【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百二十五話 復讐の牙を研ぐ

影時間――タルタロス135F

 

 もうすぐ満月の日がやって来る。

 次の満月にやって来るアルカナシャドウは、無気力症患者の人数から二体と予測された。

 これまで現われたアルカナシャドウは九体。よって、次の満月に出てくるのは運命と剛毅のアルカナシャドウという事になるだろう。

 ここ一月の無気力症患者の分布から割り出された出現ポイントは、巌戸台分寮の最寄り駅でもある巌戸台駅前の辺り。

 移動に時間が掛からない分、確実を期して慎重に戦う事が出来そうなものだが、特別課外活動部のメンバーはそんな風に楽観視している者はいなかった。

 

「順平、コロマル、盾になって!」

「あいよ!」

「アオーン!」

 

 フロアボスである魔術師“眠るテーブル”が広範囲に炎を放つと、七歌が火炎耐性を持つメンバーに指示を出して味方の盾になるよう頼む。

 本来、コロマルは特別課外活動部のメンバーではないので七歌の指示を聞く必要はないのだが、湊捜索のために一時的に参加していたチドリたちが今も活動に参加しており、指揮系統が分かれると咄嗟の対応が遅れるからと七歌の指揮に従っていた。

 他のメンバーを守るため順平のヘルメスとコロマルのケルベロスが現われ炎を防ぐ盾となる。

 二体のペルソナに防がれた炎はそこから二つに分かれて広がり、ペルソナの背後にいた者たちには火の粉一つ届かない。

 盾となっているペルソナの持ち主も戦闘中のため真剣な表情だが、攻撃自体はまるで効いていないようで余裕が感じられる。

 そうして、二体のペルソナが盾になったまま数秒間耐えていれば、注ぎ込んだ魔力が切れたのかシャドウの放つ炎の勢いが弱まり最後には消えた。

 魔法を放ち終わったばかりで敵は次の行動に移るまで時間が掛かる。

 ならばここで一気に攻めるべきだと判断して、七歌は味方へと即座に指示を飛ばした。

 

「行って天田君! アイギスは天田君が敵に辿り着くまで牽制して!」

「了解であります!」

 

 十文字槍を手に持った天田が、ヘルメスとケルベロスの横をすり抜けるように飛び出す。

 子どもながら中々の俊敏さを見せる彼ならば、槍のリーチと合わせて敵が動き出す前に攻撃を繰り出すことが可能と七歌は判断した。

 さらにアイギスが弧を描くように走りながら銃弾の雨を敵に向けて浴びせ、天田の接近に気付いている敵が対処出来ないよう妨害を入れる。

 銃弾が鬱陶しいのか敵は後退を始めるも、その時には天田が敵の目前まで迫っていた。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 吠えた天田は助走の勢いと共に飛び込み、全体重を掛けた必殺の突きを放つ。

 空気を切り裂く音をさせながら敵へと迫る穂先は、真っ直ぐ吸い込まれるように敵の仮面を穿つ。

 直後、ピシリ、と硬い何かが割れる音がすれば、槍の先端が突き刺さったシャドウの仮面に亀裂が走り黒い靄を噴き出しながら割れた。

 仮面はシャドウの中でも強度の高い部位だが、その分ダメージを負えば致命傷に至る弱点の一つだ。

 その仮面に回復不可能なダメージを負った以上、フロアボスだろうと長くは持たない。

 割れた仮面から血のように靄を溢れさせたシャドウは、そのまま数歩後退すると最後には弾けるように消滅した。

 

「……フロアボスの討伐確認。風花、一応周囲の敵を探って」

《はい。周辺に敵の反応はありません。やっぱり、フロアボスのいる階層はフロアボスしかいないみたいです。戦闘おつかれさまでした》

 

 フロアボスだけあって中々のタフさを見せた敵だったが、一体しかいなかったこともあって攻撃パターンを読めば対処自体は可能だった。

 相手の持つスキルを把握し、自分たちが遠距離と近距離にいる時の動きをそれぞれ把握すれば、後は詰め将棋のように着実に対処して攻めるだけで勝てた。

 戦闘が終わってからの皆の様子を見て、消耗が激しい者や怪我をしている者がいないことを確認すると、七歌はここで少し休憩しようと全員に伝える。

 

「とりあえず息が整うまで休憩しようか。休憩が終わったら次の階の様子を見てから今日の探索終了って事で」

『了解』

 

 風花から敵がいないと言われたことで、先ほどまで戦闘していたメンバーらはその場に腰を下ろして短い休憩を取る。

 満月戦に向けての最終調整としてタルタロスへやって来たが、今日はフロアボスを倒すなど十分戦ったと言える。

 本日の影時間の残り時間も気になる頃なので、休憩が終われば次の階を少し見て帰る予定だ。

 おおよそ一定の間隔で存在するフロアボスのいる階を攻略したときには、決まってそのパターンでやって来たので、この後に激しい戦闘がないと分かっているゆかりや順平は呼吸を整えつつも席ほどの戦闘を話題に雑談を交わす。

 

「にしても、天田君の最後の突きすごかったね。シャドウの仮面が完全に割れてたし」

「んだな。電光石火! って感じでメッチャ速かったな」

 

 七歌の指示を聞いて飛び出してから、一気に敵へと駆けて放った一撃の鋭さにはゆかりや順平も驚いた。

 小学生の小さな身体でよくシャドウの仮面を割るほどの威力が出せたものだと、これまで共に戦ってきた時には見せていなかった彼の新技を二人は褒める。

 一方、自分より戦闘経験が豊富な先輩らに褒められて天田も照れたのか、そこまで褒められるほどのものではないと否定しつつ新技について説明する。

 

「やっぱり体格的なハンデがあるんで、僕が順平さんたちみたいな威力を出そうとすると、ある程度の距離から助走の勢いのまま突きを放つしかないんですよ」

「なるほど、威力をカバーしようとする分パターンがないわけか。穿てば勝利を引き寄せ、耐えられれば窮地に陥る諸刃の剣だな」

 

 自身の欠点をしっかりと認識している天田が威力のある技の引き出しがないと話せば、確かに方法は非常に限られていると真田が同意した。

 天田の持つ槍はそれなりの業物だが、特殊な力が宿っていたり最新技術で作られたギミックが搭載されている訳ではない。

 元々、武器として槍を選んだのも体格差のハンデを認め、長物のリーチと遠心力から放たれる威力でカバーしようと思っての事だった。

 その目論見は成功し、これまでの戦闘で槍にも慣れてきたのだが、天田自身は自分の欠点として決定打となる威力のなさを常々感じていた。

 体格で劣るからと槍を選んだものの、あくまでそれは普通に武器を振るう範囲の威力で他のメンバーに近付いたに過ぎない。

 七歌や順平に真田といった近接戦闘をこなすメンバーたちは、普通に攻撃する時は余力を残しており、ここぞという時には全力の一撃を放ってシャドウを屠っているのだ。

 少年はもっと威力を出すために長い槍を探そうかと考えた事もあったが、今以上に長くなると取り回しに不便で通常戦闘がこなせなくなる。

 そんな風に、武器選びでこれ以上どうしようもないなら、後は自分が動いて威力を上乗せするしかなかった。

 結果的にその新たな試みは成功し、高校生らの全力の一撃には届かないがそれなりに威力の差は縮まった。

 

「んじゃ、そろそろ行こうか。次の階を軽く見学して帰ろう!」

 

 指揮官である七歌の号令に従って他のメンバーたちも腰を上げて動き出す。

 天田もそれに続いて歩き始めるが、満月の日を前に練習してきた技が完成した事で、誰にも見えない角度で小さくその口元を歪めるのだった。

 

 

10月2日(金)

放課後――ポートアイランド駅・路地裏

 

 ポートアイランドの裏手にある古い建物が並ぶ地域、そこがかつて少年が母と共に暮らしていた場所だった。

 古い建物が多い事から分かるようにそのエリアは経済的にあまり裕福でない者が多く住んでおり、さらには不良たちの溜まり場にほど近い事もあって、今現在も同じ街で暮らしていながら天田はあまり近付くことはなかった。

 だが、今日の彼は学校帰りに花屋によって仏花を買うと、そのまま自分の母が死んだ場所まで行って花を手向けた。

 これまでほとんど近付こうとして来なかったというのに、一体どういった心境の変化があったのか。

 手向けた花に向かって目を閉じて手を合わせる少年は、心の中で死んだ母へと語りかける。

 

(母さん、やっと本当の犯人を見つけたよ。母さんを殺しておきながら、自分の罪から逃げ出した卑怯者をようやく見つけたんだ)

 

 彼の心の中に映っているのは同じ寮で暮らすコートにニット帽姿の少年だ。

 天田が特別課外活動部の仲間になってすぐに彼も合流し、共に戦う中で何度も助けられた心強い存在。

 体格的に劣り、戦闘経験も浅いことで、天田が荒垣を助けるという事はほとんど無かった。

 逆に天田が不利な状況に陥れば、ややぶっきらぼうながらすぐに助けに入ってしっかりしろと叱咤してくれた。

 特別課外活動部が活動し始めた当初、美鶴と真田と一緒に三人だけで活動していた事もあって、相手の動きに対応しやすい位置取りが上手く。エースアタッカーを自称する順平のような目立った活躍はないが、仲間のフォローに入れるよう準備しながら敵に対処する姿に確かな実力を感じた。

 強さに憧れやすい少年としては、中等部の頃から公式戦無敗の高校ボクシングチャンプの真田も尊敬しているが、荒垣のように淡々と戦闘をこなすようなタイプにもプロ意識を感じて憧れていた。

 天田が荒垣に憧れていたのは戦闘においてだけではない。

 彼は天田がコンビニ弁当ばかり食べていることを気にして、よく自分の分を作るついでだからと手料理を振る舞ってくれた。

 ピーマン嫌いという子どもらしい好き嫌いをしている天田に、彼はピーマンを細かく丁寧に刻んだオムライスを作って、まずは慣れるところから始めてみろとアドバイスをくれる事もあった。

 荒垣は料理の本を読んで自分で作るくらいには料理を趣味としており、その実力とレパートリーは素人のレベルを超えている。

 そんな彼が天田の事を考えてわざわざ作ったのだ。ピーマン入りだと分かっていても美味しければ問題ない。今では天田の大好物になっており、図々しいと思いながらも何度か頼んで作って貰った事もあった。

 日常でも、非日常でも、とても頼りになる優しい人だと、兄がいればこんな感じだろうかと思うくらいに天田は彼を慕っていたのだ。

 

(だけど、それは全部嘘だったんだ。あの人のあれは、母さんを殺した罪悪感から罪滅ぼしでやっていただけだった!)

 

 母を殺したシャドウを倒す事を目標に、それが見つからなくとも同じような被害者が出ないよう影時間を終わらせるために戦って来た。

 しかし、本当の敵は仲間だと思っていた味方の中に存在した。

 あのタイミングでストレガが情報をバラしたのは、特別課外活動部という影時間を終わらせようとしている者たち、つまり影時間の存続を願うストレガたちにとって邪魔な組織が内部から壊れていく事を狙ってだろう。

 実際、あの日から荒垣はあまり天田に近付かないようになった。

 混乱していた天田に気を遣っていたのだろうが、天田からすれば自分の犯した罪から逃れようとしているように映る。

 ロゼッタが教えてくれた情報は印象操作を仕組んだものだったが、荒垣が戦いと組織から離れ、さらに罪を犯した自分の力を手放そうとしたのは事実だ。

 これ以上誰も傷つけないよう、暴走の恐れがある力など捨てるべきだと考えた彼の行動は、被害者からすれば力を捨てれば罪も消えると思っているように見える。

 事実など関係ない。母の命を奪った者への復讐を誓う天田にとってはそれが真実なのだから。

 

(安心して、母さん。絶対にあいつを逃がしたりはしないよ。母さんの命日に、ここであいつに自分の罪と向き合わせる。そして、報いを受けさせてやるっ)

 

 天田の中で黒くドロドロとした感情が激しく渦巻く。

 母親を殺した犯人に対する憎しみだけではない。仲間だと信じていた相手に裏切られた怒りもそこには混じっていた。

 母の仇討ちを誓っている少年は黒い感情に振り回され、自分の心すら分からなくなってしまっているが、母の命日である次の満月に荒垣をここへ呼び出す事だけは決定している。

 その時、どうするかを具体的には考えられていないものの、もう少しだけ待っていて欲しいと母に伝えて天田が立ち上がり、元来た道の方へと振り返ればそこには金色の瞳の青年が立っていた。

 

「な、なんであなたがここにいるんですか……」

「ただ通り道がこっちだっただけだ」

 

 荒垣への復讐を心に誓っていただけあって、その場を知り合いに見られた天田ははっきり分かるほど動揺している。

 相手が文字通りに神出鬼没で、最近ではチドリやアイギスですら会えない青年だったことも関係ありそうだが、ポケットに手を入れたまま静かに立っている湊の視線が天田の背後に置かれた仏花に向いている事で、天田は慌てて身体で隠しながら誤魔化しに走る。

 

「っ、これはその、別になんでも」

「……命日が近いから母親に供えただけだろ。別に隠す必要もないと思うが」

「なんで、その事を知ってるんですか?」

「……一応、ニュースになって新聞にも載ってただろ。まぁ、そっちはともかく真相についても知ってるからな。カストールが暴れて、お前の母親が瓦礫に潰されるのは視えていた」

 

 湊なら知っていてもおかしくないと思いつつも、天田は彼の最後の言葉を脳が認識した瞬間、カッと頭に血が昇って鋭い視線で相手を睨み吠えた。

 

「お前もあの時その場にいたのかっ!!」

「いいや。俺はラビリスと一緒にタルタロスでシャドウを狩ってた。事故については不自然なペルソナの反応を感知して赫夜比売の探知能力で視ただけだ」

 

 母親を殺したのは荒垣だが、その罪を隠そうとした共犯者がいても不思議ではない。

 また共犯者とは言えなくても見殺しにしたのであれば同罪だ。

 そう思って相手を睨んでいた天田だったが、彼が鋭い感覚を持った探知能力者だったと思い出し、風花も街中のシャドウを感知出来ているため、湊なら遠く離れた場所のペルソナの反応に気付いてもおかしくないかと納得した。

 ただ、そういう事であれば湊はあの事故を見ていた貴重な第三者だ。

 経済的な理由で情報屋から詳しい事情を聞けなかった少年は、裏の仕事を辞めた彼なら教えてくれるかもと淡い希望を持って尋ねた。

 

「あなたは事故で何があったか知ってるんですよね。あの日、どうして事故が起きたのかも。教えてくれませんか?」

「……情報屋じゃなければ金を取らないと思っているのか?」

 

 考えを読まれたと思った天田は小さく肩を震わすが、そこで言葉を撤回するくらいなら復讐など考えたりしない。

 ここで真相を聞けなくても、いつかは調べて真相に辿り着いてみせる。

 そんな決意を少年の瞳から読み取った湊は、小さく嘆息してからあの日の出来事と荒垣らの事情を併せて話し始めた。

 

「……別に何か特別な事があった訳じゃない。元々、カストールの性能に対して荒垣先輩は適性が不足していたんだ。ペルソナは人の心の一側面を切り取って象徴化させた存在。見た目も能力も千差万別だが、人が完璧に感情をコントロール出来ないように、自分から生まれ出たものであっても完璧に制御出来るとは限らない」

 

 ペルソナは心の一部が形を持って抜け出たものであって自分の分身ではない。

 感情のコントロールは難しいように。同じ心から生まれたペルソナもコントロール出来るとは限らない。

 

「真田先輩と荒垣先輩はほぼ同時に力に目覚め、その適性値もほぼ差がなかった。だが、ポリデュークスとカストールではポテンシャルが違い。カストールの制御には当時で言えば二倍近い適性値が必要だった」

 

 そして、近い能力を持ったペルソナ使いが二人いたとしても、お互いのペルソナまで近い能力やポテンシャルを持っているとは限らない。

 事実、カストールは他の特別課外活動部のペルソナを含めてトップのポテンシャルを秘めていた。

 カストールにポテンシャルで勝てるペルソナなど、湊のペルソナを除けばコロマルのケルベロスやタカヤのヒュプノスにスミレのテュポーンくらいだろう。

 ポテンシャルが高いという事はしっかりと鍛えればその分強くなるという事だが、強い力はそれだけ召喚者にも能力を求めてくる。

 もう少し後に力が目覚めていたり、ペルソナを使わず自分の鍛錬を続けて適性が追いつけば違った結果もあったかもしれないが、美鶴と真田と三人しかいない状況では荒垣も自分が離脱する事は出来ないと思っていた。

 

「適性が不足しているといっても、エルゴ研の被験体のように無理矢理に目覚めさせられた訳じゃない。使わなければ暴走の恐れはなかったが、あの人は制御剤……まぁ、適性が不足していてもペルソナを制御出来る代わりに寿命を削る劇薬だな。それの服用を義務化されること恐れて他のメンバーに隠していたんだ」

 

 桐条グループは戦力を求めていて、その時は三人しかいなかった。

 そこで一人抜ければまとも活動出来なくなるので、桐条グループが制御剤を使って活動するよう荒垣に告げる可能性はあった。

 高校一年生でしかなかった荒垣にすれば、他人のために己の寿命を犠牲にするよう言われるなど恐怖でしかない。

 そんな最悪の未来を回避するため、荒垣が自分の不調を隠していたのも心情としては理解出来る。

 だが、そうやって問題を先送りにし続けた事であの事件は起きたのだ。

 

「結果、戦いを続けてさらに力を増すカストールをコントロール出来なくなり、運悪く暴走したタイミングに影時間の適性を持っていた女性が乱入して事故に巻き込まれたんだ。他の二人は苦しむ荒垣先輩と暴れるカストールを見て咄嗟に動けなかった。まぁ、目の前で交通事故が起きて冷静に対処出来る人間ばかりじゃないのと同じだな」

「なんですかそれ。その言い方だと、まるで母さんがただ運がなかったから死んだみたいじゃないですかっ」

「それもある意味事実だろ。イレギュラーシャドウ退治に出動して、そこで限界を迎えて暴走して、そこに貴重な適性持ちが来てしまっただけだからな」

 

 湊は別に荒垣を擁護するつもりはないが、異常事態において天田の母親が軽率な行動を取ったのは事実だと思っているし、彼女の存在はかなりのイレギュラーで風花やチドリ級の感知能力がないと気付くのは難しい。

 仲間の突然の暴走に頭が真っ白になった他二人は勿論、ペルソナが暴走している荒垣にだって乱入者を気に掛ける余裕などなかった。

 しかし、そんな話を聞いても今の天田は欠片も理解を示さないだろう。彼にとっては殺した者が悪で、母親はただ巻き込まれた被害者なのだから。

 

「だが、お前にとって重要なのはそこじゃないだろ。母親を殺したのに裁かれていない男がいて、お前はそいつを裁くだけの力を持っている。二年前と違って今のお前は無力じゃない。まぁ、どうするか選ぶのはお前だが、自分の行動には責任を持てよ。あの人も天涯孤独って訳じゃない。あの人を慕っていた人間に恨まれる覚悟や憎まれる覚悟はしとけ」

 

 それだけ話すと湊は予定があるからとその場を立ち去った。

 あの日の出来事を聞いた少年は、荒垣側の事情に一定の理解は示したが、やはり胸の内に宿るドロドロとした黒い感情を消す事は出来ず復讐のためにその瞳を曇らせる。

 自分は母親を奪われた被害者でしかない。犯人を殺すのは当然の権利。故にそこに負うべき責などないと。

 

 


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