【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

334 / 504
第三百三十四話 動き始めるものたち

10月11日(日)

午前――ベルベットルーム

 

 タルタロスの新たな階層が開いた。

 テオドアからそんな電話を受けた七歌は、新しいペルソナを得ようと久しぶりにベルベットルームにやって来ていた。

 ポロニアンモールの奥の扉を潜り、上昇を続けるエレベーターという形で存在するベルベットルームに到着すれば、いつもより一人足りていない事に気付く。

 どうしたのだろうかと思いつつ、椅子に座った七歌は自分の担当者である男性ではなく、その姉であるマーガレットに尋ねた。

 

「あの、エリザベスは?」

「申し訳ありません。あの子はしばらく暇を頂きたいと出奔中でして」

 

 今現在、エリザベスはベルベットルームどころかその居住スペースにもいない。

 マーガレットたちもいなくなってから気付いたので、外の世界に行っている事は分かっているが、彼女がどこで何をしているかまでは把握していなかった。

 ただ、このタイミングでエリザベスが暇をもらったとなれば、やはり理由は青年の死が関係しているのだろうと考え、七歌は少し躊躇いつつも正直に聞いた。

 

「それって八雲君……ああ、えっと、ややこしいな。有里湊君の事があったから?」

 

 七歌にとっては有里湊こそが八雲だった。

 しかし、その湊が自分がクローンであるとアイギスに伝えていたと聞いたことで、今更呼び方を変えるのは面倒だと思いつつも呼び分けのために湊を湊と呼ぶ事にした。

 改めてエリザベスが一時的にでも休暇を取ったのは、担当者であった彼の死があったからか聞けば、マーガレットはすんなりと頷いて答えた。

 

「ええ、あの子やテオは私よりも長くお客人と接していました。現実の時間にして十年。これほど長く担当になるというのは非常に稀でして、区切りという事もあって主からも自由にする許可が下りたのです」

「そっか。……ねぇ、貴方たちは八雲君が二人いるって知ってたの?」

 

 ここの住人たちは訪れた客人との間に一線を引いており、それを超えた協力や干渉はしないようにしている節がある。

 けれど、湊の死を理由にエリザベスが職務から離れたと聞けば、相手にもしっかりと感情があって、ただビジネスパートナーとしてだけ見ている訳ではない事が分かった。

 出会って半年程度の七歌との間にそれほどの信頼関係は築けていないが、現実世界の時間にして十年という月日を過した湊との間には確かな繋がりが見える。

 だからこそ、七歌は彼らなら同じ人格を持ったもう一人の八雲についても知っていたのではないかと考えた。

 別に今更知っていたなら教えろと言いたい訳ではない。湊もアイギスにしか話していなかったのだから、客人が秘密にしていた事を話せる訳がないとは分かっている。

 ただ、こんな事になってしまった事もあり、七歌は少しでも相手側の情報が欲しかった。

 そう思ってジッと正面に座る老人がその傍らに控える従者らを見ていれば、七歌の担当者であるテオドアが静かに口を開いた。

 

「我々が八雲様と呼んでいた方とは別に、八雲様と瓜二つな方がおられる事は存じておりました。ですが、そちらの方はお客人ではないため、素性やどこで何をしているのかも分かりません」

「そうなんだ。何でも知ってるかと思ってたけど、色々と制約みたいなものがあるんだね」

「私共の役目はお客人の旅路を見守り、時にほんの少しばかり助力することでございます」

 

 ほんの少しばかり助力する。それがどの程度なのか七歌には分からない。

 ただ、彼らの強さが自分どころか湊すらも超えているのは少女も気付いていた。

 テオドアたちが力を貸してくれていれば、二人の八雲の存在について教えてくれていれば、そんな過ぎたことに対して八つ当たりでしかない黒い感情が七歌の胸の内に広がる。

 だが、そんな事で相手を責めることは出来ない。あの場にいながら敵となった長谷川沙織一人満足に足止めする事が出来なかったのだから。

 何故彼女がペルソナを持っていたのか。どこでもう一人の八雲やストレガと知り合ったのか。

 未だに湊が八雲のクローンだったという話も受け止めきれていないのだが、この数日で起きた事に加えて知らないことが多過ぎて七歌の頭はパンクしそうだった。

 

「私、湊君に会ったときに八雲君だって一目で確信したの。でもさ。実際には違ったみたいで、今もよく分かってないんだけど……本物の八雲君は自分の居場所を奪った湊君のことを恨んでるみたいだった」

 

 七歌は正直に言って心が弱っていた。泣いたのは湊が死んだ日だけだったが、それだって強がっているに過ぎない。

 アイギスから八雲が二人いて、そして、敵として現われた方が本物だと聞いていなければ、今も部屋で落ち込んでいたかもしれない。

 しかし、七歌はどんなに辛くてもそれを仲間には話せない。皆、湊の事で少なからず落ち込んでおり、彼らも七歌のように何とか納得しようとしているのだ。そんなときにリーダーが弱音を吐けば組織は瓦解する。

 

「シャドウは人間の敵。シャドウに襲われる人がいるから、守るために、助けるために戦ってるつもりだった」

 

 だから、ここで気持ちをリセットしようと七歌は彼らに正直な心の内を話す。

 俯いて膝の上に置いた手に視線を向けながら、オリジナルの八雲の事、クローンである湊の事、そして自分が戦っていた理由について思ったことをただ吐き出す。

 

「けどさ。私はこうやって自由に楽しく過ごせてるけど、シャドウを倒すために力を求めて、その力を持っている人を集めた結果、不幸になってる人がいっぱいいるんだよね」

 

 特別課外活動部に集まったメンバーは素質を見込まれて集められた者たちだ。

 荒垣と天田のように因縁のある者もいたが、普通に学校に行って、普通に友達と遊んで、普通に青春を過すことが出来ている。

 確かにシャドウと戦うのは大変で、何度も命の危険を感じたことはあるが、そういった活動はあくまで日常の傍らで行なっているものに過ぎない。

 だが、七歌たち以外の関係者はほとんどが不幸な目に遭っていたり、過酷な環境の中で必死に生きていた。

 

「湊君は優しかったんだよ。そりゃ、冷たかったり殺されかけたりもしたけど、それ以上に守ったり助けられたりもしてた。ただ、その湊君に居場所を奪われたって、彼を恨んでいる人がいた。少ししか見えなかったけど、彼も八雲君なんだって何となく分かった」

 

 人々の平和を守るために戦う。それは正しく立派で、とても耳障りの良い言葉だ。

 七歌だってヒーローに憧れはするし、自分に出来るなら力を貸そうとも思う。

 だが、彼にはその選択肢がなかった。戦うために作られた存在、シャドウを殺す事が彼に与えられた存在理由だった。

 

「居場所を奪われた八雲君が湊君を殺すことは正しかったの? 奪われた物を奪い返しただけかもしれないけど。湊君だって別に平和にのほほんと十年間生きてきた訳じゃなかったんだよ?」

 

 湊はそういった存在として生み出され、エルゴ研を脱走してからも、結果的には作られた目的通りに活動していた。

 生身の命が、意思を持つ人間が、まるでプログラムされたロボットのようにシャドウ討伐のために日常を犠牲にしていたのだ。

 

「戦って、戦って、戦って、そうやってやっと手に入れた居場所だったはずなのに。私なんかじゃ想像も出来ないような道を進んできたはずなのに、それでもクローンだからってオリジナルに命まで奪われなきゃいけなかったの?」

 

 本物の八雲がそんな道を生きたはずがない。湊がいたのは湊が自分の力で手に入れた居場所だった。

 確かに、七歌や美鶴に英恵といった知人が、他の人間を自分と勘違いして接していれば不愉快だったかもしれない。

 だが、そうだとしても八雲が湊を殺す正当な理由にはならない。湊は他人の都合で作られてこの世に生を受けただけのだから。

 

 

「けど、何より私が一番分からないのは自分の感情なの。湊君を八雲君だと思ってた。だから、八雲君への情が湊君に向いている事は分かってる。……ねぇ、湊君を殺された怒りとか悲しさって誰のためのものなのかな?」

 

 敵として現われたのがオリジナルの八雲だと聞いても、今の七歌は湊を間接的に殺した相手への怒りを覚えている。

 ただ、湊に対して抱いている感情は、本物の八雲に向けてのものが根底にあるため、七歌は自分が本当に湊のために怒りを覚えているのか判断がつかない。

 八雲のための怒りか、それとも湊のための怒りか。

 他人に聞いても分かるはずのない答えを求め七歌が顔を上げれば、正面に座っていた老人は小さく口元を歪めながら質問してきた。

 

「お客人、貴女はご自分が結んだ契約について覚えておいでですかな?」

 

 聞かれた七歌は会話の内容が急に変わった事でキョトンとする。

 その質問が自分の抱いている疑問の答えに繋がるのだろうかと訝しみつつ、ここへ訪れる切っ掛けになった少年との契約の内容を思い出す。

 

「“我、進みし道の先にある、いかなる結末も受け止めん”。どんな結末だろうと見届けて受け入れろって意味だよね?」

「いいえ。受け入れると受け止めるでは意味が異なります。現実を認識した貴女には、その後の行動に選択の自由があるのです」

「進んでも良いし、全てを放り出しても良いって事?」

「その通りでございます」

 

 “受け入れる”と“受け止める”は似て非なる言葉だ。

 もし、七歌の契約が“受け入れん”で締められていれば、それは自分の選択に責任を持て、どのような結果に終わることになっても受け入れろという意味になっていた。

 しかし、“受け止めん”で締められている契約ならば、結果は結果として認識すれば、その後の行動については何の制限もない。

 七歌が口にしたように、今回の件を受けて自分がどうしたいか好きに選んでいいのだ。

 それは七歌が求めた答えではないし、イゴールは彼女の質問に一切答えていない。

 だが、彼女が戦う理由を見つめ直すヒントにはなったのだろう。目を閉じて考えていた少女が再び刮目すれば、そこには決意の光が宿っていた。

 

「……うん。まだ完全に納得した訳じゃないけど、とりあえずの方針は決まったよ」

「お役に立てましたかな?」

「それはこれからかな。って事でペルソナ合体をお願いします。近接主体のペルソナが欲しいんだ」

 

 敵側にいる八雲と戦うのかそれとも見逃すのか。どちらを選んでも後悔する部分は出てくる。

 ならば、せめて流されるのではなく自分の意思で選びたい。選んだ結果自分や仲間が不幸になるのだとしても、その時はその時でまた考えればいい。

 そんな風に方針を定めた少女はイゴールに新たなペルソナを作って欲しいと依頼した。

 彼女の手持ちのペルソナは各魔法と近接と補助をバランス良く揃えていたが、先日の戦いからもう少し近接主体を強化しようと思ったらしい。

 七歌の言葉に頷いたイゴールはテオドアの持つペルソナ全書から二枚のカードを取り出すと、それをテーブルの上に並べてから魔法陣を起動させる。

 魔法陣とカードが光に包まれ、一際眩しく輝くと光が徐々に治まっていく。

 そして、テーブルの上には一枚のカード、剛毅“ジークフリード”が現われていた。

 

「フフッ、力強い波動を感じます。お気に召しましたかな?」

「試してみないとなんとも。けど、これまで通りじゃ沙織には届かないと思ったから、何とかしてみせるよ」

 

 受け取ったカードを自分の中に入れると、七歌は笑って席を立つ。

 そう、七歌にとってやりづらい敵は八雲だけではない。友人だと思っていた長谷川沙織もいるのだ。

 相手はいつ力に目覚めたのか、何を目的に動いているのか、ストレガの仲間なのか。知りたい事は沢山ある。

 だが、話をする前に一発殴ってやろうと決めていた。急に敵として現われ、湊の死の原因を作った一人でもあるのだから。

 次にいつ沙織たちに会えるかは分からない。だからこそ、出会った時にはしっかり戦えるように準備しておく。

 ベルベットルームを出て行く七歌の表情には以前のような活力が戻っていた。

 

――EP社

 

 他の者たちがそれぞれの場所で悩んでいる頃、トップ不在となったEP社では研究区画の会議室にソフィアたちが集まっていた。

 現在この部屋にいるのは表向きのトップであるソフィア、研究主任であるシャロンとその部下である武多とエマ、さらにアイギスの人格モデルの一人になった水智恵とソフィアが使えると判断した数名の社員もいる。

 会議室の長テーブルに着いた者たちの視線の先、ホワイトボードの真ん前である上座には本来の狐耳と尻尾を消し、人間の姿で現代人の服装をした玉藻御前が座っていた。

 

《皆さん、お集まりいただきありがとうございます》

「別に集まるのは良いんだけどさぁ。なんでそっちはまだ残ってるわけ? 死体も盗まれたって話だし、もしかして、坊やの死亡って偽装だったりする?」

《いえいえ、そこに嘘はありません。単純に私が独立して動けるようになっていただけです。八雲さんに何かあったときの保険ってやつです》

 

 シャロンは相手が湊のペルソナだと知っている。だからこそ、彼が死んでもまだ現世に残っている理由が分からなかったらしい。

 玉藻もそこについては説明する必要があると思っていたようで、ソフィアが使えると判断して呼んだ社員らもペルソナについて知っていると分かると、自分が大妖の九尾である事や心臓があるため飲食でエネルギーを賄える事を教えた。

 まあ、元々、彼女は湊から特別な役割を与えられており、普段は一緒に行動していなかったので、そういったカラクリがあったと分かるとシャロンたちも納得していた。

 

「それで、湊様からの指令とは?」

 

 全員が玉藻について情報共有すると、本題に移るべくソフィアが口を開く。

 今日、ここに集められた者たちは、玉藻から湊の遺言である指令を伝えると聞いていた。

 自分の命に執着がなかった青年なので、自分が死んだときの事を考えて冷静に色々と手を打っていても不思議ではない。

 ただ、社員は別として他の者たちは湊の死に少なからずショックを受けている。

 そんな状態で一体何をさせるつもりなのか、ソフィアが紅玉色の瞳を細めながら玉藻に向ければ、玉藻は持ってきていた鞄を開けて中から書類の束を取り出した。

 

《多分、ソフィアさんは聞いたことがあると思います。作戦コード“悪食”なんですけど》

 

 言いながら玉藻が全員に資料を配れば、初めて聞く者たちは書類の内容に目を通して正気かと玉藻を見る。

 そして、玉藻が言ったように作戦コード“悪食”について湊から聞いていたソフィアは、ここで動くことのメリットについて頭を働かせながら、事前に湊本人から話を聞いていた相手に理由を尋ねた。

 

「何故このタイミングで?」

《余裕を持ってあたらないと難しいからです。八雲さんからは自分が死ねばすぐやるように言われていました》

 

 本来ならば死後数日中には動き始めておきたかった。

 しかし、湊の遺体が盗まれるという事件が起こり、湊が抜けた分ソフィアの仕事量が増えたこともあって集まるのが遅れた。

 これ以上はスケジュール的にも厳しくなるので、出来るだけ早く動いて欲しいと改めて玉藻が伝えるも、作戦の内容が容易ではないと知っているソフィアは再度質問をぶつける。

 

「今回の敵はストレガ及びその同盟関係にある者だったと聞いています。それが桐条にも牙を剥くと?」

《最大の障害を排除した以上、残る敵は桐条ぐらいですからね。狙われる可能性が高い以上は混乱を最小限にするため動いておくべきかと》

 

 作戦コード“悪食”は影時間の関係者のためのものではない。

 その内容は無関係の者を巻き込むことを嫌った青年らしい、一般人の混乱を最小限に抑えるためのものだった。

 その分、動く者たちは一般人を相手に様々な交渉を進めていく必要があるのだが、EP社の資金力と人材を考えれば十分に実行可能なものである。

 彼が遺言に遺すほどとなれば無碍にも出来ないため、額に手を当てて考え込んでいたソフィアはゆっくりと息を吐くと玉藻を見つめて出した答えを伝えた。

 

「…………分かりました。では、直ちに動くことにします」

《ありがとうございます。数がとにかく必要になりますから、出来る限り小さいところから狙ってください》

「ええ、分かっています。まぁ、こちらにも利益はありますし。迅速に行動を開始しましょう」

 

 話の内容が上手く理解出来ていない水智たちは首を傾げている。

 一方、青年の狙いも含めて理解出来てしまったシャロンたちは、一般人の混乱を抑えるという名目で桐条潰しを狙っているようにしか思えなかった。

 そうして、作戦コード“悪食”、桐条傘下の子会社や下請けの乗っ取りのためにEP社が動き始めた。

 

 

夜――桔梗組・チドリ私室

 

 ベッドから抜け出した少女は制服に着替え、動きやすいように髪をまとめる。

 数日引きこもっていた事で体力は落ちているが、今の彼女にそんな事を気にする冷静さなどない。

 彼から貰った刀と愛用のハンドアックスを擬装用ギターケースに収納し、召喚器もしっかりと入れた事を確認して部屋の入口へ向かう。

 

(八雲、貴方の代わりに私がシャドウを殺す。影時間を終わらせてみせる)

 

 少女の瞳にはくすんだ光が宿っている。死んだ青年の意思を継ぐ、ただそれだけが今のチドリを支えていた。

 湊が本当に望んでいたのはチドリやアイギスたちの平穏であり、影時間の終わりは確かに望んでいたが、チドリが戦いに参加する事はむしろ反対していた。

 それを忘れ、いや、考えないように頭の隅へと追いやった少女は、青年の代わりにシャドウと戦うため静かに部屋を出て港区へと向かった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。