【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百十七話 時の神

――時計塔・頂上

 

 湊が雷の力を宿らせた斬撃を放ち機械仕掛けの大蜘蛛を倒せば、囚われていた玲は解放され意識を取り戻した。

 状況が把握出来ず混乱しているようだが、善たちが彼女に近付いて行くと、時計塔の前で彼らに吐いた言葉を思い出してか玲は顔を俯かせる。

 だが、そんな彼女の苦悩を理解している善は、構わず彼女の前に立って優しく声をかけた。

 

「玲、大丈夫か? 君を助けに来た」

「……善」

 

 声をかけられ玲が顔を向ければ、どこか疲れた様子で笑う善の姿があった。

 囚われている間、玲はただ眠っているような状態にあったが、どこか夢を見ているような心地の中で外の情報を得ることが出来た。

 自分が捕まってからまだ一日も経っていない。

 だが、これまでのダンジョンよりも遙かに広くて階層の多い時計塔を、彼らはたった一日で全て攻略して助けに来てくれた。

 一人の青年だけ無傷なのはどこか不思議な感じだが、他の者たちは服などが汚れて疲労が顔に出ている。

 それでも玲の無事を喜んで笑顔を見せ、玲の前までやってくると雪子が少女に手を差し伸べた。

 

「玲ちゃん、一緒に帰ろう? 校舎に戻って、それからちゃんと話をしようよ」

「……駄目。駄目なの、まだ……」

 

 玲の事情は分かったし、それを自分たちで解決することが出来ないことも理解はしている。

 ここにいる者の中で“死”というものを正確に理解出来る者など、そういった機能を持って生まれた湊しかいない。

 だが、仲間が苦しんでいるというのに、理解出来ないからと言って諦めるなんて事は出来ない。

 完全に理解出来なくとも理解しようと努力し、相手の心の重荷を少しでも負担することは出来るはず。

 まだ帰れないと雪子の手を拒む玲に、鳴上と花村も笑顔を向けて話しかけた。

 

「玲、君の境遇を知った今じゃ気持ちが分かるなんて言えない。でも、君の話をしっかりと聞いて、そして俺たちの話も聞いて欲しいんだ」

「ああ。ここに来るまでに善も大変だったんだぜ? 玲ちゃんを苦しめたっつってブチ切れた有里に殺されかけたりな」

 

 花村の話を聞いて玲は心配してハッとした表情で善を見る。

 湊の強さの秘密などは何も知らないけれど、他の仲間たちの力を足し合せても彼に届かない事は知っている。

 そんな青年が本気で善を殺そうとしたと聞けば、誰だって心配して当然だ。狙われたというのが自分とずっと一緒にいてくれた少年で、さらに自分に関することが原因であれば尚更。

 少女の瞳が善の全身に向けられ、最後にジッと自分を見ていた瞳と視線が合う。

 対して、揺れる瞳で見つめる玲の不安を読み取った善は、こんな状況になっても彼女が自分を心配してくれる事に安堵と喜びを感じながら、ただ相手を安心させるように腕を広げて怪我がない事をアピールしながら微笑む。

 

「大丈夫だ。湊の行動は君を想ってのものだった。そして、間違っていたのは、考える事を、君を理解しようとすることを放棄していた私だった」

 

 湊に指摘されるまで善は自分の罪を明確に認識出来ていなかった。

 自分のした事が原因で彼女を苦しめた事は分かっていたが、どうして彼女が自分の瞳を抉ろうとするほど苦しんでいたのか分からなかった。

 今も彼女の気持ちは理解出来ていないし、人として生まれず人々の中で生きてこなかった以上、玲の痛みと苦しみを本当の意味で分かる事はないのだろう。

 ただ、それでも考える事を、理解しようとすることをやめてはならないと湊から教わった。

 考えて、気付けたからこそ、善は彼女に言葉を伝えようと思うことが出来た。

 ここから戻ってからそれを伝えようと思っている善が、雪子らと共に玲に帰ろうと伝えれば、それを聞いた玲はどこか怯えた様子で声をあげた。

 

「ちがうの。そうじゃない。皆、皆にげて!」

 

 玲の叫びが辺りに響くと、突然、時計塔が揺れ始めた。

 何が起こったのか混乱する者たちは、その場にしゃがみ込んで揺れに耐える。

 すると、機械仕掛けの大蜘蛛がぶつかった事で割れていた時計盤から針が動き出し、丁度十二時の状態になると時計盤から外れて、傍にあった歯車の中央に突き立った。

 どこか鍵穴に鍵を差し込んだような印象を持たせるそれは、垂直に刺さったまま時計回りにカチャリと動き、本当に鍵の外れるような音が響くと魔法陣が展開する。

 だが、魔法陣の展開と同時に皆の足場の歯車が動いて広がって行き、周囲の光景を気にする余裕がなくなっているとそれは天より現われた。

 

《我はクロノス、時を定め時を与うる者……今こそ、己が蒔いた種を刈り入れよう……》

 

 背には翼のように広がる複数の金色の歯車、鎧のような鋼に覆われた巨躯、赤い翼の付いた座のような浮遊機械、そして同じ赤い翼の飾りを頭に付けて善たちを見下ろすは時の神クロノス。

 現われただけで膝を屈しそうになるほどの重圧を放つそれは、一目でシャドウやF.O.Eとは異なる格を持つ存在だと理解させられる。

 湊の持つ蛇神が現われた時もそうだったが、神というのは顕現するだけで世界に影響を及ぼすらしい。

 クロノスに最も近い場所にいた善は、玲を雪子に預けると風花たちのところまで下がらせるように伝えてからクロノスを真っ直ぐ見つめ返した。

 

「そこにいたのか。私の、クロノスの“力”そのものである半身。何も感じない、何も悩まない。使命に従い残された時を狩る神。……玲と会う前の私よ」

《我よ。我の一部だった者よ。我の許に戻れ。さもなくば永遠の下に還るがいい……》

「……断る。私には、まだやるべき事が残っている。お前の許には戻らない」

 

 クロノスとしての真の力を取り戻すため、敵は善に再び一つになれと言ってきた。

 だが、善はそれをすぐに断った。

 今の相手との力関係では、善が戻れば相手に取り込まれて善という人格が消える。

 それでは玲に謝ることが出来ない。彼女が求めた物の答えを教えてやることが出来ない。

 だから、お前を倒して自分は玲と共に帰るんだと善はボーガンを手に戦う意思を示した。

 それに追従する形で他の者たちも武器を手に取り、機械仕掛けの神を真っ直ぐ見つめると、相手は抑揚のない声でありながら心の底から呆れた様子で言葉を返してきた。

 

《……愚かな。ならば、その身に刻まれし時をもって生を終えよ》

 

 そう口にしたクロノスは魔力を集めた両手で親指と人差し指で三角形を作ると、それを善たちに向けて何かの力を放って来た。

 目に見えないそれはどういった類いの攻撃なのか理解出来ず、攻撃自体が目に見えない事もあって全員の反応が遅れる。

 すると、集団の中程にいた湊が一瞬で先頭へ移動すると、全身から黒い影の炎を放出して背後を守るよう壁を作り出した。

 クロノスの放った攻撃はそれによって防がれ、先頭にいた湊以外は誰一人喰らうことなく終わる。

 ただ、先ほどの攻撃がどういったものなのか気になった風花はアナライズを掛けると、炎の壁を消していた湊に何かの力で焼き付いた数字のようなものが見える事に気付く。

 

「今の攻撃はなんでしょう? 何か、有里君にカウントのようなものが出ているんですが」

「“刻命の歯車”だ。そのカウントは時間と共に減少し、カウントがゼロになると死に至る……」

 

 風花の問いに苦々しい表情を浮かべた善が答える。

 クロノスだった彼は、クロノスの力そのものである敵の能力も当然知っていた。

 しかし、途中まで自分についての記憶を失っていて、記憶を取り戻してからも玲を助けることだけを考えていたせいで、相手の持つ凶悪な能力について思い出すのが遅れてしまった。

 幸いな事に湊が他の者が喰らうのを防いでくれたため、命の刻印を刻まれたのは湊一人。

 けれど、最大戦力である湊がいきなり死の呪いを受けたと聞けば、他の者たちにも動揺が広がる。

 最初に声をあげたのは、風花と共に湊をアナライズしていたりせだ。

 

「嘘っ、本当に数字が減っていってる!? ちょっと、これヤバいよ!」

「解除方法はないんですか?」

「あれは時の神としての権能。魔法やアイテムでいくらかは遅らせる事は出来るが、死なない限りカウントを消すことは出来ないんだ。……すまない。私の落ち度だ。しっかりと思い出して伝えるべきだったというのにっ」

 

 敵は明確に湊を脅威として認識していたはず。

 己を殺し得るゼウスの力を宿す存在を警戒するのは当然。

 だからこそ、確実に勝てるように初手から強制的に寿命を発現させる死の呪いを使ってきた。

 相手の力を知っていながら、むざむざと仲間にそれを使われそうになり、あげく自身ごと他の仲間たちを救ってくれた青年だけに呪いを受けさせてしまった。

 クロノスを殺せば呪いは解けるだろうが、タイムリミットまでに時を司る神相手に勝てる訳がない。

 己の迂闊さで恩人を死に向かわせてしまった善は、後悔から色が変わるほど拳を握り締めた。

 クロノスはそんな己の半身の姿に気をよくしたのか、先ほどの呆れた様子から一転して見下した様子で口を開いてくる。

 

《演者よ、お前たちはよく働いた。しかしなぜ帰らぬのだ。舞台の幕は下りている……。死ぬ定めの人ごときがなぜ我に立ち向かうのだ。人よ。庇護されるべき弱い種よ。望みとあらば、我の一部と共に消去せん……》

 

 最大の脅威の死が確定した以上、残る者たちなど楽に倒すことが出来る。

 湊と同じように死の呪いを刻むでもいい。時を止めてその間に魔法を放ってやるのもありだろう。

 時に縛られる人の不自由さを知っているクロノスは、己の優位が動かない事を確信していたが故にそれに気付かない。

 

「――――ニコを苦しめたのはお前か」

 

 クロノスの言葉を無視して青年が言葉を発した。

 全身から薄らと影の炎を立ち上らせ、蒼い瞳の奥に怒りを宿す青年は拳を握り締めながら敵を睨む。

 そこで彼を見ていたりせがある変化に気付いた。減少して行く呪いの数字が巻き戻っているという変化に。

 

「え、あれ? カウントが巻き戻ってる。ていうか、どんどん増えていってるんだけどっ!?」

 

 最初は“七”と表示され時間と共に減っていた数字が、見れば十三や四十と徐々に増えていた。

 見ている間もさらに数字は増え続け、増える速度は徐々に加速すらしている。

 もしも、先ほど善が言っていた事が事実だとすれば、今も敵を睨んでいる湊が自身に延長をかけ続けているのだろう。

 ただ、その増えている数字と状況を説明すると、善と一緒にクロノスまで驚いた顔で湊を見ている。

 

《……馬鹿な。時の逆行。いや、己の持つ定命の改竄か。いずれにせよ、人という種に出来る事ではない》

 

 クロノスがかけた“刻命の歯車”は言ってしまえば、湊の直死の魔眼と同系統の力を持った呪いである。

 対象は寿命を持つ生物限定。即座に効果が発現するのではなく、カウントがゼロになることで寿命を終えさせるという遅効性ではあるが、刻んでしまえば強制的に死に至らしめる事が出来るのだ。

 だが、今も身体から揺らめく黒炎を出している青年は、その呪いを力業で打ち破ろうとする。

 終わり在る命が原因で死が発現するのならば、その終わりを時の彼方に追いやればいい。

 人に不可能であるならば人である事を捨てよう。存在の変革。人から鬼へ、鬼から神へ。

 立ち上っていた黒炎の勢いが増し、渦を巻きながら天へと昇ったとき。

 

「――――お前かぁぁぁぁああああっ!!」

 

 憤怒の咆吼によって、バキンッ、と呪いの壊れる音が鳴った。

 蒼い瞳は凄絶な怒りと憎悪を宿した銀色に変わり、呪いを破壊するために使われていた力が解放され一瞬で形成された蛇骨がクロノスへと襲いかかる。

 アルカナシャドウやF.O.Eを遙かに超えた巨躯を持つクロノスをして、馬鹿げた大きさだと感じるほど巨大な顎が開き迫れば、

 

《愚かなっ》

 

 両腕を突き出して魔法陣が展開すると、クロノスは一瞬にして遠く離れた場所へと移動していた。

 目標を見失った蛇骨は空しく顎を閉じるが、そのまま宙を泳いでクロノスを追い掛ける。

 蛇骨が動く際に起こった暴風で他の者は立っていられず、その場にしゃがみ込んで何とか飛ばされないよう耐える。

 

『ぐっ…………』

『きゃあっ……』

 

 もしも、こんな場所から吹き飛ばされて転落すれば命はない。

 皆それが分かっているからこそ、何とか耐えようと必死に床に掴まるようにして暴風に耐えた。

 だが、クロノスしか見えていない青年は、何かに耐えるように身体を震わせながら歯を強く食い縛ると、身体から青白い光を放出して敵に手を向ける。

 すると、クロノスを追って身体を蛇行させながら宙を進んでいた蛇骨に変化が起き、骨を黒炎が包みだすと何もなかった頭骨に銀色の瞳が現われた。

 続けて骨を覆うように筋肉が形成され、さらに妖しい光沢のある黒い鱗に覆われた皮が出来れば、蛇骨は世界“无窮”として完全な姿で顕現し口の端から黒炎を漏らした。

 

「ああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 塔の頂上で敵を睨みながら湊がその場で拳を振るう。

 何もない空間で拳を空振ったようにしか見えないが、空振った湊の腕には裂傷が出来て血が流れている。

 一体何の反動なのか。彼の視線の先に答えがあるのかと他の者が視線を向ければ、完全体となった无窮が目に見えない何かを、バリンッ、と砕きながらクロノスを猛追していた。

 敵の掛けてきた術なのか、それとも相手が身を守るために用意した術なのか。

 ここからでは何も分からないが、魔法陣を展開して一瞬で離れた場所へ移動するクロノスに徐々に距離を詰めている。

 敵もそれを認識しているのか、移動と同時に様々な属性のスキルを放っているが、それらは无窮の咆吼で掻き消されている。

 

「まだだっ、まだ……もっと力をっ!!」

 

 現状、敵に无窮を倒すだけの手はなく、逆に无窮は徐々にだが距離を詰めているため、このままでも勝てるかもしれない。

 しかし、青年はそれを良しとしない。玲を苦しめた存在を無へと還すため、さらなる力を求め二枚のカードを空へと投げた。

 投げられたカードは死神“タナトス”と審判“アベル”。

 湊本来のペルソナの力が分かれて生まれた二体のペルソナである。

 その二枚を投げた彼は、今この場で自分の力を引き出すためカードを融合させようとする。

 

「がぁぁぁぁああああああっ!!」

 

 吠える彼の腕や身体には、无窮を呼び出す時と同様に湊の腕や身体に反動の傷が出来ていた。

 この世界はかなり特殊で、イメージで力が変化する事もあれば、世界からの後押しのように力が得られることもある。

 他の者にすればペルソナが通常よりも召喚しやすくなる程度の恩恵だが、そういった恩恵を使っても湊の行なおうとする召喚は多大なリスクを負っていた。

 まず、今の湊には本当の意味で自分本来のペルソナを喚ぶだけの力が無い。

 己の内に常に存在する无窮すら阿眞根になって初めて呼び出す事が可能になり、それと対を為しバランスを取っているペルソナもまた同様に召喚の難度は高いのだ。

 だというのに、そんなペルソナがいるというのも茨木童子たちに聞いて知ったくらいだ。当然、どんな力を持ったどんなペルソナなのか知るはずもない。

 それを通常よりも召喚しやすいという条件があるだけで呼び出そうとしている。

 彼にどれだけの力があろうが関係ない。無謀を超えて浅はかと言うしかない愚行だろう。

 それでも阿眞根となった事で部分的に自我を残しているだけの状態にある彼は、無理矢理に二つの力を一つにしようと試みた。

 頭上のカードに向けて手を伸ばす彼を中心に魔力を帯びた風が吹き荒れる。湊の力を受けてカードを囲うように魔法陣で六面体が形成され、中は白い光に包まれ時折雷のような物が爆ぜているのが見えた。

 今も无窮はクロノスを追って、何度か虚無属性である“DEATH”の赤と黒の光線を放っているが、その攻撃は時を操るクロノスを捉えることが出来ないでいる。

 だから新たな力をここで呼ぶ。通常のペルソナでは対抗出来ないのなら、神に届くだけの力を持ったペルソナをもう一体召喚するだけだ。

 

「――――来いっ!!」

 

 暴れて溢れ出しそうになる力を無理矢理に押さえつけ、湊は魔法陣で囲われた二枚のカードを一つに束ねた。

 そうして、魔法陣が消えて降りてきたのは“世界”のカード。湊自身も見たことのない彼本来のペルソナがそこには宿っているはず。

 降りてきたカードのアルカナを確認した湊は、そのままカードを掴むと急に駆け出して塔の頂上付近にあった足場から飛び降りた。

 

「ちょっ、何やってんのっ!?」

 

 思わず驚いて目を見開いていたりせが青年の突然の行動に困惑した声を出す。

 他の者たちも彼女と同じ気持ちだったが、りせが声を発した直後に塔の下の方から何かが凄まじい速度で飛び上がっていった。

 急に現われたそれは无窮に追われているクロノスの許へと一気に距離を詰め、相手の目の前まで出ると拳を振り抜いて敵を殴りつける。

 相手を殴る直前に再び何かが割れるような、バキンッ、という音がしていたが、振り抜かれた拳はクロノスの胴体へと直撃し相手を大きく後退させた。

 攻撃を喰らうと思っていなかったのか、クロノスは目を見開いて驚愕しているが、その視線の先には瞳の色が銀色になった湊とその背後に控える白銀の鎧を着た天使がいた。

 白銀の天使はアベルとタナトスが融合し一つに戻った姿だが、今のそれはドイツで阿眞根になりかけた時に現われていたような不安定な顕現ではない。

 目元を隠す黒いバイザーの付いた兜、身体を覆う細身の鎧には植物の蔦を模した金色の装飾が為され、背中には六対十二枚の光の翼が開いている。

 大きさこそ通常のペルソナと変わらぬ程度だが、その身が纏う気配は対峙しているクロノスに勝るとも劣らぬ強さ。

 塔の頂上から対峙する両者を見ていたチドリは、初めて見る天使型のペルソナから感じる力に僅かに気圧されながら口を開く。

 

「何なの、あのペルソナ?」

《あれに本来、名など無い。蛇神が我らより生じた世界に向けられた怨嗟の呪いであれば、あれはこの世に溢れる助けを求める声を、願いを聞き届けようとする救済システム》

 

 光の翼を広げた天使と湊がクロノスへと肉薄する。

 二度もやらせるものかとクロノスは攻撃で牽制しながら、その場から離脱しようと魔法陣を展開した。

 逃げ出す敵を見ていた湊はマフラーから九尾切り丸を取り出し、それを上に放って天使にキャッチさせる。

 すると、九尾切り丸は突然蛍火色の光に包まれ、光が収まった時には天使に適合した大きさにリサイズされ金色の意匠が加わった大剣が現われていた。

 どのような能力で武器を造り替えたのかは分からないが、天使は手にした大剣を大きく横薙ぎに払い、クロノスが現われた一帯に光刃を飛ばした。

 

《何故、あんなものが八雲の心から生まれたのかは分からない。蛇神と均衡を保つに丁度良かっただけなのかもしれないが、あれは本来ならば現実世界で飽和した人々の願いによって“現象”として生まれるだけだった》

「現象としてって、完全に個としての姿を確立した存在になってるじゃない」

《ああ。八雲という意識体としての核を得たあれは、既にその役割を変えている。今のあれは救いを求める者を、弱者を救うためだけに八雲を願いを叶える存在へ昇華させるだけだ》

 

 アナライズなど使うまでもなく、それが通常のペルソナではない事は一目で分かる。

 光刃を飛ばした天使は剣を手放し、今度は湊が投げた対物ライフルをその手に取った。

 天使が手にした対物ライフルは先ほどの大剣と同じように光に包まれ、今度は白銀の砲身に金色の蔓の意匠が施された荘厳で美麗な銃に変化している。

 

「まさか、武器を取り込み己の一部にしているのか?」

 

 湊が離れた事で立ち上がれるようになった美鶴が呟く。

 大剣に続けて銃まで己の武器に変化させた事で、あの天使には通常兵器や武器をペルソナ用の武器に変化させる力があるのは確実だ。

 シャドウの中にはモノレールのコントロールを乗っ取ったものや、旧日本軍の戦車に寄生していたものもいた。

 それを思えば近しい存在であるペルソナに似た能力があってもおかしくないが、自在に武器を造り替えられるならば、ある意味、無限に対シャドウ兵器を造り出せるという事になるだろう。

 単純な力も先ほどの飛翔速度や飛ばした光刃をみれば、タナトスだった時以上のものがあるのは分かる。

 ならば、銃も同様に対シャドウ用の力を付与された状態で弾丸を放つのだろうと思っていた。

 しかし、自身より上空にいるクロノスに向けて銃を構えた天使が引き金を引き絞り放ったのは、時計塔を飲み込めるであろう太さを持った極大の蛍火色の光線だった。

 大気を振動させ轟音と共に放たれた光線は、回避しようとしていたクロノスの右腕を飲み込んで遙か上空へと消えて行く。

 回避が間に合わなかった事で攻撃を喰らったクロノスは苦々しげな表情を浮かべているが、その右腕があったはずの部位は空間ごと抉り取られように綺麗に消失している。

 无窮に追い立てさせながら天使と共に湊自ら攻勢に出ることで、ようやくダメージらしいダメージを与えられた。

 時を操る権能の反則的な強さ見ていた一同は、時を操ることが出来ようが無敵ではないと理解して胸をなで下ろす。

 だが、安堵の息を吐いている一同とは対照的に、先ほどの攻撃を見ていた自我持ちのペルソナたちは険しい表情を浮かべていた。

 どうしてそんなにも怖い顔をしているのか。疑問に思った七歌が赫夜比売に尋ねた。

 

「ねえ、どうして貴女たちは怖い顔をしてるの?」

《っ、あなたは先ほどの光がなんであるか分からなかったのですか?》

「え? うん。初めて見るスキルだけど綺麗な色だなとは思ったけど」

 

 あんな色の光をした攻撃スキルは見たことがない。

 どこか温かさを感じる優しい光だったので、戦闘中ではあるが七歌は素直に綺麗だなと思っていた。

 しかし、その言葉を聞いた赫夜比売たちはどこか怒りの籠もった瞳で天使を見つめる。

 

《あれは命の光。八雲自身の生命力を力に変換して放っているのです》

《攻撃すればするほど、八雲自身の命が失われてゆく。他者を救うため、強大な力を振るう代償に召喚者自身を食い殺す。それが貴様の能力か、セイヴァーよっ!!》

 

 人の身で多くの奇跡を起こそうとする代償。そのために召喚者である湊の命を食い殺す救済者(セイヴァー)のペルソナ。

 時を操る神に対抗するためとはいえ、あまりにデメリットの大きい力に七歌たちの表情は曇った。

 

 


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