【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百九十一話 破魔と呪詛を操る者

――放課後悪霊クラブ・四ノ怪

 

 今まで扉を押さえてくるだけだったF.O.Eが追って来た時には驚いたが、八雲が破ン魔―と如意棒を連結させて遠距離から敵を浄化したことで、一同は落ち着きを取り戻して探索を続けていた。

 このフロアにいる扉を押さえるF.O.Eは部屋を越えて追ってくるタイプらしく、全員が警戒しながら進んでいるが個体数は少ない。

 故に、必要以上に気を張ることなく進んでいれば、再び鍵穴の存在しない鍵の掛かった扉を発見した。

 これもどうやら何かしらの方法で鍵を解除出来ると思われるが、ここまで見つけたのは暗号一つのみ。

 まだ情報が足りないので探索を続けるしかなく、別の部屋へ移動すると部屋の隅にレントゲンの貼られたホワイトボードを見つけた。

 レントゲン写真が本物かどうかはともかく、こういった暗い廃病院で人の骨を写した写真を見ると不気味に感じる。

 発見した花村はややうんざりした様子で愚痴をこぼした。

 

「はぁ、演出かしらねーけど、紛らわしいからこんな不気味なもん置いておくなっての」

「ホントだよまったく! ここ作ったやつに会ったら顔に足形付けてるんだから!」

 

 この迷宮に入ってから千枝は散々怖がらされている。

 一部は湊のせいでもあったが、そもそもこんな迷宮でなければその悪戯も起こり得なかった。

 故に、千枝は絶対にこの迷宮の番人か制作者本人に出会ったら顔に蹴りで足形を付けてやろうと心に決める。

 しかし、彼女のそんな発言を聞いたクマは、千枝が骨の写ったレントゲンに怖がっていると解釈して自分ならそんな心配はないよと笑顔を見せた。

 

「ムフフー。チエチャン、クマはレントゲン撮ってもなーんも写らないから怖くないクマよ。安心して胸をお貸しするクマ!」

「……いや、それは逆に不気味だろ」

 

 荒垣の冷静なツッコミが入る。中身は金髪碧眼の少年で、どうみても人間にしか見えない見た目だというのに、レントゲンを撮っても彼は骨のあるべき場所が空洞になっているのだ。

 湊が言っていたので彼がシャドウである事は全員が把握している。

 もしかするとシャドウの身体はX線を透過させてしまう性質を持っているのではと考えられた。

 クマの身体を触れば骨らしき物の感触はあるのだ。ならば、それがレントゲンに写らない理由は身体も骨もX線を遮っていないという事になる。

 随分と不思議な話でやや不気味にも感じるが、クマ本人がレントゲンの原理等を詳しく知らないからか気にしていないのはある意味幸運だった。

 ただ、そんな事を他の者たちが話していた事で、八雲は不思議そうにレントゲンとクマを交互に見てからシャツをまくり上げて自分のお腹を出してしまう。

 

「うーう?」

「いけません、八雲さん。お腹を出したら風邪を引いてしまいます」

「フフッ、八雲君は健康だから大丈夫だよ」

 

 八雲がお腹を出すとすぐにアイギスがまくり上げられた服を整え、こんな場所でお腹を出してはいけないと注意して抱き上げる。

 傍で見ていた雪子が続けて「変じゃないよ」と答え、赤ん坊が何を尋ねていたか他の者もおおよそ理解して思わず笑った。

 

「フフッ、こうも暗い場所だと敵の警戒もあって神経をすり減らしますが、八雲君がいい癒やし要素になってくれますね。有里先輩の強さは頼りになりますが、精神の消耗を軽減してくれる八雲君の方が正直ありがたいです」

「白鐘は有里と共に暗号解読の主戦力だからな。君の消耗が軽減出来るのであれば、八雲を抱いて出来る限り休んでいてくれても構わないぞ」

 

 この迷宮でもF.O.Eを一切怖れない八雲は貴重な戦力だ。

 彼は色々と不思議な武器も持っているので、特殊な効果で敵を一撃で倒すことも出来る。

 ただ、それでもやはり基本的には戦闘から離れさせようという方針があるので、八雲に癒やしを感じているという直斗に、美鶴が一緒にいて少しでも平静を保っていて欲しいと告げる。

 

「八雲さん、直斗さんがお疲れのようなので元気づけてあげてください」

「あい!」

「あ、いえ、そこまでお気遣いいただかなくてもっ」

 

 美鶴の言葉に従ってアイギスは八雲を直斗に手渡す。

 赤ん坊を抱き上げた経験の少ない直斗は最初は戸惑った様子だったが、抱っこされた八雲が直斗を見て無邪気に笑っていたことで彼女も自然と慈愛の籠もった笑みを浮かべた。

 まぁ、少しすると八雲が不思議そうに直斗の胸を凝視し、僅かに驚いた顔をして「ないない!」とお風呂で見たときはあった胸がなくなっていることを他の者に聞いていたりもしたが、アイギスたちの通訳でその理由もちゃんと伝えられる事だろう。

 そんな女子たちと赤ん坊のやり取りを見ていた花村は、八雲と湊が同一人物である点を挙げて完二にからかうように尋ねた。

 

「完二、いいのか? 直斗が有里にご執心だぞ?」

「先輩、赤ん坊は可愛がられてなんぼッスよ。女が赤ん坊の世話してるなら、オレたち男はそれを守んのが仕事だろ」

「ワンワン!」

「コロマルさんが“その通りだ。自分たちが若をお守りするんだ”と仰ってます」

 

 完二の言葉に同意するようにコロマルが尻尾を振って鳴く。

 これまでコロマルがあまり近付いてくれなかった完二は感動して頭を撫でるも、アイギスがついでのように通訳してやれば、千枝がコロマルの男気溢れる言葉遣いに驚いた表情をした。

 

「え、コロちゃんっていつも有里君のこと“若”って呼んでたの?」

「兄さんとチドリさんは極道の家の養子ですからね。コロマルさん自身も人間でいえば四十代くらいですから、色んな条件が重なって普段から割と任侠っぽい口調ですよ」

「うそぉ……なんかイメージと違う」

 

 可愛い見た目とのギャップがすごい。忠犬属性を考えて紳士的なイメージを持っていたのだが、兄弟契りを交わすような血生臭い世界感だったのかと千枝は肩を落とした。

 同じようにコロマルを可愛がっている完二や玲は気にしていないようだが、千枝も何だかんだと乙女な部分があるのでその影響でショックを受けたようだ。

 そうして、一同が行き止まりで話していると、敵の反応が近くにないことで少し休憩を取ることになった。

 あまり長くは休んでいられないが、飲み物や携帯食料で補給をしていると、直斗に抱っこされた八雲と話していた玲の許に雪子が来て紙の包みを取り出した。

 

「あ、そうだ。八雲君、玲ちゃん、クッキー食べる? ダンジョンの中で補給がてら食べようと思って作ってきたの」

「むきゃう!」

「八雲さんは“この野郎、ぶっとばすぞ”と仰られています。昨夜の鍋対決の事で雪子さんの作った品を警戒しているようです」

 

 愛らしい笑顔が一瞬にして怒りの表情に変わり、八雲は最大限の警戒でもってお腹のポケットから如意棒まで取り出した。

 彼は一応、雪子たちのチームが作った鍋を一口ずつは食べていたが、あまりの不味さに赤ん坊とは思えないほど怒り、クッキーを作ってきたと聞いて昨日の今日でよくそんな真似が出来るなと激怒している訳だ。

 昨日も平謝りとアイギスたちが宥めてくれた事でようやく赦して貰えた雪子は、八雲の怒りももっともだと申し訳なさそうな表情になるも、今回のクッキーは少し事情が違うことを説明する。

 

「あ、その、昨日はゴメンね? 今日のはそのお詫びっていうか、お詫びのために作るつもりだったんだけど、私のは失敗しちゃったから荒垣さんの作ったやつを渡すつもりだったの……」

「わぁ、コロちゃんのクッキーだ! ゆきねぇちゃん、真ちゃん、ありがとう! はーちゃんも一緒に食べよ?」

「ぴゃー!」

 

 雪子が包みを広げると中からコロマルの顔の形をしたクッキーが現われる。

 荒垣が作っただけあって形は統一され、描かれた顔もちゃんとコロマルだと判別することが出来た。

 これならば是非食べたいと二人は手を伸ばし、サクッ、と音を立てて食べた途端に二人の顔が満面の笑みに変わる。

 

「まーも!」

「ね! このクッキーすごくおいしいよ!」

 

 荒垣の作ったクッキーにご満悦の二人は、まるでリスのようにサクサクと食べたクッキーで頬を膨らませる。

 誰も取らないのでゆっくり食べて良いと他の者も笑い、二人は荒垣特製クッキーを満喫した。

 だが、そこで止めておけば良かったのだが、荒垣のクッキーがほとんど食べ終わると、そういえばと玲が雪子に話しかける。

 

「ゆきねぇちゃん、わたしその失敗したっていうゆきねぇちゃんのも食べてみたいな!」

「え、そう? その、一応は持ってきてるけど、見た目もすごく不細工になってて……一応、クマさんの形にしたんだけど」

 

 荒垣がコロマルだったのに対し、雪子はクマの形のクッキーにしたという。

 失敗したからか彼女が控えめに取り出した包みには、なんとも言えない形状の焦げたクッキーらしきものが乗っていた。

 ただ焦げただけならばまだ食べられるだろうが、どういう訳か雪子のクッキーは緑や紫色になっている部分がある。

 別に食紅やトッピングで色を付けた訳でもないらしく、これに関しては作り方の指導をした荒垣も一つの才能だと匙を投げていた。

 けれど、ほとんどの者には見た目の時点で不評だったが、八雲はクッキーをジッと見つめてからクマを指さした。

 

「あーう」

「“見た目は割と似てる”だそうです」

「ちょっ、師匠から見たクマってこんな生き物クマか!?」

「うーな」

 

 クマをブタと言ってのけるセンスの持ち主にすれば、完二が“豚の泥団子”と称した物体もクマのクッキーと判定されるらしい。

 まぁ、だからといって進んで食べたりはしないようだが、玲は気にしないのか他の者が止めるもクッキーを手に取り口に運んでしまった。

 

「んー、新食感でおいしいよ!」

「ホントに? そっか、良かったぁ。ポケットに入れてて温まったのが良かったのかな? カレーも一晩寝かせた方がおいしくなるって言うもんね」

 

 玲に美味しいと言って貰えた雪子はホッとした顔になり、良かったら皆もどうぞと勧めている。

 だが、雪子のクッキーは荒垣のものと違って、部分的にドロドロに溶けており、さらには甘酸っぱい臭いまでして口に運ぶ前に手が止まる品だ。

 玲に勧められて善も食べているが、彼の噛む音は“ガリゴリッ”であったり“ジャリジョリ”であったり、どうして溶けているクッキー的なものからそんな音がするのか不思議でならない。

 さらに一切悪意のない笑顔で雪子が男子たちにクッキーを勧めるので、ここで断れば男が廃るかと決死の覚悟を決めた順平や綾時が手を伸ばし始めたところで、

 

「たい!」

 

 身体を乗り出すように八雲が手を伸ばしてクッキーを手に取る。

 物体Xとしか呼べないものを赤ん坊が食べて良いはずがないので、七歌が「そんなの食べちゃダメ!」と取り上げようとするも、クッキーを手にした八雲は暴れて直斗の腕から脱出し、クッキーを持ったまま走り出してしまう。

 そんなものを持って一体どこへ行こうというのか。コロマルを先頭にメンバーたちが追いかけ始めると、八雲は入ってきた入口の扉へ向かっているようだ。

 この部屋に敵の姿はないが、他の部屋にはシャドウやF.O.Eがいる。

 速度に乗った八雲を止めるのは大人でも難しいが、何とか彼が出て行く前に止めなければと思っていると八雲の向かう正面の扉が開き何かが入ってきた。

 

《八雲、戻りなさい! F.O.Eに近付いてはダメ!》

 

 入ってきた敵が部屋を越えて追跡してくるF.O.Eだったことで、チドリが通信で八雲に戻るよう説得する。

 けれど、何かの目的を持って勝手に走り出した赤ん坊がそんな声を聞く訳もなく、八雲は走り続けてF.O.Eとの距離が縮まってゆく。

 このままでは拙いとアイギスがE.X.O.で加速しようとする。だが、その前に立ち止まった八雲が、走っていたスピードを利用するようにクッキーを投げた事で全員が僅かに動きを止める。

 ブォン、と音が聞こえてくるような速度で腕を振るい投げられたクッキーは、ほとんど真っ直ぐな軌道で迫るF.O.Eへ向かってゆく。

 他の者にすれば、そんなものをぶつけるくらいならば、破ン魔ーを取り出して戦えば良いのにと考えてしまう。

 しかし、敵がクッキーを無視して八雲に近付いてゆくと、そのクッキーが敵の人形部分にぶつかった瞬間に悶えるようにして靄になって消滅してしまっていた。

 

『え?』

 

 F.O.Eとの直接対決を覚悟していた者たちにすれば、どうしてクッキーが当たったくらいで消えたのかという疑問が湧く。

 弱っていた状態でやってきてクッキーがダメ押しになったのかとも考えるが、それなら扉を開くときの負荷で死ぬような気がする。

 とりあえず戻ってきた八雲をアイギスは保護するが、全員が状況について混乱していると後ろから、

 

「やだっ、二人ともしっかりして!」

 

 雪子の叫ぶような声と倒れている玲と善の姿が見えたことで、周辺の敵について警戒しながら彼女たちの許に戻った。

 

***

 

「つまり、八雲は天城の作ったクッキーでF.O.Eが倒せると思ったのか?」

「あい!」

「そうか……」

 

 気を失った二人が起きるまでの間に戻ってきた八雲から事情を聞いた。

 どうやら彼は赤ん坊の状態でもアナライズに近い能力を持っているらしく、無意識に“物体X”が危険なものだと理解していたらしい。

 ただ、他の者よりも細かく情報を理解出来た事で、これなら敵もやっつけられるかもと思ったようだ。

 武器として使えるなら実験するしかない。そう思ってF.O.Eの気配を察知し、これでも喰らいやがれと投擲したのが一連の行動の真相だった。

 事情を聞いた美鶴はどう注意すべきか悩んでしまうが、八雲はちゃんと物体Xが武器になると考えて検証を行ない。そして実際に敵を倒してもみせた。

 バックアップの二人が解析したところ、系統的には呪詛である“ムド系”に分類されるらしいが、“ムドオンクッキー”なる不名誉な名前を付けられたクッキーの製作者は、目を覚ました玲たちに謝罪をしている。

 

「二人とも本当ゴメンね。まさか、食べただけでこんな事になるとは思わなくて」

「ううん。作ってくれてうれしかったよ? ゆきねぇちゃん、またクッキー作ってね!」

「玲ちゃん……。うん。今度こそ失敗しないように頑張るから、また作ったら食べてね」

 

 自分たちのために作ってくれただけで嬉しい。そう笑顔で話す玲に抱きついて雪子が次こそ失敗せずに作ってみせると約束した。

 その傍らではスポーツドリンクを飲んで回復に努める善の姿や、また敵が出たら使おうと雪子のクッキーを包みごとお腹のポケットに仕舞う八雲の姿がある。

 おかげで第三者の目線ではかなりシュールな状態なのだが、いつまでもここに留まっているとまたF.O.Eが現われるかもしれない。

 今度も八雲がムドオンクッキーで楽しく撃退という訳にはいかないので、全員で隊列を組み直すと奥へ向かって進み始めた。

 途中、上下が破れた“又”“几”“又”というメモ、全てのページに“メ”と書かれた漢字辞典、上が破れた“木”“又”“几”というメモなどを見つけたが、直斗が言うにはこれらは暗号文であって解く上で最も重要な暗号キーの部分がないらしい。

 それを見つけない限りは解きようがないという事で、さらに奥へ向かうと何故か上に向かう階段を見つけた。

 これまではずっと下を目指していたので、新たな階段を登っても三階に戻るだけだ。

 しかし、もしかするとそちらに何かあるかもしれないので、一同は警戒しながら再び三階に戻った。

 

――放課後悪霊クラブ・参ノ怪

 

 階段を登った先にあったのは、これまで向かうことが出来なかったエリアだった。

 七歌が描いている地図によれば、見えてはいたが行き方が分からなかった部分らしい。

 となると、やはりこちらに探索に来て正解だったかと扉を潜って正面の部屋に入る。

 随分と広い部屋だが特に何かがあるようには見えない。バックアップの二人が通信が入りづらく、状況を見ることも出来ないと言っているので、どうやら通信圏外になる怖れもあるようだ。

 

《先輩、たち……上手くナビ出来ないから、気をつけてね》

「ああ。皆もあまり離れないよう注意してくれ」

 

 現地組に風花というナビ役が一人いるが、外の二人が通信出来ないのであれば風花の能力もどこまで使えるか分からない。

 そんな状況で分断されれば再会に時間がかかり、尚且つ強敵と出会って討たれる可能性も出てくる。

 こんなところで仲間を失う訳にはいかないので、全員でやや密集陣形を取りながら部屋の中へ入ってゆく。

 すると、

 

――――ゴゴゴゴッ

 

 突然、地面が揺れ始めて動けなくなる。

 異世界に来て地震など起こりうるのかという疑問はある。

 けれど、そんな事を考えている間に部屋の床が徐々に崩れ始めた。

 

「うおっ!?」

「きゃぁぁぁっ!?」

「玲っ!!」

 

 ついにメンバーたちの足下まで崩れてゆき、抵抗する間もなく暗闇に向けて落ちてゆく。

 善はどうやら近くにいた玲を抱き寄せることが出来たようだが、他の者たちは近くの者と手を繋ぐことも出来ずに落ちて行った。

 

「あーう?」

 

 フェニックスに助けられ飛んでいた八雲を除いて。

 

***

 

 地面に落ちた衝撃に顔を顰めながら立ち上がった七歌は、ペルソナで自分の怪我を治療しながら辺りを見渡した。

 彼女が現在いるのは一つ下だった四ノ怪だろう。部屋自体はあまり広くないが、すぐ近くには玲を抱きしめた状態で倒れる善がいた。

 よく咄嗟に彼女を守ったなと感心するところだが、二人とも意識があったので手を貸して立ち上がらせる。

 

「大丈夫、二人とも?」

「う、うん。善が守ってくれたから」

「私も大丈夫だ。他の皆はどこに?」

 

 七歌たちがいる部屋には他に誰もいない。

 あるのは金属製の扉と、自動ドアのように見える大きな扉の二つ。

 ただ、金属製の扉の横にはカードキーのリーダーらしきものがあり、そちらを開けるにはカードキーが必要なようだ。

 

《オーイ! そっちに誰かいるかー?》

 

 七歌が部屋の中を観察していると、金属製の扉の向こうから順平の声が聞こえてきた。

 どうやら他のメンバーたちはそちらに落ちて閉じ込められたらしい。

 

「順平、そっちは大丈夫?」

《おっ、七歌っちか! こっちは暗いけど大丈夫だ。ただ、中からじゃ鍵が開かねぇ。そっちのメンバーでどうにか開けてくれねぇか?》

「順ちゃん、みんな、任せて! わたしと七ちゃんと善で何とかしてみる!」

 

 助けを求められて玲は頑張るよとやる気を見せる。

 彼女は善と一緒に部屋の中にカードキーがないか物色しているが、七歌も一緒に探そうと動き始めたタイミングで扉の向こうからアイギスの声が聞こえた。

 

《待ってください! そちらに八雲さんはいないのですか?》

「こちらにいるのは私たち三人だけだ。湊はいない」

《そんなっ》

 

 どれだけ物陰を探しても八雲の姿ない。金属製の扉の向こう側にもいないとなれば、位置がずれて自動ドアらしきものの向こう側に落下した可能性もあるだろう。

 ただ、状況を把握するために情報が欲しい。何か落下時に気付いた事がなかったかと七歌は尋ねた。

 

「アイギス。八雲君がいないの?」

《はい。天田さんが落ちてくるときに蒼い光が見えた気がするそうで、もしかするとフェニックスが落下から助けたのかもしれません》

「なるほど、流石に予想外だったね。でも、八雲君には自我持ちのペルソナもついてるから、まずはこっちで脱出する方法を探ってみるよ」

 

 金属製の扉はとても頑丈そうで壊すのは不可能。壁や床も同じで壊せるとすれば湊のペルソナくらいのものだろう。

 となれば、なんとかカードキーを見つけて正攻法で脱出するしかない。

 問題はそのカードキーがどこにあるのかだが、七歌が考え込んでいると上から何やら音がして少しするとパネル上になった天井の一部が落ちてきて赤ん坊が顔を出した。

 

「あいあー!」

「あ、はーちゃんだ!」

 

 七歌たちのいる部屋は落とし穴のトラップがあったせいか異常なほど天井が高い。

 天井裏から元気そうな顔を出した八雲までは五メートル近くの距離があるのだ。

 けれど、安否不明で心配していた相手が無事にここまで降りて来た事は朗報だ。

 すぐに穴の開いた部分の真下に行き、おいでおいでと彼を呼ぶ。

 だが、呼ばれた八雲は面白そうに笑うと顔を引っ込めて、何やら天井裏でバタバタと音をさせて移動し今度は金属扉の向こう側から声が聞こえた。

 

《まー!》

《八雲さん! 良かったです。ご無事でっ》

《わんわん!》

 

 その後も八雲は二つの部屋の天井裏を行き来して顔を見せてくる。

 ペルソナを使ってこっちに降ろそうかと考えていると、途中から八雲は破ン魔―を穴に向けて振り下ろし始めていた。

 本人にすればモグラ叩き気分なのかもしれないが、彼を迎えに行った者が浄化スキルの餌食になれば不憫すぎる。

 アイギスたちも破ン魔―を仕舞うよう注意しているが悪戯っ子モードに入った赤ん坊に話は通じない。

 

「あー……天井裏にいる八雲君は行き来できるっぽいね」

《そうみたいだな。俺たちを運んでくれれば楽に脱出出来そうだが》

 

 とりあえず、七歌も鳴上も自由に行き来できる彼に手伝って貰い。

 現在のこの状況を打開できないかどうかを八雲に訊いてみる。

 

「八雲君、皆をこっちに連れてこれる?」

「いー」

「あ、難しい?」

「あい」

「そっかぁ」

 

 申し訳なさそうに首を横に振る八雲に、七歌は気にしないでと返すが何故難しいのかは分からない。

 天井裏にスペースがないのか、天井パネルにそれほど重量を掛けられないのか、色々と考える事は出来るが八雲と細かい部分まで意思疎通を図るのはアイギスたちでも難しい。

 彼の考えている事を理解すると言っても、それはあくまでイメージを読み取っているだけで本当に彼の言葉で伝わる訳ではないのだ。

 ただ、八雲が天井裏にいてくれれば何か出来るかもしれない。

 そう考えて彼にその場での待機を頼むと、七歌たちはカードキーを探すため怪しい自動ドアを調べ始めるのだった。

 

 


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