【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百八十一話 復帰、次の迷宮に向けて

――体育館

 

 第二ダンジョンの最奥で見つかった玩具の指輪。それを取った善の手を玲が払った事で、彼の持っていた指輪は近くにいた八雲の口に入ってしまった。

 このままでは誤飲して危険だからと、ろくに話もせずにアイギスと七歌が無茶な方法で吐き出させれば、八雲は体育館を改造して多数の罠でアイギスたちに仕返しを敢行した。

 餅のような粘着物で拘束され、畳み掛けるように天井落としで全身の骨が軋むほどの重量で床に押しつけられ、八雲の持つこの世界に干渉する能力が改めて規格外だと認識出来た。

 実際に八雲に指輪を吐き出させようとした者以外にすれば巻き沿いを喰らった形だが、彼が怒っている間はまんぷく亭も風呂も使えないので、彼がこれで落ち着いたというのなら結果オーライだと流すことが出来る。

 そうして、痛む身体を擦りながら顔を上げてみれば、先ほどまで赤ん坊が並んで座っていた玉座に、明らかに人のそれとは異なる神秘的な雰囲気を纏った女性と膝に座る八雲がいた。

 初めて相手をみる花村はぼーっと見惚れるが、愛おしそうに八雲を抱き上げて撫でながら立ち上がった女性は、他の者を冷たい瞳で見つめどぎつい言葉を放ってくる。

 

「フン……虫共よ。“私”の痛みを少しは理解出来たか?」

「うー!」

 

 抱っこされた八雲は「そうだ、そうだ」と相手の言葉に同意するように声をあげる。

 彼の事を考えての行動だったとは言え、アイギスと七歌にも反省すべき点はあったので、その言葉は素直に受け止めて反省する。

 だが、湊本来の肉体をエネルギー状にして分けることで分裂していた相手が、完全に元の大人状態で八雲と分かれている理由が知りたかった事で、しっかりと立ち上がったアイギスが相手に話しかけた。

 

「何故、ベアトリーチェさんは成長なさっているのですか? というより、成長した状態でも分裂出来たのですか?」

「無論、“私”が此度の休養を終えたからだ。そして、私と“小さな私”を足しても“私”の質量には届かぬ」

 

 やや固い言い回しで話すベアトリーチェの言葉を聞いて、八十神高校側の者たちはほとんどが首を傾げた。

 一応、相手が回復した事は理解出来、さらに八雲とベアトリーチェの分裂が、湊の肉体の質量を基に配分して行なわれていたことで、ベアトリーチェだけ大人状態になっても問題ないらしい事は分かる。

 湊は身長一八三センチで体重は七十三キロ。筋肉の質が上がったことで昔ほど量が必要なくなったため、力士やアメフト選手のように筋肉の鎧を纏わず馬鹿げた怪力を発揮できている。

 一方で、出るとこは出ているが細身なベアトリーチェと一歳児ほどの八雲の体重を足しても、到底七十三キロには届かない。

 二人がどんなに重くても六十キロほどだと思われるので、もしまだ彼の中に魂があるのなら赤ん坊をもう一人出すことが可能なくらいだ。

 ダメージと疲労が蓄積すれば身体が縮み、余裕が出てくれば分裂してブースト、さらに回復が完了すれば分裂したままでもベアトリーチェは大人になれるとは、随分と便利な共存関係なのだなと思ってしまう。

 しかし、やはり相手が何を言っているのかいまいち分からなかったので、りせが他の者に彼女がなんと言っているのか尋ねた。

 

「ねえ、あの人がなに言ってるのかよく分からないんだけど?」

「えっと、ベアトリーチェさんは自分と兄さんの両方を私と呼ぶんです。今の文脈から考えると兄さんの回復が完了した。彼女と縮んだ兄さんを足しても元の兄さんの方が重いから大丈夫って感じかと」

「成程、以前から不思議に思っていたが、妙に違和感を覚える話し方に聞こえていた理由はそこか」

 

 湊たちから見れば未来人にあたるメティスは、経験則か未来のどこかで説明を受けたのか、ベアトリーチェの使う一人称と二人称について把握していた。

 おかげで美鶴や七歌も彼女との会話で微妙に噛み合わない理由が理解出来たらしく、文脈から彼女の事を指しているのか、それとも湊の事を指しているのかを判断する必要があることに少しゲンナリしていた。

 ただ、それが分かれば少しは会話もし易くなるはずなので、改めて七歌は玉座の前で立ったままの彼女に話しかけた。

 

「てか、回復するの早くない? 前は三日くらい掛かってたよね?」

「疲弊の度合いが異なるからな。私も共に回復に努めていた事で、およそ一日もあればどうにか“私”の身体を維持できる程度には癒えた」

 

 前回彼が縮んだときには戻るまで三日ほど要した。

 戻ったのは現実世界での適性を持っていた超巨大なキメラシャドウが現われ、人々の騒ぎが大きくなる前に対処が必要になり、彼しかそれが出来なかったという理由はあった。

 そう、一応彼が再び目覚める理由はあったのだが、今回はそういった理由も見当たらずあまりに期間が短縮されていたので、ベアトリーチェから疲弊の度合いが違うと聞くと前回が如何に彼の負担になっていたのかを思い知らされる。

 まぁ、本人は既に気にしていないらしいが、前回を知る者たちが暗い雰囲気になる一方で、この世界に閉じ込められたメンバーからすると湊の復帰は喜ばしい話だ。

 チドリがそれを改めて思い直すと、それでと言いながら空気を変えるように話しかける。

 

「……それで、いつになったら八雲は元に戻るの?」

「私が“私”の中に還れば自然と戻ろう。私が出ている“小さな私”は、お前ら虫共から汚泥が漏れ出た状態と然程変わらぬ故」

 

 チドリの質問にちゃんと答えつつ、ベアトリーチェは抱っこしている八雲に指を握らせて握手をしている。

 姿が変わっても自分の半身だと分かっているように、八雲も成長した状態のベアトリーチェに心を許しているのが窺える。

 ただ、やはり他の者ではベアトリーチェの言葉が半分も理解出来なかったので、アイギスが出番だぞと先ほど相手の言葉を理解していた妹に通訳を頼んだ。

 

「メティス、通訳を」

「あーえっとぉ、虫って言うのは人間の事です。で、汚泥は確かシャドウのことなんで、ベアトリーチェさんっていう魂の一部が外に出てる兄さんは、人からシャドウが抜け出した無気力症と似た状態だと」

 

 相手は地球の全生命にシャドウを与えたニュクスと同じ神格を持つ、別次元から召喚された異なる理の世界の神だ。

 そんな神のスケールで世界を見れば、人間など惑星を食い潰そうとしている虫にしか見えない。

 人間から抜け出たシャドウも本来は心の海に存在する物なので、そこから人を経由して溢れ出てきた汚泥という認識だった。

 なんとかそういったベアトリーチェ語録から当時の記憶を思い出し、正確にメティスが通訳を終えれば、ツッコミどころがあり過ぎるぞと美鶴が声をあげた。

 

「待て。人からシャドウが抜け出るという部分も気になるが、八雲は無気力症状態で活動しているのか?」

「厳密には違いますよ。多分、この閉じた世界だからこそ可能なだけだと思います。でも、兄さんの意識が完全に覚醒するためにベアトリーチェさんが必要って点では、抜け出たシャドウが戻って回復する無気力症に近いかと」

 

 何を今更といった感じでシャドウと無気力症の関係についても触れたメティスは、そういえばこの時期の桐条側は無気力症の本当の症状を理解していなかったかと思い出す。

 もっとも、そういった部分の説明は基本的に湊に任せているので、メティスがそれ以上の説明を控えていると、ベアトリーチェが八雲を床に降ろし手を握って話しかけていた。

 

「さて、“私”よ。名残惜しくはあるが、再び一つに戻ろう」

「あい!」

 

 元気いっぱいに八雲が頷いて返せば、ベアトリーチェは優しく微笑んで光に包まれてゆく。

 そして、徐々に身体が光の粒になってゆき、それらが八雲の身体に吸収されると今度は八雲の身体も同じように光り始めた。

 まるで先日の逆再生のようだと思いながら見ていれば、完全に光に包まれた八雲の身体が巨大化していき、他の者たちよりも頭一つ分ほど高い背丈で成長が止まり、最後に光が弾ければそこには黒いマフラーを巻いた青年が立っていた。

 

「……ベアトリーチェとの同調完了。とりあえず、全員外に出すぞ」

 

 元に戻るなり青年が指を一度鳴らせば、床がトラベレーターに変化して全員を入口へと運んでゆく。

 だが、その速度があまりに速かった事で、体育館の入口でトラベレーターが終わっていると、湊とコロマル以外の全員が転がるように外に投げ出されてしまった。

 

「いつつ……。おい、もうちょい丁寧に運べよ!」

 

 固い床の上を転がった者たちは腕や肩を押さえつつ立ち上がり、かなり痛かったぞと花村が文句を言う。

 彼以外のメンバーも不満そうな顔をしているため、ほぼ全員が同じ気持ちらしいが、そんな事は知らないなと港が再び指を鳴らせば、体育館近くのマンホールから水柱が噴き上がり、体育館の地下へと消えていったはずの順平と鳴上が出てきた。

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』

 

 地上三メートル辺りまで上昇すると、二人はそのまま悲鳴をあげて落ちてくる。

 二人が無事だった事はとても嬉しいものの、他の者たちはそれぞれダメージを負って動けないので、無様な体勢で落ちてくる仲間に同情的な視線を送ることしか出来なかった。

 

「とりあえず、銭湯を作り直すか」

 

 後ろでドスンと大きな音がしていても、湊は気にした様子もなく体育館の方へ向き直って手をかざす。

 彼が罠の発動以外で直接世界に干渉する場面など初めて見る。一体どのようにして部屋を書き換えるのか興味を持って見ていれば、湊が窓ガラスの曇りを掌で拭うように手を横に振り、次の瞬間には体育館の入口が銭湯の暖簾が掛けられたものになっていた。

 世界を作り替えるのではなく、まるで世界の一部を塗り潰したかのような、過程を丸ごと無視した所行には“魔法”という言葉しか思い浮かばない。

 体育館を再び作り直して銭湯に変え終わると青年はすたすたとその場から去って行く。

 

「あ、八雲さん! 待ってください!」

 

 アイギスはすぐに立ち上がって彼を追っていったが、他の者たちはこれなら腕白ながらも八雲の方が素直だった分マシだったかもしれないと思った。

 そして、少し経ってから立ち上がったメンバーたちは、とりあえずダンジョンでの戦いで汚れた身体を綺麗にするべく、それぞれの拠点に荷物を取りに戻ってから銭湯に入った。

 

***

 

 他の者たちが銭湯に向かった事を確認していた湊は、まんぷく亭に“臨時休業”の札を出してから発送センターに籠もり作業を進めていた。

 八雲が消耗した分の食材の把握や、まだ登録を終えていなかった商品を通販サイトにアップするなど、元に戻ってからも彼のやるべき事は多い。

 一緒についてきたアイギスは現在発送センターの事務所部分に増設した風呂に入っているが、彼女が上がってくれば一緒にご飯を食べようと言われているので、湊が再び過労で倒れることはないと思われる。

 とはいえ、ベアトリーチェと同調して得た二つ目のダンジョンの情報や、三つ目のダンジョンである“放課後悪霊クラブ”についても考える必要があり、湊がこちらの世界でも忙しいことに変わりはない。

 

(……あと二つか。善を殺して終わりなら楽なんだが)

 

 この世界に来た時点で湊はここを構築した存在と核の存在を理解している。

 どうしてその二人が記憶を失っているかは分からないが、善と玲がただの被害者でない事は断言出来るのだ。

 魔眼を使って扉を封じている鍵を破壊し、そのまま他の者たちを元の世界に帰してしまうことも可能ではあるが、問題の元凶を叩かずに出て行くと再び他の者たちがこの世界に呼ばれる可能性があった。

 

(本当に面倒臭い。他のやつらにも異なる時間から来ている事を理解して貰った方がいいかもしれないな)

 

 敵を倒して終わりであればどんなに楽だったか。

 パソコンのキーを叩きながら考えていた湊は、他の者たちのメンタルケアを考慮した行動を面倒に感じ始めていた。

 何もしなければそれぞれが勝手な行動を始めるなどとは思っていないが、指揮系統の異なる二つの集団を円滑にチームとして機能させるには仲介役が必要だった。

 特別課外活動部のメンバーが湊にどういった感情を抱いているかは別にして、全員が湊の実力を認めている以上は全員を知っている彼の判断を重視することは明白で、おかげで湊が八雲になっている間もちゃんとシャドウと戦えていたらしい。

 自分たちだけで攻略を進められたのならば、合流してから一つのダンジョンを攻略した実績もあるので、そろそろ湊を精神的支柱にする必要はなく各々の判断で行動させるべきだ。

 そんな風に考えをまとめた湊は、次のダンジョンで彼らに別々の時代から来たことを気付かせようと決意し、八雲が消費した備品の把握を終えたところで近くの扉が開き、バスタオルを巻いたアイギスが出てきた。

 

「すみません、お風呂あがりました」

「……髪を乾かして、ちゃんと着替えてから出てきてくれ」

「はい。少し涼んでから着替えます。八雲さんは何を見ていらしたんですか?」

 

 お風呂で少しのぼせたのか、アイギスは白い肌を紅潮させながら出てきた。

 そういう事なら下手に着替えさせると熱が身体に籠もって気分が悪くなるので、湊はしょうがないなと嘆息しつつ好きにさせ、相手が画面を覗き込むように近付いて来ても淡々と答える。

 

「消耗した備品のチェックをしてた。後は、まだ載せきれていなかった商品をサイトに掲載したり、俺がいない間に来ていた注文を発注書として出したりだ」

「あまり無理をしないでくださいね。皆さん、自分たちで当番を決めて銭湯の掃除と洗濯をするようになりましたから、八雲さんばかりが仕事をする必要はありませんので」

 

 少女にとって彼の体調に気付けなかった事は一生の不覚と言える失態である。

 その事を深く反省しているアイギスは、湊の事を心配してこうやって今も傍についている。

 心配されている青年からすると極端だなと笑えるのだが、別に彼女がいても気にしない彼は、他の者が自分たちの事は自分たちでするようになったと聞いて負担が軽減する事を喜んだ。

 別に他人の下着を洗うのが恥ずかしかったり、他人の汗を吸った衣類に触れることに嫌悪感を覚えるという事はないが、自分の仕事が減って楽になれば他の事に時間を割ける。

 善と玲をそのままに黒幕を殺せるかなど、湊にだって色々と考えたい事はあったので、心配そうに自分を見つめるアイギスに小さく笑って返すと、そのタイミングでロック付きの扉が開いて廊下側から誰かが入ってきた。

 

「店長、いるー? 赤ん坊じゃなくなったって聞いたんだけどー?」

 

 声の主は青い帽子にパンク系のファッションを着こなしているマリーだった。

 体育館に来ていなかった彼女は、どうやら他の者から湊が元の姿になったと聞いて彼を探していたらしい。

 探していた理由などきっと夕食についてだろうが、パソコンの画面を見るために前屈み気味で傍にいたアイギスから視線を外すと、湊は座っていた椅子を引いてマリーに顔を見せた。

 だが、マリーは自分の探していた人物のすぐ隣に、バスタオルを巻いただけというあられもない格好の女が立っていると気付いて激しく動揺する。

 

「は? ちょ、うわぁっ!? な、なんでそんな格好でいんの! 近付きすぎだし、無防備にもほどがあるし、てか、店長もそんな格好してる人に注意しなよ!」

「風呂で軽くのぼせたらしい。一応、髪を乾かして着替えてから来いとも言ったしな」

「のぼせたなら水飲めばいいじゃん! はい、お水! ほら、それ飲んで店長から離れてよ!」

 

 発送センターは倉庫と事務所に分かれているが、事務所側には備え付けの冷蔵庫があったりする。

 そこで冷えていたミネラルウォーターのペットボトルを急いで取り出したマリーは、アイギスに無理矢理それを渡して彼女を増設されていた脱衣所の方へ押し込んだ。

 急にペットボトルを渡されグイグイ押されたアイギスは驚いていたが、脱衣所に押し込まれるなり扉を閉められたので反応する暇がなかった。

 アイギスが再び出ようとする前に、ちゃんと着替えてから出てきてと言われてしまえば従うしかなく、すぐ隣の部屋でアイギスが着替えている中、部屋に二人になったマリーは動揺が抜けきらない状態で湊に話しかけた。

 

「まったく、赤ん坊じゃなくなったと思ったら、店長ってばいつも面倒に巻き込まれるよね」

「……お前も押しかけ組だろうに」

「押しかけてないし。店長が好きにしろっていうから、別に行く場所なかったし、一緒に暮らすようになっただけで」

 

 自分を他の面倒ごとと一緒くたにされるのは不満なのか、マリーはムスッとしながら湊の言葉を否定する。

 湊からすると自分目線では知り合いになっていないこの少女も謎に思っていたりする。

 見た目こそ超が付く美少女で、着痩せするのか脱げばすごいスタイルの持ち主ではあるが、彼女が人間ではない事はあった当初から気付いていた。

 クマのような突然変異のシャドウという訳ではなく、どちらかと言えばシャドウから一歩進んだメティスや綾時に近いのだが、この世界では彼女の生い立ち等を調べる事が出来ない。

 悪い人間ではないし、彼女からは自分に対する絶対の信頼を向けられていることも分かっている。

 それ故、湊は面倒に思いつつも彼女を遠ざけたりはしていないのだが、もし、自分が他の時代の湊であるとばらしたらどうなるだろう。

 稲羽市側から来た者たちの記憶を読み、そのまま会話に参加していたので違和感を覚えることなど不可能に思えるが、ばらした後に嘘つき呼ばわりや贋物扱いをされても困る。

 どうせなら他の者がダンジョンの攻略をしている途中に気付かせ、あくまで全体の事を考えてそういう行動を取るしかなかったと思わせたい。

 相手の良心につけこんだ姑息な手ではあるが、完全な嘘ではないので許されるだろう。

 マリーへの対応を考え終えた湊はパソコンを待機モードに切り替えると、席から立ち上がって不満顔のマリーの頭を撫でてやる。

 

「ちょ、急になんなの?」

「別に。拗ねられても困るからな。あやしてるだけだ」

「何それ、子ども扱いしないでよ」

 

 学年的には同級生かマリーが一つ後輩になると思われるが、湊は小、中学生を相手にするような態度で頭を撫でていた。

 これにはマリーも憤慨し、子ども扱いされるくらいなら放置された方がマシだと湊の手を払い除ける。

 そんな相手の反応はどこかチドリやゆかりを彷彿とさせるが、湊にすれば構って貰いたがりの反応はどこか似通っているため、ここは敢えて放置しておく事にしてアイギスが戻ってくるのを待った。

 

「すみません、お待たせしました」

「別に待ってないし。てか、そうだ。店長、晩ご飯は? まんぷく亭ってとこ休みなんでしょ?」

 

 脱衣所の扉が開いてTシャツに膝丈のパンツルックというラフなルームウェア姿でアイギスが出てくる。

 二人を待たせてしまったと本人は思っているようだが、湊もマリーも勝手に話をしていたので待っていた自覚がない。

 なので、待たされていたという部分は聞き流しつつ、マリーがここに来た最初の理由を思い出して湊の方へ振り返れば、そこには青年の呆れ顔があった。

 

「……ふぅ、店が休みなら屋台で食事したらいいだろうに」

「はぁ? 店長がいるんだから店長に作って貰えば問題ないのに、わざわざ味の濃い屋台で晩ご飯済ます訳ないじゃん」

「また縮んでも文句言うなよ」

 

 湊をこき使えば再び過労で縮む可能性がある。

 正確に言えば、生命力が枯渇すれば縮む事すらなく死ぬのだが、そんな詳しい事まで話す気のない湊は人使いの荒いお姫様に愚痴で返しつつ、アイギスも連れて夕食を食べに発送センターを出て行く。

 明日からは第三の迷宮を攻略していく事になるはずなので、校舎に残るマリーはともかく実際に戦うアイギスには十分な栄養を取らせなければならない。

 さて何を作ったもんかなと考えつつ、湊は拠点よりも充実したまんぷく亭の調理設備を使いに行き、久しぶりに中華で腕を振るうことに決めた。

 三人で食事をしているとベルベットルームの住人らが訪れたり、中に人がいたことで自分も食べたいと言い出す者が現われたりもしたが、一部の女子たちだけは次のダンジョンの名前を聞いて食事がろくに喉を通らなかったという。

 

 

 


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