【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百七十九話 運命の相手

――ごーこんきっさ・三次会

 

 校舎に戻って昼食を摂り、全員がある程度休んだところで探索を再開する事になった。

 第三階層のF.O.Eはこれまでの敵よりも遙かに強そうだったが、その行動パターンが直斗によって解析された事で、同じ部屋の中に複数体のF.O.Eがいようと詰め将棋やパズル感覚で誘導して攻略出来た。

 有名進学私立である月光館学園で学年トップクラスの成績を取る者や、そういったゲームが得意なメンバーが揃っていた事も大きいだろう。

 中には身長差からそもそも相手と視線が合わない八雲たちのような存在もいたが、途中で天田が離れ離れになっていたペアの人形を再会させてあげたいと言い出したり、六つ目の質問部屋で「宝くじ、当たるならどっちがいい?」と聞かれ「一回だけの大当たり」「半永久的に続く小さな当たり」に八雲が「なむ」と答えたり、新郎新婦の格好をしたぬいぐるみを嫉んでクマがキレたりというハプニングもありつつ、七つ目の質問部屋に到着した。

 

《さてさて、迷える子羊さんに質問だ。入れられるならどっちがマシ?》

 

 聞こえてくる機械音声はそう尋ね、「サメの泳ぐ水槽」と「ライオンのいる檻」という選択肢を出してきた。

 どちらも一般人なら襲われて死んでしまいそうだが、強いて言えばある程度の自由が利きそうなライオンのいる檻の方が助かる可能性もあるかもしれない。

 

「クマは水槽の方がいいクマよ。あれでしょ? フカヒレっちゅーのがオイシイって聞いたクマ」

「たぶん、反対に食べられると思う」

 

 自分ならば美味しいと評判の食材になるサメを所望するとクマが言えば、実家の中華料理屋でフカヒレを見た事のあるあいかが逆に食材にされるはずと淡々と答えた。

 それを聞いたクマは青い顔をしてブルブルと震えているが、今回の質問もこれまでと同じように八雲に回答を任せようと全員の視線が彼に集まる。

 ベアトリーチェと一緒に手を繋いで立っていた八雲は、少し考えてから決まったとばかりに声をあげた。

 

「がお!」

 

 元気いっぱいに答えるも、その答えはアイギスたち元シャドウ兵器の姉妹しか分からない。

 ただ、選んだ後にも八雲が「がおー!」と言って笑っているので、他の者たちはきっとライオンの方を選んだのだろうと予想した。

 子どもだけあって魚よりも動物の方が好きなのだろうか。そう思った完二が上着の内ポケットを漁ると、腰を屈めて八雲とベアトリーチェにライオンの編みぐるみを見せた。

 

「ライオンが好きなのか? なら、これいるか?」

「ガオ!」

「がお!」

 

 完二に編みぐるみを見せて貰うと、赤ん坊たちはすごいと驚いた表情になる。

 そして、完二の手からそれを受けとると、ベアトリーチェが腕を伸ばした状態で持ったまま八雲の方へ向き直り、対する八雲はワクワク顔でシャドーを始めた。

 可愛い編みぐるみに喜んでいると思っていたのだが、猛烈に嫌な予感がして見ていると、シャドーを終えた八雲がベアトリーチェの持ったライオンに近付くなり、赤ん坊とは思えない鋭い拳がライオンのボディに突き刺さる。

 続けてジャブ、ジャブ、フック、ジャブ、顔面へのストレート、再びフック、止めとばかりにアッパーが見事に決まってライオンはベアトリーチェの手を離れて吹き飛んでいった。

 自分の作った編みぐるみを赤ん坊にサンドバッグにされた完二は呆然と見ているが、放物線を描いて飛んでいったライオンが地面に落ちれば、八雲は人差し指を伸ばした左手を高々と挙げて勝利宣言する。

 

「まう!」

「ヤーモ! ヤーモ!」

 

 傍らに立っているベアトリーチェは格好良いよと盛大な拍手を送っており、二人の中では八雲はライオンのいる檻の中に入れられて戦い勝利を収めた事になっているらしい。

 他の者たちにすれば、この歳で動物を憧れの対象と捉えず、倒すべき敵として認識していて良いのだろうかという疑問を抱く。

 ただ、今はそれよりも折角完二がくれたプレゼントをボコボコに殴った事を謝らせる方が先だ。

 アイギスは地面に落ちたライオンを拾うと、そのまま八雲たちの許まで行ってしゃがんで目線を合わせた。

 

「八雲さん、ベアトリーチェさん。せっかく完二さんがプレゼントをくださったのに、こんな風に乱暴に扱うのはよくありません。ちゃんと完二さんにゴメンなさいをしましょう」

「まーう、がお!」

「確かにライオンのいる檻にいたら戦う事になると思います。でも、完二さんのくれたライオンは八雲さんたちを傷つけませんよ? 八雲さんたちと仲良くしたいと思っているはずです」

「……あい」

「……ミィ」

 

 優しくも真剣にアイギスが二人を諭す。

 二人にとっては質問部屋の話の延長で戦っただけだろうが、ちゃんと話を聞けば完二の編みぐるみは何も悪くないと分かるはずだ。

 そんなアイギスの思った通り、ちゃんと説明してやれば二人も自分たちが悪い事をしたと理解したらしく、反省した様子でライオンの編みぐるみを撫でている。

 まるで以前初対面のコロマルを叩いてしまったときのように、痛くしてゴメンねと言っているようだ。

 悪い事をしたと分かったなら良かったとアイギスも心の中で安堵し、改めてベアトリーチェにライオンを渡すと、今度は二人を連れて完二の許へ謝罪に向かう。

 

「すみません、完二さん。せっかく頂いたものを乱暴に扱ってしまって。ほら、八雲さん、ベアトリーチェさん、完二さんにゴメンなさいですよ?」

「ごーご、めんめ……」

「メンメ……」

 

 八雲の口にした“ごーご”とはゴリラのような子分という意味で完二の呼び名らしい。

 本来はそこもツッコミどころになるが、赤ん坊二人がすっかり萎れた様子で頭を下げてきたので、先ほどの二人の行動に驚いていた完二も笑って気にしてないと許した。

 

「ああ、いや、別にいいっすよ。男として強いやつに勝ちたいって思う気持ちはオレも分かるんで。な? おめぇらもライオンに勝てるって証明したかっただけだよな?」

「あい!」

「ガオ!」

 

 そうだよとばかりにやる気に満ちた顔を見せる二人に、完二も笑って気持ちは分かるぜと頭を撫でた。

 自分たちのした事を反省し、プレゼントを贈った本人も許したのならこれ以上言う必要はない。

 最後にもう一度だけアイギスは完二に謝罪すると、赤ん坊たちの許を離れて先への扉が開いた事で話し合いをしていた鳴上と七歌の許に向かう。

 

「これで七つ目だな。遠くで試練の扉が開く音もしたし、このフロアを越えてもまだ先がありそうだ」

「最初のアリスの方を参考にするなら、次のフロアを抜ければダンジョンの番人に会えそうだよね。このペースなら今日中に何とか行けそうではあるけど、消耗を考えて途中で切り上げるか、一気に行っちゃって明日しっかり休むか悩むね」

 

 全体の疲れを考えるのであれば、今日は抜け道などを開けるだけ開けてボスまでのルートを用意し、ボスとの対決は明日に持ち込んだ方が良いだろう。

 だが、連日ダンジョンに向かうのも疲れを長引かせるだけなので、むしろ今日で一気にダンジョンを攻略し、明日は完全に休みにした方が良いようにも思える。

 本来、こういった判断はアナライズでメンバーらの体調を把握できていた指揮官の湊が下すところだが、彼は現在そんな判断を下せる状態ではない。

 後になってからダラダラ決めては進行にも影響が出るため、七つ目の質問部屋を越えたところでこの場に集まった各隊の隊長とブレイン担当の者たちで決める必要があった。

 鳴上と七歌の話を聞いたメティスはメンバーらの表情を見て、昼食休憩後もあり余裕はありそうに見えると伝える。

 

「皆さん、昼食明けってのもあって余裕はありそうですけどね。このフロアだとF.O.Eを避けるために戦闘回数も抑えてますし」

「確かにそうだな。番人が前のダンジョンと同じ程度の強さなら、望月を全員で援護すれば倒せる可能性は高いだろう」

「僕は別に構わないよ。消耗は激しくなるけど、これまでの敵にはまだ全力の一撃を撃ってないしね」

 

 まだ自分の実力の底を見せていない綾時は軽く答えて笑みを浮かべる。

 彼が湊から貰ったエネルギーはこの場にいる他の者たちの総量は遙かに超えているのだ。

 どの程度まで力を失えば顕現状態を保てなくなるのかは不明であるが、このダンジョンのボスを一撃の下に屠るくらいは容易いだろう。

 そんな彼の頼もしい言葉を聞いた美鶴たちも頷いて返し、今日中にこのダンジョンを攻略する事に決めるとメンバーたちは先へと向かった。

 

――ごーこんきっさ・四次会

 

 強い敵のいた試練の間を抜けて次のフロアへ降りた七歌たち。

 この次のフロアに強力な反応を感じるとりせたちから報告があり、どうやらこのダンジョンも終わりに近付いているらしかった。

 新たなフロアは敵の数が増えている以外はそれほど変化がなく、想像よりもあっさりと進み、いくつもの質問部屋を抜けていくと、今までの質問部屋と同じ見た目ながら新郎新婦の格好をしたクマのぬいぐるみのいる部屋に到着した。

 これまでの質問部屋とは異なる雰囲気。さらにこの部屋には入ってきた入口しか扉がなかったことで、ついに最後の質問部屋に辿り着いたのだとメンバーたちは察する。

 何だかんだと質問をする謎の声に振り回されてきたが、思い返してみると赤ん坊らの予想外の行動に振り回される事の方が多かったこともあり、このダンジョンのテーマである“合コン”の要素をあまり感じられなかったと順平が感慨深く話す。

 

「てか、合コン喫茶っていう割に合コン要素は別になかったな」

「まぁ、本物のウチのクラスも半分は休憩所みたいなもんだったからな」

「俺たちがサクラになってまで客呼ぼうとしたくらいだぜ?」

「おう。そりゃまたお疲れさんな事で……」

 

 その場のノリで決まってしまった出し物は、当日、周囲の賑わいなど関係ないとばかりにとても寂しい状況だった。

 今思い出しても苦い経験だったと語る鳴上と花村の背には濃い影が見える。

 この話題はあまり触れない方がいいと判断した順平は、相手を労いつつ苦い思い出は上書きすればいいと慰める。

 

「つーか、こんだけ若い男女が集まってんだしさ。合コンの真似事でもちょっとは楽しい思い出にしたらよくね?」

「マジで? そっちの女性陣と楽しくお食事してもいいのか?」

「もちろん、オッケーよ。そん代わり、オレたちもそちらのレディたちとディナーを楽しみながらお喋りさせてくれよな」

 

 順平と花村は勝手に女子たちを巻き込んで、他校の異性との交流食事会と銘打った合コンを計画し始める。

 クマと綾時はそれに乗って打ち合わせに参加し、自分たちのリーダーだからと鳴上も巻き込まれてゆく。

 ダンジョンのボスと戦う前から倒した後の遊びの相談をするのは気が抜けているとしか言えないが、それがモチベーションの維持に繋がるのであれば一概に否定出来ない。

 合コンの内容を詳しく知らない玲も、皆と仲良くお喋りして晩ご飯を食べるパーティーのようなものと聞いて参加に前向きになっている。

 善は玲が参加するなら参加するというスタンスなので止めに入らず、自分たちが拒否する前に善と玲を抱き込まれた事に、千枝が呆れを含んだ微妙な表情を浮かべゆかりたちに話しかけた。

 

「なーんか勝手に決められてるけど、皆は花村と鳴上君と合コンOKなの?」

「え、いや、私は遠慮しとくけど。食事って言っても料理は八雲君に出してもらうんでしょ? 赤ん坊に食事の世話させてって流石にねぇ」

 

 本人たちはおみせ屋さんとして頑張ってお仕事してくれるかもしれないが、ゆかりとしては赤ん坊を働かせて興味のない男子と合コンもどきをする気にはなれない。

 まして、その赤ん坊が自分の思い人本人であるなら尚更だ。

 先日のような全員でのパーティーならば参加もするが、そうでないなら参加する気になれない。

 ゆかりがそう話せばチドリなども同意するように頷き、千枝の隣にいた雪子も手を繋いで新郎新婦の格好をしたぬいぐるみのクマを見ている赤ん坊たちに視線を向けながら口を開いた。

 

「フフッ、八雲君もベアトリーチェちゃんも仲良しさんだよね」

「あー……雪子? 男子たちの合コンについての意見は?」

「え? 鳴上君たち誰かと合コンするの? でも、赤ちゃんの教育に悪いから、するなら二人の見えないところでしてね」

「ああ、うん。興味なくて聞いてなかったんだね。さすが雪子らしいや……」

 

 雪子は旅館で酔っ払いやセクハラオヤジの相手をしてきたので、そういった輩の話を聞き流す癖がついている。

 自分が興味のない話題であったり、今のように強く関心を寄せるものがあるときには、他人の話をくだらない雑事として一切聞いていないのだ。

 そんなマイペースな幼馴染みに千枝はこっちの方が上手だったかと苦笑し、この流れだと男子が楽しみにしている合コンとやらは実現しないだろうと思った。

 他の者たちの話も一段落すると、ようやく最後の質問を聞く気になったのか全員が少し身構える。

 謎の声もその気配を感じ取ったのか、皆が静かになったタイミングで話しかけてきた。

 

《君たちは数々の難題を乗り越え、ついに最後の部屋へと辿り着いた。というワケで、泣いても笑っても最後の問題だぞ。君たちは答えてもいいし、答えなくてもいい》

 

 ここまで来ておいて答えない選択肢などあり得ない。

 まぁ、最初の質問は湊が鎖を九尾切り丸で断ち切って強引にクリアしてしまったのだが、相手の反応をみるに無事最後の質問をしてくれるようだ。

 これで最初からと言われていれば全員の心が折れていた可能性があるため、相手の寛容さに僅かに感謝しつつ待っていれば、ついに十個目になる最後の質問が出される。

 

《生まれ変わるなら、男? 女?》

「これは……」

 

 最後の質問内容を聞いてアイギスが困ったように八雲を見る。

 周りを見れば他の者たちも同様に何とも言えない表情をしている。

 その理由は実に単純で、回答者である八雲は既にどちらでもあるからだ。

 本当ならば今と同じ性別がいいか、それとも反対の性別になりたいか選ぶところなのだろう。

 だが、八雲はどっちでもあり、どっちでもいられるので、わざわざ不便な状況になることを選べと言われているようなものだった。

 まぁ、それでも八雲には選んで貰わなくてもならないので、ベアトリーチェと手を繋いだまま考えている八雲に全員の視線が集まれば、たっぷり時間を掛けてから八雲が口を開いた。

 

「うー!」

「兄さん、さすがにそれは……」

 

 元気いっぱいに答えた八雲にメティスが思わず呟く。

 周りにいた者たちは一体なんと答えたんだと気になったが、それを尋ねる前に謎の声が再び話し始めた。

 

《君たちは、ある一つの答えを自らの意思によって選択した。これで全ての質問は終了した。正解はなく、ただ、君たちの後ろには選んできた道があるのみだ。それではいよいよ運命の相手を発表しちゃうお時間だぞ》

 

 言い終わると同時に部屋の照明が落ち、二つのスポットライトが移動しながら部屋内を照らす。

 回答者は全て八雲だったので今回見つかるのは彼の運命の相手という事になるが、いざとなると他の者たちも妙に緊張して発表の瞬間を待つ。

 この場にいる者の中には、自分が選ばれればいいなと思っている者が少なからずいる。

 またベルベットルームにて通信越しに聞いている者たちも、この場にいる者と同じくらい発表の瞬間を待っている者もいるだろう。

 謎の声が言っていたように、泣いても笑っても質問は既に終わっており結果を待つのみ。

 一体誰が八雲の運命のパートナーとして選ばれたのか、ドラムロールまで聞こえてきて全員の緊張が最高潮に達すると、

 

《あなたの運命の相手は……ずばり、この人なのだ》

 

 最後に“ジャン”という音と共に、二つのスポットライトは八雲とベアトリーチェを照らして止まった。

 

「おー」

「マ!」

 

 なるほどと言った表情の八雲に対し、ベアトリーチェは当然だという顔で胸を張っている。

 そもそも、二人は一人の人間が分裂した存在なので、ある意味では運命の相手であって当然なのだが、一部の女子はそういう結果を望んでいた訳ではないと落胆した。

 ただ、これはこれで良かったのかなと笑いあっている赤ん坊を微笑ましく思っていると、突然、二人の足下の床が消滅し、足場が消えた二人が急速に落下してゆく。

 

「ぴゃー!」

「ナー!」

「八雲さん、ベアトリーチェさんっ」

 

 驚いた顔で落下してゆく二人にアイギスが手を伸ばす、他の者たちも僅かに反応が遅れたが必死に掴もうと手を伸ばした。

 だが、その甲斐も空しく二人は暗い穴底へと消えていき、伸ばされた手は何も掴むことなく空を切った。

 二人が消えると部屋の照明が回復する。明かりが点けば敵に囲まれていたなどというトラップはなく、入ってきたときと同じように背後の扉が開いているだけで変化はない。

 薙刀を手にした七歌が二人の消えた床を必死に突き刺してもう一度開かないか試し、直斗と鳴上は他の者に指示を出して、どこか別の地下への入口がないかと探し始める。

 その間に風花とりせが二人の反応を探ってくれているが、大切な二人を目の前で奪われる形になったアイギスの瞳に憤怒の炎が宿った。

 

「……絶対に赦しません。二人にもしもの事があれば、わたしは八雲さんの持つ全ての兵器を開放してダンジョンごと敵を葬ります」

 

 かつて彼の危機を察知する事が出来た八雲との繋がりは消えていないので、まだ二人が生きている事は確実だと思っていい。

 ただ、いくら二人が生きていようと怪我の一つでもしていようものなら、アイギスは湊に許可されている武器の使用を全力で行なう覚悟があった。

 二人を攫ったのは黒幕なのかダンジョンのボスなのかは分からないが、アイギスだけでなく雪子やあいかとメンバーも赤ん坊を狙った卑劣な敵に怒りを覚えていると、二人の居場所を探ってくれていた風花から通信が入った。

 

《皆さん、地下への入口が分かりました! その部屋を出て左に曲がってください! その部屋から壁伝いに進むと地下への階段があるので、それで二人のところへ行けると思います!》

《二人への通信は阻害されてるみたいで出来ないの。きっと不安に思ってるだろうから急いで助けてあげて!》

 

 通信が終わると同時に全員がすぐに陣形を組んで部屋を出て行く。

 途中にシャドウがいれば少数が倒すために残り、後のメンバーは先へ進むことを優先する作戦で二人の許を目指す。

 アイギス同様、自分が守るべき相手を奪われたコロマルが誰よりも先行して走っていき、流石に動物の全力疾走について行けない者たちはコロマルが単独で先に向かうことを許可する。

 本当ならばアイギスやラビリスもオルギアモードを使って向かいたいが、小柄なコロマルと違って彼女たちはシャドウの足下をすり抜けていく事は出来ない。

 なので、先に向かうコロマルに二人のことを頼むと、他の者たちも最低限の敵だけ撃破して二人の許を目指した。

 

――ごーこんきっさ・ゴールイン

 

 急に床が消えて落とされた二人は、お尻をぶつけて痛がりつつも、部屋にいたときと同じように手を繋いだまま立ち上がった。

 

「ヤーモ!ネ!」

「あい!」

 

 二人は立ち上がると自分たちがとても綺麗な景色に場所にいることに気付く。

 正面に伸びる道の両脇には花々が咲き誇り、虹の架かった青空の下、風で舞い上がった花びらがシャワーのように降り注いでくる。

 地下だというのにこんな空間が広がっている事は不思議でならないが、綺麗な景色に二人は瞳を輝かせながら走り出した。

 

「きゃー!」

「キャー!」

 

 子ども故に二人は無邪気に走ってハート型のゲートを潜って道なりに進んでゆく。

 繋いだ手が離れないことにも気付いてはいるし、何やら上で聞こえていた謎の声が何かを言っているが、今の二人はそんなものに興味ないとばかりに花吹雪の中を走ることに夢中になっていた。

 赤ん坊らしからぬ速度で二人が走り続けていると、前方になりやら看板のようなものが見えてきた。

 謎の声はそれについて説明しているようだが、興味のない二人は速度を落とさず進み、それが皇子の格好をした八雲がお姫様の格好をしたベアトリーチェをお姫様抱っこしている写真だと気付くと、走りながら二人はお互いを見合って頷き、なんとそのまま写真に向かって飛び込んだ。

 

「わきゃー!」

「パー!」

 

 明らかに二人の顔を合成しただけの作り物だったが、それでも立ち止まって着飾った自分たちの姿を見ても良かったはず。

 ただ、赤ん坊である二人はテンションが上がっている事もあって、変な絵があるぞ、ぶち破れと勢いだけで突っ走り、まるでバラエティー番組のマルバツクイズのように写真を体当たりで破って抜けた。

 元は一人の人間だけあって息はピッタリ、写真をぶち破った二人は勢いを利用して前転で立ち上がるとさらに先へ進む。

 子どものパワーというのは底知れないもので、押さえきれない好奇心だけで今の二人は走り回っていた。

 もし、他の者たちが二人に付き合っていれば、半日と持たずにヘトヘトになるだろう。

 ある意味でメンバーらと離れていて良かった訳だが、二人がそのまま進んでいると正面に大きな真っ白い教会が見えてきた。

 普通の扉は流石にぶち抜けないので二人は白い扉の前で立ち止まり、一度見合って頷くと八雲が左を、ベアトリーチェが右の扉に手を当て勢いよく押し開けた。

 中には真っ直ぐ奥の祭壇までブルーカーペットが敷かれ、その脇に並ぶ長椅子辺りでは外と同じように花びらが降っている。

 ただ、そんな綺麗な教会の内装に感動している余裕はない。

 祭壇に佇んでいた牧師が四本の腕を広げ、振り返るなり八雲たちを見つめてきたのだ。

 

《祈りナ・サーイ!》

 

 そう呟くと相手は“Hoo! Yeah!”とテンション高く祭壇から跳躍し、天井から下げられた巨大なベルに捕まると、ブランコのように勢いをつけて再び跳んで空中で一回転した。

 中々にキマっているファンキーな敵だと八雲らが認識していれば、敵はどこから取り出したのか棺桶に跨がり空中に浮遊し、四つの手にそれぞれ色の異なる教典を持っていた。

 F.O.Eより強い気配を感じるものの、シャドウと遭遇しても恐れない二人は、手が離れるようになっていることを確認すると戦う事を決意する。

 

「うー!」

「ウー!」

 

 全力でぶっ飛ばす。自分たちに勝てると思うな。

 その様な事を敵に向かって話す二人は、“誓いナ・サーイ……”と言っている相手を無視して行動に移った。

 

「マァ!」

 

 気合いと共にベアトリーチェが飛び出すと、敵に向けて腕を振るい地面に氷を走らせる。

 即座にカーペットが凍りついてゆき、そのまま牧師に向かっていくと牧師は地面から生えるように伸びてきた氷を天井付近まで飛んで回避した。

 だが、彼女は力の規模は小さくなってもニュクスに劣らぬ神格を持つ異界の神だ。

 床から生えてきた氷から枝分かれするように新たに氷が生えてゆき、天井付近へと逃げた牧師を追尾してゆく。

 流石に床を走っていた魔法が自分を追尾してくると思っていなかった牧師は反応が遅れ、新たに伸びてきた氷が棺桶を掠める。

 すると、ほんの僅かに掠っただけだというのに、そこから棺桶が凍りついてゆき、飛行ユニットである棺桶が氷に捕まった牧師は空中で動けなくなる。

 

《ワ、ワタシを殴らないと誓いナ・サーイ!》

 

 動きを止められたとなれば、次に来るのは自分への直接攻撃だろう。

 そう考えたらしい牧師が八雲たちの方を見れば、赤ん坊たちの正面に教会にあってはならない近代兵器が置かれていた。

 十字に伸びる黒い鉄の脚、牧師に向かって真っ直ぐ向けられた長大な大口径の砲身。

 もし牧師に人間並みの知能があれば叫んでいた事だろう。

 何故、赤ん坊が“88mm高射砲(アハト・アハト)”など持っているんだと。

 

《ち、誓いナ・サーイ!!》

 

 必死に逃げようと牧師は足掻くが、ベアトリーチェの氷は棺桶を伝って牧師の身体まで氷に閉じ込め始めていた。

 力が弱った彼女に相手を一撃で屠るだけの力はない。しかし、己の半身である八雲は多数のペルソナを従えるだけでなく、お腹のポケットに湊が収集した多数の高火力兵器を持っていた。

 自分が相手の足止めをすれば、止めは八雲がやってくれる。

 その信頼故にベアトリーチェが敵を捕まえる事に全力を注げば、八雲はきっちりと敵を屠る力を持った兵器を準備していた。

 そして、

 

「ワンワン!」

「わんお!」

「ワンオ!」

 

 さぁ敵を屠るぞと八雲が機械を操る力で砲身を敵に向ければ、二人を心配したコロマルが息を切らせながら駆け込んできた。

 信頼しているコロマルの登場に赤ん坊らも嬉しそうな顔をする。

 そして、二人と一匹が再会を喜んでいると、牧師が顔以外の全てを氷に閉じ込められた頃に、大勢の足音が聞こえてきてアイギスを先頭にメンバーたちが教会に飛び込んできた。

 

「八雲さん! ベアトリーチェさん! ご無事ですか!?」

「ちょっ、ええっ!? これどういう状況だよ!?」

 

 飛び込んだ先で目にした光景に思わず花村が声をあげる。

 二人を心配して来てみれば、既に敵は地面から伸びた氷に閉じ込められ空中で身動きが取れなくなっていた。

 オマケに二人の前には巨大な兵器が鎮座しており、その砲身が敵へと向けられている。

 タイミングを考えると完全に二人だけで敵を仕留めようとしていたようだが、いくら幼少期の湊だとしても、赤ん坊だけでダンジョンの番人を完封できるとは思っていなかった。

 それが蓋を開けてみれば、自分たちが戦うよりも見事な手際で敵を追い込んだらしい。

 二人を守っているつもりでダンジョンを進んでいたが、こうして結果だけ見ると自分たちはいらなかったのではと考えてしまう。

 ただ、二人はやってきたアイギスに笑顔で抱きついているので、頼れる者のいない状況に不安を感じていたようではあった。

 

「本当に無事で良かったです……。それで、アハト・アハトを出したのは八雲さんですよね? ダメじゃないですか、あんな危ない物を使って敵を倒そうとしては」

「あい……めんめ」

「いえ、怒ってはいません。ただ、これからはわたしたちが来るまで待っていてください。絶対にお二人の許へ辿り着きますから」

 

 危ない事はしてはダメだと怒られたと思った八雲が謝れば、アイギスは別に怒ってはいないと優しく諭す。

 すると、八雲は安心したように再び強く抱きつき、アイギスがその背中を撫でた。

 感動の再会を果たしたアイギスたちを見て、完二や千枝は涙ぐんで鼻を啜っているが、そんな事をしている間も敵は氷に閉じ込められた状態なので、先に倒してしまおうとメティスがアハト・アハトに近付いてゆく。

 

「姉さん、敵はベアトリーチェさんが完全に捕らえているので、これ撃って終わらせちゃいますね」

「あ、わたしがやります。お二人を危険な目に遭わせた相手を絶対に倒そうと思っていたので」

 

 メティスに話しかけられたアイギスは八雲たちをチドリらに預けると、そのままアハト・アハトまで進んで途端に冷たい瞳を敵に向ける。

 相手は何やら呟いているようだが、天井付近にいるためアイギスたちの許に声は届かない。

 

「……消えてください」

 

 思わず背筋がゾクッと寒くなるような言葉を吐き、アイギスは一切の表情を消したままアハト・アハトを発射した。

 瞬間、炎と粉塵を撒き散らしながら砲弾が敵へと突き進み、一撃で全身をバラバラに散らせて消滅させた。

 八雲とベアトリーチェが口を開けて耳を塞いでいたので、他の者も真似して床に伏せていて助かったが、ここに集まったのが何の知識もない者たちだったなら、鼓膜が破れてしばらく戦線から離脱していた者も出ていただろう。

 普段や丁寧な物腰のアイギスだが、やはり湊に関わることだと性格が変わるらしいと認識した男子たちは、今後絶対に彼女を怒らせないようにしようと固く心に誓うのだった。

 

 

 


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