――稲羽郷土展・第三夜
新たな封印の扉を開くため、人の下半身型の鳥居を潜り巡礼する一同。
現われる敵は湊が黒と白銀の二丁拳銃で撃ち殺し、距離が近ければ黒炎を尾のように伸ばして貫いた。
近距離も遠距離も対処可能とは知っていたが、彼の持っている道具は通常兵器ですら威力が桁違いなのかと思わず呆れてしまう。
そんな青年に戦闘のほとんどを任せきりになっていた時、先ほど湊とゆかりが昔付き合っていたと聞いた千枝が、好奇心に瞳を輝かせながらゆかりに近付いて声を掛ける。
「ねぇねぇ、有里君と付き合ってたって話だけどさ。恋人同士のときってどんな風に過ごしてたの?」
「えっ!? きゅ、急にどうしたの?」
「いやぁ、同年代の人のそういう話とかって聞く機会ないからさ。漫画みたいな甘い感じだったりするのかなーって」
えへへと少しだけ照れたように笑ってみせる千枝に対し、ゆかりはダンジョンの中でそんな話題で盛り上がって良いのかという考えが頭を過ぎる。
視界の端では湊が投げナイフで敵を屠り、一瞬だけゆかりの方にも視線を向けてきたが、彼女たちの会話を止めさせる気はないようで敵を倒し終えると再び黙って進んでいる。
ここで湊が止めてくれば話すつもりはなかったが、彼が止めないという事は好きにして良いのだろう。
ならば、少しくらいは教えても問題ないかとゆかりも当時の記憶を掘り返し、いつの間にか集まっていた千枝以外の女子たちにも話して聞かせる。
「べ、別に普通だったと思うけど。買い物に行ったり、DVD借りてきて映画みたりとか。あとは宿題やるときに勉強も教えて貰ったり」
「ザ・王道って感じだね! あ、なら悪い人に絡まれて助けてもらったりは? ヒロインのピンチに彼氏が駆けつけるって定番だし」
雪子もこういった話題に興味があるのか、千枝以上にグイグイと話に乗ってくる。
彼女の中では映画や小説の中に出てくるような恋愛が王道らしく、湊のように身体を鍛えている男子が彼氏だったなら、悪漢から守って貰えた事もあるのではとヒーロー的エピソードを期待している。
ただ、聞かれたゆかりとしては余り記憶にないので、どうだったかなと顎に手を当てて昔の記憶を深く探る。
そもそも、湊は中等部の頃から人助けをしていた。相手が高校生や大人だろうと構わず向かい、絡まれて困っている学生だけでなく、全く知らない大人であっても助けていたのだ。
桔梗組のある六徳市から港区へ向かうローカル線と港区と辰巳ポートアイランドを結ぶモノレールでは、湊が即座に痴漢を発見して拘束していたことで、最も痴漢が難しい路線と話題になった。
あまりにも湊が即座に発見して捕縛してくれるため、情報提供のせいで湊が学校に遅刻しないよう、鉄道会社側が湊に痴漢担当部署への直通電話を教えていたりする。
そんな彼だからこそ人を助けるのは当然という認識を周りは持っており、逆に悪事を働いている者も彼の傍では悪い事をしないようにしようという認識があった。
おかげでゆかりも小さいことならあったかもしれないが、そんな大きなトラブルに巻き込まれた事はなかったと思ったが、全くなかった訳ではないなと一つのエピソードを語る。
「ん、んー……付き合ってるときは流石になかったかな。あ、でも、そうだなぁ。お父さんのお墓参りに行ったときに、同じ事故で親戚が亡くなったらしい一家がいたんだけどさ。墓参りが面倒だったみたいで、原因作った桐条グループとお父さんの悪口言ってたの」
「何それ、親戚のことで怒ってるんじゃなくて、墓参りを面倒くさがって怒ってたの?」
「うん。亡くなった人の事は見下して笑ってたよ。補償金が手に入ったから死んでくれてラッキーみたいに言ってたし」
聞いた千枝は度しがたいなと眉根を寄せて顔を顰める。
親戚が亡くなったことを悲しみ、原因を作った者に怒りをぶつけるのなら分かる。
霊園で騒ぐのはどうかと思うが、大切な人を失ったならば感情的になってもおかしくない。
しかし、そうでなく故人を悼むどころか貶し、ただ墓参りが面倒だからと原因を作った者に怒りを持つなど千枝の常識からは考えられなかった。
想像して信じられないと怒りを見せる千枝にゆかりも頷いて返す。
「霊園の中で大声で言ってたからさ。お父さんの事は頭にきたし、亡くなった人も可哀想だと思って怒鳴りに行こうとしたの。でも、相手は成人してる男が二人いて、私はお母さんと二人だったから、お母さんが危ないから止めなさいって止めてきてね」
「あー、確かにそれは危ないかもね。でも、あたしだったら振り切ってカンフーキックしてるよ」
「うん。私も振り切って文句を言おうとしたんだけど、急に悪口言ってた人が奇声上げて苦しみだしてさ。驚いてたら有里君が薄く笑いながら登場したんだよね」
あの時は本当に何が起こったのか分からなかった。怒鳴りつけてやろうと思った相手が急に奇声を上げて地面の上でのたうち回っていたのだ。
直後に湊が来なければ、場所が場所だけに幽霊に呪われたのではと思った自信があった。
雪子たちもそれに近い想像をしたのだろう。死者を冒涜するような非常識な相手なら、違法薬物に手を出していても不思議ではないと思ったままを口にする。
「え、何それ? 危ない薬?」
「いやいや、そんな訳ないから。一緒に来てた桐条先輩のお母さんと付き人さんが言うには、有里君が遠距離から殺気を飛ばしたんだって。相手が急に暴れたのは恐慌状態になってたかららしいよ」
殺気を飛ばして相手が恐慌状態になるなど、どんな特技だと千枝たちは呆れた視線を先頭の青年に向ける。
言われたところでどんなものなのかは分からないので、あくまで自分に出来る範囲の想像でしかないが、逞しい体躯をした長身の青年がキレた様子で目の前にくれば腰を抜かすに違いない。
きっと相手もそんな感じで発狂しかけたのだろうと思っていれば、ここで七歌も会話に参加してきた。
「八雲君って結構いつもタイミングいいよね。前に不良の溜まり場に行ったとき、私たちが不良と衝突しそうになったら、急に来て全員に重圧かけて動き止めてきたし」
「ああ、そっちもあったね。まぁ、何故か桐条先輩の胸触ってから帰って行ったけど」
「……別に帰る前にわざわざ触った訳じゃないだろ。誤解を招くような言い方をするな」
「いや、事故ならともかく自分で触りに行ってたでしょ」
ヒーローのように登場して人助けをするという話題だったはずが、急に湊が帰り際に痴漢をして去って行ったように言われたことで、湊は振り返ってゆかりの発言を訂正した。
けれど、湊はあのとき自分の意思で触っていたはず。事故で手が当たったとかではなく、完全に自分から美鶴に近付き、背後から両手で双丘を鷲掴み弄んでいたのだ。
これでは言い逃れ出来ないだろうとゆかりが冷たい視線を送れば、密かに話を聞いていた男子たちが反応し、花村が驚いた表情で美鶴の胸あたりを指さして湊に質問する。
「え、お前マジでアレを触ったの? つか、ホントに触っただけか? 揉みしだいたとかじゃなくて?」
「……不良たちが身体目的ぽかったからな。どこが良いのか不思議で確認してみただけだ」
あくまで性欲ではなく理解出来ない事への興味からの行動。
相手がゆかりならともかく、桐条家の人間である美鶴ならそれが事実なのだろう。
もっとも、それが理解出来るのはごく一部の人間であり、理解出来る少女たちも頭では分かってはいるが、彼に想いを寄せる年頃の少女の感情としては理解出来なかった。
故に、その場に不穏な空気が漂い始めれば、そういった事をあまり気にしない七歌が暢気な声で美鶴の胸の感想を青年に尋ねた。
「んじゃ、あのときの感想は? 私的にはずっしりとした重みがありつつ、しっかりと柔らかさと弾力があって良かったんだけど」
「……まぁ、普通だったな。とりあえず本物ではあったが」
「当たり前だっ!! というか、君たちは真面目に人の胸について話し合うのをやめろ!」
何故こんな大勢の前で自分の胸について語られなければならないのか。
今からあのときの事で湊を怒るつもりはないが、羞恥で耳まで真っ赤に染まった美鶴は七歌たちを注意する。
しかし、これはとても大切な事なのだと七歌は美鶴に食い下がった。
「えー……でも、美鶴さんも気になりません? おっぱいマイスターの八雲君が選ぶベストバストが誰のかって」
「年頃の女子が大っぴらにする会話じゃないだろう」
「あ、興味について否定はしないんですね」
言われて美鶴は気まずそうに視線を逸らす。
確かに美鶴も下品な話題だと思いつつも、彼が誰を選ぶのかという興味はあるのだ。
勝手にそんな話にされている青年にすれば、誰がおっぱいマイスターだと言いたいに違いない。
だが、女性陣は知っているのだ。赤ん坊の姿になっていた八雲が女性の胸が大好きだったと。
あくまで母親を求めての行動だったにしても、彼はよくアイギスの豊かな双丘に顔を埋めてリラックスしていた。
そこに今回の話題が出たことで、湊が胸好きという認識を全員が持ってしまい。湊がそれを否定する前に七歌が単刀直入に聞くねと話し掛けてきた。
「で、八雲君は誰の胸が好みだった? 色や形、大きさに感触と条件は色々あるけど」
「……その質問に意味があるとは思えないが」
「いやぁ、乙女としては好きな人に自分の身体も好かれてたいと思うもんだよ」
女子である七歌にそう言われると、湊としてはそうなのかと考え込む。
彼は女性陣にとっては真面目な話しなのだろうと認識して真剣に考えているが、実際にはただ湊の胸の好みが知りたいという下衆な話題でしかない。
女性陣だけでなく男子たちもその事は分かっているが、これはこれで面白いので黙って耳を澄ます。
一部の女子はきっと自分に違いないと自信を持ち、また一部の女子は自分だったら良いなと淡い希望を抱く。
そうして考えながらも敵を倒して湊が進んでいれば、やや苦笑気味にラビリスが口を開いた。
「いや、湊君が好きなんてかすみちゃんのやろ?」
「……ああ。そうだな。あいつのが一番感触としては良かった」
ラビリスの言葉を湊が肯定した瞬間、まさかのダークホースに月光館学園の人間は驚愕の表情を浮かべる。
対して、知らない名前が出てきた八十神高校のメンバーは首を傾げ、傍にいる月光館学園の者にどんな人間か尋ねている。
曰く、一つ下の後輩。高校生だけどロリ系。ペット系少女。ゆかりの身長で美鶴以上のボディ等々。
話を聞いて情報が集まりにつれて八十神高校の湊を見る目が汚物を見るように濁ってゆくが、伝えられている情報に悪意があると感じた湊は、着ていたコートを脱いで頭から被って一瞬身体を隠すと、被っていたコートを脱いだ次の瞬間には姿が羽入かすみに変えていた。
「ちょっ、ええっ!? だれ!!?」
「えへへ、にゃっちー」
驚く千枝に羽入が人懐っこい笑みで朗らかに手を振る。
つられて千枝も「ど、どうも」と挨拶を返すが、彼女に限らず他の者たちも一瞬で湊が別人に変化した事に驚いていた。
月光館学園の制服を着ているものの、靴とリュックには天使の羽根のような模様が描いてある。
身長は確かにゆかりくらいだが、身に着けているアイテムや雰囲気から確かにロリっぽさが出ていた。
しかし、その視線を身体に向けると胸元の凶悪な膨らみが目に飛び込んでくる。制服のジャケットで多少は潰れているはずだが、分厚いジャケットを着ていても尚主張しているのだ。
だからといって、腹回りや腰の辺りにも余分な脂肪がついているかと言うと答えはノー。運動している訳でもないのにゆかり並みに絞れており、すらりと伸びた手足の白さが実に眩しく映る。
これが湊が認めた胸を持つ少女かと八十神高校の者たちが思わず納得していれば、他の者よりも復帰が速かったチドリが羽入に話しかけた。
「……あんた玉藻でしょ」
「ちがうよ? えっとね。玉藻のスキルは自分と湊君に効果があるんだよ」
「なら、八雲が自分で真似してるの?」
「真似じゃなくて人格の複製なんだよ。湊君は記憶を丸ごと読み取れるから、完全に切り替えれば他人になっちゃうの」
最初、チドリは湊が玉藻と完全に同調して彼女に変化させたと思った。
しかし、それを相手が否定したことで、ここにいる羽入は湊が変化した姿と言うことになる。
もしも湊が裏の仕事で鍛えた演技力を発揮しているのなら、気持ち悪いからやめろと即座に止めさせたが、完全に人格を入れ替えているなら無理矢理とめても良いのかと考えてしまう。
仕草も雰囲気も本人そのもので、彼女と一番一緒に過ごしていたラビリスも本人だと思ってしまうと認めている。
姿を完全にコピー出来る玉藻と相手の記憶ごと人格をコピーできる湊。
今まで彼がこんな組み合わせで力を使ったことがなかったので分からなかったが、人間社会においてこれほど恐ろしい能力はない。
男子たちはメンバーにいないタイプの羽入の姿に注目しているが、女性陣は別の部分に注目して驚いていると、羽入は手に持っていた黒いコートを頭から被って姿を隠した。
別に変化する条件に姿を隠すというのは含まれていないが、変化する瞬間を隠した方が夢がある。
そんな割とどうでもいい理由でコートを被った羽入がコートを脱げば、そこには元の姿に戻った湊がつまらなそうな顔で立っていた。
「……さて、羽入を選んだ理由だが、一番感触が面白いからだ。手に馴染むと言ってもいいが、別に大きさで選んでる訳じゃないぞ」
「ツッコミどころそこじゃないんだけど。ていうか、八雲。貴方あいつの胸も触ったの?」
「まぁ、風呂で身体を洗うときにな。流石に二人ではほとんどないが、ラビリスと三人で入ったりはしていたから」
手に馴染むと言われても、ここにいるメンバーは手に馴染むほど人の胸を触った事がないので感覚を共有できない。
ただ、ラビリスは彼のそんな特殊な感覚を頭では分かっているらしく、だからこそ彼が羽入の胸が一番好きだと言い当てることが出来た。
昔付き合っていたゆかりですらそこまで深く理解出来ていないのに、一緒に風呂に入ったりしている事も含め、もしや現在の彼女はラビリスなのかと直斗が尋ねた。
「有里先輩とラビリスさんは付き合っているのですか?」
「ううん。一緒に住み始めたときにお風呂の使い方聞いたんやけど、そのとき一緒にお風呂入ったから以降も続いてるんよ。ほんで、お隣のかすみちゃんが泊まりに来はったときは、かすみちゃんが一緒に入りたい言いはるから三人で入ってたりするんよ」
時間が合わなければ別々に入っているし、羽入が泊まりに来たときもラビリスだけ彼女と一緒に入ることもある。
しかし、この辺りの事は普通の家庭で育った者には理解出来ないだろう。
天然が入った三人が揃ったからこその奇跡であり、もしもそこにチドリやゆかりがいればラビリスとの入浴すら定番化していないだろう。
本来ならそんな関係は不潔だと批難されてもおかしくないが、あまりに世間とずれていることでツッコミが追いつかないでいると、スタイルの良い美少女と二人と一緒に入浴するシーンを想像したのか順平が悔しそうに拳を握る。
「そーいや、前に勉強会で有里ん家に行ったとき、三人で川の字で寝てたな。チクショウ、まさか風呂まで一緒だったとはっ」
「有里、そんなに誰彼構わず手を出してると刺されるぞ」
悔しがる順平を横目に鳴上が親切心から忠告する。
彼も湊と同じような状況になりそうになっているが、幸いなことに仲間内がギスギスなりそうな状況は避けられている。
複数の女性と同時に良い仲になるほどのキャパシティなどないし、切実な問題として居候の身である少年には甲斐性がない。
友人としてならば仲良くもするが、色々な女子を部屋に連れ込んでいると従妹である菜々子の教育に悪いと堂島にも怒られるだろう。
だからこそ、彼は他人事として忠告することが出来たのだが、言われた湊は煙管の煙を意味もなく吐きながら言葉を返す。
「そんな訳ないだろ。これまで付き合ったのは岳羽だけだ」
「ん? でも、ごーこんきっさで経験人数はもっといるように言ってなかったか?」
「……別に付き合わなくても抱けるだろ。ソフィアは少し特殊だが、チドリもラビリスも山岸も何も言ってこないし。同時に相手した事だってあるんだ。刺されるならその時に刺されてるだろ」
『同時?』
一瞬、彼が何を言っているのか理解出来ず、全員が首を傾げて名前の挙がった少女たちを見る。
だが次の瞬間には意味を理解し、ほとんどの者が顔を真っ赤に染め、まさかそんなはずはと口にする。
男女の営みすら未知の領域だというのに、そんな大勢でなどどうやってするんだと首まで赤くなった千枝が尋ねる。
「え、ええええええっ!? そそそ、それってもしかして、有里君一人と女子四人で一緒にそういう事したってこと!?」
「いや、ソフィアは別だ。あいつとは二人でしかしてない」
テンパりながら尋ねている千枝を冷めた視線で眺めながら、湊はそれが当然であるはずなのにソフィアとは二人きりでしかしてないと答えた。
その答えを聞いた千枝はああそうかと僅かに安堵しかけるも、いや女子三人でも多いぞと思い直す。
他の者たちも同じように感じたようで、隅の方で姉の肩に手を置いて詰問しているアイギスを視界に収めつつ花村が湊に突っかかった。
「なんだよそれ。女子二人とだってあり得ないのに、三人同時ってどうなりゃそんな状況になるんだよっ」
「実家で山岸を保護しているときにな。三人とも部屋にいたから丁度良いと思ったんだ」
「お前の棒は一本しかねぇだろうが!」
二対二ならペアで出来るが、一対三ではどう考えても棒の数が足りない。
道具を使えば可能かもしれないが、湊が相手だとそういった事はしてないと思う。
だからこそ、どうやって女子三人を同時に相手にしたのか分からない訳だが、こちらでの会話が聞こえていたバックアップ組の方でも何やら会話していた。
《風花ちゃん、見た目によらず進んでたんだね……》
《ち、ちがうの。その、元々は二人きりだったのに、私とチドリちゃんが一緒にいるから丁度良いって有里君が言い始めてっ》
《でも、その後にラビリスさんも一緒になってしたんでしょ?》
《私たちは抵抗したんだよ? けど、有里君は影が使えるから、あれで拘束されたらどうしようもなくて……》
りせと風花の会話が聞こえた一同は、湊の影と言われて彼の足下を見る。
そこには他の者と同じような暗さの影があるが、そんなものがあったところで人を拘束するなど出来ない。
ならば、一対どうやったんだとゆかりが視線だけで彼に尋ねれば、湊は面倒臭そうに蛇神の影で出来た腕を伸ばし。実際にゆかりの四肢を拘束して自分の許に引き寄せた。
拘束されているゆかりは藻掻いて抜け出そうとするも、蛇神の影はシャドウやペルソナと同じ異能である。
人間の腕力でそんなものに勝てるはずがないので、頑張っていたゆかりも少しすると大人しくなり、そのタイミングで湊も拘束を解いた。
だが、彼が抵抗した三人を無理矢理に拘束した事が判明した事で、自由になると同時にゆかりの拳が青年の顔面を捉える。
「思いっきり犯罪でしょうがっ!!」
「……ぐっ」
殴られた衝撃で湊の身体が数歩後退する。そこへさらに追撃をかけようとすれば、湊を守るように氷壁が現われてゆかりの進行を阻む。
邪魔をするのは誰だとゆかりが視線を動かせば、湊の傍に立っている少女がゆかりを睨んでいた。
《……やめて……八雲を苛めちゃ、ダメ……》
「悪いのは有里君でしょ!」
《ちがう……三人とも…………一緒は、イヤって言っただけ…………見られるの……恥ずかしいって……》
女子を拘束して無理矢理に行為へと及んだ。そんな性犯罪者にゆかりは天誅を下すつもりだった。
けれど、彼を守るように立っている少女は、湊の仲にいたからこそ当時の状況を正確に知っている。
風花たちが嫌がったのは湊に抱かれることではなく、あくまで他の者に行為を見られる事だったと。
《……全員、淫乱…………でも……体力ない…………だから丁度よかった、の……》
「体力って……また一晩中?」
《…………そう……八雲、わんぱく……》
ゆかりも経験者として湊の底なしの体力については知っている。
湊もかなり手加減してくれていたようだが、それでも湊のリードで行為に及ぶと女性が先に体力切れでダウンしてしまうのだ。
気絶しても無理矢理に意識を戻され、再び絶頂によって意識を失うといった事を繰り返すため、湊が満足するまで相手をするのは普通の女性ではまず不可能。
一般人より遙かに強いラビリスですら彼の体力に勝てず、翌日は疲労と寝不足で身体がだるくなる。
ならば、座敷童子の言う通り、女子が三人くらいいないと湊の相手を十全にこなすのは難しいのかもしれない。
そうして妙に納得してしまった事でゆかりが握っていた拳を解けば、氷壁の向こう側では座敷童子が湊の殴られた顔を冷やしていた。
別に一時的に痛みを感じただけなので怪我はないが、可愛い愛子の事なので彼女も心配しているのだろう。
それを見た他の者たちも冷静さを取り戻すと、まだどこかぎこちなさは隊列を組んで移動を再開する。
自分よりも先に湊と関係を持っていた姉を睨んでいる少女もいるが、周りはこれ以上湊のそういった方面の話に首を突っ込むのはやめておこうと誰一人話題に触れる事はなかった。