【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百三十話 さようなら

――巌戸台駅前広場

 

 アイギスとラビリスが狙われている事は分かっていた。

 相手もその様に言っていたし、最初にここへ現われた時もハッキリとアイギスを狙っていたので、青年がわざわざアルカナシャドウとの戦闘を中断して守りに入ったくらいなのだ。

 それだけの情報があれば、七歌たちと戦いながらも余裕があった敵が、アルカナシャドウの相手をしているアイギスたちを途中で攻撃すると予想する事は簡単に出来た。

 獣型のアルカナシャドウを倒し、光の柱と見紛うばかりの斬撃が振り下ろされる軌道へと割り込み、アイギスたちが戦っていたアルカナシャドウをクッション代わりに蛇神の顎で咥えたまま斬撃を受けた。

 確かに相手の攻撃は並みのペルソナを遙かに凌駕し、タナトスやアザゼルなど最上級の力を持つペルソナでなければ相殺も難しい威力だった。

 もっとも、湊に宿る蛇神はペルソナに分類されてはいるが、二千年以上の時を経て集められた名切りの負の感情の集合体である。

 地球に存在する全ての生命に自身の欠片を与えたニュクスには及ばないものの、それに満たぬ神格しか持たない神が相手ならば上回るだけの力を持つ破壊の化身。

 不完全な顕現と言えどもペルソナの域を出ない存在の攻撃など通すはずもなく、湊の狙い通りに蛇神の顎は敵の攻撃を完全に防いでアイギスらを守りきった。

 それが表の世界で生きるため“長谷川沙織”という偽りの名を持った玖美奈の思惑通りだとも知らずに。

 

「おいっ、おいっ! 目ぇ、開けろって! ダメだっ、死ぬなっ!!」

「チドリちゃん、死なないで!」

 

 胸に風穴を開けて地面に倒れた少女の周りで、自分が血に汚れることも構わず順平と風花が必死に声を掛ける。

 それは本当に突然の出来事だった。玖美奈の召喚したフレイが“勝利の剣”という光の柱をアイギスに向けて振り下ろした際、他の者たちと同じように順平、風花、チドリの三人も攻撃の余波で倒れて地面を転がった。

 身体は痛むし、服も汚れてしまい、仲間が狙われた事も併せて気分としては最悪だった。

 だが、地面を転がった割に大きな怪我はなかったので、少し離れた場所へと振り下ろされた光の柱とそれを防ぐ蛇神の骨を見ながら三人は立ち上がった。

 そして立ち上がった次の瞬間、チドリが胸から背中側に向けて風穴を開けて倒れた。

 攻撃を受けた本人も一瞬の事で何が起こったか分からなかっただろう。

 地面へと仰向けに倒れゆく最中に少女の瞳から光が消え、倒れた彼女の周りには黄昏の羽根が入った心臓や肺だった肉片と崩れた骨が血溜まりと共に散らばっている。

 

「ふふふ、うふふふふ、あははははははははははっ!!」

 

 その状況を作り出そうとアイギスへと攻撃を仕掛けた玖美奈は、あまりにも作戦が上手く行きすぎて敵の前だというのに大きな笑い声を上げた。

 同じ学校に通っていた者が死んだというのに、悪戯の成功を喜ぶ子どものような顔で笑う彼女の瞳にはどこか狂気の色が混じっている。

 チドリの死を喜んでいる彼女が立てた作戦は実にシンプルなものだった。

 玖美奈は自分たちが湊に勝てると考えていたが、その強さ自体は玖美奈たちも認めており、勝てるレベルだとしても面倒な相手ではあった。

 しかし、いくら相手が強かろうが明確な弱点があるなら、そこさえ狙えば大した苦労もなく無力化出来る。

 湊ならば敵がアイギスを狙えば確実に守りに入るだろう。そう予測した玖美奈がアイギスを狙い。実際に湊が守りに向かうのとほぼ同時に、銃声が届かないほどの遠距離に隠れた理がチドリを狙撃した。

 理が使用したのは風さえ読み切れば二キロ以上の距離からでも届き、さらに対象を貫通するのではなく破壊する事が可能なアンチマテリアルライフルだった。

 結果、チドリの胸に着弾すると同時に、胸部を骨や臓器ごと吹き飛ばして相手を即死させた。

 湊のペルソナが使う回復スキルならば、致命傷と思われる傷があろうが腕が千切れるような重傷であっても、回復対象がペルソナ使い限定で傷を塞いで対処する事が出来る。

 けれど、いくら湊であっても死んだ者を生き返らせる事は出来ない。どれだけ手を尽くそうと死体は回復スキルを受け付けないのだ。

 

「――――チドリぃぃぃぃぃっ!!」

 

 順平たちの必死な声と玖美奈の嘲笑から事態を理解した湊の叫び声が響く。

 彼はすぐに蛇神の顎を消し、背中から黒い炎の翼を出してチドリの許へ真っ直ぐ飛んで向おうとする。

 その瞳は倒れたチドリしか見ておらず、不安と焦燥に染まった表情のまま周囲の動きも気にせず飛んだ。

 

「――――はい、だぁめ」

 

 大切な少女が倒れれば流石の彼でも一切の余裕をなくす。

 むしろ、エルゴ研時代の様子からすれば他の何も目につかなくなる可能性もあった。

 だからこそ、玖美奈はその瞬間を狙ってフレイを進路上に呼び出し、隙だらけな青年に斬りかかる。

 勝利の剣のような溜めの動作を必要としない神速の斬撃。

 防ぐために受けようとすれば、武器や防具ごと敵を切り伏せる必殺の一撃だ。

 金色の軌跡を空中に残しながら青年の頭部を切りつけようとしたその斬撃は、

 

「どけぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 彼を切りつける直前になって、邪魔をするなと憤怒の形相に変わった青年の黒い炎を纏った左腕の裏拳で砕かれた。

 フレイの剣を砕いた左腕はそのまま巨大化して異形に成り果て、邪魔なフレイだけでなく召喚者の玖美奈を巻き込み横薙ぎに振り抜かれた。

 平時ですら対処困難なタイミング、それを冷静さを欠いた状態で不意打ちに襲われたのだ。

 そんな状態で対応出来ると思っていなかったため、予測不可能な反撃で完全にガードが間に合わなかった玖美奈の殴られた脇腹から鈍い音が鳴り、一〇メートル以上吹き飛んでその先にあった乗用車に衝突した。

 通り道にあったから邪魔だと排除した青年は、自分が殴り飛ばした敵のその後など気にせず、チドリの許に辿り着くと風花と順平を押し退けてチドリの容態を診察する。

 もっとも、彼女の容態は調べるまでもなく即死だ。

 心臓や肺など胸部にあった主要な臓器が全て体外に出ており、直径にして二〇センチほどの大きな穴がぽっかりとあいて地面が見えている。

 驚愕のまま固まった瞳からも光は消えており、湊や風花はアナライズが出来るからこそチドリの生命活動が停止していると分かってしまう。

 

「カグヤ! 今すぐに最上級の回復スキルをかけろ!」

 

 だが、分かっているからと言って簡単に納得出来るものでもない。

 湊は赫夜を呼び出すと今すぐにチドリの傷を塞ぐんだと命令した。

 その顔には一切の余裕がなく、今もどうにか散らばった臓器を体内に戻して処置出来ないかと頭を働かせているらしい。

 しかし、普段はブレーンとして動く彼が冷静でないからこそ、呼び出された赫夜は憂いを帯びた表情で青年の肩に手を置いて事実を伝えた。

 

《無駄です、八雲。チドリは既に死んでいます。術を使おうとその胸の穴を塞ぐことも出来ません》

「嘘を吐くなっ! いいからやれ、今すぐにだっ!!」

 

 チドリの胸に開いた穴からは今も血が流れ出ている。

 循環すべきものがその要となる臓器を失った事で、ただただ無駄に地面を赤く染めていた。

 けれど、そのような状態であっても湊はチドリの死を認める事が出来ないため、散らばっていた肉片を蛇神の影で作った腕でかき集めて傍へと持ってくる。

 どうやってもその肉片がチドリの身体に戻ることはない。

 大きな穴が身体に開いているのだ。医者として診なくとも素人だって分かる事だ。

 湊がその事実を受け入れようがいまいがチドリの結末に変化は訪れない。

 ならば、これ以上ここで時間を無駄にしても意味はないと赫夜が青年を諭す。

 

《現実を見なさい。心臓が止まっているだけならば救いようもあったでしょう。ですが、生命活動が停止したその損傷の激しい肉体ではどうすることも出来ないのです》

 

 ペルソナ使いならば大概の怪我は回復スキルで治療することが出来る。

 しかし、その怪我にも限度はあり、肉体の欠損までは直すことが出来ないし、死んだ状態から蘇生することなど出来る訳もない。

 

「チドリはまだ死んでいない。こんな所で終わって良いはずがない。まだ彼女の寿命は残っているんだぞっ」

《全ての生命が天寿を全う出来る訳ではありません。いいえ。むしろ、これが彼女の運命だったという事でしょう》

 

 冷静でいられるような状態ではないからこそ、赫夜の言葉は湊を酷く苛つかせてくる。

 頭ではそんな事は分かっていても、感情がそれを認める事が出来ず湊はガシガシと頭を掻き毟って解決策を探す。

 先ほど押し退けられた風花と順平も、湊の初めて見せる姿には困惑しているようだが言葉を掛けては来ない。

 以前の真田がそうであったように、家族の死に直面して冷静でいられる方が難しい。

 むしろ、徐々に死に近付いていた美紀と異なり、チドリは本当に訳が分からない内に殺されてしまったのだ。

 心の準備も何も出来ていない状態で、“彼女は死にました。どうしようもありません”などと言われて納得しろという方が無理だろう。

 

「運命だから受け入れろと言うのかっ。全て決まった事だから、人の身では神には逆らえないからと。ふざけるなっ、己の無力を棚に上げて思考停止に陥った敗者の戯れ言になど付き合っていられるかっ」

 

 赫夜の言葉は正しい。どう見てもチドリは死んでいて処置のしようが無いのだ。

 対して、今の湊は少女の死を受け入れられずに取り乱しているだけ。そこには正しさも何もない。

 ただ、青年もただ喚いているだけはない。回復スキルで出来ないなら他の手段はないかと今も頭を働かせ続けている。

 

「まだだ。まだ方法はあるはずだ。コールドスリープさせて一度状態を止め、その間に新しい臓器を作って彼女に移植するか。いや、周辺の筋肉も失っているとなれば器の方から作り直す必要もあるか。彼女の体細胞から細胞核を取り出し、アイギスたちのように新しい肉体を作ってしまえば……いやダメだ。チドリの魂はこの肉体にある。それを黄昏の羽根に移し替える方法が分からない以上、新しい肉体を作っても魂の移植が出来ない。となればこの肉体の損傷を現時点で出来る限り修復して不足した部分を」

 

 医者として活動し、科学者としてアイギスたちの肉体を作っていたからこそ、彼の頭の中では他の企業では実現不可能な救済方法を次々と思い付いて可否を探ってゆく。

 部分的に可能なものもあれば、まるで役に立たないものもあるが、ほんの一筋の光明でもあれば湊はどんな手を使っても少女を助けるつもりだった。

 もっとも、他では不可能な救済方法も思い付くからこそ、考えれば考えるほどチドリを救う方法がないことが現実として突きつけられていた。

 

「何か一つ。どんな困難でも何とかする。たった一つで良いんだ。何か、何かないのかっ」

 

 一切の余裕をなくしてそう呟く青年の姿に風花が静かに涙を流し俯く。

 湊に救えなければ他の者に救えるはずもない。本人も恐らくそれが分かっているからこそ、赫夜に回復スキルを使えと命令した以外に誰にも助けを求めないのだろう。

 血を失って肌の色が悪くなっていく身体と集めたチドリの臓器だったものを見つめながら、必死に考え続けていた湊はふとチドリの心臓が淡く光っている事に気付く。

 

「……これは、ペタル・デュ・クール…………」

 

 チドリの心臓が光っていたのは、その中に三枚の黄昏の羽根が結合した“ペタル・デュ・クール”が入っていたからだった。

 湊と違って彼女の羽根は内蔵しただけで肉体とパスが繋がった訳ではない。

 物質化したまま心臓に納めても血流の邪魔だけはしないので、彼女の適性を高めて助けてくれていたのだが、その器となっていた心臓が体外に出てしまえば羽根も一緒に外に出るしかなかったようだ。

 どこか生気を失った瞳でぼんやりとそれを見つめていた湊は、左手で自分の目元を押さえてしばし沈黙する。

 傍にいた順平や風花からは、その姿が損傷した心臓を見たことで現実を受け止めたように映った。

 無理もない。胸に大穴を開けて倒れる少女の傍に、段々と温度を失ってゆく心臓があるのだ。

 単純なグロテスクさよりも通常ではあり得ない光景が嫌でもこれが現実だと教えてくる。

 いくら強くても湊にも出来ない事はある。沈黙する青年を見て順平たちもそれをはっきりと理解しようとした。

 だが、二人の頭がその事実を認識する前に、青年が目元を押さえていた手をどければ、そこには先ほどとは打って変わって優しい笑顔が浮かんでいた。

 

「……さようならだ。チドリ」

 

 あっさりと告げられた少女への別れの言葉。

 少女の蘇生を諦めようとしなかった青年の言葉とは思えず、順平たちが言葉を認識するしばらくの時間を要した。

 けれど、次の瞬間さらなる驚愕の光景を目にする。

 なんと少女へ別れを告げたその口で、青年は手に持っていた少女の心臓を食べたのだ。

 中にあった黄昏の羽根ごと血の滴る心臓を口に入れ、ほとんど噛まずに飲み込んで体内に入れた。

 まさか、これでずっと一緒などと言うのではないだろうなと、傍にいた赫夜も湊の事を驚きの目で見ている。

 しかし、その想像は簡単に裏切られ、湊は自分の胸に手を当てて静かに呟いた。

 

「――――E.X.O.起動」

 

 瞬間、湊の全身を蒼い光が包む。これまで発動してきたE.X.O.とは比較にならないほど眩い光に包まれ、風花と順平は目を開けていられなくなる。

 対して、ジッと湊を見つめていた赫夜だけは、その光の強さの意味と彼のしようとしている事を理解していた。

 

《八雲、貴方はチドリの羽根の力も使って……》

「チドリ、今こそ契約を果たそう。最期まで君を守り続けてみせる」

 

 物質と情報という二つの特性を持った黄昏の羽根には力を増幅させる効果がある。

 湊のエールクロイツでも最大級とされるアイギスのパピヨンハートに次ぐだけの力があり、三枚の羽根が結合したペタル・デュ・クールは単体で見れば最上級の増幅器と言えた。

 けれど、そのどちらでも湊の果たそうとする目的に力が足りなかった。

 だから、湊はチドリの心臓ごと黄昏の羽根を取り込んだ。ただ取り込んだのでは馴染むのに時間が掛かるため、E.X.O.で無理矢理に同期させるという裏技を使って。

 二枚と三枚、合わせて五枚の羽根が共鳴して湊の力を増幅させてゆく。

 その増幅した力を使ってチドリを助けると誓った青年は、己の胸を腕で貫き脈動する心臓を取り出す。

 取り出した心臓をそのままチドリの胸に開いた穴に移動させ、瞬間、湊の全身から蛍火色の光が噴き出しチドリへと注がれる。

 傍にいた順平たちはその勢いで吹き飛ばされるが、近くまで来ていた仲間に支えられ、湊とチドリを包むように立ち上る蛍火色の光の柱を見つめた。

 先ほどまでは回復スキルを使おうとしていなかった赫夜も、今はチドリの傍らにしゃがんで力を使っている。

 二人が何をしているのか分からなかったゆかりは、誰かどういう状況か分かるか尋ねた。

 

「ねぇ、あれってどうなってるの? 風花、アナライズで分からない?」

「ちょっと待って…………っ、そんな、まさか!?」

 

 言われて能力で探ってみた風花は湊の行動の意味を理解して言葉を失う。

 どういう状況か説明が欲しい美鶴が、急かすようで悪いがと風花に湊の行動の意味を問う。

 

「山岸、説明してくれ」

「あ、あの光は、有里君の生命力です! リミッターを無理矢理に壊して、チドリちゃんに命を分け与えようとしていますっ」

 

 説明する風花の声は震えている。高い解析能力を持っている彼女だからこそ、今の湊がどんなことをしているのか理解出来て驚いているのだろう。

 だが、どんな無茶な方法だろうとチドリを蘇生出来る可能性があるならそれに賭けるしかない。

 自分たちの活動に付き合わせていた自覚がある分、彼女が殺されたと聞いて麻痺していた頭でも責任を感じていた美鶴が暖かな色の光を見つめていれば、どうかチドリを助けてくれと青年に祈っていた者たちへ風花が言葉を続けた。

 

「でも、仮に助けられたとしても、出力を上げるためにリミッターを壊した以上あの光はもう止められないはずなんです」

「……止められなかったらどうなる?」

「生命力は命その物です。全て失えば当然死にます。恐らく、そうなれば有里君自身の蘇生も機能しないはず。有里君は、チドリちゃんを助ける代償として自分は死ぬつもりですっ」

 

 ビルよりも高く立ち上る光、それが湊自身の命だと聞いて他の者たちは目を見開いた。

 そして、死んだ人間を生き返らせるために、自分の命を全て与えようとしていると聞いて、アイギスがすぐにやめさせようと動き出した時、目の前に茨木童子が現われて彼女の行く手を阻む。

 

《邪魔はさせんぞ》

「どいてくださいっ、このままでは八雲さんが!」

《貴様に八雲の命の使い方に口を出す権利はない! チドリを失えばどのみち彼奴は命を絶つ。救って死ぬか、絶望のまま死ぬかしか選択肢はないっ》

 

 アイギスたちを行かせまいとする茨木童子だが、彼女からいつもの余裕を感じなかった。

 邪魔はさせないと言いながら、どこか無理をしているように見えたのだ。

 それを見た者たちは恐らく茨木童子も湊の行動に賛成していないのだと察する。けれど、彼女の言った通りチドリを失えば湊も命を絶つ可能性が高い。

 ならば、最期にせめてチドリを救わせてやりたい。そうして自分の気持ちを押し殺して湊に協力しているのだろう。

 相手の覚悟の籠もった瞳にアイギスたちが動けなくなっていれば、少し離れた場所に鈴鹿御前やジャックたちが現われた。

 

《無粋な者の何と多い事か。八雲がようやく見つけた命の使い道だ。邪魔はさせぬ》

 

 彼女たちの視線の先には、口から血を吐きながら大剣を地面について睨んでいる玖美奈がいた。

 よくあの一撃を喰らって無事だったと思うところだが、彼女はチドリの蘇生を妨害しようとしているらしく、湊を睨んだまま女性型ペルソナの“ノート”を召喚した。

 敵が動いたところで鈴鹿御前たちも相手を排除しようと動き出す。

 相手には攻撃を反射するスキルがあったはずなので、湊のペルソナたちでも手こずるかもしれない。

 ただ、彼女たちが敵を押さえていれば湊はその間にチドリを助けるだろう。

 今もチドリの胸に己の心臓を当てて、青年はチドリに生命力を与えながら赫夜に回復スキルを掛けさせている。

 

「戻ってこい、チドリ! 約束しただろう。君を最期まで助けるって。俺にその約束を果たさせてくれ!」

 

 分け与えた生命力で無理矢理にチドリの生命活動を再開させようとする。

 無論、ただやったところで無駄に力を垂れ流すだけだが、湊の心臓は神としての権能を一度限り使える特別製だ。

 特級五爪守護龍憑き、その力に目覚めた者が得られる異能は“龍玉”と呼ばれる自分の心臓を使った反魂の術。

 その龍玉を生命力で無理矢理にチドリの身体とパスを結び、それを伝って赫夜がチドリの身体を“生きている”として回復させる。

 けれど、いくら強力な回復スキルだろうと失った臓器までは再生出来ない。

 だからこそ湊は回復スキルが掛かり始めたと同時に己の内に宿る者の封印を解いた。

 

「頼む、ファルロス! 今この一時、俺の力をチドリへと与えてくれ!」

 

 不完全な状態での封印の解除。一歩間違えればニュクスを降臨させかねない危険な行為だったが、湊の身体から赤い光と共に現われた死神は、湊の生命力の流れに乗ってチドリへと移ってゆく。

 本来ならばチドリにはデスを封印する器としての容量はない。ただ、今のデスには己の力を抑えるだけの自我があり、チドリはペタル・デュ・クール以上の力を持つ龍玉をその身に宿そうとしている。

 それだけの条件があれば正式に封印が解けるまでチドリを壊さずに宿っていられる。

 チドリの中に消えて行く際、死神がどこか寂しげな赤い瞳で青年を見ていたが、最後にはしっかりとチドリに封印されて湊の力を借りて蘇生能力をチドリに使う。

 龍玉の細胞から他の臓器を作り、高速で細胞分裂させることで失った臓器を再生させる。

 千切れていた部分とも自動で繋がり、まるでビデオの逆再生のようにチドリの身体が治っていった。

 その間も湊の命の光は徐々に勢いを失いつつチドリに流れているが、臓器や骨に筋肉と言ったものまで全てが再生され、むしろ、湊の細胞が素になった事もあり以前のものよりも強くなった。

 最後に皮膚が元通りになったのを確認し、湊はチドリの口内の血を吸い出すと息を吹き込んで呼吸を再開させる。

 血色も良くなり静かに呼吸を再開したチドリを見た湊は、脂汗を掻きながらも安心したように優しい笑顔を向けてマフラーから取り出した上着をチドリに着せた。

 それを確認したところで存在が維持出来なくなったのか赫夜の姿が薄れて消えて行く。

 アイギスを止めていた茨木童子もどこか悲しそうに湊を見て笑うと消えて行き。玖美奈の足止めをしていた鈴鹿御前たちも、消える直前にメギドラオンを放って相手にダメージを与えると笑って消えていった。

 

「八雲さんっ」

 

 最初はビルよりも高く立ち上っていた光が、今では他の者たちの身長ほどの高さになっている。

 勢いも大人しく、見ている者に“風前の灯火”といった印象を抱かせる。

 今も静かに俯いてチドリを見ている青年が今から死ぬなど想像もつかない。

 チドリが不意打ちで殺された時以上に実感が湧かず、湊とチドリを囲むように呆然と立っていれば、突然空から声が降ってきた。

 

「姉さんっ!!」

 

 青年とよく似たような声が突如聞こえた事で振り向けば、空から歌舞伎の獅子ようなものが降りてきて、その前にいた少年が倒れていた玖美奈を抱きかかえた。

 現われた相手がチドリを狙撃した犯人かと警戒すれば、顔を上げて睨んできた相手を見て全員が言葉を失う。

 玖美奈を抱き上げた少年は、髪の長さこそ短めに切り揃えられているが、何から何まで身長が伸びる前の湊にソックリだったのだ。

 もっとも、その瞳は今は憎悪に染まっており、すぐにペルソナと共に空へと飛び上がると距離を開けて声を張り上げた。

 

「有里湊! 僕の居場所を奪っただけでなく、よくも姉さんを傷つけたな!! その命で贖えっ!」

 

 少年の声に呼応するように獅子のペルソナの頭上に極光が渦巻き収束してゆく。

 これまで湊のペルソナや刈り取る者の戦いを見てきた者たちは、それが途轍もない威力を秘めたメギドラオンだとすぐに理解する。

 鈴鹿御前のようにコントロールして放つのならばともかく、怒りのまま放たれたスキルが街中に落ちればどれだけの被害が出るか分からない。

 敵の狙いは湊だろうが、当然、傍にいる者たちも無事では済まず、どうやって攻撃を防げば良いかと焦りを覚えた。

 すると、これまで俯いていた湊がどこか焦点の合わない瞳で声のした方を向くと、傍にいた順平の腕を強く掴んで立ち上がり呟いた。

 

「……チドリを頼む」

 

 恐らく今の湊は目が見えていない。けれど、自分の命が消えると分かっているからこそ、最後にこの場にいる者の誰かにチドリを頼みたかったのだろう。

 蛍火色の光も最早青年の身体を覆っている程度。敵に狙われている状況だという事も忘れ、その最期の瞬間に彼が何をしようとするのか見守っていれば、空から極光が降ってきた。

 距離があっても感じるほどの熱量、道路だけでなく周辺のビルも同時に飲み込むほどの大きさ、そんなものが降ってくれば人間など一瞬のうちに蒸発して消えるだろう。

 けれど、立ち上がった青年はその光の方へ向き直ると両手を極光にかざした。

 

「 ペ ル ソ ナ 」

 

 弱々しく震えながらも、どこか重さを感じる青年の声に呼ばれペルソナが現われる。

 白銀の鎧、光の翼、他の者たちが初めて見たその天使型のペルソナは、恐ろしいほど存在感を放っていた。

 

「俺が……守るっ」

 

 湊の言葉に反応して飛び上がった白銀の天使は街のビル群よりも高い高度で止まり、両手を極光に向けてかざすと湊の生命力と似た色の光を放出した。

 放出した光は円形の盾のように展開すると、正面から来た極光を受け止めた。

 

「ぐっ…………」

 

 本来、ペルソナのスキルに攻撃を受け止めるだけの盾のようなものはない。

 物理攻撃を反射、魔法攻撃を反射するといったものはあるが、万能属性はそういったものの影響を受けない特性を持っている。

 けれど、苦しそうにしながらも右手で左手を掴んだままかざす青年は、白銀の天使の盾を維持させて攻撃を受け止めていた。

 後ろにいる者たちのために、街をこれ以上焼かせないために、青年は守るために最後の力を使うことを選んだ。

 ペルソナは心の力。命を賭して守ろうとする想いは、守護するために生まれたペルソナに力を与え盾の強度が増す。

 徐々に押されていた白銀の天使は、盾の強度が増すとその場に留まり攻撃を完全に防ぐ。

 攻撃を防がれると思っていなかった少年は、光の向こうで忌々しげに白銀の天使を睨む。

 そうして、籠めた力を全て使っても盾を打ち破ることが出来なかった少年は、抱えた少女の治療もあってか消えて行く天使と倒れた湊を睨むと遠い空へと去って行った。

 それを見届けた者たちは助かったことに安堵の息を吐くが、すぐに倒れた青年の許に向ってアイギスが彼を抱き起こす。

 

「八雲さん、目を開けてください……」

 

 やり遂げた青年の表情は少しだけ笑っていた。

 呼吸がなく、脈拍も止まっている。抱き起こしているアイギスも、そこにあったはずの熱が、輝きが消えている事には気付いている。

 けれど、そんな事で大切な青年の死を素直に受け入れる事など出来ない。

 

「お願いします。目を開けてください、八雲さんっ!」

 

 また以前のように生き返るのではないか。そんな淡い希望を抱きながら、少女は涙を流しながら青年に声をかけ続けた。

 けれど、離れた場所で空から光が降るのを見ていた真田たちが駆けつけ、そのまま湊とチドリを病院へ運んでも、彼が蘇ることはついになかった。

 

 


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