【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百七十七話 この世界について

――ごーこんきっさ・二次会

 

 朝食を食べ終えてから一休みして集合したメンバーたちは、前日のダンジョン探索で得た情報を共有するためのミーティングを行なった。

 主な内容は敵シャドウの攻撃パターンと弱点属性についてだったが、流石にこれだけの人数がいれば自分の戦った感想から有効な攻略法も情報として寄せられ、メンバー全体でそれぞれとの戦闘時の動きをシミュレーション出来た。

 もっとも、第二フロアとも言える場所ではF.O.Eには遭遇していない。

 昨日は、ごーこんきっさ内では三つ目質問部屋に到着し、そこで八雲が質問に答えるとそのまま校舎へ帰ってきていたため、F.O.Eに遭遇するところまで進まなかったのだ。

 前日の疲れが然程残っていない今日はこのまま探索に向かうので、きっと新たなF.O.Eに遭遇すると思われる。

 一つ目のダンジョンを参考に考えれば、第一フロアにいたF.O.Eの強化種か変異種だろう。

 基本パターンが一緒で力や硬さのステータスが上がっているならばやりようもある。

 しかし、どういった相手かは会ってみるまで分からないので、各自十分な注意をしながらダンジョンへ行く事になれば、前回辿り着いた第二フロアに着いたとき、メンバーらは自分たちに同行している赤ん坊のせいで少し気が抜けていた。

 

「うっうー!」

「ウー!」

 

 いつも通り三隊に分かれたメンバーで組まれた隊列の中央。そこを歩く八雲とベアトリーチェは、トレーニングで使うゴムチューブで大きな輪っかを作り、一列に並んで電車ごっこしながら歩いていた。

 人数が増えた事で二人とも留守番させようという話も出たが、人数が増えたことで赤ん坊たちの総合的な戦闘力は上がっているらしく、不測の事態に備えるのなら連れて行くべきとマーガレットに言われた。

 ベアトリーチェの戦闘力は分からないものの、八雲の機転や彼の持っている湊のマフラーに眠るアイテムは非常に便利で、様々な状況を打開する可能性を秘めている。

 一応、アイギスは湊に渡されたリストバンドで自由に物を取り出せるのだが、彼女は中にどんなものが入っているのか把握しておらず、さらに言えば武器の貸し出ししか許可を得ていないので他の物を借りるつもりがない。

 湊は気にしないのだろうが、本人がそう決めている以上はアイギスでは八雲のポケットから物を出せないので、八雲を同行させた上で状況に応じて事情を話して力を借りる必要があった。

 故に、赤ん坊たちを同行させる事は全員が渋々認めているのだが、流石に危険なダンジョンで皆が気を張っている中、暢気に電車ごっこされては気が緩んでしまう。

 今は鳴上隊が前線に立ち、メティス隊が補助しているが、八雲たちのせいで気が抜けて彼らが怪我をしては大変なので、休憩中の七歌隊のメンバーである真田が赤ん坊らを注意した。

 

「おい、お前たち。ベルベットルームのやつらが戦力になるからと同行は認めているが、ここは危険のあるダンジョンなんだ。もう少し大人しくしていろ」

「明彦、赤ん坊相手にそんな言い方をする必要はないだろう。注意するならもっと優しく諭せば二人も分かってくれる」

「そうやってお前たちが甘やかすから二人もつけ上がるんだろうが。赤ん坊なら大人しく帯で抱っこなりおんぶなりされていれば良いんだ」

 

 今はまだ二人で遊んでいるだけだが、八雲は前回クマと一緒に勝手に走り出した前科がある。

 子どもは気分屋なのでいつ同じ事が起きるか分からない以上、ダンジョン内では放し飼いのように自由にさせておくのではなく、手の空いている者が帯を使って抱っこなりおんぶなりをさせておいた方が安心だ。

 厳しい口調で二人を注意した真田を美鶴が諫めても、自分が間違った事を言ったと思っていない真田はそう返し、希望者がいればそいつが赤ん坊を捕獲しておくよう告げる。

 

「みぃ……」

「イー!」

「フン……それで、誰がこいつらを捕まえておくんだ?」

 

 楽しく電車ごっこしていた二人は、八雲はとても悲しそうな顔で立ち止まり、ベアトリーチェは対照的に怒った表情で抗議しながら真田を睨む。

 赤ん坊にそんな顔で見られても一切怖くない真田は二人を無視し、改めて誰が二人を捕獲しておくか問うた。

 消去法で行くならのならば、ペルソナを持っておらず戦力としては他の者に数歩譲る善と玲が適任だろう。

 丁度二人おり、彼らは八雲たちと一緒にお店を始めたので信頼関係も生まれつつある。

 何より、玲が自分よりも弱い立場にある赤ん坊を強く気に掛けているので、誰も名乗りを上げなければ自分から名乗りを上げるだろうと思われたとき、ゴムチューブをお腹のポケットに仕舞った八雲が両手を横に広げてへっぴり腰で立ち始めた。

 

「う、うわわうー」

 

 腰が引けて情けない声と表情でいる彼に何か既視感を覚える。

 急にどうしたんだろうと思ってさらに見ていると、笑いを堪えた様子のベアトリーチェが少し離れたところまで移動し、機械の音のようなものを口ずさみながら地面を指さして八雲へと近付いてゆく。

 

「ヴヴヴン」

「わ、わばー」

 

 ベアトリーチェが近付いてゆくにつれて八雲は焦った表情になる。

 そこで見ている者たちは気付いた。これは昨日のトラベレーターの一件を真似ているのだと。

 少しずつベアトリーチェとの距離が縮まり、ついにゴールが来てしまった瞬間、

 

「ぴゃ、ぴゃー!?」

 

 八雲は大袈裟に跳んで地面を転がって見せた。

 随分と派手に転がったが大丈夫だろうかと一部の者が心配するも、すぐに立ち上がると彼はベアトリーチェと一緒に大笑いしている。

 確かに八雲が如意棒を使って助けなければ同じ結末を迎えていただろうが、赤ん坊にそんな情けない姿として認識されていたと思うと他の者は少し恥ずかしくなった。

 だが、さらに八雲はネタを持っているようで、先ほどのへっぴり腰と情けない表情を作ると、今度はシャドーボクシングのような手の動きを始めた。

 

「ぽ、ぽぽうっ」

「ヤーモ、ウププ!」

 

 恐らく真田のモノマネと思われるネタに、ベアトリーチェはお腹を押さえて地面を転がるほど大ウケする。

 分裂する前は記憶を共有していたからこそ、そのときいなかったベアトリーチェにもネタが通じるようだが、他の者たちはこれは笑ってはいけないんだろうなと必死に我慢した。

 しかし、赤ん坊が予想外にクオリティの高いネタを見せてきたことで、耐えられなくなった雪子がついに噴き出してしまう。

 

「ブフッ、ふふ、アハハハハ! や、八雲君モノマネ上手すぎっ、赤ちゃんなのにクオリティ高いし!」

「ぽ、ぽぽうー!」

「ククク、アハハハっ、やめて、お腹痛いっ」

 

 笑っている雪子の前までやって来てへっぴり腰シャドーをする八雲に、雪子はお腹が痛くなるからやめてとギブアップ宣言をする。

 そんな、大和撫子な見た目の彼女の意外な一面に、月光館学園側の者たちはただただ驚いているが、八雲が明らかに特定の個人を真似している事で、真似された側の人間は眉間に皺を寄せて口を開いた。

 

「お前ら尻を出せ。そうやって大人を馬鹿にしたやつは、尻を叩いて躾けるのが昔からの仕来りだからな」

「みー!」

「ミー!」

 

 自分を馬鹿にしてきた赤ん坊らに真田が静かに近付いてゆく。

 ある程度は手加減するだろうが、真田はそれなりの威力で赤ん坊らの桃のような臀部を叩く事だろう。

 自分たちのお尻が狙われていると理解した赤ん坊らは、すぐに助けを求めてアイギスと玲の許まで駆けてゆく。

 走ってきた二人をアイギスたちも抱き上げ、二人のお尻の辺りに手を当てながら真田から庇う。

 

「真田さんやめてください。八雲さんたちが怯えています」

「そうだよアキちゃん。赤ちゃんのお尻はやわらかいんだよ? たたいたら真っ赤になっちゃう」

「これは日本に古くから伝わる躾方だ。甘やかしていては本人たちのためにもならない。分かったら、そいつらの尻をこちらに向けておけ」

 

 これは立派な躾だと言いながら真田はアイギスたちに赤ん坊を押さえておくように伝える。

 だが、そんな事をさせるつもりがない二人はしっかりと赤ん坊を抱きしめ、真田から八雲たちを庇って強くにらみ返した。

 赤ん坊の悪ふざけ一つでムキになっている幼馴染みに荒垣などは嘆息し、いい加減見ていられなくなった美鶴も両者の間に割って入って真田を諫める。

 

「明彦、私の前で赤ん坊に暴力を振るうのを許すと思うか?」

「お嬢様の家では知らないが、悪い事をした赤ん坊の尻を叩くのは全国共通の躾だ」

「元はと言えばお前が楽しく遊んでいる八雲らに難癖をつけたんだろう」

 

 確かに二人は遊んでいて味方の緊張感を弛めてしまっていたかもしれない。

 けれど、メンバーの中にはそんな二人を絶対に守らねばと決意を固くしている者もおり、全体のモチベーションとしてはむしろ高まっていたと言える。

 前線の仕事を終えて交代した休憩中の者たちも、無邪気な赤ん坊の姿を見ながら時々コミュニケーションを取って癒やされてもいた。

 だというのに、真田が一人で緊張感が保てないと文句を言い出したのが始まりなので、先に始めたのはお前だろうと美鶴は厳しい口調で彼を注意した。

 一般人なら美鶴からそのように言われれば引くが。真田も付き合いの長い相手なので引かずに反論してゆく。

 そうして赤ん坊らを放って二人が口論を始めると、これじゃあ進めないなと判断した鳴上が、全体に向かって休憩を提案した。

 

「ここらで一度休憩を取ろう。りせ、敵への警戒を任せていいか?」

《OK、わたしと風花ちゃんで見てるから先輩たちはしっかり休んでて!》

 

 今、メンバーたちがいるのは見晴らしのいい大部屋だ。

 部屋の入口は三箇所あるので、強敵が現われても逃げる事も可能である。

 周辺の警戒はりせたちがしてくれるため、武器を近くに置いて全員が腰を下ろすと、校舎から持ってきていた水やカロリーフレンドというエネルギー食品のクッキーを食べながら休む。

 勿論、休憩中もアイギスや玲は赤ん坊たちを膝の上に座らせて守っており、反対側で荒垣たちと座っている真田は不機嫌そうにパックゼリーを飲んでいた。

 別に真田も赤ん坊憎しで責めていた訳ではなく、単純に好き勝手されては危ないし気が散るから誰かが抱いておけと言っていただけで、他の者も分かってはいるので話が終われば何も言っていない。

 分かっていないのはお尻を狙われていた赤ん坊たちだけに違いなく、アイギスらの膝の上に座ってお腹のポケットから出したオニギリを食べている二人を眺めながら、この世界について考えていた七歌が口を開いた。

 

「けど、玲ちゃんたちをここに閉じ込めた敵の狙いってなんなんだろうね。私たちまで呼んだって事は、何かしらさせたい事があるんだろうけど」

「まぁ、こんだけ自由にさせてるんだから、別に憎いとかって理由で閉じ込めたとは思えねえよな」

 

 言われて考えてみた順平だけでなく、他の者たちも自分たちがここまで自由に行動出来ている事には疑問を持っていた。

 よくある何かの生贄にするというのであれば、抵抗されないよう牢屋などで拘束していた方が楽なのは確実だ。

 しかし、現状、七歌たちは自由に校舎内を散策し、さらには元の世界に繋がっているであろう扉の鍵を外すため、こんなダンジョンの奥までやってきている。

 ただ文化祭を楽しんで貰おうというエンターテイナーが仕組んだ事なら馬鹿かと言いたくもなるが、ダンジョンのみとはいえシャドウがいるならそうではないだろう。

 結局、今の段階ではこの世界に善と玲を閉じ込めていただけでなく、追加で七歌と鳴上たちを呼んだ事にも意味があるのだろうと考えるしかない。

 敵の狙いと目的がいまいちハッキリせず、こういった考察に向く探偵である直斗も悩んでいれば、オニギリを食べ終えた赤ん坊らがコロマルと一緒に直斗の許までやって来て上着を引っ張って呼んだ。

 

「まー」

「ん? どうしたんですか?」

「うーま」

 

 この赤ん坊たちは下手をすると大人以上に状況を理解している節がある。

 それは湊のように部屋を作り替える事が可能という点から見ても間違いと言い切れない。

 だとすると、彼らが何かを伝えようとするなら、きっと重要な意味があるに違いない。

 そう思って直斗が彼らを見れば、最初に八雲がコロマルを抱きしめて捕まえて見せた。

 これだけなら犬と赤ん坊の可愛らしい触れ合いでしかないが、続いて少し距離を開けたベアトリーチェが手招きをした。

 

「ワンオ!」

「わん」

 

 呼ばれるとコロマルは八雲から離れてベアトリーチェの許に向かう。

 二つの行動を端的言えば、八雲が抱きしめ、ベアトリーチェが呼んだだけだが、二人は明確に何かを伝えようとしている。

 そうして考えていた直斗は、そうか、と何かに気付いて声をあげた。

 

「なるほど、確かにそれは盲点でした。可能性は十分にありますね」

「え、何々? 直斗君、二人がなんて言ってるか分かったの?」

「ええ、まぁ。現状、確かめる術はありませんが、玲さんたちの状況について納得がいく説ではあります」

 

 やけにスッキリした明るい顔を見せ、一人で納得した様子の直斗には悪いが、他の者からすると赤ん坊の行動に深い意味があったとは読み取れない。

 何かしら伝えたい事はあったのだろうが、直斗が何を理解したのか千枝たちが尋ねれば、直斗は先ほどの八雲たちの行動を解説し始めた。

 

「彼らの行動の中では、コロマル君が玲さんたちを表わしています。玲さんたちは最初に八雲君に捕獲された、これが二人がこの世界に来たときの状況です。続いて、八雲君によってこの世界に囚われていた二人を、ベアトリーチェちゃんが呼んで外に出しました。これは今の玲さんたちの状況を表わしているんだと思われます」

「あー……つまり、どういう事だ?」

「分かりやすく言うと、八雲君たちは玲さんをこの世界に閉じ込めた相手と、僕たちを呼んで外に出そうとしている相手は別人だと言いたいんだと思います」

 

 最初の説明では理解出来ず完二が簡単に言って欲しそうにすれば、直斗はくすりと笑って謎の人物が二人いる可能性があると端的にまとめて話した。

 この説は玲たちと自分たちが同じ状況だと思っていた者からすれば、まさに目から鱗な話だ。

 やってきた時期が分かっていなかったので、勝手に玲も自分たちとほぼ同時期に来たと思っていたが故の見落とし。

 同じように連れて来られたのではなく、七歌と鳴上たちが玲たちのいるこの世界に連れて来られたのだとすれば状況は全く変わってくる。

 戦う力がなくて閉じ込められていた善と玲、そのため力を持っている事で自分たちが呼ばれたのだとすれば納得だと鳴上や雪子が話す。

 

「そうか。言われてみると可能性はあるな。だとすれば、ここは閉じ込めたやつが用意した箱庭か」

「玲ちゃんたちを守るために閉じ込めたのか、何かさせるために閉じ込めていたかで相手が敵なのか、味方なのか変わってくるね」

 

 玲たちを利用するために閉じ込めた者が敵ならば、二人を出すためにメンバーらを招いた相手は味方になる。

 だが、玲たちに何かさせようとする者から守るため、二人をこの世界に閉じ込めたならば、今の自分たちの行動は二人を危険に進ませている事になってしまう。

 閉じ込めた者が敵なのか味方なのか。出そうとする者が敵なのか味方なのか。

 今の状況では判断できないのが非常に悩ましいが、二人の危険を別に考えれば、七歌たちにとってダンジョンの攻略はこの世界から脱出するために必要な事だ。

 よって、当面はこのままダンジョンを攻略しつつ、何かあったときのために玲たちにしっかり注意を向けておこうという事で話はまとまった。

 

「よし、では休憩も取ったしそろそろ行こう。次は我々がアイギスたちを補助する。鳴上たちは休んでおけ」

 

 話がまとまったところで立ち上がって隊列を組み直す。

 先ほどまで戦っていた鳴上たちは後方に、補助をしていたメティス隊は前線に、休憩していた七歌たちが補助に回り先を目指す。

 途中で見つけた四つ目の質問部屋では、「彼女のお茶目なところは?」という質問に、“エレベーターを真剣に逆走するところ”“食べこぼしに動物がよってくるところ”“部屋に来る度に家電を持って帰るところ”という選択肢が用意され、八雲が満面の笑みで「みー!」と答えた。

 やはり他の者では何を言っているのかいまいち分からないが、その答えで相手は満足したようで扉は開き、オマケに入口付近にあった封鎖された扉も開いたらしく遠くで音がしていた。

 

 ***

 

 質問部屋を全て通る事で開く封鎖された扉、そこには毎度強力なシャドウが待っているのだが、これだけの人数が集まれば大概の敵には勝てる。

 もっとも、今回はぐーたらな行動を繰り返す王様タイプの敵が相手だったのもあるだろうが、他の者たちが弱らせていくと、瞳の銀色を揺らめかせたベアトリーチェが手をかざして敵を一瞬で氷に閉じ込め、八雲が金色の瞳を輝かせながらアザゼルを呼び出し粉砕した事で見事勝利を収めた。

 

「まう!」

「マウ!」

 

 玲たちと一緒に後ろに控えていたはずの二人は、遠距離攻撃で敵を仕留めるとハイタッチして喜び合う。

 だが、他の者からするとベアトリーチェがどうやってスキルを放ったのか分からず、さらに言えば八雲が明らかにサブペルソナではないペルソナを呼び出した事で、彼のワイルドがこの世界の影響を受けていない事が判明した。

 仲間全体でみれば七歌と鳴上以外も二体目のペルソナを使えるのは良い変化だ。

 しかし、元からワイルドの能力を使いこなしていた者からすれば、二体のペルソナでは臨機応変に対応出来ず歯がゆい思いをしていた。

 そんなところに普段通りに能力を使える者が現われた事で、強力な敵を倒せて一安心していた七歌が八雲に近付いて優しく頬をムニッと摘まんだ。

 

「こら、ちゃんと玲ちゃんたちと待ってないとダメでしょ? それに沢山ペルソナが使えるなら教えておきなさい」

「うふぁふぁー」

 

 秘密にしておいてビックリさせようと思ったのか、ちゃんと能力を教えておきなさいと言われると、八雲は得意気に笑ってフフンと胸を張った。

 実際に他の者は騙されていたのだからサプライズは成功と言えるが、七歌はこの悪戯坊主めと八雲の頬をムニムニと揉み込む。

 頬を触られている八雲はくすぐったいのか身じろぎながら笑い、やっている七歌も戦闘で昂ぶっていた心が落ち着いてゆくのか八雲と戯れる。

 周りで見ている者たちは周囲に敵の気配がないことで再び休憩を取ることにし、各々が好きな場所で休んでいると、動物が好きな千枝がコロマルを呼んで可愛がっていた。

 

「コロちゃーん、おいでー」

「ワン!」

 

 頭を撫でられて気持ちよさそうにするコロマルに、千枝は自分の家の馬鹿な愛犬とは大違いだと笑う。

 里中家で飼われているムクは、普段からボケッとしてヨダレを垂らしてばっかりらしい。

 それと比べるとコロマルはしっかりと赤ん坊の世話をしつつ、呼ばれれば素直に応じているので賢さは段違いと言えた。

 近くでそんなやり取りを見ていたラビリスは、コロマルの鳴き声から彼の考えている事を理解し、コロマルを可愛がってくれている千枝に伝える。

 

「コロマルさん、千枝ちゃんのこと気にいったんやって。頭撫でて貰うのが気持ちいいらしいわ」

「え、犬の言葉が分かるんスか?」

「ああ、うん。ウチら姉妹と湊君は動物の意思を読み取る能力持ってんねん。言葉とはちょっとちゃうけど、大体言いたいことは分かっとるよ」

 

 動物との意思疎通は多くの人類が憧れるものだ。

 古くは聞き耳頭巾でお爺さんが雀や烏の声を聞いていたし、海外の童話でも人と動物が話をしているものが沢山ある。

 現代では犬や猫の鳴き声から気持ちを把握しようとする機械も売っているので、そんな者たちからするとラビリスたちの能力は非常に羨ましい代物だ。

 完二だけでなく雪子たちも一緒に「すごいね」と彼女たちの能力に驚いていれば、千枝が犬を飼っている者なら結構あるよと言い出した。

 

「飼い主あるあるだけど、あたしもムクの言ってること完璧わかるよ! しょっちゅう、肉食わせろ、骨付きがいいって言ってる」

「ぜってー嘘だろ! 明らかに誤訳だわ!」

「嘘じゃないし。こっちの質問も分かってて、ビーフorチキンって質問にワンってしっかり答えるもん」

 

 質問がおかしい上に、ムクの答えも千枝の質問も全て内容が肉に偏っている。

 そんな花村の疑問に鳴上がこっそり「ペットは飼い主に似るから」と言って納得させていた。

 まぁ、そんな事で納得できても悲しいだけだが、周囲から見ても肉好きな少女の家庭事情だけあって説得力はある。

 自分たちの仲間のある意味で恥ずかしい情報に花村がゲンナリしていれば、彼の肩に手を置いて順平が気にすんなと話しかけた。

 

「ま、うちにも似たような肉マニア的な人がいっから気にすんな」

 

 言いながら順平が指し示す方を見れば、長時間の活動でお腹が空いてきたのか苛ついた様子の真田がいる。

 一緒にいる天田と荒垣が呆れた顔をしていると言うことは、彼らの話題もプロテインかそういった方面である可能性が高かった。

 

「くっ、なぜこの世界には“海牛”がないんだ。今日はスペシャル牛丼の日なんだぞっ」

「異世界にあるわけねーだろ。現実世界だとしても学校にあるわけねーが」

「全国チェーンでもないですしね。八十稲羽じゃ“海牛”は無理ですよ」

 

 気を紛らわせるように再びエネルギー食品のクッキーやらを食べているが、当然、そんなものではお腹は膨れない。

 もう少しで次の階層に向かう階段が見つかると思われるので、ある程度のところまで進めば一度学校に戻ることも視野に入れる必要があるだろう。

 彼らの会話に出てきた“スペシャル牛丼”という単語に反応する女子が一名いたり、そんな肉好きたちの様子に呆れる者が多数いる中、端の方で玲たちと一緒にいた八雲とベアトリーチェはお腹が空いたのか、敵の気配がないため本格的にレジャーシートを広げて休んでいた。

 あぐらを掻いた善の足の間にベアトリーチェが座り、正座した七歌に背中を預けるように抱っこされながら八雲が座っている。

 そんな二人に玲とあいかが持ち帰り用の使い捨て丼に入った何を食べさせており、周囲に漂ってきた匂いで他の者たちも気付いた。

 

『牛丼?』

 

 すき焼きに似て否なる芳醇な香り。醤油ベースの食欲をそそる匂いは、疲れから空腹を感じていた者たちの胃を刺激し、余計に空腹感を覚えさせた。

 だが、そんな中でも肉好きな二人はいち早く動き始め、即座に彼らの許まで駆け寄ると、玲とあいかの持つ丼を血走った目で見つめた。

 そこにあったのは紛れもない牛丼。たっぷりの牛肉を支えるようにタマネギと糸こんにゃくが入っており、丼の縁には真っ赤な紅ショウガがアクセントとして載っている。

 出来たてホカホカで湯気の立つそれは、一体どこの店の物だと千枝が見ていれば、隣で身体を震わせていた真田が絞るように声を漏らした。

 

「……何故、お前たちが…………スペシャル牛丼を持っているんだっ……」

 

 二人が食べているのは通常の牛丼ではない。限られた日にのみ、限定数出されるスペシャル牛丼なのだ。

 頼めるのは一人一杯まで。にもかかわらず、八雲が二杯持っていたなら、複数人で行って数を頼んだか、わざわざスペシャル牛丼の日ごとに店に向かった可能性が高い。

 彼の持つ在庫がいくつか分からないが、赤ん坊たちが自分の求める牛丼を美味しそうに食べていた事で、何故このタイミングでそれを食べているのかと問えば、七歌が八雲の口の周りを拭きながら答えた。

 

「いや、八雲君たちがお腹空いたっていうから、じゃあ、丁度話題に出たし牛丼があれば食べたらって言ったんですよ。そしたら持ってたみたいなんで、赤ちゃんのお腹空かせておくのも可哀想だから食べさせてるんです」

「予備は、予備はないのか?! 頼む、俺にも牛丼を売ってくれ!」

 

 金なら出すから売ってくれ。そのあまりの必死さに玲はビクリと肩を揺らした。

 しかし、赤ん坊たちは気にした様子もなく食べ続け、まだ真田がいると分かると二人揃ってアカンベと舌を出した。

 

「べー!」

「イー!」

「湊たちから嫌われたようだな……。これでは二人から譲って貰うのは難しいだろう」

 

 先ほどお尻を叩こうとしていたくせに、どの面下げてやって来たのか。

 傍から見ていても呆れるのだから、狙われた赤ん坊にすれば倒すべき敵として攻撃しないだけマシだろう。

 善の言葉が止めとなって真田が崩れ落ちれば、自分なら大丈夫だろうと千枝が八雲に笑顔で話しかけた。

 

「じゃ、じゃあ、あたしは? あたしも八雲君たちと一緒にゴハン食べたいなー!」

「あい!」

「む、牛丼おにぎり……結構、おいしそうだね!」

 

 一緒にゴハンを食べたいと千枝がレジャーシートに乗れば、八雲は一緒に食べていいよと笑顔でコンビニで売っている牛丼おにぎりを渡した。

 本当は二人の食べているスペシャル牛丼が食べたかったが、牛丼おにぎりにもたっぷりの牛肉が載っている。

 食べたことがない種類だったことで千枝も興味を持ち、これはこれでOKだと受け取って一緒に食べる事にした。

 倒れている真田を無視して食べ続ける辺り千枝も大概だが、今回は真田が悪いので他の者も救いの手は差し伸べない。

 他の者も集まってくれば八雲がオニギリだけはくれたので、それを食べて少し気力を回復させると、もうひと頑張りしてから校舎に戻ろうと一同は第三階層に向かった。

 

 

 


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