【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百八十話 玩具の指輪

――ごーこんきっさ・ゴールイン

 

 ベアトリーチェが敵を氷漬けにして拘束し、八雲がアハト・アハトで屠ろうとすれば、そのタイミングで追いついてきたアイギスたちが到着した。

 無事に再会できた赤ん坊たちはアイギスに抱きついて再会を喜び、二人の無事を確認出来たことで他の者たちも安堵の息を吐いた。

 もっとも、追いついたメンバーからすると、ダンジョンの番人が赤ん坊二人で討伐寸前の状態になっていたことは驚きだったのだが、赤ん坊を危険な目に遭わせた相手を赦さないと怒りに燃えていたアイギスがアハト・アハトを使い見事に撃破することが出来た。

 そうして、使用した兵器はアイギスが湊のマフラーと繋がっているリストバンドで収納し、改めて赤ん坊たちのどこにも怪我がないかを確認すれば、全員の視線が教会最奥にある宝箱に集まる。

 

「やっぱり、こっちにもあったね」

「ああ、私が開けよう」

 

 ある意味で予想通りだったことで、雪子がダンジョンの番人と宝箱はやはりセットのようだと頷く。

 善も他の者たちと一緒にそれに頷いて返すと、一つ目のダンジョンのように自分たちの記憶に繋がる物が入っている可能性が高いと睨み、祭壇を登って奥まで進むと大きな宝箱の蓋に手を掛けた。

 宝箱に善が向かっていけば赤ん坊たちもワクワク顔で傍まで近付いてゆく。

 きっととても良い物が入っていると思っているのだろう。だが、蓋を開けた善は上半身をまるごと宝箱に入れるようにして手を伸ばし、何やら小さく光る物を手に持って出てきた。

 他の者たちは小さなそれを何だろうと目を細めてしっかり見ようとする。

 

「触っちゃダメ!」

 

 しかし、傍にいて何やら怯えた様子だった玲は、善がその手の物を近づけてくると大きな声を出してその手を払った。

 玲に手を払われた善は彼女の行動に目を見開いて驚き、彼の手を離れて飛んでいった小さな物は宝箱の近くに寄っていた八雲の顔に向かっていった。

 他の者たちはそれが何か確認しきれていなかったが、善が持っていた物が玩具の指輪だと気付いていた玲は、自分が善の手を払ったことでそれが赤ん坊に飛んでいった事で焦ったように手を伸ばす。

 だが、手を伸ばしたところで届くわけもなく、指輪が八雲の顔に当たると思ったところで赤ん坊が大きく口を開いた。

 

「まむっ!」

 

 勢いよく飛んでいった指輪は、直前に開けられた八雲の口に飛び込んでゆく。

 見事に口でキャッチした八雲は得意気にしながら口をモゴモゴとしているが、ダンジョンの奥にあった怪しげな宝箱に入っている物など信用出来るはずがない。

 慌てて彼に駆け寄ったアイギスが背中を叩きながら吐くように迫る。

 

「八雲さんいけません! すぐに吐き出してください!」

「はーちゃん、ほら、べーって。口の中のもの出して!」

「むー!」

 

 彼が口に入れる原因を作った玲も一緒に吐くように言うが、八雲は口から出したくないのか両手を口に当てて吐き出すまいとする。

 大人たちからすると危険だから出しなさいと言っているというのに、子どもにすれば自分の物を取られると思っているのかもしれない。

 ただ、このままでは本当に誤飲して喉を詰まらせる可能性があるため、八雲の背後に回り込んだ七歌が脇の下から両腕を入れて上腹部圧迫法を使って吐き出させる。

 ちなみに、この対処法は誤飲した場合に使うものであったり、一歳児未満の乳児には使わないよう指導されてもいるのだが、口から出さないし年齢的にもほぼセーフだろうと判断して七歌は実行に移した。

 

「べぇっ」

「アイギス、すぐに確保!」

「はい、ありがとうございます!」

 

 相手に負担を掛けてしまうが効果は覿面。すぐに八雲は口を開いて指輪を吐き出した。

 そしてベアトリーチェが同じように口に入れてしまわぬよう、すぐにアイギスが確保すると続けて八雲の様子を心配する。

 急に飛んできたものをキャッチして得意気にしていただけで、お腹を押されて吐き出させられたのだ。

 八雲には可哀想なことをしてしまったとしゃがんで彼の事を見れば、嘔吐いて涙が目に滲んでいた相手はキッとアイギスたちを睨み、小柄と身体能力を活かした跳躍で顎に頭突きをかましてゆく。

 

「たい!」

「きゃっ」

「ぐあっ」

 

 アイギス、そして七歌が順に顎に頭突きを喰らって倒れこむ。

 八雲の怒りはそれでも治まらないようで、ベアトリーチェまで一緒になって倒れた二人に飛び乗って踏んづけているが、流石に心配してくれた者にそれはないだろうとゆかりや直斗が止めた。

 

「ストップストップ! 二人は八雲君が変なものを飲み込まないように心配してくれたの。急にされて怒るのは分かるけど、心配してくれた人にそれはダメ」

「いー! め! めんめも!」

「ちょ、なに言ってるのか分かんないって。ラビリスかメティス通訳してー」

 

 八雲をゆかりが、ベアトリーチェを直斗が確保してアイギスたちから降ろす。

 赤ん坊に踏んづけられていた二人は、顎に勢いよく一撃食らったことで少しふらついているが、雪子が回復魔法を掛けてやれば問題はない様子だ。

 一方で、ゆかりに後ろから抱えられて逃げられないものの、暴れて逃げようとしている八雲はまだ怒っていて、彼が何を言っているのか理解出来ているメティスはとても言いづらそうに通訳した。

 

「えっと、兄さんは“関係ないやつは引っ込め、人のもの返せ、戦争だ!”と」

「ず、随分と物騒な言葉を知っているんですね」

「あくまでニュアンス的にそんな感じなだけですけどね。多分、実際は兄さんが作ったライフラインをいくつかストップさせるとかって事になるんだと思います」

 

 赤ん坊が戦争などと恐ろしい言葉を知っている事に直斗が頬を引き攣らせれば、メティスは実際に言っている言葉は違うがニュアンスが近いのがそれだったと話す。

 もしも、本当に八雲がそれほど怒っていて、メティスの言う通りの事態が起きれば大変な事になるだろう。

 他の者たちは湊や八雲がどのようにして教室を改造しているのか知らない。

 一応、世界に干渉しているとは聞いているが、そも、どうやって世界に干渉しているのかが分からないので再現のしようがないのだ。

 故に八雲が臍を曲げてライフラインの切断に踏み切れば、音を上げることになるのは間違いなく他の者たちであった。

 順平や花村などは顔を青くして、なんとか八雲を宥めようぜと小さな声で鳴上らと話している。

 彼らの反応もある意味当然と言えるが、怒っている赤ん坊の事よりも自分たちの不利益を考えてというのは少々頂けない。

 美鶴や雪子が男子たちに冷めた視線を送る一方で、自分で立てるようになったアイギスが先ほどの事を少年に謝罪する。

 

「ごめんなさい八雲さん。でも、変な物を口に入れるのはとても危ないんです」

「べー! てっても!」

「そんな……」

 

 怒った八雲はアカンベと舌を出して話など聞かぬと拒絶する。

 さらに続けてあっち行けという意味の言葉を吐き、最後にはフンと顔を逸らしてアイギスと七歌を視界に納めないようにした事で、アイギスはとてもショックを受けていた。

 こんな状態では宝箱から出てきた玩具の指輪についてや、善と玲の記憶が戻ったかどうかなど話していられない。

 だが、いつまでもダンジョンの中にいると危険な事もあり、美鶴がゆかりと直斗にそのまま赤ん坊を捕まえておくように指示して、全員で一度校舎の方へと戻る事にした。

 

――ヤソガミコウコウ

 

 落ち着いて話をするため校舎まで戻ってくると、ゆかりたちに抱っこされていた八雲とベアトリーチェは今だとばかりに暴れて拘束から逃れた。

 廊下に着地した二人はそのまま走り去ってゆき、後を追おうとするもベアトリーチェの力で床が凍っていてまともに追えず、結局、二人が階段を下りていくのを黙って見送るしかなかった。

 まぁ、ダンジョンに行ったりするとは思えないので、学校の敷地内から出られない事もあって大丈夫だとは思うが、ダンジョンの奥で見つけた玩具の指輪について話し合う者らと二人を追う者らに分かれる事になった。

 残ったメンバーは各隊の隊長に三年生たち。さらに直斗と善と玲に、花村と順平と天田もいた。

 まずは指輪を手に入れた事で二人が何か思い出した事はないかと美鶴が尋ねた。

 

「それで、一つ目のダンジョンのように何か思い出した事はあるか?」

「……私はこの世界で何かを探していた。玲が泣いたから、探していたが……私にはその“何か”が見つけられなかった」

 

 思い出した記憶を辿って何を探していたかを特定しようとするも、善はそこまでは思い出せないようで心苦しそうに首を横に振った。

 その探していたものが判明すれば、この世界についてや二人が閉じ込められていた理由も分かりそうなものだが、分からないというのなら諦めるしかない。

 今後のダンジョンでさらに記憶が戻れば思い出すだろうと、申し訳なさを感じている善を慰めながら、一同はダンジョンの奥で見つけた玩具の指輪について話題を移した。

 

「それで、その指輪について心当たりは?」

「これは、玲のものだ。ウサギのぬいぐるみもこの指輪も。玲、君のものだろう?」

「し、知らない。分かんないもん……」

 

 指輪が玲のものだとハッキリ答える善に対し、玲は指輪から目を背けて分からないと答える。

 一つ目のダンジョンのときもそうだったが、彼女はどういう訳かダンジョンの奥に隠された道具を見ると酷く怯えていた。

 それは記憶が蘇る事への不安なのか、それとも自分の物が何故ダンジョンの奥にあるのかという分からない事への不安か。

 彼女は自分から話してくれないので理由は分からないが、他の者と話す余裕のある善も詳しい事は思い出せていない。

 ならば、このままダンジョンの攻略を進め、二人の記憶がある程度蘇ってから事情を聞いても遅くないだろう。

 玩具の指輪と二人の記憶については一度置いておき、さて、と次の話題に移ろうと美鶴が話を進める。

 

「さて、二つ目のダンジョンを攻略した事で、ベルベットルームにある扉の鍵がまた一つ外れた。残る鍵は二つ。つまり、残るダンジョンは二つという訳だ」

「二つの扉は俺たちの町と桐条さんたちの街に続いてるって事で良いんですよね?」

「ああ。ベルベットルームの者たちもそう話していた。善と玲は鳴上たちについていく事になる」

 

 少しずつだが着実にこの世界の脱出に向けて事態は進んでいる。

 残るダンジョンは二つ、その場所は探知型の力を持っているバックアップの二人が既に特定を終えており、りせから話を聞いていた直斗が代わりに伝えた。

 

「久慈川さんによれば次のダンジョンは現実にはない二年四組。“放課後悪霊クラブ”という出し物だそうです」

「なんだ。お前らの学校は三クラスずつしかないのか?」

「ええ、過疎化の進む地方ですからね。公立なので一定の人数は集まりますが、人口の減少はどうしようもないようです」

 

 団塊世代やそのジュニア世代が入ってきたときには、教室が足りず今の実習棟を新設してまで教室棟として利用していたほどだったが、少子化が問題となっている近年では受験してくる子ども自体が少ない。

 一応、八十神高校は地元就職に有利になるからと定員割れした事はないものの、街の人口と交通の便を考えると都内にある月光館学園とは比べようもなかった。

 自分たちが思っている以上に田舎の過疎化が進んでいると知った真田は気まずそうにするが、鳴上も花村も気にしていないと返し、花村と七歌が再び話題を次のダンジョンに戻す。

 

「つか、聞くからにお化け屋敷てーかホラー系っぽいよな。そっちは全員そういうの大丈夫か?」

「んー、どうだろ。苦手な人もいるっちゃいるけど、赤ん坊二人が大丈夫かなってのが一番の心配かな」

「だ、ダメだよ! 赤ちゃんを怖がらせちゃ!」

 

 赤ん坊たちの機嫌はダンジョンに向かうまでに治る事だろう。

 故に、彼らが同行することは何も心配していないが、二人がホラー系まで大丈夫かという問題が残っている。

 湊の様子を見ている限りでは、七歌と同じように霊視が可能なので大丈夫だと思われる。

 迷宮の番人にも二人で挑んだほどなので、きっと問題はないはずと七歌が言えば、赤ん坊を怖い目に遭わせてはダメだと玲が口を挟んだ。

 二人の話を聞いていただけで震えている彼女は、どうやらお化けなどのホラー系が苦手なようだが、自分よりも弱い存在がいると守るために頑張れるらしい。

 別に二人が嫌がれば連れて行く気はないので、そこは安心して欲しいと伝えていると、赤ん坊を探しに行っていた風花から通信が入った。

 

《皆さん、八雲君とベアトリーチェちゃんが見つかりました》

「本当か。それで、二人は今どこに?」

《体育館にいます。ただ、中の空間をいじったようで銭湯ではなくなっています》

「分かった。とりあえず、私たちもそちらに向かう。少し待っていてくれ」

 

 風花からの通信で二人の居場所は判明したが、話を聞いていると銭湯を別の建物に変えて籠城しているらしい。

 食べ物と衣類はどうにかなる現状で、替えの効かない風呂が真っ先に消されたのはかなりの痛手だ。

 ダンジョンから戻ってきてまだ風呂に入れていなかった事もあり、どうにか二人には機嫌を直して貰わなければと思いつつ、美鶴たちはすぐに体育館へと向かった。

 

――体育館

 

 美鶴たちが体育館前に到着すれば、他の者たちも揃って待っていた。

 通信だけではどういう状況なのか分からなかったが、とりあえず銭湯で使っていた“ぬ”と書かれた木の板や暖簾がなくなっているので、本当に八雲たちは体育館の中身を作り替えてしまったようだ。

 話し合いが終われば風呂に向かおうと思っていた者たちにすれば、この状況は非常に残念でならないが、このままずっとお風呂がない状態になってしまう方が問題である

 それは流石に困るのでどうにか二人を宥めようと考えるが、まずはどういう状況になっているのか七歌はアイギスに尋ねた。

 

「アイギス、二人は? 中はどうなってるの?」

「それが中はお城の玉座の間のようになっているんです。お二人は大きな玉座に並んで座っています」

 

 入口が開いているので中を覗いてみれば、確かにレッドカーペットが敷かれた玉座の間に変わっていた。

 最奥には一つの玉座が置かれ、そこには頭に王冠を乗せた八雲とベアトリーチェが並んで座ってアイスを食べている。

 見た感じでは既に機嫌が治っているようにも見えるが、誰も中に入っていないという事は、きっと中には入れない事情があるのだろう。

 何故だか既に疲れた様子のクマに鳴上がどうしたのか聞いてみた。

 

「クマ、中に入ってみたのか?」

「は、入ろうとはしてみたクマ。けど、入った瞬間に落とし穴があって酷い目に遭ったクマ……」

「悠先輩、ここすごい沢山の罠が仕掛けられているみたいなの。私と風花ちゃんでアナライズしてみようと思ったんだけど、中は索敵無効空間になってるみたいでお手上げ」

 

 見ればクマだけでなく完二や綾時も疲れた様子でしゃがみ込んでいる。

 パイでも投げられたのか完二の顔にはクリームがベッタリと付いているし、綾時は頭も服も葉っぱだらけだ。

 いったいどれだけの種類の罠が用意されているんだと不安になるが、アイギスが早く二人の許に向かいたそうにしているため、彼女が耐えきれず飛び出してしまう前に合流したメンバーも一緒になって作戦を考える。

 

「フン、所詮は赤ん坊の浅知恵だろう。そんなのは高速で飛び込んで罠が発動する前に突破すれば良いんだ」

「お、おい。待て、アキ!」

 

 見ていろと言って真田は体育館から少し距離を取って構える。

 他の者が危険だからと止めるのも聞かず、短距離走選手並みの加速で走り出したかと思えば体育館の入口に入る寸前で跳躍しようと踏み切った。

 だが、

 

「へぶっ!?」

 

 今まさに体育館入り口の境界を越えようとしたとき、いつの間に現われていたのか透明な壁が存在したことで真田は顔面から激突しひっくり返って倒れた。

 かなりの勢いでぶつかったせいか倒れた真田は鼻血を出して気を失っている。

 哀れに思った他の男子が移動させてやり、呆れつつもゆかりが回復魔法を掛けて休ませたが、赤ん坊の浅知恵とやらに高校生が完全敗北した事実がとても悲しい。

 自分たちの仲間が一瞬で散ったことを気まずく思いつつ、咳払いをして切り替えた美鶴が確かに難しいなと顎に手を当てた。

 

「確かにこれは一筋縄ではいかないな。今のは明らかに明彦に対処したトラップだった。となれば、クマや望月に巽の様子から察するに二人は侵入者に対応したトラップを作動出来ると考えるべきだろう」

「なら、反対側の壁から回り込んでみたらどうだろう」

「相棒、壁でも壊す気か?」

 

 それぞれに対応した罠を用意してあるのなら、相手の死角をついて背後から奇襲を掛ければ良いのではと鳴上が提案する。

 確かにそれならば大幅にショートカット出来そうだが、一つ間違えれば壊した破片が八雲たちに当たることになる。

 誤飲を防ぐためとはいえ二人を怒らせてしまった事が原因だけに、そういった危ない方法は取りたくないとアイギスがすぐに異を唱えた。

 

「賛成できかねます。お二人を危険に晒すのは勿論ですが、八雲さんたちはとても聡明です。知識は赤ん坊になっていても、知能で言えばわたしたちより上だと思います。当然、背後からの奇襲にも対処出来る用意があるかと」

 

 八雲が湊の全ての異能を引き継いでいるのならば、ペルソナを使った索敵も使えるだろう。

 何より、二人に直撃しない場所から侵入するのであれば、当然、玉座の間のどこかには着地する必要がある。

 二人ならばそこに罠を仕掛けてくるに違いないとアイギスは読んでいた。

 先ほどの真田への対処を見れば可能性は高く、やはり正面から作戦を立てて行くしかないかと全員が悩み出す。

 無駄に相手の知能が高いせいで自分たちで上回れるだろうかという不安が過ぎるが、赤ん坊との知恵比べで負けるというのはプライドが傷つけられる。

 既に四人の犠牲者を出している以上、自分たちは同じ轍を踏むわけにはいかないとさらに考え込んでいれば、同じように二人に会って話をする方法を考えていた玲が思い付いたと声をあげた。

 

「じゃあ、はーちゃんとビーちゃんにお城に入れてって言えばいいんだよ! 失礼します!」

 

 入れてと言って入れて貰えるのであれば苦労しない。もう少し真面目に考えようぜと順平が言おうとすれば、玲は善と一緒に入口で一礼して中に入っていってしまった。

 どうして二人は入れるんだと驚いている間も、二人はスタスタとレッドカーペットを進んでゆく。

 玲たちが歩いても罠が一つも作動していない事で、どうやら今なら行けるらしいと順平と鳴上が走って後を追おうとした。

 しかし、そこで一歩入ろうした二人の足下が突然開き、

 

『あーーーーーーーっ!!』

 

 二人はそのまま奈落の底へと落ちて行った。

 

「相棒!!」

「ちょ、順平!?」

 

 二人が消えていった穴はすぐに閉じて元の床に戻る。

 おそらくクマと同じ罠に掛かったと思われるので、しばらくすれば二人もどこからか脱出してくるだろう。

 ただ、玲たちが普通に入って行けたからといって、罠が解除されている訳ではない事は理解出来た。

 順平と鳴上という尊い犠牲によってその事実を理解した直斗は、きっと二人が入るときにした行動に意味があるのだろうと考え、帽子を脱ぐと玲に倣って「失礼します」と一礼してから中に入ってみた。

 大丈夫だろうかと他の者が緊張した面持ちで見守っていれば、直斗も無事に中に入ることに成功しレッドカーペットを進んでゆく。

 どうやら罠が発動するのは王に無礼な態度を取った場合に限るらしい。

 それが分かればこっちのものだと他の者たちも一礼してから入るが、荒垣が入ったときには上から金タライが降り、クマと完二と綾時が入ろうとしたときにはボクシンググローブのついたマジックアームが伸びてきて、金タライを喰らって足を止めていた荒垣ごと三人を体育館の外へ殴り飛ばした。

 荒垣はニット帽を被ったままだった事が減点され、他の三人は一度失敗している事か服や顔が汚れている事が原因だと思われる。

 赤ん坊なのにとてもマナーに厳しいのだなと他の者は背筋が冷たくなるも、どうにかレッドカーペットの終わりである玉座の前にやってくると、ムスッとした顔でアイスを食べている赤ん坊に話しかけた。

 

「はーちゃん、ビーちゃん、お話を聞いて。さっき苦しくさせちゃったのは、はーちゃんが玩具の指輪を飲み込んだら危なかったからなの。喉に詰まったら息が出来なくなるし、飲み込めてもお腹を壊しちゃってたかもしれないんだよ」

「いー!」

「ンベー!」

 

 そんな事知らないもんねと二人はアカンベと舌を出す。

 二人の言い分としては、もっとちゃんと言ってくれれば素直に口から指輪を出したらしい。

 だが、アイギスたちは焦って八雲の許に辿り着くなり、ろくな説明もせずに口から出しなさいと言って背中を何度も叩き、最後には七歌が柔らかいお腹を強く圧迫して苦しい思いをさせてきた。

 あのままでは危なかったと言いながら、結局は八雲に痛く苦しい思いをさせてきた者を信用する事など出来ない。

 これ以上話すことなどないとばかりにアイスを食べ終えた八雲が手を挙げれば、全員の足下の床が消えて十センチほど下にあった餅らしき物に着地する。

 そこへさらに入口側から強風が吹いてきて、足が餅から抜けなかった事で全員がバランスを崩し、前のめりに四つん這いになって倒れた。

 

「ちょっと何これ! くっついて取れないー!」

「これただのお餅やなくて、お餅っぽい粘着性の罠や!」

 

 りせやラビリスだけでなく全員が餅から脱出しようとするも、餅は引っ張っても多少伸びるだけで、全員をその場に拘束していた。

 玉座からみれば全員が土下座をして頭を垂れているように見える事だろう。

 八雲たちの世界に干渉する能力を十全に使えば、ここまで凶悪な性能を発揮するのかと改めて全員が驚愕していると、何やら頭上から鎖の伸びる音が聞こえてきた。

 まださらに何かあるのかと何とか身体と首を捻って上を見てみれば、なんと天井がゆっくりと降下してきていた。

 このまま天井を使って全員を押し潰すのだと思われるが、天井を使った罠が単純な質量による攻撃だけではない事に直斗が気付く。

 

「皆さん、倒れるときは顔を横に向けてください! この罠は餅による窒息と天井の質量による圧迫の二段構えです!」

 

 きっと痛く苦しい思いをさせられた仕返しなのだろう。

 赤ん坊が考えるにしては残虐にもほどがあるが、餅に手足を取られているメンバーたちは、天井の重みに耐えかねて餅に顔からダイブする事になるに違いない。

 しかし、手も足も抜け出す事が出来ないほどの粘着性があるという事は、顔から突っ込んでしまえば鼻と口を塞がれて呼吸できなくなるという事だ。

 これまで誰一人殺していないことから、天井は痛みを与えつつもギリギリ潰れないところで止まってくれるに違いないが、無様に顔から餅に突っ込んだ場合は生命を保障しない。

 抜け道を用意しつつも死ぬ可能性もある罠を仕掛けて来たことで、如何に八雲たちが本気で怒っているのかが理解出来た。

 そして、一分もしないうちに天井が全員の背中まで降りてくると、予想以上の重みに全員が歯を食い縛って耐えた。

 

「ぐっ、これは……玲、君は無茶をするな……」

「ううんっ……はーちゃんが怒ってるんだもんっ。ちゃんと分かってあげて、それからもう一回あやまるのっ……」

 

 ここにいるのは主に女子ばかり。男子は善と花村と天田だが、女子よりも非力な天田は戦力として数えられないだろう。

 元シャドウ兵器の三姉妹は男子以上のパワーを発揮できるが、あの優しかった八雲がここまでの怒りを露わにしてきた事実を考えると力業で抜け出していいとは思えない。

 そうして、全員が必死に耐え続けるも、背中にのしかかってくる重みに耐えかねて、一人また一人と餅の海に倒れ込んでゆく。

 先ほどの直斗の言葉があったので、倒れるときには何とか横を向いて呼吸できるようにはしているが、支えるメンバーが減ったことで残った人数で支えきれなくなり、最後には全員が餅の海に倒れてしまった。

 支える者がいなくなれば天井の降下が再開し、倒れている者たちの背中や肩を容赦なく地面に押しつけてゆく。

 

「いででででっ!? ま、マジでシャレになんねぇって!」

「アイギスっ、これ以上は流石に八雲に遠慮してる場合じゃないわよ!」

「で、ですが、これはわたしたちが八雲さんに与えてしまった痛みでっ」

 

 天井の圧力によって骨がミシミシと嫌な音をさせ始めた。

 本当にギリギリで止まるのかどうかも怪しく、これ以上は待っていられないとチドリが叫ぶも、アイギスは相手を怒らせてしまった負い目からオルギアモードやペルソナの召喚を躊躇った。

 そして、アイギスがやらないなら自分がやるとラビリスとメティスがオルギアモードを発動しようとしたとき、パチンッ、と高らかに指を鳴らす音が聞こえ天井と餅が一瞬で消滅した。

 やはりギリギリのところで終えるつもりだったのかと安堵の息を吐きつつ、全員がその場から身体を起こせば、玉座にいる者の姿をみて思わず硬直した。

 何せ、そこには成人状態になったベアトリーチェとその膝に座る赤ん坊の八雲がいたのだから。

 

「フン……虫共よ。“私”の痛みを少しは理解出来たか?」

「うー!」

 

 雪のように白い肌に、白髪に近いほど透き通った金髪を揺らし、ベアトリーチェは八雲を抱き上げて立ち上がると起き上がっていた者たちを見下す。

 何故、一人だけ成長して元の姿に戻っているのか、成長した状態でも分裂したままでいられるのか、いつから元の姿に戻れるようになっていたのかなど疑問はいくつもある。

 だが、倒れる前に湊が着ていたブカブカな服を着ている彼女は、アイギスたちを氷のように冷たい瞳で見ながら、一方でとても愛おしそうに抱いた八雲の頭を撫でていた。

 

 


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