【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百八十六話 驚きの連続

――放課後悪霊クラブ・弐ノ怪

 

 理科準備室の鍵を手に入れた後、移動した先で南棟の鍵も入手することが出来た一行は、そのまま南棟へ進んでいた。

 辺りは暗く見張らしも悪い。しかし、足下くらいはぼんやりと見えたことで、真田がそこに落ちていた紙を拾い上げた。

 

「なんだこの紙切れは? “はしるな、ろうか、ぶつかるぞ”、標語か何かか?」

「よくあるやつですね。俺たちの学校にもありました」

「あったあった。小学校とかだと“お・か・し”とかな」

 

 書かれている内容に違いはあれど、こういった標語というのはどの学校にもある。

 高校にもなると気にしなくなってしまうが、小学校のときの物は妙に印象に残っているため、鳴上と一緒に花村はそれぞれの小学校時代の話に花を咲かせる。

 ただ、こんなダンジョンの中で書かれているものだ。何かしらの意味があるのではと直斗が考えていたとき、外にいるりせから通信が入った。

 

《皆、ちょっと聞いて! この部屋の中にF.O.Eの反応があるの。正確な場所は掴めないけど複数の反応があるから》

 

 部屋の中に複数の反応があるので標語の通り走らない方がいい。

 りせがその様に言おうとしかけたとき、言い終わるより速く湊がカードを砕き、太陽“茨木童子”が姿を現わした。

 その手にはあまりの高温で黄色く光る炎が溜められ、腕を横に薙ぐと同時に炎の津波が部屋の中を焼き尽くしてゆく。

 所々で黒い靄が上がりつつ、津波が壁に当たりそうになれば、茨木童子が曲を止める指揮者のように拳を握ると炎は跡形もなく消えていった。

 部屋の中に敵が複数いることが分かっているのなら、確かに入口から全て薙ぎ払ってしまえば簡単に済む。

 しかし、本来強敵であるはずのF.O.Eを、何体も飲み込んで倒せるスキルを放てるなどサポート組の想定にはない。

 そんなものをポンポンと連発できるのであれば、作戦も連携もあったものではない。他の者を退げて一人を戦場に投入するだけで終わってしまう。それこそ戦略兵器と呼ぶしかないだろう。

 故に、ダンジョンを探索している者たちのサポートに全力を注いでいる者にすれば、自分たちの助けなど全くいらないではないかと憤るのも無理はなかった。

 

《もう、プロデューサー嫌い! 私のサポートなんて全然意味ないじゃん!》

「……なら、もう少し意味のあるサポートをしてくれ。敵の正確な位置と数、弱点属性や行動パターン。それらをこちらの戦力を考慮して伝えてくれば情報も役に立つ」

《だから、ダンジョンの中は変な力でフィルターが掛かってて難しいんだってば!》

「なら、文句言うな。こっちは現地にいて正確に情報を把握して動いてるんだ。そも、索敵しながら戦力を出せる俺にサポートはいらない」

 

 りせがどれだけダンジョン内のサポートが難しいか語ろうとも、現地で索敵とアナライズをしながら行動している者にとっては、なら現地で力を使えば良いだろうという結論になってしまう。

 普段は後方支援しかしていない者でも戦えるよう、湊は彼女たちにペルソナを貸し与えたのだ。

 湊の悪戯が原因と言えど現地でのサポートを断った以上、どれだけ理由を並べようが情報が不足している時点で彼には無用の長物。

 はっきりといらないと断言すれば、りせが通信越しに息を呑む音が聞こえてきたため、いくら何でも強く言いすぎだとラビリスが諫めた。

 

「湊君、もうちょい優しい言葉でいったりぃや。りせちゃんやって頑張ってサポートしてくれてるんやし」

「だから俺にはいらないと言ったんだ。仲間とつるんでる他のやつらには有効だろうさ」

「有里だって仲間だろ?」

 

 ラビリスに反論する湊の言葉が気になり鳴上が後ろから尋ねる。

 ここまで一緒にやって来たのだ。自分たちはとっくに仲間だろうと彼は言いたかった。

 しかし、声を掛けられた湊は酷く呆れた表情で淡々と言葉を返す。

 

「一方的にお守りと尻拭いばかりさせられる関係を仲間と呼ぶんならな」

 

 それだけ言うと湊は一人で先へと進んで行ってしまう。

 慌ててアイギスとメティスが他の者に謝罪するように一礼してから追っていったが、湊本人の口から出た言葉を受けた他のメンバーたちの表情は苦い物になっている。

 そのまま行かせる訳にはいかないので他の者も動き出すが、頭の後ろで手を組んだ順平がはぁっと溜息を吐きながら愚痴をこぼした。

 

「まーた始まったよ。あいつも飽きねぇな」

「そう言ってやるな。有里はずっと我々の戦力の穴を補ってくれているんだ。同じ状況が続けば文句の一つも言いたくなるだろう」

 

 戦闘時の隊列や役割は湊が参加した時点でほとんどなくなっている。

 チームで連携を取るよりも彼が勝手に動いた方が効率がいいためだ。

 一応、他の者たちも戦闘には参加しているものの、湊がサポートしている場面も多々あった。

 最前線にいて支援も行える希有なポジションの彼は実に重宝し、皆が自然と頼ってしまうのも無理はない。

 ただ、それが彼の負担になっていたのであれば、反省こそすれ先ほどの言動を責めることは出来ないと美鶴は言う。

 けれど、美鶴が言い終わると同時に、それはおかしいだろうと真田も口を開いてきた。

 

「以前のように突っかかるつもりはないが、美鶴はいくら何でも有里に甘すぎるぞ。あいつと俺たちの実力に開きがあるのは分かるが、だからといって集団の空気を乱す行為は正当化されないだろ」

「そうっすよ桐条さん。俺や相棒が言っても無駄だろうし。ここは一つ、上級生として有里を叱ってやってくださいよ。ちゃんと集団行動も取れって」

「い、いや、それは……」

 

 美鶴は自分が負い目を感じている事は自覚しているが、それが原因で湊に無意識に甘くなっている自覚はない。

 真田たちに指摘されてもそんなつもりはないと思っている辺り重症だが、美鶴の方から湊を叱ってくれと花村が頼むと途端に口ごもってしまう。

 八十神高校側のメンバーはそれを不思議そうに見つめれば、見かねた荒垣が二人の関係を説明してくれた。

 

「無駄だ。あいつは桐条と口をきかねぇ。中等部の頃から見てるがそこは徹底してる」

「中等部の頃からって……五年間で一度もですか?」

 

 言葉を交わすことはないが実際には色々と彼女を気遣った行動も取っている。

 おかげで美鶴も胸中複雑な相手の妥協点がそこなのだろうと理解している訳だが、やはり周囲からは単に喧嘩しているようにしか見えないらしく、玲が心配した不安げな表情で声を掛けてきた。

 

「みっちゃん、はーちゃんと喧嘩してるの?」

「喧嘩じゃない。ただ、さっきも話しただろう。桐条グループが彼の両親を殺して、彼自身も被験体にしていたと……。この溝はそう簡単に埋まる物でもないのさ」

 

 つらくない訳ではない。しかし、彼なりの優しさも美鶴は見ている。

 以前、謎の大型シャドウに襲われたときには命を救われたし、ボロボロの服装を見て上着も貸してくれた。

 さらに彼は美鶴の母である英恵の許を訪れては彼女に生命力を分け与えている。

 一般人に出来る事ではないが、おかげで英恵の体調は以前と比べて格段に良くなっているのだ。

 そういった姿を見ているからこそ、美鶴は彼の行動をある程度は容認しているのだが、周囲から見ればそれは贔屓しているように感じるらしい。

 客観的に見ることを怠っていた美鶴はそれらを反省しつつ、ただやはりと戦闘面における湊の功績を考慮してある程度の事は自由にさせてやって欲しいと他の者に伝えた。

 一部の者はやはりというかいい顔はしなかったが、湊に抜けられると戦力的に厳しくなるのは事実。なら、ここは自分たちが大人になって彼の我が儘をきいてやるかと心に折り合いをつけて先へと向かった。

 

***

 

 次の部屋へ向かうと湊たちは入口で待っていた。

 一応、他の者より進みすぎないという配慮はあったようで、扉を潜ったらもういないという事がなくて他の者も安堵する。

 

「……先に進め。サポート役が拗ねるから、俺は殿を務める事にした」

《拗ねてないし!》

「……通信はもう切っておくか」

 

 同じ系統の力を持っている者ならば相手の通信を切ることは可能だ。

 ただ、それにも力の強弱は関係するし、似た力でも原理が異なれば干渉出来ない場合もある。

 湊の力は他のサポート役と原理が異なるので、干渉を拒否すれば一方的に通信を遮断することが出来た。

 おかげでいくら相手が文句を言おうと既に聞こえておらず、逆にまだりせの声が聞こえている者たちはここにいない少女に同情した。

 

「まぁ、そういう事なら八雲君を最後尾にして隊列を組み直そうか。後方からの襲撃の心配もないし、完全に攻撃型の陣形でいいよね」

 

 湊が最後尾を歩くのなら背後から襲われる事はないだろう。

 ならば、警戒は前方と左右に限定されるので、善と玲を安全な真ん中に配置しつつ、攻撃力の高いメンバーを前方に固める攻撃的な布陣で行くことに決まった。

 まぁ、その陣形だと最前線に立つことになる千枝がぐずっていたが、彼女もシャドウが相手ならば戦えるはず。

 そうして陣形を組み直し、改めて進み始めたところで千枝の目の前の床から“キャハハ!”と笑う市松人形が飛び出してきた。

 

「ぎゃーー!!」

『うわぁぁぁぁっ!!』

 

 尻餅をつきながら叫ぶ千枝に釣られてゆかりと玲も抱き合って悲鳴をあげる。

 まぁ、薄暗い場所で急に床から不気味な人形が飛び出してくれば誰だって驚くだろう。

 普段は動じない荒垣や真田に完二といったメンバーも驚いた顔をした後、慌てて武器を構えている事からもメンバーの動揺が窺える。

 

「くっ、突然地面から現われるだとっ」

「この野郎! だまし討ちしようなんざナメやがって!」

「待て、お前ら! 敵は動いてねぇ!」

 

 相手に攻撃を仕掛けようとする二人に対し、荒垣は敵が襲ってこないことを不思議に思って制止を掛けた。

 見れば確かに相手は飛びだしてきたものの、その後はびっくり箱から飛び出してきた人形のようにその場でビョンビョンと動くだけで移動していない。

 どうやら追跡型の敵ではないようで、これならば迂回して戦闘は避けた方が楽だろうと直斗が提案した。

 

「相手はその場から動かないようですね。これなら避けて通った方が消耗せず済むでしょう」

「そうだな。先ほどの走るなというのもこれの事を言っていたに違いない。全員、F.O.Eに気をつけてゆっくり進もう」

「ちょ、ま、待って。今ので腰が抜けて……」

 

 全員がF.O.Eの対策と今後の方針を聞き終わり進もうとすれば、未だに尻餅をついたままの千枝が腰が抜けてしまったと申し訳なさそうに言ってきた。

 別に誰も彼女を責めたりはしないが、このままだと彼女が回復するまで動けないのも事実。

 ゆかりと玲は一秒でも早くここを抜けたいようなので、何とかして先へ向かえないものかと考えていれば、

 

「……回復したら降りろ」

 

 そう言いながら殿にいた湊がやって来て、千枝をお姫様抱っこで抱き上げたまま殿に戻った。

 他の者からするとそれで良いのかという対処法だが、案外乙女な千枝はお姫様抱っこが恥ずかしいのか身体を小さくして黙り込んでいる。

 本人が嫌がっていないのなら問題もない。これ以上彼の行動について考える事を放棄したメンバーたちは、地面から突然飛び出してくるF.O.Eを避けながら先へ進む。

 

「ちょちょっ、有里君ってば! それやらなくていいやつだから!」

 

 そう、メンバーたちは進み始めたのだが、殿に抱っこされている千枝の慌てた声が聞こえてきたので、もしやセクハラでもしているのではと振り返ってみれば、千枝を抱っこしたままF.O.Eを蹴り殺している青年の姿があった。

 蹴る際にはF.O.Eに近付く必要があるため、千枝は怯えたように湊のシャツを握り締めてその胸板に身を寄せている。

 しかし、千枝がいくら怖がっていても湊はそれを無視し、F.O.Eを蹴り上げて殺したり、踵落としのように上から潰している。

 あんな状態でも殺せるんだなと思わず感心させられるが、避けて行こうと提案した直斗や美鶴は、殿に置いている彼が殺してしまうのなら避ける意味はないのではと思ってしまった。

 彼が殿に着いたのもりせがサポートの意味がないと文句を言ったことが理由なので、これならりせに我慢して貰って湊の自由にやらせた方が進行も速い。

 サポート役の機嫌を損ねるのは本来避けたいが、メンバー全体の事を考えて我慢して貰うべく直斗は湊に自由にさせる事にした。

 

「あの、先輩。その状態でもF.O.Eが倒せるのなら、殿よりも先頭にいって頂けませんか?」

「……久慈川が拗ねるだろ。拗ねたどブスの相手は面倒だぞ」

「どっ……いえ、大丈夫です。戦力の効果的な配置を考えての判断ですから」

 

 休業中とはいえ人気アイドルの少女を“どブス”と言ってのけた事で、直斗は一瞬驚愕に固まってしまうもすぐに言葉を続けた。

 湊が先頭に立ってF.O.Eを排除してくれるのであれば、わざわざ迂回する必要がないので最短ルートで進むことが出来る。

 なので、直斗だけでなく美鶴や鳴上もその意見に賛成とばかりに頷き、それならばと湊はカードを砕いて大口真神を召喚すると、その背中に千枝を乗せてから先頭へと移動した。

 湊が移動した後ろの方では、牛ほどもある大きな狼に乗った少女が、白狼のフサフサの毛並みを撫でつつどこかご満悦の様子でいる。

 それを羨ましそうに見ていた玲が一緒に乗りたいと言いだし、なら私もとゆかりまで乗ったようだ。

 怖がりの三人に歩調を合わせていると遅くなるため、三人一緒に運べるのなら少しペースを上げてもいいだろう。

 先頭を歩き始めた湊は敵の存在など気にしないとばかりに真っ直ぐ扉を目指す。

 その間に彼の背中からは黒い炎で出来た腕が何本を現われ、そのまま部屋の数ヶ所に伸びて床を殴りつけた。

 見ている者はまるで虫を潰しているようだと思ってしまうが、相手は歴としたF.O.Eである。

 あまりに簡単に倒しているので忘れそうになるものの、その強さはメンバーが力を併せてやっとというレベル。

 敵の強さを正確に把握していれば実力差を痛感するところを、湊がわざと簡単に倒しているように見せている事で嫉妬に駆られる者はいなかった。

 

***

 

 怖がる女子三人を大口真神に乗せ、湊が先頭を歩いてダンジョンを進むとこれまでよりも遙かに速いペースで移動することが出来た。

 いくつもあった分かれ道も湊は迷いなく進み、鍵が掛かっているのに鍵穴のない扉の到着してしまった。

 多分、途中にあった分かれ道の先に攻略のヒントが書かれていたと思われるが、本当に最短ルートで来てしまったので、さてどうしたのものかと直斗が顎に手を当てて考え込む。

 扉には“この先に進みたければ順番に踏め”と書かれており、何かを正しい順番で踏めばこの扉も開くのだろう。

 頭脳労働担当のメンバーたちが集まり、怪しいのは今いるこの部屋だなと相談し合う。

 ここは他の場所と違って扉で区切られず、短い通路で繋がった四つの部屋が四角形のような形で配置されている。

 謎解きなどが得意でないメンバーが調べたところ、部屋の床が何ヶ所かスイッチになっているらしい。

 ならば、それを順番通りに踏みさえすれば鍵は開くはず。

 部屋の配置やスイッチ床の位置から何か分かることはないかと考え込み、その間に肉体労働派のメンバーが適当にスイッチを踏んで試してみる。

 あーでもない、こーでもないと議論は白熱し、スイッチを踏むことに飽きたらしい他のメンバーが戻ってきたところで、今までアイギスと一緒に並んで議論しているメンバーを見ていた湊が口を開いた。

 

「……入ってきた部屋、この隣の部屋、ここの対角にある部屋、最後にこの部屋のスイッチを踏めば開くぞ。面倒なら扉を斬ってもいいが」

 

 湊の言葉に一斉に全員が振り返る。

 彼の隣のいる少女だけは当然とばかりに頷いているが、他の者からするとヒントも無しにどうやって順番が分かったのか知りたい。

 一応、肉体労働派のメンバーが言われた順にスイッチを踏んでみれば、カチャリと音がして掛かっていた鍵は確かに開いていた。

 知っていたならもっと早く言って欲しかった。そんな言葉をぐっと飲み込みつつ、彼が臍を曲げないよう気をつけて七歌が答えが分かった理由だけをシンプルに尋ねる。

 

「えっと、八雲君さ。どうして順番が分かったの?」

「どうしてってフロアの中を見て回ればヒントくらい書いてるだろ」

 

 言いながら彼は“SET”と呟き、左手首に巻いていた黒いリストバンドを小さな機械に変化させた。

 見た目は風花が持っている簡易適性測定器のようだが、湊の物はもっと高性能なウェアラブル端末になっており、彼がいくつか操作すると端末から立体映像のように大きな画面が現われた。

 最初は湊の腕にあるEデヴァイスの上に出ていたのだが、湊が画面の縁を指でなぞって飛ばすような動作をすれば、画面は壁に張り付くような形で移動した。

 どうして投影されている映像に触れる事が可能なのか。そんな事が頭を過ぎるも、画面にはこのフロアの映像が映っており、まるで誰かの視点で見ているかのように映像は流れている。

 そうして、自分たちが通ってこなかった部屋に到着すると、壁際まで移動した映像の中に張り紙らしきものが見えた。

 書かれているのはサイコロの展開図のようで、何故だか五と六の目の部分が黒く塗り潰されている。

 初めは彼の言っている意味がよく分からなかったが、確かにこれなら皆と一緒に移動していてもヒントを見て回る事は可能だろう。

 そんな風に思ってさらに流れていく映像を見ていれば、思い出したかのように風花が小さく声をあげた。

 

「あ、そういえば有里君の探知能力って外部出力出来たんだね。すごく便利だから羨ましいな」

 

 彼女の発言を聞いて美鶴や七歌など、チーム全体の行動指針について考えていた者たちは風花を見た。

 なにせ、こんな力を持っている事が分かっていれば、実際にダンジョンの中を歩くことなく探索と同等の効果を得られるのだ。

 仲間を危険に晒す必要もなく、さらに長時間の戦闘で疲労が溜まることもない。

 どうして知っていたなら教えてくれなかったのだと、表情は普段通りながらやや恨みがましく美鶴が言ってしまうのも無理はないだろう。

 

「山岸、知っていたなら先に教えておいてくれ。彼の能力を使えば、下手に歩き回る必要もなく済んだだろう」

「すみません。私も学校を休んでいた時期に通信授業として見せて貰っただけだったので」

 

 風花が見たのは大型テレビに映像を送ってという使い方だった。

 それも通信授業のときに見ただけだったので、こんな風に端末から立体映像で画面を出せることも知らなかった。

 おかげで湊の探知能力が情報共有に適している事を伝え忘れてしまっていた訳だが、他の者たちはまだ映像の方に夢中になっている。

 実際には暗かったはずの部屋が明るく見えており、F.O.Eの周りをグルグル回っている映像や、扉を開けずに隣の部屋に進んだりすることで、湊の探知能力に実際の視界は関係ない事が分かる。

 となれば、もはやこれは遠視と透視の複合技だと鳴上は思わず感心してしまった。

 

「すごいな。これは壁の向こう側とかも見れるのか?」

「……まぁ、探知能力で視ている状態だからな。力が届く範囲なら壁とかは無視できる」

 

 湊の言葉を聞いてやはりかと納得して頷く。

 探知能力を持っていなかった者にすれば、能力を持っている者にはこう見えていたのかという新鮮な驚きもあり、こんな映像を見ながら仲間の戦闘のサポートもしてくれていたというありがたみを強く感じる。

 複数の情報を同時に処理するとなれば頭を使って糖分が欲しくなるに違いない。

 校舎に戻ったらサポート役の者たちに甘い物をご馳走してやろうと心に決めていれば、何やら真剣な表情で画面を見ていた花村がおもむろに湊に声を掛けた。

 

「な、なぁ。こ、これってもしかして、服の中とかも見れちゃったりする系?」

「……壁も服も同じだ。視ようと思えば視える」

『おおっ!!』

 

 言いながら湊は自分たちのいる部屋に画像を切り替え、能力の眼を使って白狼に乗っている千枝を視る。

 すると、実際の千枝は何もしていないというのに、画面の中の千枝は緑のジャージが出たり消えたりしていた。

 これはつまり、壁の向こうを視る要領で服の向こう側を視ているという事で、ジャージの下のカッターシャツ姿が見えているだけだが、自分の服の中が視られていると気付いて千枝は大慌てで胸元を腕で隠した。

 一部の男子たちは下着が見えている訳でもないのにやたら画面を凝視しており、そんな男子たちを女性陣は冷たい視線で見ている。

 そして、湊が画面を凝視している順平、綾時、花村、鳴上、完二を後ろから視ている視点に切り替え、さらに服装の透過率を全裸の状態にしてやれば、男子たちは全裸の男の尻を見せられたせいで一斉に口元を押さえて嘔吐いていた。

 

「おえっ……おま、急に男の尻を見せるとか卑怯だろ……」

「花村。お前、普段は里中のこと女扱いしてないくせに、こんなときだけ下衆な視線で見るなよ」

「いや、今のはその、説明しがたい何かがあったというかだな……。相棒、パスだ!」

「っ!?」

 

 急にそんな話題でパスを送られてもなんと言って良いのか悩む。

 ただ、何故自分が花村たちと一緒に食い入るように千枝の映像を見ていたのか。それを正直に話してしまうと女子たちから白い目を向けられるので、ここは勢いで乗り切るしかないと覚悟を決めて鳴上は立ち上がった。

 

「有里、お前も男なら分かるはずだ。普段は隠されているからこそ、それを見たときに感動を覚える事を!!」

「……いや、分からないが。というか、夏服のときはジャージを脱いでるだろ」

「……確かにそうだな」

 

 冷静に返されたツッコミに鳴上を素面に戻って頷いてしまう。

 まぁ、あくまで本当の理由を隠すための言葉だったので同意を得られなくても問題はない。

 ただ、男子たちが自分について話しているとこそばゆいのか、白狼に乗ったままの千枝が頬を僅かに染めながらそろそろ別の話題にしてくれと言ってきた。

 

「君ら、真面目に人の服装について議論せんでくれんかね……」

「こいつらは別に服装について語ってるんじゃないぞ。ただ、ジャージからカッターシャツ姿に切り替えていた事で、服を脱いでいってるように見えたらしい」

『あー! てめ、それバラすのは男じゃねえだろ!』

 

 鳴上の機転によって上手く切り抜けたと思いきや、読心能力で真実を理解した湊によって本当の理由をバラされてしまう。

 途端に順平と花村が抗議してくるも、一斉に女性陣から軽蔑の眼差しを向けられ彼らは身体を小さくした。

 ある意味、身から出た錆びなのでその視線はしょうがない。ただ、女性陣は下衆な視線を向けてきた男子たちよりも、彼らの夢を叶えられる力を持った青年の方を警戒しているらしく、雪子が歩いてきて湊に言葉で釘を刺した。

 

「有里君、さっきので私のこと見たら目潰すから」

「……意識してフィルターを掛けない限り透過しないから大丈夫だ。別に興味もないしな」

「千枝、こんな事いわれてるよ!」

「あたしじゃないっつの!」

 

 頭の中でスイッチを切り替えない限り湊に性欲は無い。

 なので、欲情することなどあり得ないとばかりにバッサリ切り捨てれば、雪子はいつも通りの天然さで千枝に馬鹿にされているよと告げた。

 言われた方は慣れっこなのかすぐにツッコミ返しながらも、湊に限ってそういう使い方はしないだろうという信頼もあるのか何も言わなかった。

 軽蔑の眼差しを向けられた男子たちは差別だと嘆いていたが、その辺りは普段の行いの差だとしか言えない。

 湊がEデヴァイスをリストバンドに戻したところで一同も移動を再開することにし、鍵の開いた扉を潜るとその先にあった階段を使って下の階層へと下りていった。

 

 

――放課後悪霊クラブ・参ノ怪

 

 全員で一緒になって階段を下りてくると、そこはこれまでと違った雰囲気の建物だった。

 暗さはそれほど変わっていないが、壁や床に置かれている小物などが明らかに学校ではない。

 そう思って辺りを見渡せば、雪子が“診察室”と書かれている看板を発見した。

 

「診察室って書いてるね。さっきまでは学校みたいだったけど、ここは病院みたい」

「おおー! ヨースケ、病院っちゅーことはナースもいるクマよ! ヨースケの好きな美人ナース!」

「おっま、ちょっと黙れ!」

 

 自分の性癖を暴露された事で、花村はクマに後ろからのしかかって地面に倒している。

 これ以上は何も言わせないとうつ伏せにして黙らせているが、そんな必死な花村の肩に順平と綾時が手を置いて“自分たちは分かっている”とばかりに生暖かい視線で彼を見た。

 男たちからのそんな同情的な視線など欲しくはないが、先ほどの一件もあって彼らのチーム内での地位は最下層まで落ちている。

 ならば、仲間同士仲良くしようと握手を交わしたところで、校舎にいるりせからノイズ混じりの通信が入った。

 

《先、輩たち……聞こえる……? そこ、通信が入りづらいみたいで、サポートも万全とはいかない……から……はぐれないよう気をつけて!》

「うおっ、流石の生アイドルボイスもこうノイズが入ると怖ぇな……」

 

 ノイズ混じりに聞こえるりせの声は状況も相まって中々に不気味だ。

 順平たちと男の友情を育んでいた花村も、これには流石にギョッとして言葉を溢す。

 すると、花村の言葉に気になる部分があったことで、思わずゆかりが聞き返した。

 

「え、りせちゃんとマジでアイドルなの?」

《え? 自己紹介のときに言わなかったっけ?》

「うん。というか、いっぱいテレビにも出てたよ?」

 

 りせ本人だけじゃなく、雪子も一緒になって驚いているゆかりに説明する。

 一応、最初の自己紹介のときに女性陣には伝えていたはずだったが、一度に沢山の人間に挨拶をされたこともあってしっかりと覚えていなかったようだ。

 ただ、本物のアイドルで、さらにいっぱいテレビにも出ていたと言われると、ゆかり以外の月光館学園のメンバーたちも首を傾げてしまう。

 名前を聞いたことはある気がする。聞いたことはある気がするのだが、その相手は中学生だったはずなのだ。

 見た目もこちらの世界で出会った相手と少々違っており、もしかして姉妹でアイドルだったのかなと風花が尋ねる。

 

「えっと、りせちゃんって妹さんいる? 夏休みに港区で野外コンサートしてた」

《ううん、一人っ子だよ? てか、夏休みの野外だったら、二年前にプロデューサーと一緒にフェスしたけど》

「え、二年前?」

 

 二年前と言われて風花は困惑する。湊がアイドルと一緒に野外フェスに出た事は知っているが、風花たちの記憶ではそれは一ヶ月前の出来事なのだ。

 訊かれたりせの方もどこか不思議そうにしており、どこか話が噛み合わない事で、一つの可能性に思い至った直斗が慌てて一つのことを尋ねた。

 

「ちょっと待ってください。いま、そちらは西暦何年ですか?」

「二〇〇九年だ」

 

 直斗の質問に荒垣が答える。彼はこういった質問に対し嘘や冗談をいうタイプではない。

 となると、本当に月光館学園の者たちは二〇〇九年からやって来たことになるのだが、別の時間からやって来ているなどとは思っていない千枝が間違ってるよと指摘する。

 

「ええっ、今は二〇一一年っしょ」

「いや、確かに我々は二〇〇九年から来た。その様子だと、まさか君たちは二〇一一年から来たのか?」

「ええ。……そうなると、僕たちと皆さんは別の時間軸の世界からやって来たという事になりますね」

 

 これまでずっと同じ世界の別の場所からやって来たと思っていた。

 その前提が崩れ、美鶴たちから見れば直斗たちは未来人で、直斗たちから見れば美鶴たちは過去の人間だった。

 時間のずれが二年と短いことも気付くのが遅れた理由だろうが、こんな不思議な世界に閉じ込められて、出会った相手がいつの時代から来たか気にする者の方が珍しいだろう。

 おかげで双方時間軸のずれに気付けなかった訳だが、一緒に行動していた者たちが違う時間軸の人間であると聞いてもあまり実感が湧いてこない。

 それは、既に一緒に戦う仲間として認めているからこそ、時間軸のずれなど些細な問題としか思えないからだろう。

 ただ、改めて相手が別の時間から来たのだなと考えていたとき、七歌は一つ気になることが思い浮かんだ。

 校舎からサポートしてくれているりせが二年後の存在ならば、その仲間である鳴上たちの事を知っていた青年は何者なのか。

 これまでずっと自分の知る人物だと思って接していただけに、双方の情報を持っていたなら彼は時間軸のずれにも気付いていたはずだ。

 

「ちょっと待って。私たちと鳴上君たちが別の時間から来たのは分かったけどさ。だとすると、ここにいる八雲君は未来人ってこと?」

 

 七歌の一言で場の視線が一斉に湊に集まる。

 彼は最初から全員の名前を知っていた。なら、当然のように彼も二〇一一年からやってきた人物に違いない。

 しかし、二〇〇九年の彼とあまりに違いが見られないので、一体どちらだとアイギスやラビリスも不安な顔で見つめれば、煙管を咥えていた青年は薄く笑って言葉を発した。

 

「――――大学生にもなって高校の制服着て恥ずかしくないのか?」

 

 言われた瞬間に月光館学園のメンバーは騙されたと理解し、頭を押さえたり地団駄を踏んだりそれぞれ悔しそうにする。

 確かに二年後の世界ならば、天田以外のメンバーは卒業して進学なり就職なりしている事だろう。

 湊目線では確かに大学生となっている知り合いが、高校の制服を着ているように見えるかもしれない。

 けれど、そういた時間軸のずれに気付いていたなら教えてくれてもいいはず。そう思って彼に文句を言おうとしたとき、メティスが慌てて訂正を入れてきた。

 

「ちょっと、兄さん! 皆さん、違いますからね! 兄さんは二〇〇九年からやってきた兄さんですから!」

「いや、でも、八十神高校の人たちの事も知ってたじゃん」

「あれは能力で皆さんの記憶を少し読んだだけです。共通の知り合いがいた方が交流もスムーズにいくだろうからって、兄さんはあえて時間軸のずれを隠して皆さんに接していたんです。その事は私と綾時さんが聞いてました」

 

 メティスだけでなく綾時も時間軸のずれを把握していたと聞き、他の者たちの視線が彼に集まる。

 別に騙していたつもりはないが、隠していたことは事実なので、その点についてだけ謝罪しながら自分たちが気付くに至った経緯を簡単に話す。

 

「ふふっ、ゴメンね。僕は二〇〇九年から来たけど、メティスは二〇一〇年以降に稼働する機体だからね。彼女がいた時点で湊は気付いていたんだよ」

「え、なんでメティスが二〇一〇年に稼働するって知ってるん?」

「……俺は元の世界で未来から来たお前たちに会ったことがあるんだ。だから、そこに同行していたメティスの事も知っていて、綾時にもそれを伝えていた」

 

 新たに青年から齎された情報に月光館学園のメンバーたちが「は?」と疑問符を浮かべる。

 自分たちが過去にいった記憶などないというのに、青年は未来から来た七歌たちに会ったことがあるというのだ。

 冗談を言うことはたまにあるが、こんな事で嘘を吐く相手ではないので、彼が言うからにはそれは事実なのだろう。

 しかし、未来から自分たちがやって来たというのなら、一言こんな事があったと言っておくべきではないのかと校舎にいるチドリも苦言を呈してくる。

 

《八雲、貴方なんでそういう重要な事を話しておかないの?》

「……重要か? 別に大した用事じゃなかったみたいだぞ?」

《過去へ行く状況がそもそも普通じゃないでしょ!》

「……ペルソナやシャドウが跋扈しているのに今更だろ」

 

 とっくの昔におかしな状況に世界はなっている。

 ならば、時を越えたところで普段より“少し”不思議なことが起こった程度でしかないだろう。

 もっと言えば、湊は時流操作で時の加減速が出来る分、他の者より時の概念に対する認識が深く、だからこそ時に関する異常事態が起きようと動じない。

 他の者からするとその感覚が分からないのだが、全くの無知な者は“トラブルが起きた”という事態に反応してしまうのに対し、湊はトラブルの種類や程度が分かるから反応が薄いだけなのである。

 これに関しては知識や経験の差としか言えないため、そう説明されるとチドリたちも黙って納得するしかない。

 ただ、月光館学園の者たちも八十神高校側の者たちも、やはり相手が別の時間軸から来たというのは衝撃だったらしく、全員が落ち着いて話が出来るようになるまでしばらくの時間を要した。

 

 

 


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