【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百四十一話 戦いを終えて

――都内・某所

 

 最後のアルカナシャドウである刑死者“ハングドマン”が倒された後、撤退したタカヤたちは反応を隠蔽する腕輪をつけて風花の探知から逃れて研究所に戻ってきた。

 闇の皇子の降臨に必要な生贄は七人。上手く行けば数人ほど間引いてくる予定だったが、ペルソナが進化した者たちが思っていたよりも強くなっていた事で、予定が狂ってしまい人数を減らすことが出来なかった。

 けれど、戻ってきたタカヤたちは悲観的な顔はしていない。

 カズキはどことなく消化不良のようで不貞腐れているが、全力を出し切った訳ではないこともあり、一度の撤退くらいで癇癪を起こしたりはしないようだ。

 

「やあ、お疲れさま。向こうの戦力は測れたかい?」

 

 戻ってきたタカヤたちを労うように笑顔の幾月が理たちと共に出迎える。

 今回の出撃はストレガのみで、さらに言えば索敵を主に担当しているメノウとペルソナが巨大なスミレは、探知から逃れるために反応を隠蔽する腕輪をつけて近くに待機していた。

 おかげで作戦の失敗を悟ると同時に撤退したタカヤたちも無事に戻って来られた訳だが、相手にアルカナシャドウを倒させまいと妨害するフリをしていた彼らは、敵を間引くこととペルソナが進化した相手の戦力を測ることを目的に動いていた。

 まさかチドリまでアルカナシャドウの討伐に参加して来るとは思っていなかったものの、死を経験してどれほど力が増しているのか気になっていただけに、アルカナシャドウとの戦闘が見られたことは収穫だった。

 

「チドリの成長が恐ろしかったですね。ペルソナも進化していたようですし、ハングドマンを消し去った一撃はミナトのそれに匹敵していたと思います」

 

 顎に右手を当てながら、タカヤは橋の上で見た一撃を思い出して小さく笑みを浮かべる。

 チドリの新たなペルソナの総合的な強さは分からない。なにせ相手は一撃しか放っていないのだから。

 ただ、その一撃でほとんどダメージを与えていなかったハングドマンを消し去った。

 刑死者のシャドウは“死”を意味する“死神”のアルカナに最も近付いている存在。

 それ故に強力であり、総合的な強さでは他のアルカナのシャドウよりも上を行っている。

 デス復活の要である最後のアルカナシャドウともなれば、その強さはモナドの最下層やタルタロスの最上層クラスだったはずだ。

 他の者たちが時間を稼いで力を溜めたのだとしても、湊のペルソナと同等レベルの一撃を放てるという事実は敵戦力として見過ごせないだろう。

 実際に戦場でその力を見たタカヤがそう話せば、幾月も興味を持ったのか、近場に待機して見ていた探知能力持ちのメノウはどのように感じたのか視線で尋ねた。

 

「正直、ボクからは何とも。向こうの探知型の力が上がってたから、隠蔽の腕輪をつけてても下手に動くとバレるんだよ。一応、撤退時にアナライズしてきたけどやっぱり何かの力に邪魔されてチドリには使えなかったしね」

 

 現在、ストレガたちが外で活動出来ているのは、気配隠蔽の腕輪の恩恵を受けているところが大きい。

 黄昏の羽根やシャドウを使った研究の中で幾月が見つけた物で、それを付けているだけでペルソナを使った探知の網をすり抜け、シャドウからも襲われづらくなるという効果がある。

 以前までなら付けているだけで十分だったのだが、風花のペルソナが進化してからはほんの僅かな存在の違和感を見抜けるようになったらしく、一定以上の距離を取るかそれほど離れられないのであれば動かない必要がある。

 少なくとも一キロ以内なら動かずともバレる。それが分かっている状態で下手に探ることなど出来るはずもなく、メノウに出来たのは撤退時にアナライズを掛けることだけであった。

 もっとも、そのアナライズも何かの力に守られているチドリには効かなかった訳だが、一応分かった事もあると彼女は続ける。

 

「ただ、何となくチドリを守っている力の種類は分かってきたよ」

「ほう。君たちに与えた隠蔽の腕輪のような道具の力ではないのかい?」

「そういうものじゃないね。種類としてはペルソナとかシャドウに近いと思う。その力に覆われてるからチドリ自身の力は見えないみたい」

 

 ストレガや理たちが使っている腕輪も、本人に対して掛けられたアナライズを阻害する力がある。

 隠蔽の副次効果でありあまり強い力ではないので、ムーンライトブリッジで戦ったときの距離ならば解析されてしまうが、一定の距離を開ければ今の風花でも解析することは出来ないだろう。

 そういった道具を知っていたからこそ、幾月もチドリが近い効果を持った道具を使っているのではと思ったらしい。

 だが、実際にアナライズしたメノウにはそれが別の力、もっと言えばペルソナやシャドウの使う異能系だと分かっていた。

 今のチドリは彼女自身の力ではなく、別のペルソナやシャドウの力で守られている。そう聞いた幾月は腕を組んで何やら考え始めた。

 相手は元々研究者なので考え込むと長いところがある。そのため、今の内に自分も疑問に思ったことを尋ねようと思ったらしい理が口を開いた。

 

「チドリってやつを守ってる力は隠蔽効果だけなのか?」

「分からない。正確に言うとチドリの力を解析しようとすると壁になって来るだけで、その力があることは分かるからチドリの存在自体を隠蔽してる訳じゃないし」

 

 理たちの考える隠蔽は一種のステルス。その場にいること自体を隠す力の事だ。

 しかし、チドリを守っている力はそういった力ではなく、彼女を探るために伸ばされた力に対して壁になって遮るだけのもの。

 遮るだけなので存在を隠すことは出来ないし、守る力が強い事もあって探知を広域展開するだけで簡単に居場所を特定出来てしまう。

 これで外部からの攻撃も同じように遮断出来るなら、自前で湊クラスの攻撃力を手にした事も併せてチドリは最優先で排除しないといけなくなる。

 総エネルギー量であると同時にペルソナ能力で強さの目安となる適性値。それで言えば理と玖美奈は誰よりも高かったが、最大火力の話となると二人は湊に及ばなかった。

 何が原因なのか分かっておらず、恐らくはペルソナ自体に発揮出来る能力の上限値があると見られているが、今の二人ではチドリと撃ち合えば単独なら力負けする可能性が出たのだ。

 最大の障害を排除したというのに、新たに無視出来ない脅威が現われた事に理は不愉快そうに顔を歪める。

 ただ、個人の勝敗を気にしている時間は無い。

 結局、幾月は保険として用意しようとしていたデス・アバターを作る事は出来なかった。

 終末の鐘を鳴らす者、世界の終わりを告げる宣告者、ニュクス降臨の鍵となる存在はやはり複数存在し得ないらしい。

 となれば、アルカナシャドウを倒して現われるデスを儀式に使う必要があり、その降臨が終わるまでは邪魔をさせる訳にはいかない。

 

「僕と姉さんは幾月さんの護衛に出る。あっちは街中では大規模な破壊は出来ないようだし。ストレガから人数を割いて排除か足止めをしてくれ」

「分かりました。ですが、感動の再会には演出も必要でしょう。私とジンは貴方たちに同行します。チドリの排除は他のメンバーで行ないます」

「ああ。それでいい。流石に向こうもチームをいくつにも分けたりはしないだろう」

 

 特別課外活動部は未だに幾月が言った方法こそ影時間を終わらせる唯一の手段だと思っている。

 ならば、明日もまた影時間が訪れればどうなるだろうか。

 理たちの読みではタルタロスに変化がないか確かめに来るはずだ。

 その時、寮暮らしではないチドリだけは別ルートでタルタロスを目指し現地で合流するに違いない。

 そこで、タルタロスに先回りして現地で感動の再会する予定の幾月と、ちょっとした演出を考えているタカヤたちはタルタロスに向かい。

 残りのストレガメンバーで単独行動を取っているであろうチドリの相手をすればいい。

 生贄の人数は特別課外活動部だけで足りているのだ。

 残りのメンバーはデスの降臨の邪魔さえしなければいい。

 ここで幾月も思考の海から戻ってきたようで、今夜の事を考えて小さく笑うと全員に向けて話す。

 

「今日で目的の一つが達成される。デスを使ってニュクスを呼ぶには時間が掛かるかもしれないが、今度こそデスを手に入れてみせよう。皆、力を貸してくれ」

 

 実験の失敗から十年。ようやく駒を一つ進める事が出来る。

 ここで邪魔などさせる訳にはいかないと、決意を新たに幾月たちは準備を進めた。

 

11月4日(水)

放課後――巌戸台分寮

 

 最後のアルカナシャドウを倒した翌日。

 七歌たちはいつも通りのように学校へ行き、いつも通りに学校から帰ってきた。

 もっとも、チドリとアイギスは休んだままだったが、ようやく影時間を終わらせる事が出来たのだ。

 メンバーたちの表情はどこか明るくなっており、順平が“お疲れさま会”をしようと言い出した事で男子たちは買い出しに行っていた。

 

「お父様は夜に顔を出されるそうだ。その時、召喚器の回収も行なうらしい」

「そっか。もう必要ないんですもんね」

「慣れ親しんだ道具だけど、お守りにするには物騒だしね。何かあった時に所持してて疑われても嫌だし。ケジメとして手放した方がいいよね」

 

 男子たちが帰ってくるまで女性陣は紅茶を飲んでゆっくりしていた。

 責任者である桐条がここへ来る事に驚きはなかったが、召喚器を回収すると聞いた時はゆかりは少し驚いた様子を見せた。

 ただ、すぐにもう必要ないんだと感慨深げな表情になり、七歌も形が拳銃型なだけにここで手放した方が良いだろうと頷く。

 そんな二人を見ていた風花はカップに口をつけ、少しだけ飲むと静かにカップをソーサーに置いてから口を開く。

 

「終わってみると何か不思議な感じです。普通では出来ない体験。怖いし、嫌だったけど、マイナスな事ばかりって訳ではなかったというか」

「そうだな。君たちと仲間として過した時間は大変貴重なものだ。私は家の事情もあって誰かと肩を並べるというのが難しい。それだけに背中を預けられる存在に出会えた事は幸運だった」

 

 日本の労働人口の二パーセントを担う桐条グループ。そのトップのご令嬢ともなれば、大概の人間は父親の不興を買うのを恐れて腰も低くなる。

 例え親同士、子ども同士の歳が近かったとしても、ほとんどの者は桐条を格上と見て一歩引いて接するのだ。

 中には元になった南条家より長い歴史を持ち、尚且つ間接的にだろうと桐条の影響を持たない地盤を築いている九頭龍家のような存在もあるが、そんな家は稀少であり七歌のように気にせず美鶴と接する者などまずいない。

 だからこそ、ご令嬢ではなく美鶴個人として接し、共に仲間として戦って来た特別課外活動部の者たちとの繋がりは美鶴にとってかけがえないものとなった。

 美鶴から純粋な信頼を感じ取った他の者たちは、相手を見つめ返して自分も同じ気持ちだと笑みを浮かべる。

 ただ、そういったものを得られた一方で、無視出来ない犠牲があった事も事実だ。

 カップに視線を落とした美鶴は、十年前の事故からさらに罪科を重ねたグループについて考える。

 

「ただ、それはあくまで私の事情だ。十年前の事故だけじゃない。影時間を終わらせる戦いの中で、理事長や有里、一命を取り留めたが美紀だって犠牲になった。ストレガや八雲についても同様に、未だ桐条の罪は増え続けている」

「……アイギスはずっと変わらない様子みたいですし。チドリも目的を果たした以上、今後どうなるか分からないですもんね」

 

 美鶴の言葉にゆかりもカップに視線を落としながら返す。

 今日の食事会にラビリスは来ないと既に連絡を受けている。彼女は妹であるアイギスの面倒をみるのだとか。

 そして、昨日の戦いに参加したチドリは学校を休んでおり、今日の食事会に参加するかどうか連絡はまだない。

 ただ、彼女は湊が叶えられなかった願いである、“影時間を終わらせる”という目的を持って動いていた。

 一人でタルタロスへと挑み、湊の掛けたタナトスという保険がなければ死んでいたかもしれない。

 そんな危険性を孕んでいる事もあり、目的を達成した後の様子を心配しているが、ゆかりたちの予想では燃え尽きてアイギスのような状態になる可能性の方が高いと思っている。

 再び彼女たちが立ち上がるには、彼の死を受け止められるようになるための時間と周りの協力が必要だろう。

 もっとも、ここにいる者たちも完全に受け止められているとは言い難い。

 二人のようにならなかったのは、単純に彼と過した時間の長さや濃さが二人ほどではなく、さらに葬式をしていないことで現実感がないことが理由だった。

 

「やく……湊君の身体なんて盗んで何に使うつもりだったのかな?」

「さぁ? 単に私たちへの嫌がらせが理由じゃない? 仮に何かしらの利用法があったとしても真っ当な神経してないと思うけど」

 

 何故ストレガたちは湊の遺体を盗んだのか。その理由は明らかになっていない。

 ただ、影時間が終わったなら、ストレガたちと戦う理由もなくなる。

 相手にすれば無理矢理に実験体にされ、生き続けるために寿命を縮める劇薬を飲まなければならなくなったという恨みはあるだろう。

 そして、その実験で得た力を今度は無理矢理に奪われた形になるため、影時間を消すための実働部隊になっていた七歌たちに憎しみが向いてもおかしくはない。

 

「彼らについてはお父様も向き合い続けていく必要があると仰られていた。実験が行なわれていた時から数えればおよそ九年。その間、制御剤を飲み続けていたなら寿命は三年と残っていないらしいがな」

 

 どんなに長くとも三年ほどしか生きられない。

 自分の身体の事ならば、ストレガたちも当然それに気付いている事だろう。

 加害者が今頃になって何かしてやりたいと言ったところで、既に遅すぎると言わざるを得ないがだからといって何もしないのでは桐条鴻悦の時代から何も変わっていない事になる。

 自己満足と言われようとも何か出来ることがないかと考える事は間違いではないのだろう。

 十年前の事故からどこか死に場所を求めるように生きている父親のそんな小さな覚悟を見た美鶴は、冷たい考えだが一つだけほっとした事があると話す。

 

「お母様に有里がクローンだったと伝えた。そして、有里を間接的に殺めたのが八雲であることも」

「おば様は何か言ってました?」

「……そう、とだけ。十年前の事故の後よりも落ち着いているが、実際に接していたのは有里の方だからな。本物、偽物で語れることではないのだろう。ただ、私としては有里がお父様を殺める事なく終わったのは少し安心しているんだ。お母様も有里を止める事は出来ないと言っていたが、常に悩み続けていたようでな」

 

 英恵にしてみれば湊は大切な友人の忘れ形見、実の息子のように思っていた存在だ。

 その彼が夫である桐条武治にされた事、それを思えば殺すと断言していた事も納得出来てしまったに違いない。

 だが、それはそこに至る理由を理解出来るだけであり、もたらされる結果まで肯定出来る訳ではない。

 どちらも大切だからこそ、そうなって欲しくはないと思い続けた英恵の願いが、違った形で叶ったとも言える結末。

 桐条武治は殺される事なく、百鬼八雲は生きており、退場したのはクローンの青年唯一人。

 けれど、それを喜べるほど簡単には割り切れないからこそ、今も英恵は別邸で静養しているのだろう。

 影時間は終わったが、そこに至るまでの中で起きた事の後始末は終わっていない。

 その事を理解した七歌たちは、自分たちも出来る事があれば最後まで付き合おうと考え、男子たちが帰ってくると食事会の準備に取りかかった。

 

 

 


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