【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百七十二話 ごーこんきっさ

――ごーこんきっさ・一次会

 

 三つにチームを分け、交代で戦いながら進むことに決めた一行は、最初に七歌たちが前線組としてシャドウと戦闘を行なっていた。

 召喚器を頭に当てて順平がヘルメスを召喚し、敵シャドウを切りつけるとすぐに下がり、天田が走り込んで槍で突く。

 一体の敵が倒れると続けてその後方にいた敵へ、美鶴がブフーラで作った氷刃を飛ばす。

 その目的は足止めだが、宙に浮いた台座の上で座禅を組んだ女型のシャドウ“静寂のマリア”は、氷結属性が弱点だったようで、攻撃を喰らうなり地面に落下した。

 

「出やがれ、カストール!」

 

 敵が動けない今がチャンス。荒垣が呼び出したカストールは、現われた勢いのまま敵に向かい、騎馬の一本足で敵を踏みつけ殺してみせる。

 床板がひび割れるほどの威力に後方で見ていた者たちは感心するが、全ての敵を倒し終えたことで風花から戦闘終了の声が掛かった。

 

《お疲れさまでした。敵の討伐完了です。近くに敵の反応はありませんので、少し休んでください》

「オッケー。んじゃ、息を整えがてらゆっくり進もう」

 

 風花の言葉を受けて七歌は自分のチームメンバーに武器を仕舞って楽にするよう話す。

 今現在、味方には後方支援の風花とりせだけでなく、ダンジョンに潜っているメンバーにも湊とチドリという探知能力持ちがいる。

 その四人がいれば敵の見逃しはまずあり得ないため、四人のうちの誰かが敵の情報を伝えてくるまでは休憩する事が出来るのだ。

 他の者たちもそれを理解しているため装備を仕舞えば、七歌たちの援護を担当する事になっていた鳴上たちが、自分たちの出番はなかったなと苦笑しながら合流した。

 

「お疲れ。やっぱり強いな」

「まぁ、影時間を終わらせるにはどうしても強さ必要だからね。文字通りに何度か死線も越えてきたよ」

 

 鳴上たちはまだ一度共闘しただけだったが、その時既に七歌たちの強さを認めていた。

 改めて確認した事でそれをより強く実感し、素直に相手の強さを讃えれば、七歌は必要に迫られて手に入れた力だと苦笑して話す。

 鳴上たちはテレビに人が入れられなければ基本的にはテレビに入る必要はないが、七歌たちはシャドウの被害者を出さないために普段から戦う必要がある。

 その辺りの環境の違いが戦闘に対する意識の違いとして現われているのだろうかと、鳴上がそんな風に考えていれば、召喚方法の違いについて聞いてはいたがと雪子が改まって召喚器について尋ねた。

 

「でも、何で“召喚器”って道具は銃型なの?」

「“死”を意識するためだ。己の死と向き合うからこそ、俺たちは潜在的な力であるペルソナを引き出す事が出来ている」

 

 答える真田は実際に持ってみろと雪子に召喚器を渡す。

 銃身の奥が詰められ、弾倉を入れる部分に黄昏の羽根を入れているので実弾を撃つ機能は排除されているが、その本体は間違いなく本物の拳銃だ。

 小さくともズシリとした重さと冷たい鉄の輝きに思わず背筋が寒くなる。

 確かにこんなものを使えば、いくら銃弾が出ないと分かっていても死を意識出来るだろう。

 カードを具現化して召喚する自分たちには分からない感覚に、話を聞いていた完二も影時間の戦いにはそこまでの覚悟が必要なのかと疑問をぶつけた。

 

「その影時間ってやつを消すのは、んな大変なことなんスか?」

「まーな。世界平和ってか、世界を救うってんだから、マジで命懸けっつーか。そんくらいしなきゃ出来ないっつーか」

「世界を救う、か。すごいな。俺たちは自分の街の平和を守るので精一杯だ……」

「まぁ、そこらは戦う理由の違いでしょ。私たちは結果的に世界を救う事に繋がるだけで、実際は家族や友達とか大切な人を守りたくて戦ってる人もいる訳だし」

 

 街の平和を守るために犯人捜しに奔走している鳴上たちにすれば、世界などどうやって救えば良いのか想像も出来ない。

 しかし、そのために命懸けで戦っていると語る順平の言葉に嘘は感じられず、救う範囲の広さなど結果的なものでしかないと話す七歌からも確かな決意を感じた。

 それらの覚悟が彼女たちの強さの秘密かと理解し、そういえばと花村は自分たちと同じように犯人捜しにも参加している青年の事を思い出して、両方に参加している彼はどういった思いで戦っているのかと聞いてみた。

 

「有里は掛け持ちしてるっぽいけど、影時間に関しちゃ世界平和のために命懸けてんのか?」

「……そんなどうでもいい事に懸ける訳ないだろ。くだらない事ばかり言ってないで先に進むぞ」

 

 それだけ答えると湊はポケットに手を入れたままスタスタと先へ行ってしまう。

 指揮官に任命されている者が先に行って良いのかという疑問もあるが、彼なら一人でもシャドウに後れを取る事はないという信頼がある。

 故に、他の者もあまり心配せずにゆっくりと後を追うのだが、先ほどの彼の発言について鳴上たちが気まずそうにしていれば、やれやれと頭に手を当て溜息を吐いた美鶴がフォローを入れた。

 

「はぁ……あまり彼の事を悪く思わないでやってくれ。彼のああいった冷たい物言いには色々と事情があるんだ」

「いや、あたしらは別に良いですけど、そっちは仲間内で全否定って大丈夫なの?」

「有里先輩は僕らの仲間じゃないですよ。今は別に敵対してないだけで、前に戦って僕ら全員殺されかけましたし」

 

 七歌たちを湊の仲間だと思っていた者たちは天田の発言に驚く。

 彼は全身を血濡れにしてまでこの世界に辿り着き、他の者たちの危機を救ってみせた。

 校舎に戻ってからもお金は取っているが、必要になる物資を格安で提供している。

 そして、集団の指揮官を嫌々ながらでも受けて指示を出してくれているというのに、仲間ではないどころか敵対していたと言われても到底信じられるものではない。

 知り合いらしい者たちを殺しかけたほどだ。きっと何かしらの理由があったのだろう。

 この世界で一緒に過ごす以上、そういった不安の種は出来るだけなくしておきたい。そのため今後のことも考え、その時の事を詳しく教えて欲しいと直斗が頼む。

 

「有里先輩が仲間ではないという部分はまだ分かります。僕たちも厳密に言えば仲間ではないので。ですが、そんな風に敵対するほどとは何があったのですか?」

 

 そう。直斗も言う通り、鳴上たちから見た湊は厳密には仲間ではない。

 敵かと言われれば違うと否定出来るのだが、彼は基本的には単独かメティスやあいかを連れて行動しているので、同じように事件解決を目指していても鳴上たちとは異なるチームになるのだ。

 七歌たちの方でも同じような立ち位置ならば、単純に属するチームが異なるだけと思う事が出来るのだが、先ほど天田は敵対して殺されかけたと言っていた。

 ならば、同じ方向を向く別チームではなく、方針の違いによって明確に敵になり得る存在と認識する方が正しい。

 直斗がそういった様々な可能性について思考を巡らせていれば、考えるように静かに目を閉じていた真田が瞳を開いてしっかりと答えた。

 

「俺たちにはペルソナ使いの敵がいる。その敵の情報に踊らされ、妹を攫われたと勘違いした俺が有里の実家に向かうなり待ち構えていたあいつに攻撃を仕掛けたんだ。そして、応戦した有里にやられ、それを見た他の者たちも戦闘に入った」

 

 経緯を聞いている鳴上たちは、現在一緒に行動している者たちがそんな風に戦った場面が想像できず困惑した様子を見せる。

 一方で、彼の言葉を聞いていた仲間たちは、湊に突っかかっていた以前とは異なる客観的な事実を交えて話す真田の様子に驚いていた。

 

「結果から言えばこちらの惨敗。あいつの実家に襲撃をかけた形になったが、有里は大人しく退けば何もしないと言っていたんだ。だが、頭に血が昇っていた俺は信じなくてな。全員がやられたところで時間切れだと焼き払われかけた」

「焼き払うって、そんな……それじゃあ、本当に……」

「まぁ、吉野が止めていなければ殺されていただろう。だが、俺たちもペルソナを使って攻撃を仕掛けた。別に一方的にあいつが俺たちを殺そうとした訳じゃない」

 

 美紀がストレガに殺されかけたあの日、真田は目を逸らしてきた事実を認めた事でペルソナが成長した。

 ペルソナの変化は心の変化が形になったものだ。

 故に、以前の自分の行動を客観的に見つめ直し、改めて自分の非を認める事が出来ているのだろう。

 七歌たちを殺そうとした事が事実だと聞かされ、千枝や雪子が僅かに不安な顔をしたタイミングで真田がフォローを入れた事からもそういった変化が見られた。

 内心ではどのように思っているかは別にしろ、後輩たちを導く立場にある三年生の真田がそういった視点でものを考えられるようになった事は良い変化である。

 ただ、千枝たちが“湊が知り合いを殺しかけた”という事実に不安を覚えたという事は、彼女たちは彼の詳しい経歴を知らないということ。

 それを彼女たちに伝えるべきか七歌たちは悩みつつも、知らないのなら変に怖がらせる必要もないだろうと考え、また何かあれば伝える事に決めて先へ進んだ湊を追う事にした。

 

***

 

 先へ進んだ湊を追いかけると、彼は今までの扉とは見た目の異なる白い扉の前で待っていた。

 支援担当の風花とりせによれば、中には特に何もないが不思議な力の存在を感じるらしく、もしかするとここが最初に言われていた“運命の相手”が見つかる質問の部屋なのかもしれない。

 敵がいないのなら無駄に警戒する必要もないが、一応用心しながら完二が扉を開けると他の者たちも続いて中に入る。

 中にはカップルと思われるクマの置物と鎖で封鎖された扉があった。このままでは向こう側に出られようにないが、全員が入ったタイミングで入ってきた扉が閉まり、メンバーたちが突然の事態に警戒したタイミングで天井の方からスピーカー越しの音声が流れてくる。

 

《ようこそ、迷える子羊さんたち。ここは“運命の選択部屋”なのだ。これから運命の質問が出されるぞ。フィーリングか直感で答えよう。質問はいくつかあるぞ。最後まで答えると、君の運命の》

「――――説明が長い」

 

 相手が話している途中、それもダンジョンの攻略に必要と思われる情報を語っている最中。

 だがそんなものは関係ないとばかりに、湊は九尾切り丸をマフラーから抜き放つと鎖を全て断ち切ってしまった。

 切られた鎖は床に落下する途中で消滅し、鎖が消えれば前方の扉も入ってきた後方の扉も開いた事で脱出が可能となった。

 それを見届けた湊は武器をマフラーへと仕舞うも、正当な攻略法が存在すると言うのに強引に突破した彼を花村が呆れた様子で見る。

 

「ちょ、えー……そんな力業ってありかよ。絶対今の質問に答えたら通れるようになったパターンだろ……」

「なんでダンジョンのギミック如きに付き合う必要があるんだ」

「いや、そりゃそうだけどさ。一応、運命の相手が見つかるっていうゲーム要素のある体験型の催し物っぽいし」

 

 既にダンジョンギミックの音声は聞こえなくなっている。

 もしも順番に攻略しなければ運命の相手が分からないのだとすれば、これでもう既にゲームオーバーな訳だが、湊はそんなもの分からなくても困らないと冷めた表情で先へ行こうとする。

 しかし、少しだけ楽しみにしていた花村が折角のアトラクションがと嘆けば、指揮官のくせに先頭を歩き出した湊が振り返るなり口を開いた。

 

「……お前には大谷がいるだろ?」

「アバドンの話はすんな!!」

 

 瞬間、割と大真面目に怒った顔になる花村。

 話に出てきた大谷の事を知っている八十神高校側のメンバーは、ご愁傷様といった同情的な視線で花村を見るが、相手を知らずアバドンも何か分からない順平や綾時などはダンジョンを進みながらも興味津々に話を聞きに行く。

 

「え、何々? おたく、色々言いつつも良い人いたの?」

「僕も興味あるな。その大谷さんって人とは親しいのかい?」

「冗談でもありえねぇよ! 大谷ってのはなぁ、俺の買ったばっかの原チャを座っただけでスクラップにしたクリーチャーだ……」

 

 ちなみに、一般的な原付でも百キロくらいなら平気で乗せて走れる。

 流石に百三十キロほどになると難しいが、それでも乗ったくらいで壊れる事はほぼない。

 買ったばかりの新車なら尚更で、それを乗っただけで破壊した女子とは一体何者なのか。

 当時を思い出して苦悶の表情で話す花村の言葉を聞いただけで、順平らが未知の存在に対し恐怖を抱いていると、見かねた鳴上が合流して大谷のフォローを入れる。

 

「大谷は悪い人ではないよ。陽介のバイクは確かに壊れたけど、有里がその場で修理してくれただろ?」

「お前は手にしたバイクを速攻で破壊されてないから言えんだよ。バイトして初めて買ったバイクだぞ? どんだけ絶望したと思ってんだ」

 

 自分で働いて貯めたお金で買った物というのは特別な価値を持つ。

 他の者から見れば大したことのない物だろうと、自分にとっては掛け替えのない宝物になるのだ。

 それを買ってすぐに遠出した先で破壊されれば、帰りの心配も含めて途轍もない絶望が降りかかって当然である。

 花村からその事をいわれてしまえば、叔父からバイクを譲って貰っただけの鳴上は何も言えなくなるが、男子たちがバイクについて話していた事で、少し後ろを歩いていた七歌が話に加わりに近付いて来た。

 

「お、鳴上君たちもバイク乗るの? 私も中型免許持ってるよ。愛車はゴールデンなドラッグスター400さ。ちなみに美鶴さんはドゥカティ900ssに400ssのエンジン載せたカスタムマシン。荒垣さんはZEPHYRχだったよね?」

「ああ。まぁ、俺のは有里が乗ってなかったやつを譲り受けただけだけどな」

「あれ、そうなんですか? カスタムパーツだけで本体代以上にお金掛かってそうでしたけど」

「ありゃ、受け取ったときからだ。バイク屋にこんなの譲るなんて相当なブルジョアか乗るよりカスタムが好きな人間だろうって言われたからな」

 

 正確に言えば中型免許ではなく普通自動二輪免許と呼ぶが、巌戸台分寮で暮らす者の中では七歌を含めて三人が免許と愛車を所持していた。

 一番高いのは美鶴のカスタムマシンだが、荒垣の乗っているバイクもパーツがいくつも変更されたカスタムマシンになっており、その性能は侮れない。

 ただ、いくら湊からタダで貰ったマシンだろうと荒垣は大切に乗っており、手入れが行き届いている事から、荒垣の愛車を見た事のある七歌と美鶴は彼がバイク好きである事に気付いていた。

 それだけに荒垣もバイクの話に興味を示しているようだが、七歌たちの言葉を聞いた鳴上が申し訳なさそうに自分たちの持つ免許を教えた。

 

「確かにバイクには乗るけど、俺たちは予算の都合で原付免許なんだ」

「なるほろぉ。でも、原付でも楽しいよね。色々なとこ行けるのはさ?」

 

 鳴上が少し気恥ずかしそうに原付免許である事を伝えるも、確かに制限はあるけどそれでも楽しいよねと七歌は笑顔を見せた。

 その眩しい笑顔を見た花村と鳴上は、密着作戦は失敗したがこういうバイク談義で女子とお近づきになれるなら免許を取った意味はあったと感慨深く思う。

 田舎だけあって山道や海沿いを走ったときの事を話せば、美鶴もツーリングに良さそうな環境だと興味を示す。

 雨の日などの苦労体験について話せば、荒垣がちょっとしたメンテについて教えてくれ、改めてバイクの良さを二人が感じていると、先頭を歩いていた青年が振り向かず正面を向いたままポソリと呟いた。

 

「……ちなみに、鳴上と花村が免許を取ろうと思った理由は、女子と二人乗りをして密着時の感触を味わいたかったからだ。原付じゃ無理なのにな」

「ヘイ、ボーイズ。バイクにロマンを求めるのは結構だが、そういう下心のある男に女は寄りつかねぇぜ? 切っ掛けを掴むにはルックス、誘うには中身を磨かないとな?」

 

 直後、先ほどまでの笑顔が嘘のように七歌が物理的に距離を開け、不純な動機で乗ってんじゃねぇぞと首の前で親指を下に向けた拳を引くジェスチャーをしてみせる。

 個人でバイクに乗る理由は違っていても、やはり動機が不純では純粋にバイクが好きで乗っている者には不評らしい。

 折角の楽しい会話が終わった事で、余計な事をバラした青年に文句を言いたいが、いつかはバレていただろうと広い心で諦める事にした花村は、動機を抱いた理由は湊にあるんだと僅かに弁明する。

 

「でもさ。有里ってば特例でバイク登校認められてる上に、たまに女子と二ケツして登校してくるんだぜ? 男子なら誰でも夢見ちゃうだろ?」

「夢より現実を見ろ。それに女子と密着したいなら、そんな遠回しな事をせず直接言えばいい」

「それが出来んならとっくに彼女作ってるっつの!」

 

 正しさだけが全てではないが、夢ばかり見ている少年に告げた湊の言葉は正しい。

 自分から踏み出す勇気を見せずにモテたいなど考えが甘すぎる。

 モテたいがために免許を取るという行動力があるのなら、後は直接女子を誘えるだけの勇気を持って、話術を磨き、身なりに気をつけて誘えば良い。

 そうすれば、決して容姿が悪い訳ではない花村と鳴上なら、彼女くらい作れてもおかしくはなかった。

 ただ、本人たちはその女子を誘うだけの勇気がまだ足りないようで、女子に直接密着したいだなんて言えるかと怒っている。

 ダンジョンの中を進んでいる途中で、このような話題で熱くなれるのは結構な事だが、敵がいる事を忘れてはいけないとりせから通信が入った。

 

《みんな気をつけて! 近くにF.O.Eの反応があるよ!》

 

 通信が入れば全員がすぐに緊張感を持った表情で武器を手に取り警戒態勢に入る。

 今は湊が先頭を歩いているので前方からの脅威はほぼないと考えていいが、相手がF.O.Eとなると一つ目のダンジョンで敵を見ていた他の者たちは警戒せずにはいられない。

 慎重にダンジョンの通路を進み、少し開けた大部屋に出ると、ブロックで周りを囲んだ人工的な池らしき物を挟んだ遠方の位置に悪趣味な見た目の存在がいた。

 

「うわぁ……。キューピッドの方は良いとして、それに乗られてる馬の覆面被った人みたいなのってどうよ? あたし的にはないなぁ」

「でも、千枝。あれが多分F.O.Eだよ?」

「ああ。一つ目の迷宮にいたものとは異なるが、間違いなくF.O.Eだ」

 

 千枝と雪子の会話を聞いた善が遠方にいる悪趣味な存在こそがF.O.Eだと断言する。

 それは、馬の覆面を被った四つん這いの人間の上に、背中に羽根が生え弓矢を持っているキューピッドが跨がっているという二体一組のF.O.E。

 全身が金色なので遠くからでも非常に目立つが、キューピッドの持っている武器が弓矢という事で遠距離攻撃にも注意が必要だと思われる。

 相手はその場から移動せず、同じ地点でグルグルと回って三百六十度を警戒しているようだが、敵が湊たちの方を向いても攻撃してこなかった事で、相手の攻撃は特定の位置取りをしたときか、もしくは有効射程に入ったときに行なわれるのだろうと予想された。

 それならば慎重に移動していけば問題ない。前線組を交代した鳴上たちが先を行き、その後ろを補助であるメティスたちが歩いて進む。

 すると、途中で集団を抜けた湊が幅十数メートルの池を跳躍で飛び越え、跳躍中に抜いていた刀を両手に持ち、敵の前に着地したかと思えばすぐにF.O.Eを切りつけた。

 左手の振り下ろしで馬役の首がボトリと落ちる、相棒がやられたことでキューピッドが弓を構えようにも、その前に湊が右手の刀を横に薙ぎ相手の喉笛を切り裂いた。

 喉を切られたキューピッドは傷から黒い靄を噴き出し、後ろに倒れてゆきながら馬から落ちる。

 そして、そのまま地面の上に倒れていると、しばらくして黒い靄が噴き出ささなくなり消滅していった。

 初めて見るタイプのF.O.Eに警戒していた者にすれば拍子抜けだが、あれだけ戦闘を避けるように言われていた敵が容易く屠られると反応に困る。

 池の向こう側では湊が刀を仕舞っているが、欠片も疲れた様子を見せない青年に善が感嘆の声をあげた。

 

「これは驚いた。湊の戦闘力は私の想像を遙かに超えていた。まさかF.O.Eすら容易く屠るとは」

「敵を殺すときの兄さんの戦い方は無駄が少ないんです。敵の急所や弱所を切りつけますから、簡単に刃が通って敵を仕留めます」

「そうか。それに加えて黒い光の矢も放てるとなると、彼に苦手な距離というものはないらしいな」

 

 先ほどの戦闘に湊は魔眼を使っていない。単純に必要がなかっただけの話だが、特殊な力を使っていないだけに彼の技量を知るには十分であった。

 戦闘の型にオールラウンダーというのがあるが、それはどちらも器用にこなせるものであって、実際には得意な距離や戦い方というものがある。

 その点、善から見た湊は、どのような距離でも器用に戦えるのではなく、どんな距離であっても必殺の間合いに出来るように映った。

 一つ目のダンジョンでハートの女王とその軍勢を殺した力には驚いたが、改めて湊個人の戦闘力の高さを理解し、そんな者が味方にいるなら自分も玲を守る事に専念できると安心した様子で善が話していると、湊が再び弓矢を出して遠くにいるF.O.Eの別個体の頭を射貫いて殺していた。

 黒い炎を纏わさずとも殺す事が可能ならば、銃声がないだけに狙撃にも向いている。

 そうして、善の中で湊の評価がうなぎ登りになっていたとき、弓矢をマフラーに仕舞った直後に湊がバタリと倒れた。

 

「……彼はどうしたんだ?」

 

 先ほどまで平然とした様子で戦っていた者が倒れた事で、善が何があったと不思議そうに他の者に尋ねる。

 だが、それは他の者が聞きたいくらいで、敵の攻撃を受けたわけでもない湊が倒れる理由が分からなかった。

 池を挟んだ場所にいる湊は倒れたまま動かず、意識がないと理解した者たちが池を迂回して彼の許へと行こうとする。

 しかしその時、倒れていた彼の身体が光に包まれ始め、みるみるうちに小さくなると、そこには着ぐるみパジャマを着た赤ん坊が現われていた。

 

「……は? え、有里のやつ縮んじまったぞ?」

「いや、花村それはないって。人間は縮まないし、そもそもあの赤ちゃん有里君と性別違うじゃん」

 

 急に湊のいた場所に赤ん坊が現われた事で、初めて見る者たちは状況が分からず混乱する。

 ただ、寝転がっていた赤ん坊が身体を起こすと、フードが外れて長い髪の毛が見えた事で女の子なのだろうと千枝が予想した。

 相手が着ているのはお腹に黒い半円のポケットがついた羊の着ぐるみだが、随分と可愛らしいなと思って少し和んでいる間に、立ち上がった赤ん坊はキョロキョロと不思議そうに周囲を見渡し、池の対岸にいるアイギスらを見つけて嬉しそうにジャンプしている。

 

「まう!」

 

 相手を認識して喜ぶという事は知り合いだという事。

 ならば、アイギスたちならあの赤ん坊が誰か分かるだろうと思って鳴上が尋ねようとしたとき、明らかに困った表情で赤ん坊を見ていたアイギスが目を見開き叫んだ。

 

「シャドウっ!? ダメです、八雲さん! すぐに逃げてください!」

 

 見れば赤ん坊の後方からシャドウ“独占のクビド”が迫っていた。

 気付いたアイギスはすぐに狙撃ライフルを抜いてシャドウに攻撃をしようとする。

 だが、相手を狙って撃とうにも、敵に気付いていない八雲は逃げずに笑顔でジャンプしており、そんな八雲が射線に入ってきて邪魔だった。

 すぐにアイギスは移動して射線を確保しようとする。けれど、それに合せて八雲も移動するので、こんな時ばかりはアイギスも相手を怒鳴りたい気持ちになった。

 そうしている間に七歌たちもペルソナを召喚し、ペルソナだけを向こう岸に渡して八雲を守ろうとするが、どう考えてもシャドウの到達の方が速い。

 

「うー!」

 

 ようやく敵の存在に気付いた八雲はトテトテと赤ん坊にしては速い速度で駆けてゆくが、その方向はブロックで囲われた池の方向だった。

 逃げるのなら横に逃げればいいものを、アイギスたちの姿を見つけて最短距離を選んでしまったらしい。

 

《ダメです、八雲君! お池の方は危ないから!》

 

 現場にいない風花が必死に通信で彼を制止するが、八雲は声が聞こえてきた事に不思議そうな顔をするだけで止まらない。

 そして、シャドウが八雲に向けて矢を放つタイミングで、ジャンプした八雲が池を囲うブロックの上に乗るなり池に向かって飛んだ。

 

「――――――っ」

 

 誰かの悲痛な叫びがその場に響く。

 矢が八雲を捉えるのが先か、八雲が不気味な色をした池に落ちるのが先か、どちらにしても赤ん坊である八雲の身が危険な事にはかわりがない。

 そして、矢に射貫かれるのと着水がほぼ同時に起ころうとしたとき、突然、八雲の身体から蒼い炎が噴き出して彼を上空へ運んだ。

 

「あれは、美紀の……」

 

 その光景を見ていた真田が思わず呟く。

 急上昇した八雲は現在、蒼い炎の身体を持った鳥と共に天井付近にいた。

 高同調状態で一緒に飛んでいるのだと思われるが、今の八雲が意識してペルソナを出せるはずがないので、全ては美紀の適性から生まれたペルソナ、星“フェニックス”が宿主を守るために行なったのだと思われる。

 フェニックスは自我持ちのペルソナではないが、美紀が湊を守ってくれるよう想いを込めていたので、その想いの通りにこの場で顕現したのだろう。

 八雲の危険が去ったのなら他の者たちは十全に戦える。

 ケルベロスが炎の渦に敵を閉じ込め、エウリュディケが風の刃で切り裂き、ペンテシレアが敵の頭部を氷槍で貫けば敵は消滅した。

 危険が去ると天井付近にいた八雲が空を泳ぐように楽しそうに降りてくる。

 

「まー!」

「もう、八雲さん! 本当に心配したんですよ!」

 

 そのままアイギスの腕に抱かれるとフェニックスは消えてゆく。

 敵に襲われかけても一切怖がらずに八雲が嬉しそうにしているが、対照的にアイギスは心から安堵の表情を浮かべて八雲をキツく抱きしめている。

 事情を知らぬ鳴上たちは説明をして欲しそうに見ているが、アイギスが八雲を解放するまでお預けだと荒垣が伝え、その間、フェニックスが湊に宿った経緯を知っている者は、この場にいない一人の少女に深く感謝していた。

 

 

 




ペルソナ3の新作について

 ペルソナQ編に入っているのでお知らせしますが、開発中のお知らせが出ている『ペルソナQ2』にペルソナ3のメンバーが登場するとしても、本作ではその内容は取り扱いません。
 同様に、来春PS4とPSvitaから発売予定となっているサウンドアクションゲーム『ペルソナ3 ダンシング・ムーンナイト』の内容も取り扱う予定はありません。
 新たに判明したキャラの設定などを少し輸入する事などはあるかもしれませんが、それは美鶴がハモの天ぷらが好きだとか、そういった情報を作中の小ネタで使う程度になります。

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