【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百七十三話 エレベーターガールは見た

――ごーこんきっさ・一次会

 

 二体のF.O.Eを屠った湊が突然倒れ、直後に光に包まれ赤ん坊の姿に変化した。

 一時はシャドウの接近に肝を冷やしたものだが、湊に宿っていた星“フェニックス”が美紀の込めた“湊を守る”という想いに反応した事で赤ん坊を窮地から救ってくれた。

 そうして、空を泳ぐように皆の元に戻ってきた赤ん坊をアイギスが強く抱きしめると、八十神高校側のメンバーと善と玲はその赤ん坊を初めて見るため、アイギスが普通の抱っこに移行したタイミングで集まってきて玲が最初に話しかけた。

 

「ねー、アイちゃん、アイちゃん! わたしも赤ちゃん抱っこしていい?」

「はい。ですが、八雲さんは大人の時の記憶がないので、先にご挨拶してあげてください」

「うん。はじめまして、はーちゃん。わたしは玲って言うんだよ。よろしくね」

「ね!」

 

 アイギスが後ろから抱っこする形で八雲を玲の方へ向けると、挨拶をされた八雲は自分なりの挨拶を返して小さな手で玲の指を掴んで握手する。

 右手の人差し指を握られた玲は、そのあまりに細く小さな指と手に最初は不安を覚えるも、小ささからは考えられない力強さと温かな体温に命の存在を感じた。

 そして、アイギスに支えて貰いながら八雲を抱っこすると、自分の腕の中に確かな命があることをより強く実感する。

 他の物では再現不可能な温かさと柔らかさ。どんな高級な抱き枕でも八雲の抱き心地には敵うまい。その気持ちよさに玲は思わず笑顔になりながら八雲と頬を合せて赤ん坊というものを満喫する。

 玲がそんな風に八雲と遊んでいる間、彼女の周りでクマや完二も八雲のことを眺めているが、全員がそんな風に遊んでいては話が進まないので、鳴上が八雲の事を知っているであろう月光館学園側のメンバーにまず確認を取った。

 

「その、あれは有里本人でいいのか?」

「ああ、間違いなく本人だ。だが、記憶ごと退行しているので、あの年齢以降に会った者の事は覚えていない。本人にすればまだ会った事がないんだからな」

「だが、何故赤ん坊の姿に?」

「分からない。以前、あの姿になったのは酷く消耗していたときだった。今回はその条件から外れると思われるので、私たちも正直困惑している」

 

 続けてされた鳴上の質問に美鶴が難しい表情で答える。

 湊が退行して八雲になるのは二度目だが、前回と違って今回の彼は元気に戦っていたあと急に倒れていた。

 もしかすると疲れていたのかもしれないが、そんな兆候がなかっただけに美鶴たちとしても困惑するしかない。

 一応、今の八雲は前回の八雲と記憶が繋がっているようで、玲に抱っこされたままアイギスの顔を見て嬉しそうにキャッキャとはしゃいでいるが、もし退行した理由が前回と異なるならばいつ戻るかも分からない。

 指揮官でありながら最高戦力でもあった青年の離脱は作戦にも大きく影響するため、どうすれば戻るのだろうかと考えていると、ベルベットルームにいる風花から急に通信が入った。

 

《皆さん、有里君のことについてエリザベスさんが報せたい事があるそうです》

《皆様、聞こえますでしょうか? 先ほど八雲様が退行したとの事で、この度は理由の説明のため通信を繋いで頂いた次第でございます》

 

 ダンジョン内の状況はベルベットルームの住人たちもリアルタイムで把握している。

 彼女たちが直接助ける事はないが、七歌たちの危機を察知して鳴上らを援軍として送るなどの手助けをするためである。

 そして、今回の湊の退行もしっかりと把握していたわけだが、前回と状況が異なっているにもかかわらず、何故エリザベスが倒れた理由を知っているのだと真田が尋ねる。

 

「説明と言ったが何か知ってるのか?」

《ええ。さて、まず八雲様が倒れた理由ですが、極度の疲労が原因でございます。この世界に辿り着くまでに常人ならば死んでいてもおかしくない状態にありましたが、その後、残っていた力のほとんどを綾時様をこの世界へ招くために使いました》

 

 実際には招くためではなく、存在を維持させるためエネルギーを籠めたのだが、それを知っているのは綾時の正体に気付いているベルベットルームの住人と本人たちを除けば見ていたメティスだけなので、ここはちゃんと話を合わせて説明した。

 

《そのとき既にガス欠寸前だった訳ですが、皆様との話し合いや最低限の生活環境を整える必要があったために、八雲様は様々な設備の用意と皆様へ備品の配給を行ないました。この時点でいつ倒れてもおかしくない状態でしたが問題は皆様が休まれた後です》

 

 怪我も完璧に治っていて血も風呂で洗い流していたので、傍目から見たところでは何の問題もないように思えた。

 しかし、皆で話し合いをしている時点で限界を超えていて、そんな状態で体育館を銭湯にリフォームしたり、通販サービスで着替えや寝具を届けてくれていたとは頭が下がる。

 彼の体調について一切気付いていなかった者らは、その時点で申し訳なさそうに赤ん坊の八雲の方を見やり、一体何があったのかと一同を代表して鳴上がエリザベスに話の続きを促す。

 

「俺たちが寝た後に何かあったんですか?」

《はい。八雲様は私共姉弟も拠点に招き夕食を振る舞ってくださりましたが、我々を含め全員がそれぞれの拠点に戻り就寝した後、一人で拠点を出るとそのまま銭湯に向かい。有料洗濯サービスで依頼された衣類を洗濯し、体育館屋上に作った物干しスペースに干した後、一人で銭湯の掃除をされていました》

 

 有料洗濯サービスとは湊が銭湯に設置したオプションの一つである。

 銭湯に置いてあるカゴに洗濯物を入れ、ログインしたタブレットでサービスを選び、カゴに書かれた数字かアルファベットを入力すると、翌日に洗濯された状態で衣類が帰ってくるという実にそのままな内容のサービスだ。

 この場にいる者たちは全員がそのサービスを利用し、起きたら拠点正面の壁に設置されていたロッカーから服を受け取っていた。

 シャツは皺一つなく襟元までパリッとして、ズボンには卸立てのようにしっかりと折り目がついていた。

 その見事な仕上がりにはズボラな順平も感動したほどで、アイロンやプレスもして貰えるのであれば、今日はついでに制服の上着も洗って貰おうかなと考えていたほどだ。

 それがまさか湊が一人でせっせと洗って干していたとは思わず、女子たちなど自分の下着を彼に洗わせていたと知って赤面して悶えている。

 

《掃除が終わると次に一つ目のダンジョンの調査へと向かわれ、黒幕についての情報やこの世界がどのように構築されているのかを調べていたようです。そして、洗濯物が乾いた頃に戻ってこられると洗濯物を取り込み、必要な物にはアイロン掛けや折り目をつけるプレスを掛け、皆さんの拠点前に設置されたロッカーに衣類を返却し、今度は通販サービスの発送センターへ移動》

 

 二十人以上の人間の衣類を洗濯して干していただけでなく、わざわざ一人でダンジョンに潜って再調査を行なっていた。

 そんな事までしてくれていたとなると、面倒臭がりどころか非常にマメで真面目な性格と言えるだろう。

 けれど、まだ終わりではないようで、エリザベスは皆が寝ている間の湊の行動について語った。

 

《移動した八雲様は、まだ登録の済んでいなかった商品をホームページに掲載する更新作業を進め、皆様から追加で来ていた注文の品の準備を終えるといい時間だった事で拠点に帰宅。他の方が起きる前に朝食の支度を終わらせ、起きてきてからは私共を再び呼んでくださり朝食を共にしました》

 

 湊たちが他の者たちと合流したのは、朝食を食べ終わって洗い物などを済ませてからだ。

 皆が寝ている間も雑務を済ませ、そのまま朝食を摂って合流したという事は、限界を超えて倒れる寸前だったにもかかわらず彼は不眠不休で働いていた事になる。

 風呂や洗濯が有料である事や、通販で一部商品が非常に高額な事に文句を言っていた面々も、自分たちが寝ている間も働き続けて最後には倒れてしまったと知ると、流石に申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになった。

 玲に抱っこされたまま無邪気に笑う八雲を見て、こんなになるまで働かせて済まなかったと花村が猛省する。

 

「協調性のないやつとか思ってた自分にマジで自己嫌悪だわ……。全体のこと考えて生活環境整えるとか、一番冷静に動いてたの有里じゃねぇか。オマケに裏方の仕事全部こなしてくれてたとかさぁ。つか、お前ら男に下着洗わせて平気な顔してんなよ! 女として恥ずかしくねーのか!」

「うっさい! てか、まさか有里君が洗って干してくれるとか思うわけないじゃん! そっちだって洗って貰ったくせに人の事ばっかいうな!」

 

 自分の事を棚に上げて糾弾してくる花村に千枝が反論する。

 一人一人の洗濯物の数などそうは変わらないので、湊が女子の下着を洗う事に別段何も思っていなかったとすれば、男子のだろうが女子のだろうが何の違いもない。

 それなのに女子は自分で下着を洗えと言ってくるのはおかしい。そんな事を言うなら男子も自分で洗うべき。

 花村と千枝の二人がそんな風にギャーギャーと言い争えば、八雲が怖がるから止めろと周りの者が止めに入る。

 その傍らに立っていたメティスは、同じ拠点を利用していながら家事を兄に任せ、体調の変化にまるで気付けなかった事を暗い表情で姉に謝罪する。

 

「すみません、姉さん。まさか兄さんが一度も休んでいなかったなんて、傍にいたのに気付かず先に寝ていました」

「八雲さんの体調に気付かなかったのはわたしも同じです。元に戻ってから一緒に謝罪しましょう」

「……はい」

 

 いくら自分が倒れそうな状態でも湊が生活環境を整える事を優先したのは、一種の経験則によるものだ。

 危険な世界で生きてきた事に加え、ベルベットルームなどの超常の世界に関わっていたからこそ、湊には他の者たちにない状況の変化を読む力が備わっていた。

 一人で設備を整えていたのは説明する時間が惜しかったからで、休まずに働き続けたのは少し休んだ程度で回復するものではないと分かっていたから。

 おかげで湊が倒れた後も他の者たちが交代で仕事を分担すれば、何とか現状の維持だけは出来るようになっている。

 先ほど遠くにいるF.O.Eを倒したのも、せめて最後にもう一体倒してからという気持ちからの行動に違いない。

 他者に誤解されがちな冷たく素っ気ない態度を取っておきながら、実際は全体のために頑張ってくれていた青年の働きを知り、玲は抱っこしている八雲の頭を優しく撫でながら謝罪した。

 

「はーちゃん、お仕事いっぱいさせちゃってゴメンね」

「あう?」

「ドーナッツ食べる? おいしいよ?」

「まー!」

 

 玲の謝罪に不思議そうに首を傾げる八雲。

 それを見た玲は分からないよねと苦笑し、すぐに子どもが喜ぶであろう甘いオヤツをどこからともなく取り出して見せた。

 彼女の持つオールドファッションのドーナッツを目にした八雲は瞳を輝かせ、ちょうだいと言いたげに手を伸ばす。

 そんな素直な反応に優しい表情になった玲がドーナッツを渡そうとすれば、横から急に伸びてきた太い腕が待ったをかけた。

 

「おい、待て待て! 赤ん坊はミルクしかダメだろ!」

「そうなの?」

「ミルクしかダメかは分かりませんが、巽君の言う通り赤ん坊は内臓機能も含め身体が未発達なので、僕たちのように何でも食べられる訳ではありません。食べ物を与えるときには先にアイギスさんたちに訊いた方がいいかと」

 

 相手はまだ言葉も満足に話せない赤ん坊だ。親戚含め赤ん坊の世話などした事のない完二でも、流石に赤ん坊に食べさせてはいけない食べ物がある事くらいは知っていた。

 それ故、完二は玲の手からドーナッツを奪い取った訳だが、直斗が玲に説明している間、八雲はドーナッツを返せと「いー!」と不満顔で完二の持つドーナッツに身体ごと向かい手を伸ばしている。

 まぁ、本人は今も玲に抱っこされているので動けないのだが、いつまでも我慢させていると可哀想なので、近くで話を聞いていた七歌が大丈夫だと教える。

 

「八雲君は歯も生え揃ってるから大丈夫だよ。アレルギーもないし、栄養バランスだけ気をつければピーマンやタマネギもOK!」

「よかったぁ。じゃあ、はーちゃん。一緒にドーナッツ食べよ!」

「まー!」

 

 ようやく手にしたドーナッツに満面の笑みでかぶりつく八雲。

 本当に幸せそうな顔で口いっぱいに頬張るので、周りで見ている者まで釣られて笑顔になってしまうほどだ。

 八雲を片腕で抱っこしながらドーナッツを食べている玲は、八雲が自分の服にドーナッツの欠片を落としても文句は言わず、むしろ口の周りに付いた物をハンカチで拭いてあげるお姉さんぷりを発揮する。

 やや大人びた部分のある小学生の天田を除けば、彼女が一番幼く見えていただけに、庇護対象が現われた事で起きたこの変化は好ましいものと言える。

 赤ん坊の世話を焼いている玲を善も微笑ましそうに眺めており、ダンジョンの中で怯えていたときよりも今の方が良いと彼も想っているに違いない。

 最高戦力の離脱は痛いが、マイナスの面ばかり見ていてもしょうがない。

 そうして、美鶴や鳴上たちが真面目に今後の事を話し合っている傍ら、他のメンバーたちが湊の離脱と八雲の加入を受け入れつつあるとき、着ぐるみパジャマのフードが脱げて背中に垂れた髪を結ってやろうかと考えていたチドリがある事に気付いた。

 

「というか、この八雲って前より少し成長してない? 前はうーとしか喋れなかったでしょ?」

「あ、確かにそうかも。なら、八雲くーん、ゆかりお姉ちゃんだよー。お姉ちゃんって呼んでみて? ほら、ねーねって」

「ねーね?」

「うわ、やった! 呼んでくれた!」

 

 本人は言われた事を真似しただけだが、聞いている者にすれば自分の事を呼んでくれたのだと受け取る。

 おかげでゆかりは有頂天になり、羨ましく思った他の者が次は自分が呼んで貰おうと彼を囲むが、ダンジョン内でそんな暢気なことをしている者らに呆れつつ、話し合いを続けていた荒垣が分隊長の一人である鳴上に予定を尋ねる。

 

「んで、この後はどうすんだ? まさか小さいガキ連れてダンジョンの奥に進むとは思わねぇが」

「そうですね。この後も探索をするにしても、先に有里を向こうに残ってる人間に預けた方がいいと思います」

《はい! 八雲君は私がしっかりと責任を持って預かります!》

 

 ずっと通信越しに話を聞いていたのだろう。鳴上の意見に賛成だと風花が張り切った様子で言葉を返す。

 きっと、心配よりも八雲の世話を焼きたい気持ちの方が割合的に強いと思われるが、子ども嫌いな人間に預けるよりは溺愛してくれる者に預けた方が安心である。

 預かる人間も決まった事で全体に今後の方針を伝え、一部の人間が名残惜しそうにしながらも納得すれば、彼に一番懐かれているアイギスが八雲にこの後の事を話した。

 

「八雲さん、一度学校の方に戻るので、わたしたちが帰ってくるまで風花さんとお留守番していてください」

「やー!」

「え、その、嫌ですか?」

「うーうー!」

 

 お留守番していてくれと伝えるなり、八雲はしっかりと玲に抱きついてお留守番を拒否した。

 とても素直だった相手がこんなタイミングで我が儘を言ってくるとは思わず、かといって無理矢理に置いてきて泣かれても困るため、どうするべきかとアイギスは他の者に意見を求める。

 

「お留守番が嫌なようですが、どうしましょう?」

「嫌だっつってもしょうがねぇだろ。守っていられる余裕はねぇんだから」

「うー!」

 

 我が儘を言ってもダメなものはダメ。相手の安全のために言っているんだと荒垣が八雲の主張をすぐに切り捨てる。

 すると、怒った様子の八雲はお腹辺りについた黒いポケットに手を入れ、そこから直径九センチほどの球体を取り出し、そのまま池に向かって放り投げた。

 投げられた球体は赤ん坊が投げたとは思えない飛距離を出し、ギリギリで向こう岸に届かないところで着水する。

 だが、水面に触れた途端に破裂した球体から炎が上がり、見ていた者たちは軽くアギラオほどの威力があったのではと頬を引き攣らせる。

 威力を考えると明らかに子どもが持っていて良いものではない。まだ持っているのならば取り上げねばと、チドリは真剣な顔で八雲に声を掛けた。

 

「八雲、今のなに? 何を投げたの?」

「いー」

「いー、じゃない。ほら、ポケットの中見せて」

「ちー!」

 

 チドリがポケットの中に手を入れようとすれば、八雲は少し楽しそうに腕でポケットを隠し、身を捩らせる事で手の侵入を阻む。

 本人は遊んでいるつもりのようだが、もしまだ持っているなら非常に危険な状態だ。

 抱っこしている玲も八雲の左手を握ってガードを外す事に協力し、チドリがもう片方の手を持って完全にガードを解いてポケットの中を確認する。

 確認されている間、八雲はくすぐったそうに笑っているが、確認作業をしていたチドリはそれとは対照的な真剣な表情で首を横に振った。

 

「ポケットの中は何も入ってない。一つだけ持ってたの?」

「うーう」

「まだあるの? もしかして、そのポケットって湊の使ってるマフラー?」

 

 今、八雲が着ているのは白い羊の着ぐるみパジャマだ。その中でお腹辺りの黒いポケットだけ異様にデザイン上浮いているので、もしや後付けかとチドリは考えた。

 形状こそ異なるが、その不思議な光沢と肌触りは湊のマフラーそのもの。

 中に何も入っていなかったのも、ポケット自体に道具が収納されていたなら関係ない。

 ただ、チドリではそれを確かめる事が出来ないので、彼のマフラーに手を入れられる貴重な人物であるアイギスに頼もうとすれば、八雲は玲に降ろして欲しいと身振りで頼み、地面に降りるなりポケットから取り出した黒いバトンらしきものを得意気に振り回した。

 そのバトンは明らかにポケットの中に入る長さではないので、確かめるまでもなく変形したマフラーだと確定した訳だが、楽しそうにバトンを振って、最後に万歳をするように頭の上でバトンを構えて決めポーズを取った八雲に雪子が拍手を送る。

 

「わぁ、八雲君バトン上手だね」

「ま!」

 

 雪子に褒められて八雲が胸を張った瞬間、彼の持っていたバトンが急激に伸びた事で、その延長線上にいた者たちの股間を強襲する。

 

『あんぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?』

 

 左にいた花村、右にいた順平。彼らは別にすぐ傍に立っていた訳ではなかった。

 けれど、僅か二、三秒で三メートル以上になるとは思っていなかったので、完全に気を抜いていた状態で喰らう事になり、二人は股間を押さえて涎を垂らしながら地面に倒れた。

 そんな二人を襲った八雲の持つ道具の名は、美猴王“天河鎮定神珍鉄”。

 無の槍と玉藻の前を融合する事で生まれる武器で、一般に知られる名では“如意棒”と呼ばれる伸縮自在の武器だ。

 自我持ちは意識体を湊の中に戻せば、武器はそのままに新たに召喚し直す事が可能なので、今ここにある武器に玉藻は宿っていない。

 ただ、それでも武器の持ち主の求めに応じて太さと長さが変わる機能は残っているため、感覚で使い方を理解してる八雲は二人を倒すと元の長さに戻してポケットに片付けている。

 

「大丈夫か二人とも?」

「ダメだ、相棒。しばらく立てねえ……」

「頼むぅ、誰かぁ、腰を擦ってくれぇ……」

 

 倒れている花村と順平を鳴上と綾時で介抱する。

 二人は八雲を叱りつけたい気持ちもあったが、今は痛みでそれどころではない。

 まして、ダンジョンの中で油断していた事が原因の一つとなると、自分たちも反省する部分があるだけに強く言う事は出来なかった。

 けれど、いくら二人の姿が無様に映ろうが、遊び感覚で棒を振り回して人に当てた事は注意しなければならない。

 アイギスだと中途半端にしか叱れないと思われるため、ラビリスが彼女に代わって八雲に武器の取り扱いについて真剣に諭す。

 

「あー……コラ、人のいるとこで棒振り回したら危ないやろ。ちゃんと周り見てやらんとアカンよ?」

「うっうー!」

「そりゃまぁ、確かに順平君たちは倒したけど、シャドウはホンマに危ないんよ?」

 

 八雲の言葉は言語としては理解出来ない。しかし、コロマルとの会話時にも使っている“相手のイメージを読み取る力”を使う事で、ラビリスたち姉妹はおおよその内容を把握する事が出来た。

 それによると八雲はマジックアイテム系の攻撃手段を持っていて、尚且つ花村と順平も倒してついて行けるだけの実力を証明したらしい。

 先ほどシャドウに狙われているときも、一応攻撃から逃げてはいたが怖がっている様子はなかったので、緊急時には星“フェニックス”が守ってくれるのであれば危険度は低い。

 攻撃手段を持たない玲に預けておけば一緒に守る事が出来、尚且つ八雲が持ち前のバトルセンスで近付いて来た敵を屠るに違いない。

 そう考えると一緒に連れて行く事もありかもしれないと一部の者が考えていれば、ベルベットルームにいるりせから通信が入った。

 

《悠先輩、エリザベスさんたちがその子も連れて行った方がいいって。その状態でも総合的には綾時君以外の人より強いんだって》

「望月以外のメンバーよりって、本当か?」

《うん。体術とかは当然無理だけど、プロデューサーの持ってた異能は全部引き継いでるんだって》

 

 この場で彼の持つ異能とやらを全て把握できている者はいない。

 ただ、その一部でも知っている者は、八雲がある種のパンドラの箱のように思えた。

 何せ、今の彼は赤ん坊なのだ。判断基準が本能任せになっており、能力の制御もどの程度まで出来るか分からない。

 そんな危険な存在を傍に置いておくのは怖いものがあるけれど、玲と八雲を全員で守っていればその力が振るわれる事もない。

 

「ま、彼がこうなったのは僕のせいでもあるからね。大丈夫、ほとんどの敵は僕一人でも対処して見せるよ」

 

 言いながら今まで戦う機会のなかった綾時が軽い足取りで全員の前に出ると、召喚器もカードも使わずタナトスを呼び出した。

 湊のネガティヴマインドのペルソナと同じ赤と黒の奔流、その内から現われた黒き死神は、遠くから接近してくるシャドウを捕捉すると、まるでレーザーのように紫電を口から撃ち放つ。

 攻撃の余波として巻き上がっていた煙が晴れれば、そこにシャドウの姿はなく、綾時は軽く微笑んでペルソナを消した。

 その圧倒的な力の一部を垣間見た他の者たちは、伊達に湊から唯一人の友と認められている訳ではないのだなと改めて彼の力を理解した。

 もっとも、今の言い方では他の者たちなど不要だと言っているようにも聞こえる。

 彼の正体を知っている者ならば納得もするが、そういった偉そうな物言いは湊の専売特許なので、指揮官である湊から分隊長を任された少女が嘆息して自分の指示も聞いて欲しいと漏らす。

 

「一応、兄さんの指示で綾時さんは私の指揮下に入っているんですけどね」

「おっと、確かにそうだね。じゃあ、ここからは僕も前線に出るから指示を頼むよ。七歌さんたちAチームの皆は援護よろしく」

 

 これまで待機や援護しかしてこなかったメティスたちが前線に出る。

 先ほど見た綾時の実力を見れば彼一人でも本当に十分そうだが、他の者たちもそれに合せて陣形を取ると、最も安全な場所に八雲を連れて移動を開始する事にした。

 

「クマー、師匠も短くなったあんよとお手々で大変でしょう? 疲れたらクマが抱っこしてあげるからいつでも言いんしゃい!」

「みー」

「八雲さんが臭いから嫌だと仰られています」

「そ、そんなぁ、あんまりクマー……」

 

 先頭をメティス隊の者たちが歩き、その後ろを援護の七歌隊がH字に並んで進む。待機組の鳴上たちはそのさらに後ろだが、H字の横棒の辺りでアイギス、七歌、八雲が並んでいるため、アイギスの耳にも八雲とクマの会話が届いた。

 どうやら鼻の利く八雲にとって、ジュースやお菓子をよく溢しているクマ皮は酷く臭うらしい。

 花村が言うにはゴキブリに集られていた事もあるそうなので、そんな不衛生なものには近付きたくないという八雲の主張も理解出来る。

 子どもに嫌われて落ち込んでいるクマを鳴上が慰め、バトンサイズになった如意棒を手にして元気に歩く八雲に雪子たちが付き添い、一同は次のチェックポイントである質問部屋を目指した。

 

 

 


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