――稲羽郷土展・第二夜
天井を突き抜けてF.O.E四体を一気に倒した湊は、少しすると槍を持ったまま天井から降ってきた。
数十メートルある天井から降りて来ても無事に着地できる事に驚愕している者もいたが、無事に戻ってきた湊の身体からは青白い光が湯気のように立ち上っている。
彼から出ている光は黄昏の羽根に過剰にエネルギーを供給し、ペルソナ顕現時に発生するエネルギーを疑似暴走状態で発生させたエクストリーム・オルギアモードによるもの。
すなわち、彼は今もペルソナを纏っているようなものなので、敵を見事倒してくれた湊に近付くとアイギスがE.X.O.について触れた。
「八雲さん、E.X.O.の光が出ていますよ」
「……ああ、敵のガードを突き破るときに力を籠めすぎてな。しばらくはこのままだ」
流石の湊も強敵のF.O.Eを四体同時に貫くのは大変だったらしい。
少しだけ疲れた様子を見せて溜息を吐くと、手に持っていた槍からペルソナのカードを抜いて無の槍をコートに仕舞っている。
その間も青白い光は治まっていないが、彼が言うにはもうしばらくすれば治まるようなので、敵が消えたこともあってメンバーたちは先へ向かうことにする。
戦闘を終えたばかりの湊は後方で休んで貰い、間抜けな戦いを挑んで敗北した男子たちは今度は真面目に戦うというので再び前線に立って貰う。
アイギスと並んで歩いている湊の足下から、一歩進むごとに地面が割れる音が聞こえるのはご愛嬌。
どうせダンジョンの内部は後で修復されるのだ。戦闘で出来た傷もあるので、天井に空いた穴に比べれば地面のひび割れくらい問題ない。
そうして、扉を潜って先へ進むと再びあしばや野郎が二体いる部屋に辿り着いた。
敵までの距離はそれなりにある。ただ、相手が怖がり近付いて来なくなるための聖なる炎がない。
「おっと、まーたあいつらだ」
敵に気付かれる前に足を止めた順平がF.O.Eのいる方向を見ながら呟く。
部屋に入って斜め右の方を見れば、確かに二体のF.O.Eが立ったまま待機している。
相手が炎を苦手としており、聖なる炎を持っていれば勝手に逃げてくれることも分かっているので、近くにかがり火がないか探してみる。
しかし、残念なことにこの部屋にはかがり火がなく、一つ前の部屋も同じようになかったので、ここは実力で敵を排除するか頭を使って敵が接近してくるまでに隣の部屋への扉を潜らなくてはならない。
聖なる炎がない以上は相手も全速力で向かってくるだろう。
これまでのデータから味方全体の移動速度を計算し、扉まで辿り着くのにどれだけかかるか算出したアイギスは、やや残念そうに口を開いた。
「敵の速度とわたしたち全員の速力を比較した上で計算したところ、敵に追いつかれること無く全員が無事に扉へ到着する可能性はゼロです。どう頑張っても全員が扉を潜る前に敵が来ます」
「……ここから殺せばいい」
どう頑張っても追いつかれてしまうのなら、敵が自分たちに気付く前に殺せばいい。
そう口にした湊は紅緋色の短弓“暁”をコートから取り出し、そこに鉄製の捩れた矢を番える。
同じように弓矢を武器として使用しているゆかりや、遠距離武器の銃火器を使っているアイギスは、ここからそんな短い弓で届くのだろうかと疑問を抱く。
湊が持っているのはどう見ても短弓だ。馬上や木々の生い茂った山の中などで取り回しがし易い分、和弓やロングボウと呼ばれる物に比べて飛距離や威力に難がある。
加えて、湊の弓に張られている黒い弦はおそらく動物由来の素材だろう。
伸縮性などを考慮するならそれで良いのだが、彼が今回選んだのは重い鉄製の特殊な矢だ。
これでは飛ばすための力が足りず、目標に届くことなく矢が地面に落ちるのではないか。
そう思って他の者より専門知識のある二人が見ていれば、湊は身体から青白い光を出したままギリギリと音をさせて番えた矢を引く。
限界まで引かれた矢を構えた湊が鋭い視線で敵を睨めば、次の瞬間、キンッと甲高い音をさせて矢が放たれた。
動体視力に自信のあった真田でも目で追えない速度で飛んだ矢は、一瞬のうちに敵へと到達すると二体いるF.O.Eの片割れの首を捉え、敵の頭部を撥ね飛ばす。
まるで鋭利な刃物で斬られたかのように、首から上を切断されたF.O.Eは飛んだ頭部が地面に落ちると同時にゆっくりと身体も倒れて消えてゆく。
一同がそんな光景に唖然としていると、続けて湊は矢を放ってもう一体のF.O.Eの股間を射貫き、相手は股間を押さえながら痛みのあまり消滅していった。
二体目のF.O.Eが倒されるのをみた男子たちが内股になって青ざめている頃、湊が持っている弓が名切りの武器である事に気付いた七歌は、やはり鬼の伝承は全て事実であったらしいと苦笑気味に溢す。
「あははは……いやぁ、実家の古い文献に名切りの事も書いてあったけど、本当に人間の手足や頭部を矢で切り飛ばしてたとはね」
「ほう。歴史的価値も相当なものだろう。九頭龍家にはそのような文献が残っているのか」
「伊達に数千年続いてませんからね。外に出せば騒ぎになる国宝級の代物が大量にありますよ」
考古学に興味がある美鶴に訊かれた七歌は笑って答える。
名切りの蔵に比べれば数は少ないだろうが、常に共に在ったこともあって九頭龍家にもかなりの数の国宝級が眠っている。
七歌はその中に名切りの鬼たちの戦いぶりを書いた物があると知って目を通していたことで、先ほどの湊が古文書通りの戦いぶりだったと感じていた。
刀や槍で相手を切り飛ばすのではなく、矢という貫通力に特化しているであろう武器で敵の四肢や首を切り飛ばす。
対物ライフルで撃つように当たった部位の周辺ごと吹き飛ばすのではない。文字通りに綺麗な切断面で無駄な破壊をせずに切り飛ばすのだ。
過去の名切りたちも湊のように敵を殺していたのならば、敵対した者たちは何が起きているのか分からず恐怖に支配された事だろう。
もっとも、実際には過去の文献に残っているのは全て事実と異なり、そんな風に見えた者たちが勘違いして書き残していたに過ぎない。
湊が矢で敵の首を切り飛ばせたのは、アナライズで敵の弱所をミリ単位で把握し、現代科学の粋を集めた特殊合金製の矢をE.X.O.で筋力にブーストが掛かった湊が放ったからだ。
久遠の安寧との戦争中は瞬間最高速度で秒速一五二メートルを記録していた矢は、最適化が終わってからさらに速くなっており、E.X.O.のブーストを合せれば音速に近い秒速二九〇メートルまで伸びていた。
その際、特殊な溝が掘られている矢は真空の刃を纏うことで、貫通時に相手の傷口を切り広げて進む。
敵の首が切り飛ばされた真相はそれなのだが、わざわざ説明する気のない湊は既に武器を仕舞って移動を待っていた。
それを見た美鶴は疲れている湊の事を考え、出来るだけ速く先へ進もうと全員に声を掛ける。
「有里のおかげでここも無事に通れるようになった。先へ進もう」
『了解』
他のメンバーたちも美鶴の言葉に返事をして先へと進む。
しかし、数ヶ所でかがり火が燃えているせいか、蒸し暑くてメンバーたちの足取りは普段よりも重い。
いつもと変わらぬ様子で歩いているのは、E.X.O.の効果が切れた湊と隣を歩くアイギスくらいだろうか。
そんなに暑いのなら男子たちは祭り姿のままでいれば良かったのにとも思うが、彼らは喧嘩神輿で負けてすぐに私服に着替えてしまっている。
ニット帽とロングコートを着ている荒垣や、クマ皮と呼ばれる着ぐるみを着ているクマなど見ているだけで暑苦しい。
湊のように黒いロングコートを着ていても一切動じること無く歩くのなら認めるが、フラフラしておきながら周りにまで悪影響を与えるのはいただけない。
七歌や美鶴がそんな事を考えながら扉を潜ると、轟々とかがり火が燃えている今まで以上に蒸し暑い部屋に到着した。
「くそ……こうも暑いと流石に参るぜ」
「なら、帽子を脱げばいいだろう。いつも被ってると順平みたいに禿げるぞ?」
「いや、オレっちのは坊主っていうヘアスタイルですから!」
暑がっている荒垣に真田が真っ当なツッコミをいれるも、流れ弾を喰らう形になった順平が別に禿げている訳ではないと反論する。
必至になればなるほど余計に暑く感じるというのに元気なものだ。
ただ、こんな状況でもコートや帽子を脱がないことを不思議に思ったのか、最近ではあまり話しかけなくなっていた天田が荒垣に質問をぶつける。
「あの、なんでいつも厚着なんですか?」
「いや、ちっとな……」
訊かれた荒垣は少し驚いたようで目を大きく開くも、結局言葉を濁して答えはしなかった。
それは、彼が飲んでいる制御剤の副作用が関係しているため、説明しようとするとどうしても仲間に制御剤を飲んでいるとバレるからだ。
ストレガのメンバーの服装をみれば分かるが、彼らは極端に着込んでいるか薄着でいる者に分かれている。
実は制御剤の副作用は内臓機能の低下だけでなく、体温調節の機能が正常に働かないというものもある。
そのためタカヤは冬でも上半身裸でいるし、カズキは夏場でもダブついたカーゴパンツとパーカーで厚着をしていた。
荒垣もそれと同じように、制御剤を飲んで体温が急激に下がったときのことや、激しい動悸で動けなくなったときの事を考えて厚着でいる。
もっとも、彼が飲んでいるのは湊が作らせている偽物の制御剤なので荒垣自身の体温調節機能は正常に働いており、彼が懸念している副作用も最近は薬を飲んでいないので発揮されない。
湊がカストールを預かっている間に荒垣の適性も伸びており、預かっていた湊の方でもカストールに少しだけ干渉した事で、実は荒垣のペルソナが暴走する可能性は極めて低くなっている。
精神的に追い詰められたり、四十度の熱で意識が朦朧としているなら話は別だが、そういう状況でもなければ他のメンバーと暴走の危険は変わらないのだ。
湊はその事を本人に話していないのでいつ気付くか分からないものの、少々訳ありな荒垣と天田の間に気まずい空気が流れると、おそらく偶然だろうがクマが隅の方で情けない声をあげた。
「ほよよー、暑さでお腹と背中がくっつきそうクマぁ……」
「な、なんだその姿は!? 敵の攻撃か!?」
急に変な声をあげたクマの方を見れば、何故だか彼の身体が毛皮のカーペットのように薄くなっていた。
クマ皮だけならば形状変化としてギリギリ納得できるものの、今の状態では中身の少年体までローラーを掛けられたようにペシャンコになっていると思われる。
湊と八雲の変化で人の身体が大きくなったり小さくなったりすることには耐性が出来ていたというのに、ここでさらに別の変化を見た美鶴が狼狽えていれば、これまでにクマが似たような姿になったのを見ていた直斗が助言した。
「いえ、敵の攻撃ではありません。暑さで干からびているだけだと思います。水をかければきっと元通りになりますよ」
「そ、そうなのか? 岳羽、悪いがクマに水を」
「あ、はい。了解です」
後衛組として水筒を持っていたゆかりは、美鶴に言われるとすぐに水筒の中身をクマにかけた。
残り少ない水をこんな事に消費するのは癪だが、一応、仲間の命が掛かっている場面だと思われる。
そうやって自分を納得させてゆかりがクマの全身に水を掛けていくと、カーペットが水を吸うように全て吸収されていき、少し経ってクマの身体は元の立体感を取り戻した。
「ふいー……生き返ったクマよ! 危うくクマの干物になるとこだったクマ! ミッチャン、ユカチャンありがとうクマ!」
「ああ、うん。無事に復活出来たならいいけどさ。おかげで水が底をついたんだけど」
仲間が復活した事は純粋に喜ばしい。助けられた彼もしっかりと感謝して礼を言っているので、その点については良かったと納得できる。
ただ、こんな暑い場所でクマ皮というふざけたものを装備し、そのおかげで死にかけたとなれば、はっきりいって自業自得としか言えない。
砂漠で水が貴重なように、こんなサウナのようなダンジョンでは水の有無で生死を分けるかもしれないのだ。
水がなくなった時点で撤退する以外に選択肢はなく、まだもう少し先へ行けると思っていた美鶴たちはクマの軽率な行動を咎めた。
「クマ、君が自分の装備を好きに選ぶのは勝手だ。だが、それは他のメンバーに迷惑を掛けないことが大前提。君同様、有里や荒垣のように厚着をしている者はいるが、君と違って倒れたりはしていない。また倒れるのならその装備は置いてこい。他の者を危険に晒すことになる」
「はい、クマ……」
キツい口調で話す美鶴も意地悪で言っている訳ではない。
本当ならある程度の自由は認めたいし、これまでもクマや八雲などふざけてるとしか思えない装備だって認めてきた。
けれど、クマはその装備が原因で倒れ、回復に貴重な水を大量に消費したことで全体の進行に影響が出てしまった。
今後も同じ事を繰り返すのであれば、チーム全体のことを考えてクマをメンバーから外すしかなくなる。
それが嫌なら倒れないように努力するか、原因となるクマ皮を置いてこいと正論しか言っていないのだ。
ただ、鳴上たちはそのクマ皮こそがクマの本体だったと知っているので、後から生えてきた中身とクマ皮を離すことに不安を覚えた。
「桐条さん、その……クマの本体はクマ皮の方なんです。中身の人間は後から生えてきたというか」
「その話はメティスから聞いている。だが、今は中身だけで活動可能なのだろう? そも、シャドウなのに飲食が必要であったり、気候の変化に対応出来ないというのが不思議だが」
美鶴の知っているシャドウは人の心は食べるものの、人間と同じ食べ物を摂取する個体がいるなど聞いたこともない。
さらにいえば、海に落ちたり火の上を平気で移動したり、個々の耐性も関係しているのだろうが周囲の温度や気候にあまり影響を受けない。
となれば、湊のアナライズで正体がシャドウの変異種だと判明しているクマも、他のシャドウ同様に飲食など不要で暑さも効かないはずなのだ。
それが誰よりも先に根を上げているのだから、シャドウなのに人よりも軟弱でどうすると言いたくなっても無理はない。
美鶴のそんな考えに苦笑いで返すことしか出来ない八十神高校のメンバーたちは、身内が迷惑を掛けたことを申し訳なく思いつつ、同じ厚着をしていながらダンジョンの温度に一言も文句を言っていない青年がいたなと千枝が口を開いた。
「てか、クマ吉と荒垣さんは暑がってるのに、有里君って全くそういうの顔にも口にも出してないよね。江戸っ子だから熱いのと一緒で暑いのも大丈夫とか?」
「……江戸っ子は夏の暑さに文句たれてばかりだぞ。俺は単純に暑くないだけだ」
「へー。確かに汗も掻いてないし、この暑さも問題ないってすごいね」
江戸っ子が耐えられるのはお風呂の熱さくらいなもので、他の熱さや暑さへの耐性は他の地域の人間と変わらない。
それを聞いた千枝はそういうものなのかと感心しつつ、実際に湊が本当に暑く感じていないのか近付いて観察している。
外に出ているのは顔と手くらいなものだが、見た限りでは顔にも汗一つ掻いていない。
似たような状況のクマと荒垣は汗だくなので、確かに湊の言う通り彼はこのダンジョンを暑いと思っていないのだろう。
そうして、納得した千枝がそのまま湊の傍にいれば、彼の隣に立っていたアイギスも平時と変わらない様子で他の者に質問した。
「皆さんはまだ暑さに慣れていないのですか? わたしは最初に比べて随分と楽になっているのですが」
「私はまだ慣れていないな。玲、君は大丈夫か?」
「うーん。わたしもまだ慣れてないかな。ていうか、ここは特に暑いというか冷たくておいしいアイスクリームが食べたいです!」
平時と変わらぬ様子のアイギスは、実際に湊同様ここを暑いと感じていなかった。
姉妹機だったラビリスとメティスは暑がっているので、元対シャドウ兵装シリーズという共通点があっても、暑さへの耐性などは個人差があるのだろう。
そんな彼女がまだ暑さに慣れないかと尋ねれば、暑さで少し疲れた様子の善が玲を気に掛けた。
聞かれた少女も疲労が顔に出ているものの、こう暑いと頭もぼんやりしてくるので、冷たくて美味しいアイスクリームを食べてリフレッシュしたいと笑顔を見せる。
水筒の水もなくなってしまったので、向こうに戻って風呂でさっぱりしてからアイスクリームを食べるのもいいかもしれない。
他の者たちがそんな事を考えていれば、周囲の状況を探っていた風花が通信越しに戸惑いの声をあげた。
《あ、あれ? いま調べたらアイギスの周りだけ温度が違うみたいなんだけど》
「へ? なにそれ、どういう事?」
急に言われても状況が上手く飲み込めない。風花の言葉に首を傾げつつ、ゆかりがアイギスの方へと近付いてみると、確かに彼女の傍だと室温が他よりもマシというか、むしろ涼しいくらいだった。
「あ、なんかホントだ。ここらへん涼しいかも」
「てっきり暑さに慣れたのだと思っていたのですが、どういう事なのでしょう?」
アイギスは自分がダンジョンの温度に慣れて暑いと思わなくなったのだと思っていた。
しかし、実際には彼女の周りだけ他よりも涼しく、それが分かった事でゆかりもその場に居座っている。
そんな彼女たちを羨ましいと思ったのか、他のメンバーもアイギスの傍に寄ってこようとすれば、そのタイミングで風花と一緒に調べていたりせが声をあげた。
《分かった! プロデューサーだ。プロデューサーを基点に一定の範囲だけ気温が下がってるんだよ!》
現場にいる人間には分からないだろうが、校舎からアナライズで調べていたりせはサーモカメラのように温度が見えないか試してみた。
その方法はかなり効果的だったらしく、部屋の中をサーモカメラのように温度別に見ることが出来た。
おかげでアイギス周辺だけ緑から薄い水色のように見えていたのだが、さらによく見るとアイギスの隣にいる青年の周辺は青を越えて黒に限りなく近い色で表示されていた。
湊が汗を掻いていないか確認しにきた千枝が傍に残っていたのも、きっと他よりも涼しいと思ったからだろう。
原因を理解したことでチドリが湊に近付いていけば、彼女は湊のコートに手を掛けて前を開いた。
「っ、貴方何してるのよ。自分の身体が凍りついてるじゃない」
「……ペルソナを出さないと自分を基点にしかスキルが使えないんだ。俺だけならともかく、隣にいるアイギスまで影響下に置くならこうなる」
湊に近付いた時点で涼しいどころか寒いくらいだと思ったチドリは、勢いよくガバッとコートの前を開いた。
するとそこには、霜が降りて固くなったシャツや、既に透明な氷で覆われている身体があった。
ペルソナを召喚せずにスキルを限定的に使った事が原因とのことだが、そんな事なら普通にペルソナを召喚してくれた方がいい。
思わず溜息を吐いてチドリがそう伝えれば、湊はそういうものなのかと納得して座敷童子を召喚した。
《……せっかく…………八雲と一緒だった、のに……》
「その八雲の身体が凍りついてるのよ。わざわざ八雲の身体を傷つける必要ないでしょ」
お嬢様の普段着といった派手すぎないドレス姿で現われた座敷童子は、高同調状態が解除された事を不満に思いつつ、湊と手を繋いで周囲の温度を氷結スキルで下げてゆく。
効果範囲は湊を中心に半径二メートルほどだが、先ほどまでと違って効果範囲内は基点を含め一定の温度に保たれている。
身体が凍っていた湊もフェニックスの炎で全て溶かし、今度こそ快適な温度で過ごせるようになった。
ただし、彼の周りだけ涼しいと分かった事で、今は他のメンバーたちも集まってきている。
「……鬱陶しいから離れろ。勝手に入ってくるな」
「まぁ、そんなケチケチすんなって。助け合いの精神が大事だって小学校で習っただろ?」
最初から一緒にいたアイギスや湊の身体を心配して寄ってきたチドリが範囲内に残るのは分かる。
ただ、千枝やゆかりはまだしも男子まで半径二メートルの円の中に入ってくると、人口密度が高くなって鬱陶しい。
これではちゃんと歩くことが出来ず、そもそも戦う役目を与えられた者らが何をサボっているんだと湊が怒れば、順平が調子のいいことを言ってきた。
「……生憎と俺は小学校に通ってない。というか、お前らいい加減にしろ。街灯に集まる虫か」
言いながら湊は座敷童子にスキルを止めさせると、茨木童子を呼び出して火炎スキルを応用した高熱の範囲スキルを発動させる。
今度は湊を基点に半径五メートルの距離を対象に、範囲内が気温にして四十二度に保たれる効果があった。
涼しい場所でクールダウンしていたはずが、炎が燃えている部屋の温度よりも急に高い温度にされたことで彼の周りに集まっていた者たちは散ってゆく。
地味に先ほどよりも効果範囲を広くした事で、他の者たちはどこまでが効果範囲なんだと余計に距離を取っている。
快適な空間から追い出された男子や七歌が不満顔で、「ケチ」「悪魔」「ドM野郎」ととんでもない事を言ってくるも、茨木童子が火球を作って足下へ放り投げてやれば罵声も止んだ。
それを見た湊はようやく離れたことに小さく溜息を吐けば、近くにアイギスとチドリが残っていたので再びスキルを切り替え、座敷童子に半径二メートルを快適な温度に保たせると先へと進むのだった。