【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百十八話 神殺しの槍

――時計塔・頂上

 

 この閉じられた特殊な世界だからこそ、今の湊でも呼び出せた彼本来のペルソナ。

 その名は、世界“セイヴァー”。

 理不尽に晒される弱者を、救いを求める者たちを助けたい。そんな湊の想いを受け、湊自身をそれが実現可能な存在に至らせる特殊なペルソナだ。

 シャドウと同じように武器を取り込み対異能の力を付与して造り替える力を持ち、それらは湊の意思で自由に解除出来る事から、セイヴァーさえいれば黄昏の羽根を使わずに対シャドウ兵器を量産する事が出来る。

 ただし、武器を造り替える度に召喚者の生命力を消費するため、並みの人間であれば二つも作れば動けなくなるほど衰弱してしまう。

 

《それに加えて先ほどの攻撃だ。蛇神は八雲の心を喰らおうとするが、セイヴァーは八雲の命を喰らっておる。他の攻撃手段を持たぬのであれば、八雲は己のペルソナによって命を奪われるぞ》

 

 高速で飛びながらクロノスを追う湊は、セイヴァーに持たせた銃から何度も蛍火色の光線を撃っていた。

 それは湊の生命力をエネルギーに放たれており、クロノスの片腕を完全に消失させる威力を持っているようだが、撃つ度に湊の命が失われ死が近付いている。

 自分たちでは時の神の権能に抗えないと分かっている茨木童子は忌々しそうにみているが、他の者たちは遙か上空で行なわれる神同士の戦いに言葉を失っていた。

 

***

 

 クロノスが現われた時点で学校の敷地に掛けられていた結界が消え、今は自由にこの世界を飛び回る事が出来ている。

 湊は自分がセイヴァーと共にクロノスを追って飛んでいる間に、无窮を遙か上空へと送って旋回させていた。

 あれは本来、門としての力を持っている。ここで門を開けばどこと繋がるのか分からないのでやめておくが、門として使う以外にも鏡として使う事も出来た。

 

(无窮が鏡になるまで時間を稼ぐ。あいつも、この世界も、すべて破壊する)

 

 攻撃を放つ度に自分の生命力がごっそりと消えている事は分かる。

 今はほとんど阿眞根になりかけているのですぐに死んだりはしないが、今のペースで戦っていれば五分もせずに生命力が枯渇し完全に死ぬだろう。

 いくら死んでも蘇生が掛かる湊であっても、素になる生命力が枯渇すれば蘇生する事は出来ない。

 初めて召喚した事でセイヴァーの能力を知った湊は、どうして神クラスのペルソナはどれもピーキーな性能をしているんだと心の中でうんざりする。

 けれど、そんな事に僅かに割いた思考もすぐに視線の先にいる存在への怒りで塗り潰される。

 

《愚かなっ。弱き人が何故神に楯突くかっ!!》

 

 ゼウスの力を警戒して逃げ続けるクロノスを追えば、敵はいくつもの魔法陣を展開してそこから炎や氷を撃ちだしてくる。

 どれも広範囲に向けて放たれているが、その威力は大型シャドウを一撃で消し去る事が可能なレベル。

 直進していた湊は大きく迂回して躱しながら、再びセイヴァーに銃を構えさせて攻撃を放つ。

 セイヴァーの使う攻撃はデスや无窮の放つ虚無属性“DEATH”とは対極な力だ。

 生き物だけが持つ生命力をエネルギーとして増幅させ放っているに過ぎないが、生命に死という概念を与えたニュクスの子であるシャドウやペルソナは、生の概念をぶつけられると存在を維持出来なくなる。

 クマや綾時のように自我を確立していれば消える事はないが、それでもシャドウとしての力に干渉を受けてダメージを負い。しばらくはただの人間と同じ力しか使えなくなる。

 逆に普通の人間であれば喰らったところでダメージはない。

 命を素にした生命属性の力は言ってしまえば回復魔法の一種なのだ。

 それ故、建物などに当たっても破壊する事がないので、完全に異能殺しとしてだけ存在する力と言って良い。

 シャドウを憎む湊だからこそ得た力。それを今は神を騙る存在にだけ向けて放つ。

 ゴウッ、と音を響かせながら空を走る命の光は、射線上にあった魔法を貫いてクロノスへと迫る。

 回避が間に合わないと判断したクロノスは、氷で物理防御を張って弾かれながら後退したが、よく見れば座のような乗り物の翼が一部消えている。

 それを見た湊は口の端を吊り上げてクロノスへと再び迫る。

 

《度し難いほどに愚かだ! ならば、時の流れに呑まれるがいいっ!》

 

 再び傷を負ったクロノスは背後に一際大きな魔法陣を展開した。

 そこから何かの力は放たれると、彼らのいた閉じた世界の時が完全に停止した。

 クロノスへと迫っていた湊も、遙か上空で環になって旋回していた无窮も、全ての存在がその場で停止している。

 これまで何度も“時の跳躍”で攻撃を回避していたクロノスは、湊がそれを何度も妨害してきた事で、彼に時への耐性がある事は気付いていた。

 だからこそ、今発動した奥義“時の停留”にも対応される事を危惧していたのだが、どうやら彼は時が加速する程度までしか対応出来なかったようだ。

 無事に相手を止める事が出来たクロノスは、しかし、いつまでも時を止めておく事が出来ないと分かっているからこそ知恵を絞る。

 普通に考えれば湊を攻撃して排除するのが正解だろう。

 明らかに一人だけ実力が異なっている。時の跳躍という時流操作を用いた加速回避を行なっているクロノスを、純粋な力のみで追いつき追い詰めてくるのだ。

 今の状態で徐々にダメージを負い始めている以上、長引けば先に倒れるのは自分かもしれないという恐ろしさが相手にはあるとクロノスも気付いている。

 だが、湊は他の者たちを守って一人だけで神に挑んでいる。

 もしかすれば、他の者でもいくらかはダメージを与えられるかもしれないが、湊ほど明確に戦える力を持つ者がいないという事だろう。

 それを思えば先に湊が守っている者たちを排除し、仲間がやられている事に動揺した隙を突いた方が良いかもしれない。

 何度も攻撃を受けたことで憤っていたクロノスは、ここで人間のように敵が苦しむ事を望んで攻撃を放ってしまった。

 しかし、この時クロノスは神として己の力と存在に自負があったからこそ、湊ではなく他の者を狙った本当の理由に気付けないでいた。

 圧倒的に有利な状況であっても、湊を殺せるヴィジョンが全く思い浮かばなかったという本当に理由に。

 そうして、停止した世界で自分だけが動けるため、出来る限りの威力を込めてメギドラオンを放つ。

 塔目掛けて天より降る極光は、神話の一ページにある神の裁きを彷彿とさせる。

 誰一人己の死の瞬間を知る事なく消えて行く。そして、それを知った神に楯突く愚か者も後を追う。

 自分の思い通りに事が進むと確信していたクロノスは、そこでギギギと油の切れた機械から聞こえるような異音が鳴っていることに気付く。

 音の出所は二箇所。遙か上空の蛇神と空中で停止している天使だ。

 時の停留が解けるまではまだ時間がある。だというのに、“世界”に至った二体のペルソナは術に抗い動き出そうとしている。

 時が止まった世界は、時の神だけが自由に動くことを許された世界。

 その理を捻じ曲げようとする存在とは一体何なのか。

 人という弱い種から生まれながら、己の理解を超えた力を持った存在に、クロノスは生まれて初めての恐怖を感じた。

 速く、出来るだけ速く、塔にいる者たちを消し去れと、自分が放ったメギドラオンに思わず願う。

 もう十秒と掛からず直撃するだろう。それが済めば自分の勝ちだとクロノスが湊への追撃準備に移れば、天使の方からバキンッと何かが壊れる大きな音が響いた。

 そして、

 

「させるかぁぁぁぁあああっ!!」

 

 時の停留から自力で抜け出した天使と青年から時を操る気配を感じた直後、天使が先ほどのまでのクロノス同様一瞬でメギドラオンの射線上に現われる。

 そのタイミングで時の停留が解除され、時計塔にいる者たちは急にメギドラオンが自分たちに迫っていて焦っている。

 けれど、射線上に自ら移動していた青年は、天使を操り両手を前にかざさせる。

 

「セイヴァー、アイアスの盾を展開しろっ!!」

 

 青年の言葉に従うように、天使はそこに時計塔を覆い隠すほど巨大な虹色の盾を展開した。

 アイアスの盾とは、ギリシャの英雄である大アイアスの持っていた多重構造の堅牢な盾の事。名だたる英雄の矢や投げやりを全て防いだという逸話を持っている。

 だが、ただ丈夫であれば良いのなら湊はこれをアイギスに因んで“イージス”と名付けただろう。

 それを敢えてアイアスの盾と名付けたのは、その所有者が死の際に流した血からアイリスの花が咲いた伝説があるからだ。

 百鬼菖蒲とイリス・ダランベール。二人の母親との繋がりを大切にしているからこそ、青年は母の名を冠する花と縁のある盾の名をスキル名として付けた。

 全てを守る虹の盾、アイアスの盾と。

 

「おぉぉぉぉおおおおおおっ!!」

 

 展開した虹の盾がクロノスの放った極光と衝突する。

 バチバチと魔法同士が衝突して弾ける事が響くが、アイアスの盾は防御不可能なはずのメギドラオンを受け止め防いでいた。

 これが破られれば全員が死ぬ。そんな事はさせないと湊が強く“守る”意思を持ったとき、彼の精神において盾の側面を司るセイヴァーに変化が起きる。

 

「セイヴァーの姿が変わっていく……」

 

 自分たちを盾で守ってくれている湊を見ていたアイギスが小さく呟く。

 先ほどまでのセイヴァーは白銀の鎧に身を包んだ騎士のような天使だった。

 だが、今はその頭上に極光の光輪が現れ、目元を覆っていた黒いバイザーの奥に右眼三つ左眼四つの計七つの赤い瞳が光り、背中の翼が光の粒子状態で放出され始めていた。

 冥王状態のタナトスの翼も似たような形状だったが、セイヴァーのそれは規模が違う。

 塔から少し離れた場所にいるため大きく開いた翼がよく見える。それは神に等しき力を持っていたと言われる大天使メタトロンと同じ三十六対の翼だった。

 光の粒子状態で放出されていながら、多数の翼を形作っている不思議な光景。

 だが、真に驚くべきはその翼がアイアスの盾とぶつかり弾かれた攻撃の余波を防ぐ盾になっていることだった。

 頭上からの攻撃をアイアスの盾で防ぎ、逸れてしまった攻撃の余波を翼で包み盾にする事で完全に守り切る。

 塔から見ている者は虹の盾と光のヴェールに守られているようにしか見えないが、盾が破られれば死ぬという状況に置かれながらも誰一人として恐怖を抱いていなかった。

 そして、神の裁きを模した天上からの一撃は、天使によって全て防がれ終わりを迎える。

 遙かな高みから全てを見ていたクロノスは、時計塔だけでなく学校の敷地全てを守っていた虹の盾を忌々しく睨み付けた。

 あの盾さえ、あのペルソナさえ居なければと。

 しかし、この時、クロノスは己の感情に従うのであればすぐにでも逃げ出しておくべきだった。

 自分の最高の攻撃を防がれ、逆に敵には自分を消し去るだけの力があると認識していたのだ。

 それが分かっているなら、この閉じた世界での“やり残し”でしかない玲の事は諦め、力のない自分の半身など見逃してやればよかった。

 使命を優先しながらも、自分の力に驕っていたからこそ、消えてゆく虹の盾の向こう側に雷を纏う捩れた金色の槍を構えた天使がいる事に気付くのが遅れた。

 

「――――ロンギヌス」

 

 それはイエスを刺したローマ兵の名を冠したあまりにも有名な聖槍の名。

 神話にて神々が扱った武器ではなく、只人の持った武器が祀り上げられたからこそ力が宿る。

 上体を反らし勢いをつけながら投擲された金色の槍は、音速を軽く超えて空気の壁を突き破り天へと昇ってゆく。

 時計塔から天まで金色の軌跡を残しながら放たれたそれは、攻撃に気付いて慌てて展開した魔法陣ごとクロノスを貫き一撃で消滅させる。

 ゼウスの雷霆を付与した神殺しの槍だ。全ての弱点を込められた事で、それはクロノスにとって文字通り必殺の一撃となった。

 弾けるようにバラバラになって消えたクロノスの欠片が雨のように降り注ぐ。

 善と玲はそれを複雑な表情で見ているが、他の者たちの視線はクロノスが元いた場所のさらに上空に向けて固定されていた。

 

「あれって……前に八雲君が開いた門だよね?」

「たぶん。けど、あの槍そこに向かってない?」

 

 話していた七歌とゆかりの視線の先には、无窮が姿を変えた巨大な神鏡があった。

 二人は神鏡と神門の違いをよく理解していないようだが、以前より少しばかり小さいそれは複雑な模様が刻まれた銀色の縁に黒い鏡面が妖しく光っている。

 かつて、退行した八雲がそれを利用して世界を終わらせようとした事があるため、こんな場所で何をしようとしているのかと不安になるのはしょうがない。

 だが、さらに問題なのはセイヴァーの投擲したロンギヌスが神鏡へ真っ直ぐ向かっているのだ。

 神殺しの槍と蛇神の鏡が衝突した時、何が起こるかなど自我持ちのペルソナやベルベットルームの住人たちですら分からない。

 ただ、神を殺そうとしていたあの青年の考えた事だ。どうせろくでもない事なのは確実だろう。

 全員が嫌な予感を感じて見ていれば、天を突く光の柱と化した聖槍が黒い鏡面へと吸い込まれてゆく。

 金色の槍が吸い込まれた鏡面は、一瞬だけ同じ金色に光り輝くと直後に火山の噴火のように無数の炎の槍を吐き出した。

 吐き出された炎の槍は玲の記憶から再現された稲羽市へと降り注ぎ、次々と道路や建物を破壊し尽くしてゆく。

 

「あわわわ! クマたちの住んでる街がなくなっていくクマよぉ」

「なんつーか。偽モンって分かってても複雑な気分っすね……」

 

 降り注ぐ炎の槍は一つ一つが数十メートルあり、それが遙か上空から落ちてくるのだから一種の質量兵器と化している。

 さらにそれが炎を纏っているため残った瓦礫すらも燃やし尽くしてしまう。

 自分たちの知っている街が完全に破壊され、燃える荒野になっていくのを見ていたクマや完二は偽物だと分かってはいるが止めて欲しそうにしている。

 けれど、その攻撃を放った青年はまだ塔へと降りてきておらず、変化した姿のセイヴァーに二叉の金色の槍を持たせて、二叉になった部分から光の刀身を出して巨大な剣にしていた。

 まさか、それを使ってさらに街を壊すつもりなのだろうか。

 そう思っていると光の刀身を黒い炎が覆い。そのまま剣を振り上げて湊がスキル名を呟いた。

 

「――――ラハット・ハヘレヴ・ハミトゥハペヘット」

 

 聞いている者たちは何を言っているのか分からない。

 そも、今どうやって発音したのだと聞きたいくらいだったが、青年がスキル名を呟くと刀身に纏っていた黒炎が激しく燃え上がり、セイヴァーはそのまま剣を振り下ろして黒炎で街の全てを薙ぎ払い燃やし尽くした。

 炎の槍が止み、黒炎が治まれば、そこには濛々と煙が立ち上っている不毛の大地だけが残っていた。

 一応、ここは玲の思い出から作られた世界なので、自分の記憶にあった景色が荒れた大地の広がる姿にされて玲は少し泣きそうになっている。

 どうして彼がこんな事をしたのかは分からない。けれど、上空に居た蛇神を消し、セイヴァーのみを残した状態で空にいた彼は、合掌した体勢で瞳を閉じて集中していた。

 

「もうやめてよぉ。あたしらの街に何の恨みがあるのさー!」

「いや、別に先輩は街自体には何の恨みもないと思いますよ」

「うちの旅館もなくなっちゃった……」

「だ、大丈夫だって。プロデューサーが壊したのはこの世界の街だから!」

 

 自分の街が完全になくなり涙目になっている千枝と、あれだけ嫌っていたというのに実家がなくなって落ち込んだ様子を見せる雪子。

 転校してきた後輩たちが頑張ってその二人を慰めるが、慰めている二人もこれ以上は止めて欲しいと内心では思っている。

 けれど、まだ何かしようとしているのは見ていれば分かるので、どうか街だった土地を壊す以外の方向で頼むと八十神高校側のメンバーは祈りを捧げた。

 すると、合掌していた湊が目を開いて両手を左右に広げている。

 ついに来るのかと全員が身構えれば、彼を中心に何かの力が拡散していった。

 

「……っ、周りの風景が変わっていく」

 

 彼が何をしたのか不思議に思っていれば、善が最初にその変化に気付いた。

 荒れ果てた大地だった場所が緑に覆われ始め、平坦だった場所に自然豊かな山が連なってゆく。

 丘には花が咲き誇り、谷には大きな川が流れ、山の中程にある岩肌から滝が流れ落ちていた。

 太陽の光が反射して輝く緑の美しさ、風に運ばれて届く草木の匂い、そしてどこまでも澄んだ空気という現代では失われた風景を前に一同は思わず呆けてしまう。

 だが、かつて存在したこの風景を知っている自我持ちのペルソナたちは、どこか懐かしむように景色を目に焼き付けている。

 何故世界が塗り替えられたのか。この風景は一体どこのものなのか。様々な疑問を持った者たちはゆっくりと降りてくる青年が到着するのをひたすらに待っていた。

 

 

 


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