【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百四十話 最後のアルカナシャドウ

影時間――ムーンライトブリッジ

 

 暗い緑色の夜空に浮かび、自ら光を放つ巨大な満月。

 その光に照らされた橋の上を、カットラスを手に持った少年が駆け抜けて正面にいる相手へ斬りかかる。

 

「ハハッ! ミナトが抜けたテメェらに何が出来ンだよ?!」

「お前たちを退け、アルカナシャドウを倒し、影時間を終わらせる事が出来るっ」

 

 斜めに振り下ろされた刃を躱し、一歩踏み込みながら真田がナックルをはめた拳で殴りかかる。

 敵であるカズキは身体を捻ることで避けたが、そのまま数歩下がって腰の召喚器を抜いた。

 

「力は使ってこそだろうがっ! きやがれ、モーモス!」

 

 桐条が行なった違法な人体実験によって無理矢理に力を発現させられた。

 今でも劇薬である制御剤を手放すことが出来ず、彼らの命はそう遠くない内に失われる。

 だが、だからこそ彼らは今この瞬間を、自分たちが生きているという実感を得るため好きに生きようとする。

 復讐代行の依頼で他者の命を奪うことや、シャドウとの戦いはカズキにとって生を感じられる重要なものだ。

 仲間であるタカヤたちも似たような理由で生を実感するため、何があってもペルソナ能力を手放すつもりはないと言っていた。

 故に、影時間を終わらせはしない。そのために影時間を終わらせようとする真田たちを殺してでも止めようと、呼び出された大鎌を持った男性型のペルソナが真田へと迫る。

 

「さがれアキ! こい、アルケイデス!」

 

 敵のペルソナが迫ってくると、近くで様子を見ていた荒垣が前線に出ながらペルソナを呼び出した。

 渦巻く水色の欠片の中から飛び出したのは、毛皮を羽織りその手に無骨な棍棒を持った巌のような巨人。

 新たなペルソナ法王“アルケイデス”は、現われるなり大地を踏み締め弾丸のように加速すると、モーモスの持っている大鎌にぶつけるため棍棒を横薙ぎに振り抜く。

 ガンッ、と鈍い音を立ててぶつかり合う武器。共に損傷はないようだが、腕力で勝るアルケイデスの一撃でモーモスは武器ごと後退させられた。

 それを見て忌々しそうにカズキが荒垣を睨めば、カズキの頭上を黒い翼を持つ不気味な人型のペルソナが飛んでゆく。

 

「ヒュプノス、マハガルダイン!」

 

 制空権を取ったタカヤのヒュプノスは、上空から広範囲に向けて暴風を放つ。

 暴れる風に身体をすくい上げられれば、橋から落ちて数十メートル下の海面に叩き付けられかねない。

 それは避けねばと荒垣は真田と天田の許まで下がり、自分たちの前にアルケイデスを防御姿勢で立たせる事で風から身を守った。

 

「縮こまっとって何が出来んねん! 死にさらせや!」

 

 三人がアルケイデスの影で風に耐えていれば、風が弱まりかけたタイミングでジンが手榴弾を投げる。

 彼の投げたそれは用途によって使い分けるため、既製品に手を加えたカスタム品だ。

 しかし、その形状からどういったタイプの手榴弾なのかは判別することが出来る。

 アルケイデスの横を通り過ぎようとしている手榴弾の形状はほぼ球体。通称アップルボムと呼ばれるものだ。

 アップルボムの特徴は内蔵された金属片を爆発で飛ばす事。破片を飛ばすだけあって爆発で負傷を狙うよりも高い殺傷力があり、半径五メートルが致死範囲とされている。

 そんなものが傍で爆発すれば、学校の制服という戦闘において欠片も防御力を発揮しない装備しか身に着けていない荒垣たちは無事では済まない。

 

「アルケイデス、そのままヒートウェイブだ!」

 

 だが、荒垣たちもただ風から身を守っていた訳ではない。

 このタイミングで別の攻撃をされる可能性など最初から気付いている。

 故に、ジンの投げた手榴弾がアルケイデスの横を通り過ぎようとしたタイミングで、アルケイデスは衝撃波を放って手榴弾を遠くへ弾き飛ばした。

 飛ばされた手榴弾が遠くで爆発したタイミングで、ペルソナの影にいた天田が飛び出て召喚器の引き金を引く。

 

「カーラ・ネミ!」

 

 橙色をした金属の身体を持つカーラ・ネミは、呼び出されると両腕を前に突き出し錐状のエネルギーを放つ。

 貫通属性のマッドアサルトは手榴弾を投げたばかりのジンへと迫り、思わぬ反撃に敵も苦々しげに回避を取ろうとする。

 

「カエサル、マハジオンガ!」

 

 だが、その瞬間に真田が発動の速い中級広域魔法を放って敵の回避を妨害した。

 電撃を喰らいそうになったジンが僅かに身構えれば、そのほんの少しの遅れが明暗を分け、次の瞬間にはカーラ・ネミの放った攻撃をくらって大きく吹き飛んだ。

 

「調子に乗ってンじゃねェぞ、三下ァァァっ!!」

 

 仲間であるジンが吹き飛ばされ道路を転がると、カズキが激昂した様子で剣を持ち迫ってきた。

 敵方に三体のペルソナが呼び出されている状態で、いくら頭に血が昇っていようが生身で来るなど命知らずとしか言いようがない。

 だが、相手は仮にも裏社会で手を汚してきた者たちだ。右手に剣を持ったまま左手で拳銃を抜き、走りながら真田たちに向けて銃弾を放つ。

 ペルソナやシャドウという異能を相手に戦う事には慣れてきていたが、拳銃という現実世界での兵器に対する耐性はあまりない。

 アイギスや湊が使っていたのを見ていたが、自分に銃を向けられ弾丸が迫ってくるとなると感覚も違う。

 加えて、真田たちは死を意識するために拳銃型の召喚器を使っている。

 おかげで彼らにとって拳銃は死を意識しやすいものになっており、銃弾が自分たちに当たるかどうかに関係なく、先ほどのジンのように無意識に身体が反応して動きが鈍った。

 

「ヒュプノス、マハブフーラ!」

 

 そこへ上空からヒュプノスが氷の槍を大量に降らせる。

 

「ぐっ」

「クソッ」

 

 飛来した氷の槍は真田たちの身体を切りつけ、傷は浅くとも腕や足から血を流させた。

 ダメージから集中が途切れたのか、召喚者たちに迫っていた氷の槍をある程度防いだところでペルソナも消える。

 すると、そのタイミングで迫っていたカズキが到着し、走った勢いのままカットラスで天田に斬りかかる。

 

「おらァ!」

「ぐあっ!?」

 

 咄嗟に槍の柄で攻撃を受けるも、体格差と筋力の差で受けきれず吹き飛ばされる。

 背中から倒れるように転がった天田に、カズキは追撃として蹴りを放とうとするも、風切り音がした事で後退すれば先ほどまでいた場所を荒垣の斧が通り過ぎた。

 お互いにカバー出来る距離いたことでどうにか助けられたが、やはりというべきか相手の方が人間相手に戦い慣れている。

 自分たちは相手を殺せないが、敵は手段を選んでこない。

 以前の満月の日に、湊が真田たちを相手に簡単に攻撃をいなしていたが、自分たちが湊と同じ立場に立ってみて初めてその難しさを理解出来た。

 横目で天田が立ち上がるのを見た荒垣は、相手側もジンが復活しているのを見て、これはまだまだ長引きそうだと改めて集中し直す。

 ただ、相手は裏の人間だ。アルカナシャドウの討伐が止められないと分かれば、最後は道連れに橋を落とそうとしてくるかもしれない。

 何としてでもストレガたちを抑えてみせるつもりだが、出来るだけ早く終わらせてくれと荒垣は離れた場所で戦う仲間に対して祈った。

 

***

 

 加速器を展開したラビリスの戦斧が一体の石像を捉える。

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 戦斧に押されて地面をガリガリと削りながら、石像は元いた場所から離される。

 ラビリスが敵の一体を分断することに成功すると、残り二体の石像に順平と七歌がそれぞれ向かう。

 

「ヘルメス!」

 

 呼び出された勢いのまま上空へと向かうと、そこから急降下して足の金属の刃で石像を切りつける。

 表面は削ることが出来たが、ステータスの問題かダメージの通りが悪い。

 けれど、出来ない事を今更嘆いてもしょうがないと、順平は切り替えるとヘルメスに距離を取らせて上空から炎弾をいくつも放つ。

 ヘルメスの魔法は火炎属性。それなら順平はフレンドリーファイアを喰らおうとダメージはない。

 それを利用して大剣を持って相手まで近付くと、相手が炎弾で動きを止めている隙を狙い。上段から構えて一気に振り落として深い傷をつける。

 

「くらいやがれ!」

 

 ヘルメスの最初の一撃に加え、順平の大剣による一撃は相手にそれなりのダメージを与えたのか、石像の傷口からは黒い靄が漏れ出している。

 これならあと少しで倒せそうだと思いながら後退し、順平が敵から距離を取ったのを見ていた美鶴がペンテシレアに貫通力に特化させたブフーラを撃たせた。

 

「これで止めだ!」

 

 ヒュンッ、と空気を切り裂きながら進む氷の槍は寸分違わず敵の傷口へと突き刺さる。

 白い石像はまるで生き物のようにもがきながら倒れると、最後には弾けるように黒い靄になって消滅した。

 敵として現われた石像は全部で三体。順平と美鶴によって倒された事で、これで残るは七歌とラビリスがそれぞれ相手をしている二体だけだ。

 自分たちが相手していた敵が倒れた事で、順平と美鶴はそれぞれ他の者に加勢するか状況を見て考える。

 七歌は薙刀を持って敵に接近すると、裏拳の要領で身体を一回転させて遠心力を利用した横薙ぎを放つ。

 相手はシャドウの亜種だが石像でもある。その分、身体が硬いのかダメージは軽いものの、バランスを崩して道路に倒れた。

 その隙を狙って召喚器を抜いた七歌は、集中してから引き金を引いてペルソナを呼び出す。

 

「ジークフリード、剛殺斬!」

《ウオォォォォォッ!!》

 

 近接戦闘を強化するべく作った新たなペルソナ、剛毅“ジークフリード”。

 赤い鎧を身に纏った龍殺しの戦士は、剣を身体の横で寝かせたまま走り、倒れた敵の許まで辿り着くと切り上げの要領で一撃をくわえる。

 その時、切りながら引っ張る形になったのか、ジークフリードが剣を振り抜くと倒れていた石像は傷口から黒い靄を漏らしながらズザザと音をさせて道路を滑ってゆく。

 そして、滑っていった石像の動きが止まったところへ、真上から風の塊が降ってきて敵を粉々に砕いた。

 粉々に砕けて消えていく石像の真上には、様子を見て位置取りを確認していたゆかりのイオがいた。

 普段から共に行動する事が多いだけに、息を合わせるのも簡単だったようで見事に連続攻撃を決めることが出来たようだ。

 石像へ向かって行った順平と七歌がそれぞれ仲間の手助けを受けながら敵を倒せば、身体から青い光を放っていたラビリスも戦斧で石像を破壊していた。

 他の者たちがペルソナを使って仲間と一緒に倒した相手を、最新型の兵器を利用しながらも単独で倒す事が出来る。

 これが今の七歌たちとラビリスたちの実力の差だが、三体の石像が倒された今、メンバーたちの表情は先ほどよりも緊張感が漂っていた。

 そこへ全員に向かって風花の声が届く。

 

「敵を支えていた不思議な力の消滅を確認! アルカナシャドウ、落ちてきます!」

 

 風花がそう言い終わると同時に、メンバーたちが見つめる先に大きなシャドウが一体降ってきた。

 砂埃を巻き上げながら降ってきたシャドウは、これまで見てきたどのアルカナシャドウとも違っていてやや不気味だった。

 分類するならば人型という事になるのだろう。しかし、その身体は飛ぶためなのかプロペラがついた“大”の字型の鉄骨に張り付けにされている。

 ただし、ベルトやロープで固定されている訳ではなく、人で言うところの皮膚を杭で縫い付けているのだ。

 無論、シャドウなので人間のように血が出ることはなく、それどころか皮膚がゴムのように伸びていて、どことなくサーカスの演目にあるボディ・サスペンションに近い物になっている。

 元がそういった形であるため相応のタフさはあるのだろう。

 だからこそ、敵が三体の石像を出して結界で守られた時から、一人だけ集中して攻撃の威力を高めている者がいた。

 最後列、そこで白い召喚器を喉元に当てていたチドリは、溜めていた力を解放するように引き金を引いた。

 

「ヘカテー!」

 

 ローブに身に纏ったヘカテーが杖を構えたままチドリの頭上に現われる。

 杖の先には橋の上を照らすほどの明るさを持った小さな球体の炎が既に集まっており、攻撃を放つ前だというのに影時間特有のジメッとした空気が一瞬にして消えるほどの熱が辺りを包む。

 死を経験したチドリは強くなった。この場にいる誰よりも、この場にいる全員を足しても上回るほどの適性値を得ることが出来た。

 しかし、今から放つ魔法はそんなチドリであっても日に二度は撃てぬもの。

 それは神話に語られる神々を屠った巨人の一撃。世界を焼き尽くし、神々すらも殺してみせた終末の火。

 この一撃で今日まで続いた戦いを終わらせる。その意思を込めて少女は放つ。

 

「終わらせなさい! ラグナロク!」

 

 少女の命令を受けたヘカテーは道路に降り立ち、両手で杖を敵に向けるとその力を解放した。

 放たれた黄色い炎は一条の光となってアルカナシャドウを飲み込む。

 街への被害を考慮し、射線は空へと向くよう少しだけ上に向けておいたが、シャドウを飲み込み遙か遠くに見える雲を貫いた一撃は道路の一部を融解させていた。

 かつての青年の力を思わせるその光景を見た者たちは、思わず戦っていた手を止め、少女とその新たなペルソナをただ見つめた。

 攻撃が治まり煙が晴れれば、そこには赤く溶けた道路だけが残っており、アルカナシャドウの姿はどこにもなかった。

 

***

 

 アルカナシャドウが消滅し、シャドウと戦っていたメンバーたちが真田たちの周りに集まってくれば、これ以上の戦闘は無意味だと悟ったのか銃をベルトに差し込んでタカヤが口を開いた。

 

「……ここまでのようですね。ジン、カズキ、撤退します」

 

 チドリの新たなペルソナの力はタカヤたちの想定を超えていた。

 死に近付くことで適性値が上昇することは聞いていたが、完全に死んだ状態から蘇生された者などこれまで存在しなかった。

 それだけにチドリの能力がどれほど上昇しているか幾月たちも気にしていたのだが、先ほどの攻撃を見れば湊や理に匹敵するレベルになっていることは分かる。

 どの程度のチャージが必要なのか、連発は可能なのかという問題は残っているものの、元々タカヤたちと同レベルの力を持っていたと知っているだけに、一度の死で上昇する力の量が桁違いなのが分かったのだろう。

 他の二人もタカヤの決定に異論はないのか警戒したまま橋の欄干に近付いて行く。

 一体何をするのかと思って見ていれば、三人は走った勢いで欄干に飛び乗るとそこから身を投げた。

 

「嘘だろっ!?」

 

 何を考えているんだと順平や他の者たちが欄干に近付く。

 すると、遙か下の方で彼ら三人を巨大なペルソナが回収して飛び去っていった。

 どうして男たちしかいなかったのかと思っていたが、どうやら妨害に失敗した場合の保険として待機していたようだ。

 これで彼らが海に落ちていれば、後味が悪い結果に終わっていたところなので、そうならなくて済んだことに安堵の息を吐く。

 そして、敵が去って行った方角を見ていた者たちは、敵の姿が見えなくなったところで無事に敵を倒せたことを喜び合った。

 

「何とか足止めをする事が出来たな。贅沢を言えばあいつらを倒してやりたいところだったが」

「気持ちは分かるが裏の人間を相手にしてたんだ。十分よくやったと言えるだろ」

 

 真田と荒垣、そして天田は身体のいたるところに傷を負っていたが、どれもそれほど深刻な怪我ではないようでゆかりの回復魔法ですぐに塞がっている。

 殺す事を厭わない敵を相手にその程度の怪我で済み、最後まで仲間の邪魔をさせなかった事は十分褒められるべき成果だ。

 真田に答える荒垣の言葉に美鶴も頷き、作戦室で言っていた通りに自分の役目を果たした彼らを他の者も賞賛した。

 続けて、アルカナシャドウとの戦いに話題が移り、最後の一撃は本当にすごかったとゆかりがチドリに話しかけた。

 

「チドリ、最後の魔法すごかったね。本当に、これで戦いを終わらせるんだって気持ちが伝わってきたよ」

「……そうね。これで一つ、八雲の願いを叶えられたかしら」

 

 忌まわしい事故から十年。長きに亘る影時間の戦いはついに終わりを迎えた。

 実感はない。未だに影時間が消えていないのだから当然かもしれないが、美鶴がラボから聞いた話ではこの影時間が終われば二度と影時間は現われないらしい。

 美鶴や七歌、チドリと言ったメンバーにすれば、およそ十年前からある事が当然という感覚だっただけにしばらくは違和感が抜けないかもしれない。

 それでも一つのことをやり遂げた事は間違いない。お互いに今日の戦いとこれまでの戦いを労いながら帰路へとつこうとする。

 その時、チドリは自分の中から何かが消えるのを感じた。

 

――――じゃあね。僕は先に彼の所へ行くよ。

 

 頭の中にそんな声が響き、辺りを見渡すが戦闘に参加したメンバー以外の姿はない。

 ただ、消えたのが何であるかは分かったので、これでもうシャドウとの接点もなくなるのだろうと思いながら、チドリは他の者たちと一緒に栗原の待つ寮へと向かった。

 

 

 


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