【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百五話 複雑な思い

――稲羽郷土展・第三夜

 

 湊に対する周囲の視線がやや冷たいものになりつつ先を目指す一行。

 姉であるラビリスを問い詰めていたアイギスだけは、黙って湊の背後に立って彼を睨んでいるが、それに気付いてる青年は一切話しかけようとしない。

 アイギスはただ黙って湊を睨んでいる。端正な顔をしているだけに、刃のような鋭さを持って人を睨んでいると凄みがある。

 周りにいる者たちは、空気が重いからなんとかしろという念波を送っているが、他者の心を読める青年は普段その機能をカットしていた。

 まぁ、カットしていようと場の空気を読めれば対応可能なのだろうが、残念なことに彼は空気を読むことを嫌う。

 別に普段なら空気を読んだ行動を取って場をスムーズにやり過ごす。

 ただ、今現在、ここでは他の者たちにとって都合が悪いだけで、湊個人にとっては無視していれば何の問題もない。

 そんなにも居心地が悪いなら離れればいいし、もっと言えば自分からアイギスに話しかければいい。

 湊がその様に思って投げナイフで遠くにいるシャドウを殺せば、そのタイミングで静かにアイギスが口を開いてきた。

 

「……八雲さん、何故姉さんと関係を持たれたのですか?」

「……俺にとって必要だったからだ」

 

 湊がラビリスと関係を持ったのは、彼女が人間の身体になって八日目の事だ。

 その前に一年以上一緒に暮らしており、二人はお風呂もベッドも同じという生活をしていた。

 機械の身体であったときも、EP社の開発した擬装用スキンによって人の肌の質感は再現できており、胸や臀部の柔らかさもしっかりと女性らしいものに出来ていた。

 技術的な問題と余計な機能を積む余裕がなかった事で、EP社製ボディに男性を受け入れる機能はなかったが、それ以外の部分の質感が再現できていたのであれば、女性器以外を使った行為ならば可能だったのだ。

 けれど、湊とラビリスはまだ人間とロボットだからという認識により、恋人以上に親密な同棲生活を送りながらも健全な関係を維持していたのである。

 とはいえ、種族が違うからという常識によって保たれていた関係は、どちらかが常識を捨てれば簡単に崩れ得る脆い関係でもある。

 そんな脆い関係だったからこそ、ラビリスが人間になって問題が解決してしまえば、湊から誘ったことを切っ掛けにすぐ一線を越えてしまった。

 

「……元々、俺とラビリスは一緒に風呂に入っていたし、寝る場所も一つのベッドだった。身体を見ることと触れることに慣れていたんだ」

「深い関係になることへの抵抗感がなかったことで、人間になってすぐに行為に及んだと?」

「……逆だぞ、アイギス。行為はお互いの距離が縮まった結果だ。することを目的に彼女に近付いた訳じゃない」

 

 当時の湊がどういう状態だったのかはアイギスも聞いている。

 ゆかりと別れた事で覚えた喪失感がチドリを抱いたことで和らげられると知り、以降は複数の女子たちと正式に付き合いもせず肉体関係だけを維持し続けた。

 傍から見れば最低な男でしかない。相手の女子たちが彼の行動を黙認しているからこそ成り立っていただけで、部活という狭いコミュニティーの中にいる者たちばかりを選んだ彼の無謀さには呆れるしかない。

 個の意識の上では生への執着を持たない彼は、その反動により無意識に生の実感を求めている。

 人の数倍の食事を摂ることも、無尽蔵の体力で女性を抱くことも、全て間接的に生の実感を求めるが故の行為。

 摂食障害に性依存症。医者であるシャロンが下した湊の診断結果がそれだ。

 EP社で自分が眠っていた間の湊の様子を聞いたとき、湊がそういった症状を意識的に抑え込んでいるとアイギスは聞いていたのだ。

 だからこそ、湊の話している言葉の意味は理解出来ているのだが、自分がいない間に彼が姉を女性として求めたと聞いて冷静でいられるほど少女は物わかりの良い女ではない。

 一度や二度の過ちはあるだろう。彼だって人間だ。年頃の青年として身体を持て余す時もあれば、人肌を恋しく思うこともあるはず。

 ゆかりと別れた事でぽっかりと空いた心の穴を、チドリを抱くことで埋めたように、ふとした寂しさからラビリスと過ちを犯した程度ならアイギスも許した。

 しかし、彼は同棲していることを良いことに、二日と空けずにラビリスと致していたという。

 自分の大切な人にこんな事は言いたくないが、慣用句でいうところの“発情した猿”だと彼のことを思ってしまった。

 

「……八雲さん、今のわたしの気持ちが分かりますか? 信頼していた方に裏切られ、味方だと思っていた姉が最大の敵であったわたしの気持ちが?」

「いや、分からないな。俺は一人っ子だから」

 

 兄弟どころか親もいないのに、身内が敵であった者の気持ちなど分かるはずがない。

 肩を竦めてそう返す青年を見た他の者たちは、何故そこで余計な事をいうんだと彼の後頭部を叩きたくなった。

 そこは反省した様子を見せ、「すまないが分からない」程度で止めておくところだろう。

 だが、アイギスもアイギスで世間とは大分ずれた感性を持っている少女だ。

 湊がそんな風に返すとある程度は分かっていたのか、彼の言葉に特別反応したりせず、あくまで淡々と彼に語り続ける。

 

「では、想像してみてください。わたしが綾時さんや順平さんに暴力を振るわれ、無理矢理に純潔を奪われたことを。その綾時さんや順平さんへ抱いた気持ちが、今わたしが姉さんに抱いている気持ちと同じものです」

 

 急に二人の会話に名前を出された二人は、どうしてよりにもよって性犯罪者という役割を与えたのかと彼女を問い詰めたい気持ちに駆られる。

 湊の愛は非常に重い。冗談や軽口だろうとアイギスを口説こうとした者は一撃で沈められてきたのだ。

 この世界でまさに被害に遭ったクマなど「ごめんなさいクマ、ごめんなさいクマ」と呟きながら身体を震わせている。

 冗談でナンパした者がこれだけのトラウマになっているというのに、想像の中だろうと彼女を力で組み伏せ犯した者たちを彼が許すとは思えない。

 彼の怒りはそのまま現実の少年たちに降りかかるはず。八つ当たりでも何でもなく、単なる被害妄想による理不尽な暴力。

 そんなものを喰らって堪るかと綾時と順平が距離を取れば、顎に手を当て想像していた湊が、怒りで瞳孔の開いた魔眼を輝かせたままアイギスへと振り返り答えた。

 

「……なるほど、原子一つすら残さずこの世から消し去りたいのか」

「すみません、違ったようです。流石にそこまでは思っていません」

 

 これくらいで同じだろうとアイギスは例えを出したが、想像以上に湊の怒りが振り切れていたことで、そこまで実の姉に思ったりはしていませんよと訂正する。

 怒りと悲しみが混じった感情を理解して貰いたい。そう思っての例えだったが彼は怒りを超えて憎悪を抱いたらしい。

 蛇神という負の感情の塊をその心に宿せている以上、彼もそれに匹敵する負の感情を発露できるようだが、ここまで攻性の傾向が強いとは思っていなかった。

 そうしてアイギスは相応しい例えが思い浮かばなかったことで、ここは素直に自分の気持ちを彼に伝えることにする。

 

「わたしは深く傷つきました。ドイツで戦った後、お互いの気持ちを確認し合ったはずなのに、八雲さんが姉さんと浮気をしただなんて……」

「……別にアイギスとも付き合ってはないが」

「っ……両思いでカップル誕生と言ったではないですか!」

「好きか嫌いか聞いてきただけだろうに」

 

 アイギスの中では湊と気持ちを確かめ合った時点で自分たちはカップルのつもりだった。

 だからこそ、実の姉に湊を奪われたと聞いて怒りを覚えたし、逆にどうしてそんな事をと悲しくも感じた。

 それなのに湊はそもそもカップルじゃないと冷たく言い放ってきた。

 自分たちは付き合っていないので、ラビリスと何をしようと自由であると。

 驚きに目を見開いてアイギスが彼を見れば、先ほどの発言が本心からの言葉である事が理解出来る。

 今の湊は一切の嘘や冗談を言っていない。ただ彼にとっての真実を告げただけだ。

 アイギスにすればそれは心の支えの一つを失うに等しい言葉だったが、何とか膝に力を入れて踏み留まると、カップルでなくとも関係を築けたなら自分も同じように扱って貰えるはずと再び彼に話しかける。

 

「なら……なら、わたしも姉さんと条件は同じはずです。付き合っていなくてもいいのなら、わたしだって同じようにして貰う権利があるはずです」

「権利の有無は知らないが俺にそのつもりがない以上、君の願いを聞き届ける事は出来ない」

「どうしてですかっ。そんなにも、そんなにも姉さんやチドリさんたちの方が良いというのですか?!」

 

 何が彼女をそこまで必死にさせるのかは分からないが、今のアイギスは酷く焦っているように見えた。

 そんなにも実の姉が彼に女性として求められた事が悔しいのだろうか。

 湊は相手がどうしてそこまで焦っているのか分からないまま、彼女と肉体関係を結ぶ事を拒否する理由を挙げた。

 

「どちらが良いとかはない。ただ、断る理由はいくつかある。まず、君の言葉を受け入れてしまうと身体目的になってしまうこと。次に、そういった関係になったときは場のムードであったり、関係を結ぶ理由があっただけで、別に最初からそうするつもりがあった訳じゃない」

 

 アイギスは焦っているようだが、湊には一切焦る理由が存在しない。

 だというのに、ここで彼女の頼みを聞いて抱いてしまえば、本当に身体だけが目的だと言うことになってしまう。

 湊が大切に想っているのは彼女自身だ。彼女と思い出を作っていくことは構わないが、それはあくまで相手のことを尊重した上での話。

 欲を満たすために身体だけが目的ならば、湊は相手に一切困っていないのでアイギスである必要がないのだ。

 さらに言えば、ゆかりと別れてからチドリに会いに行ったのは無自覚に寂しがってであり、そういった行為を彼女としようと思っていた訳ではない。

 風花の時もお互いに勘違いをしてそうなっただけで、ラビリスの時はお互いにそういう雰囲気になったときに湊から誘った形だった。

 なので、言い方は悪いが今のアイギスのようにムードの欠片もなく、最初からそれを目的としてという話なら湊は受け入れるつもりはない。

 

「そして、これが一番の理由なんだが――――」

 

 言いながら湊はこれまでよりも真剣な瞳でアイギスを見つめる。

 彼女も青年の雰囲気からこれが真面目な話だと察し、その最大の理由は何だと真剣な瞳で見返し聞く体勢になる。

 周りにいる者たちも真剣な二人の雰囲気に固唾を呑んで見守れば、顔を上げた青年がはっきりとした口調で理由を口にした。

 

「――――そもそも、俺と君はまだ一ヶ月ほどしか一緒に過ごしていない」

『――――――え?』

 

 彼の言葉を聞いた者たちは思わず呆けた声を出す。

 あれだけ深く心で通じ合い、お互いのことを大切に想い合っているというのに、まだ会って一ヶ月と聞けば誰だって驚くだろう。

 しかし、月光館学園側のメンバーたちは、二人が十年前に出会ったと聞いていたので、色々とおかしくないかと七歌が代表して湊に尋ねる。

 

「ん? え、二人って十年前に会ってたんじゃないの?」

「ファーストコンタクトはそれで合ってる。だが、本格的に再会したのは七月下旬。それ以降はよく会ってたが毎日会っていた訳ではないので、一緒に過ごしたのは一ヶ月ほどでしかないんだ。それで肉体関係を持つのはおかしいだろ」

 

 確かに七歌たちの知る通りに二人は十年前に出会っている。

 ただ、最初に会った日は影時間に戦闘しただけで、そこから再会まで何年も時間が空いていた。

 再会したドイツの町では戦闘終了後に別れ、深い雪に閉ざされた森の中でもほんの短時間しか会っておらず、巌戸台で再会するまでに二人が過ごしたのは日数だけで言えば三日だが、時間にすれば合計で二時間にも満たない。

 よくもそれでここまで想いが育ったなと思うところだが、世の中には運命の出会いというものもある。二人にとって互いとの出会いがまさにそれだったのだろう。

 会わない期間が長すぎて逆に想いが育ったパターンの可能性も捨てきれないが、順平や花村の湊を見る視線が妬み一色になった頃、共に過ごした時間が短すぎると指摘されたアイギスが彼に反論した。

 

「異議ありであります! それを言うならソフィアさんは一ヶ月未満で関係を持たれているはずです」

「あいつは特殊だ。戦争して、殺し合って、だけど俺は相手を殺せなかった。その代わりに恐怖と恥辱を与えてやろうと殴りつけながら犯してやったんだ。甘さの欠片もない関係だったんだぞ」

 

 アイギスの求める関係はきっと恋人の甘さに満ちた幸せなものだろう。

 それを基準にするのであれば、湊とソフィアの関係はそれの真逆。殺したいほどの憎しみを抱きながら、殺さない代わりに人としての尊厳を根こそぎ奪い去るためだけに陵辱しただけだ。

 まともな神経をしていればそれを羨むなどあり得ない。湊は左手につけたリストバンドをEデヴァイスにすると、立体映像の画面を呼び出した。

 

「……善は玲と天田と一緒にどこか別の場所を見ていろ。女性陣、とくに岳羽と里中は見ない方がいい。胸糞悪くなるだけだからな」

 

 子どもと女性は見るなと言う彼は、Eデヴァイスを操作して薄暗いどこかの映像を画面に表示していた。

 後はボタンを押すだけで映像が再生されるようだが、話の流れからすると湊がソフィアを陵辱したときの映像に違いない。

 何故そんな映像があるのかとチドリが視線で尋ねれば、自分とソフィアの記憶から出力した再現映像だという。

 完全に記憶を読み取れるので全て現実に起こった事だが、あくまで再現映像なので第三者視点のカメラワークで見ることが出来る。

 観客のことを考えた仕様は素晴らしいが、その分、本気で人を殺しに行っている湊の姿も映るのだ。

 当然、平和な日本では考えられない暴力シーンもあるし、最後には相手を殴り痛めつけて犯すシーンが入る。

 これを見ればソフィアを羨ましいなど二度と思わなくなるだろう。

 グロテスクな場面や、胸糞悪いシーンが多数ある。それでも見るかと視線で尋ねれば、アイギスがしっかりと頷いたので湊は他の者にも忠告しつつ再生ボタンを押した。

 

「……耐性がないやつは早めに見るのをやめろよ」

 

 そこに映っていたのは血で髪や服が汚れたまま、恐怖に顔を歪ませ必死に走る美しい少女の姿。

 不思議な緑色の暗闇に染まった建物の中を少女が必死に走り、階段を上りきったところで少女が受け身も考えず前に飛べば、彼女が上ってきた階段が黒い火柱に飲まれて消滅した。

 倒れ込んだときにぶつけた痛みに顔を顰めていた少女も、背後で階段が消えたのを見ると恐怖で表情が凍りついている。

 だが、階段が消えたのならすぐ傍まで迫っているという事だ。少女は痛みに耐えて立ち上がると再び走り出した。

 走って走って走り続けて、どれだけ足や脇腹が痛もうとも止まらなかった少女が突然、バランスを崩して廊下に倒れ込む。

 見れば左肩から血が出ており、映像の中の少女も自分が撃たれたと把握したらしい。

 それでも生きることを諦めず、匍匐前進で僅かでも前に進もうとしていた少女の許へ男がやってきた。

 ボロボロの服に身を包み、全身が血塗れになっていながら、それでも死のイメージを周囲に撒き散らしている。

 相手の姿を見た途端に少女は命乞いをしながら首を横に振って涙を流している。

 見ているだけで辛くなってくるそんな少女を、画面の中の男は一切躊躇うことなく蹴り飛ばした。

 彼が蹴った少女の脇腹からは耳に残る鈍い音をしていた。蹴り飛ばされた少女は地面を転がった後、血の混じった吐瀉物を吐き出している。

 そこで何名かは見るのを止めたが映像はまだ続き、少女は近付いて来た男の方へと自分から寄って靴を舐めて隷属を誓っていた。

 人としての尊厳を失ってでも生きたい。少女の行動からはそんな意思が感じられる。

 普通の善人ならばここまでされれば少女を奴隷として飼うのだろう。

 しかし、湊は自分の靴を舐めていた少女の顔面にブーツのつま先を叩き込み、鼻血を出して倒れた相手の首を黒い腕で掴んで持ち上げた。

 お前の命に価値などないと存在を否定し、徐々に力を籠めて死が近付いてくる恐怖を相手に教え込む。

 どうしてここまで酷い事が出来るんだと複雑な表情を浮かべる者もいるが、少女が彼の本当の名を呼んだ瞬間に男に変化が起きた。

 相手を殺したいほど憎んでいる。この女はこの世にいてはいけない。そう考えているのに身体が動かない。

 あと少し、もうほんの少し力を籠めるだけで殺せるというのに、身体の自由が利かず殺すことが出来ないことで男の方も悔しそうに表情を歪める。

 そうして、殺したいほど憎んでいる相手を殺せない自分への怒りに叫んだ男は、相手を掴んでいた腕を放して少女を床に落とすと、カグヤを呼び出して傷を回復させた。

 見ているだけで痛々しい姿だったので、回復して貰えて良かったなと思った直後、男が相手の口を塞ぐように左手で顔を掴むと、そのまま空いていた右手でドレスの胸元を掴んで引き裂いた。

 映像は男の背後からのアングルなので少女の裸身は映っていないが、驚きと恐怖で抵抗しようとする相手の顔を殴りつけて黙らせると、残っていたドレスの肩辺りを掴んでさらに引き裂きながら脱がせてゆく。

 そこで画面が暗転すると湊はEデヴァイスを待機モードのリストバンドに戻し、真剣に映像を見ていたアイギスに話しかけた。

 

「……こんなまともでない方法で純潔を奪われたあいつを羨むのなら、流石に俺はついていけない」

「……はい。わたしの想像力が足りていませんでした。お二人の関係がそれなりに良好だったので、もう少し平和的な解決がなされたのだとばかり思っていました」

「そんな訳ないだろう。この後、俺はあいつに命じて自分の父親を含めた幹部たちを殺させている。母親を殺された復讐だからな。それでもまだ気は治まらなかったが、俺とソフィアはいくところまでいってしまったからこそ今の状態で落ち着いたんだ」

 

 アイギスも湊に関わる中で裏の世界の一部を見ていたが、彼女が見ていたのはあくまで表面的な部分に過ぎない。

 湊とソフィアはそんな表面的な部分ではなく、世界に影響を及ぼすレベルでお互いを殺すための戦争を行なった。

 その結果、湊が相手の全てを奪って勝利した訳だが、それほどの戦いをすれば勝者も疲弊して当然である。

 平和的な解決が出来たから良好な関係になったのではなく、互いに燃え尽きてしまった事でもう争う気が起きなくなり、それなりの関係を築く余裕が生まれたに過ぎない。

 そんな相手が得られることなど稀なので、アイギスにソフィアは例外だから参考にするなと伝えると、湊は再び歩き出して新たな扉を潜って部屋に入った。

 他の者は衝撃的な映像を見たせいで復帰にしばらく掛かりそうだが、戦闘に関しては湊がいればそれで足りる。

 

《新型のF.O.Eです! なんというか、今回のF.O.Eはすっごく特殊な感じです!》

 

 部屋に入ると全身がオイルでテカった新型のF.O.Eがいた。

 頭の後ろで両手を組み、しゃがんだ状態で膝を開いたポーズで止まっている。

 左半身が赤で右半身が紫という怪しいカラーリングだが、少し時間が経つと斜め方向に大きく跳躍して移動している。

 どうやらこれまでいた追跡型のF.O.Eと異なり、今回のF.O.Eは決まった範囲を斜めに跳んで移動するようだ。

 それなら相手を基準に斜め方向へは行かないようにし、上手く移動すれば完全に無視することも出来る。

 けれど、殺しておけば気にする必要もなくなるので、湊は対物ライフルを構えてF.O.Eへと撃ち込んだ。

 

「……銃が効かないのか?」

「どうやらあの汗のようなもので滑ってしまったようですね。とても厄介であります」

 

 湊が撃った弾丸は真っ直ぐ相手へ向かって行ったが、当たった瞬間に敵の身体の表面を滑って逸れてしまった。

 人の頭蓋骨など硬い物に当たると弾が骨の表面を滑って貫通しない事は稀に起こり得る。

 今回もそれと同じように固い筋肉に当たり、その表面を汗か油が覆っている事も助けて弾丸が滑ってしまったようだ。

 飛び道具が効かないとなると非常に面倒だが、それならそれでやりようがあると湊は“恋愛”のカードを砕いてペルソナを呼んだ。

 

「アリス、座敷童子と共に全てを凍らせろ!」

 

 現われた金髪碧眼の少女は、ハートの杖を振るって広範囲に氷結魔法を放つ。

 ずっと出ていた座敷童子も同じように広範囲に氷結魔法を放ち、湊たちとF.O.Eのいる部屋の中を凍らせてゆく。

 斜めにしか移動出来ない敵は、部屋の中がどれだけ寒くなっても逃げることが出来ない。

 そう考えた湊が敵の来ない場所に避難してからスキルを使えば、部屋の中は急激に寒くなって床や壁が凍りついてゆく。

 氷は徐々に範囲を広げ、ついにはF.O.Eの足下へと到達した

 足下が凍ったF.O.Eは自分ごと凍らされてはまずいと逃げだそうとするも、寒さで身体の自由が利かなくなっていたのか逃げ出す前に氷に捕まった。

 足下から徐々に凍り始めた敵は藻掻いているが、足首から膝へ、膝から腰へと少しずつ身体の自由が奪われてはどうしようもない。

 腰を越えてさらに氷が胸まで達すれば、湊はそのタイミングで再び対物ライフルを抜いて敵の腹部に弾丸を撃ち込んだ。

 ほぼ一瞬で距離を詰め、今度は相手の汗で弾丸が滑ることもなく、真っ直ぐ届いて敵の腹部を貫通してみせる。

 砕けた氷が舞う中、腹に大穴を空けられた敵はそのまま後ろに倒れるようにして消滅してゆく。

 動き方が斜め方向への跳躍で、体表を粘液が覆っているせいで飛び道具が効きづらい。

 今回の戦闘で得た情報をバックアップの二人にも送ると、湊はナイフで地面を刺して床を覆っていた氷を消し去る。

 

「……よし、先へ行くぞ」

 

 第三層は巡礼のために移動範囲が広いようだが、それほど凝った構造している訳ではない。

 敵さえ簡単に倒せるなら攻略にも時間は掛からないだろう。

 湊が戦っている間に他の者たちも復活したようなので、再び移動を開始すると一同は次のフロアへの階段を目指した。

 

 


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