【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百三話 怪しいモニュメント

――稲羽郷土展・第三夜

 

 稲羽郷土展の第二夜を探索し終えた翌日。

 消耗した体力が回復した事で湊が八雲から戻り、戦力が強化された事で階段の傍にいるF.O.Eたちを無事に突破する事が出来た。

 今回の湊は遠距離からアザゼルのメギドラオンで敵を焼き払うという手段を使い。おかげでその周辺だけ床や壁が融解してしまったが、本人はどうせ後で直るだろうと無視して進んだ。

 敵とはいえど相手は人型だった。そこへ地形を変えるほどの威力を持つ攻撃を躊躇いなく放つ。

 表情一つ変えず淡々と敵を処理する姿を見ていた者たちは薄ら寒いものを感じ、彼が味方で良かったと心の底から思った。

 自分がいれば隊列など意味が無い。背中でそう語る青年はダンジョンの熱を氷結スキルで中和している座敷童子と共に歩き、ゆっくりと階段を下りてゆく。

 今日はアイギスもラビリスたちと一緒に歩いているので、湊と座敷童子だけが先行する形になっているが、アイギスが後方にいるので座敷童子のスキルの効果範囲は陸上のトラックのような縦長になっていた。

 おかげでその間にいる者たちもスキルの恩恵を受けられ、今のところは快適だとリラックスした様子を見せている。

 そのため昨日よりも思考に余裕があったチドリは、階段を下りている途中で湊に違和感を覚えた。

 

「……ん?」

 

 何か引っかかるものがある。そう感じたチドリは湊と座敷童子の背中を見つめる。

 一体何が引っかかるのか。二人の様子は普段と変わらず、時折、座敷童子の方から話しかけて湊がそれに返す形で会話をしているが、これと言っておかしなところは一切無い。

 チドリがジッと湊たちを見つめていると、それに気付いたゆかりがどうしたんだと彼女に声を掛けた。

 

「チドリ、そんなに有里君のこと見てどうしたの?」

「……別に。ただ、さっきから何か引っかかってて」

 

 自分でも何が引っかかっているのか分からない。

 けれど、先ほどアザゼルを召喚して敵を倒した彼に、何かしらの違和感を確かに覚えたのだ。

 今の湊は普段と変わらない。仕事モードや戦闘モードに近い精神状態になっているのか、普段以上に静かになってはいるが座敷童子とも言葉を交わしているので、他の者が話しかけてもきっと返事をしてくれる事だろう。

 ならば、どうしてこんなにも何か引っかかるのか。チドリが顎に手を当てて考えていれば、チドリとゆかりの会話が聞こえていた他の者も青年の事を観察する。

 彼と一緒に育った家族だからこそ、誰も気付けない小さな違和感にも気付いた可能性がある。

 湊は怪我をしたり体力が消耗していてもそれを口には出さない。おかげで体調や精神状態に変化があれば、他の者よりも症状が酷い場合があるのだ。

 ここでまた八雲になってしまったり、何かが切っ掛けで力が暴走すればダンジョンの探索に影響が出る。

 それを避けるために違和感の正体を突き止めようとチドリと共に観察していれば、湊と座敷童子を交互に見ていたラビリスが「あっ」と小さく声をあげ口を開いた。

 

「あっ……チドリちゃんの違和感の正体わかったかもしれん」

「……なに?」

「ああ、うん。ほら、湊君って今日はダンジョンに入る前から座敷童子だしとったやろ?」

 

 朝食を食べ終えて少し休むと、ダンジョンに潜るメンバーたちは自分たちの装備を確認してダンジョン前に集合した。

 他の者よりもやや遅れて登場した湊は、そのとき既に座敷童子と一緒に歩いており、ダンジョンに入った時点で暑さ対策の氷結スキルを使用していたのだ。

 そのおかげでただ最短ルートを進む以上に今日は体力の消耗を抑えられている訳だが、その事が違和感の正体に関係あるのかと一同の視線がラビリスに集まる。

 すると、本題はここからだとラビリスが先ほどの戦闘を思い出すよう皆に告げる。

 

「んで、思い出して欲しいのはさっきの戦闘なんよ」

「さっきの戦闘? えーっと、あの青い天使でビーム撃ったやつの事だよね?」

 

 彼の戦闘について思い出して欲しいと言われ、千枝が代表して戦闘の流れを口にした。

 背中に翼を生やし、どこか鳥を模したような仮面をつけた青い大型のペルソナが現われると同時に、湊たちの存在に気付いて近付いて来ていた敵を一撃で屠った。

 極光の奔流に飲み込まれた敵は跡形もなく消え去り、攻撃が着弾した地点が融解しつつもクレーター状になっていた事が印象に残っている。

 ただし、この世界に来るまで湊がワイルドだと知らなかった千枝は、彼の持っているペルソナの名前をあまり覚えていなかったので、すぐ隣に立っていた雪子がこっそりと教える。

 

「千枝、あのペルソナはアザゼルって言うんだよ」

「そうそう。そのアザゼルがチドリちゃんの違和感と関係あんの?」

 

 言われて確かにそんな名前だったと思い出した千枝。

 名前を忘れていた彼女は少し照れくさそうに頭の後ろを掻いていたが、アザゼルがチドリの言っていた違和感とやらに関係しているのかと聞き返した。

 再び聞かれたラビリスは一度頷くと、召喚出来ていること自体がおかしいと答えた。

 

「うん。さっきアザゼル出しとったけど、アザゼルってネガティブマインドのペルソナのはずやねん。で、その前から出しとった座敷童子はポジティブマインドのペルソナやから、どういう訳かゴッチャに召喚出来てるみたいなんよ。チドリちゃんの違和感ってこれのことやろ?」

「ええ、その通りよ。なんでどっちも呼び出せてるのかしら?」

 

 湊の力が二つに分かれているのは、名切りの鬼として覚醒した事で名切りの業である蛇神が目覚めた事が関係している。

 元は正の心の領域であるポジティブマインドのみを使ってペルソナを召喚していたが、血に目覚めた湊は蛇神を手に入れて負の心の領域であるネガティブマインド側も使えるようになった。

 蛇神は血に目覚めた時点で既に湊の支配下に置かれているが、その正体は鬼たち数千年分の負の感情が詰まった呪いである。

 恨み、辛み、憎しみに絶望。人を、世界を、運命を呪いながら死んでいった者たちの負の感情。

 はじめは心のしこりでしかなかった暗い感情が能力と共に受け継がれ、次第に自分たちではどうしようもないほど強大になり、一族の悲願であった愛子に受け継がれた時には宣告者“デス”をも超えた存在に至っていた。

 湊が一〇年前の姿になったときに判明した事だが、蛇神の力を完全に制御することが出来れば、宣告者の到来を待たずともニュクスを呼ぶ事が出来る。

 一〇年前に桐条鴻悦が作り出したデスも、本来ならば終末を望んだ者たちの心が合わさり十二体のシャドウが生まれ、そのシャドウたちが融合する事で宣告者として誕生する。

 桐条鴻悦はその過程を省略するため、人為的に多数のシャドウを融合してデスを作り出した訳だが、蛇神も一族の人間に代々受け継がれてきたという違いはあれど、結果だけを見れば何千、何万という人間の負の感情が集まって生まれた存在だ。

 綾時に言わせれば蛇神は便宜上ペルソナと呼ばれてはいるが、数多の名切りたちが抱いた世界への呪いが神格を得た存在だとか。

 使い方によっては世界規模で影響を及ぼしかねない存在だからこそ、手にした湊も完全にはコントロールすることが出来ず、一定の周期で使える心の領域が切り替わるようになった事で、ネガティブマインドの期間にまともにペルソナが使えなくなる事態に陥った。

 もっとも、その問題は蛇神の力をいくつかに分割し、それぞれをペルソナとして扱えるようにした事で解決した訳だが、問題が解決した後も周期ごとに使えるペルソナは決まっているはずだった。

 新月の影時間明けから満月の影時間まではポジティブマインドのペルソナを、満月の影時間明けから新月の影時間まではネガティブマインドのペルソナをそれぞれ使える。

 七歌たちがこの世界に来たのは二〇〇九年九月二〇日の影時間。前日の十九日が新月だったので、今の時期であれば湊はポジティブマインドのペルソナしか使えない。

 よって、座敷童子たちが呼び出せても何ら不思議はないが、アザゼルを初めとした悪魔や堕天使で構成されたネガティブマインドのペルソナは呼べないはず。

 どうしてどちらも呼べているのか気になったチドリは、先頭を歩いている二人に後ろから声を掛けた。

 

「ねぇ、八雲。貴方、どうして召喚周期の制限が外れているの?」

 

 チドリとしては使えるペルソナが増えて便利そうだという気持ちが強い。

 この世界では七歌と鳴上のワイルドが共鳴したことで変質し、他の者まで付け替え可能なサブペルソナという能力が備わった。

 今まで自分の固有ペルソナしか使えなかった者たちは、擬似的にワイルドの能力を得られて喜んでいるが、元から力を持っていた二人はメインとサブの二体しかペルソナが使えないせいで不便そうにしている。

 その点、個人で能力が完結している事で影響を受けないはずの湊は、召喚周期の制限が外れて二〇体以上のペルソナを扱える状態にあるらしい。

 あまり多過ぎても悩んでしまいそうなものだが、戦闘慣れしている湊にすれば戦術がパターン化されているので悩むことはないという。

 ただ、どうしてそんな制限が解除された状態にあるのかは知っておきたい。そう思って答えを待っていると、湊との会話を中断させられてやや不満そうな座敷童子が振り返って答えた。

 

《……ここは…………世界の狭間、二つの世界が繋がったように……時間の概念が曖昧…………》

「時間の概念が明確じゃないから、どっちの周期とも言えないってこと?」

《…………そう……》

 

 湊の力の変化する周期は聞いていたが、厳密に言うとどうしてその周期なのかはチドリも知らない。

 単純に経過日数が関係しているのか、それとも月齢の影響を受けているのか。

 チドリの勘では後者だと思っているが、確かにこの異世界では独自の理が存在しているようで、現実世界の理の中で定められた制限があっても十全に効果を発揮するとは考えづらい。

 おかげでこの世界限定で湊はさらに能力が拡張されているらしい。

 座敷童子の話を聞いて便利そうで良いなと他の者が羨ましがっていれば、七歌が疑問を感じて首を捻ると質問をぶつけてくる。

 

「あれ? でも、八雲君の力って自分の中で完結してて、外的要因では変化しないんじゃなかったの?」

 

 この世界に来たばかりにエリザベスから聞いた話では、湊の力は自己完結型であるため、外的要因で能力が変化することはないらしい。

 彼の力が変化するとすれば、それは彼の中で何かしらの変化が起きてのこと。

 ただ、そうなると時間の概念が曖昧だからといって制限が解除されるのはおかしい。それでは湊の能力も外的要因で変化する事になってしまう。

 七歌がそれを指摘すれば座敷童子は小さく首を横に振った。

 

《……変化はしてない…………正も、負も、最初から八雲の中にある……。ただ、普段は…………月の満ち欠けで、シャドウが力を得るように……性質として力を使い易い時期があるだけ……》

「ほえ? んじゃ、元の世界でも無理したらどっちも呼び出せるの?」

《…………八雲は強い子……だから、できる。……でも…………無理をすると力が不安定になる……蛇神……“无窮”が暴走する、かも……》

 

 彼女が口にした“无窮”とは蛇神のペルソナとしての名前だ。

 无窮は無窮、つまり永遠や無限という意味を持つ。

 死と再生の象徴である蛇。血に宿り受け継がれる事で終わりのない名切り。その二つの存在を表わすが故に蛇神は无窮という名を持った。

 ただ、七歌たちにすれば名前の由来などどうでもいい。単純にあの化け物が湊の制御を外れて暴れると聞いて、その場面を想像しただけで背筋が寒くなっていた。

 

「いや、それはヤバい。マジでヤバいから勘弁して……」

「有里の持ってる蛇神ってペルソナはそんなにすごいのか?」

 

 月光館学園のメンバーと異なり、話に出てくる蛇神とやらがどれだけのサイズか知らない八十神高校のメンバーは、何故そこまで怯えるんだと不思議そうに彼女たちを見る。

 持ち主が湊の時点で並みのペルソナでない事は分かるが、それでもペルソナはペルソナのはず。

 一体何がそこまで恐ろしいのだろうかと尋ねれば、完全に顕現した蛇神を思い出して顔色を青くさせた順平が口を開いた。

 

「すごいとかそういうレベルの話じゃないんだって。空を飛んでたけど街一つ覆えるサイズだぜ? ほら、お化け屋敷で有里の麒麟がフロア一つ破壊した事あっただろ。あのとき守ってくれた骨がその蛇神の頭の骨だ」

 

 順平の話を聞いた鳴上たちは驚きで目を見開いている。

 もっとも、放課後悪霊クラブでメンバーたちを守ったときの骨は、蛇神の頭骨そのものではなく、湊の力で蛇神の骨を再現したものだ。

 そうでなければ街一つ覆える規格外のペルソナを、頭骨限定といえ室内で顕現させるなんて出来るはずがなかった。

 順平から蛇神のサイズを聞いた者たちは、この世界でそんなものが暴れれば最悪この空間が崩壊する可能性もあると理解した。

 この世界であれば正負の制限が外れるにしても、出来るだけどちらか一方にしてくれと頼み、湊がそれに適当に手を振って返すと階段が終わった。

 ようやく辿り着いた第三階層はこれまでより少しだけ落ち着いた雰囲気を感じる。

 

「ようやく着きましたね。僅かに内装に変化が見られますが、室内温度などは以前そのままであります」

「出来る限り有里先輩のスキル内で行動するようにしましょう。僕たちにとってはダンジョンの環境そのものが脅威ですから」

 

 一度座敷童子のスキル内から出て温度を確かめたアイギスは、厄介な温度はこのフロアでも健在だと嘆息する。

 それを聞いた直斗は他の全員に出来るだけ密集し、座敷童子のスキル内から出ないよう呼びかけた。

 サウナのような温度は体力を奪うだけでなく、ストレスを与えたり集中力を乱す効果がある。

 そのせいでメンバー同士が衝突すればそれだけ進行が遅れるので、余計な体力を使うくらいなら先を目指すことを優先する。

 湊以外の者たちが全体の方針を確認し終えたところで、先を目指そうと全員が歩き出した。

 だが、いざ進もうとしたところでいきなり封印された扉に行く手を阻まれる。

 

「あー……また聖なる炎の扉っスね」

「かがり火はあるが火が着いてねぇな。クソ、また上から持って来いってのか」

 

 聖なる炎が無ければ通れない扉を前に、面倒臭いと荒垣が愚痴をこぼす。

 降りて来た階段の傍にかがり火があったので、松明に火を移して持ってくれば、なんとか今いる部屋のかがり火に火を移せそうだ。

 ただ、わざわざ持ってくるのが面倒なので、敵がいないのだから代表で誰かが持ってこようという話になる。

 そんな事を話している間に全員で行った方が速く済みそうだが、座敷童子が維持している快適空間から離れたくないという思いが働いてしまっているらしい。

 

「完二、任せたぜ」

「ああ? いや、ここは先輩が行くとこっしょ」

「学校は縦社会なんだよ」

「なら、クマでいいッスね」

「クマは学校に通ってないクマ」

 

 男子たちがお前が行ってこいよと押し付け合いを始める。

 傍から見ていればなんとも見苦しいが、全員の頭に昨日の苦労が残っているため、余計な事を言って押しつけられるのを避けるためか女性陣も黙っていた。

 

「……はぁ、お前ら一つも仕事しないなら帰れ」

 

 探索を開始したばかりでこんな雰囲気になり、それを見ていた湊は呆れた表情で溜息を溢す。

 今の彼らはただ湊の後ろをゾロゾロと着いてくるだけのお荷物だ。

 敵が出たときに戦ったり、ダンジョンのギミックを攻略するために奔走したり、何かしらの手伝いをするなら湊も少しくらいは範囲スキルの中で休んでもいいと思っている。

 けれど、階段を上って火を移した松明を持ってくる程度の仕事もしないなら、いっそスキルを完全に解除しても良いんだぞと視線で釘を刺す。

 快適な状態を知ってしまった者たちにすれば、今更暑いダンジョンの中を探索するなど地獄でしかない。

 そんな地獄を味わうくらいなら一時の苦労を選ぶ方がマシ。すぐリスクを計算した順平や花村が駆け出そうとすれば、右腕に黒い炎を纏わせた湊が封印された扉に近付いた。

 

「すごい。はーちゃんが近付いただけで扉が開いた……」

 

 腕に黒い炎を纏わせた湊が近付けば。それだけで封印されていた扉が完全に開いてしまった。

 色で判断するなら魔界や地獄の炎にしか見えないというのに、扉が開いた以上は湊の炎も聖なる炎の性質を持っているに違いない。

 これで今後は湊がいれば聖なる炎の封印は完全に無視できる。ラッキーだったと思いつつも、先ほどまでの自分たちの行動を反省しながらメンバーたちは湊の後を進む。

 

「おっし、クーラーの部屋から出れない病はここまでにしとこう。じゃねーと次はマジでスキル解除されっから」

「ああ。流石に有里ばかりに負担を掛ける訳にはいかないしな」

 

 次こそ自分たちもちゃんと働くぞと花村と鳴上が気合いを入れる。

 他の者は楽できていたせいで意識していなかったが、よく考えれば快適空間を維持しているスキルは、常に湊の適性値を消耗し続けているのだ。

 彼は疲労が顔に出ないので負担が分かりづらいが、自分たちが思っているよりも負担が大きいに違いない。

 ならば、楽をさせて貰っている分、今度こそしっかり働いて彼の負担軽減を目指す。

 二人以外のメンバーも彼らの言葉に頷いているので、ここからはメンバーらの態度ももう少しマシになるはず。

 まぁ、湊の性格を考えると欠片も他人に期待していないと思われるが、自分でやると決めた以上はやるのだ。

 腑抜けていたメンバーたちの目にやる気が宿り、歩いていた通路から扉を潜って新たな大部屋に到着する。

 だがその瞬間、視界に飛び込んできた巨大な下半身に順平が驚きの声をあげた。

 

「うおぉぉぉぉぉぉっ!?」

「なんじゃこりゃー!?」

 

 順平に続けて花村も思わず叫んでしまう。

 扉を潜って大部屋に到着したメンバーたちの視界に飛び込んできたのは、高さ十数メートルはあると思われるフンドシ姿の下半身。

 フンドシには“青竜”と書かれており、さらにそこから提灯が一つぶら下がっている。

 こんな巨大な敵が相手となると自分たちでは太刀打ちできないため、どうしても湊に頼ることになりそうだが、自分たちが部屋に入ってから相手は欠片も動いていない。

 そう思って観察しているとりせから通信が入ってくる。

 

《んー、それ多分建造物みたい。トンネルっていうかゲートみたいか感じ?》

「祭りのためのモニュメントか……。確かにそういった類いの祭りもあるが、これは……」

 

 巨大な下半身の正体はシャドウやF.O.Eではなく、ただのダンジョンの飾りのようだった。

 一応、子宝祈願に下半身に関係してくるような祭りもあるので、それに倣ったモニュメントなのかもしれないが、流石にインパクトが強くて目に毒だと美鶴も視線を逸らす。

 すると、視線を逸らした先にこれまでと異なる封印の御札が貼られた扉があった。

 

「む、どうやらあれは扉の封印を解くためのギミックらしい。正しい順番であの鳥居を回り、全ての鳥居の提灯に灯りを灯せば封印が解けるようだ」

 

 封印の解除は巡礼という形で行なわれるようで、『玄武、白虎、青龍、朱雀』の順に回る必要がある。

 フンドシに書かれているのが青竜で、巡礼順に書かれているのが青龍になっているが、その辺りの細かな違いはご愛嬌だ。

 あの下半身のモニュメントが鳥居で、回る順番も理解したなら後は指示通りに回って行けばいい。

 だが、巡礼を始める前に注意点があるよと雪子が口を開いた。

 

「あ、神社とかの巡礼って決まりがあってね。引き返しちゃ行けないんだって。ちゃんと帰り道も決まってるから」

「なるほど。では、一筆書きのように一方通行で潜り抜けて行く必要があるみたいですね」

 

 逆走すれば巡礼失敗としてやり直しになる可能性が高い。

 無駄に移動して消耗するのは嫌なので、しっかり注意して進もうと確認すれば、周辺を確認して『玄武』の鳥居を探し始める。

 ただ、やはりフンドシ姿の下半身の股下を通ることに抵抗があるのか、遠くに見える鳥居の方を向いてゆかりが愚痴をこぼす。

 

「はぁ……やだなぁ近付くの」

「今更初心なふりをするな。男の下半身なんて見慣れたもんだろ」

「ちょっ、なっ、んな訳あるかぁっ!!」

 

 ゆかりが愚痴をこぼすと近くにいた湊がとんでもない事を言っていた。

 言われた瞬間は呆気にとられてしまったが、すぐに何を言ってくれてんだと耳を赤く染めたゆかりが彼の背中をビンタする。

 バシンッ、と痛そうな音が辺りに響くが自業自得だ。

 彼らしいと言えば彼らしい発言だったが、デリカシーのない発言をした湊を直斗が諫めた。

 

「先輩、事実がどうであれ今の発言はセクハラですよ」

「……白鐘は海外でも日本の法律基準で考えるのか? 残念ながらここは異世界。日本の法律は通用しない」

「いやその……確かにそうですが……」

 

 そう言われてしまうと直斗は何も言い返せない。

 アフリカで原住民が全裸でいようと猥褻物陳列罪にならないように、日本基準なら罪になったとしても、地域や時代が異なればルールも違ってくる。

 いま湊たちがいるのは八十神高校を模してはいるが、ここはあくまで異世界なので日本の法律は通用しないのだ。

 

「やっぱ都会って進んでるんスね」

「いや、俺も元は都会っ子だけど全然だったぞ。相棒の方は?」

「俺も全然だったよ」

 

 ローカル線の電車に揺られること数時間な稲羽市に来る前、元々東京に住んでいた花村と鳴上。

 ゆかりの性事情から田舎と違って都会は進んでいると判断した完二に、先輩である男子二人は都会での生活を思い出して田舎も都会も関係ないと教えてやった。

 だが、そんな彼らの会話はゆかりの耳にも入ってきており、やっぱり誤解されちゃったじゃないと再び湊に抗議する。

 

「有里君のせいで変な誤解受けちゃったじゃない!」

「誤解って……実際、何度も俺の身体を見ただろ。あのときは別に照れてなかったじゃないか」

「顔に出なくなってただけで照れはずっとあったの! てか、恋人とその他じゃ違うでしょうーが!」

 

 湊が先ほど見慣れているだろうと言ったのは、付き合っているときに何度も肌を重ねていたからだ。

 最初は電気を消して欲しいと頼んでいたが、慣れてくれば明るい部屋で情事に耽ることもあり、ゆかりは何度も湊の身体を見ていた。

 そのときに照れた様子がなかったので、てっきり慣れて照れが消えたとばかり思っていたが、それは顔に出ていなかっただけで照れはずっとあったらしい。

 そも、恋人のは大丈夫でもその他の男の下半身など見たくもないのだが、湊は彼女がいるときでも羽入やラビリスと一緒にお風呂に入っていたので、恋人以外の異性の身体を見ることに抵抗感がない。

 大概の男はスケベ心からそういうものなのかもしれないが、ゆかりの言葉を聞いて女子はそういうものかのかと学習している青年を見て、鳴上は二人が付き合っていた事に純粋に驚く。

 

「有里と岳羽さんは付き合ってたのか」

「昔な。よく知んねーけど、特別課外活動部の方に集中するために別れたらしいぜ」

 

 鳴上の呟きに順平が又聞きした内容だがと前置きして答える。

 シャドウとの戦いに集中するため、愛している恋人と別れるなど年頃の少女としては相当の覚悟が必要だったに違いない。

 今もゆかりが少々怒った様子で湊に突っかかっているが、過去の事情を聞いた後だとゆかりが構って貰いに行っているようにも見える。

 鳴上は仲間と出会って一年も経っていないが、自分たちを結ぶ絆の強さは負けていないと思っている。

 ただ、昔から一緒にいたことで積み重ねてきた思い出や歴史については、どうやっても勝つことが出来ない。

 言葉に出さなくても通じ合っている。そんな関係を少し羨ましく思った鳴上は、小さく口元を歪めると最初の鳥居に向かって歩いて行った。

 

 


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