【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百二十話 二人の旅立ち

――時計塔・頂上

 

 玲を救出し、クロノスを倒し、彼女と善が話し合った事で少女は自分の死を受け入れる事が出来た。

 周りで二人の話し合いを見届けていた者たちも、彼女の心が救われたのだと理解して安心した顔をしている。

 もっとも、先ほどまでアイギスとチドリから説教を受けていた青年だけは、その手に煙管を遊ばせて暇そうにしており、本当にここから見える絶景が彼の心なのかと疑わしく思えてくる。

 ただ、彼は己の心臓である龍玉を使った反魂の詳細を知らなかったのか、代償として自分が死ぬ術を玲に使おうとした。

 優しさから彼女にもう一度命を与えようとしたのか、それとも己に課した他者を救う呪いの影響か。

 どちらだったのかは本人にしか分からないが、少女が自分の死を受け入れた今ならば、彼が自分の命を使って生き返らせる必要もなくなった。

 そうして、どこか晴れやかな表情になった玲が皆の前に立つと、深々と頭を下げて礼を言った。

 

「皆、助けてくれてありがとう。それと、私はもう大丈夫だから、善と一緒にこの世界から旅立ちます」

「ああ。私が責任を持って玲を送る。君たちには本当に世話になった。ありがとう」

 

 力のほとんどを持っていたクロノスを倒した事で、時の神として力を善は失った。

 玲の記憶の封印を解いた時に戻ってきた力では、死神として玲の魂を正しき流れに向かわせる事しか出来ない。

 しかし、善はそれで良いと思っている。彼はもう小さな人と変わらぬ存在になってしまったが、おかげで玲と共に消えて行く事が出来るから。

 他の者たちも彼らとの別れは惜しいが、それよりもずっと苦しんでいた少女が笑顔で迎えようとする旅立ちを祝福したい。

 だから今は、最後の時間を楽しく一緒に過ごそうと七歌が提案する。

 

「ねえ、帰る前に最後に遊んで行かない?」

「そうだな。俺もそう言おうと思ってた。善、玲、最後に皆で文化祭を楽しもう」

「ああ」

「うん!」

 

 確かに黒幕を倒してこのままお別れでは少し味気ない。

 もう一日待ってという事になれば、その後もダラダラと別れを先延ばしにしてしまいそうだが、

 所謂遊び納めというのであれば学生パワーで全力ではしゃぐ事が出来る。

 元の世界に帰ってから疲労で寝込んでしまうと分かっていても気にしない。

 大切な仲間の門出を祝うというのだから、むしろぶっ倒れるくらいで丁度良い。

 そう思ってメンバーたちが盛り上がっていれば、その輪の外から眺めていたエリザベスが暇そうにしている湊に声を掛けた。

 

「では、八雲様。今しばらく空間の維持をお願い致します」

「……まぁ、二、三時間の事なら大丈夫だ」

「リミットは三時間ほどですね。では皆様、その時間内で祭りをお楽しみください」

 

 遊べる時間は最大で三時間。それくらいあれば十分遊べるはずなので、残りの時間を存分に楽しんでくれとエリザベスが説明する。

 だが、何故残り時間を湊に確認したのか、そして、タイムリミットという不穏な響きの言葉を使った理由が気になった順平が理由を尋ねた。

 

「えーっと、なして有里に時間確認したんスか? あと、時間を過ぎたらどうなるんで?」

「今、この世界はクロノスから八雲様に支配権が移っています。ただ、八雲様も消耗しており、空間を維持出来なくなれば、この場の全員が時の狭間に放り出されます。時の狭間は理が不安定なので何が起こるか分かりませんが、とりあえず人がいきられる環境ではないので死ぬと思って頂いて結構かと」

 

 世界の一部が塗り替えられた時点で薄々気付いている者もいたが、黒幕を倒した事でこの閉じた世界もかなり不安定な状態になっていたらしい。

 皆が帰るまでに崩壊すれば大問題なので、そこに気付いていた湊はしっかりとクロノスを倒してから自分の力を世界に浸透させ、何とかしばらく維持しているのだとか。

 けれど、湊は阿眞根化した際に生命力をスキルとして撃ち出していた。

 精神力は感情をエネルギーに変換して余っているくらいだが、生命維持に必要な生命力はそうはいかず、不足していると常に疲労感や倦怠感を覚えて早急な休息が必要になる。

 そこを押して皆がしっかりと別れるための時間をどうにか確保しているのだから、事情を聞いた者たちは頭が下がる思いだった。

 

「よっしゃー! 八雲君が時間を稼いでる内にいっぱい遊ぶぞ! 全員急いで校舎に戻れー!!」

『おぉぉぉっ!!』

 

 時間がないなら少しでも急いで戻り、限界まで遊ぶしか方法はない。

 七歌の号令に合わせて他の者たちも拳を突き上げ、走って時計塔の中へ戻ると転送装置を目指す。

 ベルベットルームの住人らと共にそれを黙って見送った湊は、喉の奥から迫り上がってきた血をその場に吐き出すと、口元を拭ってからゆっくりと後を追った。

 

――校舎

 

 最後の時間を共に過ごそうと、メンバーたちは玲と善を誘って文化祭の出し物を次々と回った。

 初めてこの世界で一緒に遊んだ時のように、真田たちとタコ焼きを食べたり、全ての味のアイスを重ねて絶妙なバランスで落とさないように食べたり、アイギスらと共に射的をして自分の力で景品を取ったりと時間はすぐに過ぎてゆく。

 この世界ともあと一時間でお別れ。そう思うと途端に寂しくなるが、ここで泣いては勿体ないからとアメリカンドッグを咥えて玲たちが次の場所を目指し走っていれば、ベルベットルームの住人たちと一緒に湊が椅子に座っていた。

 彼は遊ばなくても良いのかと思ったが、そちらを見ていると七歌が小さな声で、

 

「多分、八雲君は限界が近いんだと思う」

 

 と耳打ちをしてきた。

 この世界を維持するのにどれだけの力を消耗するのかは分からないが、彼は力業で死の呪いを解除したり、皆を守るために神の一撃を盾で防いで、さらにはクロノスを消滅させてくれた。

 玲のために限界を超えて神殺しを為してくれた事を思うと、少しでも消耗を抑えるために休んでいる彼を呼ぶべきではないのかもしれないが、最後に彼とも過ごしたかった玲が湊に声を掛けた。

 

「はーちゃん、大丈夫?」

「……気にするほどじゃない。俺は良いから遊んでこい」

「うん。……あ、でもね。小さいはーちゃんとも遊びたいなぁって」

 

 今、湊がこの世界を頑張って維持してくれているのは分かる。

 けれど、そうなると小さな八雲にお別れを言えないまま去る事になってしまう。

 だから、どうにかならないかなと湊をジッと見ていれば、彼は小さく溜息を吐いてから目を閉じると身体が光に包まれた。

 大きかった身体のシルエットは徐々に小さくなり、そのまま縮んでいくと思えば七歌たちくらいのサイズで止まった。

 随分と中途半端だなと思って光が治まるのを見ていれば、そこには小さな八雲を膝に乗せたベアトリーチェがいた。

 どうやら暗示で小さくなると戻るタイミングが不明になる事から、今回はベアトリーチェと交代して八雲を分離する方法を取ったらしい。

 急に呼び出された八雲はキョロキョロと辺りを見渡して、目の前に玲がいると分かると抱っこを強請るように手を伸ばす。

 

「まいまー」

「わぁ! ありがとう、はーちゃん」

 

 小さな八雲を抱っこすると玲は嬉しそうに頬をすり合わせて挨拶する。

 モチモチでスベスベな赤ん坊の頬は温かくて気持ちが良かった。

 逆に八雲の方はくすぐったいのか笑いながら身を捩っている。

 自分の膝の上から八雲を取られたベアトリーチェは、それほど気にしていないのか八雲と目が合えば手を振っている。

 八雲もくりっとしたどんぐり眼をベアトリーチェに向けると、信頼の乗った笑みで手を振り替えしている。

 二人は元が一つの存在なので、離れていてもお互いの場所や状況を理解出来る。

 だからこそ、ベアトリーチェが椅子に座ったまま待っているという事は、湊からの指示で八雲を貸し出す事に同意しているという事だった。

 残り時間を小さな八雲と一緒に遊べると分かった玲は、八雲を高い高いしながら今日でお別れである事を先に告げた。

 

「はーちゃん。あのね。今日でお別れしないといけないんだよ」

「うー……まあ!」

 

 最初は不思議そうに首を傾げていた八雲。お別れという言葉の意味が理解出来ないのかと思ったが、それほど難しい言葉でもないので賢しい彼なら分かるはず。

 ならば、どうして首を傾げるのかと思って見ていれば、何かに気付いたようにハッとした顔をすると、周りを見渡して真田や順平たちの姿を発見するなり笑顔でブンブンと手を振っている。

 

「ばいば!」

「おーう。めっちゃ良い笑顔で元気に手振ってくれてるなぁ」

「まぁ、別れるのは俺たちではないがな。だから、その嬉しそうな顔はやめろ」

 

 八雲にとって真田や順平は使えない子分でしかなかった。

 完二はゴリラではあるがアイスやおやつを献上するため、なかなか分かっている子分という扱いで、他の男子は善とクマとコロマルを除けば基本は真田らと同列扱いだ。

 だからこそ、そんな彼らとお別れだと聞けば、ようやく邪魔なものを処分出来ると清々しい気持ちになったらしい。

 赤ん坊としてはよろしくない発想だが、将来的に湊になると思えばこれくらいは可愛いものだと思える。

 ある意味でとても素直な反応に苦笑しながら玲が頭を撫でれば、彼に正しい情報を伝えた。

 

「あのね。お別れするのは私と善なの。あと、はーちゃんはアイちゃんたちと一緒に帰るから、ゆきねぇちゃんたちともお別れなんだよ?」

「うー? めめもぉ!」

 

 一緒に帰るのはアイギスたちだけで、他の皆とはお別れしなければならない。

 そう伝えれば途端に八雲は泣きそうな顔で玲の服をギュッと掴んで、このまま絶対に離れまいとしている。

 短い時間でこれほどまでに懐いてもらえて嬉しい気持ちと、赤ん坊に悲しい想いをさせてしまう事に罪悪感を覚える。

 けれど、どうしても小さな八雲ともしっかりとお別れをしておきたかったのだ。

 

「はーちゃん。私と善は新しく生まれ変わるために旅立つんだよ。それでね。今の私ははーちゃんよりももっともっと小さな粒になって世界と一つになるの。だから、はーちゃんともずっと一緒なんだよ?」

「みぃ……」

 

 ここにいる玲の心が輪廻の輪に乗って新たな命として生まれる可能性は低い。

 通常、魂の一部が集合無意識に残るだけで残りの大部分は消えて行くのだ。転生は存在しない訳ではないが、余程強い魂を持っていても運の要素が強い。

 本体の魂から溢れた魂の欠片に過ぎない玲と、死神の残り滓である善の魂が新たな命に生まれ変わるとは思えない。

 だがそれでも、今ここにいる二人の魂は分解され世界の一部になって残り続ける。

 八雲の事もずっと見守り続けておくから安心してと頭を撫でてやれば、八雲は悲しそうな顔をしながらもどこか理解した様子を見せた。

 今の状態ならば行けるだろうと歩き始めた玲は、次はどこへ行くと聞かれて最初から決めてあった事を口にした。

 

「あのね。皆で最後にダンジョンを見て回りたいの。もうシャドウはいないから安全だし」

「それ賛成! 私、風花ちゃんとナビしてて入ってないとこあるし!」

「そうですね。りせちゃんと仲良くなれたけど、皆と一緒に回るのも楽しそうだなってちょっと思ってたから私も行きたいな」

 

 ナビ役だった二人はチドリが一度交代した時を除いてダンジョンに入っていない。

 他の者たちが大変だったのは分かっているし、風花たちも皆の安全のために頑張ってはいたのだが、ダンジョン内で休憩している雰囲気などを聞いているととても楽しそうで少し羨ましかった。

 特に小さな八雲と一緒に行動している時など、現地でナビをしては駄目ですかと聞きたいくらいであった。

 この世界のシャドウは全て消えているので、今ならば武器も持たずにダンジョンに入っても問題ない。

 そうして、玲の希望を聞いた一同は“ごーこんきっさ”から順に巡っていく事にした。

 

――ごーこんきっさ

 

 最後に全員でという玲の希望もあって、休んでいたベルベットルームの住人たちとベアトリーチェも一緒になってやってきた。

 このダンジョンでは湊が小さな八雲になったり、八雲と分裂したベアトリーチェも一緒になって探索したりと非常に賑やかだった。

 その時の様子を思い出してベアトリーチェが口を開く。

 

「……私の運命の相手は私だったな」

「そりゃ、湊君と身体共有しとるんやから当たり前やろ」

 

 ごーこんきっさでは運命の相手が見つかるという事だったが、代表して回答していた八雲の運命の相手は同じく赤ん坊状態だったベアトリーチェだった。

 顔の造形はほぼ同じだというのに、瞳や肌の色が違うだけで二人は東洋風の顔立ちと西洋風の顔立ちにそれぞれ見えた。

 やはり、様々な国の血が入っているからこそ、そういった不思議な事もあり得るのかなと思ったが、不遜な物言いをしているベアトリーチェにラビリスは突っ込みをいれておいた。

 別に自分が湊の運命の相手だと思って嫉妬している訳ではない。アルカナは確かに“運命”だが、彼女は妹の幸せを願う良き姉なのだ。

 そうして、他の者たちもラビリスの突っ込み以外ベアトリーチェの発言を聞き流していると、そういえばと疑問を持っていた直斗が善と玲に質問した。

 

「そういえば、ここと現実の“合コン喫茶”は結局関係なかったのでしょうか? 共通点は名前くらいで他は全く似ていませんが」

「無関係ではない。文化祭は玲の記憶を基に作られたが、それらは変容するものでもあった。君たちと出会い、会話する中でイメージに変化があればその影響をダンジョンも受けていたんだ」

 

 イメージで変化するというのは、湊が実際に校舎を造り替えて見せてくれたので分かる。

 この世界が文化祭だった事も、玲のための鎮魂の儀式だったと説明を受けているので分かるが、ダンジョンの中身が他のメンバーたちとの会話の影響を受けていたと聞いて千枝が男子たちを睨み付けた。

 

「ちょっと、ここ絶対クマとか花村の影響受けてるじゃんか!」

「いやいや、あくまで玲ちゃんのイメージだろ? 別に俺らが変なもんを教えた訳じゃねーよ」

 

 クマは合コンって何と聞かれておかしな事を教えていたが、花村はそういった変なイメージを与えた覚えはなかった。

 それに言葉からどんなものをイメージするかは玲次第。そこまで責任は取れないと反論する。

 花村と千枝が言い合いを続けていれば、少しだけ不安そうな顔をした玲がここでの生活はどうだったかと七歌たちに尋ねた。

 

「皆はここの文化祭楽しかった?」

「もちろん! 私らの学校は台風で中止になったからね。予想外な形だったけど遊べてラッキーだったよ」

「そうそう。おかげで友達も増えたし、コロマルも一緒に遊べたしね?」

 

 確かに現実の文化祭ならコロマルは留守番するしかなかっただろう。

 赤ん坊の八雲も連れて来られたかは分からない。

 何より、違う時代の仲間との出会いもなかったはずなので、こうして無事に帰れるようになった今なら文句なしに楽しかったと七歌とゆかりが答えるのも当然と言えた。

 それを聞いた玲はホッとした顔になって笑い。抱っこしている八雲にも楽しかったか聞いている。

 お別れは悲しいと思っていても、一緒に遊んでもらえた事を嬉しく思っていた八雲はしっかりと頷いて返した。

 

――放課後悪霊クラブ

 

 続けてお化け屋敷にやってきたが、ここでは湊が通信を利用して怪談を強制で聞かせた事もあって一同の表情は強張っている。

 シャドウはいないし、今は少しだけ明るくなってはいるのだが、やはり独特な雰囲気もあって怖がりな面子は八雲を抱っこしている玲の周りに集まっていた。

 それを傍で見ていたマリーは彼女たちの行動が理解出来ないと首を振ってから、どうしてそんなに怖がるのかと尋ねた。

 

「ねえ、何をそんなに怖がってるの? お化けとか本気で信じてるの? てか、もしかして“玲”って“幽霊”から取ってる?」

「……え?」

 

 急にマリーに聞かれた玲は戸惑ったように声をあげてから善を見る。

 そも、彼女の名前を付けたのは善だ。その名前の意味を知っているのは善だけであり、玲本人は自分の名前に意味がある事すら知らない。

 故に、玲がどうなのかとジッと見つめていれば、大切な少女の名前をダジャレかと聞かれて僅かにムッとしたように否定した。

 

「……違う」

「じゃあ、どういう意味?」

「……言わない」

 

 意味はしっかりとあるのだが、それをここで説明するのは恥ずかしい。

 最初に比べて随分と人間らしくなった少年が黙秘権を行使していると、ジッと善の事を見つめていた八雲が楽しそうにある名前を口にした。

 

「ふぃえい! ふぃえい!」

「湊、よせ。今は静かにしているんだ」

「ふぃえい? あ、もしかしてギリシャ語の“フィレイ”? じゃあ、善君も同じく“ゼン”から来てるんだ……へぇ」

 

 読心能力なのか湊の記憶から引き継いだのか、八雲は玲の本当の意味を知っていた。

 まさか、赤ん坊にバレているとは思っていなかった善がすぐに八雲の口を手で塞ぐも、ここにはそういった言語に詳しい七歌がいた。

 すぐに名前の意味を理解した七歌が善をニヤニヤと笑って見ていれば、ずっと意味を知りたがっていた玲が教えてと尋ねた。

 

「ななちゃん、フィレイとゼンってどういう意味なの?」

「んー……私の口から言ってもいいのかなぁ」

「七歌、頼む。ここでは何も言わないでくれ」

「しょうがないなぁ。でも、ちゃんと後で玲ちゃんには伝えるんだよ?」

「……わかった」

 

 七歌が教える事は確かに出来るが、それをしてしまうと色々と台無しになってしまう。

 彼女もそれを分かっているので、善の口から伝える事を条件にここでは秘密が守られる事になった。

 

――ベルベットルーム

 

 残るダンジョンは昨日の今日という事もあって軽く眺める程度で済ました。

 最初の二時間で遊び回った校舎をゆっくりと見て回り、自分たちの拠点にしていた場所を名残惜しそうに眺めてから、ようやく一同はベルベットルームに集まった。

 

「はーちゃん。一緒にいてくれてありがとう。離れてても、ずっと大好きだよ」

「あい……ばいば! ねーね、めん!」

 

 玲の腕からベアトリーチェの腕に移動した八雲は、寂しそうにしながらも最後は笑って玲と善に別れを告げた。

 そして、八雲とベアトリーチェの身体が光に包まれれば、元の姿に戻った湊が立っていた。

 

「……赤ん坊との別れは済ませたんだな?」

「うん、ありがとう。我が儘言ってゴメンね」

「いや、大したことじゃない」

 

 最後の別れくらいはちゃんとさせてやりたい。そう思っている湊にすれば本当にこの程度は大したことではなかった。

 残り時間もあと僅か。その状態でベルベットルームに集まっているという事は、これで全員がこの世界から離れるのだろう。

 順番からすると善と玲が旅立ち、その後でそれぞれの世界への扉を潜って元の世界に帰る事になる。

 だから、二人に物を渡すなら今しかないと、湊はマフラーから二枚の大きな紙と黒い筒を取り出し、紙は美鶴に、筒は鳴上に、そして新たに取り出した二つのコサージュを七歌に渡した。

 説明もなく渡された三人は驚いた顔をしたが、すぐに意味を理解するとおかしそうに笑って七歌が玲と善の制服の胸にコサージュを付ける。

 急にどうしたんだと驚いている二人の前に美鶴が立つと、一枚の紙は傍に立った七歌が持っておき、美鶴がその紙に書かれた文章を読み上げる。

 

「卒業証書、善殿。あなたは精一杯生き、本校の過程を修了し卒業する事をここに証する。おめでとう、善」

 

 何が起きているのか分からないといった顔をしていた善は、美鶴から卒業証書を受け取り、さらに鳴上から筒を渡されるとそれも黙って受け取る。

 周りで見ていた者たちが拍手を送れば、七歌からもう一枚の紙を受け取った美鶴が玲の前に立って読み上げた。

 

「卒業証書、玲殿。あなたは精一杯生き、本校の過程を修了し卒業する事をここに証する。おめでとう、玲」

 

 それが何であるかを知っている玲は、呆然とした様子で受け取って証書をジッと見つめている。

 まさかのサプライズプレゼントを用意していた湊に対し、女子たちが笑って背中を叩いているが、その間も玲が動かないことを心配した善が声を掛けようとしたところで玲が口を開いた。

 

「……これ、学校の卒業のやつだ」

「すごい物なのか?」

「うん。うん。ちゃんと、学校に行って、そこから旅立って行く人しかもらえない物なの。私は、もらえないと思ってたのに……」

 

 説明する途中で玲の声が震えて聞こえづらくなってゆく。

 今の彼女は笑いながら泣くという器用な事をしており、それを見ていた周りの者たちももらい泣きして、女子たちが次々に玲に抱きつきにいく。

 最初は玲が泣いている事に不安そうにしていた善も、彼女が嬉しくて泣いていると分かると、卒業証書を筒にしまってから湊の前に移動してきた。

 

「……ありがとう湊。これは玲にとってとても意味のある贈り物だったらしい。君はやはり物資を運ぶ救難のエキスパートだった」

「別に贈り物一つで救ってはいないがな」

「いや、私たちは随分と君に助けられた。君がいなければ、この結末はなかったかもしれない」

 

 七歌たちとも鳴上たちとも異なる手段でこの世界へやって来た異分子。

 だが、その異分子がなければこの結末はなかっただろうという核心が善にはある。

 受け取った筒に入った卒業証書を嬉しそうに握り締めると、女子たちに囲まれていた玲が紙の束を持って嬉しそうにやってきた。

 

「善、七ちゃんに地図貰ったよ。ずっと七ちゃんが描いてくれてたこの世界の地図!」

 

 七歌が描いてきた地図には、番人が守っていたダンジョンの地形が描かれていた。

 そのダンジョンは生前の玲の人生を表わしていた内容で、それを順番に進むというのは一種の追体験だった。

 そう考えれば、玲の手にある地図はただの道順を描いた紙ではなく、玲の人生の軌跡を表わしているとも言えた。

 自分の人生の軌跡が描かれた地図を大切そうに持った少女は、一緒に持った卒業証書の入った筒も胸に抱くと改めてメンバーたちに礼を言って頭を下げる。

 

「皆、本当にありがとうございました。とっても素敵な贈り物もありがとう」

「私からも改めて礼を。本当に世話になった。そして、巻き込んでしまってすまなかった。君たちに助けられ、ようやく私は玲と共に“永遠”へ行ける」

 

 そこは全ての命が還る場所。クロノスではなく善という一つの存在になったからこそ、彼も玲と共にそこへ旅立てる。

 途切れた上り階段へと向かった二人は、改めて仲間たちに礼を言うと手を繋いでゆっくりと階段を登ってゆく。

 

「共に行こう、フィレイ」

「ねぇ、教えて善。私の名前の意味」

「ああ。“愛しい”という意味だ。そして、私の名は“生きる”という意味があった。“愛しい君と共に生きる”という意味が」

「ふふっ。ありがとう、善」

 

 幸せそうに笑い合う二人は、徐々に身体が光の粒になって静かに消えていった。

 二人の旅立ちを見送った者たちは、次は自分たちだなとそれぞれの世界へ繋がる扉へと向かって歩き出す。

 ここで足を止めれば余計に別れづらくなるだけだ。不思議な光に満たされた空間に向かって、真田は扉を潜りながら挨拶する。

 

「じゃあな。お前らも元気で」

「アッキーたちも元気でクマぁ!」

 

 それに返すようにクマも泣きながら自分たちの世界への扉を潜ってゆく。

 真田に続いて天田、コロマル、順平、荒垣もそれぞれ挨拶をして扉の奥へと消え、クマに続いて完二、花村、直斗もお礼とエールを送って扉の中へ入っていった。

 

「皆、そっちの私も応援してね。プロデューサーは私に優しくするように! それじゃあ、またね!」

「りせちゃん、ずっと一緒にナビ出来て楽しかったよ。皆さんも本当にお元気で。また会おうね」

 

 りせと風花がそれぞれ入っていけば、他の女性陣たちも続くように挨拶をしながら入ってゆく。

 ただ、あいかとメティスは湊に言いたい事があるのか少し足を止めた。

 

「ん……向こうの貴方は任せて」

「記憶のない兄さんは私たちで補助してますから安心してください。それではまた」

 

 二人は自称特別捜査隊ではなく湊と同じチームで探索していたらしい。

 しっかりしている二人と一緒ならば記憶を失っていても安心だろうと湊が頷いて返せば、二人も笑って扉の中へと入っていった。

 そして、後はそれぞれのチームのリーダーとベルベットルームの住人、それに綾時と湊だけが残っている。

 湊は世界の維持で最後に入る必要があるため、先に七歌と鳴上を送り出す。

 

「じゃあね、鳴上君。最初の救援、本当に助かったよ」

「まぁ、美味しいところは有里に持って行かれたけど、俺も同じワイルドに出会えて良かったよ」

「フフッ、それじゃあまたいつか」

「ああ。いつかどこかでまた会おう」

 

 固い握手を交わした二人は残っている者たちにも礼をしてから扉へと消えて行く。

 ベルベットルームの住人たちは、戻っても同じ顔の人間とすぐに会うらしいが、とりあえず別の時代の姉妹弟とはお別れなので「失礼します」「またね」と短い挨拶で去って行った。

 そして、お前はいつまで残っているんだと湊がマリーに視線を送れば、彼女はポケットを探って一本のペンを取り出すとそれを湊に渡してきた。

 

「店長。これ、一応もっといて。そしたら、多分、未来で会えるから」

「……別に会えなくても困らないだろ」

「わ、私が困るの! 店長の家がなかったら、マーガレットと長鼻と一緒に車に乗りっぱなしなんだからね!」

「……イゴールも名前で呼んでやれ」

 

 鳴上のベルベットルームは車なので、湊のベルベットルームに比べると随分と狭い。

 ベルベットルームの広さは客人の出会う困難の大きさによって変化するらしいが、とりあえずサディスティックなマーガレットと不気味なイゴールと同じ車内にずっといるのは嫌だろう。

 そう考えると縁を残しておく理由も分かるとして、湊は受け取った白いペンをマフラーに入れておいた。

 

「じゃあ、湊。僕もそろそろ君の中に戻らせてもらうよ」

「ああ。文化祭は楽しかったか?」

「勿論さ。皆と一緒に過ごす時間をくれてありがとう。君と違って僕はここでの事を忘れてしまうけど、思い出を貰った事実は消えない。だから、覚えている今のうちにお礼を言っておくよ」

 

 柔らかい笑みを浮かべて礼を言った綾時は、その胸から黄昏の羽根を抜いてファルロスの姿に戻ると、羽根を湊に手渡してから湊の中に戻った。

 全員が元の世界に戻り、この世界も扉の周囲数メートルしか残っていない。

 きっと既に他の者たちはこの世界での記憶を忘れているだろう。

 どうあっても抗えない世界からの干渉という物は存在するのだから、忘れた彼らを責める事は出来ない。

 だが、旅立っていった二人のためにも“なかった事”にする事だけは出来ない。

 “特異点”故に記憶を保持したまま元の世界に帰る事でどんな影響が出るのか。小さく口の端を歪めた湊は最後に一度振り返ると、崩壊を始めた扉の中へと消えていった。

 そうして、不思議な世界で起こった奇妙な出会いと冒険は静かに終わりを迎えた。

 

 




ペルソナQ2について

 11月29日木曜日に3DSソフト『ペルソナQ2』が発売しますが、本作ではそちらの内容は取り扱いません。
 ですが、善と玲を除く前作ペルソナQに登場したキャラに加え、P3Pの女主人公も正式に参戦し、ペルソナ5のキャラたちも登場しますので、興味のある方は是非ご購入ください。
 ただし、ペルソナ使いでもメティス・足立・ラビリス・皆月翔が登場するという公式アナウンスは本話投稿時点でありません。

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