【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百五十五話 道中での出来事

朝――中央区

 

 幾月に撃たれ桐条武治が倒れた日の朝。

 まだ日が昇ってそう経っていない時間だというのに、中央区にある栗原の自宅に来訪者があった。

 こんな早朝から何だと思いながらも、栗原がインターフォン越しに対応すれば、やってきたのは桐条グループの情報部の人間だった。

 表向きには警備部門という事になっており、実際に依頼を受けてボディガードとして働くこともあるのだが、元々桐条グループにいた栗原は彼らが別の顔を持っている事も知っている。

 昨夜の影時間に、死んだはずの幾月がストレガ及び有里湊殺害の実行犯である長谷川沙織ともう一人の八雲と共に現われ、子どもたちと桐条武治を襲ったという説明を聞き、子どもたちは無事だが桐条が意識不明なままだと状況を理解すれば彼らが来た理由も予想がついた。

 早朝からインターフォン越しに話していれば近所迷惑なので、とりあえず彼らを玄関に招き入れると腕を組んで呆れ顔のまま話す。

 

「朝っぱらから大の男が何人も押しかけてきたら迷惑って分からないかねぇ」

「その点につきましては謝罪させて頂きます。ですが、総帥が倒れられた事でグループ全体が非常に危うい状況なのです」

「倒れたのはあんたらの身内だった人間のせいじゃないか」

「……ええ、確かに。ですが、あなたの元同僚でもあります」

 

 死んだはずの幾月が生きていて裏切ったことが原因だが、彼は表向きは学校の理事長でしかなかったが、桐条グループ内では幹部と言えるだけの役職を持っていた。

 それはつまり今ここにいる情報部の人間と同じ“桐条側の人間”という事になる。

 真面目に働いている者にすれば、世界の滅びを求める異常者と一緒にするなと言いたいだろう。

 けれど、事実は事実。否定する事は出来ないため、相手は僅かに苦い顔をしながら栗原とて似たようなものだと言い返してきた。

 栗原は子どもたちを巻き込んだ贖罪のために手伝っているので、今更言われたところでその通りだと簡単に認める事が出来る。

 相手はそうではないようなので、事故当時は在籍していなかったか、あまり事情を知らされていない下っ端なのだろう。

 余裕のなさから様々な情報を読み取った栗原は、これ以上生産性のない会話を続けても無駄かと本題を尋ねた。

 

「それで、こんな早くから何の用だい?」

「幾月の裏切りがあった事で、彼の遺品とされていたものや周辺を調査する事になりました。特別課外活動部の寮については、子どもたちが帰ってきてから事情を話して理事長室の物を回収させていただくことになっています」

「回収するから顧問の許可を貰いにきたって感じには見えないけどね」

 

 幾月が裏切ったというのは、影時間明けに特別課外活動部の者たちから聞いたことで発覚した。

 桐条が倒れただけでなく、その原因が幹部だった者の裏切りと言うことで組織内でも慌ただしい状況にあるらしい。

 相手がどういった思想で動いているのか、今現在はどこに潜伏しているのか、元から裏切る兆候があったのか。

 桐条グループは情報部の人間を使ってそういった事を調べていくため、既に巌戸台分寮の理事長室に置かれている物を回収する気でいる。

 だが、そのための許可を特別課外活動部の顧問になっている栗原に貰いに来たにしては、どこか押し隠した敵意のようなものを感じる。

 許可をもらうつもりなら、もう少し愛想良く対応することが出来ないのか。

 栗原が指摘すると情報部の男は真顔のまま言葉を返した。

 

「あれは幾月の持ち物だったとしても元々こちらの物です。あなたに許可を求める必要はない」

「んじゃ、幾月との繋がりを警戒して拘束しに来たってとこか」

「正確に言えば、あなたが白であると証明するために話を聞きたいのです。着替えなどは向こうで用意させます。滞在日数で休業中の補償はしますので、すぐにご同行願います」

「……ったく、こういう時は女を連れて来て出来るだけ相手を警戒させないようにするもんだよ。部屋着から着替えて戸締まりをしてくるからその間だけ待ちな」

 

 相手は警官でも何でも無く、あくまで民間企業の人間に過ぎない。

 しかし、桐条グループという巨大な組織は、綺麗なままでは外敵から自分たちを守れないからと黒い部分を持っている。

 やってきた男たちも恐らくはその類いで、言うことを聞かなかったり、怪しい動きをすれば拳銃を使って脅してくるに違いない。

 栗原は幾月が死んだ後で桐条から顧問を頼むと直々に依頼された人間だ。

 それを、相手が意識不明な状態だからと言って、勝手に拘束しに来る辺りにバックにいる人物の目的が透けて見える。

 男たちの上司は、自分たち、いや、桐条グループという巨大な組織を守るためならば、どんな黒いことにも手を染める。

 手始めに、先代から続く負の遺産、グループ最大の弱所となり得る影時間関連を処理するために特別課外活動部を封じるつもりなのだろう。

 湊というグループにとっては最大の脅威にして、特別課外活動部にすれば最大の守り手であった青年ももういない。

 チドリやラビリスなど外部には影時間に関わる者たちもいるが、彼女たちは極道の家やEP社が後ろにいるので簡単には手を出せない。

 だからこそ、自分たち手の中にいる子どもを先に対処するため、彼らに味方する可能性を持つ栗原を先に押さえに来た訳だ。

 

(やれやれ、あの子らでどこまで汚い大人を相手出来ることやら)

 

 人々のために戦ってくれていた子どもたちを、大人の汚い争いに巻き込んでしまう事になったことを栗原は悔やむ。

 相手にも言い分はあり、この行動でグループが抱える従業員やその家族の生活が守られるのは確かだが、大半が適性すら得られていない無能な大人の尻拭いを任せていたというのに、そのお返しがこれでは真っ当な信頼関係は完全に崩壊する事だろう。

 この選択がどう転ぶか見物だと栗原は心の中で笑いながら出掛ける準備をした。

 

午前――桐条本邸

 

 寮を出発して数時間後、美鶴を乗せた車は都会を離れ、美鶴実家である桐条本邸の近くまでやって来ていた。

 この周辺は高級住宅が多く、それぞれの土地が広いために隣家とはそれなりに距離がある。

 さらに言えば、桐条家は公道から私道に入ってからも、五分ほど走らないと屋敷に辿り着かない。

 整備された並木の景色を美鶴が眺めていれば、本日の予定をチェックしていた菊乃が顔をあげて話しかけてきた。

 

「お嬢様、屋敷に戻られましたらまずは着替えていただき、その後、各位よりご挨拶を受けていただきます」

「その辺りはいつも通りか」

「はい。ですが、御当主の意識回復が不明という事もあり、回復を待つべきだという派閥や新たなトップを置いて人事も刷新すべきと言っている派閥もあるそうです」

 

 桐条家の親族だけでなく、名士会の人間も集まっている。

 彼らの中には純粋に倒れた桐条を心配する者もいるのだろうが、そのほとんどは新たなトップの許でどれだけ自分が利益を得られるか気にしている。

 他人の不幸で銭勘定など普通の感覚で言えば神経を疑うところだろう。

 それでも、彼らも自分の生活を守るため、家族の生活をより豊かにするために策を弄する必要があるのだ。

 巻き込まれる方にすれば堪ったものではないが、美鶴もそういった知識はあるので、桐条の娘として当たり障りのない対応をするつもりでいる。

 今日は母である英恵も戻っているので、彼女の体調を考慮して人数が少なければ良いがと考えていた時、運転手が何やら怪訝そうに唸り前を見つめていた。

 相手のそんな様子に気付き、その方向へ視線を向けた菊乃は、正門の前に出来ている人集りが出来ていた事で一体何だと睨む。

 

「何ですかあの人集りは?」

「はっ、すぐに確認致します」

 

 答えるなり車を止めた運転手は無線を使って警備に確認を取る。

 どこの誰ともしれぬ者たちが集まり、桐条家の人間に怪我でも負わせたら事だ。

 人集りが車の方へとやって来た時のことを考え、いつでも美鶴を守れるように身構えていれば、運転手の無線に警備から通信が入った。

 

「確認しました。どうやら奥様が既にお戻りになられているそうです」

「お母様が? 随分と早いですね。病院へはまだ寄っていないのですか?」

「いえ、病院側の配慮で時間外でも病室へ行けたらしく。それからお戻りになられたとか」

 

 今後のグループの運営について話す大事な会議だ。

 桐条が倒れたとなれば、現在の当主代理は妻である英恵がすることになる。

 だからこそ、見舞いへ行かずにこんなにも早く戻ったのかと考えたが、英恵はしっかりと意識が戻らず眠っている夫に会ってから戻ったという。

 それならば良かったと美鶴がほっと息を吐いていれば、正門前の人集りが滅多に会えぬ英恵の覚えを良くしようという下衆だと分かって菊乃が怒りを見せていた。

 どうして彼女がそんなにも怒るのかは分からないが、桐条の不幸を憂いて集まってくれた者を追い払うことは出来ない。

 しょうがないからここからは歩いて向かおうと、美鶴は聞くのに続いて車を降りた。

 

「いやぁ、まさか御当主が倒れられるとは」

「意識は戻らぬものの、まさに不幸中の幸いとはこの事ですな」

「私は、恥ずかしながら家内の伝手より耳にしまして、飛び起きてきたところです」

 

 正門の前ではお互いに持っている情報などを交換して、それぞれどうやって他の者よりも英恵の覚えを良くしようかという水面下の戦いが行なわれている。

 大声でそんな事を話していれば、身内や使用人たちに聞こえるというのに、そういった配慮が出来ないからこそ中へ招かれないのだと言いたげに菊乃は眉を寄せていた。

 だが、メイド服に来た少女と共に気品のある少女が歩いていれば当然目立つ。

 ここにいる人間は美鶴の顔も知っているので、気付いた一人が「もしや美鶴お嬢様では?」と声をあげれば、人集りはすぐに美鶴の方へと群がってきた。

 

「美鶴お嬢様、この度は御当主に不幸があり大変心配致しました。それで、御当主の具合はいかがですかな?」

「あ、いえ、まだ何とも……」

「お嬢様も奥様はお辛いでしょう。何かあれば是非ともわたくしを頼っていただけましたらと」

「はぁ、あ、ありがとうございます」

 

 群がってきた者たちは押し合うように美鶴へと話しかけてくる。

 豚のように肥え太った男に、トイレの芳香剤かと言いたくなるほど強烈な化粧品の臭いをさせる女性、ニコニコと笑顔を顔に貼り付け何を考えているのか読めない痩せた老人など、見た目も年齢もバラバラだが、彼らの目的が同じである事だけは分かる。

 昨夜の戦いに加えて父が倒れた事もあり、体調が万全ではない今の美鶴に彼らの相手は厳しいものがある。

 だが、集まってきた中でも小柄で髪の薄い老人が聞き逃せない単語を口にした。

 

「これは噂で耳にしたのですが、その、影時間でしたかな? やはり、その影響なのですか?」

「ああ、何でも記憶が変わってしまう事もあるそうで」

「あ、いえ、それは……」

 

 彼らも一応は名士会に名を連ねる者なのだろう。影時間がどういったものなのか、ボンヤリとした知識はあるようで、桐条が倒れたのもそれが原因だと考えたらしい。

 実際には彼らの言っている事は間違いであり、桐条が倒れたのも人為的な理由なのだが、上手く受け答えが出来ず、尚且つどこまで話していいか判断がつかない美鶴が困っていると、自分の身体を盾にして美鶴を守っていた菊乃が人集りを押し退けるように進もうとし始めた。

 

「すみ、ません! お通しください!」

 

 主を守るために体術の心得はあるものの、単純に押し退けるとなると小柄な女性でしかない菊乃では中々思うように進むことが出来ない。

 下衆共が余計な事を口走る前に、一秒でも速く美鶴をこの場から逃がそうと菊乃は焦る。

 

「わたくしも耳にしましたわ。お嬢様は、お父様のために勇敢にも危険に立ち向かっているとか」

「なんとぉ! 御当主も倒れられ、お嬢様もそういった事を続けるとなれば奥様も心配でしょう。私、是非」

「いや、私が!」

 

 自分が、いや自分こそが、そう言ってここにはいない人物へのアピールを白熱させる下衆たち。

 今の彼らは自分の未来について皮算用ばかりしていて、この場にいる人間が見えていない。

 大きな身体をした男たちが集まり、さらに自分も存在感を出さねばと女性や小柄な者たちが集まってくる。

 正門までの通路を確保するどころか、このままでは人波に飲まれ美鶴の身が危険だと、菊乃が本気で声を張り上げようとしたとき、

 

――――――――パァーンッ!!

 

 高級住宅地にあってはならない乾いた銃声が響いた。

 突然の銃声に驚いた者たちは肩をビクリと跳ねさせ、一体何が起こったんだと辺りを見渡す。

 すると、僅かに開いた正門の所に、小さな拳銃らしき物を空に向けたレディーススーツ姿の女性が立っていた。

 相手は場が静かになった上で自分に注目が集まっていると分かると、持っていた拳銃をプラプラと手で遊ばせながら口を開く。

 

「ご安心を百円ショップで買った玩具の火薬銃です」

 

 火薬銃とは玩具の銃に填めたキャップ火薬に衝撃を加えて破裂させ、音や一瞬の発光を楽しむ爆竹などと同じおもちゃ花火の一種である。

 陸上のスターターピストルも似たようなものだが、女性が持っているのは確かに百円ショップらしいチープさが見て取れる。

 どうしてそんな物を持った者が桐条本邸の敷地から出てきたのかは不明だが、明らかにまだ年若くスーツ姿から名家の人間とも思えない。

 そんな人間が桐条家の名士会に名を連ねる自分たちに狼藉を働いた事が許せず、近くにいた豚のような男が顔を真っ赤にして女性を怒鳴りつけた。

 

「きゅ、急に何だ貴様は! どこの家の者だ!!」

「私は当主代理である英恵様の御側御用を務めております和邇八尋と申します。ハウスキーパーではなく側近ですので、従者への言葉は主への言葉になりますのでご注意を」

 

 桐条が倒れた事で妻の英恵が当主代理である事は事実。

 そして、その彼女の御側御用を務めているという事は、この場にいる人間の中で美鶴に次いで序列が高いという事になる。

 家付きの従者ではなく、個人付きの従者への言葉がその主への言葉になるというのも本当なので、怒りで顔を真っ赤にしていた男も何も言えなくなり黙り込んだ。

 もっとも、個人付きの従者がしでかした事は、その主の失態でもあるという逆パターンも存在するのだが、強引な方法で自分に注目を集めた事でこの場は和邇が支配している。

 未だに不満そうな顔をしている者たちを無視した彼女は、一歩前に進んで人混みが分かれるようにすると、その先にいた菊乃と美鶴にどうぞと道を譲った。

 

「さて、斎川さん、お嬢様もお疲れでしょうし中へ。お集まりの皆さんは、お気持ちは受け取りましたので本日はお帰りください」

「い、いや、しかし、是非とも奥様にご挨拶だけでも」

「不要です。この後、あなたの本家当主である平山様が来られます。ご挨拶は連名で受け取りますので問題ありません」

 

 挨拶などいらぬから帰れ、菊乃と美鶴が敷地内へと進んでいる途中に和邇はそう言い放つ。

 しかし、滅多に戻ってこない英恵と会える機会などそうない。

 簡単には諦めきれぬと中へ入れてもらおうとする男を、お前の一族の長に言いつけるぞと暗に脅して黙らせると、和邇は黒い髪を揺らしながら一礼して自分も敷地に入ってから門を閉めた。

 完全に閉ざされた門を見て、集まっていた者たちは和邇への不満を口にしながら帰っていく。

 その言葉は全て聞かれていたりするのだが、先に敷地に入っていた美鶴たちに合流すると、菊乃が先ほどの件について和邇に頭を下げた。

 

「すみません。お嬢様の傍にいた私がしなければならなかったというのに」

「お気になさらず。この後、所用で出掛けるのに、あそこにいられると邪魔だっただけなので」

「奥様から離れても大丈夫なのですか?」

「ええ。長期休暇を取っていて、まだその期間中ですから」

 

 見れば確かに普段の仕事着であるエプロンドレス姿ではないが、長期休暇中だと聞いた菊乃はならどうしているんだと不思議そうに相手を見る。

 御側御用と言っても菊乃も普段は桐条本邸で勤務し、主である美鶴は巌戸台分寮で生活しているので常に傍にいる訳ではない。

 ただ、長期休暇中でありながら主と共に屋敷に滞在し、その上で自由に出掛けようとしているとなると、一体どういった勤務形態なのかと気になって当然だ。

 菊乃は美鶴の従者だが、彼女は桐条家に仕える人間という事になっている。

 対して、英恵が普段は遠く離れた桐条別邸で静養しているため、彼女の従者たちは桐条家ではなく英恵に仕える人間という事になっていた。

 ここで重要なのがそれぞれが誰に仕えているかという部分であり、もし何かあったとき桐条家仕えの従者たちは桐条と英恵と美鶴を守るが、英恵仕えの従者たちは桐条と美鶴を見捨ててでも英恵を守る。

 そして、命令系統も同じように別になっていて、英恵仕えの従者たちは桐条と美鶴の命令を無視することが出来るのだ。

 無論、英恵が本邸に戻っている間、屋敷内で働いている時などに頼まれれば各自で判断して聞いても問題はない。

 ただ、桐条家の人間や従者たちは、英恵仕えの従者の制服が異なっている事を把握しているので、菊乃も自分とは異なる命令系統の相手に踏み込んだ話を聞いたりはしなかった。

 そうして、英恵がどこにいるか把握している和邇に部屋を聞いた美鶴は、一度自分の部屋に戻って着替えると、母である英恵の待つ部屋と向かった。

 


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