【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百八十五話 気難しい青年

――放課後悪霊クラブ・壱ノ怪

 

 無事に“北棟”の鍵を手に入れ、鍵付きの扉までやってきたメンバーたちは扉を潜った。

 しかし、何やら近くにF.O.Eの気配があるとの事で、追いついてくる前に移動するべく別の部屋に入れば、周辺を索敵していたチドリから通信が入った。

 

《……なんかF.O.Eがついてきてるわよ。扉のすぐ前で扉を押さえてる》

「なんだそりゃ。閉じ込め妖怪か何かか?」

 

 扉のすぐ向こう側にF.O.Eがいるのは怖いが、そこまで来ておきながら扉を押さえているだけと聞いて順平が思わず呆れた顔をする。

 一応、すぐに戦闘に移れる準備をしつつ、真田や荒垣に完二といった力自慢のメンバーが扉を押してみても、相手の方が押さえる力が強いらしくビクともしない。

 現時点では扉を押さえて開かなくしているだけなので実害はないが、もし、このまま進んで行き止まりに行ってしまうと困ることになる。

 全員が部屋から出た時点で押さえるのなら、誰かしらが部屋に残っていれば閉じ込められる事はないものの、ほとんどの者が移動した時点で追ってくるとなれば、残った者がF.O.Eと対峙するはめになる。

 相手の追ってくる条件が分からない内は何も出来ないので、さてどうしたものかと移動について悩んでいれば、マフラーに手を入れた湊が白銀のフレームに青い縁取りがされた銃を取り出し扉の前に向かった。

 

「ガキみたいな事をするな」

 

 言いながら湊は銃口を扉に向けて静かに引き金を引く。

 通常の拳銃では考えられないほど大きな発砲音。銃が火を噴いたときには瞬間的に部屋の中が照らされるほどだ。

 見ている者は一体どれだけの威力を持っているのだろうかと思いつつ、湊が続けて二発、三発と撃ったところで銃弾の威力によってガラスが割れ、フレームが裂けた扉の向こうから断末魔が聞こえた。

 流石のF.O.Eも扉の向こうから銃撃を喰らうとは思うまい。

 断末魔の余韻と共に黒い靄が霧散するのを確認すれば、愛銃ファルファッラをマフラーに仕舞いこんで湊は壊れた扉を蹴つけて床に倒した。

 扉がなくなった向こう側には敵は存在しない。これで直近の危険はなくなった訳だが、扉を押さえられたくらいで拳銃を抜き、さらに最後には扉を蹴り倒すという粗暴な行動に、今度は風花に代わって雪子が苦言を呈する。

 

「有里君、あんまりそういう事ばっかりしてると、育ちが悪いと思われるよ?」

「……小学校に通えなかったからな。そのせいだろ、きっと」

 

 言うだけ言って湊は振り返って再び先頭に戻ると歩き始める。

 先へ進んでゆく湊をどこか悲痛さを感じさせる表情をしたアイギスが追っていったが、他の者たちは遅れて湊の後を追いつつも、先ほどの話について八十神高校側の者たちは何も知らなかったため、何か知っているかと鳴上が遠慮がちに尋ねた。

 

「あの、有里が言ってた事について聞いても大丈夫ですか?」

「あぁ。彼の両親は桐条グループが起こした事故によって亡くなった。被害者遺族には補償も行なっていたが、彼は私の父の主導により世間では死んだ事にされ、その裏でペルソナ使いの貴重なサンプルとして実験体にされていたんだ」

 

 こういった事は加害者である桐条家の自分が話すべきだろうと美鶴が説明する。

 実験内容については美鶴も詳しくは聞かされていないが、湊から得られたデータを人工ペルソナ使いたちに反映させてデータを取っていたとチドリから聞いている。

 なので、湊自身は本人が望んだ肉体改造しか実験を受けていないと思われるが、湊が小学校に通えなかったのは間違いなく桐条グループのせいだ。

 その事を話せば鳴上たちは言葉を失いつつも、湊が歳不相応な戦闘技術を持っている事にどこか納得した様子を見せていたので、彼自信の努力を否定される前に美鶴が訂正を加えた。

 

「勘違いしないで欲しいのは、彼の強さは彼個人の才能と努力によるものだ。桐条グループは天然の原石を研究し、人工的にそれを再現しようとしていただけだからな。彼の力は本人が鍛錬で手に入れたものだ」

「ちなみに、私と姉さんたちは桐条グループがシャドウ討伐用に作った、対シャドウ兵器のロボットなんですよ?」

『ええっ!?』

 

 美鶴の話が一区切りしたところで、話が暗い方に行きそうだと思ったメティスは、これまで話す機会のなかった自分たち姉妹の出自を明かす。

 湊が実験体にされていたと聞いて同情的な視線を彼の背中に向けていた者も、流石にこのカミングアウトには驚きを隠せず口を開けてポカンとしている。

 中でも姉妹揃って美少女だなと眼福に思っていた花村は、自分がドキドキしていた相手が人間じゃないなど信じられないと激しく動揺を見せた。

 

「ロ、ロボットってマジで言ってんの? つか、いや、どうみても人間なんだけど?!」

「そうそう! だって、一緒にお風呂入ったけど機械の部分なんて一つもなかったし!」

 

 花村に続いて千枝も自分が見たメティスらの身体は、間違いなく人間のそれだったと断言する。

 小さい八雲をお風呂に入れていたときなど、湯船で枕代わりにされていたアイギスの胸は八雲の頭の重みで潰れていた。

 むしろ、潰れながらも弾力があるため、豊かな双丘で八雲の頭を包み込んでいたと言える。

 ロボットならそんな事はあり得ないはずだと言えば、話が聞こえていたのか後ろの組に合流したアイギスが千枝の疑問に答えた。

 

「正確に言えば元ロボットです。今のこの身体は八雲さんが作った生体ボディなので、骨格こそ人工物ですが細胞は全て生きた細胞であります」

「そ、それはつまり、ロボットから人間、いや人造人間やサイボーグと呼ばれる存在になったという事ですか?」

「はい。針で刺せば血が出ますし、皆さんと同じように歳も取ります。妊娠や出産も可能とのことで、普通に生活している限りではバレることはほぼないかと」

 

 昔から秘密道具や機械が好きだった直斗は、アイギスたちが元ロボットだと聞いて目の色を変える。

 ただ、やはりどこか信じられないようで、もう少し詳しく聞かせてくださいと質問を重ねる。

 

「まさか、現代でそこまで高度な人型ロボットが既に完成していたとは。というより、有里先輩が作ったというのは?」

「ああ、そのまんまやで。湊君は昔からウチらの事を人間として世界に認めさせたかってん。けど、どうやっても機械は機械でしかないやろ? で、力ずくで認めさせようと思ってたのをアイギスに止められてから別の方法をずっと研究しとってな。考えた末に辿りついたんが生体ボディで人間にする方法やってん」

 

 人から機械の身体になるというのなら話は分かる。生身と同等の性能を持つものは未だ完成していないが、それでも手や足など機械義肢の研究は世界中で行なわれているのだから。

 しかし、機械という命を持たないただの物に、どうやれば命を吹き込めるというのか。

 そんな事が可能ならば世界の常識は覆る。物を壊しても器物損壊でしかなかったものが、命を持っているから殺人や虐待として扱われる事もあり得るのだ。

 現代の科学技術がそこまで進歩しているとは思えないので、いくら何でもあり得ないだろうと直斗は半信半疑で言葉を返す。

 

「流石にそれは現代の技術では不可能なのでは?」

「まぁ普通はそうやけど黄昏の羽根っていうオーパーツがあってな。情報記録媒体として使えたそれに設計図を打ち込んで、極小サイズにしてから細胞核と入れ替えてん。ほんならウチらの身体の情報を持った細胞が出来るから、後は人工的に用意した骨格をベースに培養して完成って感じやで」

「え、それを先輩がされたんですか?」

「湊君は研究者やなかったから普通の新型ボディ開発から学び始めてんけどな。一年くらいで学び終えて、二年しないくらいにはほぼ自力で生体ボディの製作と調整が出来るようになっとったで。だから、ウチは湊君とシャロンさんっていう研究主任の人らの共同開発やけど、アイギスに関しては完全に湊君一人で作ってはるわ」

 

 確かに直斗の言う通り現代の技術だけでは不可能だった。これを否定出来る者はいないだろう。

 けれど、桐条グループと湊はオーパーツである黄昏の羽根を持っていた。

 おかげで桐条グループでは機体ごとに自我を持たせることに成功したし、湊は設計図の情報を入れた極小の黄昏の羽根をDNA代わりにすることで、アイギスたちの生きた細胞を作る事が出来た。

 対シャドウ兵器としての性能を発揮できるほど丈夫なだけでなく、負担を軽減するためにある程度の柔軟性も持った骨格の素材を準備するのは大変だったが、苦労したおかげで生体ボディになった後も彼女たちはオルギアモード等のブースト機能の発動ができる。

 こうなってくると人から一歩進んだ新人類と呼ぶ事も出来そうだが、アイギスたちの身体が人工的に作られた物であると聞いて、花村が閃いたとばかりに瞳を輝かせて口を開いた。

 

「なぁ? って事はさ。その技術を使えば理想の見た目の理想の彼女がって……うむぅ!?」

「ダメです、花村さん! そういった話題は兄さんの逆鱗なんですから! 冗談ぽく言っても四肢粉砕されますよ!」

 

 花村が大変な事を口走りかけたことで、メティスが手で口を塞いですぐに黙らせる。

 湊は彼女たちを人間として認めさせるために世界に喧嘩を売れるような男だ。

 人間にする事が出来るのならばと、命を創造するという神の領域に手を出してもいる。

 そんな湊がいる傍で、彼女たちの存在を己の欲を満たすための都合の良い道具のように語るなど、例え冗談であろうと命を放棄すると宣言するに等しい愚行であった。

 慌ててメティスが口を塞いだものの、花村はほとんど言葉を発してしまっていた。

 湊とは五メートルも離れていないので先ほどの発言は全て聞こえていた可能性が高い。

 彼がキレている姿を見たことのある者たちは、湊の次のアクションに備えて身構える。

 全身から嫌な汗が噴き出し、ただ立ち止まって湊の背中を見ているだけだというのに膝が震えてくる。

 もしも逆鱗に触れていれば知り合いだろうと命はない。チドリが止めようが、アイギスがやめてくれと懇願しようが、湊は己の大切な者を侮辱した者を絶対に赦しはしない。

 一秒が数十倍に引き延ばされたような感覚の中、一同が湊の背中を見つめたまま三十秒ほど待っていたとき、その場で立ち止まった湊が皆の視線が集まる中、横に伸ばされた右手が“審判”のカードを握り砕いた。

 

《――――――――ッ!!》

 

 直後、時折爆ぜる激しい白雷を帯電させた状態で麒麟がその場に顕現する。

 白銀の毛並みを持ちながらも瞳だけは翡翠色だったはずが、今の麒麟は激昂しているかの如く瞳が真紅に染まっていた。

 顕現した時点で空気がひりつき、周辺一帯を途轍もない重圧が包み込む。

 それだけで戦闘慣れしていない玲や風花は地面に膝を着きそうになるが、問題の花村は全身を恐怖に震わせながら歯をガチガチと鳴らしていた。

 花村の持つジライヤは電撃属性が弱点だ。麒麟の放つ一撃を受ければ本来より多くのダメージを受ける。

 そも、帯電状態で既に熱を放っている麒麟の一撃を喰らい。それで無事に済む者がいるとは思えないが、弱点を持つ花村が喰らえば肉片一つ残さず蒸発するかもしれない。

 このままでは拙いとアイギスが制止の声を掛けようとするも、麒麟の放つ重圧が増して相手の足下が赤く融解し、周辺には球体のプラズマが発生し始める。

 既にこの場にいる者らの適性値の総量を超える力を籠められていたというのに、ここからさらに力が跳ね上がるなど誰一人予想出来ていなかった。

 せめて直撃だけは避けようと鳴上はイザナギを呼び出そうとするも、果たして電撃耐性を持っているくらいで耐えられるのかという不安が頭を過ぎる。

 だが、もう時間がないとペルソナを召喚しようとすれば、全員の前に黒い死神が躍り出た。

 

「タナトス、相殺に持ち込んでくれ!」

《グルォオオオオオオオオオオッ!!》

 

 綾時が呼び出したタナトスが他の者を庇うように立てば、不気味な輝きを持つ赤と黒の光を麒麟に向けて撃ち放つ。

 タイミングで言えばタナトスの方が先ではあるが、籠められた力の総量は圧倒的に麒麟が勝る。

 この僅かなアドバンテージでどこまで粘れるか。綾時がそう考えたとき、

 

「麒麟、九天応元雷声普化天尊」

《――――――――――――ッ!!》

 

 麒麟が嘶き、放たれた光が全てを飲み込んだ。

 

***

 

 眩い光に全てが飲み込まれた後、あまりの光量によって一時的に失われた視力が回復してきたところで、七歌が周囲を見渡してみれば、辺りは炎の海に姿を変えていた。

 雷帝の雷によって通路の壁は全て消滅し、遠くに見えるダンジョンの入口と次のフロアへの階段だけが残っただだっ広い一つの部屋になっている。

 だが、そのフロアの床は七歌たちの立っている場所を除き、全てが融解して今も熱で赤く染まりながら時折蒸気を出しており、よくもこれだけの攻撃を受けて無事だったなと軽く目眩がした。

 ただ、このまま呆然としている訳にもいかないので、両手で頬を叩き活を入れると、メンバーたちの状態を確認してゆく。

 

「全員無事かな?」

「あ、ああ、なんとかな。けど、これは……すごいな」

 

 七歌に問われて鳴上もメンバーたちを確認して答える。

 自分は勿論のこと、狙われていた花村も顔は真っ青になっているが無傷で生きている。

 どうやら綾時のタナトスの攻撃で自分たちへの直撃は避けられたらしい。

 地面に膝を着いて肩で息をしている少年の許まで進み、あの咄嗟の行動でよくやってくれたと労う。

 

「綾時君、咄嗟に動けなくてゴメンね。助けてくれてありがとう」

「いや、僕は何もしてないよ。というより、流石にあの規模の威力が相手じゃ欠片も抵抗出来なかったんだ」

「え? でも、全員無事だよ?」

「ああ。これは湊が蛇神の頭骨で僕らを覆ってくれたんだよ。あれは一種の絶対防御だからね」

 

 そんなまさかと自分たちのいる場所を見てみれば、今もまだ半透明な何かがドームのように自分たちを覆ってくれている事に気付く。

 湊の麒麟の一撃によって死にかけたというのに、どうして彼の持つ蛇神の力が盾となってくれているのか。

 訳が分からず混乱していると、隅の壁際の方でメティスが湊に向かって激怒していた。

 

「もう兄さん! いくら何でも脅しのレベルを超えてます! ダンジョンの階層一つがワンルームになっちゃったじゃないですか!」

「……楽で良いじゃないか」

 

 確かにこれなら探索の必要などないだろう。入口から次のフロアへの階段が見えているのだから。

 しかし、少女の怒りはそういう事ではないので、メティスがさらに抗議を続けているのを視界の納めつつ、七歌は湊のあれは嘘だったのかと綾時に聞いてみた。

 

「えっとぉ……キレたフリしてたって事?」

「まぁ、湊は確かに気難しいけど、皆が思ってるほどじゃないからね。花村君の発言を不快に思ったのは事実だけど、メティスたちが彼を責めようとはしていなかったから、次はないぞって脅しだけで済ませたみたい」

 

 なんという人騒がせなと七歌はどっと押し寄せてきた疲れによってその場に座り込む。

 壁が消えた事で正確な広さが把握できる状態になっているが、想像以上の広さを持っていたフロア一つをワンルームに出来る規模の攻撃をしておいて、脅し目的の冗談だったなど誰か信じるだろうか。

 これには他のメンバーらも脱力しており、しばらくは動く気になれないと口々に溢す。

 

「ねぇ、有里君のこと外の地面で転がしちゃダメかな?」

「いや、おやめなさいって。それに火炎耐性があるからって雪子も無事に済むか分かんないでしょ」

「じゃあ、ちょっと開けて外に向かって押すとか」

「押そうとした腕を掴まれて反対に投げられるって……」

 

 こういったとき、雪子はかなりドライというか黒い反応を見せる。

 雪子と湊が戦闘に入れば、一秒と持たず間違いなく雪子が死亡するだろう。

 他の者はその危険性を理解しているというのに、雪子本人だけは気にせず本気で実行に移す可能性がある。

 だからこそ、近くに腰を下ろしていた千枝が絶対にやってはダメだと止めていた。

 八十神高校の幼馴染みコンビがそんな風に話をしていれば、蛇骨の結界内から外を見ていた玲が、これだけ明るいと怖くないやと少し明るい表情で善に声を掛けた。

 

「善、お化け屋敷なくなっちゃったね」

「ああ。この階層のみだが、ペルソナとはこれほどの力を持っているのだな」

「うん。わたしたちも借りたペルソナの取り扱いには気をつけなきゃだね」

 

 二人は風花と同じように湊のペルソナを借り受けている。

 どちらも大型のライオン型のペルソナであり、エネルギー源が湊であるため他の者たちよりも強力なスキルを放つことが可能だ。

 ただ、たったの一撃で広い迷宮の階層一つを吹き飛ばし、今も床だった場所がマグマのように赤く燃えている事から、強力だからこそしっかりと扱いに気をつける必要があるだろうと二人は確認し合った。

 新たな力、強大な力を手に入れると人は増長しやすい。しかし、善と玲は戦いを望まぬ性格だからこそ、出来る限りその力には頼らないようにしようと考える事が出来た。

 湊も二人のそういった性質を見抜いていたからこそ、ペルソナを貸し与えたのかもしれない。

 

「思ったんだけどさぁ。こんな事が出来るなら有里君にフロア一掃して貰ってから向かった方が早くない?」

「いやぁ、それもどうだろうな。あんなんポンポン出せるとは思えねぇし。下手するとまた赤ん坊になるかもだぜ?」

「僕はそっちの方がいいです。有里先輩がいるとちょくちょく心臓に悪いんで」

「ははっ、言えてらぁ」

 

 対照的に、もし湊からペルソナを借りたら全力で酷使するであろうゆかりや順平は、天田と一緒に効率的に探索を進める方法について話していた。

 ゆかりとしてはお化け屋敷など土台から全て吹き飛ばして貰いたいが、この規模の攻撃を連発するのは流石に無理だろうと順平を予想する。

 そんな事を続ければ再び赤ん坊になる恐れがあり、残りの迷宮の攻略にも支障が出ると言えば、天田としては何度も死ぬような目に遭いたくないので赤ん坊の方がマシに思えると正直に口にした。

 頼りになるが心臓にも悪い湊に対し、あまり頼れないが癒やしにはなる八雲。

 どちらが好みかは人それぞれだが、少なくとも現時点では八雲の方が絶対にいいと断言するりせは通信越しに激怒していた。

 

《ちょっと! 今の絶対にプロデューサーのペルソナでしょ! さっきの攻撃のせいで教室のドアが吹っ飛んで来たんだからね!》

《少しずれたテーブルにいなかったら当たってたんだけど?》

「……いや、ダンジョンのトラップが原因だ。“押すな”と書かれたスイッチを花村が押したら、ダンジョンの自爆スイッチだったらしく急にフロア中が爆発したんだ。花村、次からは迂闊な行動は控えろ」

「ちょっ、俺!? あ、えーっと、すんませんした!」

 

 廊下と迷宮を隔てる壁は破壊が不可能なのか無事であっても、入口の扉だけはその限りではなかったらしく、先ほどの攻撃で吹き飛んできたぞとクレームが飛んできた。

 急にその責任を擦り付けられた花村は、死の恐怖が抜けきっていないようで湊には従順な態度で接する。

 近くにいるクマや鳴上は彼を不憫に思うも、元を辿れば彼の軽率な発言が今回の事態を引き起こしたのだ。

 湊はそれこそ命懸けでアイギスたちを“人間”にしようと動いていた。途中から方向転換して本物の人間にする研究に移っていったが、その研究だって並みの苦労ではなかった。

 何度も失敗して、苦悩して、挫折しかけて、それでも諦めずに研究を続けてようやく望んだ結果を得られた。

 そんな苦労の結晶を下衆な目的で利用しようなど、例え冗談であったとしても口にすることは赦されなかった。

 今回は脅しとして蛇骨で守ってくれたが、次は他の者が止める暇もなく花村を灼くに違いない。

 それが分かっているからこそ花村も少しでも心象をよくするため、湊が外を冷やし終えて次の階層に降りるまでは、ジュネスの接客で鍛えた技術をフル活用して働いてみせた。

 

――放課後悪霊クラブ・弐ノ怪

 

 壁が全て消失したことで簡単に次のフロアへ降りてゆくと、一同は警戒しつつ先を目指した。

 このフロアも校舎がモデルらしく、前のフロアとそれほど違いはない。

 しかし、いくつも扉を潜っていると、途中で急に暗くなっているエリアに入った。

 ただでさえ照明が少なかったというのに、これまでよりさらに減ったらしく隣にいる者の顔もろくに判別できないレベルだ。

 これでは慎重に進まざるを得ないなと自然と全体の歩みも遅くなる。

 先頭を歩いている湊だけは両手に拳銃を構え、たまに遠くに向けて撃っては、ナビ役の二人からシャドウ反応消滅という声が返ってくるが、この暗がりでそんな事が出来る変態は湊くらいなものだろう。

 そして、途中で“南棟”と“理科準備室”と書かれた鍵の掛かった扉を見つけ、ラビリスのペルソナであるアリアドネーのストリングアーツで解錠出来ず、その鍵を探しにさらに奥へ進んでいたときだった。

 暗い上にそれほど広くない学校の廊下が舞台なせいで、こうも人数が多いと逆に動きづらいなと美鶴もつい愚痴をこぼしてしまう。

 

「ふぅ……こんな暗い場所を大勢でゾロゾロと歩くのは疲れるな。せめて足下だけでも見えれば違うんだろうが」

「フフン、美鶴さんは修行が足りないなぁ。こういうときは心の目で周囲の気配を察知するんだぜ?」

 

 視覚がほとんど封じられているからこそ、音や空気の流れに敏感になっている。

 だが、大勢で固まったままゆっくり進んでいるせいで、ほとんど足音と衣擦れの音しか聞こえてこず、空気の流れも人が動いたときのものしか感じ取れない。

 このままでは神経だけがすり減っていくだろうと危惧すれば、七歌が見えないのに少しでも見ようとするから疲れるんだと返した。

 彼女曰く、耳や空気の流れに頼るのもいいが、こういうときは本能で人の気配を探った方が分かり易いらしい。

 少し集中してみるだけで、目を閉じてもなんとなくで近くにいる人や物との距離が分かる。

 この感覚を鋭くしていく事で心眼を習得出来るらしく、戦いで敵や味方との距離を掴むことに慣れている者なら習得はそう難しくない。

 七歌にそう言われて他の者は素直に目を閉じ、自分たちの周りの気配を探ってみる。

 目で見ず、声を掛けることもなく、ただ近くにいる気配を掴んでゆく。

 最初は一番近い相手の気配しか感じ取れなかったが、確かにやってみると二、三メートルくらいの範囲内なら気配も感じ取れるようになってきた。

 未知の技術を自分が使えていることで、まるで武術の達人になったようだと順平は喜ぶ。

 

「おっほ、オレっちもついに達人の仲間入りか? 鳴上と綾時が近くにいんのが分かるぜ」

「確かに慣れてみると結構分かるもんだね。僕の斜め右にいるのが鳴上君、少し離れた左にいるのがあいかさんだね」

 

 七歌に言われるまではボンヤリとした位置関係しか分かっていなかったが、慣れてくると誰が近くにいるのかまで分かってきた。

 暗くなったことで余計に見ようと頑張っていたが、そんな事よりも戦いの中で培われてきた感覚の方が役に立つ。

 その事を教えて貰えた一同は七歌に感謝しつつ、暗い中を進んでいると急に湊が足を止めた。

 

「兄さん、急に止まってどうしたんですか?」

「……そこの机の下に鍵が落ちてる」

『机?』

 

 そこの机と言われても他の者では暗くて場所が分からない。

 周囲の気配を探ることを覚えようと、流石に完璧に周りの地形を把握できる訳ではないのだ。

 よって、他の者では分からないからと湊に拾って貰えば、ペンライトを使って直斗がどこの鍵かを調べた。

 

「これは……“理科準備室”の鍵です。先輩、よく見えましたね」

 

 無事に片方の鍵を手に入れられた事で直斗が喜ぶ。

 他の者も同じように喜びつつも、湊の夜目がどれくらいまで利くのだろうかという点も気になった。

 本人にすれば見えないという感覚の方が分かりづらいのだが、ここではなにも言わずただ元来た道を戻って理科準備室を目指すのだった。

 


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