【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百三十六話 守護者

影時間――タルタロス・145F

 

 影時間を終わらせる。そのためにはタルタロスを攻略する必要がある。

 チドリは湊から詳しい話を聞いたことはなかったが、その点については桐条グループの見解は正しいと彼も肯定していた。

 故に、チドリはシャドウを倒しながらタルタロスを上った。

 アルカナシャドウが倒されると新しい階層へと向かえる事は、これまでの経験から知っていた。

 ベルベットルームの住人から七歌にもそういった連絡が来るし、チドリもアナライズでタルタロスの変化を探れるので経験から知っている。

 シャドウを殺し尽くすのであれば一階から上っていくべきかもしれないが、チドリとて自分の体力に限界があると分かっていた。

 だから、タルタロスの攻略に直接関係のないモナドは無視し、攻略も一階からではなく転送装置を使って最高到達階層からのスタートにしていた。

 シャドウたちを倒しながらここまで進んできたチドリは、腰にガンベルトを巻き、ハンドアックスはアタッチメントで取り付けたまま、刀を左手で持ちながら右手で白い召喚器を抜く。

 彼女の視線の先にはこちらに向かってくる赤い戦車が見えていた。

 シャドウの名は戦車“真紅の砲座”。斬撃を反射、打撃を無効、火炎属性に対して耐性を持っているタフなシャドウだ。

 チドリのメーディアは闇魔法を使えるものの、攻撃手段はほとんど火炎魔法に依存している。

 その分、並みの使い手よりも炎の扱いには長けているが、耐性を持っている敵が相手となると持久戦を覚悟する必要があり、ここまで連戦してきて消耗しているチドリには厳しいものがある。

 だからこそ、彼女は相手をアナライズで読み込み、その弱点が電撃属性であると調べてから自らの新しいペルソナを呼んだ。

 

「来て、ヘカテー!」

 

 召喚器をこめかみに当てて引き金を引けば、ガラスの割れるような音が響いて水色の欠片が少女の頭上で回転する。

 その渦の中心から現われたのは黒いフード付きのマントを羽織り、暗い紫色のドレスを着た白い肌の女性型のペルソナ、月“ヘカテー”だった。

 チドリのメーディアは羊の頭骨が頭部になった女性型ペルソナだったが、新たなペルソナであるヘカテーはより人間の女性らしくなっている。

 手には月を模した魔法陣が象られた大きな杖を持っており、その杖を振るうと雷が迸り真紅の砲座に襲いかかる。

 攻撃を受けたシャドウは動きを止めると感電しているのか小刻みに身体を揺らし、身体の節々から黒い煙が漏れ始めると最後には爆発するように消滅していった。

 敵が完全に消滅した事を確認したチドリは、ヘカテーに視線を送ると力を切ってペルソナを消す。

 神話においてメーディアが厚く信仰していたとされる女神ヘカテーは、月と魔術を司る神の一柱とされている。

 その逸話の通りに、火炎しか使えなかったメーディアと異なり、ヘカテーは光を除く全ての属性魔法を扱うことが出来た。

 死を経験したからか、それともワイルドの力を持っていた湊の心臓を貰ったからか、チドリのアルカナも死に最も近かった刑死者から、死の先のアルカナである月に変化している。

 三枚の黄昏の羽根が結合した“ペタル・デュ・クール”を喪失していながら、適性値も死ぬ前と比べて大幅に上昇しており、チドリは死を経験して間違いなく強くなっていた。

 

(全然、足りない。これじゃあ八雲の代わりなんて務まらない。もっと、もっと強くならなきゃ)

 

 けれど、それでも少女にとって今の自分は脆弱すぎた。

 敵側、ストレガと幾月側の者らと比べても今のチドリの適性値は劣っていない。

 群を抜いている理と玖美奈に迫り、ストレガで最も高い適性値を持っていて巨大ペルソナであるテュポーンを所持しているスミレよりも、完全に一度死んでしまったチドリの方が高い適性を得ているのだ。

 しかし、チドリが目指しているのは湊の領域。

 彼がやり残した事を引き継ぐというのであれば、一ヶ月だろうと平気で戦い続けられるようにならなければならない。

 もっとも、チドリが定める彼の領域など、普通の人間どころか同じように出来るものなど、この世に一人として存在しない。

 人外の強さを持っているベルベットルームの住人ですら、不眠不休で一月戦い続けることなど出来ないのだ。

 冷静な状態であればチドリもそれが事実上不可能だとすぐに理解出来たはず。

 彼が戦い続けられたのは、先祖が持っていた神の力を使い、力を溜め込む性質を持つよう二千年以上かけて作られた名切りの肉体あってこその奇跡なのだと。

 しかし、湊を失ってから彼の意志を引き継ぐことだけを考え、ここまで新しい力を慣らしながら一人で戦い続けてきた彼女に冷静な判断力は残っていなかった。

 仮に普段通りの精神状態だったとしても、影時間に精神力を使うペルソナを駆使して三時間も戦っていれば、思考も鈍って注意力が散漫になり考える余裕はないだろう。

 だからこそ、彼女は上に続く階段を見つけるとそのままそちらに向かって足を進めた。その先がフロアボスの待っている階層だとも知らずに。

 

***

 

 チドリを探しに来た七歌たちは、影時間になってタルタロスが現われると同時に中に入った。

 今もエントランスの隅には台座に刺さった聖剣エクスカリバーが静かに佇んでいるが、正当な所有者と認められた青年も今やいない。

 故に、予備の候補者として認められている七歌が少しずつ抜いていくしか手に入れる手段は残っていないが、今日の彼女にそんな事をしている余裕はない。

 エントランスに着くなり風花がペルソナを呼び出して広域に探知能力を使う。

 恐らくチドリは塔を上っていると思われるが、場所によって転送装置でショートカット出来るかが変わってくる。

 だからこそ、出来る限り最短最速で辿り着けるよう居場所を探ったのだが、風花は悪い意味で予想が当たったことを他の者に伝える。

 

「分かりました。チドリちゃんは新階層、満月を終えて新たに解放されたエリアにいます」

「モナドだったか。地下の深層でなかったのは不幸中の幸いと思うべきだろうが、今は一刻を争う。吉野が無事なうちに追いついて保護するぞ」

 

 美鶴たちも自分たちが少しずつだが強くなっている自覚はある。

 しかし、まだ地下階層である深層モナドの敵を連続で相手にするほどの実力はない。

 チドリと一緒にモナドで鍛練を積んだことがあるコロマルとラビリスならば戦う事自体は出来るのだろうが、タルタロスに籠もっている人間を保護するならばスピードが求められる。

 先へ進むことを優先しての戦闘は普段とは勝手が違う。

 大きく実力に差があるならばともかく、“戦える”というレベルで倒すまえにミスを犯して自滅するのがオチだ。

 その点、新たに解放された新階層ならばこれまでの敵よりも一段階強い程度で、強敵が出たとしてもモナドの浅い階層に出てくる敵よりは弱い。

 初めて戦う敵もいるので油断は出来ないが、着実に倒していけば一定の速度で追い掛けることが出来るだろう。

 美鶴の号令で全員が転送装置へ向かうと、現時点で迎える最高到達階層へと転移した。

 

***

 

 剛毅の仮面をつけた“本性のマーヤ”の群れが前方の通路から溢れ出てくる。

 前衛として大剣を構えた順平は最初に襲いかかってきた敵へと武器を振り下ろすも、敵に触れる直前に透明な壁のようなものに遮られて攻撃が通らない。

 

「ダメです順平君! そのシャドウに物理攻撃は効きません! 魔法で応戦してください!」

「クッソ、ザコシャドウのくせに!」

 

 マーヤは本来シャドウの中では最弱といっていい種族。

 しかし、一四〇階を越えてくるとマーヤと言えど雑魚とは呼べない強さになり、順平は物理全無効などという耐性を持っている相手に生意気なと憤った。

 今は一刻も早く先へ進みたい。こんなところで足止めを喰らっている間にチドリの身に危険が迫っているかもしれないのだ。

 湊に託されただけではない。順平にとっても大切な仲間だと言える少女を心配するあまり、戦闘面では見られていた冷静さが今は欠けていた。

 それにすぐに気付いた真田は召喚器を抜きながら順平に場所を開けるように言う。

 

「どけ順平! 俺が一掃する! カエサル、マハジオダイン!」

 

 呼び出された皇帝が剣を振り払うと、それに合わせて放たれた雷撃がマーヤたちを薙ぎ払ってゆく。

 敵に当たっても勢いは衰えず、その後ろにいた敵を飲み込み、迫っていた一団全てを屠りきった。

 おかげで正面の道から敵がいなくなり通れるようになった。風花の案内によればしばらくは真っ直ぐ進んで良いらしい。

 ならばとすぐに駆け出そうとする順平を七歌が呼び止める。

 

「順平、先行しないで! 隊列が伸びたら連携が取りづらくなるから!」

「はぁ!? デカい反応のある階に行くまでに追いつかないとヤバいだろ!」

「それは分かってる。けど、チドリが先に着いてしまった時に一人だけ助けに行っても意味ないでしょ!」

 

 順平の言っている事は正しい。風花が索敵したところ一四六階に大きな反応が三つあったのだ。

 チドリは既にその一つ前の階層に辿り着いており、進行ペースを緩めなければ七歌たちが追いつく前にフロアボスのいる階に着いてしまう。

 そうなっては遅いから順平は一人でも先に行こうとしているのだが、七歌は今のペースではギリギリ追いつけないと思っていた。

 仮に一人でも先に辿り着くように作戦を練るならば、戦斧の推進器で飛べるラビリスにオルギアモードを使わせて先行させれば良かった。

 しかし、それでもギリギリ追い付けるかどうかという距離があるため、下手な賭けに出るよりはと全員で向かう最高速度で進もうと七歌は考えたのだ。

 もっとも、順平にはそれがじれったいようで全員で行くなら急いでくれと全員を急かす。

 今までの順平からは考えられない焦りように、七歌は彼の中で湊に託された事をそんなにも重く受け止めてしまっているのかと心配するが、確かに順平の言う通り急ぐに超したことはない。

 非戦闘員である風花もチドリの許へ急ごうと必死に走って先を目指しているため、七歌も最悪を想定して服の中に入れたペンダントを握り締めると走り出した。

 

――タルタロス・146F

 

 チドリが階段を上って新たな階層にやって来ると、その階層に辿り着いた瞬間に肌がひりつくようなプレッシャーを感じた。

 探知能力を持っているのでいる事は分かっていたが、ここがやはりフロアボスのいる階層かと気を引き締める。

 通路の先にある広間にいる敵の気配は三体。どれもモナドのシャドウに匹敵するだけの力を持っている様子だ。

 召喚器を右手に持ち、左手で刀を持ったまま進む少女は、通路の角を曲がって広間へと向かってゆく。

 そこにいたのは黒い騎馬に跨がる騎士型シャドウ、皇帝“地獄の騎士”たちだ。

 騎士型のシャドウは物理において攻守とも優れており、さらに魔法も巧みに使ってくる強敵。

 一体でも厄介だというのに、三体もいては消耗しているチドリでは厳しい相手と言えるだろう。

 けれど、ここで退いてはやって来た意味がない。

 湊は全てのシャドウを倒し、影時間を終わらせようとしていた。

 彼のようには出来ないと分かっていても、簡単に諦められるほど素直でもない。

 何より、ここで自分が負ければ湊の想いまで消えてしまいそうな気がして、チドリは戦って勝つしかないと思った。

 敵の耐性は電撃吸収と光と闇が無効。そういう事ならばと相手が動く前にチドリは仕掛けた。

 

「ヘカテー、アギダインっ!!」

 

 引き金を引いてペルソナを呼び出すと同時に、チドリは一定の距離を取ったまま時計回りに走り出す。

 チドリの動きにつられて地獄の騎士たちも動き始めたが、最初にいた地点に召喚されたヘカテーが杖を振るい。敵の横から豪炎を放つ。

 シャドウらを飲み込まんと迫る豪炎に、三体の内の一体が足を止めて盾を構えた。

 走りながらそれを見ていたチドリは、まさかシャドウがと僅かに驚き、そして、チドリが予想した通りに足を止めていたシャドウが盾で豪炎を防いでいた。

 盾で防がれた豪炎は二つに分かれて地面を焼きながら進んでゆく。

 けれど、盾で防いでいる一体のおかげで残りのシャドウたちに炎が届くことはなく、ヘカテーの攻撃がやめば三体とも無傷のままその場に残っていた。

 

(やっぱり騎士型は厄介ね……)

 

 経験則として騎士型シャドウには弱点らしい弱点が見当たらない。

 一体でも脅威で、複数体いれば連携まで取ってくる厄介な敵だ。

 攻撃を防いだことで三体は再び動き出し、一体が走っているチドリに向けて遠くから槍を突き出した。

 嫌な予感がしたチドリがその場から飛び退けば、先ほどまで立っていた場所を衝撃波が通過していった。

 それなりの距離を開けていたというのに、物理スキルであるミリオンシュートを狙い通りに飛ばしてくる敵の力を上方修正する。

 さらに別の一体が槍に電撃を纏わせた状態で突き出してきたことで、魔法と物理の両方で遠距離攻撃が可能なのかと心の中でチドリは舌打ちをした。

 

(こっちの魔法を簡単に盾で防いでくるってのに、物理と魔法で遠距離攻撃可能とか面倒過ぎでしょ)

 

 敵の放った電撃を召喚し直したヘカテーの魔法で誘導して逸らす。

 続けて少しでも動きを止めようとマハブフダインで氷の津波を作ってみた。

 だが、騎士たちは槍に電撃を纏わせた状態で攻撃を放ち、津波の一角を破壊して切り抜けたまま進んでくる。

 これが普通の水であれば、攻撃で一角が破壊されようとすぐに残りの水が流れ込んで復活していた。

 しかし、氷の津波は津波の形をしているだけで、あくまで大量の氷で飲み込もうとするだけの技。

 チドリの攻撃の弱点を即座に見抜く知能と、切り抜けるだけの実力を持った敵は、やはり一筋縄ではいかないと、再び迫るミリオンシュートを躱しながらチドリは勝つ方法を考えた。

 迫りながら放たれるミリオンシュートと電撃、走って敵の位置を把握しながらチドリはそれらを避け続ける。

 距離が詰められそうになれば氷や炎で壁を作り、敵が対処に追われている間に再度距離を開ける。

 チドリもまだ被弾してはいないが、三体の鬼を相手にした命懸けの鬼ごっこなど、戦い続けてここにきたチドリの方が消耗度合いから言っても圧倒的に不利と言える。

 加えて、敵は物理でも魔法でもチドリにダメージを与える事が出来るが、チドリの攻撃は得意な魔法しか通りそうにない。

 少女の腕力ではどうしても鎧を突破出来ず、接近を許した時点でチドリの敗北が決まるというのが今の状況だった。

 そして、そんな無理を続けていれば疲労の溜まった少女の身体がやがて限界を迎えるのも当然。

 攻撃を避けるために走る速度をあげようとした際、ふくらはぎの筋肉が攣って足を縺れさせ、攻撃を避け損なったチドリの身体にミリオンシュートが直撃する。

 

「うぐっ!?」

 

 脇腹を強く殴られたまま横から強く押されたような衝撃を受け、チドリは持っていた召喚器を取り落としながら地面を転がり倒れる。

 固い地面を転がった痛みとミリオンシュートが直撃した痛みのせいで呼吸が整わず、ここまでの疲労が一気に出てしまってまともに立ち上がることも出来ない。

 けれど、少女側の事情などフロアボスであるシャドウらには関係ない。

 ようやく鬼ごっこが終わったとばかりに三体のシャドウが倒れた少女の許に向かってくる。

 チドリが広間に入ってきた通路の方からは複数の足音が聞こえ、槍を構えたシャドウらがチドリに辿り着く前に足音の主たちが広間に到着するが、チドリが倒れているのは広間の奥、順平たちが入ってきた通路とは最も離れている位置だ。

 

「っ、やめろぉぉぉぉぉっ!!」

 

 広間に入った瞬間、倒れている少女とそれに群がろうとするシャドウを見て少年が叫ぶ。

 他の者たちも召喚器の引き金を引こうとするが、彼らのペルソナが現われるよりもシャドウの攻撃がチドリに届く方が速かった。

 倒れたまま顔だけ敵の方へ向けていたチドリは、自分の身体を貫こうと迫る黒い槍を見て、少しだけ安心している自分がいることに気付いた。

 シャドウの槍で貫かれれば自分は死ぬ。死ねば向こうの世界で湊に会える。

 彼女の事を想っている者たちが聞けば、頬をはたいてでも馬鹿な事を考えるんじゃないと怒るところだろう。

 しかし、今この瞬間にそんな事でチドリの頬を叩ける者などいない。

 そんな者が現われる前に、数メートルという距離まで迫っている槍が少女の身体を貫くから。

 

(ごめんね、八雲……)

 

 文字通りに命懸けで救ってくれた青年には申し訳ないと思う。

 せっかく助けたというのに、こんな呆気ない最期ですぐに後を追うことになるのだから。

 おそらく向こうの世界で会えば彼は少女を怒るだろう。どうして無駄に命を散らせたのだと。

 けれど、そんな事でも良いからチドリは湊と会って話がしたかった。

 彼の遺志を継ぐつもりではあったが、そんなのは建前で、本心では湊の真似をして“人々にとって良い事”をしながら死に場所を探していたのかもしれない。

 残り僅かな時間にそんな事を考えていたチドリは、シャドウらを挟んだ向こう側に友人らが必死にシャドウらを止めようとしてくれているのが見えた。

 ペルソナを呼び出す者、引き絞った矢を放とうとする者、青い光を纏い推進器を使って飛び出そうとする者、それぞれが自分を助けようとしているのだと分かる。

 だが、無駄だ。ただの人間には時を操作する事など出来ない。人も、シャドウも、住む世界は違えど同じ時の流れの中で生きるしかないのだ。

 彼らは頑張った。ここに来るまでに相当な無茶をしたのか服や顔が汚れている。ただ、どうやっても間に合わない。

 チドリはそれが分かっていたから、他の者よりも素直に自分の最期を受け入れる事が出来た。

 先頭にいるシャドウの持つ槍との距離は六メートル。敵の速度を考えれば三秒も掛からずに到達する。

 死ぬのはこれで二度目だが、痛いのだけはやはり少し嫌だなとチドリは来るであろう衝撃に備えて目を閉じようとした。

 だが、少女が目を閉じきる前、シャドウの槍がチドリの身体を貫こうとした時、チドリの身体から水色の光が立ち上りソレは現われた。

 

《グルォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!》

 

 迫る槍を手に持った剣で弾き、何も持たぬ右手の拳を握って騎士の頭部を殴りつける。

 続けてやってきた二体のシャドウらの槍をそれぞれ宙に浮いた棺で受け止めれば、現われた死神“タナトス”は攻撃を押し返し、体勢を崩したシャドウらを剣で薙ぎ払った。

 直前まで自分の命を奪おうとしていた敵が、突如現われた“彼のペルソナ”に止められ、逆にダメージを与えられている。

 何が起こったのか分からずチドリが困惑していれば、薙ぎ払われて距離が開いたシャドウの許へタナトスが飛んでゆく。

 上段から振り下ろされる剣を、騎士は槍で受け止めようとするも、その程度の鈍で防げると思うなとでも言うように槍ごと叩き切って一体を消滅させる。

 続けて攻撃を仕掛けようとしていた別のシャドウの槍を掴み、片腕で持ち上げると獣の頭骨を思わせる頭部の口元に赤と黒の光を収束させると、タナトスの放った光線が敵を飲み込んだ。

 僅かな時間でフロアボスが二体も倒された。その圧倒的な強さと存在感からは間違いなく彼の気配を感じる。

 しかし、どうして彼のペルソナが突然現われたのか。

 まさか、彼が生きているとでもいうのか。

 困惑している他の者たちを尻目に、タナトスは最初に殴りつけた残り一体のシャドウへと向かってゆく。

 騎士もやられまいと電撃を放っているが、タナトスはそれらを全て剣で切り伏せてしまう。

 タナトスが戦っている間にラビリスがチドリの許に辿り着き、彼女を抱き上げて他の者たちの許に戻れば、シャドウとの距離を詰めたタナトスが横薙ぎに払った剣で敵を両断していた。

 今の七歌たちが万全な状態でも手こずるであろうフロアボスが、瞬く前に殺されたことで広間には静寂が訪れる。

 すると、今までじっとタナトスを見ていた風花が口を開いた。

 

「……分かりました。あのタナトスは間違いなく有里君のペルソナです。でも、普通のペルソナじゃありません。あれは、あのペルソナは、リミッターを壊し自分が死ぬと分かっていた有里君が余分なエネルギーを使って遺した防衛機構。美紀ちゃんのフェニックスのように、チドリちゃんの身に危険が迫れば込めたエネルギーを使い切るまで守り続ける存在です」

 

 役目を終えたタナトスはチドリを一瞥すると、そのまま淡い光に包まれ消えてゆく。

 そして、その存在理由を知った事で、チドリは彼がまだ自分を守ってくれていると知って彼の名を呼んで涙を流す。

 

「八雲、八雲っ……」

 

 彼がこうなることを予想していたかどうかは分からない。ただ、それでも何かあればもう自分は守ってやれないからと、遺せるだけの力だけは置いて行ったのだろう。

 最期まで守り続けるとはなんだったのか。死んでからも守っているではないかと彼の想いの強さに美鶴も圧倒された。

 

「有里、君は死して尚、吉野を守り続けようというのか」

「なんだよ……それ……。こんなの、どうやっても真似出来るわけねーだろうが……」

 

 あの日、順平は偶然とはいえ託された。

 だからこそ、彼のようにとはいかずともチドリを守ってみせようと思っていたというのに、自分がどれだけ甘い考えだったかを思い知らされた。

 他の者たちは黙っているが、皆それぞれ湊がどのような覚悟でチドリらを守ると言っていたのかを理解したのだろう。

 その目には以前のような力が宿り、どこか吹っ切れたような雰囲気があった。

 

「皆、ストレガたちが来ても勝てるように強くなろう。もう誰一人欠ける事なく、全員で影時間のない世界を迎えよう」

 

 大切な人を失ってからこんな当たり前の事を決意する自分の愚かさに嫌になる。

 それでも、ここで一歩進んでおかないとこのまま腐ってしまうと七歌は考えた。

 彼女の言葉に泣いているチドリ以外の全員が頷き、七歌の築いているコミュニティが特別課外活動部の絆が深まった事をしらせてくる。

 決意しただけで強くなる訳ではない事は分かっている。けれど、それでも今ここで決意を固めた者たちは、以前よりストレガにとって厄介な相手になっているはずだった。

 そうして、どうにかチドリを保護出来た七歌たちは、転送装置を起動させてエントランスに戻ると、タルタロスを出て栗原と合流したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――コペルニクス・クレーター

 

 七歌たちがチドリと合流していた時、群青色の衣服を纏った女性は命なき星に独り佇み、青い惑星を見つめていた。

 

「……なるほど、影法師のようなものですか」

 

 急に懐かしい彼の気配を感じたと思えば、すぐに消えてしまった事で女性は不思議に思った。

 だが、青い惑星を見つめ続ける事で何があったのか大凡理解したらしく、小さく口元を歪めると惑星に背を向けて歩き出す。

 もうここに用はない。そう言いたげに手に持った魔道書を開くと、彼女はページに指を走らせ地面に魔法陣を起動させる。

 そして、月面に突き立てた九尾切り丸に視線を送ると、微笑を浮かべて女性はその場から姿を消した。

 


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