放課後――月光館学園
桐条が倒れた事で美鶴が実家に帰った日の放課後。
グループがわざわざ公表したのか、桐条が急病で倒れ病院へと搬送されたというニュースが朝の時点で流れたことで、学園内はどこか落ち着かない様子を見せていた。
今月の下旬には二年生と三年生の合同修学旅行で京都へ行くことになっている。
しかし、父親が倒れたことで美鶴が実家に戻る必要が出来たため、もしや、彼女は修学旅行に参加出来ないのではと言う噂が出ているのだ。
美鶴は己にも他人にも厳しい女傑として認識されているものの、才において彼女よりも数段化け物と言える存在がいた事や、中等部の頃から湊のストーカー行為に勤しんでいたり、七歌やチドリに適当に相手をされていたこともあって、お嬢様だから世間ずれしている部分があるのだろうと親しみも持たれていた。
だからこそ、彼女と一緒に修学旅行に行けることを楽しみにしていた者が男女問わず多数いたというのに、直前になって身内に不幸が起きてしまった。
実際には不運が重なったのではなく、桐条も子どもらを守るために戦って命を落としかけたのだが、公表されたのは重度の病気ということだけで詳細は不明。
ニュースキャスターやコメンテーターだけでなく、一般人の中でも桐条は既にいつ死んでもおかしくないという風評が広まっていた。
もっとも、七歌たちは倒れた原因及び治療に当たった医者が誰であるかを認識しているため、昨夜の状態から持ち直したなら心配いらないと考えている。
そうして、授業も全て終わり、湊の帰還によって再び学校に来るようになったアイギスを連れて、七歌たちが寮に帰ろうとしていた時。
一階の生徒玄関に面したエントランスで、黄色いマフラーを巻いた少年に出会った。
「やあ、こんにちは。君たちは今から帰りかい?」
「うん。えっと、八雲君のお友達の……桃尻君だっけ?」
「フフッ、あの時はバタバタしていたからね。改めて挨拶させてもらうよ。僕は望月綾時。今度、この学校に転入することになったから、数日後には同級生って事になるね」
あの日、少年からは自己紹介を受けたのだが、慌ただしかった上に様々な事が起こった。
おかげで名前をあまり正確に覚えておらず、雰囲気がこんな感じだったようなと七歌が呼べば、彼は一切気にした様子もなく改めて名乗ってくれた。
今回は流石に覚える事が出来たので、他の者たちも靴を履き替えて生徒玄関から出て行きつつ会話を続ける。
最初に口を開いたのは湊の行方を知りたいアイギスだった。
「……八雲さんは一緒ではないのですか?」
「君も知っての通り、彼は起きたら既にいなくてね。僕は色々と手続きがあって別行動だし。一応、昼頃に桐条美鶴さんのお母さんに会ってくるってメールがあったけど、僕の方も今日は会っていないんだ」
昨日、桐条武治の手術を終えた後、綾時やアイギスは湊と共に桔梗組で一泊した。
けれど、湊は他の者たちが起きた時点でいなくなっており、綾時もアイギスも置いて行かれたという点で言えば同じ立場だ。
影時間に関して彼には彼の思惑があると分かっているし。そうでなくても、帰還するまで空けていた事でEP社の仕事などが溜まっている事も容易に想像がつく。
英恵への生存報告を済ませたのは確実だが、仕事で抜けているのか、それとも他の理由で抜けているのか分からない。
綾時が柔らかい笑みでそう答えれば、アイギスはどこか綾時に壁を作ったような態度で「そうですか」と返した。
もっとも、他の者にすれば英恵の所へ挨拶に行くという話も聞いていなかったので、連絡を入れる程度には他の者より信用されているのではと感じる。
昨日の戦いで蘇った彼と共に現われた事もあり、彼の情報で他者よりも数歩先にいるなら知っているのではとゆかりも綾時に質問をぶつけた。
「友達の望月君が転入してくるなら、彼も復学したりしないの? 何か聞いてない?」
「呼び方は君たちも綾時でいいよ。それと、復学については聞いてないな。落ち着いたら顔出す気ではいるみたいだけど」
世間には公表されていないが、湊が死んだという話は辰巳記念病院経由で聞いた学校が生徒に伝えてしまっている。
実際にあの時は死んでいたし。影時間の補整によって暴力事件で被害者を庇った際に怪我を負った原因で死亡となれば、学校としても実に勇敢な生徒だったと褒めなければならない。
もっとも、死亡したと聞いただけで失神する者が現われ、多数の生徒が過呼吸や号泣して授業にならなかったあの時の状況を考えれば、ようやく落ち着いてきた今になって生存報告に現われるとまた学園が荒れそうではある。
彼の公認ファンクラブである『プリンス・ミナト』もまだ存在し、会長を務める三年の女子が今でも毎日きっちりと彼の机に飾られた花の水を替えたり、机を綺麗にしてくれている。
他の会員たちは以前ほどの情熱はもうないようだが、亡き後もそうやって尽くしてくれる人がいるのは素晴らしい事だろう。
復学するかは不明にしろ。そういう人たちのために生存報告をするのは賛成なので、出来るだけ早く学校へ行くようゆかりは後でメールを送ることに決める。
そうして、会話しながら駅前に来たところで、モノレール移動ではなかった綾時とはここで別れる。
「じゃあね。綾時君。慣れない街だろうし、気をつけて帰ってね」
「うん。君たちも気をつけてね。どうやら寮の方に面倒な人間が来ているみたいだし」
「面倒な人間?」
少年の言葉に七歌たちは首を傾げる。
面倒な人間と聞いて最初に思い浮かぶのは黒いマフラーの青年なのだが、友人の事をそんな風に呼ぶはずがないので、恐らく七歌たちの知り合いという訳ではないのだろう。
ゆかりが今朝の真田たちの会話を思い出し。もしかしてと思い尋ねた。
「それって桐条の人間?」
「多分ね。といっても、桐条家じゃなくてグループ絡みだろうけど」
「何故、それをあなたが把握しているのですか?」
「湊ほどじゃないけど僕も探知能力があるのさ。それに、彼にとっては敵だからね。友達の敵の動きくらい探りもするよ」
ゆかりの問いに続けてアイギスの質問にも答えると、綾時は時間だからと立ち去ってしまった。
後に残った者たちにすれば、自分たちの寮に味方とは言えない桐条グループの者たちが来ているなど聞かされれば心中穏やかではいられない。
少し買い物をしてから帰る予定を変更し、モノレールに乗って移動すると、真っ直ぐ寮へ帰った。
――巌戸台分寮
七歌たちが急いで帰りつつ、途中、コンビニで飲み物などを買ってから寮に戻ると、寮の前には黒いバンが三台停まっていた。
綾時の言葉から数人来ている程度だと思っていただけに、思っていた以上の人数で来ていそうだと七歌たちは嫌な顔をする。
もっとも、相手の話によっては何事もなく終わることも考えられるので、まずは話を聞くのが先だと扉を開けて寮に入った。
すると、そこにはこの寮で暮らす男子四人とスーツ姿の男性二人がいた。
ソファーの所で向かい合う男たちも七歌たちに気付いたのか、順平と天田がおかえりと女子らを迎える。
「あ、お帰りなさい」
「おかえり。つーか、遅いぞ。桐条グループからお客さんだ」
「あ、うん。車が前にあったから知ってる」
七歌たちがキッチン側のテーブルに鞄を置いてソファーの所にやってくると、自分たちの父親より少し年上と思われる男が挨拶をしてくる。
「昨日の事件を受け。桐条の警備部門より参りました本田と申します。グループを代表し、お話をさせていただきたいと思いまして」
美鶴も実家に戻って今後の一族とグループの話をしにいっているので、桐条グループに関わる特別課外活動部にも何らかの指示があっておかしくない。
ただ、相手が警備部と名乗ったことで、こういった聞き取りなどは情報部の仕事ではないのかと綾時の言葉を聞いた女子たちは警戒を強める。
すると、男は子どもたちがちゃんと話を聞くつもりと判断したのか、単刀直入にグループとしての方針を伝えた。
「今回の件は不測の事態でして、易くは言葉が浮かびませんが、皆さんには普通の学生生活に戻っていただくべきだと思っています」
「それって、もう戦うなって事ですか?」
「目的を失った今。身を危険に晒す必要はないでしょう」
普通の学生に戻れというのは、遠回しにもう影時間の戦いに関わるなと言っているようなものだ。
十二体のアルカナシャドウはもうおらず、さらに言えばそれらを倒す事が滅びに繋がっていると幾月に言われたばかりなので、特別課外活動部の活動は活動の指針を失って宙に浮いた状態とも言える。
しかし、目的が定まっていないからとただの学生に戻れば、なし崩し的にこのチームも解散になるのではと風花は危機感を覚えた。
「あの、それって実質、解散しろって事なんじゃ」
「はぁっ!? まだ影時間もタルタロスもばり健在なんだぜ?」
こんなところで解散など冗談じゃない。
順平がまだ何も解決してないだろと言えば、再び代表として本田が口を開いてきた。
「タルタロスはもう十年も前からあったのです。存在自体が大きな被害を生む訳ではありません。ですから」
「それ、蜂は危ないけど、蜂の巣は何もしないから放置だって言ってるようなもんって分かってます? そこに跋扈してる存在が、外にだって出てきてるのは報告に上がってますよね?」
確かにタルタロスが十年前からあったのは事実。
しかし、そのタルタロスには恐ろしい数のシャドウが彷徨っている。
偶発的なイレギュラーシャドウだけでなく、巣を突かれた蜂のようにタルタロスからシャドウが出てきた事だってあるらしいのだ。
美鶴たちはそういった報告をしっかり上げていたので、それを読んだ上で先ほどの発言をしているとすれば、相手は何も理解していない莫迦と言うことになる。
七歌が冷めた目で相手を見つめれば、ゆかりと天田も続けて口を開いた。
「てか、今年は違ったでしょ? この半年、私たちが必死に戦ってこなかったらどうなってたか」
「それに、こんな中途半端な所で終わりなんてそんなの」
既にここ半年で状況は変化している。
こんな中途半端なところで止めてしまえば、それこそ被害の拡大が甚大なものになるかもしれない。
戦う事を選んだ者たちにとって、相手の言葉は逆効果だったようで、黙って話を聞いている荒垣や真田の瞳にも闘志が宿っている。
それを見た本田はこれまで同様に、平坦な声で淡々と言葉を返す。
「分かりますが、幾月修司の言葉が事実なら、皆さんは逆に未知のリスクを重ねていた事になる。同じ戦いを続けて良いとは言い切れないのでは?」
「いいえ。八雲さんはこの道の先を見ていました。アルカナシャドウの討伐によって滅びの加速があるにせよ。影時間を消す手段もそこにはあるはずです」
「八雲……ああ、有里湊の事か。何を持って彼が正しかったと判断するのか分からないが、その彼だって戦いの中で命を落とした。実力的に劣る君たちは尚のこと安全を考えるべきだろう」
アイギスからすれば湊の選択は正しいもの。一見遠回りに見えても正解に続く道だと考えている。
しかし、彼を知らない者。彼がどれだけの情報を持っていたか分からない者にすれば、影時間を消す戦いの最中で散った子供の言葉など参考程度にしかならない。
「無論、我々もなかったことにしてしまうつもりはありません。ただ、こんな状況でさらに若い時間を費やせなどとはお願い出来ないという事です」
「……確かにそうだけど」
「どうかお願いを。それと加えてもう一つ用件が。幾月修司の私物を回収させていただきたいのです」
幾月はまだ生きているが、相手の目的や潜伏場所のヒントになるような情報が残っているかもしれない。
だからこそ、残っているその私物を回収したいと本田が言えば、その隣にいた男が無線のようなものに「入ってくれ」と告げた。
途端、入口の扉が開いてスーツ姿の大人たちが畳まれた段ボールを持って入ってくる。
男性だけでなく女性も数人いるが、寮生が許可する前に大勢で入ってくるのはおかしい。
流石に黙っていられなくなった真田が立ち上がり、寮のロビーに入ってきた者たちを怒鳴った。
「おい。勝手に上がり込むな」
「心配いりません。回収の対象は理事長室の中の物だけです」
ここは特別課外活動部の拠点なので、真田たちにすれば自分たちのテリトリーを荒らされるようなものだ。
しかし、相手は必要なものさえ回収すればすぐに立ち去るから安心して欲しいと、メンバーたちの制止の言葉を聞くつもりがないらしい。
「あ、えっと、理事長室ですか? まだ、中は少し散らかってて」
ただ、幾月が死んだとされた時から時間も経っており、その間も寮生たちはシャドウと戦うために情報収集などをしていた事もあり、理事長室に入って中の物に触れることもあった。
私物のパソコンではラボのデータを見る事は出来なくても、理事長室のパソコンならこれまであったシャドウをデータベース化したものを閲覧出来たりもしたため、七歌や風花は何度か立ち入っていたのだが、その話を聞くと本田の視線が僅かに鋭くなり、待機していた大人たちがメンバーを囲むように近付いて来た。
「あなた方は、部屋に立ち入ったと?」
「え? あ、はい」
「そりゃ、シャドウについて調べる事もありますよ」
顧問代理として栗原が来てくれることもあったが、彼女はエルゴ研時代もシャドウ研究を専門としていた訳ではない。
ただ、シャドウのカウンター的存在。つまり、ペルソナが実在するはずと言う研究データを残していただけだ。
加えて、戦いに関しても素人となれば、サポート役の風花とリーダーの七歌が中心となってデータを探るしかない。
あくまで戦いに必要な事であり、別にハッキングしてラボのデータを抜き取った訳でも無い。
だというのに、この対応は何だと思っていれば、本田はそういう事ならばと調べる対象が増えた事を告げてきた。
「では、申し訳ないですが、理事長室の他にあなた方の私室も調べさせていただくことになります」
「ええっ!?」
「はぁっ!? なに理由付けて、乙女の部屋に入ろうとしてんだ! ぶっ殺すぞテメェ!!」
七歌は絶対に部屋には入れないぞと激怒し、後ろにいたスキンヘッドの男やキツい目付きの女性を睨み付ける。
傍から見ているとまるで狂犬のように思えるが、自分たちはただ仕事をこなすのみだと本田は相手の主張を切って捨てる。
「すみません。規則ですので。それと七式アイギス。幾月の私物を回収した後、君は我々と共に来てもらう」
「何故ですか?」
「幾月が提案した屋久島への旅行。ずっと目覚めなかった君がタイミング良く目覚め、同行してこの地に戻ってきた。となれば、何らかの関わりがあると見るのが自然だ」
既にアイギスは汐見アイギスという戸籍を持った一人の人間だ。
しかし、人の身体を得るまでに何かしらの記憶メモリ操作などが行なわれていれば、桐条グループの脅威になる可能性がある。
また幾月の私物回収と同じように、アイギスから幾月についての情報が得られるかもしれない。
加えて、ここにやってきた者たちの裏の目的を考えれば、対シャドウ兵器だった彼女に残られるのは困るのだ。
屈強な男たちがアイギスの背後に立ち、連れて行くために肩に手を置こうとしたとき、寮の扉が勢いよく開いて、次の瞬間、アイギスの背後に立った男たちがきりもみ回転しながら吹き飛んだ。
突然の事にその場の全員が唖然とし、アイギスの後ろで右手をプラプラと振っている女性に視線が集中する。
そこにいたのは艶やかな黒髪のクールビューティーといった雰囲気の女性。
黒のレディーススーツに身を包んだ彼女は、周りにいた者たちを順番に見ていくと、成程と口元を歪めて声を発した。
「成程、子供を相手に随分と卑怯な真似を働こうとしていたようですね」
「何だ、お前は! 突然何を言っている!」
何者だと聞かれた女性は、上着の内ポケットから取りだした扇子を広げ、そこに書かれた“坊ちゃま!!”という文字を相手に見せながら自己紹介を口にする。
「私は桐条家当主代行である桐条英恵様の御側御用を務めております和邇八尋と申します。そちらこそ、ここへは一体何の御用向きでしょうか?」
「私は第二警備部の本田だ。今回の事件を受け、幾月修司の私物の回収。それらに触れた子供の私室の調査。七式アイギスの回収の任を受けている」
不意打ちとは言え、男二人を簡単に殴り飛ばした相手に警備部の人間たちは警戒している。
上流階級の人間に付く御側御用ともなれば、例えエプロンドレスだろうとSPと同じ働きを期待される。
当然、武術の心得などあって当たり前なので、目の前にいる異能持ちの子供たちよりも警戒しているようだが、本田たちがここに来た理由を理解した和邇は一つ頷くと扇子を畳んで入口を指した。
「ならば、今すぐにお帰りください。あなた方にそのような権限はありません」
「これはグループ上層部の決定だ。英恵様付きの人間だろうと従者が口を挿むことじゃない」
「私は当主代行である英恵様に、当主権限を一部移譲された上で自分の判断で動くことを許されています。よって、私の言葉は桐条家当主のもの。今すぐに出て行きなさい」
従者風情と侮っているのだろうが、今の彼女は英恵に許可を得て当主権限の一部を行使出来る。
つまり、彼女の言葉は当主のものであり、彼女への言葉は当主に対する言葉なのだ。
それを聞いて相手は僅かに怯んだようだが、自分たちがグループ上層部の命を受けている事で、正義はこちらにあると思っている本田たちが動かずにいれば、和邇は心の底から呆れたように冷たい視線を向けて口を開いた。
「はぁ……そもそも、あなた方は勘違いしています。桐条グループにこの寮と特別課外活動部をどうこうする権利はありません。特別課外活動部は桐条家の下に置かれた組織。つまり、桐条グループの組織図には組み込まれていないのです」
「……なに?」
「また、あなた方はただのサラリーマンです。グループの規則などというハウスルールで、桐条家所有の建物で暮らす個人の私室に立ち入る権利などなければ、既に一人の人間として法的に認められている少女を連れて行くことも出来ないのです」
本田たちは先ほど規則だからと風花と七歌の私室を調べようとした。
だが、七歌たちは別に桐条グループの人間という訳ではない。
彼女たちがこの組織に所属しているのは事実だが、別に書面に興した契約を交わした訳ではない。
もし、彼女たちをそういった規則で縛りたいのであれば、桐条グループは事前にしっかりと書面に興した契約を結んで規則を説明しておくべきだった。
それらを怠った以上、どんな後付けでも許されてしまう事を避けるため、七歌たちは相手の命令を聞く必要はない。
淡々と理由を告げていった事で、本田とその部下が沈黙すれば、和邇は冷笑を浮かべて言葉を続けた。
「そも、子供の安全を考えていた御当主が、何も考えずに子供を戦わせていたと思っていたのですか? 自分が倒れた後、グループが勝手な事を出来ぬよう子供らを守る仕組みくらい作っているに決まっているでしょう」
特別課外活動部には美鶴もいるのだ。
自分が倒れた後、宗家を取り込むために勝手な真似をする者が現われないとも限らない。
加えて、桐条家とも親交のある旧家の出である七歌や、母の実家が名士会に名を連ねるゆかりもいる。
家同士の繋がりや子供たちの安全を考えれば、当然、グループに好き勝手させないための仕組みくらい用意しておく。
それすら分からず、上の命令だからとやって来た者たちを嘲るように冷たく笑えば、すごすごと帰っていく本田の背中に和邇は言葉を吐いた。
「不法侵入やら誘拐未遂やらどちらが悪だか分かりませんね。ああ、そう言えば、あなたの元上司はエルゴ研で被験体の子供たちに銃を向けた男でしたね。まぁ、自業自得と言うか坊ちゃまに殺された訳ですが、やはりその部下も同類。幾月を悪と罵る自分も同じ穴の狢と知りなさい」
かつての上司を侮辱された事で本田は鋭い視線を向けてきたが、それ以上は何もせず車に乗って帰っていった。
黒スーツの集団が去ったことで、順平や天田は安心したように力を抜いているが、どうしてこのタイミングで和邇が来たのか分からない七歌が代表して質問をぶつけた。
「あの、もしかして、英恵おばさまは今回の動きを知ってたんですか?」
「不穏な動きがある事は把握していますが、誰がどのような思惑で動いているかは把握しておりません。まぁ、坊ちゃまはそれを知って楽しんでおられるようですが、私が来たのは別件です」
そう言って彼女は内ポケットに手を入れると、そこからケースに入ったCDのようなものを取りだした。
一体何だろうかと見ていれば、和邇はそれをゆかりに向けてどうぞと渡す。
「え、あの、これって何ですか?」
「岳羽詠一朗氏の残した最期の言葉の映像ディスク、そのマスターデータです。皆様がご覧になられたのは幾月に改竄されたものだったようで、渡しそびれていたからゆかり様に渡してくれと坊ちゃまが預けていかれました」
受け取ったゆかりは自分の手の中にあるものが、本当の父の最期の言葉だと聞いて目を見開いている。
マスターデータを湊が持っている事は聞いていたし。屋久島で見たものが改竄されていたものだったというのも昨日の影時間で知った。
ただ、それぞれを知った期間が開いていた事もあって、ゆかりの頭からは本物の映像のことはすっぽり抜け落ちていた。
しかし、ようやくそのデータは持つべき者の許に辿り着いた。
受け取ったゆかりは「ありがとうございます。後で見ます」と答え、ディスクの入ったケースを大切そうに抱えた。
偶然にも警備部を撃退することになった和邇の用件はこれで終わった。
これから本邸に戻るので何か伝言があるかと聞けば、真田が先ほどの事を美鶴に伝えておいて欲しいとだけ頼んだ。
別に電話やメールでも事情を伝えるくらいは出来そうだが、今は美鶴の周りもバタバタしていつ彼女に情報が伝わるか分からない。
よって、母の英恵の傍にいて美鶴に会う機会の多い彼女に頼んだ方が確実と考えたのだろう。
伝言を快く引き受けた和邇が去って行けば、残った七歌たちは再び桐条グループがやって来て強行手段に出る可能性を考慮し、応戦するときの事を話し合った。