【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百三十三話 知ること

10月8日(木)

午前――月光館学園

 

 湊が死んでから三日後。彼が通っていた月光館学園では講堂に生徒を集め、彼の告別式が行なわれることになった。

 本来ならば彼の死亡が確認された翌日にでも行なうべきなのだろう。

 だが、影時間が明けた十月五日に関係者が彼の死を確認した後、その日の影時間にストレガたちが病院に侵入し、彼の遺体を盗んでいった事で対応が遅れた。

 

《彼は弱い立場の人たちを助ける心優しい少年でした。それだけに今回の件は残念としか言いようがありません》

 

 壇上で校長が生徒たちに向かって話しているが、その言葉を真剣に聞いている者は少ない。

 会場中からすすり泣くような声が聞こえ、中には嗚咽を漏らして号泣している者までいる。

 俯いてそんな会場の声を聞いている特別課外活動部のメンバーたちだが、その中にアイギスの姿はなかった。

 あの日、あの戦いに参加した高等部の生徒ではチドリとアイギスだけがこの場にいない。

 ストレガが病院に侵入し、湊の遺体を盗み出していったと報告されたのは、影時間が明けてすぐの事だった。

 病院の医師から桐条へ、そこからさらに特別課外活動部と桜たちにも情報が伝えられた。

 確認のために大急ぎで病院へやって来た者たちは、寝台につけられた大きな切り傷と散らばった湊の髪だけが残った部屋に愕然とした。

 傷の位置と散らばった髪から、敵が湊の遺体の首を切断したのだろうという事は容易に想像がついた。

 チドリを助けて役目を終えたのだと、彼はもう休むことが出来たのだと、そう思おうとしていた者たちは、その光景を見て激しい怒りを覚えた。

 前日は桜やチドリの前もあってか静かだった鵜飼ですら、そのとき病院に残っていた医師に掴みかかって怒号を挙げた。

 盗んだのはストレガかもしれないが、影時間の適性を持っている者が病院に残っていながら、どうして湊の遺体を盗まれているのか。

 これでは湊の魂が一生安まることは出来ない。盗まれたまま遺体も無しでは葬儀をあげてやることも出来ないと。

 

《彼には彼の思い描く未来があったのでしょう。そんな彼の姿を見続けることがかなわなくなった事に――》

 

 鵜飼が医師に掴みかかった現場には、桐条武治もやって来ていた。

 彼も病院を経営する責任者として謝罪していたが、謝罪したところで遺体が戻ってくる訳ではない。

 加えて、桐条グループには前科があった。百鬼八雲の死を偽装し、彼を被験体として回収した前科が。

 だからこそ、湊の死と遺体が盗まれた事で冷静さを欠いていたアイギスが、その場で美鶴を人質に取って桐条を問い質したのもある意味自然な流れだった。

 アイギスはオルギアモードを発動した状態で美鶴を後ろから拘束、そのままリストバンドからナイフを取り出して首筋に当てた。

 彼女の瞳は暗い光を宿していて明らかに正常な状態ではなかったが、「また八雲さんを研究に利用するのか」と言う言葉で全員が行動の意図を理解出来た。

 その時のアイギスが要求したのは遺体の返還、ストレガが侵入したという証拠の提示のみ。

 人間になったアイギスだが、その思考は対シャドウ兵器だった頃と変わらない。

 むしろ、誰の命令も受けず自分の意思のみで湊の傍にいようとしていた分、依存度で言えば今の方が強いくらいだ。

 だからこそ、他の者たちはアイギスが本気で桐条グループを疑い。そして、要求に従わなければ美鶴を切りつけるつもりだと理解する。

 相手の本気を感じ取った桐条は、すぐに医師に防犯カメラの映像を見られるようにする事を指示、そして全員を別室に案内したところで影時間の映像を見せた。

 そこに映っていたのはストレガの男三人と共に歩く理の姿。

 中学時代の湊にそっくりな敵がいることが改めて証明された事になる。

 彼らは病院に入ってきてどこかへ行くと、少し経ってから小さな袋と大きな袋を持って戻ってきた。

 小さな袋には頭部が、大きな袋には身体が入っているのだろう。

 映像で見たことでようやく全員がそれに納得できたわけだが、途中で美鶴の拘束を解いていたアイギスは、俯いたままその場でへたり込んでしまい。しばらくは自分が面倒を見ると言ってラビリスが自分のマンションに連れ帰った。

 そういった経緯もあって学校に湊の死亡が伝えられるまで期間が開いた訳だが、教師から生徒に湊の死が告げられると、数名がその場で意識を失って倒れ、さらに十数名が過呼吸を起こし、大勢の女子生徒が泣き始めるという大混乱が起こった。

 彼のファンクラブの会員数や助けられた生徒の数を考えればある意味当然の結果だが、倒れた生徒や過呼吸を起こした生徒を畳のある剣道場に集めて、養護教諭の江戸川と補助の教師が数名つくことで一先ず対処し、泣いている者たちは講堂へ移動させることでどうにか式を始めることが出来た。

 もっとも、彼のファンだった者たちにすれば悲報だが、関わりも少なくあまりよく思っていなかった生徒にすれば、どうしてこんな面倒なものに参加しなければいけないのかと思うのも無理はない。

 真田や荒垣の座っている前の列にいる三年生の男子が、どこか飽きた様子で小さな声で隣の男子に話しかけている。

 

「つか、女子庇って死んだってすごくね?」

「まぁ、らしいっちゃらしいけどな。そりゃ、あんだけ年中人助けしてたらいつかこうなりもするっしょ」

 

 湊の公的な死亡理由は人を庇って暴力事件に巻き込まれ、その時に頭部に怪我を負って死んだ事になっている。

 助けられたという人間も、彼に怪我を負わせたという人間もおらず、しかし、影時間の記憶の補整を利用した情報操作でそういった理由で死んだ事になってしまっている。

 真実を知っている者にすれば、男子らの話しているような軽い最期ではなかったのだが、男子たちは校長の話を聞く気がないようで会話を続けている。

 

「つーかさ。一昨日、母ちゃんが婆ちゃんの見舞いで辰巳記念病院に行ったんだけどさ。その時に病院の廊下で聞いたんだって」

「聞いたって何をだよ?」

「いや、マジですげーのよ。何でも有里君の死体が夜の内に盗まれたらしいわ」

「……マジで? うわ、何それこえぇ。え、ファンクラブの人か何かが盗んで行ったって事でしょ? いくら何でもそれは怖すぎるわ」

 

 母親から聞いたという話を伝えると、聞いていた友人の男子は明らかに引いた様子を見せる。

 誰だって死体を盗んだ者がいると聞けば驚き、その猟奇的な発想に恐ろしさを覚えるに違いない。

 湊のファンクラブは有名事務所のアイドルに近い規模を誇っていたので、犯人候補は人数が多すぎて特定も難しいだろう。

 残るは日本の警察の力を信じるしかないため、すぐに話題への興味を失ったのか最初に口を開いた男子が湊の最期について知った風な口をきく。

 

「死ぬときも人庇ってヒーロー扱いだもんな。そんなタイミング良くいって羨ましいわ」

「嘘吐け。まぁでも、これはこれで良かったんじゃね? あんだけ人助けしてたんだし。助けて死んだんなら本望だろ。本人も満足してんじゃねぇの」

 

 死んでもチヤホヤされる上に、本人も恐らく望んだ通りの結果になったのではないか。

 そう笑って話す二人の言葉の端々にどこか茶化す雰囲気があったからか、最後の言葉で我慢の限界が来た真田は前にいた者たちの会話に割って入った。

 

「おい、お前。本気で言ってるのか?」

「……え?」

 

 急に声をかけられキョトンした顔で振り向く男子。

 周りに話を聞かれていると思っていなかったのか、それともこれまであまり話した事のなかった真田に声をかけられ状況が分かっていないのか。

 どちらにせよ真田の問いの意味を理解出来ていないようで、その反応が余計に勘に障った真田は感情が振り切れその場で立ち上がり相手を怒鳴っていた。

 

「助けて死んであいつが満足しているだと? そんな訳がないだろ!! まだ何も解決していない。何一つ安全が確約されていない世界に大切な者たちを残していったんだぞ! ずっと守り続けていた者を他の者に託す事しか出来なかったあいつの無念も想像せず、本気で満足して死んだと思っているのかっ!!」

 

 一時期は真田も男子らと同じ側に立っていた。相手を知らず、知ろうともせず、ガキっぽい理由で嫉妬して一方的に敵視していた。

 しかし、真田は知った。自分以上に本気で大切な者を守ろうとしている彼の姿を、そしてそんな彼が自分の妹の事も守ってくれていたのだと。

 虫のいい話かもしれないが、美紀が殺されかけて以降は、真田は真田なりに自分のこれまでの行動や態度を反省して時には湊を擁護する立場も取ってきた。

 湊にすればどうでも良かったに違いない。それでも真田なりのケジメとして恩を返そうとしていたのだ。

 だが、もうその恩を直接返すことは出来ない。

 だから真田は考えて決めた。彼が死ぬ間際に仲間に伝えた“チドリを頼む”という言葉と、その裏に秘められた彼の心残りを理解出来たからこそ、真田は湊が叶えられなかった最後の願いを叶えてやろうと思っている。

 それを欠片も理解せず、ヘラヘラと笑って満足して死んだのだろうと口にした相手が許せない。

 

「同じように考えているやつがいれば出てこい! 二度とあいつの想いを侮辱出来ないよう俺が相手をしてやる!」

 

 真田は今にも殴りかかりたい気持ちをギリギリのところで抑え、目の前の男子やそれと同じように考えている者に向けて大声で宣言した。

 湊の死や、その想いを侮辱するのであれば、例えボクサーとしての資格を失う事になっても自分が相手をすると。

 真田の言葉に込められた意思や、その瞳の迫力に飲まれた男子たちは何も言えずにいる。話していた校長も思わず黙り込んでいるほどだ。

 すると、立ち上がっていた幼馴染みの服の腕を掴み、気持ちは分かるが落ち着けと荒垣が声をかけた。

 

「そんぐらいにしとけ、アキ」

「……フン」

 

 男子たちが黙ったからか、言いたいことは言ったからか真田は不機嫌そうにしながらも大人しく座った。

 ここで手が出ていれば真田の謹慎もあり得たので、そうならなくて良かったと安堵の息を吐きつつ、荒垣は話していた男子らにも一応の忠告をしておく。

 

「人が死んでんだ。お前らもいい加減にしとけ。……じゃねぇと次は俺も手が出そうだ」

「わ、悪い……」

「ああ、分かった……」

 

 最後にややドスの利いた声で念押ししておけば、二人は謝罪してから前を向いて静かになった。

 それを確認して荒垣は静かに息を吐いたが、冷静に見えて荒垣も内心では真田と同じように思っていたのだ。

 自分以上に熱くなっている者がいたから冷静になっていただけで、もしも真田がここにいなければ荒垣が同じように言っていたかもしれない。

 一時は彼との間にわだかまりを持っていた者たちも、彼の死を受けて様々な事を思っているようだ。

 

 

――チドリ私室

 

 湊が死に、彼の遺体が盗まれてから、チドリは一人で部屋に籠もってベッドで寝ていた。

 今もカーテンを閉め切った状態で毛布を頭から被ってベッドに入っており、赤く腫れた目で携帯の画面をぼんやりと眺めている。

 そこには以前撮った湊の姿が映っており、この時はこんな事があったっけと少女を思い出の世界に浸らせていた。

 しかし、少女も分かっている。そんな事をしていても湊は戻ってこない。彼はきっと喜ばないと。

 

(八雲はもういない。どこにも、いない。身体もなくなって、供養もしてあげられない。なら、私に出来る事ってなに? 身体を取り返す事? それとも……)

 

 彼に何も返せぬままに終わった事を後悔している少女は、自分には何が出来るのかを考える。

 湊が何をしたかったのか、何のために生きようとしていたのか、本当の意味で彼の事を理解していなかった事に気付いた少女はただ考える。

 せめて彼の願いだけでも叶えたい。自分にはそれくらいしか出来ないからと、少女は少しずつ歪んだ形だろうと前を向き始めていた。

 

 

深夜――都内・某所

 

 ストレガと理に依頼して湊の遺体を手に入れた幾月は、理が頭部を切り離していた事に苦笑しつつも、頭部を容器に入れて保存液につけ込み、身体の解剖に取りかかっていた。

 幾月が一番欲しかったのは湊の心臓部にある結合した黄昏の羽根だ。

 いくら黄昏の羽根を埋め込んで理と玖美奈を強化しようにも、単独の羽根では出力に限界があった。

 その点、パピヨンハートのように結合した羽根ならば、羽根同士が共鳴して力を増幅させることもあり、ただ二枚の羽根を用意する以上の効果があった。

 加えて、飛騨の残した情報が確かであれば、湊の心臓部に移植されたエールクロイツには装備者が機械を遠隔操作出来る機能もあったという。

 最後のアルカナシャドウを倒せば、特別課外活動部や桐条グループを相手することになるかもしれない。

 その時のことを考えて準備しておくに越したことはないと、幾月は湊の胸をメスで切り開いてみたのだが、そこには普通に臓器が並んでいるだけで黄昏の羽根はなかった。

 

(ふむ、被験体だったマリア君を処分する前に羽根の回収をさせてくれるよう頼んだ時と一緒か)

 

 心臓の内部にあるのかもしれないと考え、幾月は心臓も切り開いてみたが、中には固まって変色した血があっただけだった。

 その結果に少々残念そうな顔をするも、幾月は可能性自体は考えていた事で小さく嘆息するに留め開いた胸を閉じて縫合する。

 実は数日前に理がマリアを殺したとき、ストレガが処分する前に彼女の心臓に納められた黄昏の羽根を回収させて欲しいと頼んだのだ。

 他の者は渋っていたようだが、タカヤが手短に済ますのならと了承し、理が貫いた傷口を利用して黄昏の羽根を回収しようとした。

 けれど、結果から言えば黄昏の羽根はなかった。

 大剣で両断されたのかと思ったが、心臓から体内に流れ出たという事もなく、羽根は結局見つからずじまいだった。

 そこに今回の結果も重なったことで、もしかすると所持者が死ぬと羽根も機能を失って消滅するのかもしれないという予測が立った。

 この予測を検証するには、新たに心臓に羽根を埋め込んで誰かで実験するか、もしくは幾月の知る中では心臓に羽根を移植した最後の一人であるチドリの死後に羽根がどうなるかを観察しなければならない。

 

(とはいえ、一度狙われた以上は向こうも警戒するだろう)

 

 次にまたチドリを狙ったとしても今回のように上手く行くとは思えない。

 玖美奈の怪我も治ってそろそろ復帰出来そうだが、桐条側も一人死んだ事で次からはストレガや理たちを相手に躊躇う事もないと思われる。

 単純な実力なら理たちの方が上だと断言出来るものの、仲間を奪われた事で躊躇いが消えた集団の相手は中々に骨が折れる。

 そんな状態でチドリを殺して遺体を回収しようにも、リスクの方が高く全員が無事に戻ってこられるかは分からない。

 全体に指示を飛ばす立場になっている者として、幾月にはストレガの安全も考慮する必要があるため、所持者が死亡した後の羽根の反応消失に関する研究は考察に留めておくことにした。

 そして、次に幾月は湊の腕を掴んで硬さを確かめると、胸の時と同じように躊躇いなくメスを入れた。

 皮膚を切り裂き、筋肉をどけて奥にある骨を目指す。

 

(ほう。これが人工骨格か。確かに人工物の骨に筋肉がしっかりついている。これでアイギスたちを人間にしてみせたのか)

 

 アイギスたちの人間化は幾月が桐条にいる時に行なわれていた。

 どのような方法を使ったのかは分からなかったけれど、アイギスから断片的に情報をもらって、人工骨格を利用していたとは聞いていたのだ。

 そして、湊が留学から戻ってすぐの頃、彼と会ったというストレガから湊が義手をつけていたという話を聞いたことで、生身にしか見えない彼の腕が生体義手ではないかと幾月は睨んでいたのだが、その予想は大当たりで非常に丈夫で軽そうな人工骨格が中に入っていた。

 関節部の辺りまで切り開き、素材はともかく配置や構造は本物の人骨と全く同じだなと興味深そうに調べていく。

 

(この技術があれば、茜の肉体を再現する事も……いや、その必要はない。祝祭の日がくれば再び会えるのだから)

 

 湊はこの技術を使ってロボットに人間の肉体を与える事に成功した。

 それを考えれば死者の新たな肉体を作り、魂を込められれば生き返るのではと幾月は考えた。

 だが、そんな事をする必要はないとすぐに思考を切り替えた。

 全てのアルカナシャドウを倒し、宣告者たるデスの封印が解かれればニュクスがこの地に降臨する。

 そうなれば世界の理が崩れ、妻である幾月茜と再会し、玖美奈やその想い人である理も一緒になって暮らす事が出来る。

 故に、今はただ敵方の技術力について調べようと、かつてその強さに羨望と憎悪を覚えた青年の身体にメスを入れ、幾月は少しでも湊の強さの理由を知ろうと解剖を続けた。

 

 

 


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