【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百四十八話 光

――月光館学園

 

 七歌たちが理の攻撃を躱すため天文台から飛び降りると、幾月は黄昏の羽根を材料に作ったシャドウ誘導弾を使った。

 その効果は誘導弾が炸裂した地点までシャドウを呼び出すというものだが、正確に言えばその地点に最も近い場所にいるペルソナの反応へと群がるものだ。

 ただの適性持ちや影時間に迷いこんだ者も襲われる事はあるが、そちらは攻撃されたから反撃したか、相手の心の中にいるシャドウをエネルギー源として吸収しようとしているに過ぎない。

 逆に、シャドウたちがペルソナ使いたちを襲うのは、やつらが自分の天敵を本能の部分で理解しているからなのだ。

 ペルソナ反応を隠蔽する腕輪を付けている幾月たちは狙われず、固まって行動している七歌たちは集まっているせいで余計にペルソナ反応が大きく見え、やってくるシャドウたちに狙われやすくなってしまう。

 お荷物である桐条武治を捨てて逃げれば、最悪でも駅の辺りまでは逃げられただろう。

 無論、捨てていけばそう時間をおかずに死んだだろうが、シャドウ誘導弾の効果から考えれば集まったシャドウは桐条を無視して七歌たちを追った。

 その効果に気付く者がいたならば、一人だけ桐条を運ぶという別行動を取り、他の者たちがより強いペルソナ反応で囮になるという作戦をとることも出来たかもしれない。

 しかし、そうはならなかった。本来は七歌と二人でブレインとして働く美鶴が重傷の父を前に使い物にならず、他の者たちは頭上からストレガと幾月に狙われ大量のシャドウが来るという状況に浮き足立ってしまった。

 結果、彼らは校門から出たところで大量のシャドウの相手をする事になっている。

 

「フフッ、本当にどうしようもないですね。決して諦めないというのは見方によっては美点なのでしょうが、仮にも世界を救おうという人間の行動としては矛盾が多過ぎる」

「まぁ、しょうがないさ。あくまで彼らは一般の学生。一を捨ててでも十を助けるなんて考えは持てないよ」

 

 天文台の屋上から七歌たちの戦いぶりを眺め、タカヤと幾月はどこか呆れた調子で話す。

 空は遙か上空を飛行出来るシャドウらに覆われて月を見ることも出来ず、タルタロスからは津波のように一つの巨大な塊になったシャドウが溢れ出ている。

 男子たちが前に立ち、その脇を七歌とアイギスで固め、車椅子の桐条とそれを押す風花を守るようにゆかりと美鶴が遠距離から攻撃を加えている。

 湊のマフラーの中にあった装備は、本来彼らが使っていた者よりも上等だったらしく、その点に関して言えば七歌たちの戦力は捕まる前よりも上がっている。

 だが、多勢に無勢。ここに来る前にアイギスと別れたというラビリスらの許にも救援に行く必要があるというのに、今の彼女たちの足は完全に止まってしまっている。

 これではそう遠くないうちに前衛に綻びが生じ、そこから一気に崩されて全滅するに違いない。

 幾月やストレガが同じ立場に置かれれば、最終目的を達成することを優先し、一部の者たちが殿として敵の足止めに徹するべきだと判断した。

 より戦力になるラビリスたちの救援を優先し、彼女たちに近い力を持つ七歌とアイギスだけを逃がし、他の者たちは彼女たちに後を託しここで限界まで戦い続ける。

 幾月たちの考える正解はそれだ。

 無論、仲間が犠牲になるのは辛いだろうが、ここで全員死ねば世界は滅びるのだ。

 大局を見て冷静に判断出来たなら、一人でも多く生き残り未来に希望を託す選択を取れたに違いない。

 それが取れなかったのはただの学生として過してきた故の経験不足、自分たちが世界の命運を背負っているという自覚の無さが生んだ甘さが原因だった。

 

「それで、そちらの彼は大丈夫なのですか?」

 

 ここからタカヤたちが攻撃すれば、七歌たちは対処しきれず簡単に終わるだろう。

 けれど、どこまで粘れるか見物だと思っているため、敢えて手を出さずにいるタカヤは玖美奈と共にいる理に視線を送って幾月に尋ねた。

 理は先ほどアイギスによって真実を暴かれた。

 無論、クローンを作らせた幾月はどちらがオリジナルでクローンなのかは知っていたが、タカヤたちが会ってから理は自分がオリジナルと言い続けていた。

 もし、彼が幾月から君がオリジナルだと聞いていたなら、アイギスの指摘で精神的に不安定になっている可能性がある。

 理は前に玖美奈が怪我を負った際、精神的に不安定になり攻撃を仕掛けて来たマリアを殺した事があった。

 今回も同じような事になるのなら、同盟の維持を考える必要があると暗に伝えれば、幾月はそこは安心して良いと笑顔で答える。

 

「玖美奈が付いていれば大丈夫さ。元々、彼も玖美奈も真実は知っていたからね」

「ならば、何故自分がオリジナルだと?」

「公的には百鬼八雲は死んでいて、彼らは有里湊と結城理になっていた。つまり、“百鬼八雲”は空位だったんだ。なら、生き残ったより強い方がそれを名乗るべきだろう?」

 

 理は本来、どちらがオリジナルでクローンかと争っていた訳ではなく、自分が勝って本物の八雲になることが目的だった。

 ただ、ずっと研究所にいたせいか彼の精神の発達具合は未熟で、湊と比べると子どもっぽい部分がある。

 自分こそがオリジナルだとも言い始めたのは、恐らくその辺りが関係しているのだろうと話し、幾月は再び視線を戦っている七歌たちの方へと向けた。

 

「さて、どこまで持ちこたえられるか見物だね。何せ、シャドウはタルタロスから出てくるだけではないのだから」

 

 高い位置にある天文台の屋上からはその光景がしっかりと見えていた。

 高速で飛びながら接近してくる悪魔型シャドウの姿、海に浮かぶ超大型キメラシャドウの姿、そしてムーンライドブリッジを渡って次々とポートアイランドに集まってくるシャドウの大軍が。

 タルタロスから溢れ出てくるシャドウの相手に必死で、周囲の様子を気にしていられない彼女たちには見えていないだろう。

 だが、幾月が今日のために街中にばらまいておいた研究成果、それらは今七歌たちの命を確実に刈り取ろうと牙を剥いていた。

 

――港区

 

 道を覆い尽くすほどのシャドウの群れの頭上へ移動したタナトスは、身体からその力の源が抜け出ることにも構わず全力の雷を走らせた。

 

《グルォオオオオオオオオオオオッ!!》

 

 残された力の全てをそこに籠めるように、タナトスから放たれた雷は地上と空、二つの場所にいるシャドウたちを次々と屠ってゆく。

 タナトスを中心に放射状に広がる紫電は、順平たちを囲んでいたシャドウたちを排除し、彼らが僅かに移動するだけの時間を作る。

 規格外のペルソナであるテュポーンと戦い。続けてチドリらを守るように戦ったことで、タナトスは既に数百体のシャドウを倒していた。

 だが、戦い続ければ当然のようにエネルギーを使い続ける事になる。

 基が湊の力だけあってその量は他のペルソナ使いよりも多いくらいだったが、それでも死にかけていた湊がせめてもと残していっただけの力に過ぎない。

 ダメージが蓄積して存在を維持出来なくなっても終わり、戦い続けてエネルギーが枯渇しても終わり、最初から戦いの果てに消滅が決まっていた存在だ。

 存在を構成する最後の一滴まで力を使い切った死神は、本道よりも細い道の方へと移動した順平たちを見つめながら消えてゆく。

 青年が死ぬ前に掛けた保険もこれで終わりだ。

 多くのシャドウを道連れに消えていくペルソナを見ながら、順平もまだまだ諦めないとばかりに剣を握り締め、タナトスが作った空白地帯へ再び集ってくるシャドウの相手を始める。

 

「くそっ、まだだ! まだ終われないんだよ!」

 

 集まってきたシャドウに大剣を振り下ろしながら順平は叫ぶ。

 呼吸が弱り、体温が低下していくチドリを早急に病院へ連れて行かねばならない。

 自分の着ていた上着を掛けたがそんなものは応急処置にもなりはしないだろうと理解している。

 影時間が明けるまではまだ時間があるので、残り時間を戦って逃げ切るというのも難しく、味方が応援に駆けつけるか隙を見てこの場を脱出するしか助ける道はない。

 けれど、切り札であるペルソナは既に使えない。

 チドリから力を分け与えられた順平は勿論、ラビリスとコロマルもとっくにエネルギー切れだ。

 

「きゃうんっ」

「コロマルさん!!」

 

 プロレスラー型のシャドウの拳が身体を掠り、コロマルが地面を転がってぐったりと倒れたまま動かなくなる。

 追撃を喰らわせようとするシャドウへラビリスが斬りかかり、何とか相手を消滅させるも、続けて道化師のようなシャドウが現われて氷の飛礫を次々と放って来た。

 ペルソナで撃退出来ない以上、回避するか防御するしかないが、ラビリスの後ろには倒れたコロマルがいた。

 避ければ彼に当たってしまうために、大きな戦斧を盾代わりにして飛礫を受け止めた。

 

「ダメだ、ラビリス! 避けろ!」

 

 氷の飛礫は大きな戦斧を盾にする事で受け止められた。

 だが、すぐに順平の声が聞こえて、一体何がと盾の向こうへ視線を向ける。

 するとそこには、頭に生えた二本角を向けたまま突進してくるミノタウロス型シャドウがいた。

 素早い動きで迫る巨躯のシャドウを咄嗟に相手することなど不可能。

 何とか盾にした戦斧で受け止められないかと腰を低くし、戦斧を両手で構えたまま受け止める体勢に入る。

 次の瞬間、ドゴンと激しい音と衝撃が彼女を襲い。ラビリスの身体は戦斧と共に宙に舞っていた。

 空中で回転する視界の中で、ラビリスはミノタウロス型が倒れたコロマルに蹴りを放つのが見えた。

 ぐったりしていたコロマルは近くのビルの壁まで吹き飛び、衝突してから地面に落ちると口から血の泡を吹いている。

 そこまで確認したところでラビリスの身体も地面にぶつかり、痛みと衝撃に揺れる視界のせいで動くことが出来なくなる。

 たった一体。しかし、他のシャドウよりも明らかに強い個体に守りを突破されたせいで、これまで何とか保てていた戦線が崩れた。

 

「うおぉぉぉぉっ!!」

 

 落ちてきたラビリスに止めを刺そうとするミノタウロス型に順平が斬りかかる。

 敵は咄嗟に左腕を盾にして振り下ろされる大剣を防いだ。

 衝突する鋼と筋肉。

 通常ならば勢いを乗せた斬撃は敵の腕を切り落としていたはずだ。

 しかし、敵は恐らく高層フロアのシャドウ。その身体は並みの素材よりも遙かに硬く、加えて順平もここまで武器をかなり酷使してしまっていた。

 結果、叩き付けた箇所から大剣は真っ二つに折れてしまった。

 ペルソナが使えなくなり、今度は武器まで失った事で順平の顔が絶望に染まる。

 ただ、目の前の脅威を排除せねば、倒れた仲間たちの容態を見る事すら出来ない。

 折れた武器を咄嗟に敵に投げつけると、それを敵が腕で打ち払っている間に順平は後退し、落ちていた戦斧を拾い上げる。

 これまで使っていた武器よりも遙かに重く、持ち上げるだけでも一苦労。

 

「おっらぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 それでもここで今戦える者は順平しか残っていない。

 自分が退けば仲間が死ぬ。二度とそんな事になってたまるかと彼は遠心力を使って戦斧を横に薙いだ。

 振り抜かれた戦斧は敵の脇腹を深く切り裂き、怯んだ相手が数歩後退した。

 反撃を喰らえば拙いと思っていただけに、相手が怯んで距離を取ったことに順平は内心で笑みを浮かべる。

 そして、横に薙いだ勢いをそのまま利用し、アッパー気味に振り上げた戦斧を敵に向けて今度は振り下ろす。

 勢いの乗った渾身の一撃は敵を袈裟切りに切り裂き、そのまま黒い靄になって消えていった。

 何とか目の前の脅威を排除出来たことに安心するが、シャドウたちは次々と彼らのいる路地へと侵入してくる。

 ダメージが抜けないのかラビリスは起き上がれず、コロマルも呼吸はしているようだが意識がない。チドリはその呼吸すらも怪しくなっており、仲間の応援が来る気配もない。

 ペルソナもなく、武器もラビリスの使っていた重い戦斧が一つ残っているだけ。

 敵は際限なく湧いてきていて、自分の体力も限界が来そうな事は少年も察していた。

 敵が近付いて来ているのを見ながら、順平は地面についた戦斧を支えに俯き呟く。

 

「ははっ……なんだよ、これ。オレら頑張ったってのにさ……」

 

 助けたい。仲間を、少女を、何とかして助けたいがその手段がない。

 自分だって死にたくはないが、せめて自分を助けてくれた少女だけはと必死に戦った。

 しかし、どれだけ戦っても終わりが見えず、一刻も早く治療が必要な少女を病院へ連れて行かねばと思っている間に他の仲間まで倒れてしまった。

 僅かでも希望があれば、時間さえ稼げば助かるような道さえ残っていれば、彼の胸の中で燃えていた心の火も消えることはなかっただろう。

 滅びを迎えるために戦っていた敵と、世界を守るために戦っていた仲間たち。

 どう考えても正しいのは自分たちだったはず。

 なのに、結果がこれではあんまりだと順平は空を仰ぎ見て、それに気付いた。

 

「嘘だろ……」

 

 まるで、世界に終末を告げるような光が降ってくる。

 直径にして何百、いや、何千メートルあるか分からないほどの圧倒的な光の柱。

 どれだけ全力で逃げても間に合わない。

 これがストレガたちの求めた滅びなのか。

 日本の首都を壊滅させるであろう徐々に近付いてくるそれが地上を照らした時、

 

「……こんな最後なんて、ありかよ…………」

 

 順平は涙を流し、地上へ突き刺さった光の柱に彼らは呑まれた。

 

 

――月光館学園

 

 戦っても、戦っても果てが見えない。

 かつて湊は異なる時の流れに乗ったタルタロスで一月以上戦い続けていたが、それでもタルタロスのシャドウたちが枯れることはなかった。

 

「ぐあぁっ」

「天田っ!!」

 

 黒い騎士型シャドウが振るった槍に払われ、攻撃を受け損なった天田が地面を転がり倒れる。

 とっくの昔に彼らの精神力も枯渇し、既にペルソナを呼ぶことは出来なくなっている。

 そうなれば体格と体力にハンデのある天田が最初に落ちるのはある意味当然だった。

 彼に追撃を仕掛けようとする騎士型シャドウを真田が横から殴りつけて止める。

 転がった天田は後列の七歌が回収し、桐条の座っている車椅子に寄りかからせた。

 少年の安全が確保されれば、荒垣と真田も再び自分の持ち場を維持しようと懸命に戦うも、いつまで戦えばいいんだと不安が頭を過ぎる。

 実際、戦い始めてどれだけのシャドウを倒したかなど覚えていない。

 

「くんぞ、アキ!」

「分かっている!」

 

 マーヤ型が七体雪崩れ込むように向かってくる。

 警戒して荒垣が真田に注意を促しながら斧で斬りかかれば、真田は前に出て三体の敵を連続で殴って動きを止めてゆく。

 ペルソナ使いが使えば普通の銃でもシャドウを倒せることもあり、アイギスが絶えずマシンガンでシャドウの群れを牽制してくれている。

 そのため、それを突破してきた敵だけを相手するに済んでいるが、既に荒垣と真田も腕や足に限界が来ていた。

 天田が抜けた事で攻撃の手が減り、二人だけでは対処しきれなかったマーヤが後ろにいる者たちの許へ向かう。

 しまったと真田たちが一瞬視線を送れば、すぐに反応した七歌が薙刀で敵を斬りつけて排除した。

 後ろには怪我人もいるため、反応してくれて助かったと荒垣が礼を言おうとする。

 

「悪い、通しちまった! 助かった!」

「大丈夫です。通してもここで食い止めるので、前に集中してください!」

 

 だが、まだまだシャドウたちは迫ってきているため、フォローぐらいいくらでもすると七歌は相手の礼を断って自分も少しだけ戦列をあげた。

 真田が磔にされたシャドウを倒し、荒垣がカブトムシ型の角を斧で叩き切ってから胴体を蹴りつける。

 空からくる鳥型をゆかりが居抜き、少し休んだ天田がアイギスから渡されたサブマシンガンで敵の牽制をし続ける。

 終わりが見えない。いつまで戦えば良いのか。

 そんな考えが頭に浮かびながらも彼らは戦い続けた。

 風花は桐条の傷口に布を当てて、少しでも出血を抑えようとするが効果は薄い。

 まだ辛うじて呼吸はしているが、顔色は既に土色のようになっており、いつその命が絶えてもおかしくない。

 そんな父が気になるのだろうが、美鶴もここで自分が抜ければ全滅すると分かっているため七歌の近くで最前線を突破してきたシャドウを倒し続けた。

 そうして、アイギスたちが終わりの見えない戦いを続けていた時、天文台の屋上にいる幾月が大声で彼女たちに言った。

 

「いくら戦おうとも無駄な足掻きだよ! 後ろを見たまえ、ムーンライトブリッジを渡ってやってきたシャドウがようやく到着した!」

 

 その言葉に七歌たちは敵の指す方角へ視線を向けた。

 

「うそ、でしょ……」

「何故、あちらからシャドウがやってくるんだ……」

 

 遠くに蠢くシャドウの群れを見てゆかりと美鶴が思わず言葉を漏らす。

 タルタロスから次々と溢れ出てくるシャドウ、街を覆い尽くし空を飛び回るシャドウ、それらの相手だけでも手一杯だったというのに、唯一の退路だったはずのムーンライトブリッジ方面からタルタロスのシャドウと変わらぬ群れがやって来ている。

 空と前方からの敵に何とか耐えていた者たちは、退路が断たれ自分たちが完全に囲まれた事を察して心が折れそうになる。

 だが、アイギスがすぐに大量の銃を呼び出すと、桐条の手当をしている風花以外の全員にそれを取るように言った。

 

「全員で弾幕を張ってください! 美鶴さんとゆかりさんと天田さんは後方を、真田さんと荒垣さんは前方を、わたしと七歌さんは適時対処します!」

 

 最早まともに戦っていられる状況ではない。

 何とか敵が来ないようにするしか生き残る道はない。

 メンバーたちはすぐに自分たちの武器を手放し、初めて扱う銃を何とか敵へと向けてセミオートで銃弾を乱射する。

 

「涙ぐましい努力だ! だが、結果は分かっているだろう。その行動に、最後の足掻きに、何の意味もないという事が! 間もなく滅びの使者が現われる。君たちの戦いはこれで終わりだ!」

 

 空を覆うシャドウたちによって月の明かりもほとんど届かず、すぐ傍にいる者の姿以外は輪郭がぼんやりと見える程度の暗闇の中を赤い銃弾の光が僅かに照らす。

 弾が切れれば銃ごと交換してアイギスたちは撃ち続ける。

 銃声で五月蝿いはずだというのに幾月の言葉は耳に届いており、状況を考えれば相手の言っている事が正しいことは分かっている。

 連射する際の振動で腕も痺れており、どれだけ銃弾を当てても進み続ける敵の姿に、思わず視界が滲み始めるがそれでも彼女たちは生きることを諦めない。

 

「ハハッ、有里湊には心の底から同情するよ。こんな世界ために、君たちのような者たちを助けるために戦って死んでいったのだから。あれだけの力を持ちながら、何一つ報われる事なく、ただ無意味に死んでいった事は敵ながら残念でならないよ」

 

 敵が止まらない。もうすぐそこまで迫っている。

 こんなところで終わるのか。幾月の言う通り、自分たちの戦いに意味などなかったのか。

 悔しさにアイギスの瞳にも涙が滲み、大切な彼の死を無意味だと宣った男にせめて言葉だけでも返す。

 

「あなたが、あなたのような人間が八雲さんを嗤うなっ!!」

「結果を見たまえ。勝ったのは私たちだ。君たちも、彼も、そして無能な人類も全ては戦いに敗れた敗者に他ならない」

 

 確かにそうだ。彼が死んだ以上、七歌たちは人類最後の希望だった。

 その七歌たちは仲間と分断され、どちらも同じ罠に掛かり、その命運は尽きようとしている。

 言葉でどれだけ返そうとも、現実は変わらない。

 七歌たちは負けたのだ。

 そして、幾月たちが七歌たちの終わりを待っていた時、ここから離れた港区に審判の光が降り注いだ。

 離れていても伝わる振動と轟音。

 これが終末の光景かと、敵味方関係なく大地に突き刺さる光の柱に視線を奪われた。

 

「こんなところでっ」

「私たちは、何のために……」

 

 真田と美鶴がその光を目にして呟く。

 直径数キロに及ぶあんなものにどうやって人が対抗し得るというのか。

 光の柱は徐々に近付いて来ており、恐らく最後には奈落の塔“タルタロス”と天を繋ぐのだろう。

 街も、シャドウも、全てを呑み込みながら向かってくる終わりに自分が包まれる瞬間、

 

「……ごめんなさい。八雲さんっ」

 

 アイギスは彼の願いを果たせずに終わることを謝罪し、光に呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 全てが審判の光に呑み込まれ、目も耳も一切の情報を取得出来なくなった後、アイギスたちは光が止んでも自分たちが生きている事に気付いた。

 

「え、あれ、なんで?」

 

 どうして自分たちは無事なのだろうと七歌が全員の様子を確かめ、あの時、光に呑まれたはずだとタルタロスへと視線を向ける。

 そこには奈落の塔も残っており、見れば光が通った街も原型を留めている。

 ただ光が降る前と変わっている事があるとすれば、光に呑まれたシャドウたちが消え、自分たちの傷や精神力が回復している事だろうか。

 未知の存在、言わば神のような存在からの攻撃だと思っていただけに、どうしてこんな事が起きたのかと一同は互いの無事を喜びつつも困惑した。

 だがその時、七歌はアイギスが俯いて泣いている事に気付き、大丈夫かと心配して声を掛けた。

 

「アイギス、大丈夫? さっきの光で、何かあった?」

「いえ、大丈夫、です」

 

 もう自分たちは死ぬんだと思い。終わってみれば生きていた事で恐怖が襲ってきたのか。

 そう思って彼女の肩に手を置いて七歌が安心させようとすれば、顔をあげたアイギスは泣きながら笑っていた。

 確かに生きていた事は嬉しいし、周囲のシャドウが一掃された事は喜ばしい。

 しかし、依然として天文台の屋上には幾月たちがいる。

 この状況では安心も油断も出来ぬだろうと思ったのだが、七歌が声を掛けるまえにアイギスが口を開いた。

 

「皆さん、もう、大丈夫です。わたしたちは助かります」

「確かにシャドウは消えたが、まだストレガたちは残っているぞ?」

「それでもです」

 

 言いながらアイギスは空を見上げた。

 上空を覆っていたシャドウたちが一部消し飛び、巨大な月と星空が見えるようになっていた。

 そして、彼女につられるように他の者たちも見上げれば、そこにあり得ない存在を見た。

 

「嘘、なんでっ」

「まさか、さっきの光って……」

 

 ゆかりと天田が空を見上げ、目を見開きながら他の者たちの心情を代表するように言葉を吐く。

 遙か上空。本来、一切の命が存在し得ない影時間。

 その空を割くように二つの星が落ちてくる。

 空気との摩擦か赤い光の尾を引きながら、それらの星は上空で分かれ別々の戦場へ向けて降下を続ける。

 港区へと落ちてゆくそれは、黒き死神と共にある黄色いマフラーを巻いた少年。

 そして、アイギスたちのいるこの場へと落ちてくるそれは、長尺の銃を手に持つ白銀の天使と共にある黒いマフラーを巻いた青年だった。

 


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