【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百五十六話 母との再会

――桐条本邸

 

 屋敷に到着した美鶴は自室に戻って着替えると、菊乃と共に母のいる部屋へと向かった。

 部屋の前には菊乃とは少々デザインの異なるエプロンドレスに身を包んだ女性がいる。

 彼女も和邇八尋と同じように別邸からやって来た英恵専属の従者なのだろう。

 バイトや単なる仕事として従者になった者は別として、仕える事を生き方として選んだ彼女たちの主は英恵であり、いくら桐条家の当主だろうと桐条武治や美鶴の命令を聞くことはない。

 とはいえ、主の娘がくればしっかりと頭を下げて一礼し、中に英恵がいる事を教えてくれた。

 美鶴と同い年ながら幼い頃から桐条家の従者として働いてきた菊乃は、相手の所作や立ち振る舞いに内心で唸る。

 和邇はやや変わった性格をしているようだが、御側御用だけあって様々な技能をかなりの熟練度で習得している事が分かった。

 だが、扉の前で待機しているだけの者でさえ、桐条家の従者の中でもトップクラスの技能を持つ者と同等の空気を纏って見えた。

 加えて、夜中に起きた事とは言え、桐条が敵の凶弾で倒れた事は聞いているはずなので、今回、こちらの屋敷に連れて来ている者たちは護衛役でもあるはず。

 となれば、恭しく一礼して見せた彼女も相当な手練れの可能性がある。

 従者としての技能だけでなく、護衛としても一流ならば、何か起きようとも英恵の身は安全だろう。

 横を通り過ぎ部屋へ入る際にそんな事を考えていた主従の少女たちは、部屋に入るなり芳醇な紅茶の香りを感じて視線を匂いの元へ向けた。

 

「今回のはどうかしら? 酸味が強く出るよう意識してみたのだけど」

「失礼いたします。…………そうですね。随分と爽やかな印象にはなっていると思います。ですが、味については元の方が好みです」

「やっぱり?」

 

 美鶴たちが視線を向けた先では、テーブルで紅茶を淹れている英恵の姿があった。

 そして、そのすぐ傍で小さなカップで味見しているメイドがおり、主従という関係ではあるがオリジナルブレンドを味見してもらうくらいにはフランクな関係であるらしい。

 桐条本邸のメイドたちではそういった事はできないので、既に屋敷から出掛けて行った和邇以外の英恵の従者も本邸の者たちとは少々毛色が違うと二人は感じた。

 

「うーん。ブレンドでも楽しんでみたいのだけど、舌の肥えたあの子が選んだものだけあって、そのままが一番なのかもしれないわね」

「少し調べたのですが、英国王室御用達のお店のようで、このタイプの缶は要望を聞いて作るオリジナルブレンドになるそうです」

「自分で選んだのかしら? コーヒー党だったと思っていたから意外だわ」

「ソフィア様やヒストリア様の紹介かもしれません。ソフィア様はイギリスの学校に通っておられたようですし、ヒストリア様は貿易王のご息女ですから」

 

 英恵はテーブルに置かれた茶色い缶を見ながら、いくつかの茶葉が入ったガラスのボトルを手に取って悩む。

 夫が倒れたというのに、思ったほどふさぎ込んでいないのは不思議だが、元気がないよりは良いだろうと近付いて美鶴は声を掛けた。

 

「お母様、お久しぶりです」

「お帰りなさい、美鶴。菊乃さんもお久しぶり。座ったままでごめんなさいね」

「いえ、恐れ入ります」

 

 どうぞ座ってと椅子を勧められ、美鶴が座ると英恵は紅茶をカップに注いで差し出した。

 先ほどメイドが味見をしていたものらしいが、紅茶が好きで舌が肥えている美鶴が飲んでも美味しいと思える仕上がりになっている。

 これで味に不満があると言うことは、今もそばで控えているメイドが余程鋭い舌を持っているか。ブレンド前の状態が最も美味しいタイプの茶葉だったのだろう。

 父が倒れ、正門の前でちょっとした騒ぎに巻き込まれた事もあり、しらず疲れを感じていた美鶴は美味しい紅茶を飲んでホッと息を吐いた。

 

「フフッ、随分と疲れているみたいね」

「その、色々とありましたから。お母様の方こそ、お体は大丈夫ですか?」

「多少の旅疲れはあるけど大丈夫よ。武治さんのことも心配は心配だけど、あの人は助かって生きているんだし。そう暗くなってばかりもいられないわ」

 

 桐条は助かり生きている。そう話す英恵はどこか表情に影があった。

 英恵が百鬼家と親しく、その生き残りであった青年の事も気に掛けていたことは本邸の従者らにも有名で、一月前の事件で彼女がずっと伏せっていた事も聞いている。

 だからこそ、彼女の表情に浮かぶ影の意味も、恐らくはそういう事なのだと察して菊乃は視線を逸らす。

 一方、菊乃と同じ想像に至りながらも、彼が帰ってきた事を知っている美鶴は母にそれを伝えようとする。

 

「お母様、その、八雲の事なのですが……」

「大丈夫よ。昨日、会いに来てくれたの。さっきも一緒にお茶をしていたのよ」

 

 薄い笑みを浮かべて彼女はそういうものの、テーブルの上には英恵と美鶴のカップしかなく、従者の傍のカートにも従者が味見に使った小さなカップと未使用の物しか載っていない。

 彼女が言っている事は本当なのかと従者に視線を向けるも、従者は目を閉じて黙って立っているので何も聞くことが出来ない。

 彼ならば実際に敵の本拠地であるここに来ていてもおかしくはないが、行方知れずなせいで母の言葉が事実か妄想か分からず美鶴は何も言えなくなる。

 主のそんな態度を見た菊乃が、英恵の言葉がストレスから妄想を現実と認識していると思っても無理はなく。部屋の中に居心地の悪い空気が漂い始めた時、部屋の扉をノックする音が響いた。

 顔を上げて扉の方へ視線を向けた英恵がどうぞと言えば、スーツに身を包んだ男性が入ってきた。

 

「英恵奥様、お嬢様、この度のこと心からお見舞い申し上げます。一日でも早い御当主の回復を祈っております」

「ありがとう。確か、高寺さんだったかしら? 会社の方よね?」

「はい。緊急の取り締まり会で代表に選ばれました高寺一郎です」

 

 やって来た男の名前は高寺一郎。

 以前、美鶴たちが桔梗組に襲撃をかけた際、桐条と共に湊への謝罪にきた男だ。

 トップが倒れた事で、表の企業で桐条の右腕だった彼が社長代理に選ばれたらしく、彼はその挨拶と今後の予定について伝えに来たと話す。

 

「今後の予定についてなのですが、本日の夜、皆様の集まっている中で御遺言の開封を行なわせていただきます」

「遺言、ですか? 父は意識が戻らないだけで、久遠総合病院の先生からも峠は越えたと言われていますが」

 

 幾月に撃たれた傷は臓器に達していて、傷口を清潔な布で押さえる処置しか出来ないまま長時間経ち、出血量が多かったこともあって手術は予断を許さぬ状況で行なわれた。

 医療シェアで世界トップの企業だけあり、設備は最新鋭、揃っているスタッフも超一流や一流ばかり。

 そんな状態であっても湊が生命力を送り、さらにアナライズなどで状況を把握しながら処置しなければ危なかったというのだから、桐条が助かり峠を越えたというは奇跡としか言いようがない。

 父の無事を聞いた時に思わず安堵の涙を流した美鶴としては、まだ生きているのに遺言状を開くなど縁起でも無いと僅かに視線を鋭くして高寺に説明を求めた。

 美鶴がどこか怒った様子で何故そうするのかと尋ねれば、高寺もそういった質問は予想していたのか、上着の内ポケットから封筒を取りだし、その中身が美鶴と英恵に見えるよう広げてテーブルに置いた。

 

「はい。その話は伺っております。ですが、御当主は自分が無気力症になったときの事などを考え、命があろうと動けぬ状態であればそうするように言っておられたのです」

 

 広げた紙には桐条の直筆で高寺の話した通りの事が書いてあり、彼がこういった事まで想定して準備していたと聞いて妻と娘が少々驚く。

 湊の方ではシャドウと無気力症の関係をしっかりと理解出来ているが、桐条グループでは幾月が意図的に真実に辿り着かないよう細工していたのか、つい最近まで誤った情報が真実だと思われていた。

 それ故、桐条は自分がシャドウに襲われて無気力症になった時を想定し、怪我などで一線から遠ざかる場合も含めて、そういった時のことをしっかりと決めていたらしい。

 湊もチドリの中にタナトスを残す保険をかけていたが、自分が倒れたとき、死したとき、そういった事を想定して準備をするというのはどういった気持ちなのだろうかと書類を見ていた美鶴は考える。

 自分には到底出来そうにないと心の中で溜息を吐いたところで、美鶴が納得した物と判断した高寺は話を進めてきた。

 

「急ではございますが、ご親族の胸には御先代様の件があり、あまり時間をおくと周囲にあらぬ憶測が広がる心配もあるかと」

「そう。あの人も苦労していたし、そういう事ならその形で進めてください」

「恐れ入ります」

 

 桐条の代わりとなる人物も決まり、今後の舵取りについても桐条の遺言状をみてからとなった。

 そうして、話が一段落すると壁の時計を見た英恵が、挨拶回りの時間だと立ち上がった。

 

「慌ただしくてごめんなさい。挨拶回りの時間なの」

「いえ、お母様もお気を付けて」

「行ってらっしゃいませ」

 

 部屋の主とその従者が出ていくと、後には美鶴と菊乃、そして高寺が残される。

 高寺も桐条の代理として色々と動く必要があるため部屋を出て行こうとすると、先ほどの会話に出てきた事について美鶴が彼に尋ねた。

 

「あの、高寺さん。先代、お祖父様の相続で何かあったのですか?」

「奥様からは聞いておられないのですか?」

「ええ、何も」

 

 祖父の最期はシャドウ実験に巻き込まれてのものだった。

 実験を主導していた者が死に、後に残された者たちがその負債を全て背負うような形になったのは察しているが、その際に何があったのかまでは子供だった美鶴は知らない。

 高寺も英恵たちが伝えていないことを話していい物かと悩んだようだが、こういう時だからこそ跡取りである美鶴に伝えておくべきと判断したのか口を開いた。

 

「実は先代の鴻悦様は御遺言を遺しておられなかったのです。株式を高い割合で保有し、さらには例のシャドウ実験もあり、とても法定配分という訳にもいかず」

 

 ただ死んだのであれば、遺産として親族がその株式を受け取るだけで済んだが、鴻悦は事故を起こした人間として死して尚責任を問われる形になった。

 関係者以外にも多数の死傷者を出し、その補償も必要となれば、鴻悦の持っていた株式を売り払ってお金を作るしかない。

 しかし、鴻悦が持っていた株式の割合が高く、それを売ると今度は他所の企業に桐条グループを乗っ取られかねない。

 遺言状もないとなると、本格的にどうすればいいのかという話になり、企業として危機に陥った桐条は自分より後の世代では二度と使うまいと考えていたコネクションに頼らざるを得なかった。

 

「濁りを清めるおつもりだった武治氏が、先代以上に裏のコネクションに頼ることになったのは何とも皮肉ですが、その決断によってグループは存続出来ました」

「……お父様が汚職に手を染めていたと?」

「ええ。ですが、状況を見ればあれは正しい判断でした。お嬢様がお心を痛める必要はありません」

 

 誰よりも己に厳しくあった父が汚職に手を染めていたと聞けばショックだろう。

 しかし、グループを守る総帥という立場を考えれば、今も日本のトップ企業として桐条グループがある以上は正しい判断だったと言える。

 

「父を亡くし、ご自分も怪我を負っていたというのに、そういった状況でも正しい判断が出来る。お父君は非常に有能で大人でいらっしゃったと思います。きっと、守るべきものを心に決めておられたのでしょう」

「罪と引き替えてまで……グループの力を守ったと?」

「力? とんでもない」

 

 美鶴の言葉に高寺は何を言っているのかと不思議そうにする。

 父の汚職を知って動揺する美鶴の表情が強張っている事もあり、菊乃が高寺の名を呼んではなしを止めさせようとするも、相手は構わず言葉を続けた。

 

「御当主が罪と引き替えたのは、お嬢様、あなたですよ。全てはあなたを守るためです」

 

 その言葉を聞いて美鶴は心臓を掴まれたように目を見開いて驚愕した。

 大好きな父親が自分のせいで手を汚すことになったと聞けば、当然、美鶴は罪の意識に苛まれるだろう。

 一命は取り留めたものの、まだいつ目覚めるとも分からない状況で、さらに美鶴の心労を増やしてどういうつもりだと菊乃が高寺に詰め寄る。

 

「高寺さん、もうおやめください! お父君が倒れたばかりのお嬢様に伝えるべきことですか!」

「今のはお嬢様から訊かれた事だ。それに、十年前とは違う。お嬢様も真実を知って然るべきお年頃だ」

 

 菊乃が怒りを見せたのは美鶴がショックを受けている事だけが理由ではない。

 今夜予定されている遺言状の開封を高寺が意識して話していると感じたからだ。

 桐条武治が個人や宗家として持っているものならば、いくらでも英恵と美鶴に渡って構わない。

 親族たちは文句を言うかもしれないが、元々が分家の者たちのものではないのだから、ハイエナ共が何を言おうと無視するだけで済む。

 しかし、その内容が桐条グループの管轄のものにまで及ぶとなれば、美鶴の心に楔を打ち込んで、辞退させる方向に持っていく必要が出てくる可能性もある。

 確かに尋ねたのは美鶴からだったが、話をそういった方向に持っていたのは高寺だ。

 彼がどこまで計算して話を進めていたのかは分からないが、とんだ狸だと菊乃が警戒していたところに高寺が窘めるように言葉を続けた。

 

「お嬢様はご自分の意思で大人になろうとしておられる。使用人の君が口を出す事ではない」

「詭弁を、こんな風に汚される事が大人になることですかっ」

「見解の相違だな」

 

 父が汚職に手を染めていたと知らずに育ったにせよ、彼女のこれまでの暮らしはそういったもので守られてきたことになる。

 他に手がなかった以上、守る手段としては正しかったかもしれない。

 だが、祖父たちの行いからグループの罪を償おうと考えてしまう美鶴の性格を思えば、知らぬ内に自分の手も汚れていたと思ってしまうに違いない。

 美鶴に仕える菊乃にとって、真実を知るのはいいが、相手が弱っている時に知らぬ罪を突きつけるような真似をするのは許せない。

 そうして、高寺から守るように美鶴の前に彼女が立てば、高寺は随分と子供だなと自分の考えを伝えてくる。

 

「大人になる、というのは何をするときでも一つではなく複数が見えるようになる事だ。自分と他人、意志と責任、忠義と正義、私はそう信じている。その点で言えば、有里湊は我々から見ても実に大人だった。対シャドウ兵装の姉妹と吉野千鳥を除けば、影時間に治療が必要な者など桐条の関係者ばかり。それでも、自分が死んだ後でも機能するよう設備を整えていたんだ。この世を去るタイミングも含めて非常に有能だったよ」

 

 桐条を憎んでいても、湊は目的のために彼らを生かす道を選ぶ事もあった。

 自分の心よりも大局的に判断する事を優先出来るというのは、美鶴や湊の年齢では中々に難しい事だ。

 EP社の設備などその最たるもので、自分の関係者よりも桐条の関係者が利用する可能性の方が高いというのに、自分が死んだ後でも機能するようにしておいた湊の功績は計り知れない。

 加えて、グループにとっては最も知られてはならない暗部に誰よりも関わっていた人物。

 影時間が消えたとしても、それに関わる実験を行なっていた過去が消えない以上、桐条グループは生き証人の彼に警戒し続ける必要があった。

 だが、それも過去の話。

 彼の遺産が桐条を救い。障害となる青年はこの世を去った。

 これ以上無い結果だと高寺が薄く笑えば、菊乃が相手を軽蔑しきった目で見つめて忠告した。

 

「……最後の言葉は聞かなかった事にしておきます。グループにとってどうであろうと、間違っても奥様の前で彼の死を侮辱する事のないようお願いいたします」

「ああ、勿論。これでも私も彼には感謝をしているからね。では、お嬢様、私も一旦これで」

「ええ、ありがとうございました」

 

 知った事で美鶴は心に傷を負う事になったが、それでも知るべき事であったのは事実。

 話してくれた高寺に礼を言うと、美鶴は心を落ち着けるために挨拶回りの時間まで母の部屋で休む事にした。

 

***

 

 部屋を出て廊下を進んでいた高寺は、周囲に人の気配がないことを確かめると、携帯を取りだし。

 設定されていた短縮ダイアルであるところに連絡を入れた。

 

「私だ。準備は整っているか?」

《はい。参考人の確保を終え、既に配置も進めています》

「よろしい。有事のことを考え配置の方は進めてくれ」

 

 電話の相手と高寺の言葉には不穏なものが混じっている。

 けれど、決して遊びでやっている訳ではないらしく、話している高寺の表情も真剣なものだ。

 

「それと、例の場所へ今日にでも向かってくれ。開封の前に結果が知りたい」

《対象らの帰宅時間に合わせて向かいます》

「ああ。よろしく頼む」

 

 短く指示を終えると高寺は通話を切り、薄暗い廊下の先へと消えてゆく。

 幾月の裏切り、桐条の不在、それらの影響は桐条グループだけに留まらぬようだった。

 

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