【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百九十五話 稲羽郷土展

――まんぷく亭

 

 第三の迷宮を攻略した翌日の朝。昨日の時点で次の迷宮が三年四組の“稲羽郷土展”だと聞いていた事もあり、メンバーたちは一体どんなダンジョンの造りになっているか想像して話し合っていた。

 

「俺たちの学校にも似たものがあった。中は展示系で、土器がいっぱい並んでたな」

「ほう。だとすると、そんな真面目なダンジョンは初めてじゃないか? 物語をモチーフにした体験型アトラクション、合コン、お化け屋敷と続いたからな」

 

 鳴上が現実世界の文化祭を思い出しながら話せば、朝からすき焼き定食を食べていた真田がややからかう様子で返す。

 ダンジョンも四つ目となると慣れも出てくるのか真田の言葉には余裕が見えた。

 無論、中に入れば気を引き締めるだろうが、今はどんなところか予想を話し合っているだけだ。

 作戦前のミーティングでもないため真田の軽口を美鶴も諫めるつもりはなく、八十神高校側のメンバーたちがただ恥ずかしそうに顔を俯かせていた。

 

「いや、ほんと合コンとか……すんません」

「合コンは花村君のせいだけど……田舎の悪ノリでゴメンなさい」

 

 花村と雪子が同時に謝罪を口にするが、それには二つの学校の文化祭における出し物の系統が関係していた。

 月光館学園と八十神高校の文化祭の出し物を比較すると、八十神高校の方が祭り色が強い。

 食べ物屋にヨーヨー釣りや射的といった出店系、合コン喫茶は八十神高校でも浮いているが、とりあえず文化部を中心とした芸術関連の出し物よりも普通のお祭りのような出し物が圧倒的に多いのだ。

 対して、月光館学園は都内の有名進学私立であるため、外部へのアピールとして文化部の出し物には力を入れており、クラスの出し物も休憩所は認めずに最低でも何かしらの展示発表などをさせている。

 花村たちは月光館学園のメンバーらとの雑談でその話を聞いていたため、比較すると月光館学園の方が学び舎での催しとしては正しい姿だと感じていたのである。

 ただ、二つの学校でそれぞれ特徴が異なるのにはしっかりと理由が存在していた。

 

「まぁ、うちの文化祭は高校の行事ではなく、人口の少ない田舎故に地域のイベントとしての意味合いが強いですからね」

 

 そういってトーストをかじる直斗は稲羽市の抱える人口問題に苦笑を浮かべる。

 八十神高校のある稲羽市は田舎だ。普通の田舎ではなくドが付くほどの田舎なのだ。

 今でこそジュネスができたので色々な物が手に入るようになったが、それまでは昔ながらの商店街で買い物するしかなく、若者はわざわざ隣の沖奈市まで行って買い物をしていたほどである。

 田舎の不便さに嫌気が差した者たちは地元を離れて進学や就職してゆく。

 おかげで過疎化が進み、人がいないせいで地域のイベントも年々規模が縮小傾向にあった。

 高校のある市自体でそういった問題を抱えているからこそ、イベントに飢えている地域の人々が高校の文化祭にも参加してくるため、どうしても幅広い層を楽しませる出し物になりやすいのだ。

 

「我々の方は次年度以降の入学希望者へのアピールを含んでいる。有里が総合芸術部という文化部に所属している事もあって、文化部の活動への注目度が高いのでな。どの部も張り切って展示や発表を行ない、おかげで文化祭を見て進学を決める者もいるんだ」

 

 一方、美鶴たちの通う月光館学園は有名進学私立として有名で、元から定員割れなど起こさぬほどに受験生が集まっている。

 だがその分、受験の成績上位を取るからと入学者の基礎学力は上昇傾向にあり、優秀な人材が増えた事で部活動のレベルも引き上げられていた。

 おかげで運動部も文化部も周囲から大きく注目されており、一般の人間にも解放している文化祭は文化部の大きな発表の場として機能している。

 一般の学生と運動部はお祭り的な出し物を、文化部や休憩所狙いのクラスなどは真面目な研究発表を、そんな風に学生のタイプによって月光館学園では出し物が選ばれる傾向にあった。

 直斗と美鶴の話からそれぞれの学校の事情について聞いた者たちは、そういうものなのかと感心したように頷いて食事を続ける。

 いくらこの世界で初めて真面目な内容と思われる出し物だとしても、だからといってダンジョンまでまともな造りになっているかは分からない。

 それが分かっているからこそ、メンバーたちは朝食の時間をゆっくりとすごし、この後に待っている探索に向けてコンディションを整えてゆくのだった。

 

――稲羽郷土展・第一夜

 

 第四の迷宮に挑むにあたり、バックアップは風花とりせが務める事になった。

 これは、再び八雲がエルゴ研脱走時の姿に成長した場合、彼を制御出来るのがアイギスとチドリしかいないためだ。

 彼の記憶通りの姿をしているのはアイギスしかいないが、バックアップを担当していたチドリの声にはしっかりと反応を返している。

 よって、何かあればチドリの声とアイギスで彼に干渉し、狙われる可能性のある美鶴を逃がす時間を稼ぐ予定だ。

 とはいえ、ベルベットルームの住人に聞いても、八雲が限定的な成長を見せたのはあくまで状況が過去の記憶と重なりすぎていた事が原因なので、次に成長するなら元の大人の姿に戻るだろうと話していた。

 そういう事ならば無駄に警戒して疲れる必要もないので、出発前に風花が借りていたカードホルダーを八雲に返したが、彼はそんな物を貸した覚えがないため不思議そうにお腹のポケットに仕舞っていた。

 バックアップのメンバーが配置につき、全員が装備を整えると三年四組の教室の扉を潜る。

 これまで同様ダンジョンの内装は何かしらのテーマがあると思われていたが、いざ入ってみるとメンバーの目に入ってきたのは風車や七五三縄に太鼓などで飾り付けられた、まるで神社のお祭りのような光景だった。

 

「お祭り? わぁ、すごいね。わたし、お祭りだいすき! お店いっぱいあるかな? チョコバナナにリンゴ飴、あとベビーカステラははずせない!」

「ふふっ、玲ちゃん少し元気でたみたいだね。昨日のダンジョンの後は疲れてたみたいだから良かった」

 

 お化け屋敷のダンジョンで精神的に疲弊していた玲を心配していた雪子は、お祭りの風景を見て瞳を輝かせている玲に笑みを向ける。

 流石に玲ほどはしゃいでいる訳ではないが、ホラーが苦手な千枝やゆかりと言ったメンバーも、明るい楽しげな雰囲気の造りである事に安堵しているようだ。

 しかし、どうしてこのダンジョンの内装はお祭りなのか。出し物のテーマから外れているのではと天田が首を傾げる。

 

「でも、なんでお祭りなんでしょう。ここ、あくまで“郷土展”ですよね?」

「郷土展はすなわち現地の文化を広く伝えるものであります。文化の違いが色濃く出るのは祭祀である、とも言われますので、ここは祭りを模した造りになっているのではないでしょうか?」

 

 日本と海外では大きく祭りの形式が違うように、文化によって祀る対象だけでなく祭りの意味も異なっている。

 だからこそ、ここもそれを意識した内装になっているのではとアイギスが言えば、天田も納得したのか感心して頷いていた。

 もっとも、ここが八十稲羽の文化に沿ったものなのかと考えると疑問が残る。

 神道の家系である七歌から見れば、色々とごちゃ混ぜになっていて土着信仰にしても統一感がないと感じる。

 初詣に盆やハロウィンにクリスマスと何でも行なう日本らしいと言えば日本らしいが、ここはきっと“祭り”という大雑把なイメージだけで作られている可能性が高い。

 ただ、そんなことが分かるほどの知識を持っている者が七歌と湊しかないため、花村などは祭りの雰囲気に対してどこか楽しそうに呟いた。

 

「祭りの中の祭りだな……」

「いや、なに急に男の中の男みたいな事いってんの?」

「文化祭って祭りの中にある祭りだからだよ」

「ああ。ま、最後の迷宮だしここが中心なのかもね」

 

 急に何を言っているんだと千枝が尋ねれば、花村は深いのか特に考えていないのか分かりづらい言葉を返す。

 むしろ、それに対する千枝の返しの方がダンジョンの真相に触れていそうではあるが、本人は特に気にしていないようで、ここが祭りならばと笑顔で口を開いた。

 

「てか、お祭りだし御神輿とかあるかな?」

「千枝、御神輿かつぐの好きだったよね」

「うん。お菓子貰えたからね!」

 

 稲羽市の祭りでは御神輿を出しており、子どもたちは子ども神輿を担げば参加賞のお菓子を貰う事が出来た。

 それを思い出して千枝は御神輿があるか気になったようだが、当然、この世界で御神輿を担ごうとお菓子をくれる相手などいない。

 

「完二も御神輿あったら担げよ。お前似合いそうだし」

「花村先輩、担ごうにもフンドシがねぇっス」

「いや、どこまで本気でやる気なんだよ……」

 

 完二は「やるからには全力で」というタイプの男だ。

 別にフンドシじゃなくても股引きなどでも良いのではとも思うが、本人は御神輿をフンドシスタイルで担ぎたいらしい。

 後輩のあまりの本気っぷりに言いだした花村が思わず呆れていると、彼らの話を聞いていた善が興味を持ったらしく近くにいたゆかりや鳴上に質問をぶつけた。

 

「御神輿にはフンドシがいるのか?」

「あー、そういうお祭りもあるにはあるね」

「フンドシ姿の男たちが水を掛け合ったり、棒に登ったり、御神輿の上で踊ったりするんだ」

「なるほど、外でやっている文化祭とは随分趣が異なるようだ」

 

 稲羽郷土展の祭りは本格的な祭祀の形を取っている。対して、校舎の文化祭はあくまで祭りの中の出店要素を切り取ったものだ。

 どちらが正しいという訳でもなく、単純に祭りの内容が異なるだけだが、善は祭りにも色々な種類があると聞いて隣にいる玲と一緒に興味深いと頷いていた。

 祭りの雰囲気に当てられ調子が戻りつつあるそんな二人を見ながら、ここがお祭りならそれに合った服装を着るべきではと考えた雪子は、アイギスに抱っこされている八雲に視線を向ける。

 

「ねぇ、八雲君に法被とか着せる? あと、赤ちゃんってフンドシ巻いても大丈夫かな?」

「う、うーむ。赤ちゃんは粗相しちゃう事があるからやめた方がよくない?」

 

 赤ん坊がフンドシを締めないのは、肌が弱い事、お尻を出してお腹を壊す可能性がある事、単純に粗相をしやすいからといった理由が挙げられる。

 雪子に言われてフンドシを締めた八雲を想像した千枝は、確かにお尻を出して可愛いかもと思ったが、粗相をしたら大変だからと考えて反対した。

 

「八雲さんは食べた物を全てエネルギーに変換するため、排泄行為を一切しないので粗相の心配は無用です」

「あい!」

 

 しかし、そんな千枝の言葉にアイギスは自信を持って大丈夫だと返す。

 オムツを穿かせてはいるが八雲は排泄行為を全くしないためだ。

 それなら普通のパンツを穿かせても良いのではと思うところだが、パンツよりもオムツでお尻が盛り上がっている方が可愛いからと現在もオムツスタイルで来ている。

 八十神高校側の女子メンバーに限らず、月光館学園側の女子メンバーも中々に業が深かった。

 

《へぇ、じゃあ私と一緒でアイドル出来るね。ウンチもオシッコもしないってアイドルになる必須条件だから!》

「あーう」

「この前トイレから出てきたよ、と八雲さんが仰っています」

《女の子は身だしなみに気をつけるものなの。だから、トイレの鏡とかで髪型が崩れてないかチェックしたりするのよ》

「おー」

 

 りせが通信で会話に参加してくると、八雲は話を聞いてそうなのかと頷いている。

 きっとアイドルとしてのイメージを守るため、りせは色々なツッコミに対する返答を予め用意しているのだろう。

 小さな事で彼女のプロ意識を見た女性陣は心の中で拍手を送り、雑談はここまでにしようと通路の先へ視線を向け歩き出す。

 迷宮も四つ目となると出てくる敵もかなり強力になっている。

 その分、警戒しながら進まなければならないが、入口から真っ直ぐ進んで開けた場所に出たとき、メンバーの視界に地下への階段が見えた。

 

「おっと、まさかの入ってすぐに階段を発見伝」

「うん。でも、堀の向こう側だね」

 

 順平と綾時が軽い調子で言葉を交わす。

 通路を抜けて大きな部屋に出ると地下への階段を見つける事が出来たが、階段があるのは堀を挟んだ向かい側だった。

 堀の幅はジャンプして越えられるようなものではなく、近くには橋も船も存在しない。

 となると回り道をしないといけない訳だが、ここで真田が閃いたと声をあげた。

 

「おい、有里を向こう岸に投げてみたらどうだ?」

「そうか。お前を堀に落とせばいいんだな。明彦」

「違う! おい、岳羽も九頭龍も押すな! 本当に落ちるだろうが!」

 

 真田が急に赤ん坊の八雲を投げて向こう岸に渡そうと言いだした事で、女性陣は冷たい視線を彼に向けた。

 無論、彼はただ向こう岸に渡れるか試そうとして言ったのではなく、八雲を向こう岸に渡してから如意棒など不思議アイテムで橋を架けて貰えばと思って意見したのだ。

 しかし、真田はこれまで何度も赤ん坊の八雲に冷たくあたっている。

 未成年ではあるが赤ん坊と比べればいい歳した大人だというのに、主に女性陣が八雲を甘やかしてばかりいるからと厳しく接していた。

 そんな前科があるせいで真田の考えの裏は読んで貰う事が出来ず、美鶴の指示通りにゆかりと七歌で真田の背中を押して堀に落とそうとした。

 もっとも、本人の必死の抵抗もあって未遂に終わるが、落とされまいと全力で抵抗したせいで酷く消耗した様子の真田に、直斗がやや呆れた表情で声を掛けた。

 

「ショートカットした場合、全員が渡りきる前に敵が急に出現したら孤立や分断される事になります。確かに簡単に進めるに越した事はありませんが、ここで時間を掛けても現実世界に影響はないようですし。安全策で行きましょう」

「あ、ああ、分かった……」

 

 試せる事は何でも試すべき。そういった考えからの発言だったが、残念な事に言葉が足らなかった。

 アイギスは絶対に八雲は渡さないと強く抱きしめて距離を取り、真田とアイギスの間には女性陣が立っている。

 消耗した今の状態で八雲を奪う事など出来ないし、そもそも無理矢理に八雲を投げ飛ばそうと考えていた訳でもない。

 よって、真田は直斗の言葉に頷いて返すと、黙って他の者たちの後に続いて進む事にした。

 仲間から堀へ落とされそうになった真田に他の男子らは同情的な視線を送りつつ、階段のある通路へと繋がる道を探してさらに進む。

 すると、いくつかの部屋を抜けていった先で、“封”と書かれた札が貼られた扉を発見した。

 押しても引いても扉は開かず、よく観察してみれば扉の隅の方に文字が書かれている。

 

 “聖なる炎を神の御許に奉れ、資格無きものには開扉を封ず”

 

 お化け屋敷で見たような難解な暗号ではなく、言葉自体は読めば理解出来る。

 ただ、聖なる炎や神の御許など分からない単語がまじっているせいで、文章を読んだ者たちは首を傾げた。

 

「聖なる炎ってなんだ?」

「火炎スキル、使ってみる?」

「ああ、頼む。中村」

 

 分からないなら関係がありそうなものを試してみるしかない。

 聖なるの部分は一致しないものの、炎と書いてあるので火炎スキルが関係するかもしれないとあいかはペルソナを呼び出し扉に向かって火炎スキルを放つ。

 くノ一型のモチヅキチヨメが燃える手裏剣を投げれば、扉に刺さったまましばらく燃えていたが、しばらくしても何も怒らず最後は消えてしまう。

 扉の方も燃えて煤けたりもしておらず、どうやらペルソナの火炎スキルとは無関係だと知る事が出来た。

 

「どうやら“聖なる炎”ってやつをまず見つけないといけないらしいな」

「うん。面目ない」

「中村のせいじゃないさ」

 

 もしかしたら、と僅かに期待していただけに、火炎スキルが不発に終わるとあいかは申し訳なさそうな顔をした。

 けれど、元からそれで上手く行けばいいという程度に考えていた他の者にすれば、やはりそう簡単にはいかないかと確認出来ただけで十分だった。

 謝罪してくるあいかに鳴上が気にするなと返し、まだ続いている通路の先を目指そうと促す。

 風花やりせも近くに熱反応があると言うので、奥へと向かえば轟々と燃える大きなかがり火を見つけた。

 

「あ、火があったよ! すごく大きいね!」

「まー!」

「いけません、八雲さん。近付いては危険です。それに子どもが火を使うとおねしょをしてしまうという言い伝えがあります」

 

 火を見つけて玲が楽しそうに近付いていけば、八雲も近くで見たそうに身体を乗り出す。

 だが、赤ん坊が火に近付くと危険なので、アイギスは彼を抑えるように抱き直した。

 八雲が勝手に歩き回らないのなら他の者も安心して調べる事が出来る。薪も足されずどういった原理で燃え続けているのか、かがり火の台ごと移動させる事は出来るか。

 色々と調べた結果、かがり火自体の移動は出来ないという事が分かり、周囲を警戒してくれていたメンバーに直斗が情報を伝える。

 

「どうやらかがり火自体を移動させる事は出来ないようです。なので、何かしらに火を移し、先ほどの扉まで持っていくしかないと思います」

「ま!」

「それは……ライターオイルですか? 流石に油を撒いて引火させるのは危険だと思いますよ」

 

 火を持っていくと聞いて、八雲はお腹のポケットから小さな缶を取り出して直斗に渡した。

 そこには補充用ライターオイルと書かれており、確かに扉からかがり火まで油を撒いて引火させれば簡単に終わりそうではあった。

 ただ、失敗すればダンジョンの中で火災が発生し、下手をすると自分たちにも危険が及ぶかもしれない。

 そんなリスクは負えないため、直斗は八雲の気持ちは嬉しいと頭を撫でてからライターオイルを返した。

 

「わんわん!」

「むむむ、犬っころが棒きれを拾ってきたクマ」

「丁度良い。そいつで松明を作れば何とか持っていけんだろ」

「なら、私のマントの切れ端を使うといい」

 

 コロマルが見つけてきた木の棒を荒垣が受け取り、善がボロボロだったマントの一部を破いて渡せば、木の棒に布を巻いただけの簡素な松明が完成した。

 あまり上等な造りとは言えないため長くは持たないだろうが、かがり火から扉までくらいなら何とかなりそうだ。

 荒垣が松明を持つ係に決まれば、他の者たちは移動経路の確保と敵への警戒に当たる。

 何故だかお腹のポケットから召喚器を取り出した八雲が気になるが、荒垣が慎重に進んで扉を目指せば、

 

「ちょわ!」

「お、おい!?」

 

 アイギスと八雲の前を通過する瞬間、八雲が召喚器を荒垣の持っている松明に向かって引き金を引いた。

 どうやら彼が持っていたのは以前見せてきた召喚器型の水鉄砲だったようで、勢いよく飛び出した水が松明を襲い、そのまま聖なる炎は消えてしまった。

 まだかがり火の前から出発したばかりだというのに、いきなり味方から妨害を受けるとは思っていなかった荒垣は、困惑気味に消えた松明と八雲の間で視線を往復させる。

 他の者たちも流石にここで八雲が悪戯してくるとは思わなかったらしく、一度かがり火の前に戻るとラビリスが叱りつけた。

 

「コラ、大事なもんに悪戯したアカンやろ。荒垣さんにちゃんと謝り!」

「なーう」

「え? いや、荒垣さんはええの。これ持ってかんと扉が開かんから」

「いー!」

 

 叱られた八雲は反論してからだだをこねるように激しく動いている。

 別にアイギスの腕から逃げようとしている訳ではないが、とりあえずラビリスに叱られた事が不満なのは伝わった。

 ならば、幼いなりに彼にも言い分があるはずなので、どういった会話をしていたのか美鶴がメティスに尋ねた。

 

「八雲はなんと言ってるんだ?」

「えっと、直斗さんがダメって言ったのに危ない事をしようとしているから消したらしいです。ただ、荒垣さんだけ良いなんてずるいとも言ってます」

「……なるほど」

 

 八雲は自分なりに他の者たちの手助けをしようと考えていた。

 ただ、先ほど直斗に危ないからゴメンねと断られたので、きっと安全性が確保された他の手段があるのだと彼は思い込んだ。

 そうして見ながら待っていれば、荒垣が粗末な松明を持って視界を横切ろうとしている。

 他の人のためにも危ない事はさせられないと消火してみれば、予想外のお叱りを受けたので八雲は不満に思っていた。

 これはどう説得したものかと顎に手を当てたまま美鶴は考え込み、どうにか八雲にも納得して貰おうとしばらくその場で足止めをくらうのだった。

 

 

 


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