【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百六十二話 作戦第一段階

11月6日(金)

午前――桐条本邸・離れ

 

 離れの中でも奥まった場所にある一室。

 そこでは朝から高寺や警備部の人間たちが持ち込んだ機材の前で忙しそうに動いていた。

 ここは桐条宗家の敷地内にあるが、普段この屋敷には誰もおらず、目が覚めれば英恵と美鶴が本邸の私室に移ると分かっているからこそ、彼らはここに対特別課外活動部の本部を設置した。

 彼らは桐条グループの人間。故に、美鶴や英恵を守ろうとは思っているが、美鶴も特別課外活動部の一員である事は紛れもない事実。

 ならば、出来る限り傍にいて彼女の動向を見張りつつ、もしもの時には干渉して動きを制御するしかない。

 もしも、ここで彼女が特別課外活動部側に付いてしまえば、高寺たちもグループを守るために彼女と敵対しなければならなくなる。

 未だ目覚めない桐条への恩もあり、出来れば彼女に手荒なことはしたくない。

 そう考えているからこそ、出来る限りここで特別課外活動部の力を削ごうと彼らが策を弄していれば、扉がノックされエプロンドレス姿の菊乃が部屋に入ってきた。

 

「っ……勝手に桐条家の屋敷にこんな場所を作って」

「明日には撤収させる。全てはグループのため、奥様やお嬢様の安全にも繋がる事だ」

 

 使用人として主の屋敷で好き勝手されることは許しがたい行いだ。

 けれど、彼女も主を裏切って高寺たちに荷担している者の一人なので、そう強く出る事は出来ない。

 明日には解散してここから全て引き上げるという話も恐らくは嘘ではないので、今だけの我慢だと菊乃が高寺たちの許に行けば、彼らは桐条のサーバから巌戸台分寮のセキュリティにアクセスしているところだった。

 巌戸台分寮は外観や内装は元ホテルであった事を思わせる建物だが、実際には窓や扉などは通電させることで強度を上げたり、遠隔でロック出来るなど防衛拠点としての機能を有している。

 美鶴以外のメンバーがそれらの使い方を知っているかは分からないが、もし、作戦実行時にそれらを使って籠城されると影時間の内に全てを終わらせることが出来ないかもしれない。

 だからこそ、高寺たちは上位権限を使って管理サーバから直接そのセキュリティを解除し、もしもの時だろうと寮内からでは保安システムを起動できないように細工を施す。

 いくら戦う力を持とうと相手はただの学生たちだ。子ども相手にそこまでするのかと菊乃が冷めた目で彼らを見ていれば、高寺は菊乃の考えを読んだかのように口を開く。

 

「同族経営の脱却は構わない。お嬢様も言っておられたように、名誉職を除けば創始者一族が関わり続けるなど時代錯誤だからな。だが、今そうなればこれまで隠されてきたグループの暗部が、不用意に世に出るという事だ」

「そのために、これまでグループに代わり戦い続けてきた彼らを討つと?」

「だからこその優先順位だ。別に殺そうという訳じゃない。むしろ、全てが公になれば困るのは彼らだ。化け物と戦えるのは同じ力を持っているからと、彼らが世間から化け物と見られる事を防ぐ事にも繋がる」

 

 高寺とて別に憎くて七歌たちと敵対しようと思っている訳ではない。

 グループを守るために仕方なく彼らの自由を奪うだけであり、その行動には彼女たちを守る意味もある。

 七歌たちも湊の本気の戦いを見たとき、その人に在らざる姿に恐怖を覚えた。

 何万何千の人間の力を集めようと勝てない。到底人の力が及ぶ存在ではない。

 それこそ、人類の敵だと国聯が軍を差し向けても手負いの彼を討つことすら出来なかったのだ。

 いくら戦う力を持とうと七歌たちの心が自分と彼に対して明確な格付けをしてしまっても無理はない。

 そして、それらは七歌と一般人に置き換えても同じ事が起こり得る。

 ペルソナ使いたちは影時間に身体能力が上がるが、影時間外でもペルソナを召喚している間は僅かに力が付与されて能力が上がる。

 ただでさえ近代兵器に対抗し得るペルソナという異能を持っているというのに、本人たちの力まで人のそれを超えると知れば、確実に人々の悪意が彼女たちに向いてゆくことになるだろう。

 何も一生日陰者として生きていけと言う訳ではない。グループが落ち着くか、桐条が目覚めて対策を講じるまで大人しくしていて欲しいだけなのだ。

 高寺の説明を聞いて菊乃も現状がどれだけ危ういバランスで成り立っているのかを理解したのか、それ以上は何も言わずに彼らの作業を見守る。

 すると、全ての準備が終わったのか警備部の人間が高寺に視線を向けてから頷いた。

 

「準備、完了しました」

「分かった。すぐに始めてくれ」

「了解。保安システム、切断」

 

 いくつか操作した後、最後にキーを一つ叩くだけで寮の保安システムにロックが掛かった。

 もし、今夜にイレギュラーシャドウが現われ、特別課外活動部のいる寮にやってくれば大惨事だ。

 彼らはその時に責任を取る覚悟があるのだろうかと考えつつ、菊乃は薬で深い眠りについている美鶴の様子を見に戻るため部屋を後にした。

 

 

――EP社・地下区画

 

 高寺たちが寮の防衛システムを落とし、夜の作戦に向けて準備を進めている頃、EP社の方でも民間軍事会社“蠍の心臓”の兵士たちが装備の点検を進めていた。

 一体どこの国有軍と一戦交えるつもりなのかという過剰戦力に、部屋の隅でコーヒー片手に眺めていた医者のシャロンが呆れた声を漏らす。

 

「ねぇ、これ本当に国内でドンパチやらかすのに必要な戦力なの?」

「……多ければ多いほど良いに決まってるだろ」

「アンタって省エネ派じゃなかったっけ?」

 

 今、湊やシャロンがいる場所はEP社の地下区画の中でも特殊な場所で、地下で製造した大型兵器を昇降機に乗せて地上に出せるようになっている。

 そういった用途があるため、地下だというのに天井まで二十メートル以上あり、広さも下手な野球場より広い空間になっているのだが、シャロンの見間違いじゃなければ部屋の隅に置かれているのはミサイルを積んだアパッチやミニガンを装備したコブラだ。

 どちらも一機あるだけで凶悪な戦闘ヘリなのだが、それぞれ三機ずつ置かれており、他にも機関銃を乗せたジープも何台があるため、あくまで民間人でしかない桐条グループ相手にどれだけ過剰に戦力を用意しているのかとシャロンは青年に冷ややかな視線を向ける。

 かつての湊は周囲への被害を抑えることを第一に考え、久遠の安寧を堕とすまでに自分に攻撃を仕掛けて来た仕事屋たちに反撃しないどころか、自分の身体を盾にして周囲への被害を防いでいた。

 日本など外国以上にそういった周辺への被害に注意すべきだというのに、どうしてここで他国の正規軍と正面から一戦交えられそうな規模の準備をしているのか。

 相手が桐条だから張り切っているのかとシャロンが疑っていれば、湊はそんな事かとつまらなそうに答える。

 

「……そも、戦力で言えば俺が一人で落とす事だって出来るんだぞ」

「知ってるわよ。でも、今回はそうしないんでしょ? 理由はあるの?」

「相手が戦争を望んでいるんだ。なら、こっちもしっかりお相手しないと失礼だろ?」

 

 今回の桐条グループの狙いは特別課外活動部だけじゃない。

 最優先に押さえなければならないのが身内である特別課外活動部なだけで、最終的にはラビリスやチドリも押さえるつもりでいるのだ。

 無論、なんの準備もなくチドリに手を出せば桔梗組と全面戦争に発展しかねない。

 相手もそれを理解しているので、特別課外活動部の次に一人暮らしのラビリスを狙い。チドリの事は入念に準備を進めてから確保に移るに違いない。

 だが、湊はこれまで何度も桐条たちに伝えていた。自分の大切な者たちに手を出せば、実行犯や上層部だけでなく従業員やその家族含めて皆殺しにすると。

 それでも彼らは今も準備を進めてアイギスを捕らえようとしている。

 なら、これはもう戦争しかない。相手も分かっていてやっているはずなのだから、湊もその期待に応えてやる必要があると答えた。

 

「……楽しそうにしちゃってまぁ。坊やが生き返ってる事を知らずにいる連中には同情するわぁ」

「それは知らない方が悪いだろ。警察や目撃者がいなかろうが、信号無視も速度超過も道路交通法違反に違いは無い」

 

 実際には湊の方で桐条側に湊の復活が伝わらないように手を打ってあるのだが、情報など集められない方が悪いのだ。

 敵である相手にわざわざ生き返ったことを報せる義理もなく、湊が死んだからと掌を返して敵対するような卑怯者に情けを掛ける必要もない。

 そも、余計な事をしなければここにある戦力は解散し、そのまま日本観光を楽しんで帰国してゆく。どうなるかは全て相手の出方次第という訳だ。

 

「とある探偵も言っていただろう。“撃って良いのは、撃たれる覚悟のあるやつだけだ”と」

「アタシ、大いなる眠りは読んだ事ないのよねぇ」

「そこだけ知っていれば十分だ。さて、ここはあいつらに任せておいて問題ないだろう。敵が動けば迎えに来る。どうせ影時間の前後になるだろうから、それまでは準備を終え次第休んでおくように伝えておけ」

 

 湊はここで動く以外にも色々と準備があった。

 慣れない日本での作戦に蠍の心臓たちにトラブルが起きないか心配もしたが、見ている限りは問題もなさそうで、後はシャロンやターニャに任せておいても大丈夫そうだった。

 ここは任せると言ってその場で湊が姿を消すと、残されたシャロンは深い溜息を吐いて上司の命令通りに兵士たちに伝言を伝えに向かった。

 

夜――巌戸台分寮

 

 部活を終えて七歌が学校から帰ってくれば、そこには特別課外活動部のメンバーだけでなく、チドリにラビリス、そしてコロマルの姿があった。

 流石に湊や綾時の姿はないかと苦笑した者だが、集まっているメンバーは既に召喚器を身に着けている。

 どうやら悪い予感が当たったようで、集まっていた者たちは帰ってきた七歌を迎えつつ、彼女が帰ってくるまでにあった出来事を話す。

 

「七歌、正直悪い方向にどんどん向かってるっぽい。風花が調べて分かったんだけど、この寮の保安システムが落とされてるみたい」

「うん。ブレーカーとか、そういう電源的なところじゃなくて、根本的に保安システムを管理してるシステムが落とされてるみたいで、今この寮は普通より丈夫な建物ってだけの状態なの」

 

 ゆかりと風花が緊張した面持ちで現状を伝えてくる。

 有事の際を考えて風花も準備をしておこうと思ったのだろう。

 だがそこで、この寮を守ってくれるはずのシステムが落とされていることに気付いた。

 いくらシャドウの攻撃にそれほど耐えられないにしても、保安システムは寮を守る要であり、追い込まれた時には寮生たちを脅威から守る最後の防波堤となるものだ。

 当然、もしもがあってはいけないからと、そのシステムは桐条の管理するサーバからの直通ライン以外に外部とは繋がっていない。

 なら、そこに何かがあれば、当然それを為した相手の正体も限定されるという訳だ。

 ソファーに座っていた真田は、真剣な表情のまま敵の狙いは恐らく自分たちだけだろうと推測を話す。

 

「昨日のやつが簡単に引き下がったのも、こういった強行手段に出る準備を進めていたからだろう。自分たちのトップが倒れたときに何をやっているんだと思わなくもないが、当主代理になった美鶴の母親の側近である和邇さんが言っても聞かないんだ。余程俺たちの存在が邪魔らしいな」

「正直、オレっちたちは完全にお家騒動に巻き込まれてるだけッスよね?」

「巻き込まれたのか、それとも幾月派と疑われてるのか。その辺りは分からん。ただ、事態は既に美鶴の手を離れていると見て良いだろうな」

 

 保安システムは寮生たちを守るためのもの。それを切断するなど美鶴が許可するはずがない。

 となれば、今回のこの動きは美鶴の知らないところで行なわれている可能性が高い。

 警備部を自由に動かし、桐条のサーバを通じて保安システムを落とさせるだけの命令を下せる者。

 そんな者が何人もいるとは思えないので、恐らくは桐条グループの新たなトップに立った人間が裏で糸を引いているのだろうと七歌たちは予想する。

 ただ、あまりニュースを見ていなかったことで、天田は桐条の後を引き継いだのは誰だったかと他の者に尋ねた。

 

「新しい代表の人って誰でしたっけ?」

「……高寺ってやつだ。前に吉野の実家に俺らを迎えに来た時にいたやつで間違いない」

 

 夏休みが明けてから復学していた荒垣は、部活をしていない事もあって他の者より早く帰ってきていた。

 おかげで夕方のニュースを確認する時間があり、役員会で抜擢された臨時トップが高寺だという情報を得ていた。

 湊にやられた翌日に桐条と共に迎えに来た相手は、仕事が出来そうな見た目ながらもどこか優しげな印象を持っていた。

 しかし、そういう人間でも組織のトップに立てば非情な判断を下せるようで、今回はグループとして七歌たち特別課外活動部を切る判断に至ったらしい。

 人々を守るためにこれまで戦って来たというのに、どうしてこんな対応を取られなければならないのか分からない。

 大人の事情というやつなのだろうが、勝手な都合でそんな事をされた方は堪ったものではない。

 同じく狙われる可能性があるからと呼ばれたチドリたちも、桐条という大黒柱が折れた途端にぐらつくグループには不快感を覚えた。

 

「……本質は十年前から何も変わってないのね」

「上の人らが見てるんは数字やからね。自我があっても所詮は機械。戸籍もない孤児なら好きにしてもええ。それが湊君の逆鱗に触れてエルゴ研は壊滅したのに学んでないんやろ」

 

 状況は全く異なるが、グループのために少数を切り捨てようとしている所は共通している。

 大きな組織はどこもそうなるようになっているのかも知れないが、同じグループが同じような事を繰り返しているのを見れば、失敗をまるで活かそうとしていないのだと失望すら抱いてしまう。

 桐条が目覚めれば違った結果になっていたのか、もしくは美鶴が桐条家の人間としてグループを掌握していればこうはならなかったのか。

 そんなもしもの可能性について考えていた七歌は、行方知れずの青年との連絡窓口になりそうな少女に彼の動きを把握しているか尋ねた。

 

「アイギス、八雲君と綾時君からは何か聞いてる?」

「いいえ。何も聞いていません。ただ、グループはお二人の存在を感知していないと思われます。動くつもりがあるなら、グループが動いてから本陣に奇襲を掛けるのでは?」

 

 昨日の警備部の言葉を信じるのであれば、上層部はともかく実働部隊の警備部は完全に湊は死んだものとして扱われていた。

 七歌たちも昨日の影時間に復活を知ったばかりなので、グループ総帥が倒れて混乱しているグループ内で正確に情報のやり取りが出来ていない事は考えられる。

 そうなってくると、裏で動くことが得意な湊はグループと特別課外活動部の状況を認識した上で、最も効果的なタイミングで桐条グループに奇襲を掛けることが予想された。

 今の彼はセイヴァーの力で空間移動が出来る。七歌たちはその力の詳細を知らないので、建物内部にも移動出来るのか、移動する距離に制限があるのかも分からない。

 それでも、あの青年ならばグループがアイギスたちに牙を剥くこの絶好のチャンスを逃すはずがない。

 チドリやラビリスまで連れてきたのは、風花やアイギスの判断なのだろうが、彼が大切に想う少女が三人とも揃っているのは非情に拙い。

 そのように思った七歌が顎に手を当てながら自分の想像を話す。

 

「あー……あのさ。アイギスが狙われるだけでも拙いと思うんだけど、チドリとラビリスまでここにいて狙われたら、もう誰も生かして帰さないって状況になりそうじゃない?」

『…………』

 

 七歌の言葉を聞いて一同は黙り込む。

 湊の愛は人のそれではなく神の視点に近い。言ってしまえば、途轍もなく“重い”のだ。

 そして、彼の持っている力は一般人からすれば抗うことの出来ない天災のようなもの。

 今までは自分に降りかかる火の粉を払うように力を使っていたので、街に被害が出ないレベルで抑えられていたが、憎しみを抱いている桐条グループがその被害者でもある少女たちに再び危害を加えるとなれば、青年はリミッターを外して力を振るうに違いない。

 これはもしかすると、世界平和のために自分たちで死ぬ気でアイギスたちを守る事になるのではと、七歌たちは別の意味で胃が痛くなるのを感じるのだった。

 

 


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