【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第十一章 -Farewell-
第三百二十一話 後片付け


9月24日(木)

午後――月光館学園

 

 無事に台風も過ぎ去り、シルバーウィークとも呼ばれる連休も終わった。

 けれど、その台風のせいで文化祭は中止になり、何もお祭りを楽しむ事が出来なかったというのに午後は片付けに駆り出されていた。

 七歌たちも自分たちが割り当てられた教室の展示を外していくのだが、釘を使っている部分もあるので男子が釘抜きを取りに行っている間、七歌とゆかりとアイギスは小休憩を取る。

 

「はぁ……文化祭なーんも出来なかったのにね」

「片付けだけはしっかりとやらないと行けないんだもんね」

「わたしは“学生の作る祭”というものに興味がなかった訳ではありませんが、八雲さんが来ないのであれば意味がなかったのであまり気にしません」

 

 他の者たちの前から姿を消した湊だったが、先日の満月にはアルカナシャドウとの戦いに参戦し、その裏でストレガの凶刃に倒れた美紀を救う活躍を見せた。

 美紀を助けた翌日にはストレガと戦っているので、彼が無事に生きている事だけは確認出来ているのだが、残念な事に彼は退学届を出して以降学校に来ていない。

 本人にしてみれば高校など通う意味がなく、最初の一年間通っていたのもラビリスが学校に慣れるまではという意味合いが強かった。

 学力が足りていたとしても、高校は人との付き合いを学ぶ場だと言う者もいるだろう。

 だが、彼は既に社会に出て働いている。むしろ、高校の教師たちよりも大人を含めた多くの人間の相手にしているくらいだ。

 そんな状態にあるからこそ、湊が高校で学ぶ事など殆ど無く、今後も復帰する事はほぼないと思われた。

 湊の事を中心に物事を考えるアイギスが文化祭の中止を気にしないと言えば、相変わらずな彼女に七歌とゆかりは苦笑して画鋲で留められた写真を掲示板から外して行く。

 大きなものは釘抜きの到着を待つ必要があるけれど、小さなものなら手で外せるのだ。

 

「けど、正直なんかそこまで惜しいって気もしてないのは確かなんだよね」

 

 再び作業を開始して少しすると七歌がそんな風に呟き、急にどうしたとゆかりがそちらを向く。

 七歌はそれなりに文化祭を楽しみにしていた側だったはずだが、どうして急にそんな風に心変わりしたのか不思議に思ったのだ。

 本人もその自覚はあるようで、どうしてだか自分でも分からないと答える。

 

「いやぁ、何か分からないんだけど、結構、遊んだみたいな気がしててさ」

「遊んだってどこでよ?」

「んー……分かんない」

 

 上手く説明出来ないが、七歌は既に欲求が満たされた状態にあるんだと答える。

 連休中にどこかの文化祭に行ったのかと聞かれるも、七歌は映画を見に行ったくらいで文化祭には行っていないため首を横に振る。

 どうして遊んでないのに遊んだ気がしているのか。本当に不思議でしょうがないが本人が文化祭の中止に悩んでいないのなら良いのかも知れない。

 そんな風に考えてゆかりと七歌が作業の手を再び動かしていると、外した写真をサイズ別にまとめていたアイギスが口を開いた。

 

「そういえば、台風が過ぎ去った日の影時間に急に八雲さんいましたね。ビックリであります」

「あ、それね。ラビリスたちも一緒だったから、もしかして様子を見に来たのかもしれないけど、急に来たと思ったらすぐに帰ってなんだったんだろ?」

 

 あの日、ラビリスとチドリは文化祭の準備もあって、巌戸台分寮の風花とアイギスの部屋に分かれて泊まっていた。

 しかし、無責任な前任に押しつけられる形で委員会に入った七歌が、せっかく頑張って作った委員会の掲示物が台風のせいで無駄になったからと、ストレス解消のためにシャドウ討伐に打って出た。

 他の者たちも台風が過ぎた後ならば構わないと同行した訳だが、その時、気付けば湊がその場にいて何をするでもなく帰って行ったのだ。

 台風が来た事もあってアイギスたちの事を心配して様子を見に来たのか、それとも何か別の理由があってタルタロスを訪れたのか。

 どちらの理由であっても本人に真相を聞くまで答えは分からないが、ごく短い時間だけであっても彼に会えたアイギスは嬉しそうにしている。

 その辺りが女子力や乙女度の違いないのかとゆかりが密かにダメージを負っていれば、釘抜きなどを取りに行っていた男子らが戻ってきた。

 

「おーっす。釘抜きとか取ってきたぞー」

「んじゃ、早速そっちの壁のやつ引っこ抜きまくって。作品は壊さないようにね」

「おーう。てか、戻ってきていきなりかぁ……」

 

 道具を取りに行かされたかと思えば、戻ってきても休みなく次の作業に取りかかれと言われた順平が疲れた顔をする。

 一緒に取りに行っていた宮本と友近は何も言っていないが、どことなく順平と同じ事を思っているような雰囲気があった。

 七歌としては別に少しくらいは休んでも構わないが、そのせいで作業が遅れれば三人だけで残業をするのかと尋ねたい。

 釘抜きやガムテープを取りに行くのに男子三人など必要ない。

 必要ないというのに三人で行ったのは、少なからずサボって休む思惑があったからではないのか。

 画鋲をケースに仕舞いながらジッと男子たちを見ていれば、三人はやはり後ろ暗い部分があったようでいそいそと作業へと移っていった。

 

――稲羽市

 

 他の者たちが文化祭の後片付けをしている頃、湊は一人稲羽市へとやって来ていた。

 最初に訪れたのは八十神高校に近い場所にある病院。それほど大きくない時計塔の鐘の音が聞こえる範囲にあった稲羽市立病院だった。

 そこで少女の世話をしていた看護師から話を聞いて、地図を書いて貰うと湊は病院をすぐに立ち去った。

 

(やはり、俺たちの時代の人間だったか。もう少し早く知っていれば違っていたんだろうが、親に娘を治す気がなければ無理な話だ)

 

 ベルベットルームの住人ですらあの世界での出来事は忘れており、そんな夢を見たような気がするという認識だった。

 けれど、湊は“固有存在”に至っているが故に記憶への干渉を受けずにいた。

 善と玲の事は勿論、数年後にペルソナ使いとして覚醒する鳴上たちの事も当然のように覚えていた。

 自分が以前泊まった旅館の娘であったり、染め物体験を受けた染物屋の子どもがペルソナ使いになるとは思っていなかったが、東京で仕事の世話をしてやったアイドルが休業して田舎に行く事になるとも思っていなかったので、人生何が起こるか分からないなと考えながら湊は病院で教えて貰った地図を頼りに道を行く。

 病院からそれほど遠くない小高い丘の上にある霊園。

 そこからは少し離れた場所にある八十神高校を見る事が出来た。

 高校も霊園と同じように坂を上った場所にあるため、お互いを見る際に遮るような高い建物も存在しない。

 音を聞くだけ、窓から眺めるだけの彼女には辛いかもしれないが、せめて学校を見る事が出来る場所にとここへ埋葬したのだとか。

 親は病院に手続きを丸投げし、お金だけ払って葬儀にも出ていない。

 玲自身も母親には見切りを付けていたようなので、このような結果は十分に予想出来たが、玲の事を話す看護師が彼女の事を想って涙を流し、知り合いならば亡くなる前に会いに来てやって欲しかったという言葉は青年の心に僅かに響いた。

 

(どうせ俺は世界中の全てを救える訳じゃない。今も知らないやつが知らない場所で死んでる。だが、縁が出来てしまうと“もしも”を考えてしまう)

 

 玲の心は善の言葉で救われて無へと還っていった。

 ならば、湊がそれ以上何かをする必要はない。彼女が還るにあたってせめて生徒として去れるよう、卒業証書を贈るという演出をしてみせたが、出来る事など精々それくらいだ。

 けれど、湊の心の奥にある何かが弱者を救うように語りかけてくる。

 アイギスとラビリスを救ったように、玲のDNAから生体ボディを作って魂を呼び寄せてしまえば、彼女を普通の人間のように人生をやり直させる事が出来る。

 人としてはおかしくて、これ以上、神の領域に手を出すべきではない事は分かっているのに、無意識に自分が他とは違うと思っているのか傲慢な考えが浮かんでしまう。

 もっとも、看護師から彼女の血や細胞などは冷凍保存されていないと聞いており、流石に墓を荒らして遺骨などからDNAを採取する気はないので、今回はただの墓参りをするためにやってきただけだった。

 看護師から聞いた区画まで行き、そこからは墓石に彫られた名前を見て目的地を発見した。

 小さめの黒い墓石。そこに彫られていたのは“天草ニコ”という名前。

 誰も来ていないのか少し汚れており、マフラーから取り出した掃除道具で墓石を綺麗にしてやる。

 彼女が髪に付けていたアクセサリーに似た白い花を飾って、最後にパック詰めされたアメリカンドッグを置くと線香に火を点けてから手を合わせた。

 

「……ニコ、おそらく君は俺を知らないだろうが会いに来た。他の者たちは忘れてしまったが、俺はこうやって覚えている。君を変えた。君に変えられた人間として、君が生きた証がある事を伝えに来た。他の誰にだって生きられない、君は君にしか生きる事の出来ない人生を精一杯生きたんだ」

 

 あの世界では善がそれを彼女に伝える事で彼女の心を救う事が出来た。

 だが、もしもここにまだニコの未練があるのなら、それは記憶を持っている湊にしか救う事が出来ない。

 湊の事を知らないニコからすれば、急にやってきた男が知った風な事を言っていると思うかもしれない。

 けれど、湊には善が言っていた言葉以上に彼女を救う言葉はないと思った。

 彼女を救う事だけを考え、ただ伝えようと思って考えられた言葉には確かな力がある。

 ニコにもどうか届いて欲しい。そう思って湊が彼女の事を想いながら言葉を贈れば霊園に暖かな風が吹いた。

 

 “ありがとう、はーちゃん!”

 “大丈夫だ、湊。君の心は彼女にも届いた”

 

 その風に乗って湊の頭に還ったはずの二人の声が響いた。

 感傷に浸っていた事で都合の良い幻聴を聞いたのだと考えたが、湊は自分の内に新たな力が目覚めている事に気付く。

 二人との出会いが自分の中に何かを残し、その力がイメージによって肉付けされて行く。

 ゆっくりとそれはカードという形になりながら現われ、永劫のアルカナが刻まれると湊はカードを握り砕いてそれを呼んだ。

 

「こい。永劫“稲羽之素兎”」

 

 水色の力の欠片が渦巻いて徐々に小さなペルソナの姿を具現化してゆく。

 現われたのは、玲が善に贈った花の飾りがついた首輪と同じもの首に巻き、その手に金色の懐中時計を持った真っ白な兎。

 ピンと上に伸びた耳を含めれば大人の膝ほどまでの高さがあるので、普通の兎に比べれば大きいと言えるだろう。

 使えるスキルは回復系ばかりなので、玲が持っていたクロノスの力を湊の中で再現したような形だ。

 名前は日本神話のそれだが、見た目はどちらかというと不思議な国のアリスの白ウサギに近い。

 丁度アリスもいるので揃って運用する事もあるだろうと考えながら、湊は稲羽之素兎を自分の中に戻してからニコの墓石に笑いかける。

 

「君の生きた証が一つ増えたぞ」

 

 それだけ言うと湊は振り返ってその場を離れてゆく。

 お供え物は霊園の管理者が定期的に回収してくれるので、そのまま放置で構わない。

 あの世界から戻ってきてから力を手に入れるとは思っていなかったが、青年も自分でも気付かぬうちにあの世界での事を大切な思い出と認識していたらしい。

 今までは悲しい別れなどの際に新しい力に目覚める事が多かった事もあり、毎回こういう形ならば良いのにと思いつつ湊は町の方へと降りてゆく。

 次に目指すのはメティスとマリーの記憶にあった。未来の自分が暮らしている家を管理する不動産会社だ。

 

***

 

 不動産会社を探そうと考えたが、小さな稲羽市でも不動産屋は何個もあって、どこが目的の家を管理しているのかなど分かるはずもなかった。

 下手をすると隣の沖奈市の不動産屋が権利を持っている可能性もあるので、湊は先に家の方へ向かって、家の門扉に掛けられていた小さな看板で不動産屋を特定してから店に向かった。

 店に行った時には皇子が来たと驚かれもしたが、稲羽市の中でも大きな家の集まる地区にあるお屋敷を見せて欲しいと言えば、わざわざ店長がやってきて直々に案内してくれる事になった。

 そこは昔からこの地に住んでいるような人たちの中でも特に裕福な人が住む地区で、湊が目を付けた屋敷はその中でも群を抜いて立派な日本家屋だった。

 桔梗組の本部には遠く及ばないが、それでも綺麗で広い庭と旅館が開けそうなくらい立派で大きな屋敷がある。

 さらには前に住んでいた者が、次にこの屋敷に住む者へ譲ると言って中身が残った蔵もあった。

 蔵の中身は随分と古い物が多く、おかげで不動産屋が勝手に盗んだりもしていなかったようだが、湊はこの屋敷の建っている土地に違和感を覚えていた。

 

(ここはここら一帯の地脈の合流地点なのか。おかげで土地その物が元気だし、古い物が多いってのに蔵や周辺にはおかしなモノが寄ってくる気配もない)

 

 普通、蔵などに古い物を入れておくと、自分たちの時代のモノに惹かれて霊などが集まってくる。

 湊のように集まってきても殺せるなら問題ないが、そういった攻撃的な力を持っていないのであれば、力を持った術者に結界を張ってもらうのが普通の対処法だ。

 それをこの土地は地脈の流れで自然に行なっていて、力を持つ者ならば別の強力な術を使う事が出来るくらいだ。

 あの世界で出会った鳴上たちの世界が湊がいるこの世界の延長にあるかは分からない。

 だが、どうやって未来の湊がここの存在を知ったのか不思議に思いながら、湊はここならば隠れ家のように使うには丁度良いなと購入を決意する。

 

「……ここ、買います。とりあえず、頭金だけ払っておくので、後日残りも現金一括で買うので書類をまとめておいてください」

「え? あの、現金一括でございますか? そのぉ……ここはかなり高額になっていまして、しっかりと金額を出してからお決めになった方がよろしいかとぉ」

「大丈夫です。二億か三億か分かりませんが、それくらいなら現金ですぐ用意出来ます。とりあえず、頭金で一千万渡しておくので鍵だけ預かって良いですか?」

 

 相手から見えないようマフラーから一千万円を取り出し、それを相手にポンポンと手渡してゆく。

 本契約前の頭金ならこれで足りるだろうと思ったのだが、急に一千万もの現金を渡された不動産屋の社長はプルプルと震えながら現金を鞄に仕舞い。すぐに頭金を受け取ったという証明書を渡してきた。

 

「こちらが頭金の領収書になります。諸々の手続きで数日かかりますが、それらが終わればすぐにでもお引っ越しいただけます。手続き完了までに各ライフラインの契約を各所とお済ましになられる事をおすすめしますので、こちらそういったパンフレットとこの家の鍵と一緒にお渡ししておきますね」

「ええ、ありがとうございます」

「いえいえ。こちらこそ、本日はありがとうございました。これより店に戻りましてすぐに手続きの用意に入りますので、終わり次第また本契約日のご相談にお電話致します。家の中はこの後もご覧になられて構いません。では、失礼致します」

 

 現金一括でこの豪邸を買われるとは思っていなかったのか、社長は現金がすぐ手に入る事を喜びながら店に帰っていった。

 後に残った湊は過去の名切りたちの記憶で検索を掛け、こういった場所に張るための結界を色々と調べてゆく。

 ただの霊ではここに侵入することは出来ないので、結界を張るなら対人向けのものになるだろう。

 結界と聞いて一般人が想像するのは見えない壁のようだが、実際に本職が張るのは人の意識に働き掛けて近付くのを無意識に回避させるようなタイプが多い。

 未来の湊たちは色々と訳ありだったようなので、方法を検索し終えた湊は家の者が許可しない限り、この家の場所を正確に把握出来ない認識妨害系を掛けておく事にした。

 さらに続けて招いた者のみが入ってこれるようにする結界も重ねるように掛け、これでここは一種の霊界と化したようなものだった。

 後は未来で湊が記憶を失ったという事なので、現時点でマリーが迷いこんで来られるよう結界に許可を出しておく。

 これでもしもこの世界の未来に彼女と会う事があれば、記憶のない彼女が自分でこの屋敷の敷地内に入ってくる事が出来る。

 あの世界から去る前にマリーに貰った万年筆を見つめながら、どうか彼女との縁が切れませんようにと願えば、湊は東京へと戻るために万年筆と入れ替わりでマフラーからバイクを取り出すのだった。

 

 




原作設定の変更点

 原作では明かされていないニコの名字を天草に設定。

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