雲さん。わたしは初めて会ったあの時から八雲さん一筋ですから」

「……知ってるさ」

「フフッ、知っておられましたか」

 

 とても純粋で綺麗な笑顔を見せるアイギスに釣られ、湊も慈しみの籠もった視線で彼女を見つめながら微笑を浮かべた。

 ここ最近はすれ違いが多かっただけに、彼の貴重な笑顔を見られてアイギスもますます嬉しそうにしている。

 そんな二人のやり取りを見た玲が、善の手を握って「仲良しでいいね」と自分の事のように喜び、善も小さく笑って頷く。

 二組の男女のそういったやり取りを近くで見せつけられている方は堪ったものではないが、二年生の男子たちが何故か結束が強めている中、照れたように僅かに頬を染めた美鶴が咳払いをして話を戻した。

 

「んんっ……さて、話を戻すが、次のダンジョンへ行く前にチーム編成について改めて決めておこう。流石にこの大所帯では今まで通りに動くことは出来ないからな」

「んじゃ、最初に全体の指揮官とか決めますか。続けて、前衛と後衛なり、小チーム単位なりの隊長も」

 

 この人数で同時に動けば僅かなミスで同士討ちしてしまう危険がある。

 そんな事はしていられないので、指揮官は全体の流れを見ての指揮に専念し、細かな部分はいくつかの小チームを作って小チームの隊長が指示を飛ばせば良いだろうと七歌が提案した。

 彼女の言葉に美鶴と鳴上を頷き、普段からまとめ役をやっている者たちに反対意見がないなら、他の者たちも文句はないため指揮官決めに入る。

 指揮官とはいわば総大将。この大所帯のボスであるため、必然的に普段のチームのリーダーより偉くなる。

 ならばと最高の決め顔をした順平が、自分の胸を右手親指で指してアピールするも、器じゃねーよと呆れ顔のゆかりが親指を下に向けた右手で首を切るジェスチャーをしてみせた。

 それを見ていた花村が自分がやると手を挙げ、続いて綾時も余裕を見せつつ自分がと手を挙げる。

 急に二年の男子たちが自分が指揮官をやるとアピールし始めた事で、皆がやろうとするなら自分もと天田が手を挙げれば、花村と綾時だけでなく落ち込んでいたはずの順平まで揃って“どうぞどうぞ”と指揮官を天田に譲った。

 無論、そんなふざけた方法で指揮官が決まることはないが、話し合いをするにしても能力の関係から指揮官を務められる者は実は最初から三人に絞られていた。

 その三人の内の一人である鳴上は、深く考え込んだ状態でしばらく黙っていると、考えがまとまったのか一度頷いてから顔をあげる。

 

「俺は指揮官は有里が良いと思う。一応、そっちのメンバーの戦い方は聞いたけど、実際の動きを見てから指示に慣れるまで時間がかかると思う。その点、既に全員の能力を把握している有里は全体の指揮官として適任だと思う」

「だよね。私もリーダーをしていた経験から指揮官には八雲君を推薦します。戦いの経験値と戦場全体を見る視野があるし、この人数を動かすなら適任だと思う」

 

 突然二人に推薦された青年はアイギスと話をしていて一切聞いていない。

 単独行動の多い彼だが、本来は自身が心を許している誰かと一緒にいたいウサギのような性格なのだ。

 この世界に来た初日はやらなければならない事が多かったので無視していたが、仕事さえ終わってしまえば現実世界の時間経過を無視できる分、この世界ではゆっくり出来る。

 故に、自分と手を繋いだままアイギスが嬉しそうに話していれば、湊はそちらにばかり集中して他の雑音を意識してシャットアウトしていた。

 もっとも、このままでは話が進まないのでメティスが彼の肩を叩いて呼び、全体の指揮官に推薦された事を伝えると途端に嫌そうな顔をしている。

 他の者が真面目に話している状況で、女子といちゃついているやつに指揮官を頼むなど不安でしかない。

 ただそれでも、一時期民間軍事会社で働き、現在は会社で大勢の人間を動かしている彼にとって、この程度の人数ならば寝ぼけていても十分に動かす事が可能であった。

 

「全体を三つの分隊に分ける。部隊名は好きに決めていいが、仮にABCとするなら、AをメインとしてBを補助に当てCを温存、途中からBをメインにしてCを補助に当てAを休ませる。そうやって一つは常に温存しつつ先を目指すのを基本方針とする。分隊長は九頭龍、鳴上、メティスが務めろ」

 

 Aチームは七歌を分隊長にアイギスを除く特別課外活動部七人のメンバー。

 Bチームは鳴上を分隊長に自称・特別捜査隊七人のメンバー。

 Cチームはメティスを分隊長にチドリ、アイギス、ラビリス、コロマル、綾時、あいか、善と玲という九人のメンバー。

 善と玲はあまり戦力にならない分、Cチームだけ人数が多くても全体のバランスとしては取れている方だろう。

 まだ二つ目のダンジョンなので今は慣れた者同士でチームを組んだが、共に戦っていく中でお互いを知れば、またチームを組み直して学校ごとに拘らない混成チームを作ることもあり得る。

 他の者たちにもそれを伝えて全体での戦い方を意識させると、湊は他の者たちに二年二組への移動を促し、ここに残る風花とりせにはお互いに自分たちのリーダーへのバックアップを中心にサポートするよう伝えてから移動しようとした。

 すると、ベルベットルームの住人らと並んで立っていたマリーがやって来て、ダンジョンへ向かおうとする湊に声を掛けてきた。

 

「店長、よく倒れるんだから無茶しないでよ。その、いってらっしゃい」

「……ああ。行ってくる」

 

 自分の身を心配してくれた少女の頭を帽子越しに撫で、湊はそのまま階段を下りてゆく。

 それを見ていた他の男子は、心配して見送ってくれる女子がいるなんてずるいと嫉妬の炎を燃やすが、彼の周りに女子がいる事など日常茶飯事だ。

 今から危険なダンジョンに潜るのだから、意識をしっかりと切り替えてゆく事にし、真剣な顔になった男子らも彼の後を追った。

 

 

――ごーこんきっさ・一次会

 

 二階に降りた一同が教室の前に到着し扉を潜ると、中はピンクを基調とした愛らしいデザインの内装のダンジョンになっていた。

 明らかに教室の数十倍の広さがある事は一つ目のダンジョンで理解していたが、こちらのダンジョンには大きなクマのぬいぐるみらしきものや、ハートのクッションなどが至るところに置いてあり、文化祭の出し物の内装のレベルを完全に超えている。

 現実世界で自分たちの出し物の内装を飾り付けた花村などは、自分たちのクラスはこんな内装ではなかったと驚いている。

 

「俺らあんなぬいぐるみとかクッションで飾り付けてねーぞ」

「なんか……カワイイっすね」

 

 ここに置かれているものは、不思議な国のアナタとは違った趣ではあるがファンシーという共通点があった。

 色合いと造りを見ていた完二の感性に訴えるものがあったらしく、彼が少し照れたように内装の可愛らしさを褒めれば、厳つい見た目とのギャップに少し驚いたように七歌が彼を見た。

 

「へぇ、完二君って可愛いのとか好きなんだ」

「コイツの女子力、俺らん中でダントツでナンバーワンなんだぜ?」

「え、料理とか裁縫とかの家事もできんの?」

「おう。裁縫に関しちゃマジで売り物と変わんねぇレベル」

 

 花村から新たな情報が齎されると、月光館学園側の面々は意外だと目を丸くして完二を見た。

 もっとも、男子である完二が女子力ナンバーワンと言われた事で、緑のジャージがよく似合っている某女子が異議ありと訴えていたが、お前に言う資格はねえと花村に即却下されていた。

 そんな緑ジャージの空しい訴えをBGMに、月光館学園の面々がいつまでも人は見かけによらないんだなという目で完二を見ていれば、無遠慮な視線に耐えられなくなった完二がうがーと吠えた。

 

「つーか、さっきから黙って聞いてりゃなんなんスか! オレぁ女子力どころか男子力もナンバーワンっスよ!」

「……でも、お前童貞だろ?」

 

 その時、青年の発言によって空気が凍った。

 別に湊は悪気があって完二を童貞呼ばわりしたわけではない。

 女も知らずに男子力ナンバーワンを語って良いのかと、本当にただ純粋に浮かんだ疑問を口にしただけだ。

 先頭の辺りにいた完二たちに対し、湊は指揮官のくせに殿のつもりなのか最後尾を歩いていた。

 故に、今の発言はこの場にいる全員に聞こえていた訳だが、言葉の意味をよく理解していない一部の者を除き、全員が気まずそうにしている中で完二が再起動を果たす。

 

「ななななな、なんだとコラァ?! こっちはまだ高一だぞコラァ?!」

「……今日日、そんなの中学生には捨ててるものだろ? 女に縁がなかったのか?」

 

 彼にとって女性は身近な存在だ。学校では他学年の者にも気軽に挨拶され、学外でも握手や写真を求められる事がある。

 だからこそ、全員と深い関係になることはなくとも、一人くらいはそこまで進んだ相手がいても不思議に思っていなかった。

 けれど、彼の言葉が耳に届くなり完二だけでなくほとんどの男子が湊を睨み、お前は良いよなと順平を筆頭に嫉妬に塗れた怨嗟の声を吐く。

 

「そりゃ、お前の常識だろうが! こちとら生まれてからずーっと女子と縁のない生活送ってんだよ!」

「そうだそうだ! 自分がモテるからって上から目線で言いやがって! そんなに非童貞なら偉いってのかよ?!」

 

 湊はただ不思議に思って尋ねただけだが、それを聞いた男子たちは挑発として受け取った。

 こういった状況で暴走した者を止めるべき立場である鳴上や荒垣すら真剣に湊を見ているので、順平と花村の言葉は男子たちの総意らしい。

 まさか、ダンジョンに入って数メートルで仲間割れが起きると思っていなかった女性陣は、この場合どちらを諫めるべきかと溜息を吐いている。

 もっとも、いくら責められようが認識が異なる湊は気にしていないため、何をそんなに怒っているんだと改めて不思議そうに他の者を見る。

 

「特に偉いと思った事はないが、劣等感を覚えたならお前たちにとってはそういう格付けなんだろ。別に綾時は気にしていないぞ?」

「僕は女性と仲良くしたいと思っているけど、それは素敵な女性と楽しい時間を過ごしたいだけだからね。そういった関係を結べるほど愛し合える事は素敵だと思うけど、行為自体には多少の知的好奇心以上の思い入れはないかな」

 

 一切の嫌味のない笑顔を浮かべた綾時は実に好青年といった印象を受ける。

 同じ童貞でもこうやって綾時は特に劣等感も抱かず爽やかに流しているため、過剰に反応した者たちは湊の言う通り、本人がその事に対して劣等感を抱いているだけと証明された形になった。

 おかげで順平たちは綾時に裏切り者めと詰め寄っているが、そうこうしていると急に上からスピーカー越しのような音声が聞こえてきた。

 

《ようこそ、迷える子羊さんたち。ここは二年二組の出し物だ。はじめましての人も、はじめましてじゃない人も、どうもどうもこんにちは。ここは、簡単な質問に答えるだけで“運命の相手”が見つかってしまう、最新技術を駆使した出し物なのだ。君はやってもいいし、やらなくてもいい》

 

 聞こえてきた音声は機械による合成音声なのか、発音がどこか不自然で言葉から人らしさが伝わってこない。

 現実世界の合コン喫茶とは中身が大きく異なっているため、八十神高校側の生徒も聞こえてきた音声には当然聞き覚えはない。

 という事は、これはこのダンジョンを攻略する上で必要なギミック。

 参加は自由と言っておきながら、きっと参加しなければ先に進めないようになっているのだろう。

 遊びにしか思えないふざけたギミックに対し、美鶴は顔を顰めると呆れたように吐き捨てた。

 

「これも黒幕の趣味か? 随分と余裕があるみたいだな」

「けど、もし本当に運命の相手が見つかるなら面白くないですか?」

「さてな。自由恋愛というのは私には縁のないものだ。親が決めた婚約者がいる以上、ここでどう出ようと関係ない」

 

 桐条グループの令嬢にとって結婚は家同士の繋がりという意味しかない。

 桐条武治と英恵もそうであったように、美鶴も親が決めた婚約者と将来結婚する予定だ。

 一般家庭の者からするとそれは不自由で不幸せな結婚に思えるが、美鶴の両親は共に愛し合っているので家同士の結婚が悪いとは言い切れない。

 ただ、美鶴は父親譲りの頑固さと真面目で素直だからこその視野の狭さがある。

 本人が心の底から嫌がれば婚約破棄もあり得るというのに、婚約が決まった時点で結婚するものと思っているからこそ、美鶴は自由恋愛について諦めて現状を受け入れていた。

 今の言葉もそれ故の発言だったのだが、美鶴の欠点と別の未来があり得ることに気付いている七歌は、やんわりと美鶴の“決めつけ”に対して苦言を呈する。

 

「まぁ、ただのダンジョンギミックですし真面目に考える必要ないと思いますよ。朝のニュース番組の占いみたいに、軽い気持ちで楽しめばいいと思います」

「シャドウがいなければそうも出来たんだがな。まぁ、実際にどういった形式か分からないが、様子を見ることにしよう」

 

 質問が行なわれるのはもう少し先らしい。なので、そこでどうやって質問に答えるのかは分からないが、休憩も出来るような場所ならば参加方法によっては美鶴も参加すると告げた。

 まだ頭の固い部分はあるけれど、昔の彼女を知っている七歌にすれば、美鶴も随分とマシになったように思える。

 その理由は、桐条グループの行なっていた実験や湊の事を知ったことで、盲目的に父親を信じなくなったからだろうが、それは一種の親離れのようなものなので、七歌としても好ましい変化だ。

 別に順平のように気を抜けとは言わないが、少しくらいの遊び心を持っていた方が心に余裕が持てるので、ここでもう少し美鶴にも成長して貰えたらと考えつつ、七歌たちがダンジョンを進むと大きな扉があった。

 不思議な国のアナタにも扉はいくつもあったので別に驚かないが、扉の前で止まっているとベルベットルームにいるりせと風花から通信が入る。

 どうやら向こう側に敵がいるとの事だが、それを聞いて三人の分隊長が指揮官からの指示を待っていると、青年は何故だか最後尾に立って暇そうに他の者を見ていた。

 何故指示が来ないのか不思議に思っていると、通信を送ってくるりせと風花が湊が見つからず、そのせいで通信を繋げないという情報が入ってくる。

 彼はどう見てもそこにいるのだが、りせたちから通信が来ていないから何の指示も出してこないと理解した七歌と鳴上が、暇そうにしている彼の方を向いて声をかけた。

 

「ねえ、八雲君。敵がいるらしいけど、どのチームから行くの?」

「というか、りせが反応が見えないし通信が繋がらないって怒っているぞ?」

「……ああ、ステルスか。そういえば癖で入れてたな」

 

 探知型の能力を持っている者は、能力の強弱で程度は異なるがステルスをかける事が出来る。

 それを使えば同系統の能力者に存在を感知されないメリットがあるのだが、逆に味方からも気付かれないデメリットが存在する。

 どうしてステルスの癖がついているのかは尋ねないが、彼が自分のステルスを解除すると、すぐに存在を感知したりせから怒りの声が届く。

 

《あ、やっと見つけた! ちょっとプロデューサー、なんで存在感消してるの! どこにいるか分からないじゃん》

「別に存在感は消してない。癖でステルスを解除してなかっただけだ」

《次にステルスで消えたらサポートしてあげないからね!》

「……別になくても困らないけどな」

 

 自分がステルスで勝手に消えておきながら、通信を繋ぐなりサポートの存在を全否定である。

 本人が自前で探知能力を持っているからこその自信だが、未だに彼がワイルド能力者だと認識し切れていない八十神高校側のメンバーにすれば、りせのサポートもなしにどうやってシャドウと戦うのかと思わなくもない。

 もっとも、指揮官の彼のサポートをしなければ、それは全メンバーへの指示にも影響するのだが、通信越しに怒っているりせの罵声を他の者が聞いていると、湊はマフラーから赤い弓と黒い矢を取り出して扉に向かって構えた。

 扉の向こう側にはシャドウがいるので、まさか小チームへの指示も飛ばさず、それで貫通スナイプを狙うのだろうか。

 そう思っていれば、弓道経験者のゆかりにして、教科書のようだ思わせる見事な構えを取る彼の腕を黒い炎が走り、そのまま弓と矢を覆い尽くした。

 扉までの距離は十五メートル。近距離競技の距離のおよそ半分しかないが、弓道をした事のない者には弓の威力が最も発揮される距離が分からない。

 故に、全員が扉までの道を空け黙って指揮官の動きを見ていれば、常人では半分も引けない強弓を完全に引ききった湊が矢を放った。

 瞬間、弓より放たれた矢は漆黒の光線となり扉に到達する。

 けれど、矢はそのまま止まらずに扉を粉々に吹き飛ばし、扉の向こうのシャドウらを直撃していないにもかかわらず余波だけで消滅させた。

 小チームを組んでの初戦闘と思っていた者にすれば拍子抜けだが、それ以上に指揮官の戦闘力がおかしいせいで誰も口を開かない。

 本当に自分たちはいるんだろうかと心の中で思った者もいたが、湊が先へ進むぞと言ったことで他の者も動き出し、一同は微妙な空気に包まれながら二つ目のダンジョンへ潜ってゆくのだった。

 

 

 

 


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