【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百四十九話 リヴァイヴ

影時間――月光館学園

 

 光の柱がシャドウごと街を薙ぎ払い。その余波が消えた後、アイギスたちだけでなく幾月らも空を見上げた。

 空を覆っていた飛行可能なシャドウたちも光の柱に呑まれて一部が消え、ほぼ真円に近い巨大な月がそこにはあった。

 だが、彼らの視線が捉えたのはその月ではなく、空気との摩擦によって赤い光を纏って降りてくる二つの星。

 途中で分かれた一つは港区へ、もう一つは軌道を徐々に修正しながらここへと向かっている。

 何故。どうして。一体何が起きたのかと一瞬思考が乱れるも、今ならまだ間に合うと幾月はアルケー・オルフェウスを呼び出すと、すぐに空を見上げる七歌たちに向けてメギドラオンを放った。

 デスによる滅びの訪れには生贄が必要なのだ。

 星見の塔から放たれた極光は真っ直ぐ彼女たちへと伸びていき、光がそのまま彼女らを呑み込もうとする。

 けれど、光が七歌たちを呑み込む直前、上空から降りてきた赤い光が極光に合流し、蒼い剣閃が瞬くと極光は弾けるように消滅した。

 

「……何故だ。どうして、どうして貴様が生きているんだ。有里湊っ!!」

 

 無駄な足掻きだと嗤っていた者たちが生き残った。

 最悪のタイミングで、排除したはずの存在が現われた。

 受け入れがたい現実を前に、血が出るほど強く拳を握り締めた幾月が叫んだ。

 

 ***

 

 離れた場所から男の叫びが響いてきたが、白銀の天使を従え、黄昏の羽根と同じ光を纏った大剣を持つ青年は、その足を地面に着けてしっかりと立つと天使を頭上に待機させたまま振り返る。

 そこには、今も目の前の現実が信じられないとばかりに呆けた顔が並んでいるが、彼は構わず二人の少女に視線を送って口を開いた。

 

「岳羽詠一朗、桐条英恵、両名とそれぞれ交わした約束。“何かあった時、一度だけ娘を助けて欲しい”、その約束を今こそ果たそう」

 

 彼が口にした約束はそれぞれ何年も前に結ばれたものだ。

 既に何度も彼女たちを助けているため、約束自体は既に守られていると言っていい。

 しかし、湊はその約束を果たすために戻ってきたとばかりに彼女たちへ言葉を伝えると、再び振り返って塔の上にいる幾月たちに視線を向けた。

 

「幾月、お前は世界の滅びについて確かに誰よりも真実に近付いた。だが、過去の人間も、お前も、この惑星の事を甘く見たな? 人の願いによってこの世界が滅びる時、確かに宣告者は生まれる。しかし、世界を滅ぼそうとする者がいるのならば、逆の存在が生まれる可能性をどうして考えない?」

 

 それはどうして湊が生きてここに現われたのかという幾月の問いに対する回答。

 幾月の研究室には今も彼の脳と眼球が研究材料として残っており、先ほど理が彼の頭部を攻撃で焼き払った事で処分した部位の方が多くなっているにしても、完全に湊の身体が全て消えた訳ではない。

 だからこそ、どうして眼球も思考するための脳も持った状態で、彼が七歌たちを助けるように現われたのか幾月は理解出来なかったのだが、湊の言葉を聞いてシャドウの王に対の存在がいるのかと幾月の思考がここにいる湊の正体に辿り着こうとする。

 

「…………違う。そんな、そんな事はあり得ない! 滅びを齎す存在に対する対抗手段(カウンター)として、惑星自身が個に訪れた死の因果を歪めるなどっ」

 

 生命について研究してきた幾月も、惑星を巨大な一つの生命としてみるガイア理論は知っていた。

 それが事実としてあって、この惑星に生きる者たちが望んで滅びが訪れるのなら、惑星自身が一つの個としてそれを拒む事は可能性として否定出来ない。

 けれど、滅びを齎すデスの対抗手段として、その惑星に生きた者の死をなかった事にして宛がうなど、そんな馬鹿げた事があって良いはずがないと幾月は声を荒げた。

 その言葉を聞いていた青年は、それはそうだと薄い笑みを浮かべ相手の言葉を肯定する。

 

「ああ。その点に関してはその通りだ。有里湊は既に死んでいる。故に、ここにあるのは惑星の記憶。魂の残滓より再現された。本件ただ一度切りの使い捨ての存在だ」

 

 この身に未来などない。今回の滅びを齎す者に対するカウンターとして作られただけの存在。

 自分の事をどこまでも他人事のように語る青年に、他の者たちは言葉を失う。

 周りの反応を見た青年は望み通りの様子に楽しげに口元を歪めつつ、剣を持たぬ右手に力を集中させながら言葉を続けた。

 

「だが、気をつけろよ? この身は惑星のペルソナ。デスの対抗手段として遣わされた物だが、その力はこの惑星に生きる者たちのイメージの影響を受ける。つまり、お前たちの持つ有里湊への恐怖はそのまま俺の力になるという事だっ!!」

 

 言い終わるかどうか。そのタイミングで具現化した剛毅のカードが砕きながら、彼が下から掬い上げるように腕を振るう。

 すると、大型トラック並みの大きさをした銀狼が現われ、出てきた勢いのまま地面に伝わせた氷で天文台を数瞬で氷に閉じ込めた。

 

「全員、フェンリルに乗れ! そこの死に損ないごと運んでやる!」

 

 幾月やタカヤらを氷の檻に閉じ込めることには成功したが、発動の速さを優先したことで氷の壁に閉じ込めただけになっている。

 少しすれば氷を破壊して出てくると思われるので、今の内にここを離れるぞと湊は言った。

 乗れと言いながら湊は影の腕を出してそれぞれを掴むと、そのまま銀狼の背に乗せて共に空へと飛び上がる。

 空中を走るようにして移動するフェンリルの横を、白銀の天使と共に青年が飛んでいるのを見ると、先ほどの話を聞いていた者たちも彼が本当に生き返ったように思ってしまう。

 ただ、自分たちが乗っている銀狼も彼と共にある天使も、他の者たちは見たことがない。

 ペルソナとは心の具現。ペルソナが異なるという事はつまり心も異なるという事。

 即ち、自分たちを助けた青年は自分たちの知る彼とは別人だという訳だ。

 けれど、それでもやはり尋ねずにはいられなかったのか。時折向かってくる鳥型シャドウを拳銃で撃ち落としている青年にアイギスは訊いた。

 

「八雲さん、さっきの話は本当ですか? あなたは、影時間を終わらせるためだけに作られた八雲さんの人格のコピーだと……」

「あんなの嘘に決まってるだろ」

「……え?」

「あっちは俺の情報を持っていない。なら、その状況を少しでも利用しようと考えただけだ。ここにいる俺は正真正銘本物。確かにあの日に死にはしたが、蘇って戻ってきただけだ」

 

 少女が意を決して尋ねたというのに、青年は何を馬鹿な事をと切って捨てる。

 死んで遺体をバラバラに処分されたと思っていた相手が、生前と違わぬ姿で現われたのだ。

 化けて出たと思ってもおかしくない状況で、それらしい理由を聞いてしまえば誰だって信じてしまう。

 相手を騙すための嘘と聞いても完全には信じることが出来ず、ならば、一体どういった理由で生きているのかとアイギスは改めて聞いた。

 

「なら、一体どうして? というか、今までどこに?」

「盗人は二組いたってだけだ。そして、さっきまでは月にいた。あそこが一番あちら側に近いからな」

 

 説明になっていない説明を終えると、湊は天使と共に銀狼の後ろに移動して円形の虹の盾を展開する。

 展開してすぐに数発の光線が盾に当たり、追っ手が迫っている事にアイギスらは焦りを覚える。

 

「そんな、もう追っ手が来たんですか?」

「ああ。……だが、思ったよりも早いな」

「あ、あの、姉さんやチドリさんの方にもストレガたちがっ」

「向こうは綾時が回収に行った。とっくにEP社の方へ向かっているから、お前たちも先に行っておけ」

 

 そう言い残すと湊は反転して元来た方へと戻ってゆく。

 反対にフェンリルは風魔法で風防を作ると、一気に加速して追っ手を置き去りにした。

 

――港区

 

 光の柱に呑まれた順平は、光が消えて視界が戻ってくると自分がまだ生きている事に気付いた。

 周囲にいたシャドウたちは全て消えており、逆に自分が負っていた怪我などが綺麗に治っている。

 

「なんだ、これ? つか、怪我どころか精神力まで……」

 

 攻撃だと思っていた光の柱は攻撃ではなかった。

 簡単に言ってしまえばそういう事なのだが、一体何が起こったのやらと順平が辺りを見渡す。

 倒れていたラビリスやコロマルも、どうやら同じように治療されたようで起き上がっている。

 となると、もしやと思ってチドリを寝かせておいた方へ視線を向ければ、少女も健康そうな肌の色になってゆっくりと目を覚ました。

 

「ん……どう、して……私、生きてるの?」

「良かった! 目ぇ覚めたんか!」

 

 シャドウたちがいなくなったとは言え、武器がないと咄嗟に襲われても戦えない。

 順平はラビリスから借りていた戦斧を持ってチドリの許へ向かい。ラビリスたちも立ち上がると同じように集まってきた。

 お互いかなり消耗していたはずだが、重傷だったコロマルも問題なく歩けるようになっている。

 先ほどの光が回復魔法であったなら、その力はかつての青年を彷彿とさせるのだがとラビリスたちは無事を喜びながらも今の状況を考察した。

 

「これ、さっきの光のおかげなん?」

「光? 光って何のこと? それより、私、治療のために生命力を使ったはずなんだけど」

「急に空から光の柱が降ってきて、オレらはそれで回復したんだよ! つか、マジで回復して良かったぜ! あのままだとどうしようかと思ってさ」

 

 こちらにいるメンバーに回復魔法は使えない。

 だからこそ、順平が重傷を負った時にはチドリが生命力を分け与えて回復させたのだ。

 そのチドリが倒れたときには、順平は本気でどうすれば助けられるかを考え、最悪のパターンを想像して絶望しかけたりもした。

 もしも、光の柱が降ってこなければ、チドリだけでなくラビリスとコロマルも同じく助からなかったかもしれない。

 それを思えば本当に奇跡のようだと順平は喜び、説明を受けたチドリはどこからそんな物が降ってきたのかと空を見上げた。

 

「…………ねぇ、あれ」

 

 空を見上げたチドリがそれに気付いたのはある意味偶然だった。

 彼女の言葉につられて順平たちも空を見上げ、暗い空に浮かぶ赤い光に気付く。

 正確な距離など欠片も測ることの出来ない遙か上空、地上へ向かって降りてくる二つの星に彼女たちは知り合いの面影を見た。

 いや、確かにあれは“彼”だったと、上空で分かれてタルタロスの方へ降りて行った星の片割れを見て確信している少女は、自分たちのいる場所へと向かってくるタナトスと共にある少年に視線を向ける。

 空気との摩擦で発生した熱を払うかのように、空中で一回転して落下速度を緩めた黄色いマフラーの少年は、チドリたちの姿を発見すると柔和な笑みで近付き声を掛けてきた。

 

「やあ、はじめまして。僕は望月綾時。湊の指示で君たちを回収しに来たんだ。君らの仲間たちとも合流出来るから、今はとりあえず指示に従って欲しい」

「……本当に八雲が戻ってきたのね?」

「ああ。その点については後で詳しく説明するけど、もう一つの戦場に向かったのは彼で間違いないよ」

 

 初対面で急に助けに来たと話す相手など胡散臭くてしょうがない。

 だが、チドリたちの視線の先にいる少年は、彼女たちを助けた光の柱が降ってきた方向と同じ方向から現われた。

 それも青年が持っていた物と同じ死神のペルソナを従えて。

 アナライズで相手の強さを測ろうとするも、気配を隠蔽するだけの実力があるのか上手く読めない。

 恐らく本気になればチドリたちだけでなく、近くのビルに隠れているストレガたちを同時に相手しても少年が勝つだろう。

 死んだはずが再び現われ、こんな隠し球を友軍として連れてくるとは恐れ入る。

 戦っても勝てる可能性は低く、何より相手に一切の敵意がないことから信じる気になったチドリは綾時の言葉に頷きで返した。

 

「分かったわ。連れて行って」

「了解。じゃあ、少し動かないでじっとしててくれるかい」

 

 そう言うと綾時の背中あたりから半透明な白い腕が現われて、チドリたちを優しく掴むとタナトスの上昇と共に地面を離れる。

 彼が使っているのはペルソナとは別の異能。湊が使っていた蛇神の影である黒い腕と同系統の能力と思われた。

 不思議な腕に掴まれた状態でぐんぐんと高度を上げていくと、流石に少し怖くなってきたのか順平が綾時に声を掛ける。

 

「な、なぁ、この腕って大丈夫なんだよな? 急に消えたりとかってしないんだよな?」

「半透明に見えるけど、実際はペルソナやシャドウみたいなものだからね。実体を得ている以上は大丈夫だよ。それより問題はあっちの方だね」

 

 一定の高度になってから移動を始めようとすると、近くのビルの屋上から巨大なペルソナ“テュポーン”が蛇を編んで作られた翼を羽ばたき追って来た。

 逃走しようとしていると判断し、他の二人もきっと隙を窺っているはず。

 ならば、ここでの正解はチドリたちに負担を掛けない形での撃退。

 幸いな事に高度を上げたので、今いる高さでスキルを放っても問題はない。

 すっと目を細めてテュポーンを睨んだ綾時は、力を練り込むと敵を見つめたまま口を開いた。

 

「言っておくけど、僕は湊ほど手加減は上手くない。だから、これで諦めてくれっ!!」

《グルォォォォォォォォォォォッ!!》

 

 タナトスは力を籠めたまま胸の前で両腕を交差し、魔法を放つタイミングでその両腕を広げて雷を解き放つ。

 直後、港区上空に黒い雷が走り、一筋の雷がテュポーンの胸を穿つ。

 広がった雷はそれだけでなく、空を飛んでいた多数の飛行型シャドウたちを次々と追尾して喰らいつくように一体、また一体と敵を呑み込んでいった。

 あれだけ自分たちが苦戦した相手が、こうも簡単に倒されていくと見ていて何とも言えない気分になる。

 しかし、湊に匹敵する力を持つ者が自分たちを守っている。

 そう考えると力を持つ者に対する恐怖よりも、これで自分たちは助かるのだという気持ちの方が強く出てくる。

 周囲から一切の敵性反応が消えると、タナトスは進路を北に取って移動を始めた。

 後方からの追撃が来る様子はなく、進路上にやってくる飛行型シャドウはタナトスが近付くだけで勝手に霧散してゆく。

 そうして街の上空を移動すると、彼らはEP社の研究区画側に辿り着いた。

 EP社敷地内に存在する長い道路は、どことなく滑走路を想起させる。

 建物からも遠く、道路以外には何もない無駄なスペースに感じ、実際にどういった理由で使うことがあるのだろうかと順平たちは辺りを見渡す。

 

「うわぁ、めっちゃ広ぇな。ここ何のためにあるんだ?」

「何かあれば施設を拡張出来るように土地だけ押さえたスペースらしいよ。まぁ、今は空き地扱いだね」

「へぇ、お前も有里の会社に詳しいんだな」

「研究内容とかは全然だよ。知ってるのは施設概要だけさ」

 

 順平からすれば秘密の多いEP社において、施設について知っているだけでも驚きなので、綾時が一体どういう立場の存在なのか知りたかった身としては、かなり湊に近い立場なのだと改めて認識する。

 また、初めて会った相手の素性を気にするだけの余裕が出ている事にも気付き、自分たちが本当に助かったのだという実感も出てきた。

 これから七歌たちもここに合流しに来るという話で、タルタロスのある方角を見ながら少しばかり待っていると、影時間だというのに施設の方から救急車がやって来て順平たちの傍に止まる。

 もしや、自分たちの怪我を見るために手配してくれたかと考えていれば、救急車からは浅黒い肌のインド系らしき女性とその部下と思われる医療スタッフが数名降りてきた。

 

「はぁーい。ラビリスちゃん、お疲れさまぁ」

「あ、シャロンさん。どうもです。えっと、ウチらの診察ですか?」

「いいえ。急に死んだはずの坊やから連絡が来て、桐条総帥が死にかけてるから命を繋げって言われたのよぉ。何で遺体バラされて生きてるのかは不思議なんだけど、貴方たち何か知ってる?」

 

 もう一つの戦場について情報を一切持っていなかったことで、ラビリスたちはそんな事になっていたのかと少々驚く。

 シャロンが乗ってきた救急車は当然のように黄昏の羽根を積んでおり、医療スタッフは適性を獲得した者と簡易補整器の指輪を付けることで、全員が影時間に対応出来るようになっている。

 これも湊が以前から用意していたものらしく、出来るだけ影時間について知る者を少なくしようとしていた桐条グループとは反対に、必要な人材を集めるためなら少しくらい外に影時間の情報が漏れても構わないという意思が感じられた。

 ただ、緊急時に備えてトップ不在でもしっかりと動ける準備がしてあるだけに、EP社側でも湊が死んでいた事になっていたとすれば、その死んだはずの湊とも現われた綾時がどこに属する存在なのかという疑問が出てきた。

 ラビリスたちの視線が綾時に集まれば、シャロンも彼が何かを知っていると察したのか視線を送る。

 もう一方の戦場にいた者たちを待つ間、穏やかな笑みを浮かべたまま上空にタナトスを待機させていた少年は、皆の視線が集まっている事に気付いて肩を竦めた。

 

「僕もあくまで途中で合流した立場なんだ。詳しい話は影時間が明けてからでも本人に聞いてよ。ほら、向こうの人たちも到着したみたいだし」

 

 言いながら綾時が指をさした方向から、巨大な銀狼が空中を駆けてやってくる。

 その大きさと獰猛そうな顔つきに順平の腰が引けており、到着する直前には綾時の背に隠れていたが、着地して伏せた銀狼の背中から七歌たちが降りてくると再会を喜ぶように近付いてゆく。

 

「よぉ、アイギス、七歌っちらも!」

「順平、良かった無事で!」

「すみません、順平さん。応援に行くと言っておきながら、向かう事が出来ず。本当に申し訳ないです」

「いや、そっちも大変だったんだろ。ああいう状況じゃしょうがねぇって」

 

 どうにかお互いに大きな怪我もなく生き残ったなと生存を喜び合う。

 一時は本気で死を覚悟したものだが、こうやって仲間と再会出来るとようやく心から安堵することが出来た。

 しかし、中には意識不明の重体になっている者もおり、荒垣と真田がゆっくりと相手を銀狼の背から下ろしていれば、シャロンたち医療スタッフがストレッチャーでそちらに向かう。

 

「はいはーい。とりあえず、患者を運ぶわぁ。道を開けて頂戴」

「どうか、どうか、お父様をお願いします」

「安心してぇ。うちは影時間でも平時と同じだけの治療が出来るようになってるから、最善を尽くして繋いでみせるわ」

 

 心から縋るように話す美鶴の肩に手を置くと、シャロンは優しい笑みで大丈夫だと相手を元気づける。

 目の前に失われようとする命があるのなら、何としてでもそれを繋いでみせる。

 そのために湊はこの病院を作り、裏の事情も知るスタッフたちを揃えたのだ。

 移動しながら処置を進め救急車に患者を乗せると、シャロンたちはすぐに施設に向かって去って行った。

 走り去る救急車を見送ったメンバーたちは、タルタロスの周辺で時折起こる爆発をみて、まだ湊がストレガたちと戦っているのだと察する。

 同じようにそれを見ていた綾時は、タナトスを背後に呼び戻すと他の者たちの方へ向き直って口を開いた。

 

「さて、君たちも合流したようだし。そろそろ僕も行くよ」

「え、湊君もこっちに合流するんちゃうの?」

「少しばかり敵が多くてね。厄介なシャドウの改造種もいるようだし。最初から君たちが合流したら二人でやる予定だったのさ」

 

 光の柱で街を薙ぎ払いはしたが、上空にも地上にもまだまだシャドウたちは残っている。

 幾月やストレガたちも湊に挑んでいて、海上に放たれた超大型キメラシャドウや複合型の悪魔型シャドウのほとんどは手つかずのままだ。

 総合的な戦闘力では刈り取る者に劣るものの、その機動力では圧倒的に上回る悪魔型シャドウの相手は今の七歌たちにはキツい。

 超大型キメラシャドウに至っては今回も影時間の外で活動出来るフィールドを持っている。

 少なくとも、それらを倒さずに撤退することは出来ないので、自分も役目を果たしてくるよと綾時は笑った。

 

「まぁ、待っててよ。僕も、彼も、この戦いを終わらせるために来たんだから」

 

 そして、少年は黒い死神を従え戦場に向けて飛び立つ。

 蘇った彼と共にこの戦いを終わらせるために。

 


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